花騎士と騎士団長-騎士団長、始めてみました- 作:ダンテこったい聖司
「全員、一旦ここで止まれ」
目標の害虫の巣への道中、ダンテは馬上からサフラン、ライラック、アマリリスの三人に声をかける。
「どうかしたの団長さん? そこから何か見えるの? 」
「それを今確認している。……ここから見る限り大型の個体は見えないな」
双眼鏡を覗き込みながらダンテはそう答えると前進を命じる。
エキナセアとセントポーリアの別動隊、アンドレイ達の部隊との連携のために進軍速度を抑えていたダンテは、一転して速度を上げる。そこから三人は作戦開始を察し各々の武器を構える。
遠くに見えていた害虫の巣が徐々に近付く。巣の防衛に就いている害虫達もダンテ達の接近に気付き、威嚇するかのように躰から音を発する。
「そろそろだぞ! 準備はいいな! 」
「ええ、ばっちりよ! 」「はい! いつでも大丈夫です! 」「準備万端です! 貴族ですから! 」
三人からの気合の入った返事を受け取るとダンテは停止命令と共に攻撃準備を命じる。
「作戦開始だ! あまりやり過ぎるなよ、巣に戻られると厄介だからな」
「「「はい! 」」」
冗談めかして言うダンテに三人もにこやかに答え、狙いを定める。一拍、害虫の威嚇行動がより一層過激になると同時にダンテの掛け声と同時に三人は一番手前のサソリ型害虫目掛けて攻撃を集中させた。
殺到する魔法のボルトが、魔力によって加速した矢が、魔弾が、害虫の甲殻を無慈悲に貫き、穿ち、砕く。 呆気なくその害虫は絶命し、光の粒子へと姿を変え、その粒子はダンテに引き寄せられ、その右腕に取り込まれていく。しかし、それに三人は既に次の目標目掛けて攻撃を開始しており気付くことはない。
現状で巣から出ている数では足りないと判断したのか、害虫の数匹が仲間を呼ぶかの様な音を立て始める。するとどうだろうか、巣穴から次々と小型から中型の害虫が這い出てくる。その数、十匹であろうか、二十匹であろうか。巣に引き篭もっていた全てではないかと思われるほどの害虫が出揃い、ダンテ達と睨み合う。
「よし、充分だ!奴らを適度に引き付けつつ下がるぞ! 」
そう声を上げ、馬に鞭を打つとダンテは来た道を出来る限り逃げるように見せかけつつ走り出す。それと同時に三人も逃走を扮い、続いて走り出す。
それを本当の逃走だと感じたのだろう。サフランが、ライラックが、アマリリスが、滅茶苦茶に放つ攻撃を意にも介さないと言わんばかりの勢いで、害虫の群れはダンテ達を追い駆けだした。
後ろを振り返り、残らず追い駆けてくる害虫の群れを見て取ったダンテはニヤリ、と笑みを浮かべ、腕に手綱を巻き付けて器用に信号銃に緑の発煙弾を装填するとそのまま頭上に掲げて引き金を引いた。
そろそろ作戦が始まっているな。――巣の主の討伐を担当するアンドレイは、そう考えつつ巣のある方角の空を眺めながら歩みを進めていた。
「それにしても、駆け出しだっていうのに巣から害虫を連れ出してそれを討伐するなんて大それた事を考えたもんだ」
「ふふ、でもそんな事言っても団長さん、あの子達の実力を認めてるから任せたんじゃないかしら? 」
にこにこと笑みを浮かべながらレッドチューリップはアンドレイの顔を覗き込む。そのアンドレイの顔もまた、我が意を得たりという笑みを浮かべる。
「まぁな。あいつらにそれだけの実力がなけりゃ俺だって信用しないさ。だがあいつらには力がある。それにダンテのやつもただの新人団長ってわけじゃない」
「そういえば、あの団長さんって例の? 」
「ああ、そうだ。あの部隊の隊長で、唯一の生き残りだ」
アンドレイの言葉に、先程までの笑みを引っ込めたレッドチューリップは悪いことを聞いたと言うように視線を逸らす。
