「アッー!!!」
俺自身どうやって発声したのかもわからない、ものすごく甲高い悲鳴が口の中から飛び出した。
そしてそんな発したばかりの声を置き去りにしたまま、俺の身体は背後に向かってギャグ漫画の如く水平に吹っ飛ばされ“道場”の端にある漆喰の壁に激突した。
「がっあ!? ……っ!」
全身が叩きつけられた衝撃で視界がチカチカと明滅する。
俺という異物がめり込んだことで歪み押し出された壁の破片が横からパラパラと落ちていき、それに追随するかのように、俺の身体も重力に従って次第に壁から剥がれ、木張りの床にどしゃりと崩れ落ちた。ロクに受け身も取れなかったため、顔から。
「ぐっ、ぎ……! はっ……はぁっ! はぁっ!」
全身を余すところなく痛みが襲い、特に胸の圧迫感による呼吸困難が思考を制限させる。霞む意識の中、それでもなんとか酸素を取り込もうと、荒い音を鳴らして強引に空気のやりとりを行った。
「はぁ……っ! はーっ! ごぼっ、けへっ! はっ……」
「どうした、もう終わりかい?」
「ぐっ……!」
かけられた優しげな声色に、思わず歯を食いしばる。
床に崩れ落ちたまま気力を振り絞ってなんとか目線だけ上げると、スカしたイケメンがそこに立っていた。
――ミツルギ。
俺と同じく日本から転生した男で、俺とは違ってまともな転生特典である魔剣グラムを携えるソードマスター。
こいつの一撃で俺はあっけなく吹き飛び、道場の壁に叩きつけられたのだ。おまけにこの惨状は魔剣グラムによって引き起こされたものではない。こいつの自前の肉体、拳による一撃で、俺はみっともなく這いつくばっていた。
……あの魔剣は持ち主の膂力など近接戦闘に関するステータスにも補正をかけるんだったな、と今更のように思い出す。俺の脳内にあるミツルギの身体能力に関する情報を修正、そこから繰り出されるであろう動きのイメージにも修正を試みる。
そして自身の状態も再確認。身体中がジンジンと熱を伴う痛みを発し、まるで炙った鉄板の上にでも転がされている気分だが……まだ大丈夫、裏を返せば痛いだけだ。
骨が折れている様子もない。指先までしっかりと感覚があるし、関節ひとつひとつを能動的に動かすこともできる。
冒険者として一般人よりは少しマシ程度に強化されたステータスが、ミツルギの殴打からも、壁との激突からも、なんとかまだ戦えるだけの力を残してくれたのだろう。
俺は反吐を吐き捨てて立ち上がり、ちゅんちゅん丸を正面に構えた。
「だらっしゃああーッ!!」
これで相手が怯んでくれたら嬉しいな、という後ろ向きな思いを乗せた叫びとともに、ちゅんちゅん丸を振りかぶって突撃する。
しかし。
「甘い!」
案の定というか、ミツルギは俺の虚勢に一切怯むこともなく一喝すると、腰に据えた魔剣の柄を握りしめた。
――斬撃が来る!
そう思考に過ぎった次の瞬間、あれほどの大剣たる魔剣グラムがまるでプラスチック製のおもちゃなのかと疑いたくなるくらい軽々と振り回され、先に斬りかかるモーションに入っていた俺の一撃の速度を上回り、先程修正したはずのイメージをも更に超えて。
「シッ!!」
「っ――あ!?」
一閃。
ミツルギの一太刀によって、斬り結んだ感触すら残すことなくちゅんちゅん丸の刃が根元からスカッと斬り飛ばされた。
斬られた先の刃金がくるくると宙を舞い、地面に刺さって、煌めく屍を晒す。
「くっ、ちゅんちゅん丸が……!?」
一瞬の交錯だった。それを経て手元に残ったのは、柄と、僅かな残骸の刃。切断面はひどく綺麗なものだったが、刃は人間の骨とは違って綺麗に折れたからと綺麗にくっつくものではない。再生は不可能だ。
ちゅんちゅん丸は、今この時を以って、死んだ。
「何か大事な刀だったのかな。……すまない」
「いや、別に。鍛冶屋のおっちゃんにまた作ってもらえばいいし」
「そ、そうか……」
「そんな納得いかないみたいなツラされても困るんだが」
ミツルギにとっては一振りの剣が生命線であり、まさしく相棒と呼べるものだろうから理解できないことかもしれないが、俺にとってちゅんちゅん丸は本当に大した武器ではないし、特に思い入れがあるわけでもない。
日本刀のビジュアルイメージを優先して中途半端に再現した結果、日本刀特有の構造の脆さと、ファンタジー武器としてよく挙げられる重量剣のような刃の鈍さを併せ持つ、本当に微妙な武器として仕上がった一品だ。魔法がかかった武器というわけでもなく、特徴といえば変な名前だけ。
開発当時にはそれなりの金がかかったとはいえ、今の俺の全財産からすれば端した金で同じモノを量産できる。壊れてしまったなら別にそれでいいか、はい次、と思える程度の武器でしかない。
ただ、めぐみんが……自分で名前をつけた武器だからか妙に思い入れを持っているようで、たまに俺に断ることもなく勝手に手入れしているのを見かけたこともあったので、俺の方から自発的に捨てて新しい武器に取り換えようとするのは憚られただけだ。しかし戦いの中で折れてしまったというのならめぐみんも納得する見事な死に様だろうし、むしろ新調する理由ができて助かるというもの。
「ま、なんだかんだで、こいつはいくつもの戦いを生き残ってきていたんだな……」
刀身がほとんど消え失せたことで軽くなった手の先の感触を確かめながら、そう呟いた。
温泉街で出会った、ハンス。
