※この作品はR-18です。

新人サキュバスと成り上がりの男   作:あるい椋

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薄い本のボツネタをふくらませたものです。


プロローグ

「唱和ー!」

「「「唱和!」」」

 

 シフトリーダーが大きな声を張り上げ、その前に整列した私達も負けじと大声を返しました。

 

「私達は、お客様の悦び、幸せ、満足を追求し、無限大の夢を与えます!」

「「「私達は、お客様の悦び、幸せ、満足を追求し、無限大の夢を与えます!」」」

 

「私達は、古い慣習やプレイに頼らず、常に新しいものにチャレンジしていきます!」

「「「私達は、古い慣習やプレイに頼らず、常に新しいものにチャレンジしていきます!」」」

 

「私達は、冒険者の皆様の迷惑にならないよう、節度を以て利益を追求します!」

「「「私達は、冒険者の皆様の迷惑にならないよう、節度を以て利益を追求します!」」」

 

「人間は美味しいご飯!」

「「「人間は美味しいご飯!」」」

 

「はい、今日も頑張って生きましょう!」

「はい!」

「頑張ろーね!」

 

 私は前日に頭の中に詰め込んだ唱和を無事に唱え終えたことで、安心して一息つきました。

 目の前では、同じように声を張り上げていた先輩方のハイタッチがいくつか交わされています。みんなこれから味わうであろう精気のことを想像しているのか、とても爽やかな笑顔を浮かべていました。

 私達はサキュバス。男性の精気を喰らって生きながらえる、悪魔族です。

 

 私もサキュバスの一員。ただし、『新人』の、という枕詞が付くのですが。

 なぜなら私は、これまで人間の精気を生で味わったことがないサキュバスだからです。

 

 今まで私は、地獄のバニル様の領地で母と一緒に暮らしていました。そこではバニル様の食事の好みから、領民は人間を必要以上に傷つけることは許されておらず家畜として人間を飼うことも禁止されていたため、私は地獄の動植物が僅かに持つ精気を食事の形で回収するか、母が時折地上に出ては回収してくる精気を乳飲み子のように分け与えられて生きてきました。

 

 生態としては精気を吸って生きるサキュバスであっても、自力で精気を獲得したことはない、【夢】やカラダを使って精気を回収するサキュバスとしての生業を実際に経験したことがない。

 ゆえに『新人』のサキュバス、というわけです。

 

 そして今年。歳だけは一人前になったということで、私は地上に出る許可をもらってこのアクセルの街にやってきました。

 アクセルにはバニル様の知り合いが運営している店――このお店があり、バニル様の領地出身のサキュバスはここで、男性の誘い方や精気の効率的な吸い方など地上で自立するための術を練習することになっています。

 他の領地出身の子なら地上に出る前に家畜の人間を相手に思う存分練習することができるでしょうし、地上に出たら出たでこれまで磨き抜いた技を発揮して欲望のままに食い散らかすこともできるのでしょうが……。そんなことを想像して悔しい思いをしたこともありました。

 そう、私はサキュバスとしては未熟なのです。歳ばかりが先行して、そのくせ今まで何の実体験もないまま、ただただ母や周囲の大人を通じて得られる知識ばかりを頭に詰め込んで生きてきました。

 しかしこうして地上に出てきて、制限付きとはいえ生の精気を味わう機会がようやく訪れたのです。

 母を介して得てきた精気の味を何倍にもおいしくしたものを頭の中に浮かべ、私は喉を鳴らしました。

 

 唱和を終えた私達は、シフトリーダーの前に一列に並びなおしました。

 私は新人なので一番後ろ。

 シフトリーダーは、私が所属することになった勤務グループのリーダーです。上には店長となるサキュバスリーダーがいるので、実質お店のナンバー2といったところでしょうか。様々な街を渡り歩いていろんな男性を体験したあとにこの街に落ち着いた経歴の持ち主とのことで、豊富な実体験を持つ彼女は、耳年増なだけで実際の経験はない子が多いこのお店の中で皆の尊敬を集めています。

 そんなシフトリーダーから、列の先頭の人間に対して担当となる人間の【アンケート用紙】が手渡されていきます。内容を確認した先輩方が次々と夜の闇へと飛び出していきました。