「それにしても彼、妙な雰囲気だったわね。何というかしら……。生きようとする覇気を感じるのに、その中に自分が死ぬ事を受け入れてしまっているかのような。そんな雰囲気を漂わせていたわ。彼の騎士団の子達は気付いているのかしら」
「なんだ、気付いたのか」
「私の診療所に来る患者さんの中にも近い雰囲気を持ってる人、いたからかしら。そういうの、嫌でも気付いちゃうのよね」
「あいつ自身はそういうの見せないようにしてる様だしな。たぶん、あいつの部下はほとんどが気付いていないと思うぞ」
レッドチューリップが「そう……」と呟いた時、正面に広がる森の上に緑色の煙弾が立ち昇るのをアンドレイが見つける。
それを見るや、その意味を理解しレッドチューリップに「お喋りはここまでだ」と返し、背後に続く自分の花騎士達に振り返る。
「作戦開始の合図を確認したぞ! 全員駆け足、急げ!! 」
アンドレイの掛け声と共に続く花騎士達は一斉に返事を返し、脚に魔力を込めて走り出すとアンドレイを追い越して突撃していく。
彼もそれに続くが、世界花の加護を受けている花騎士に追いつけるわけもなく一気に引き離されていく。遠ざかる自分の部下の背中を追いながらアンドレイは煙弾の上がった方角の空を見上げる。
(上手くやれよ、ダンテ……)
そう心の中で呟くと、アンドレイは出来る限り速度を早めて彼女達の背中を追いかけた。
その頃、ダンテは害虫を引き離す事無く、かと言って追いつけない程度の速さと距離を保ちながら、自身の花騎士達と共に木々の間にできた程広い道を馬を走らせていた。
ダンテ達を追う害虫の群れは自身が防衛していた巣から見事引き離されているにも関わらず、すぐに追いつけそうな距離で逃げているダンテ達にしか意識が向いていない様で正しく「まんまと」釣られて、今まさに罠の中に飛び込もうとしていた。
「全員、もうすぐだ! 準備はいいか!! 」
「いつでもいいわ! 」
サフランが代表して答え、他のメンバーは己の武器を掲げて返す。
「よーしっ! 全員、止まれぇッ!! 」
ダンテの号令で一斉に止まると、馬の嘶きと共に反転し追ってくる害虫と対立する形になる。反転と同時に武器を構え攻撃がいつでも可能な状態となるが、害虫は勢いのままに突っ込んで尾っぽの針で突き刺そうとしてくる。
――が、それは叶わない。
「ギ……ギギィ……」
苦しげな聲をあげながら一匹の害虫がもんどり打って転げた格好のまま力尽きる。その躰には深々と苦無が突き刺さっている。仲間を殺られて警戒したのか、後に続いていた害虫は急制動を掛けて止まり、自らが来た方向へと振り返る。が、しかし今度はそこへ背後からボルトが、矢が、魔弾が殺到する。その多くが咄嗟に飛び跳ね躱すものの、何匹かは反応が間に合わずにそのまま為す術無く射抜かれ力尽きた。
生き残った害虫達は先程の巣の前より一層の威嚇をしながらジリジリと互いに背後を守り合うように一箇所に寄り集まっていく。
「へぇ。害虫でもそういう知恵は働くんだな。でもそれだと身動きは取りづらいだろうよ? 」
嘲るかの様に呟くダンテの言葉を繋ぐように、害虫たちの頭上に銀色の影が差す。その影から放たれた幾つかの苦無は鋭く、的確に害虫の急所を捉え絶命に導く。
そして、その銀色の影はダンテの脇に着地すると即座に害虫たちに対峙するように向き直る。
「良いタイミングだ、エキナセア」
「ありがとう。それと団長、お願いだからもう少し後ろに下がってもらえないだろうか。そんなに前に出ていては危険だ」
「ははは。あぁ、分かったよ」
呆れるエキナセアに釘を差されたダンテは大人しく後ろへと下がっていく。と、大きな音にその方向、害虫の巣がある方向へと目を向けたダンテの視界に間を置いて赤い煙が立ち上っていくのが飛び込んできた。
