「――そうすると、めぐみんにはエロい【夢】を見るよう誘導する力を送っただけなんだな?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
紅魔の里に辿り着いた俺は夕飯の買い出しを口実にパーティーから離れ、ロリサキュバスと合流し、彼女がめぐみんに見せた【夢】について尋ねていた。
発端は、里までの旅程における最初の晩。
野営中の見張り番を放棄して一人で眠ってしまっためぐみんに対して、俺はペナルティとしてエロい【夢】でも見せてやろうと、上空をふわふわ漂っていたロリサキュバスをこっそり呼び寄せたのだが。
めぐみんは滝のような汗を流して飛び起きた。それを見て目論見どおりにいったと俺が思ったのも束の間、めぐみんはまるで熱に浮かされるかのように覚束ない口調のまま唐突に爆裂魔法をぶっ放したのだ。
しかも異変はそれだけで終わらなかった。その晩から四人での旅を続けている最中も、ゆんゆんと合流して以降も、めぐみんが後先考えずに爆裂魔法をぶっ放すケースが幾度も続き、俺はそれが気になっていた。
アクセルの街では頭のおかしい子だとか爆裂狂だとかが代名詞になっているとはいえ、めぐみんはそこまで考えなしに爆裂魔法を放つ子ではない……と俺は考えている。
例えば過去にベルディアの居城に撃ち込みまくってたのはそこがただの廃城と思っていたからだし、そもそも轟音が響くのを守衛に怒られたからと街から離れたところで撃とうとしていた経緯だってある。それからまたベルディアの城を勝手に爆裂していたことを俺に怒られてからは、デストロイヤー戦や、温泉街でのハンス戦など、ちゃんと俺の指示を待ってから撃つようになっていた。そして今回の旅を始めるにあたっても道中では気軽に撃てなくなるからと、事前に俺を散歩に連れ出して渾身の一発を放っていたくらいなのだ。
これらのことからめぐみんは、爆裂欲求こそ持っていても好き勝手に解き放っているわけではなく、怒られたら素直に反省するし、それを踏まえてめぐみんなりに理性を以って思考を巡らせ撃つタイミングを見極めるようになってきていると俺は思っている。
……少なくとも俺の目が届く範囲では、の話にはなるが。
だからこそここ数日のめぐみんが俺の指示を聞くこともなく無闇矢鱈と爆裂するようになったのを不自然に感じ、それでロリサキュバスに尋ねたのだ。彼女がどんな【夢】をめぐみんに見せたのか、俺は知らなかったから。
「エロいこと以外にも何か精神に作用がある【夢】をめぐみんに見せた……とかはないのか? たとえば、怖い目に遭う【夢】を見せたことで、起きてからも強迫観念から攻撃的になっているとか……」
俺の疑問、というか憶測に対して、ロリサキュバスは実に心外そうに。
「確かにやろうと思えば、怖い目や痛い目に遭う【夢】を見せることはできますが……【夢】の内容をコントロールするのは案外大変なんですよ。例えばカズマさんがレイプ行為に忌避感を感じたために【夢】の内容が強姦から和姦に変化したケースがありましたよね?」
「ああ……」
初めて【夢】にゆんゆんを登場させた時の話だ。色々と【夢】に対するアプローチを考える切っ掛けにもなったからか、まだ記憶に新しい。
「――あんな風に、その人の精神状態によって【夢】はあっさり変化しますから……特に、痛い怖いのような誰もが避けたがる【夢】を見せようとするなら、それこそ付きっきりでチェックと誘導を続けなければなりません。……あの場には悪魔の気配に敏感な青鬼がいましたし、付きっきりなんてとてもとても。私はバレないように最初にちょろーっと誘導する力を送っただけで、後は誓って、本人のエッチな願望が表出した【夢】だったはずです」
ロリサキュバスはそう言って、困った顔を向けてきた。
アクアに青鬼という妙なあだ名がついていることがちょっと気になったが、本題ではないので流し、更に質問してみる。
「……じゃあ、なんでめぐみんは過剰に爆裂するようになったんだ?」
「それこそ知りませんよ。ノゾキミも無理でしたからどんな【夢】を見ていたのかもわかりませんし。……ひょっとしたら、以前、都合のいい【夢】を見過ぎて現実世界でも本能のまま行動するようになり逮捕された金髪のお客さんがいたんですけど、そんなケースなのかもしれませんね」
本能のままに、か。思い返してみれば、あのときのめぐみんも確かにそんなことを呟いていた。
サキュバスが見せる【夢】は現実と区別がつかないほどリアルなもの。俺も【夢】を初体験して起きた直後は、急に変化した景色、感じていたはずの温もりの消失など、【夢】と現実との切り替わりに頭が追いつかず、混乱した覚えがあった。ましてやサキュバスと【夢】の存在を知らないめぐみんならば混乱と混同もひとしおだろう。性に関することとはいえ自らの心奥にある願望が表出した【夢】を見せつけられたことで、それを切っ掛けに現実世界の精神状態にまで影響が及び、性欲に限らず全ての行動が本能に従うようになってしまうというのも、ありえる話なのかもしれない。
納得のいく話ではあったが、しかし、そうなると気になることがまた別に出てくる。
爆裂魔法を好き勝手に解き放つことが、めぐみんの本能の一つになっているということ――。
「そこまで入れ込んでいたとは……」
「はい?」
「いや、悪い、独り言」
確かにめぐみんは日頃から爆裂魔法への愛を語ってやまないが、まさか本能と直結するレベルにまで昇華されているとは思ってもいなかった。
だってそうだろう。仮に俺が本能のままに動くようになったとしたら、まず食べたいものを食べてゴロゴロしたいだとか、ぐーたら昼まで寝てゴロゴロしたいだとか、可愛い女の子を見たら抱きしめたままゴロゴロしたいとか、いわゆる三大欲求に通じるものがまず出てくるはずだ。
それがめぐみんの場合、爆裂魔法だという。
……ダクネスの実家から送られてきた霜降り赤ガニを食べる代わりに爆裂魔法を我慢しろと言われれば大喜びで我慢して食べた後に爆裂魔法をぶっ放します、という本人の言葉通り、食欲と同じレベルで語れる程度には爆裂欲求が本能として染み込んでいるのだろうか。