紅魔の里に襲撃してきた、シルビア。
これら魔王軍幹部に加え、道中襲ってきた様々な雑魚モンスター。
激しい戦いが続く中、ちゅんちゅん丸は今までその刀身を保ったまま生き残り続けてきた。
……何の活躍もしなかったが。
だから今更折られたからといって思うところなど。
思うところ、など。
……あれっ。
「ミツルギ。お前。ブッ殺」
心の奥から何かがぶわっと湧き上がってきた。
その勢いに任せて言葉を投げ出すと同時に振りかぶり、僅かに残っていた刃を足元に叩きつけて、柄を地面に聳え立たせた。
俺の視界には、折れた先の刃金と合わせてちゅんちゅん丸の墓標が二つ。
「っ……!? フ、フフッ……!」
俺が発した声に、ミツルギははじめて一瞬だけ怯み、そしてなぜか嬉しそうな顔を見せる。
「何がおかしい」
思わずそんなことを口にした。
……いや、自分でもなぜこんなにイラついているのかわからない。
中途半端な能力のくせにそれでもなんとかしぶとく生き残ってきたちゅんちゅん丸が、俺自身の姿と被るところがあったからだろうか。
自分が銘をつけた刀が折られたと知っためぐみんが、きっと悲しそうな顔をするだろうと想像したからだろうか。
とにかく今の俺は、目の前のスカしたイケメンのツラをぶん殴りたくてしょうがなかった。
「……いや、すまない。はじめて君の殺気に触れたような気がしてね。ようやく君の本気を引き摺り出せたのだと思うと、感慨深くて」
「そうかよ」
俺は最初から本気のつもりだったのだが。ミツルギにとっては殺気を伴わない本気など、本気と呼べるものではないのだろうか。それだけこいつは、真剣な命の遣り取りをこれまで重ねてきたのだろうか。俺とは比べ物にならないくらいに。……いや、そんな考察は後回しだ。
俺は、ミツルギの言う『殺気』を一箇所に集めるように、拳を固く握って構えた。
「……来るか」
「……」
ぎこちないファイティングポーズをとった俺。それを見て、先ほどの表情が嘘だったかのように即座に纏う雰囲気を冷たくしたミツルギは短く呟きながら威圧感を発してくるが、俺は答えない。そんな余裕はない。これまでの人生の中でもそう体験したことのない、じりじりと身を焦がすような殺気のぶつけ合いに直面して、焦りと緊張から思考回路がシンプルになっていく。
相打ちでも構わない。いや、あの魔剣グラムの前ではそれさえも叶わないかもしれない。だが、その綺麗なツラに一発当てて表情を歪ませてやるくらいは……!
そう思った俺は、跳躍のため蹴り足に力を入れ――。
『――はいやめ!』
「「!?」」
誰かが発した声と同時に、パン、と手を叩いたような音が辺りに響き渡り、時が止まった。
それは比喩ではなく、俺も、俺を迎撃しようとしたミツルギも、次の動作に移る途中のような中途半端な体勢でピタリと静止している。視界の端にある埃すらも、ひとつひとつが空間に縫い付けられたように止まっている。
同時に、俺の意識ががらっと切り替わった。
――そうか、これは【夢】だったんだな、と。
「……無茶ですよ。魔剣マンにステゴロで挑もうなんて」
俺に呆れているかのような、しかし心配もしているかのような口振りと、もう一度大きく手を叩く音が聞こえたところで。
「おっ!? っと、と……」
目の前のミツルギは静止した状態のまま、俺だけが身体の自由を取り戻した。
金縛りのような状態から急に解放されたことで危うくバランスを崩しそうになるが、なんとか踏みとどまる。
「うーむ……イケると思ったんだが、やっぱり無茶だったか」
「はい。そーです」
先ほどは我ながら冷静ではなかった。無根拠且つ無謀な突撃を敢行しようとしていた自覚が今更のように芽生えてきているが、それをはっきり認めるのもなんだか照れ臭い。そう思って冗談めかした口調を投げかけてみたのだが、声の主はそんな俺の内心を見透したかのごとくバッサリと切り捨てた。
頭を掻きながら声の方向に目を向ければ、ちょっと唇を尖らせているロリサキュバスがそこにいた。
……そう、ここは【夢】の中。先ほどまでミツルギと対峙していたこの空間、そして目の前のミツルギは、ロリサキュバスが見せる【夢】の中に作られた架空のものだったのだ。
「今リセットしますからちょっと待っててください」
「ああ、頼んだ」
ロリサキュバスが頷いてぱちんと指を弾けば、ノータイムで空間全体が歪むように反応し、次いで、全てが巻き戻っていく。俺の身体の外傷や節々の痛みは消え、衣服の汚れは霧散し、そして破断したちゅんちゅん丸さえも……全てがミツルギと打ち合う前の状態に戻っていった。
――俺は、【夢】の中で戦闘シミュレーションを重ねていた。
【夢】で自由に設定できるのは、何も相手役の女性だけに留まらない。プレイに持ち込むまでの演出に必要な敵役のモンスターや、背景の建物やベッドといった無機物……そして、自分以外の男性だって自由に設定し、登場させることができるのだ。
ロリサキュバス曰く、主人公の活躍を褒め称える王様などのヨイショ役や、逆に悪逆非道を働いて懲らしめられる悪役、恋人を寝取られる役などなど、【夢】に主役以外の男性が登場させられるケースはそこそこ多いらしい。それと聞きたくもない情報だったが、最近やたら身なりのいい男が来店して相手役に男性を求めたこともあったとか。