攻撃を開始した最初の内はまだ順調だと感じていた。確かに単一の主が巣食うには大き過ぎる巣であるとは感じた。しかし、未解明な部分の多い害虫の生態の一つだろう。そう高を括っていたのが災いした。
自身の油断を恨めしく思いながら、アンドレイは何とか状況の打開策を考えていた。
(まさか巣の主が二体だったなんてな……。予想してなかったぜ)
アンドレイと三人の花騎士は二体もの大型のサソリ型害虫。つまり巣の主を相手に苦戦を強いられていた。
時間を遡る事数十分前の事であった。
「よしよし、ダンテの奴は上手く巣の取り巻きは引っ張って行ってくれたようだな。さて、俺達も仕事を始めるとしよう! 」
「ええ、分かったわ。アロエ、カタバミ、カイコウズ、イブキトラノオ! 行くわよ! 」
レッドチューリップの言葉に、「れっつらごー! 」「おーし、暴れるぞー! 」「運動のじかんだぁ! 」「さぁ、日々の鍛錬の成果を見せるときよ! 」と口々に気合を入れながら飛び出して行く。
巣の主をまず誘き出す為、アンドレイの指示によってレッドチューリップとイブキトラノオによる遠距離攻撃が開始される。二丁拳銃から撃ち出される魔弾が、弓から放たれた矢が次々と巣に着弾し、巣を削り取っていく。
それからすぐに巣を攻撃されて怒り狂った巣の主が猛々しい雄叫びをあげながら巣から這い出て来る。
「さあ、お前達の出番だ! 」
「待ってましたー!」
アロエを先頭にカタバミ、カイコウズと続き、遠距離攻撃で巣の主に牽制を加えている隙を突いて一気に接近していく。
「ちぇりゃあー! 」「ぶっとばーす! 」「せ~い! 」
カタバミの跳び蹴りを巣の主が弾き返す。が、弾き返した反動で体勢を崩しよろめき、そこへアロエとカイコウズが飛び込み斬撃を見舞う。
剣と甲殻がぶつかり甲高い音が連なる。甲殻に防がれ、その表面に浅く傷を付けた程度でさしたるダメージは与えられなかったのだろう。サソリ型は巨大な鋏を振り翳し攻撃の体勢に入る。
「そうはさせないわよ! 」
「ほら! 下がりなさい! 」
と、そこへレッドチューリップとイブキトラノオから放たれた支援攻撃に害虫が動きを止めている隙に三人は距離を取る。
「奴は見た目通りに殻は硬いらしい! 弱点を見据えて確実にダメージを与えろ! トドメはレッドチューリップに任せる! 」
「「「了解! 」」」
アンドレイの号令一下、五人の花騎士達が一斉に行動を再開する。レッドチューリップとイブキトラノオが牽制し害虫の動きを封じる間にカタバミが肉薄し、その脚技で体勢を崩させる。その体勢を崩れたところへアロエとカイコウズが飛び込み関節にある甲殻の継ぎ目に斬撃を見舞っていく。
取り巻きをダンテに連れて行かれ、圧倒的な集中攻撃に害虫もじわじわと追い詰められていく。そしていよいよトドメを刺そう、そう五人が決断し最後の攻撃を仕掛けようと踏み出した。その瞬間だった。
「ギュオォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!! 」
それはとてつもない大声音だった。まるで死に際の獣が最後の力を振り絞り雄叫びをあげるかの様な聲にアンドレイ達は思わず耳を塞いだ。
そう、予想外の事態は害虫のあげた大声音で全員の動きが完全に止まった、その直後に起こったのである。
ゴゴゴゴ、と地鳴りの様な振動が響く。と、次の瞬間。突然アロエのすぐ横の地面から巨大な針が飛び出してきたのである。
「アロエ、避けろ!! 」
「えっ――」
警告を叫ぶアンドレイの声も虚しく、不意を突かれたアロエは横薙ぎに振り回された針に吹き飛ばされ背中から落ち、地面を滑った。その身体は地面を滑っただけではありえないほどに血まみれになっており、尚も地面が血の赤で濡れていく。
それを見たレッドチューリップはアンドレイが声を上げるより素早くアロエを抱えて後ろに下がり、他の三人の花騎士もそれをフォローする立ち位置に走り込む。
