花騎士と騎士団長-騎士団長、始めてみました- 作:ダンテこったい聖司
初任務の報告書を提出してから二日経った日。昼食も終わり、ダンテが執務室で机に齧りついて書類仕事をこなしていると、ドアがやや荒っぽく叩かれた。
「あ、あの、騎士団長様! 只今宜しいでしょうか!? 」
女性兵士の慌てた声に何事かと訝しみながらも、彼はその場からどうしたのかと問い掛ける。
「そ、その、アンドレイ・コーラムバイン騎士団長様とスミルノフ・モンクスフード騎士団長様がおいでになってまして! 騎士団長様との面会を希望しております」
「そうか、分かった。執務室まで通してくれ」
ダンテはそう伝えながら机の上を片付けようとするも、兵士は「あ、それが……」と言葉を詰まらせる。それと入れ替わるように「入らせてもらうぞ、良いか」と聞いたことのある野太い声が聞こえたかと思うとドアが開かれ二人の男と二人の女性が執務室へと入ってきた。
「突然すまないな。先日の任務の事で君に謝っておかねぇといけないと思ってな」
「本来ならば君の予定も聞いてからにするべきなのだろうが、私も早く君に謝罪と御礼をしなければと思ってね。どうか、無礼を許して欲しい」
「それで、その謝りたい事とは、何でしょうか」
「ああ、先日の任務の報告書を読んだんでな。まさか、大型害虫の討伐漏れがあったとは……。誤った情報でむざむざと君と君の花騎士達を無用な危険に晒してしまった。本当にすまない! 」
「私も、討伐漏れに気付かずに誤った報告で君達を危険な目に遭わせてしまって申し訳ない」
そう言うが早いか、アンドレイとスミルノフは揃ってダンテに対して頭を深々と下げた。ブロッサムヒルの、それも王都常駐と言えばスプリングガーデンの中でも指折りの騎士団長である。そんな二人に頭を下げられたダンテはたじろぎ、困惑顔を浮かべる。
しかし、そんな事は気付かれていないのか、頭を上げるとスミルノフは「それから」と付け加え、
「どうやら気を遣わせてしまった様で申し訳ない。アンドレイから聞いたよ。事前に情報のなかった大型害虫との交戦であったはずなのに、報告書には情報があったと記載されていたものだから……」
「ああ、あれですか。まぁ、事前情報がなかった。と書いたら色々と面倒になるだろうと思いましたし、そこは書く必要もないだろうと考えましたので。そこは何も見なかったという事にしておいてもらえると助かります」
「そうだね。分かった、では私達はそこは気付かなかった事にしよう。いいな、アンドレイ」
「おう、承知した」
クスクスと三人で笑い合うと、ダンテは遅れてソファへ掛けるよう四人に勧め、自身はお茶の準備を始める。
と、そこへソファへ座らずに真っ直ぐに一人の花騎士がダンテの元へと歩み寄った。ふわりとした紅梅色の三つ編みを腰より下まで垂らした彼女は、朗らかに微笑むと――
「お茶なら私が淹れますよ~。どうぞ、ダンテ団長さんはお二人と一緒に座って待っててくださいね~」
「どれ、私も手伝おう。良い塩梅に淹れて持っていくから安心してくれ」
そう言われながら、梅重色の髪の花騎士にやんわりと道具を取り上げられたダンテはすごすごとアンドレイ達の元へと退散する。その様子をニヤニヤと見ていたアンドレイに、ダンテはやや不機嫌そうな顔を作ると「なんですか? 」と聞きながら手で断りを入れながらスミルノフの隣へと腰を下ろす。
「なーに、サクラとウメに任せておけば大丈夫さ。間違いなく、君よりうまく淹れる」
「それは心配していませんが。……そうですか、彼女達が……」
そう言いつつ、ダンテは二人仲良く肩を並べてお茶を用意している二人の花騎士に目を向ける。