 そして、私の順番がやってきたのです。

「じゃ最後の……ああ、貴女、新人の子よね」

「はい。よろしくお願いします」

 先輩方はすでに全員飛び立ち、部屋に残っているのはシフトリーダーと私、二人だけです。

 シフトリーダーは同族たる私の目から見てもとても綺麗な方で、スタイルも「これこそが男性の欲の体現!」と言わんばかりの凹凸を誇っています。私はサキュバスとして未熟だからなのか、それともこれ以上成長しないからなのか、起伏が少ないカラダなのでとてもうらやましいです。

「ふむ……」

 シフトリーダーが私の顔と【アンケート用紙】の間で何度か視線を往復させます。その僅かな仕草だけで豊かな胸がふるふると揺れて、思わずその動きを目で追ってしまいました。

 私もあのように成長できる日が来るのでしょうか…?

「注意事項は頭に叩き込んだかしら?」

「はい。精気を必要以上に吸わないように、男性冒険者に迷惑をかけないように、ですね」

 アクセルの街でも、必要以上に人間を傷つけないというバニル様の方針はそのままです。

 サキュバスとこの街の男性冒険者は共存関係を築いていて、彼らの冒険の支障になるような量の精気を吸うことは許されていません。昼間は喫茶店として開いている店を訪れたお客様が書いていった【アンケート用紙】を見て、夜になったらお客様の理想どおりの【夢】をサキュバスのスキルで見せる。そこから漏れ出る精気を吸うだけなのです。

「【夢】を見せるスキルを使った経験は? 大丈夫?」

「実際に人間と交わった経験もある母から問題なく使えるとお墨付きをもらっています」

「なら大丈夫かしらね……。とは言っても初めてのお仕事ということだし、貴女には比較的簡単なお客様を用意しておいたわ。この人をよろしくね」

「はいっ!」

 

 そして【アンケート用紙】を手渡されました。

 はじめてのお客さん。どんな人だろう。精気はどういう味なんだろう。おいしいといいな。できるだけ満足させて大量に精気をいただきたいな。

 そんなことを想い浮かべながら、【アンケート用紙】の内容に目を走らせ――

 

===================================================

 相手の設定: 美人

 

 夢の中での自分の状態(性別・外見): そのまま

 

 プレイ内容: お任せ!最高のプレイを期待します!

 

 ご住所:馬小屋東端

 

 就寝予定時刻:日が沈んだらすぐ

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「え、ええ……?」

 

 思わず困惑の声が漏れてしまいました。

 内容がちっとも具体的ではなく、どんな夢を見せればいいのかまるでわかりません。

 こ、これが簡単なお客さん? ひょっとして新人いびりか何かなのでしょうか?

 思わずシフトリーダーに目を向けるも、彼女は涼しい顔です。

「どうしたの? 何かわからないことがあったかしら?」

「い、いえ……大丈夫です」

 ……仮に新人いびりだとしたらここで弱みを見せるわけにはいきません。

 大丈夫、【夢】を見せるスキルは母の合格点をもらっていますし、私が想像できる限りのエッチな【夢】をお届けして、お客さんに満足してもらってみせましょう。

 

「それでは行ってきます!」

 

 私は決意を胸に、夜の街へ飛び立ちました。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あの【夢】を見せたのは誰だあっ!?」

 

 翌日。昼間。

 喫茶店形態の店に、男性冒険者が大声を上げながら飛びこんできました。お店の中で【アンケート用紙】を記入していた他の冒険者も、その声にびっくりして手が止まりました。

 たまたま入り口付近に立っていた先輩が慌てて声をかけます。

「ど、どうされましたか、お客様?」

「どうもこうもない! 昨日の【夢】はまるで満足できなかった。幼稚な言動、稚拙なプレイ、そのくせ無駄に突飛な設定……! いつもとは大違いだ! ふざけるな責任者を出せ!」

 物陰からおそるおそる様子を窺った私は、声の主を見て愕然としました。怒鳴っていたのは、昨日私が担当した冒険者だったのです。

 昨日は自分が考えられる限り最高にエッチな夢を見せたつもりでしたが、それでも満足できなかったのでしょうか? 幼稚、稚拙、無駄に突飛……並べられた言葉は衝撃的でした。

「そんな……」

 ショックでした。サキュバスという人間の上位種としての自負心も、母から褒められた【夢】のスキルも……、わずかながら持っていた自信が裏返り、トゲとなって胸を刺してくるような錯覚に襲われます。