ともかく俺は、自分以外の男性をも自由に設定することのできる【夢】の性質を利用して、ミツルギを仮想敵とした戦闘シミュレーションに利用することにしたのだ。
なにしろ自分の状態すらも自由に設定できるので、今回のように無茶をやって怪我をしてもすぐに元通り。逆にあえて怪我を負った不利な状況を作って練習することだってできるし、戦う場所や天候といった状況設定も思いのまま。
【夢】が都合のいい仮想現実であるメリットを、最大限に活かせると思ったからだ。
「でもどうして、今更戦闘訓練なんか……。ここ数日ずっとですよね?」
再生したちゅんちゅん丸の感触を確かめていると、ロリサキュバスがそんなことを言ってきた。そういえば戦闘シミュレーションをやりたいとは言ったが、その理由までは説明していなかったか、と思いながら口を開く。
「実はお姫様にお呼ばれしていてな。アイリスっていう、この国の第一王女。俺の冒険譚をぜひ聞きたいんだと」
「おおー!? それはまた凄いニュースですね! ……ん? それと戦闘訓練と、どういう関係が?」
ロリサキュバスが首を傾げる。俺は一拍置いてから答えを返した。
「……俺は冒険譚を語ることはできても、その裏付けとなるようなものがないんだ。レベルやステータスも低ければ、職業だって最弱職の冒険者。魔王軍幹部にトドメを刺したのもほとんどがパーティーメンバーで、俺の冒険者カードの討伐モンスター欄にそいつらの名前はない。そういった部分をごまかしつつ王女に話くらいはできると思うんだが……自分でもちょっとくらいは強くなっておこうと思ったんだよ」
もっとも俺はリッチースキルを習得している関係で冒険者カードを他人に見せることができない事情があるから、レベルがいくら上がっても、どんなスキルを覚えても、それを王女に示すことはできない。完全な自己満足だ。
しかしそのために、昼間はゆんゆんなどを誘ってレベル上げ、寝てる間にロリサキュバスの【夢】の中で仮想訓練……紅魔の里から戻ってきてからというもの、パーティーメンバーがどのように王女を歓迎するか頭を悩ませているのをよそに、ずっとこんな生活を続けている。
「はぁ……。で、でもほら、カズマさんはあのパーティーをまとめるリーダーじゃないですか。パーティーの活躍はリーダーの活躍ですし、カズマさんの強さは指揮官とかそういった部分じゃないんですか?」
「そう言ってもらえるのはありがたいんだが、それを初対面の人でも同じように受け取ってくれるかって話なんだよな」
ダストと初めて会ったときのことを思い出す。あいつが騒いでいたように、俺達のことをよく知らない連中からすれば、冒険者カズマは上級職の女におんぶにだっこで楽させてもらってるヒモのように見えるのだろう。
パーティーのリーダーであり指揮する立場であると言っても、形だけのもの、お飾りのような役職と思われるであろうことは想像に難しくない。
「何より、俺自身が俺の能力を一番信用していない。今までの活躍も偶然状況が転がり込んできただけって思いはやっぱりある。だから、そうじゃないんだ、やろうと思えばこのステータスでも戦えるんだ、と自分に言い聞かせられるだけの自信が欲しくなったんだよ。付け焼刃なのはわかってるんだけどな」
「はぁ。それなら【夢】の中でのシミュレーションに留まらず、今から強敵を探して倒し、討伐モンスター欄に本当の実績を刻めばいいのでは? あ、そういえば近くの湖にクーロンズヒュドラが眠っているとかいう話を聞いたことが――」
「断る。実績作りのためだけに、わざわざ命の危険を冒すなんて御免だ。俺は、安全な【夢】の中でしか強敵と闘うなんて真似はしないからな!」
「えー……」
力強く宣言した俺に、ロリサキュバスは呆れたような目を向けてくる。
……しかしまぁ、討伐モンスター欄にちゃんとした実績が欲しかったのも確かだ。こうなると紅魔の里でのパワーレベリング法、『養殖』をもっと体験しておけばよかったとも思うが、後悔先に立たず。
また紅魔の里に出向くことも考えたが、テレポート屋も里までは開通していないため王女が訪れるまでに帰還できない可能性を考慮してボツ。紅魔の里をテレポート地点に登録した知り合いがいたら……とも思うが、無い物ねだりをしてもしょうがない。
結果、アクセル周辺の雑魚モンスターとはいえ養殖の真似事ができるゆんゆんとのレベル上げや、安全安心に訓練できる【夢】を活用する案に落ち着いたわけだが。
「それで魔剣マンとの模擬戦ですか。でも自信をつけるための訓練なのに、負け続けてたら本末転倒じゃありません? 今日だけでも12戦全敗ですよ? 通算は数えるのも飽きました」
「最弱職と上級職だぞ。実際まともにやればこんなもんだと思うし、それでもなんとか勝ちを拾おうと色々アイディアを練ってるんじゃないか」
「んー、それはわかるんですけど……でもさっきみたいに、ここが【夢】の中であることすらも忘れた状態になって挑んだのはちょっと失敗でしたね」
「ああ。一度初心に立ち返ってみたらどうかと思ったんだが、これまでの戦闘経験もゼロに戻っただけだったしな」
身体がミツルギの剣筋を覚えていて無意識に超反応を見せてくれるとか都合のいい展開を期待していたが、そんなことは一切起きず、普通にボコボコにされた。収穫といえば、ちゅんちゅん丸を案外大事に思っていた自分自身に気付けたことくらいだろうか。