どんな本能だ、とも思う。
……しかし考えてみればめぐみんは――ゆんゆんが多彩な魔法を使いこなすのに対してそれ以上の才能を持つというめぐみんは、生涯においてただ一つの魔法しか使ってこなかったのだ。溢れる才能とリソースの全てを、爆裂魔法だけに注ぎ込んできたのだ。
めぐみんにとって、爆裂魔法とは、めぐみんの全てなのだろう。
「っ……」
そんな考えに至った瞬間、全身を悪寒が駆け巡った。
これは、俺自身を責める、後悔の念。
本人の口から何度も聞かされていたことだったのに。
しかし俺は今になってようやく、はじめて、それを事実として自分の中に呑みこんだのだ。理解と一緒に物理的に呑みこんだ唾が、やけに重くはっきりした感触を伴って喉を通り抜け、胃の中でも存在感を主張してくる。
俺は今の今まで、めぐみんが持つ爆裂魔法への愛を、真面目に受け取ることなく、どこかぞんざいに扱ってしまっていたのではないだろうか。
この世界を、RPGファンタジーらしい夢も感じられないシビアでふざけた世界だと愚痴りながらも、その実ゲーム感覚が抜けきらずに、『仲間の魔法使い』には使い勝手の悪い爆裂魔法よりも便利な上級魔法を覚えてほしいなどと、勝手なことを言ってきた。
めぐみんはゲームのキャラクターではない。一人の人間なのだ。
人が、人生を賭して魂に刻み込んできたものを、よくもまあ雑な扱いができたものだ。傲慢も甚だしい。
爆裂魔法は、めぐみんの魂に刻まれた、ただ一つの魔法。
それはもう、めぐみんの全てであり、すでにめぐみんそのものといってもいいレベルにまで染み込んでいるのだろう。そう考えれば、本能がやや表に出てきたからと爆裂魔法を撃ったところで、どうしてめぐみんを責められようか。
いや、むしろ責められるべきは、その本能を表出させるに至る行動を取った――。
「俺の方、だよなぁ……」
仲間に対して安易な行動を取った自分自身を省みて、思わず深いため息を吐いた。
お仕置きだとかペナルティだとか言って、いくら痛い目や怖い目に遭うものではなかったとはいえ、本能を刺激するような――本人の心に踏み込むような【夢】を見せるというのは不躾な選択だった。反省。二度とやるまい。
俺はかぶりを振って。
もう一度唾を飲み込み。
これからは、めぐみんの語る爆裂魔法への愛にもう少し耳を傾けてみようと、心の内で決めたのだった。
めぐみんに懺悔を。
そして、この場にいるもう一人の女性にも謝罪をと、俺はロリサキュバスに向き直る。
「わかった。悪かったな、疑って」
「いえいえ。私達サキュバスは、本質的には人間と敵対するモンスターですからね。疑うのも無理もない話かと」
俺が一人で思考に耽っていたのを、黙って待っていてくれたロリサキュバスは少し苦笑いを浮かべ、そう言った。
確かにサキュバスは人間と敵対するモンスターだ。ロリサキュバスがめぐみんに痛い怖い【夢】を見せていないという話も、本人がそう言っているだけで、嘘をついていない確証があるわけではない。だが、例の嘘に反応して鳴る魔道具を持ち出すまでもないと思えるくらいには、俺は目の前のちんまい悪魔を信用していた。
そして、そんな彼女に自嘲のような態度をさせてしまったことに対して、俺はもう一度誠意を込めて頭を下げる。
「本当に悪かった」
「だから別に謝ってもらう必要は……んー、そうですね。もしカズマさんが悪いと思っているのなら、手伝って欲しいことがあるんですが」
「ほう?」
ロリサキュバスの方から何かしてほしいと提案を受けるのは珍しい話だった。
普段はこちらが世話になっている以上、手伝うことに吝かではない。疑問符を浮かべることで話の先を促すと、ロリサキュバスはどこからか取り出した黒い風呂敷包みを地面に広げた。中に入っていたのは、やや大きめの板が数枚、長さが異なる棒状の木材が数本。これは……。
「机と椅子の材料です。これを組み立ててもらえませんか?」
「よしきた。お安い御用だ」
釘やハンマーなども用意されていたが、後で分解して持ち帰ることも考え、ロリサキュバスの許可を得た上で木材の端をカットしてはめ込み式に作りなおし、釘を使うことなく組み立てた。
そんな作業も、ものづくり全般が得意になる≪鍛冶≫スキルの効果もあって十分と経たずに完了。
完成したのは、数組の簡単な机と椅子。特に一番大きな机には、木材を包んでいた黒い布を上から被せて、机の中央には水晶っぽい球体を置いてみたりして。
俺の作業の最中にロリサキュバスも、ワンピースを着て、更に黒いマントを羽織り、頭には黒いとんがり帽子を被って、しっぽや羽のような悪魔の身体的特徴を隠すように変装した。
「……占い師?」
「あ、ちゃんとそれっぽく見えます?」
パッと思いついたものを呟いただけだったが、どうやら当たりだったらしい。
ロリサキュバスがニコニコしながら続ける。
「【夢】の日本で見たアニメの中で、文化祭で占いをやるシーンがあったんですけど、そんなイメージですね。紅魔族の中に紛れても違和感がない格好を目指したらこうなったというのが正しいんですけど」
そっちか。俺は街角にぽつんと店を構えている占い師を想像していたのだが、思い返してみれば彼らは案外普通の服装が多かったような気がする。黒づくめの衣装に身を包んだロリサキュバスの方が、なんというか“らしい”格好だ。
「で、こんなセットや衣装まで用意して、何をするんだ? 本当に占いでもやるのか?」
「よくぞ聞いてくれました! ふっふふ……それはですね……」
ロリサキュバスはややノリノリの様子で、めぐみんがよくやるようにマントをバサッと翻しながら。
「この紅魔の里で、サキュバスの店を、臨時開店します!」
「……おー……」
高々とした宣言に、俺が思わずパチパチと手を叩くと、ロリサキュバスは満足そうにドヤ顔を浮かべ、【アンケート用紙】を机の上に広げながら説明を続けた。
「実はシフトリーダーに、紅魔の里に支店を開けるかどうかの調査を頼まれたんですよ。それで小規模ながら実際に店をオープンすることにしてみました」
