花騎士と騎士団長-騎士団長、始めてみました- 作:ダンテこったい聖司
0.
肉が裂け、血飛沫が散る音が響き、恐怖に満ち引き攣った断末魔が辺りを占める。そしてその断末魔に歓喜するかの様な耳をつんざく鳴き声が混ざる。
彼は全てを聞き、全てを見ていた。
彼は一人でそこに立っていた。いや、最早彼一人しか残されていないと言った方が正しいだろうか。
彼を除く他の者は全て『死』の群集によって殺されていた。
彼と共に戦った仲間はもう誰が誰のものだったか分からぬ程に四肢を食い千切られ、切断され、それが元は何だったのか分からない肉塊へと変わり果て、彼と共に笑い合っていた親友は群集の腹を満たす餌となり、遺った肉片も他の肉塊に混ざっていた。
死の臭いに満たされた戦場に彼は唯一人残されていた。
何故こうなってしまった。彼は自問する。だが、その問いに誰も答えはしない。
他の方法はなかったのか。その後悔すら今や意味を持たなかった。
違った結末は? 仲間が死なずに済む方法は? 自分がもっと強ければ親友を救えたのでは? 後から後から自責と自問、そして後悔が彼の脳裏をよぎるが、その全てが既に遅過ぎた。
死が、迫っていた。彼の元へと死が迫る。
鋼の様な甲殻に包まれ、ガチガチと不快になる音をかき鳴らしながら、彼ら人間の全てを殺すという意思の篭った、唯己の奥底より湧き上がる欲求を満たさんとする鳴き声を発しながら彼に迫っていた。
彼自信も既に満身創痍であり、特に深い左脚の怪我は彼からその脚の感覚を奪い取り、立っているのもやっとであった。
もはやここまでか。そう考えた彼は、手に持つ親友から託された太陽の光に色付く結晶体を懐に仕舞い、せめて最後の抵抗をしようと脇の地面に突き刺していた長剣を引き抜いた。
「全くよ。こんなもの、使えないんだったら後生大事に持っていたってしょうが無いじゃないか。おまけに今際の際に渡す形見がそれって、何の冗談だよ。……すまない、カイル。お前との約束、果たせそうにない」
死を受け入れたとも拒絶ともどちらにも思える感覚を彼は感じていた。そして、彼は確かに死を覚悟した。
特別な力を持たぬ彼に一体何が出来るだろうか。
一体、どうしてそれに抗えようか。
この彼の目の前に立ちはだかる『死』に、一体どれだけの時間を生き永らえようか。
けたたましく金切り声が響く。猛烈な速さで彼に迫る。カマキリとそっくりな姿をした『死』は、死神の鎌とも思えるその双腕を振り上げ、その刃で彼の体も引き裂こうと振り下ろされる。
彼は目を背ける事はしなかった。そこにあったのは死への恐怖よりも憎悪の念だった。彼は自身から親友を、仲間を奪った相手から目を背けなかった。出来るはずもなかったのだ。もし、憎悪で何かを殺せるのならば、きっとその『死』すらをも殺すであろう程の憎悪を込めて、彼はそれを睨みつけた。
彼は叫んだ。力の限り、憎しみを込め、あらん限りの力を振り絞り、獣の様に。感覚を失った左脚を無理矢理に踏ん張り、最後の一撃を放とうと剣を構えた。
それがきっと無駄な事であるのは彼が一番よく分かっていた。それが届く事はないのは分かっていた。
乾坤一擲。
自身の最後を賭け金とし、彼は剣を振るった。が、しかし。
彼の剣は空を切り、そして対峙するそれの双腕は付け根から吹き飛ばされていた。
「ま、まさかっ……!? 」
彼はそれの腕を吹き飛ばした攻撃が放たれた方角に驚きと共に振り向く。そこには……。
それが、美しくも力強く、可憐な彼女達と彼の最初の邂逅であった。