ロリサキュバスは大げさにため息を吐き、続ける。
「やっぱりシミュレーションとはいえ、相手が強すぎるんじゃないでしょうか。現在の魔剣マンは、カズマさんの脳内イメージに比重を置いて再現してますけど……私が事前調査したときは彼はもっと弱く見えましたよ? もっと私のイメージに比重を置いて、弱く調整してもいいんじゃないですか?」
「いいや、あいつの強さはまだまだこんなものじゃないと思うんだよな……。逆にもうちょっと俺のイメージの割合上げてみてくれ」
「はぁ……。まぁ、いいですけど」
ロリサキュバスは生返事をしながら、さっきから固まったままのミツルギに両手を翳した。俺の要望通りに、【夢】のミツルギをより強い方向へと調整してくれているのだろう。
【夢】のミツルギは、俺とロリサキュバスのイメージを混ぜ合わせて作っていた。
俺が痛いことから逃れようと弱いイメージを与え過ぎても練習にならないし、逆に強すぎて手も足も出ないレベルにされても困るので、二人のイメージを混ぜ合わせたらちょうどいい塩梅になるのではと思ったからだ。
しかし意外というか、なぜかロリサキュバスの方がミツルギを弱く設定したがったので当初からイメージの比率で議論していたが、何度か繰り返すうちに俺が譲らないことを知ってか、もうロリサキュバスは反論を重ねることなく俺の指示通りに調整してくれている。
調整作業中に、愚痴だけはしっかり飛ばしてくるが。
「……ただでさえ勝てないのに、これ以上強くしてどうするんですか」
「俺が欲しいのは、あのミツルギとガチで戦ったとしてもやりようによっては勝てるかもっていうアイディアと自信なんだよ。仮に俺のイメージより弱体化されたミツルギと対峙して勝ちを拾ったとしても、何の意味もない」
「……そこまで魔剣マンを評価してるとは知りませんでした。嫌いな人なんですよね?」
「嫌いなのは間違いない。だけど俺は、こいつを、ずっと評価してるよ」
面と向かって言うことは、絶対にないが。
冒険者をやっていれば、ギルドや同業者などを通じて、ミツルギの活躍は嫌でも伝わってくる。俺に売り飛ばされた魔剣を早々に買い戻したミツルギは、各地を転々として、今は王都のあたりで魔王軍相手に奮戦しているとか。
できるだけ命を大事に、遠距離から安全に攻め立てるのが一番と思っている俺にとって、せっかくの転生特典チートにモンスターとの近接戦闘を強いられる魔剣グラムを選んだミツルギは頭がおかしいんじゃないか、と評したこともあった。その評価は今でも変わっていない。変わっていないが。
その頭のおかしい選択で、こいつは今の今まで生き残っているのだ。その事実から目を逸らしてはならない。
……というか俺だって、命を大事に、モンスターと接近戦なんて勘弁、などと考え出したのは実際にこの世界に来て何度か戦闘を重ねてからのことであり、後付けの結論だ。
転生特典を選ぶ時にアクアに嫌がらせをすることを思いつかなければ、俺も魔法系チートの次くらいには、魔剣グラムのような刀剣の類を選んでいた可能性は非常に高い。実際、聖剣アロンダイトなどは中二病的にかなり惹かれていた。
だって転生先はファンタジー世界だというじゃないか。主人公の絵面的には、剣だろう。
他のチート候補はなんだったか。怪力とかドラゴン召喚とかあった気がする。確かにそんなのを持っている主人公もどこかにはいるだろうが、王道ではない。
……そう、俺は異世界で、王道の主人公になることを夢見ていたのだ。
そしてミツルギは、今も、その王道を突き進んでいる。
俺が早々に王道路線に見切りをつけ、生き残るために形振り構わず必死になる選択をしたのと違って、今もなおこのシビアな世界に絶望することなく、物語の主人公のような綺麗事を口にし続けているというミツルギには尊敬の念しかない。
確かに、俺とは違ってまともな転生特典である魔剣グラムの助けもあったことだろう。あの魔剣はステータスにも補正をかけてくれるらしいし。
だが、ステータスは心までは補強してくれないのだ。
斬りつけたモンスターの返り血や体液を日常的に浴び、自らの手で命を刈り取る光景を目に焼き付けてきたはずのこいつは、それでも心が折れることなく、今日の今日まで魔剣グラムを携えたまま生き残ってきた。転生前の地球ではニワトリも絞め殺したことがないような面のくせに。……これも偏見だが。
それに、この世界のステータスやスキルは、習得や上昇と同時に使い方は分かっても、それを活かした戦い方までは分からない。初級魔法を覚えても、俺の目潰しコンボのような使い方にまで考えが及んでる人が少ないように。
だからミツルギがここまで生き残っているのは、いわゆる心技体のうち、『心』と『技』の二面においてはこいつの実力に他ならない。
そして『体』に関しても、魔剣グラムの所持者としてステータス補正があるミツルギは、確かに俺より楽に金を稼ぎレベルを上げられたことだろう。だが、ダクネスに守られ、めぐみんの火力に助けられ、死んでもアクアという保険がある俺よりも、ずっと辛い戦いを強いられ、それに勝ち続けてきたはずなのだ。しかも、命を一度も落とすことなく。
だから俺はこいつを決して侮らない。過小評価なんかしてやらない。
ミツルギは、強いのだ。
…………面と向かって言うことは! 絶対に! ないが!