「ふーむ? まぁ確かに、サキュバスがいて、机には【アンケート用紙】とペンを置けば、あの店は再現できるのか」
喫茶店スペースやそれに付随する飲食物など、この場にはない要素もあるが、あんなものはただのオマケだろう。
「はい。……とはいえ、いきなり悪魔族がお店を開くと言っても受け入れられない可能性が高いと思いますので、人間の魔法使いを装うことにしました。特殊な魔道具を開発し、その効果を世に広めようと店を開いたという設定で」
「魔道具?」
「【アンケート用紙】のことです。もちろんこの紙切れに特殊な力があるわけではありませんが、これに願望を書けば理想の【夢】が見れる効果があるとでも謳っておいて、あとはいつもどおりサキュバスのスキルを使って【夢】を見せて、精気を吸おうかと」
「なるほど。上手くいくといいな」
「はい! うふふ、あまりにも上手くいきすぎて、夜にカズマさんのところに来る暇が無くなっちゃうかもしれませんけど」
ロリサキュバスはそんなことを言って、これからの展望を頭に思い浮かべているのか口元をニマニマさせていたが。
「その時はその時だ。俺も毎日発散しないといけないってわけじゃないし、本当に忙しくなるようならわざわざ連絡しなくてもいいからな」
「はい。カズマさんのところに行かなくても済むくらい、頑張ってみせます……!」
ロリサキュバスは、胸元で両手をギュッと握って意気込みを見せていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カズマさんが、ロリ紅魔族の家族と一緒に食べるという鍋の食材を買い出しに行くのを見送ってから、私は用意してもらった椅子に腰かけて、目の前の道に人が通りかかるのを待つことにしました。
とはいえ、もう時間は夕暮れ。人の姿は少なく、周囲の家屋からは夕餉の準備をしているかのような音が漏れ聞こえてきていています。明日からにすればよかったかな、と急いて準備をしたのをちょっと後悔。
臨時店のオープンは、私独自の判断です。
遠巻きにこっそり調査することも大事でしょうが、実際にお店を開いてみないとわからない問題点なども多々あるはずで、より多くの情報を短時間に得るならこの形がベストだと思ったのです。
衣装もわざわざ紅魔族好みに整えましたし、今の私はサキュバスではなく、あくまでただの怪しげな魔法使い。問題が起こっても、お店に迷惑はかからないはず……です。
それにしても。
「穏やかなところですね……」
辺りを見回し、呟きました。
『里』という単語から、どこか田舎のようなイメージを浮かべていましたが、遠目に見る人々の暮らし向きだけみればまさにそんなところです。私が里に辿り着いた直後には、彼らが魔王軍の襲撃に応戦する様子も見ることができたのですが、それから数時間と経ってないというのに人々は落ち着きを取り戻し、ゆったりと、のんびりとした空気が流れていました。カズマさんの実家周辺に、ちょっと似た雰囲気です。
「ですけど、何か変な施設があるんですよね……」
到着した際に上空から見渡しただけでも、この世界の文明レベルや文化には不釣り合いな施設が散見できました。
どう見てもコンクリート製の建物だったりとか。
辺りを警備するようにうろつくロボット兵器だったりとか。
特に不自然なのは、神社の存在でした。あれは地球の、日本における信仰の象徴となる建物だったはずで……。そうなるとこの紅魔の里は、カズマさんの世界に源流があるのかもしれません。カズマさんより前にも転移者はいたと聞いていますし。
そんなことを考えていたところ。
「おっと……人の気配?」
こちらに近づいてくる声と足音。慌てて視線を向ければ、第一村人、いえ、続いて第二村人も発見しました。あちらはまだ私の存在には気付いていないようで、二人で何かを話しながら、こちらへと接近してきます。私は話しかける切っ掛けを見つけるために、二人の会話に聞き耳を立てることにしました。
「――二度とあんな物送ってこないでよ! 私、すごい恥ずかしかったんだから!」
第一村人は、カズマさんの【夢】に頻繁に登場するロリ巨乳紅魔族でした。第二村人――長い髪をロールさせた爆乳ロリ紅魔族に対して何やら怒ってるようです。
「い、いや……族長の手紙に同封していたとはいえ、私の書いた小説をまさか手紙の一部と勘違いするとは思わなくて……文章の最後にはタイトルと私の署名だって書いてたのにさ……って、わ、悪かったよ。だから杖を下ろして、ね? ……それにしても私の小説を真に受けたからとはいえ、あのゆんゆんが、男相手に『子どもが欲しい!』なんて宣言するとはねぇ」
「それを言わないでよ!?」
「だって気になるじゃないか。……その人ってかっこいいの?」
「ええと、かっこよく……はないわね。強く……もないし。……あれ? ね、ねぇ、あるえ。なんで私、あの人に子どもが欲しいなんて言っちゃったんだろう?」
「し、知らないよ」
「……あ、そうだ! すっごく優しい人なの! 私がギルドで一人で座ってたら声をかけてくれたし、プレゼントだってくれたし、エッチのときだって最初は乱暴だったけど、だんだん私を気遣いながら――」
「!?」
「……? どうしたの、あるえ? 急に黙り込んですごい目でこっちを見て…………はっ!? ち、ちがっ、違うの! 私まだ経験ないから! そんな夢を見ただけだから!」
「そ、そう、夢なのかい。べべべべ別に、私はゆんゆんが大人になったからって変な目で見たりしない……よ?」
「だから違うのよおおお!」
ロリ巨乳紅魔族は真っ赤になって身を翻し、泣きながら来た道を駆け戻って行きました。
「あー……びっくりした。急に呼び出されて何かと思えば……」
爆乳ロリ紅魔族は胸を撫でおろしながら、そのままこちらに歩み寄ってきます。
……精気を得ることのできない女性とはいえ、はじめての村人との接触です。これは練習するチャンスと捉えて、声をかけてみましょう。