サクラとウメ―― このブロッサムヒルが誇る最強の花騎士の二人である。こうして見ていればどこにでもいる仲の良い、ともすれば姉妹にも見える。が、ひとたび害虫との戦場に出れば誰よりも華麗に、そして勇敢に害虫を討ち倒す心強い存在。 ダンテ自身もまた、”あの日” に彼女達に命を救われているのだった。
しかし、まさか。
「驚きました。あのサクラさんとウメさんがお二人の騎士団所属だったとは。王都の騎士団に所属している、とだけは聞き及んでいたのですが」
「ああ、私達二人は王都の防衛を主任務として任されているからね。当然というべきか、王国最強と誉れ高い二人がそれぞれの騎士団に所属しているのさ」
「今回も本当は俺とスミルノフの二人だけで来る予定だったんだがよ。君に会いに行くと話したら是非連れて行ってくれ。って言い出してよ」
「ああ、ウメも同じだったよ。君を助け出して、君が騎士団長として就任してからも、一度も君と会えずじまいで口にせずとも気にしていた様子だったからね。だから連れて来たんだ」
「そうでしたか。二人にはあの日、命を救われました。その上、心配まで」
そう言うと、ダンテはアンドレイとスミルノフの二人に頭を下げたが、スミルノフは「お礼なら彼女達にしてやってくれ」と笑いかける。
と、ちょうど良くお茶を用意し終えた二人がトレーに人数分のお茶を用意して戻って来る。
二人が座れるスペースを作ったダンテは、受け取ったカップを持って執務机の方へと移動する。
「サクラさん、ウメさん、遅れてしまったが、あの日は命を助けていただき本当にありがとう」
カップを机に置いたダンテはそう言うや、深々とサクラとウメに対して頭を下げる。
「私達こそ。君達があの集落の人達の救助に向かってくれたから、私達も他の集落の救助を素早く行なえた。しかし、結果として君の部隊の救助に向かうのが遅くなってしまい申し訳なかったと思っている。もっと早くに救助に辿り着ければ君の部下も……」
「その事は、もういいんだ。 あいつらはあいつらの使命をしっかりと全うした。その結果として死んだ。悪いのは害虫だ。貴女達じゃない。だから、謝らないで欲しい。あの時、来てくれたからこそ俺は今、ここにこうして生きていられるのだから」
目を瞑り、害虫への憎しみと自身への怒りが心の奥で滾るのを感じつつ、ダンテは口元に笑みを浮かべる。
その悲しげな笑みに気付いたのだろうか、サクラはそっと彼の右手を取り、自身の両手で包み込む。そして、見る者を癒やす微笑みを浮かべる。
「もし辛くて、でもご自分の花騎士さん達に話せない時には、私達を頼ってくださいね? 」
「承知しました」
ダンテが頷くのを見て、満足したのかサクラは手を取った時と同じ様にそっと手を離す。
「ああ、そうだ。私達の事は呼び捨てにしてもらって構わないぞ。というよりも、違う騎士団の団長とはいえ、その立場の殿方からさん付けで呼ばれると、妙にこそばゆいのだ」
「あ、あぁ。分かった」
「そうだそうだ。俺達からもいいか? 」
サクラとウメ、ダンテのやり取りに一区切りが着いたのを見計らってアンドレイが席を立ち、ダンテに近寄ってくる。
「なぁ、戦友制度、というのを知っているか? 」
「ええ、噂程度には」
「おし、なら話は早いな。 俺達二人と戦友にならないか」
「お二人……アンドレイ団長とスミルノフ団長と、ですか? 」
「ああ。ここに来る前、アンドレイと二人で話していたんだ。何か、私達で助けになれる事はないだろうか、とね」
「勿論、それだけじゃねえ。本来五人一組のパーティであるところを一人欠けた四人で初任務を行ない、しかも救援も見込めない状況で大型害虫を討伐して見せたその手腕。いずれ俺達にとっても心強い戦友になってくれるだろう。という期待もある! 」