そしてそんなミツルギの強さへの信頼があるからこそ、こいつを倒すイメージさえ掴めれば大抵の剣士タイプはなんとかなるという確信に近いものがあった。【夢】での模擬戦の相手にはうってつけだと思ったのだが……。
「……あー、やっぱりやめた」
「おっと、終わりますか? それなら誰とヤります? 魔剣マンの取り巻き二人とか?」
「剣戟なんて、あいつの土俵で戦うのはやめた」
「は、はぁ」
ぱぁと明るくなったロリサキュバスが一瞬で曇ったが、今は置いておく。
これまでの反省と改善点の列挙に脳のリソースを振り分けるためだ。
「……問題は、魔剣」
訓練を始めた当初は、ミツルギとだって何度か稽古を重ねればある程度は打ち合えるようになるだろうと楽観的に考えていたが、なんでも斬れるクソ魔剣のせいでまともな斬り結びすらできない以上、剣で対抗しようとすること自体がアホくさいことだと気付かなければならなかった。
大体、素のステータスにも差があるんだ。相手の長所の部分で対抗できるようになろうとしたのがそもそも間違いで、こちらの長所を生かすことを考えなければならなかった。
「俺の、長所」
パッと思い浮かぶのは、職業冒険者の特長でもある、どんな職業のスキルでも使えること。
とはいえスティールはもうネタが割れている。クリスがゴミを大量に持っていたように、対策も簡単な部類だ。そうなると優等生であるこいつが対抗策を講じてないとは思えない。何しろ初対面のときに俺がかけた不意打ちにも、驚きこそしたが即座に剣を構えて対処してきた男だ。
≪狙撃≫スキルを使った弓矢での攻撃も通じるか怪しい。こいつなら飛んでくる矢を斬り飛ばすくらいは普通にやりそうだし。スナイパーのごとくこちらの存在を知らせないまま一方的に狙撃できる状況なら可能性はあるが、そんなのは練習しなくたってできる。今欲しいのは、正面きって戦ったときに勝てるアイディアであって――。
「……ん?」
そんな風に自分の切れる手札を確認していたところ、固まったままロリサキュバスの調整を受けているミツルギは、剣を鞘に収めていることに、俺は気付いた。
そういえば何のこだわりがあるのか、こいつは剣を抜き身の状態で持たない。相手と対峙してもギリギリまで抜かず、斬り結ぶくらいの段階になってようやく抜く。居合いの真似事か、それともどこかの大冒険モノの主人公の剣と同じように、魔剣グラムが強力すぎるから普段は封じているということなのだろうか。
……ここかもしれない。攻めるべきポイントは。
「調整終わりましたよー。さっきよりカズマさんのイメージ寄り……運動性能2パーセント増しってところでしょうか。そちらは大丈夫ですか?」
考えがまとまってきたところでタイミング良く、ロリサキュバスから声がかかってきた。
俺が手を振って応えると、彼女は頷いて虚空に姿を隠す。それを確認して……。
「ミツルギ、勝負だ」
「わかった。ふふ……まさか君の方から持ちかけられるとはね」
ミツルギは軽口を叩きながら、構えた。
基本は徒手空拳で戦うことを意識しているかのように拳を握りながらも、どちらかの手は魔剣をいつでも抜けるような位置に置く、独特の構え。おそらくこの世界に来てから培ったモノだろう。
俺も復活したちゅんちゅん丸を握りしめて、眼前に据えた。
「「……」」
無言で対峙する俺達の視線の間に、ちゅんちゅん丸の煌めく刃が割って入る。
正面から斬り結ぶのをやめたとはいえ、最初から相手にそのことを教えてやる義理はない。人間、刃を視界にちらつかせればどうしても意識の何割かはそちらに向くだろうし、さっき思いついた作戦を直前までミツルギに悟られないようにするためだった。
「いくぞ」
「ああ」
短いやり取りを交わした直後、地面を蹴って、同時に飛び出した。
「――っ……!」
地面を蹴り出したタイミングこそほとんど同じだったが、ステータスの差は歴然、詰め寄る速度はミツルギの方が段違いに速い。自然と俺が迎え撃つ格好になる。
いちいち差を見せつけられることに内心歯軋りしながらも、俺は右手一本で握ったちゅんちゅん丸を見せつけるように前方に突き出し、逆に左手をミツルギから見えないよう身体の陰の位置に隠して、そこで魔力を込め始めた。
差し出された刃に反応したミツルギが魔剣の柄を握って抜こうとする、その瞬間を狙って……!