 しかしいつまでも先輩を矢面に立たせておくわけにはいきません。私は痛む胸を抑えながら、怒り狂う冒険者の目の前に駆け寄りました。

「わ、私が昨日お客さんを担当した者です。この度はすみま――」

「お前か! どうしてくれるんだ、このイクにイけなかった中途半端な状態を!」

「ひっ……!?」

 怖い。

 目の前の相手が持つ感情は、怒り。

 地獄を出てからすぐにこの街に向かった私にとって、人間と会話する機会はこれがはじめて。相手からぶつけられる生の感情。自分とは違う生き物が放つ『怒り』に脚が竦みました。

 同時に、私は聞きかじった知識だけで人間のことをわかった気になっていたことに気付きます。これまで私は、人間はサキュバスがちょろっと手を施すだけで精気を無限に提供してくれるような……まさに家畜のような印象しか持っていませんでした。しかし人間は、私達と同じように本能だけでなく理由を以て怒ることもある……知能がある生き物なのだと、はじめて実感したのです。

「おい、よせよ。その子怖がってるじゃないか」

「ああ!?」

 次の言葉が紡げない私の背後から、別の冒険者が助け舟を出してくれました。しかし怒っていた冒険者は収まりません。

「何いい子ぶってるんだ! お前だってわかるだろう? 日々の少ない収入からこの店に通うための費用をコツコツ貯めて、いざ期待して【アンケート用紙】に書きこんで、肝心の【夢】がしょっぱかったときの遣る瀬無い気持ちがよ!」

 ……怒りだけでなく虚しさと悲しさも混じってるからなのか、半ば涙目になりながら激昂する冒険者に対して、声をかけてくれた人も苦い顔をしました。目の前の男が言っていることもよくわかる、そんな顔でした。

「す、すみま……せん……ごめんなさい……」

 私は謝罪の言葉を口にし続けました。

 お客さんを満足させることもできず、それどころか他のお客さんまで巻き込んで恥をかかせて……。自分が情けなくなり涙があふれてきました。ここで泣いても何の解決にもならないと頭ではわかっているのに。

 涙を見せないようにと俯いても、ぽろぽろと零れては床に落ちて弾けていきます。

「お客様、お待たせしました。私がこの時間帯の責任者です」

「えっ……!?」

 その声に顔を上げると、いつの間にかシフトリーダーが怒れる冒険者の目の前に立ち、頭を下げていました。

「こちらの不手際でお客様にはご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありません。昨日お支払いいただいたお金は返金し、後日ご都合のよい日に、改めて私が【夢】をお届けします。それで手打ちにしていただくわけにはいかないでしょうか……?」

「ん、あ……ああ。アンタが担当してくれるなら、それで構わねぇ。何度も世話になってるしな」

「では、そのようにお願い致します」

 シフトリーダーが再度頭を下げて、場は収まりました。

 激昂していた冒険者はシフトリーダーの提案に満足したのか怒りを収め。

 様子を窺っていた周囲のお客さんに対しては先輩方がお詫びの飲み物を配っていきます。

「いよう、怖がらせて悪かったな……」

「あ、いえっ……」

 怒っていた冒険者が去り際に私に対しても謝罪をしてくれたものの、すっかり動揺していた私はロクな言葉を返すことができませんでした。そんなオロオロしている私に、彼は困ったような顔をして頭をかきながら店を出て行ったのがひどく印象的でした。

 彼は何も悪くないのです。

 ただ、私が未熟だっただけなのに。

「……新人ちゃん。ちょっといらっしゃい」

「はい……」

 私はもちろんお咎めなしとはいかないでしょう。シフトリーダーに手まねきされ、裏にある事務室へと足を進めました。

 

「――【夢】を見せる技術はあったかもしれないけれど、見せた内容は杜撰だったってことでしょうね」

 私の話から状況を紙にまとめていたシフトリーダーはそう言って続けます。

「そもそもどんな【夢】を見せようとしたの?」

「えっと、内容の指定がなかったので、私が考えうる限りのエッチな内容を……」

「でも貴女、生娘でしょう?」

「……!」

 私は顔が真っ赤になって黙り込んでしまいました。

 シフトリーダーは苦笑しながら言います。

「経験のない子が一生懸命考えたところで、あのお客様が仰るように『しょっぱい』内容にしかならないでしょうね」

「で、でもだったらどうすれば!?」

 そもそもこのお店はバニル様の領地出身の子ばかり――実体験がない子の方が多いはずなのです。それならば今回の私の担当と同じように、怒鳴り込んでくるお客さんがもっとたくさんいてもおかしくはないはずですが……シフトリーダーが持っている『今年のクレーム一覧表』には今日の日付しか書かれていませんでした。