「でもおもしろい話が聞けたなぁー……やっぱり作家を目指すには引きこもってばかりじゃなく、いろいろ体験しないとダメなのかなぁ……?」
「そこのあなた! あなたも、彼女のような素敵な体験をしたくありませんか!?」
「えっ……!?」
急に声をかけられたことにびっくりしたのか、爆乳ロリ紅魔族はキョロキョロと周囲を見回し、辺りには他に誰もいないことを確認して、自らを指差しました。
「わ、私に声をかけたのかい?」
「そうです! 話は聞きました! なんでも作家を目指しているとか……作家に必要なのは、妄想を形にすることです! 頭の中のイメージをリアルに表現することだと私は思います!」
「……確かにそうかもね」
よし、食いついてきました。作家を目指していることを話の取っ掛りとしたのが当たりだったようです。
「そうでしょうそうでしょう。そこでご紹介したいのは、この、私が開発した魔道具【アンケート用紙】です! 一見ただの紙切れですが、これに貴女の強いイメージを書きなぐることで、貴女の心にその情報が深く刻まれ、今夜、貴女は思い描いた内容どおりの【夢】を見ることができるというものです! 貴女の頭の中にしかない作品世界に行くことだって可能なんですよ!」
「ふ、ふーん……面白そうな話だね……」
「……いかがですか? 今なら開店サービスで、お安くしておきますよ?」
「へぇ、開いたばかりの店なのか…………そういえば見ない顔だね。里の外の人?」
「はい、そうですが」
「……うーん、今はちょっと手持ちがないから、一度帰って、もう一回来てもいいかい? 友達にも声かけてくるし」
「はい、もちろんです! たくさんのお友達を呼んできて下さい!」
「わかったよ。それじゃ」
爆乳ロリ紅魔族は手を振って、道の向こうへと駆けていきました。時折振り返って、チラリチラリとこちらの様子を確かめるようにしながら。
「うまくいきました……かね」
この店のことが気になってしょうがない、とでも言うような爆乳ロリ紅魔族の様子に、私は手ごたえを感じていました。あの子がどれだけの友達を呼んでくるのかはわかりませんが、サンプル数が増えるに越したことはありません。
……できることなら、男性のお友達を呼んできてくれると嬉しいのですが。
しかし十分ほど経って戻ってきた爆乳ロリ紅魔族は、私の願望も虚しく、同い年くらいの女性ばかりを引き連れてきました。それぞれ、ツインテール、ショートポニーテール、前髪ぱっつんロングと、髪型が特徴的な三人の紅魔族です。
「やぁ、ごめんね。待たせちゃって……」
「いえいえ。お友達にも興味を持っていただけたようで、嬉しいです」
女性しかいないことに内心ぐんにょりとしながらも私が返事をすると、爆乳ロリ紅魔族は後ろに控えていたお友達の方へ振り返り。
「どうだい、ふにふら、どどんこ、ねりまき。本当にいただろ?」
「へぇ、本当に里の外の人じゃない。本当に――」
「だね……」
ツインテ紅魔族と、ショートポニ紅魔族がそれぞれ呟きます。
そして最後の、ぱっつんロング紅魔族も。
「本当にいると思わなかった……。よーし……」
そう言って、なぜか重心を一瞬落としたかと思うと。
「「「「――確保ー!!」」」」
いきなり四人全員から、飛び掛かられました。
「え、ええええ!?」
状況を把握する間もなく四方から襲撃された私は、あっという間に四肢を取り押さえられ、拘束されました。
「な、何をするんですか!?」
「何をですって!? よくもまあ言えたものね!」
「このまま族長の家に連行するわよ!」
「「「おー!」」」
「え、ええ!?」
私は机を覆っていた布で体をぐるぐる簀巻きにされ、そのままどこかの家へと運ばれていきました。
「族長ー!」
ツインテ紅魔族の呼びかけに、家の奥からのっそりと、ヒゲ面の紅魔族が出てきました。
「今日は来客の多い日だなぁ……さっきも娘が男を連れて来て、内心ドキドキしていたというのに……。それで、どうしたんだい?」
「そんな呑気なこと言ってないで! 不審者を発見したわ!」
「し、失礼な! 私、怪しいことなんてしてません!」
「よく減らず口を叩けるわね! そんなわけないじゃない!」
「何を根拠に!?」
「だってあんた、悪魔族でしょ?」
「!?」
思わぬ指摘にぶわっと全身が粟立ち、言葉が紡げなくなりました。
おかしいです! 変装までしているのに、なぜバレたのでしょうか……? いえ、そんなことより正体がバレているなら下手をすればお店にまで迷惑が……。
ショックで固まっている私に、爆乳ロリ紅魔族が告げてきました。
「……ひょっとしてバレていないと思ってたのかい? ……ふっ、どうやら未熟な個体のようだね。君はね、悪魔特有の魔力が僅かに漏れてるんだよ」
「!?」
「今宵は満月だから特に強いんでしょうね。あたし達紅魔族なら気付けるってものよ」
ツインテ紅魔族がそう付け加え、私は愕然としました。
未熟な個体ゆえの魔力の漏洩――そんなこと、意識したこともありませんでした。そして今まで、それが問題になると考えたことすらありませんでした。
……これまでの人生を振り返ってみれば、私は地獄では常に悪魔と接し、地上に出てからはアクセルの街へ一直線、【夢】を見せるときはお客さんとマンツーマン、昼間に接するのも他のサキュバスと、サキュバスに好意的な駆け出し冒険者ばかり……。周囲に敵対関係にある人物が存在しない平和な環境でばかり過ごしてきた私に、そんなことを指摘してくる人も、自分から問題点を意識するようになる状況も、なかったのかもしれません。
ですが、このように悪魔に敵意を持つ人間が近くにいた場合、私の魔力の漏れは致命的な問題点だったようです。まるで獲物が自らの存在をわざわざ狩人にアピールしているようなものでしょう。現に私はこうして拘束されていて……今更ですが、危機感がリアルになって芽生えてきました。
だらだらと汗を流す私に対して、ツインテ紅魔族が続けます。
「どうせ最近ちょっかい出してくるようになった魔王軍のスパイとかでしょ。この紅魔の里に忍び込んで情報収集しようとは、なかなか舐めたことしてくれるじゃない」