「『フリーズ』ッ!!」
「!?」
激突の瞬前、俺の初級凍結魔法が炸裂した。
魔剣グラムの鍔と鞘、そして抜刀動作中のミツルギの手すらまるごと封印するように氷が形成されていく。これでこいつの戦闘能力の大半を、一気に封じることができるはず……!
そう思っていたが。
「ふんっ!」
ミツルギが発した気合の一声と共に、氷はあっけなく砕け散った。
「――は?」
俺が施した封印など最初からなかったかのように、魔剣グラムは解き放たれた。
せっかく立てた作戦を力技で粉砕されたことで呆然としていた俺は、ブレードの腹の部分でぶん殴られた。
「ぐぼあぁっっ!?」
野球ボールよろしくかっ飛ばされた俺は、僅かな滞空時間を挟んで地面に落ち、そのままゴロゴロ転がって道場の壁に再び激突した。
「ぐおえぇえ…………、っ!?」
「まだまだ!」
痛みに喘ぐ俺に対して、ミツルギは気を緩めることなく追撃しようと猛然と近づいてくるのが視界の端に映り。
「リセット、リセットだー!」
『はーい』
俺が必死に叫ぶと、虚空からロリサキュバスの声が聞こえ、間髪入れず空間全体が歪みを見せた。
それと同時にすぐそこまで迫っていた【夢】のミツルギがピタリと止まり……そこから動画の逆再生でも見ているような動きで元の立ち位置へ巻き戻っていった。
「ふぅー……」
リセットの影響を受けて、俺の身体の痛みも次第に消えていく。
調子を確かめるようにゆっくりと立ち上がって視線を上げれば、俺とミツルギの立ち位置は、完全に打ち合う前の状態に巻き戻っていた。
『大丈夫ですかー?』
「……かなりきつかった」
【夢】の中でも傷を負えば痛みは容赦なく発生する。痛覚を制限することもできるらしいが、俺は練習にならないと思って現実世界と同じレベルの痛みを感じるように設定していた。そのせいで先程のように痛めつけられて行動不能になることも数知れないが。
「すぅー……はぁー……」
仕切り直すために深呼吸をひとつ、ふたつ。
身体の状態も、装備の状態も、全てがリセットされて元通り。そして目の前で棒立ちしている【夢】のミツルギは頭の中身すらもリセット――俺が凍結魔法を使えることなど知らない状態に巻き戻っているはずだ。
この場で俺だけが先程の“失敗”した経験を持ち越してる。これでもう一度、同じ状況を再現して練習ができる。
訓練に【夢】を使う利点は、このように『初体験』の状態を何度でも繰り返せることだろう。
一度見られてしまえば次にはもう対策されているような初見殺し的なアイディアも、相手だけをまっさらな状態に戻して、何度だって練習することができる。
とはいえ同じ轍を踏むわけにはいかない。先ほどの失敗の原因を振り返ってみた。
「……魔力が足りなかったか?」
氷で封印するというアイディアは悪くないはずだ。こいつはデュラハン等と違ってスティールが成立することからも、魔力抵抗はそこまで高くない。
フリーズにもっと渾身の魔力を込め、氷の強度を上げてみたらどうなるか試す価値はあるだろう。
俺はロリサキュバスに合図するために手を挙げて。
「ミツルギ、勝負だ」
「わかった」
もう何度繰り返したかも覚えていないやり取りをまた行って、俺はミツルギと激突した。
――結論から言えば、俺の全魔力を投入して生成した氷でもミツルギの抜刀動作を途中で封じることはできなかった。
「『フリーズ』ッッ!!」
「っ……甘い!」
「がはぁっ!?」
試行の回数を重ねる度に少しずつ込める魔力を上げていったが、わずかに反応を鈍らせたり顔をしかめさせたりはできたものの、完全な封印にまでは至らず。とうとう全魔力を使った氷を試すところまで来てしまったがそれも通じず、またもやあっさり抜かれた魔剣によって俺は吹っ飛ばされた。
「ぐえぇ……くっそ……!」
ミツルギが抜刀動作に入ってしまったら、俺の魔力ではもうそれを阻止することは不可能だという結論に至る。
「リセットだー!」
『はーい』
――だったら変えるべきは魔力量ではなく、封印するタイミング……ミツルギの抜刀中ではなく、動作に入る前に封印したらどうだ。
そう思った俺は、やや距離を取った位置から凍結魔法を発動した。
「『フリーズ』!!」
「!? くっ、抜けない……っ!?」
「あれっ!?」
なんとこの試みは、今度はあっさり成功する。全魔力を投入した氷結魔法でなくとも、鍔と鞘が凍結した魔剣をミツルギは抜くことができず、逆に俺が驚いてしまった。
これは動いている物体を止めるより、静止している物体を動かないように留めておく力の方が小さくて済むのと同じ理屈だろう。慣性というヤツだ。
「……ふふふ……はーはっははははは! やったぞ! それ見ろ! 自慢の魔剣が封印されて今どんな気持ちだ? なぁ今どんなぐあっ!?」
俺は道場の床に叩きつけられた。
魔剣での攻撃を即座に諦めたミツルギが、凍結されていないもう片方の手で普通に殴ってきたからだ。
「リセット! リセットだ! くそったれ!」
『……はーい』