アンドレイは直ぐ様赤の発煙弾を上空に向けて撃ち出すと、アロエとレッドチューリップの元へと駆け寄り、アロエの容態を窺う。身体には大きな傷が出来ており、その周りの服が血で真っ赤に染まっているのが見て取れた。
「大丈夫、見た目ほど傷は深くないみたい。咄嗟に飛び退いたんでしょうね。毒も今持ってる解毒薬で何とかなりそうよ。でも出来れば早くきちんとした場所で治療をしてあげないと跡が残っちゃうかもしれないわ……」
アンドレイの心配に応えたレッドチューリップではあったが、「それにしても……」とそこで言葉を濁す。
その視線の先には地面から這い出たもう一体の大型のサソリ型害虫が三人の花騎士と対峙して睨み合っているのが見えた。
「ここを下がるにしても、あの二体に背を向けるのは危険ね……」
「そうだな。ついさっき赤の発煙弾を打ち上げた。ダンテの奴が気付いてくれれば何とかなる、かもしれねぇが……」
「もし向こうも似たような状況だったとしたら最悪ね」
「あぁ、考えたくはねぇがな。 が、とにかく今は退くにしてもあの二体からどうにか隙を作らねえとならねぇ。ダンテが駆け付けてくれるのに賭けるか……」
そう希望的観測を口にしながらも、アンドレイはどうにか自分達だけで事態に対処できないかと思考を走らせた。
赤の発煙弾を目にしたダンテの心には多少の焦りが出始めていた。 赤の発煙弾。それの意味する所は『非常事態発生による救援要請』だったからである。
(敵の数はあと八体……。救援に行きたいのに害虫共、今度は間隔を空けてこっちに反撃までして来やがる。こうなったら……)
意を決したダンテはサフランを呼び、魔力を高めるように伝える。その意図するところを理解したサフランも理由を聞かずに返事を返し、魔力の錬成に集中し始める。
「全員、敵を出来るだけ一箇所に集めろ! 一気に勝負を着ける! 」
ダンテの声に四人の花騎士達が害虫を追いやり徐々に徐々に一箇所へと集めていく。そしてある程度、そう、サフランの必殺技に巻き込むには十分な範囲に追い詰めたと見て取ったダンテは一言「今だ! 」と叫んだ。
その声に応えてサフランが駆け出し腰に下げた薬瓶に手を掛け、飛び上がりながらそれを害虫の集団の頭上へと放り投げる。
「守りたいから! 」
その言葉と共に放り投げた薬瓶にボルトを連射して撃ち込んだ。――そのまま着地と同時に霧状となった薬液目掛けてさらに追加のボルトを撃ち出す。霧状となった薬液に当たった魔力のボルトは無数に増え、乱反射し、光の花を咲かせる。
スキルの発動が終わり、薬液の霧が霧散するとそこには穴だらけとなって力尽きた害虫達の死骸が残るのみであり、その死骸も立ち込める世界花の魔力の影響で直ぐ様光の粒子へと姿を変えた。
「おし、これで終いだな。周囲索敵、急げ! 」
彼自身も周囲を見回しながら耳をそばだて、他に敵が潜んでいないかを確認する。世界花によって五感すら強化された花騎士ほど鋭敏ではないにしても、ダンテ自身もかなり視力聴力には自信のある方である。そして、自分自身と同じように敵の存在を探っていた花騎士たちからも他に害虫は潜んでいない事を確認すると、再び害虫の巣がある方の空を見上げる。
時間がそれなりに経過した為に、そこには既に発煙弾の煙は残ってはいなかった。
「先程、別働隊からの救援信号を確認した。疲れている所悪いが、すぐに救援に向かうぞ! 」
「「「「「はいっ!」」」」」
休む間もないのを申し訳なく思いつつも、ダンテは馬に鞭を打ちアンドレイ達別働隊の救援に向かうべく走り出す。それに続いて花騎士たちも走り出す。
向かう先に待ち構えている事態を考えながらダンテはアンドレイほどの騎士団長を苦戦に追い込む敵の正体に危惧を覚える。
彼等を照らす太陽は西天へと傾き始めていた。