「ち、ちがっ……」
「どうしてやろうかしら。封印して魔法実験の実験台にする?」
「石化してグリフォンと並べましょうよ。タイトルは『いけっ、グリフォン! そらをとぶこうげきだ!』あたりで」
とんでもないことを口走りはじめた少女達に、私は慌てて声を上げました。
「違うんです! 私、魔王軍じゃありません!」
「またまたそんな――」
「ほう、それならどうしてこの紅魔の里に?」
それまで黙って状況を眺めていたヒゲ面紅魔族が、少女達の言葉を遮るようにして尋ねてきました。
私は必死に言葉を並べます。
「私はこの紅魔の里に、お店を開いてみたかっただけなんです! ただ、いきなり悪魔がお店を開いても受け入れられないと思って、変装していただけです」
「ほう。悪魔がお店を……。それは、どんな店なんだい?」
「エッチな【夢】を見せるお店です。お察しの通り私は悪魔――サキュバスですから、エッチな【夢】を見ている男性から漏れ出る精気を吸うことで生き永らえることができます」
「エ、エッチな【夢】……」
爆乳ロリ紅魔族が顔を赤らめて呟きましたが、ヒゲ面紅魔族は無視して続けます。
「害意は、ないのかい?」
「ありません! 精気を吸うことで体力も低下しますが、翌日動けなくなったりなんてしない程度にいつも手加減していますから!」
「嘘よ! 眠っている人間は無防備だわ。そんなこと言って油断させて、死ぬまで吸うつもりでしょ!?」
「ち、ちがいます! 嘘じゃありません!」
「嘘よ!」
「ふーむ……」
私とツインテ紅魔族が水掛け論に及びそうになったところで、ヒゲ面紅魔族が神妙な顔つきのまま息を吐き。
「……ところで、私、最近の夫婦生活に不満を持ってましてね」
「……はい?」
突然何を言い出すのかと思ってましたが。
――チリーン。と、聞き覚えのあるベルの音が、部屋に響きました。
「「「「!?」」」」
「……これは、嘘に反応する魔道具の――!?」
「ふむ、故障しているわけでもない。どうやら嘘は言っていないようだね」
ヒゲ面紅魔族が、後ろ手に隠し持っていたものを、皆の目に晒しました。それは案の定、裁判の場などで使われる、嘘に反応して鳴るベルの魔道具だったのです。
「あっ……」
「そんな、それじゃ今まで言っていたことも……」
少女達が一斉に、バツの悪そうな表情に変わりました。
「お前達、今日のところは帰りなさい」
「……は、はい……」
「そ、その……ごめんなさい」
ヒゲ面紅魔族に促され、少女達は私に向かって口々に謝罪の言葉を並べながら、家から出て行きました。
そしてヒゲ面紅魔族は、私の拘束を解きながら声をかけてきます。
「さて、すまなかったね。お嬢さん」
「いえ……かの有名な紅魔の里。正直、悪魔だとバレたらもっとひどい目に遭うものと思ってましたし」
肌をさすりながら、そう返しました。
机に被せていた布で簀巻きにされただけで、肌に痕が残るということもなさそうですし、この程度で済んで逆に幸いとでも言ったところです。
しかしヒゲ面紅魔族は困った顔で。
「なにか物騒な噂が流れているのかな……この里には、六本腕の悪魔を使役している大工もいるし、悪魔の力を借りて占いをしている子だっているし、別に悪魔だからと即滅しているわけじゃないんだよ。ただ、今は魔王軍がせっかく攻めて来てるからみんな盛り上がって……いや、みんな気が立っているだけなんだ。どうか彼女達のことも許してやってほしい」
「は、はぁ……」
魔王軍の襲撃をまるでお祭りか何かのように扱う、微妙に緊張感のないヒゲ面紅魔族の言葉に、私も気の抜けた返事しかできませんでした。
ヒゲ面紅魔族は続けます。
「そこで提案なんだが……また今日のようなことになってはいけないし、魔王軍の襲撃が落ち着くまで、この家に隠れていてはもらえないだろうか? 家の中ならなるべく不自由のないようにするから」
「それは非常にありがたい話ですが――」
この身から漏れ出ているという魔力を制御するのも一朝一夕でどうにかなる話とも思えませんし、里の混乱を避けたいであろうヒゲ面紅魔族の立場もわかります。その上でこちらの安全を図ってくれるというヒゲ面紅魔族の申し出は、本当にありがたい話です。ですが――。
「心配なのは食事のことかな?」
「は、はい。私は悪魔ですので普通の食事では――」
「精気は、私が提供しようじゃないか」
「え、ええ!? いいんですか?」
「害意はない、手加減するんだろう? だったら問題ない。……そ、そのかわりだね……エ、エッチな【夢】というのも、見せてもらえると嬉しいんだが……」
「……は?」
ヒゲ面紅魔族が、今までの真剣な表情を崩して急にしどろもどろになったのを、私が訝しげな目で見ていると、鼻息を荒くして一気に捲し立ててきました。
「いやね、さっきも言った通り、現実の夫婦生活に不満はないんだ。ないんだよ。ほら、嘘に反応する魔道具も反応しないだろう? それでも現実ではありえないような状況とかプレイとかやってみたいときもあるんだよ。【夢】ならそれも自由なんだろう? 例えば私が族長の立場を捨てて妻と世界を巡る旅に出て見知らぬ土地で身体を思う存分重ねるとか、明日の仕事の予定も考えずに体力の底までパンパンやりたいとか、急に学校にテロリストがやってきてそれを格好良く退治する私を羨望の眼差しで見つめる学生とにゃんにゃんしたいとか、成長した娘と仲良く――」
「ただいまー」
「「!?」」
玄関の方から声が飛んできて、思わず二人揃ってびくりと反応してしまいました。
「か、隠れて! お嬢さん、ここに隠れて!」
「は、はいっ!」
ヒゲ面紅魔族が床を開き、私は慌ててそこに――地下倉庫の中へと飛び込みました。薄暗く、微妙に鼻をつく臭いが立ち込めています。発酵食品か何かの倉庫なのでしょうか。
そしてそのまま閉じられた入口の上から、会話が聞こえてきました。
「……? お父さん、どうしたの? バタバタしちゃって」
「い、いや、なんでもないよ。なんでもないんだ」
――チリーン。