 私と他の生娘の間には、何の違いがあるというのでしょうか。

「あのね、そもそも【夢】の内容を一から十までサキュバスが考える必要はないの」

「え……?」

 シフトリーダーが放った言葉に驚いた私は、涙も止まり、困惑しました。

 どういうことでしょうか。サキュバスが【夢】を見せるのに、その内容は考えなくていいなんて。

 シフトリーダーは諭すような口調で続けます。

「いい? 私達の仕事は、お客様の理想の【夢】をお届けすること。でもお客様が本当に見たい【夢】の内容は、お客様自身にしかわからないの。理想の相手役一つをとっても、どんな身長か、どんな性格か、エッチのときはどんな風に乱れるか……。こんな薄っぺらい【アンケート用紙】に理想をすべてを表現できる人なんていないわ。文字数的な意味でも、表現力の意味でもね……」

「表現力……? ああ、どんなに詳細に書いたつもりでも所詮は言葉……イメージをすべて言葉にするなんて不可能だからですか……?」

「そう。だから私達は、お客様が心の奥に抱えている理想のイメージが【夢】に現れるよう“誘導”するだけで十分なの。あとはお客様が自力で理想の【夢】を見るわ」

「で、では【アンケート用紙】の意味は……?」

「【アンケート用紙】は、お客様が自身の中にぼんやりと抱えている理想のイメージを、ある程度はっきり自覚してもらうためのアイテムに過ぎないの。もちろん私達もそれを参考に誘導する力の送り方を決めたりするけど」

 ……なるほど、それならば経験のないサキュバスでも相手に理想の【夢】を見せることができます。自分が見せるのではなく、相手に見てもらう、そういうカラクリだったのです。

「……でも【夢】を誘導するやり方も弱点があるわ。例えば『強気の女性冒険者に押し倒されたい』なんて書いた人が、実際は『そんな強気の女性を逆に屈服させるカタルシスを味わいたい』と心の奥では思っていて……、【アンケート用紙】の内容と、理想に誘導したはずの【夢】がまるっきり逆になってしまうケースがあったのよ。それでクレームが入ったことがあったり、逆にアンケート内容と違ったけど大満足だったと言う人もいたりして……判断が難しいのよね」

 そう言ってシフトリーダーは苦笑しました。

「では、あの曖昧な内容の【アンケート用紙】を渡されたのは……」

「そう。【アンケート用紙】と理想の内容が乖離しているさっきの話みたいなケースがないようにと思って、あの【アンケート用紙】を渡したの。細かい条件が多ければ多いほど乖離する可能性も増えてしまうから」

 ストンと、話の内容が胸に落ちた気がしました。

 すべてはシフトリーダーの配慮。それを台無しにしたのは、新人いびりを疑った私の独断専行と、私自身の【夢】に対する見識不足だったのです……。

 私は、嘆息しました。

「なるほど、わかりました。すみませんご迷惑をおかけして……! 次はもっと上手にやってみせます」

「いいのよ。私の確認不足もあったのだから」

 シフトリーダーはそう言って微笑みました。釣られて私も笑顔になります。

 ですが――。私は気を引き締め直します。

「でも……いずれは相手の【夢】を誘導するだけでなく、私が考えた内容で相手に満足させられるようにサキュバスとして成長したいと思っています」

「わかってるわ。いつかはこのお店から離れて自立しなければならないものね。私としてもその方が嬉しいわ」

 そう、このお店はあくまで自立するまでの練習場所に過ぎません。いつかはお店の保護もなく助けてくれる先輩方や『お客様』もいない場所で、自分の思い描く内容だけで、場合によっては【夢】すら使うことなく自らの手管で、相手を満足させ精気を吸い生きていけるようにならなければならないのです。