――もはや何度目かもわからない挑戦の果て。
「……」
「……はぁ……はぁ……」
お互いは再びスタート位置――まだダメージも受けていない状態に巻き戻っているというのに、俺は肩で息をしていた。
怪我や疲労は回復できているはずだが、経験を持ち越すためにリセットの影響を受けない精神の疲労が蓄積していて、それが肉体にも影響を及ぼしているのかもしれない。
試行回数と同じだけ訪れる失敗に、俺は疲れを感じていた。
「……くっ!」
かぶりを振って、これまでの失敗からまとめ上げた作戦を頭の中で反芻する。
狙うは、ミツルギが持つ魔剣の鍔と鞘を凍結することによる抜刀の阻止。そしてそれに留まらず、こちらが攻撃する切っ掛けを作ること。
フリーズを掛けるタイミングが遅ければ、抜刀動作の慣性に負けて氷は砕け散る。
逆にタイミングが早ければ、魔剣を封じる氷に気付いたミツルギは普通に拳で殴ってくる――。
「……行くぞ、ミツルギ。勝負だ」
「わかった。ふふ……まさか君の方から持ちかけられるとはね」
――抜こうとしたけど気付いたら氷漬けで抜けなかった。そのような意識の虚を作る、絶妙なタイミングが必要だ。相手の呼吸、瞬きのリズムから、抜刀に意識が移る刹那を予測しろ。凍結魔法が剣を封じるものだとすぐには悟られないようフェイントを織り交ぜろ。
「『フリーズ』ッッ!!」
「何のつもりだ? これでも食ら……っ!?」
俺の凍結魔法の行使から数瞬遅れて、封印された魔剣にようやく気付いたミツルギが驚愕で止まった。現状を認識するために、視線が魔剣に動く。俺に向けられていた意識に空白が生まれる。
だがこれは一瞬だけの猶予。こいつはすぐに切り替えて拳を振るってくる。
それまでに無力化しなければならない。
俺は千載一遇のチャンスに肉薄し、ミツルギの鼻と口元を掴むと……!
「『クリエイト・ウォーター』!」
「ガボッ!?」
ミツルギの口内に無理矢理大量の水を生成し。
「『フリーズ』ッ!」
「カハッ!?」
更に凍結。ミツルギは、ビクンと震え、その場に膝をついた。
ミツルギは氷をどうにか取り除こうとしばらく喘いでいたが、表面の僅かな氷を指で削っただけで力尽き……そのまま倒れ伏した。
「やったか!? ……あ」
フラグのような台詞を吐いてしまった、と言った後で気付いてしまう。
……しかしミツルギはお約束を守って立ち上がるってくるようなこともなく、倒れたままピクリとも動かなかった。
「……やったな? ……よし……よし……! やったぞおおお! 何度目だと思ってるんだちくしょおおお!」
この一連の流れに辿り着くまでに、そして成功するまでに、何度試行を重ねたかわからない。ステータスが高ければもっと早く成功できたのだろうか。はたまた他の手段だって取れたのだろうか。
自らの至らなさへの忸怩たる思いも込めて、俺は勝利に雄叫びを上げた。
「あー……くそ、疲れた」
「おめでとうございまーす」
俺が首をコキコキ鳴らしていると、間延びした声とともにロリサキュバスが再び姿を現した。
「えいっ」
ロリサキュバスが弾むような声とともに指をぱちんと弾くと、ミツルギの姿は一瞬で視界から、いや、この空間から掻き消えた。
……そういえばさっきは夢中で思い至らなかったが、あの凍結コンボを受けた相手は、気を失うだけではなく窒息で死ぬんじゃないだろうか。
「……」
せっかく成功までこぎつけておいてなんだが、解凍できる人が近くにいる状況でもなければ、この戦術を使うのはやめておこう……。
俺は息を吐き、ロリサキュバスに向き直る。
「悪かったな。付き合わせて」
「いーえ。上手くいってよかったじゃないですか」
「……そうでもないんだよなぁ」
ミツルギの馬鹿力を封じるために俺は一つ一つの作業に渾身の魔力をこめなければならないし、タイミングもかなりシビアだった。実際、何度も失敗している。
魔力も、頭の回転も、よっぽど絶好調のときでないと再現するのは難しいだろう。
「まぁ、対抗策を一つ思いついただけでも上々か。少なくとも、ガチでやっても勝てる可能性があるって自信にはなったし」
「ですね。百回やって百回勝てる強さなんて、カズマさんには似合いませんよ。一つだけで十分です」
「いや……本当はちゃんとした強さも欲しいと言えば欲しいんだけどな……」
ただ、その強さを手に入れるために自分を鍛え続けるなんてのが億劫なだけだ。楽して寝てるだけで強さが手に入る方法があるなら、すぐにでも飛び付きたい。
「差し当たっては経験値の詰まった高級食材でも仕入れてみるかな」
「おっと金にモノを言わせてきましたね。……あっ、それじゃそろそろ≪料理≫スキルを習得してもいいんじゃないですか?」
「そうだな。どうせならおいしく食べたいし」
せっかく仕入れた高級食材も、他人の手に任せたらどこで摘み食いされるかもわからない。100パーセント活用するなら、≪料理≫スキルを覚えて自分の手で調理するというのもいい案だろう。