「!? 嘘に反応する魔道具! ちょっとお父さん! それ、微妙な空気になっちゃうから家族の団欒の場に持ち込まないでって言ってるでしょ!」
「す、すまない。ところであるえに文句を言ってくると言っていたが、会えたのかい?」
おっと、さりげなく話題を変えましたね。
「う、うん。ビシッと言ってやったわ」
――チリーン。
「「…………」」
居たたまれない沈黙が、流れました。
「……お父さん。それ、仕事場に置いてきて」
「は、はい……」
どうやらヒゲ面紅魔族は、娘に頭が上がらないようです。
……家の中では私が不自由のないようにするという話も、どうも無理そうですね……。
それから予想していた通り、私は床下の地下倉庫で過ごすことを余儀なくされました。あれから娘にどう言い訳していいものか思いつかなかったと、ヒゲ面紅魔族は平謝りしてましたが。
しかし完全に不自由だったのかというと、意外とそうでもありませんでした。
ヒゲ面紅魔族がわざわざ地下倉庫の真上に寝床を移してくれたので、床下からでも精気を吸うことはできましたし、時折、私を拘束した少女達がお詫びも兼ねてなのか、お菓子を持って遊びにきてくれたからです。
「へぇ、お菓子、食べられるんだ。どんなもの持っていけばいいのか迷ったんだけど」
「はい、魂は満腹にはなりませんが、普通の食事も口にすることはできます。味を感じる部位の仕組みも人間と変わらないらしく、甘いお菓子とか普通に大好物ですよ」
「ふーん……。でもお菓子買うためのお金ってどうしてるんだい? 普通に人間社会に混じって働いていたりするのかな?」
「もう皆さんには私の正体もバレてますし、友好的になれましたから言いますけど……実はアクセルの街にサキュバスが開いているお店があるんですよ。男性冒険者にエッチな【夢】を見せて、その代わりに精気と小銭を頂いています。もちろん冒険に支障がない程度に抑えてますが」
「……ね、ねぇ、君のスキルってさ、女の子でもエッチな【夢】、見れるの……かな?」
「ちょ、ちょっとあるえ。目、光ってるわよ」
「はい、見せることはできますよ。エッチな【夢】に限らずどんなものでも。女性からは精気を吸えないのであんまりやりたくはないんですが――って皆さん、目! 目!」
感情が昂ると輝きを増すという紅魔族の目は、薄暗い地下倉庫の中で、それはもうギラギラと目立っていました。
そして数日が経ち――。
魔王軍の幹部シルビアが討伐され、それに伴い魔王軍の襲撃も沈静化したとのことで、私は解放されたのです。
シルビアはなかなかに大暴れしたらしいのですが、私がいた地下倉庫にまで影響が及ぶことはなく、その時は上でなにかドカンドカンやってるなー、程度に考えていて、気付いたら全て終わっていたのですが。
大工に使役されているという悪魔やゴーレムの手であっという間に復興していく紅魔の里を見ながら、カズマさんと言葉を交わしました。
「……族長から聞いたよ。何だか大変だったらしいな」
「ええ。でも友達もできましたし、いい体験……とは言いづらいですが、得難い体験ができました」
合流したカズマさんは、なんだか【夢】から起きた直後のような、抱えていた悩みが吹っ飛んでいったかのようなスッキリした表情をしていて。【夢】を見せていないのにそんな顔をされるのは、なんというか複雑な気分でした。性的な臭いがしないので、エッチなことをしていたというわけではなさそうですが。
「俺達のパーティーはもう里を出るつもりだけど、そっちはどうするんだ?」
「はい。私は、友達の勧めもありまして、この里での調査をもう少し続けることにしました」
続ける、とは言ったものの、臨時店の開店直後に襲撃に遭って拘束されたため、実際にはまだ何もしていません。さすがに何の成果もないまま帰るというのも気が引けたため、残ることにしたのです。
「2、3日経ったら私もアクセルの街に戻ることにします」
「わかった。それじゃ一旦ここでお別れだな」
「はい、道中気をつけて」
こうして私はカズマさんと別れ、彼のパーティーが帰路へとつくのをこっそり見送ったのです。
ヒゲ面紅魔族の家に確保してもらっていた机や椅子を再び路傍に並べ、開店準備をしていたところ。
「あっ、早速やってるわね。きたわよー」
お店を開くことを熱心に勧めてくれたツインテ紅魔族が、早速やってきました。
ツインテ紅魔族は脇に抱えた布を取り出しながら続けます。
「はい、これ。開店祝い、ってわけじゃないけど……」
「これは、黒い布、ですか?」
「うん……最初に机に被せてあったのは、あんたを簀巻きにしたときにボロボロになっちゃったみたいだし……ごめんね」
「いえいえ! 私が持ってきたのより上等なものを用意してもらったみたいで、ありがたいくらいです!」
「よかった。それじゃ早速、【アンケート用紙】に記入させてもらうわね。あたし相手だと精気を吸えないのにお願いするのは心苦しいところもあるけど……知り合いにも声かけておいたから、きっとこれからじゃんじゃん来るわよ」
「はい! 楽しみにしておきます」
次にやってきたのは、ショートポニ紅魔族でした。
私とは普通に挨拶を交わしたのですが、一心不乱に【アンケート用紙】を書き込んでいたツインテ紅魔族に気付くと。
「げっ、ふにふらじゃない」
一気に怪訝な顔になって、そんなことを口走りました。
「何よ、どどんこ。ご挨拶ね」
「うーん、だってさ……こういうところで顔合わせると、なんか気まずくない?」
「……そうね」
「「…………」」
それから二人は特に言葉を交わすことなく、【アンケート用紙】にだけ集中していました。
ふむ、机と椅子さえ用意すればいいと思っていましたが、知り合いと顔を合わせると、気まずくなるようです。そういえばアクセルのお店にも、お客さんとお客さんの間には仕切りが用意してあったのを思い出します。それに、お客さんがこれから増えていくとしたら、机と椅子の数だって足りなくなるでしょう。対策を考えなくてはなりませんね。
次にやってきたのは、ぱっつんロング紅魔族でした。