 決意を新たにする私を見て、シフトリーダーは言います。

「このお店は居心地がいいからとずっと留まっている困った子も多いのだけれど、貴女は向上心がありそうでよかったわ。……そうね、だったらこのお客様はどうかしら?」

 そう言ってシフトリーダーは机の上に積まれた【アンケート用紙】の束の中から一枚取り出しました。

「うわっ……」

「こらこら、変な声出さない」

「だ、だって……」

「まぁ気持ちはわからないでもないけれどね……」

 そう言って自らもドン引きする様子を隠そうともしないシフトリーダーの手には、細かい字でびっしりと書き込まれ、白よりも黒の比率が多いのではないかと思わんばかりの【アンケート用紙】がつままれていました。

「いろんな【アンケート用紙】を見てきたけど私もここまで書き込まれてるのははじめて見たわ……」

 そう言って【アンケート用紙】を裏返すと、裏にも同じようにびっしりと書き込まれていました。

「……あれ? 【アンケート用紙】に書かれた条件が多いほど実際の理想と乖離して問題になる可能性が増えるって話だったのでは?」

 さっきの話を考えれば、このやたらと書き込まれた【アンケート用紙】はとても新人向けとは思えません。

「あぁ、それなんだけどね。このお客様はね、“新規”のお客様なのよ」

「新規」

「ええ。サキュバスサービスの一般的な内容を知らないお客様。だからたとえ貴女がまた失敗して内容が満足いかないものだったとしても『こういうものなのか』と思ってくれるだろう、今日怒鳴り込んできたお客様のようにはならないだろう、って打算も入ってるわ」

「……なるほど」

 シフトリーダーは保険をかけてくださったのです。私が失敗してもダメージが少なくなるように、と。

「だけど書かれたプレイ内容はかなり現実的なの。実体験のない――童貞の人とは思えないくらい実際のセックスについて詳しく書いてあるわ。どこでこんな知識を得たのかしらこの人……」

「ど、童貞なんですか」

「ええ。接客したとき臭いでわかったわ」

 臭いでわかるのでしょうか。

 私にはわからないのでサキュバス生来の能力というわけでもなさそうですが。

「さて、まとめると、ご新規さんだから失敗してもあまり文句は言われそうにない、そして書かれているプレイ内容はかなり現実に即しているお客様というわけだけど……。このお客様で貴女にはセックスの知識を積んでもらおうと思うの」

「セックスの、知識」

「そう。サキュバスとして成長するには、なんだかんだ言ってやっぱり実体験が必要なのよ。でも貴女もはじめては本当に愛した人と――とか理想があるでしょう?」

「はい……あります」

 脳裏に浮かぶのは私を一人で育てた母の姿。母はサキュバスという種族の都合上、多くの男性から精を吸い取ってきましたが……子種についてはただ一人からしか受け取らなかったそうです。事情があって地上に残してきたという『父』のことを語る母の顔は、本当に幸せそうでした。母のように愛する人と子を為し、できれば二人で育てる……これが私の理想です。

「そう、貴女と同じようにまだ経験したくないって子はこのお店には結構いるのよ。その考えは否定しないし、それでも将来の為に成長はしたいって貴女の考えもわかる。だから、この新規のお客様が持っている現実的なセックスの知識を得ることから、と思ったの」

 シフトリーダーのその言葉に、私は改めてびっしりと書き込まれた【アンケート用紙】に目を下ろしました。先程はただただ書きこまれた内容が多いことだけに引くだけでしたが、ちゃんと目を凝らすと、そこには知らない語彙やプレイ内容にあふれていることに気付きます。まるでキラキラと輝く知識の泉のようにも見えてきました。

「……わかりました! 本日はこのお客さんを担当します! いえ、させてくださいっ!」

「ええ。頑張ってね。しっかり読みこんで予習しておくこと。わからないところは私や先輩に聞くこと。いいわね?」

「はいっ!」

 そう返事して、私は事務室を飛び出しました。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 しかし、今手元にあるのは今日書かれた【アンケート用紙】です。

 実際に【夢】を見せるのも、今日の夜ということになります。

 時間がありません。

 私は喫茶店の接客に戻りましたが、来店中のお客様が【アンケート用紙】に書き込もうと集中しているのをいいことに、私も先ほど受け取った【アンケート用紙】とにらめっこをしていました。

「うーん……」

「どうしたんだい? 新人ちゃん」

 私が【アンケート用紙】を読みながら唸っていると、先輩が声をかけてきました。

 この先輩は短めに髪を切りそろえたややボーイッシュな雰囲気のサキュバスです。面倒見がよく、初めてアクセルに来て右往左往していた私に声をかけ、お店まで案内してくれました。それ以来何かと頼ってしまっています。