そんな考えを巡らせていると、目の前のロリサキュバスがなんだかそわそわし始めた。
「それとですね……いつものカズマさんのペースだともうそろそろ始めないと――」
「わかってるって。訓練はここまで。ヤるか!」
「はいっ!」
ヤることはもちろん、セックスする【夢】を見ること。
以前飢えさせてしまったこともあるし、こちらの我儘に付き合わせた以上、ロリサキュバスにとって必要な精気の補充もきっちりヤらなければならないだろう。無論、俺だってミツルギとチャンバラやって終わりなんて勘弁願いたいところだし。
「それじゃ今日は誰にしますか? さっきも提案しましたけど、魔剣マンの取り巻き二人と3Pとかどうでしょう?」
「俺には寝取り趣味なんてないから却下。……今日は宿屋に来る途中で凄い美人を見かけてな、その人をお願いしたい」
「ほう。カズマさんが行きずりの人とヤりたいなんてのは珍しいですね」
「……それだけ好みのタイプど真ん中だったんだよ」
そして、そんな好みの美貌の持ち主、一度見たら忘れないような人だというのに、初めて見かける顔でもあった。この街の住人全てを見知ってるというわけではないが、あれだけの美人が街にいたなら、ウィズのようにサキュバスの店を利用する男どもの間で噂になっているはず。少なくとも定住者ではないだろう。
ひょっとしたらその女性は旅の途中にふらっとアクセルに立ち寄っただけなのかもしれず、そうなればまたお目にかかる機会はないかもしれない。外見だけでもはっきり覚えている今の内に【夢】の題材に使いたいと思ったのだ。
「ほうほう。ではちょっと脳内のイメージを拝見……。んー、私の知らない人ですね。性格などもカズマさんのイメージ寄りになっちゃいますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫」
ロリサキュバスとの予約の時間が迫っていたため本当にチラと見かけただけで、実際の人となりはあまり知らないのだが、あれだけの美人だ。性格もきっと良いはずだ。
「わかりました。それではいい【夢】を」
「おう」
ロリサキュバスが姿を隠すと同時に、空間全体が歪む。今度は俺の意識をも巻き込んで。
道場が泡となって消え、手元からちゅんちゅん丸が消え失せ、そして俺自身もここが【夢】の中であることを忘れていく。
全てが、再構成されていった。
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そこは、街中にあるエリス教団の教会。
貧しい人のために行われている炊き出しに、多くの人が並んでいた。
しかしその列の中には本当に貧しそうな人もいれば、上にボロを被っただけの変装でタダ飯を食うつもりで並んでいる人もいるし、そんな装いのごまかしすらせずに普通の格好で平然と並んでいる人、ケガの治療中でクエストを受注できず日銭すら稼げない冒険者らしき人など……様々な様相の人々で順番待ちが形成されていた。
それ自体は、この街、この教会においては決して珍しい光景ではないのだが。
「ん? 修道服……?」
その列の中に修道服を纏った金髪の美人がいたものだから、急いで通り過ぎようとしていた俺は思わず足を止めてしまった。
「う、うう……」
呻き声を上げ、自分の順番はまだかとばかりに前方を睨みつけていたその女性は、そんな形相にも関わらず、とても綺麗だと思える人だった。
一応変装のつもりなのか小さなボロっきれを被っているが、そんなものでは隠しきれない滲み出る美貌が逆に引き立てられる結果となっている。
何日も食事を取っていないのか痩せこけた頬に反して、衣服をなだらかなラインで持ちあげている豊かな乳房。そして女性らしい起伏に彩りを添えるかのように垂らされた長い金髪が、修道服の暗い色遣いも相まり綺麗に輝いていて、実に魅力的だった。
そして、実に目立っていた。
街中を普通に歩いていても二度見されるような端麗な容姿の持ち主が、貧しい装いの人が多い炊き出しの列の中にぽつんといるのだ。場違い感が半端ない。
彼女の前後の人も居心地悪そうにチラチラ見ているし。
「……きっとエリス教の敬虔な信者なんだろうな」
俺はそう呟いた。
清貧がモットーらしいエリス教だ。彼女はきっと恵まれない人に分け与えすぎたせいで、自らの食事にも困るレベルにまで陥ってしまい、恥をしのんで仲間に助けを求め、炊き出しの列に並んだのだろう。
「あっ……!? ちょ、ちょっとあなた!」
列がある程度進んだところで、炊き出しを主導していたエリス教徒もさすがに彼女の存在に気付いたのか、慌てて駆け寄っていく。
どう見ても貧しいとは思えない人が列に並んでいてもスルーしていたのに、彼女に対してはなぜか反応が大げさだ。教会主導の炊き出しに修道服の女性が並んでいるというのはさすがに外聞が悪いからだろうか。
近寄ってきた慎ましい身体つきのエリス教徒は、金髪美人を指して言う。
「あなたセシリーさんですね!」