土魔法で急遽作ってもらった仕切りを挟み、やはり土魔法で作ってもらった追加の机と椅子を使って【アンケート用紙】を書き込んでいる先客二人を一瞥すると、私に声をかけてきます。
「ねぇ、サキュバスさん。この【アンケート用紙】に書かれた内容ってどこまで再現できるの? サキュバスさんが見たことがないものでも大丈夫? 具体的にはウチの居酒屋を舞台にしたいんだけど、内装とかどうなるのかなぁって」
「私が実際に見たことがないものでも、【夢】を見る人がイメージできるものならなんでも再現が可能ですよ。サキュバスが使う【夢】のスキルは、実は一から十までサキュバスが創造したものを見せているわけではなく、お客さんが自身の記憶やイメージから理想の【夢】を自力で形作れるよう、誘導する力を送っているだけなので」
と、【夢】の見せ方のうち、意図的に誘導タイプ――サキュバスは【夢】の形成を手助けするだけで、お客さんに自力で【夢】を見てもらう方法――だけを際立たせて、シナリオタイプ―――【夢】のすべての要素をサキュバスが構築する方法――をぼかした説明をしてみました。これは、後々に男性のお客さんが現れた時、私は精気を吸えるそちらの方に注力したいので、女性のお客さんには私の負担が少ない誘導タイプで済ませておきたいという考えがあっての方便でした。
私の説明に、ぱっつんロング紅魔族は、なるほど、と納得しましたが、聞き耳を立てていたのかツインテ紅魔族が声を上げてきます。
「えーっ!? 結局あたしの脳内イメージから【夢】が作られるんだったら……この【アンケート用紙】に【夢】の詳細を書く意味って、無くない?」
「いえいえ。【アンケート用紙】に詳細を書き連ねるのは、自分の中で【夢】に見たいと願うものをはっきりと自覚するために必要なプロセスなんですよ。ほら、自分の理想とする男性やシチュエーションって、こうして書き並べてみないと、案外ぼんやりしたものじゃありません?」
「言われてみれば……そうね……」
シフトリーダーからの受け売りをそのまま並べただけでしたが、ツインテ紅魔族にも納得いただけたようで、それからは皆、無言で【アンケート用紙】にペンを走らせ続けました。
そして、一人、二人……と後続のお客さんがやってきたのですが。
「おかしいですね……女の子しか来ないんですが」
今は、若い女の子ばかりが十数人、瞳を輝かせながら黙々と、【アンケート用紙】に向かっている状態でした。
本当におかしいです。
既婚者が来ないのはまだわかります。妻を大事にしてこんな風俗紛いの店に通わないのはいいことです。しかし、年頃の若い男が来ないのはどういうことなのでしょう。
そんなことを考えていたところ、ちょうど【アンケート用紙】を書き終えたのかショートポニ紅魔族が声をかけてきました。
「ああ。この里の若い男はね、だいたいニートなのよ。最近はニート同士が寄り集まって遊撃部隊なんか名乗って飛び回っていたみたいだけど……今まで家に引きこもってご近所付き合いもせず、ニート仲間同士でしかコミュニケーションをしてこなかった人たちばかりだから、こんな店ができたなんて情報も回ってきてないんじゃない?」
「そ、そんな……」
「それに、仮に回ってきているとしても、こんな女の子がわんさかいるような状況じゃね……」
「……」
辺りを見回し、女の子ばかりが集まっている状態を再確認して、今更ながら唖然としました。
ここは客同士で会話を楽しむようなクラブではありません。男性向けの風俗店なのです。
それが、従業員でもない興味本位の女の子たちが寄り集まっている状態で、果たして男性が近づきたいと思うでしょうか。
「近づきませんよねぇ……普通」
ふと辺りを見回すと、ロン毛の男性紅魔族が慌てて物陰に隠れたのがチラと見えたのでした。
それからすっかりやる気を無くしてしまった私は、少女達が【アンケート用紙】を書いているのを、頬杖をつきながらぼーっと眺めていました。
店を閉めると公言している日没まで、あと僅か。
暗くなりつつある景色、山肌に沈みゆく太陽を見て、慌ててペンを走らせる速度を上げる少女などを微笑ましく思っていたところで。
「ま、まだやっているかい!?」
大量の紙束を抱えた、爆乳ロリ紅魔族が現れたのです。
彼女は、ひどい格好でした。
特徴的なロールさせた髪はボサボサ……というよりボロボロです。手入れをしていないどころか、汗に濡れたまま放置し、自然乾燥して、また汗に濡れて――を繰り返したような、ワカメでも頭皮に植え付けているのかとでも思うような様相でした。
目には隈が浮かび、眉間には皺が寄って、それでも瞳だけは爛々と輝いていて。
服も何日前から着替えていないのか、微妙に異臭が漂っていました。
「は、はい……まだやっていますが」
「よかった! いやー、一度原稿を紛失したんだけど、それからびっくりするくらい筆が進んでさ! もう3日も寝てないんだよ! これ、私の【アンケート用紙】代わりの原稿ね! 【アンケート用紙】自体には特別魔力を感じなかったから、あれが特殊な魔道具ってわけじゃないんだよね? だったらこれでもいいよね! ね!?」
「は、はい……」
爆乳ロリ紅魔族は、徹夜明けだからなのか妙にハイテンションな様子で、私に紙束を押しつけてきました。
そういえば、私が地下倉庫にいたときに、彼女だけは遊びに来た回数が少なかったような気がします。ずっと、この原稿に取り組んでいたでしょうか。
「……確かに受け取りました」
「よかった……よかったよ……今夜はぐっすり寝るよ……寝れるよ……! いい【夢】見せてください……お願いしま……う、うえ、うえええええ……」
感情がいろんな方向に振り切れているのか、やり遂げた喜びからか。爆乳ロリ紅魔族は、私にすがりつくようにして咽び泣きはじめました。
周囲の少女達はドン引きしてましたが。
しかし私は、彼女の涙に、目が醒めていく思いを抱いていました。
「……わかりました、任せてください!」
なんて甘い考えだったのでしょう。