「えーとですね、今予習してるんですけど」

「うわっ、何このビッシリ書き込んでる【アンケート用紙】! キモッ! ……って、ああっ!? お客さんのことじゃないんですよ! す、すみません!」」

 ボーイッシュ先輩があげた声に反応して周囲のお客様の手が止まってしまったので、先輩は平謝りしていました。

 一通り謝ったあと、また私のところにやってきて。

「はぁ……。で、この【アンケート用紙】がどうかしたの? 予習? わからないところがあるの?」

「はい。ここに書いてある『イラマチオ』ってなんですか?」

 目の前で【アンケート用紙】を書いていたお客様がブッと飲み物を噴きだしました。

「ああっ! お客様、お召しものが! 申し訳ありません!」

「い、いえ、僕が勝手に噴きだしただけですから……大丈夫です。いや、ホント気にしないで。えーと、君は新人さん?」

「は、はいっ」

 お客さんは口の端からだらだらと飲み物をこぼし続けているのもお構いなしに、言葉を続けます。

「イラマチオってのはね、フェラみたいなものだけど女の子の頭部を固定して男が勝手に突っ込んで――」

「お、お客様?」

「あ、気にしないでください。初心なサキュバスの子にエロ単語を教えるという行為に快感を覚えてるだけなので」

「は、はぁ……」

 先輩は困惑しているものの、これは渡りに船だと私は思いました。足りない知識を埋めることもできるし、人間との会話熟練度も上げることができるでしょう。

「じゃ、じゃあ、『バイブ』ってなんですか!?」

「ええ!? 困ったなぁ知らない単語が……」

「おう、俺は見たことがあるぞ! 紅魔の里の神社で見つかった、振動する魔道具だ」

 困っていると、更に別のお客さんが声をかけてくれました。駆け出しの街に似合わない高そうな装備を身に着けた冒険者でした。

「振動……ああ! それでこの人は『バイブ』を女性器に突っ込むって書いてあるんですね! なるほど入れたまま起動させると気持ちよさそうです!」

「お、おう……教えておいてなんだが、人のアンケート内容はあんまり大っぴらに話さない方がいいと思うぜ」

「ああっ! すみませんすみません!」

 と、【アンケート用紙】の主に謝るフリをしながら。

「……ところで『バイブ』ってどんな形なんですか?」

「ああ。いくつか種類はあるんだが、性器に突っ込むっていうのなら男性器を模したこんな形状のかな……?」

 高レベル冒険者のお客さんはそう言って、自分の【アンケート用紙】の片隅に絵を描いて見せてくれました。意外と繊細なタッチ。

「ふむふむ。あ、『ローション』って何かわかります?」

「潤滑剤だな。摩擦を減らして滑りやすくするために――」

「ああっ、僕が教えようと思ってたのに!」

「いやいや俺が!」

 いつの間にか大勢のお客さんを巻き込んで、エロ単語講座が始まっていました。

 いつもは一心不乱に【アンケート用紙】にペンを走らせるお客さんばかりで無駄に物静かな雰囲気のお店なのですが、今日は実に和気藹々としたムードでした。小一時間ほど話し込んで後続のお客さんも講座に加わりますます騒がしくなったところで、何事かと飛んできたシフトリーダーに私は再び大目玉をくらいました。

 回転率が落ちたせいで、今日の【アンケート用紙】の数はいつもの8割に留まってしまったそうです。

 

 そして、夜。

「よし、わからない単語は全部覚えました。予習はバッチリ……のはず。お客さんを満足させてみせます」

 新規のお客さんだから失敗してもいい、という体でシフトリーダーとは話していましたが、そんな軽い気持ちはありません。むしろこのお客さんがまたお店に来たくなるような、そんな満足できる【夢】を提供するつもりです。

 そうすることで、お店は潤い、勉強に付き合ってくれた先輩方や、他のお客さんにも利益を還元できるはずですから。

「がんばりますっ!」

 私は夜空を飛びながら、決意を固めました。

 

 

 

 しかし私は、また失敗してしまうのです……。

 

 冒険者が暮らすには似つかわしくない大きな屋敷、そこに張り巡らされた強力な結界に引っ掛かってしまうことで……。

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