「汚い話、騎士団長として駆け出しである君に今から懇意にしておけば私達が君の力を借りたい時に話をし易くなるだろう。という下心もあるんだ。 で、どうだろうか。戦友に、なってはもらえないかな? 」
気恥ずかしそうに、期待を込めた、それぞれ違った眼差しを自身に向ける二人に、ダンテはコクリと頷き、口元に笑みを浮かべ右手を差し出す。
「戦友の話、ありがたくお受けします。どうぞ、よろしくお願いします」
「そうか、ありがとう。こちらこそよろしく」
「おう、これからもよろしくな! 」
三人は固く握手を交わす。ダンテはアンドレイ、スミルノフの二人と戦友となった事を証明する証書にそれぞれ記名すると、その証書を互いに交換する。
「おーし、これで俺達は晴れて戦友だ。これからはダンテ、と呼ばせてもらうからな。君……いや、お前さんも俺の事は気軽にアンドレイ、と呼んでくれよな! 」
「私の事もスミルノフで構わないよ。私も、ダンテと呼ばせてもらうからね」
「ああ、よろしく。アンドレイ、スミルノフ」
三人共、互いに改めて握手を交わし、互いの友好を確かめ合う。と、「ああ、そうだった」とスミルノフが何やら思い出したかの様に手をポンと叩く。
「先日、ダンテが助けた商隊があっただろう。あれがどうやら民間の商隊だったのだけど、積荷が王宮に届ける重要な物を運んでいる最中のものだったらしい。王宮もその商隊も凄く感謝をしていたよ。たぶん近々、感謝状とか何やらの知らせが来ると思うよ」
「は、はぁ。王宮の、ですか。全然そんな感じの馬車じゃなかった様な記憶があるのだが……」
「王宮への積荷を運んでいるとしても民間の商隊の馬車だ。そこまで派手なものは用意していないだろうし、その必要もないだろう。そういう事だと思うよ」
「なるほど。その、感謝状とか何やら、というのはどういう事だろう」
「たぶん華霊石だと思うぜ。お前さんのとこは今は少なくとも一人は欠員状態だ。現状の通常任務だったら事足りるとはいえ、四人では心許ないだろうからな。それを解消する為に召喚をする分は支給されるんじゃないか? 」
そうか。とダンテは内心納得する。先日は上手くいったとはいえ、それでも五人は最低でも揃っていなければ何とも心許ないのは薄々と彼自身感じていたのだ。
「ともかく、何がもらえるのか、はたまた何ももらえないのか、それは俺達には分からないけどよ。お前さんは助けなくちゃいけない奴らをきっちり助けたんだ。それなりの期待くらいはしておいていいぜって事だ」
「分かった。どうもありがとう」
「いやいや。それでは、私達はそろそろ失礼するよ。お互い、仕事もまだ残っているだろうからね」
スミルノフはそう言うと、他の三人を伴って部屋を後にしていった。
それから暫くして。四人が帰ってから残りの仕事を片付けていたダンテは廊下からかなりの早足でこちらに近付いてくる足音に気が付き、仕事の手を止め扉の方へと目を向けた。
「失礼する。団長、いるかな? 」
「ああ、いるぞ。入れ」
入室の許可を出すと、エキナセアがやや乱暴に扉を開いて入室してくる。いつものエキナセアらしくない所業に目を丸くしながらスタスタとこちらに向かって真っ直ぐに向かってくる彼女を目で追っていく。と、彼の机にたどり着くやエキナセアはダンッと両手を机に叩きつけたので、ダンテは小さく「おぉ」と驚きの声を上げる。
「先程兵士から聞いたぞ! 王都常駐騎士団の団長が二人も来ていたそうじゃないか! 何故教えてくれなかったんだ!? 」