いくら精気を吸えない女性とはいえ、少女達はあんなに一生懸命【アンケート用紙】に記入していたのです。私が、理想の【夢】を見せてくれることを信じて。その想いに応えなければなりません。
とはいえ、少女達は里のあちこちに住んでいます。全員に完全なシナリオタイプの【夢】を見せることは物理的に難しいですが、それでもできるだけの速度で各家庭を飛び回って、その都度チェックと修正を繰り返し、なるべく多くの人が理想の【夢】を見れるよう誘導することにしましょう。
さて、そのためには、各々のシナリオを読みこんで暗記し、もしズレがあるようならすぐに気付けるようにしなくてはなりません。それに、もしかしたら、この紙束の中に、カズマさんのときのような思わぬ知識が眠っている場合があるかもしれませんし……。
そう思った私は、まずは一番シナリオ量の多い爆乳ロリ紅魔族の原稿を手にとって――。
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【紅魔族英雄伝 宇宙少年カズマの章】 著者:あるえ
時に、セイ暦2180年。(【セイ暦】はオリジナルの年号。猫耳神社の文献に似た記述があるが無関係)
世界は爆裂魔法の炎に包まれた。
その有用性を認めた魔王が、配下の悪魔やアンデッドに習得させることで爆裂魔法に特化した部隊を作り上げたのだ。それまで人類軍と拮抗していた戦況はあっという間に魔王軍の有利な状況へと変化していき、侵攻を進める魔王軍は、人類に対して情け容赦のない無差別攻撃を加え続けていた。
爆裂魔法の余波により、海は干上がり、大地は汚染され、人類は山奥に集落を築いてそこに逃げのびるしかなかった。しかし魔王軍の侵略の手は着実にその集落をも侵しつつあった。
人類は滅びの運命を待つしかないのだろうか。明日への希望はないのだろうか。
しかしある日、魔王軍の侵略の手は突如止まることになる。
水惑星アクアエリスが回遊してきたためである。
アクアエリスは、宇宙を数万年単位で周回し、近くを通りかかった星に大量の水と、その中に含有される生命の種を蒔いては去っていくことを繰り返している、恩恵と迷惑を兼ね備えた星である。そして、過去にこの星にも水と生命の種をもたらしていたアクアエリスは、数万年の周期を越え、再びこの星にやって来たのだ。
しかしアクアエリスから降り注ぐ水の量は、かつては火と岩石の塊だったこの星を冷やし、母なる海を作り、水の星へと変貌させたほどの凄まじいものである。
この度の接近に際しても当然同様の水が降り注ぐ。川は溢れ、永地は海のようになり、野も村も町も生きとし生ける物すべてが水に覆い尽くされた。人類が築き上げてきた文明も根こそぎ水の底に沈み、人々はこの世の最期のときと諦めるばかりであった。一部の人は高地に逃げ延び、また一部の人は方舟に乗ってやり過ごし、この難を逃れることになる。爆裂魔法の影響から逃れるためにもともと山奥に築かれていた集落も多くの先史文明を抱えたまま生き残ることとなった。この集落は後に、紅魔の里と呼ばれることになる。
そしてこの水難は人類だけではなく魔王軍をも平等に襲った。前線に出ていた爆裂魔法部隊も水没し、壊滅という痛手を負ったことで、この時ばかりは魔王も侵略の手を止め、城を覆う結界の内側に引きこもるしかなかった。
やがて時が経ち、おびただしい量の水が引いて大地が再びその姿を現し、人々が高地から降りてきた頃、アクアエリスからのもうひとつの恩恵――新たな生命が発見される。それは種の状態ではなく、私達と何の変わりも無い、人間の赤子の状態で発見された。
発見された赤子はカズマと名づけられ、水が引いた大地で復興作業を始めた人々の希望の象徴として大切に育てられることとなった。
また、アクアエリスの水に洗い流された大地は、爆裂魔法の影響が取り除かれたばかりか、肥沃な栄養分を蓄えており、草木はあっという間に繁茂、人々はそれを刈りとって資材とし、植物を食べる動物たちの数も爆発的に増えたことで人々はそれを狩りとって糧とし、得られる資源の量に比例して人類の復興は瞬く間に進むこととなる。
そして再び地上に文明が芽生え、カズマが発見された土地を中心に建てられた街が≪復興を加速させる街アクセル≫と呼ばれるようになったころ、魔王軍は侵略を再開する。
爆裂魔法部隊こそ過去のものとなったが、魔王軍はまだ結界内に潤沢な戦力を蓄え続けていたのだ。人類が、高地に残っていた僅かな道具を手に復興を進めていたのに比べると、武器の差、戦力差は歴然。人々は再び絶望に染まることとなる。
しかし、魔王軍のアクセル襲撃を察知した紅魔の里の女王、アルエ姫(女王だが敬称は姫)はアクセルに救いの手を差し伸べることを決意する。
親友であるめぐみんに次のようなメッセージを託し、アクセルの地へと派遣した。
「この紅魔の里には、魔王を倒せる、『世界を滅ぼしかねない兵器』があります。もし貴方達が滅びの運命を受け入れていないというのなら、未知の苦難を克服し、この紅魔の里にくるのです。私は紅魔の里のアルエ――」
メッセージを受け取った少年カズマは立ち上がり、彼はめぐみんや仲間達と共に、紅魔の里を目指すことを決意する。
しかし出発の準備をしていた彼らに、魔王軍から派遣された超大型幹部ベルディアが襲いかかってきた。そして間一髪、めぐみんが放った爆裂魔法と、カズマに宿っていたアクアエリスの聖なる力の覚醒によって、ベルディアの撃破に成功する。
かくしてセイ暦2199年、宇宙少年カズマは旅立った!
(1ページ裏面に続く)
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――そこまで読んだ私は、頁を捲ることなく、読んでいた原稿を紙束の一番上にそっと置き。
一応、他の人の【アンケート用紙】もパラパラと斜め読みして、だいたい爆乳ロリ紅魔族と似たり寄ったりの内容であることを確認して。
「……ぜんぶ誘導タイプでいいかな」
次々と襲いかかってくる独自設定や固有名詞の数々に、精神的にすっかり疲弊してしまった私は、投げやりに呟きました。