「いやぁ、なんでって。急に来たんだからしょうがねぇだろ? 予め知ってれば俺だってお前を呼ぶなりしたけどよ」
「それにしたって、兵士を呼びに行かせるなり呼び出す方法はあっただろう」
「ん~、まぁ、それもそうなんだがな。特に必要もないかと思ってな」
「はぁ……、それで? 用件は何だったのだ? 」
ガックリと項垂れるエキナセアをよそに、宙空を眺めていたダンテは思い立ったかの様にシガーケースとライターを手に取ると、「……そうだな。ちょっと一服付き合ってくれないか? 」と言いながら執務室の扉へと向かっていく。
返事も待たずに部屋を出て行くダンテにエキナセアは「ま、待て! 返事も聞かずに行くやつがあるか! 」などと不満を訴えつつも後に続く。
場所は変わって、ダンテの憩いの場の一つである喫煙所としているベランダ。
そこでダンテはシガーケースからお手製の煙草を一本取り出すとライターで火を点けると、ゆっくりと煙を口内へと導き、煙草の甘みと着香された香りを感じると満足気に口からゆったりと煙を吐き出す。
煙が掛かるのは嫌だろうとベランダの外側へと向けて煙を吐き出しているものの、エキナセアは少し距離を取った場所に控えている。自分がゆったりと話したいと場所を変えたつもりだったが失敗だったか。とダンテが内心冷や汗をかいていると、エキナセアが「はぁ」と諦めた様にため息をつきつつ彼の方へと歩み寄っていった。
「そう失敗した。みたいな顔をしなくてもいい。キミがここで話をしたいと言うならそれに従おう」
「い、いいのか? 」
「構わないさ。キミは執務室で吸っても問題ない煙草を、私達に気遣ってこうして人があまり来ない場所を選んでわざわざそこで吸うようにしてくれているんだ。文句など言えないよ」
「は、ははは。ありがとうな」
「それで、王都常駐騎士団の団長が二人も揃って来ていた用件とは何だったのだ? 」
「ああ、その事だったな。 簡単に話すと先日の巡回任務に際して提供された情報の誤りに対しての謝罪だ。それと、戦友の申込みだったな」
「王都常駐騎士団の団長二人から戦友を申し込まれたのか!? 」
「ああ。二人共、お前達の実力を高く買ってくれているみたいでな。こちらとしてはいざという時に救援を呼ぶアテが出来てありがたいことだよ」
「王都常駐騎士団と言えばこの国でも最強の戦力を持っているとも言える騎士団だぞ。そんな実力者達から認められて嬉しくはないのか? 」
ダンテの抑揚の薄い言葉が可笑しかったのか、エキナセアはどこか茶化すように笑いながら返してくるが、「認められているのはお前達の力だ。それを誇らしいとは思うが、それ以外は何もないさ」とダンテはそれ以上の感想もないといった様子で肩を竦めてみせる。
何度か紫煙を吸っては吐き出すという事を繰り返していたダンテであったが、ふと思い出したかのように「ああ、そうだそうだ」と呟くと、再びエキナセアの方に振り向く。
「先日の任務で助けた商隊がどうやら王宮絡みの物資運搬だったらしくてな。もしかしたら感謝状と報酬が出るかも、だとよ。確定、とは言えないがな。まぁ、軽く触れる程度で良いから皆にも戦友の件と合わせて知らせておいて貰っていいか? 」
「分かった。知らせておこう」
「頼んだ」と言いながらダンテは煙草を灰皿に押し付け火を消し、エキナセアを伴ってベランダを後にする。
この後の鍛錬の内容と後ほど様子を見に行く旨ををエキナセアに伝えながら執務室の前まで戻ると、そこで彼女と分かれ彼は途中で放置していた書類仕事を片付けるべく執務室へと入っていった。
その後、書類仕事を片付け鍛錬の様子を見に向かったダンテの元に勲章授与式の知らせが届いたのであった。