花騎士と騎士団長-騎士団長、始めてみました- 作:ダンテこったい聖司
その頃、アンドレイ達は当初の想定を超える苦戦を強いられていた。
想定していなかった大型害虫の出現。そして花騎士の負傷。何よりも大型害虫が予想を超えて遥かに強力であった事がその苦境に拍車をかけていた。
(クソッ! こんなに村の近くでこれだけ強力な害虫が巣を作るだとか聞いたことがねぇぞ)
「くっ、あの害虫たち鬱陶しいわね」
「ええ、そうね。やたら連携上手いのも厄介よ」
「これじゃあ幸せな未来にできないよ~」
「不意打ちだったとはいえアロエちゃんがやられたのはきつかったなー」
アロエをアンドレイに任せ、レッドチューリップの心にも徐々に焦りの色が濃くなりつつあった。それはアロエのことであった。アンドレイに報告した通り、彼女の食らった毒は確実に解毒もし、傷口にも消毒し処置を施したものの、それはあくまでも応急処置である。早急に医療施設に連れて行き、本格的な治療を施さねば傷口から雑菌が入り込み感染症に罹患しないとも限らないのだ。そしてその事をアンドレイも危惧をしていた。
ダンテに対して救援を求める信号弾を打ち上げてからかなりの時間が経っており、それもまたアンドレイの焦りを加速させていた。
しかし、二人の焦りを嘲笑うように二匹の大型害虫は互いの動きの隙を補うように動き、アンドレイ達は動ける花騎士が四人に減ったことも合わさって、討伐することも撤退することも出来ず、その場に押し留めるのがやっとという有り様であった。
(このままじゃジリ貧だ……。ここは一発逆転を狙って攻めさせるか? ……いや、ダメだ。そこで失敗すれば一気にこっちが押し込まれる危険がある。俺が囮になってその間に撤退させるか? 俺が逃げ切れる可能性は低いがこのまま全員ここで全滅するよりはずっと――)
アンドレイが捨て鉢な作戦を執ろうと考えたその時であった。
ヒュンッ――
アンドレイ達の頭上を一発の矢が駆け抜けた。そしてそれを追うようにして魔弾が、魔力のボルトが同じように頭上を駆け抜けて二匹の大型害虫目掛けて殺到していく。
アンドレイも、害虫と睨み合っていた四人の花騎士たちも、驚きの表情で自分達の後方へと視線を向ける。そこには先頭を走る馬にまたがったダンテと、武器を構えてそれに続く彼の率いる花騎士たちであった。
その姿を確認した途端、アンドレイ達は一様に安堵の表情を浮かべる。しかし、敵はまだ健在であるのを思い出し、すぐに気を引き締める。
「遅くなってすまない! 助けに来たぞ」
「待ってたぜ! 」
アンドレイの元へ駆けつけ、馬から飛び降りたダンテは後ろに続く自分の花騎士たちに前線へ出るよう手で合図を送ると、アンドレイと固く握手を交わす。
「戦況を教えてくれ。大型害虫が二匹もいるようだが」
「ああ、全く予想外だった。ありゃあの害虫の巣のもう一匹の主だ」
「もう一匹の? ということは」
「そうだ。妙にデカイ巣だと思ったら二つの巣が一つにくっついた状態のものだったらしい」
「そうか。よし、細かい話は後で聞く。今は討伐を優先しよう」
「ああ。だが、こっちは一人負傷して動けん」
アンドレイは自分の背後に横たわって未だ気を失っているアロエに視線を送り、ダンテもアロエの様子を窺う。
「容態は? 」
「見た目ほど悪くはない。だが、時間が経ち過ぎてる」
「感染症が心配だな」
「その通りだ。早く病院に連れて行ってやりたい」
「分かった。なら速攻で仕掛けよう」
ダンテが自分の部隊の元へと向かおうとするのを、「待て」と声を掛けアンドレイは制止する。
何故止める。と今にも言い返しそうな表情のダンテに、アンドレイは害虫達の連携練度の高さを伝える。それを聞くとダンテは顎に手を当て思案顔になる。
と、そこで彼はおもむろに前線に出て戦いに参加していたエキナセアを呼び寄せた。
「エキナセア、あの害虫で何か気になったことはあるか? 」
「気になったこと? 」
「そうだ。何でもいい。片方の動きが鈍いとか、どんなものでもいい」
「そうだな……。そうだ、そういえば片方のまだ傷の少ない害虫の方だが、妙に警戒心の強い個体に感じる。こちらが接近戦に持ち込もうとすると鋏や尻尾をしきりに振り回して来るんだ。その間は遠距離攻撃への防御を捨てているようにも見えるが元から甲殻が硬い為に暴れている間は的確に攻撃を入れるのは遠近どちらでも難しく弾かれてしまう」
「そりゃ後から出てきた方だな。確かにあいつはやけに察しが良いというか、こっちの動きをよく見ているみたいに立ち回ってくる。もう片方の動きをフォローする様に動いて結果、自分自身のフォローもさせている様に見える」
エキナセアとアンドレイの言葉を聞いて、さらにダンテは思案顔を深める。
「団長、私が思うにあの警戒心の強い個体は視力に優れるように思う。聴力に関しては何とも言えないが、現時点で分かっている情報からそう推察できると思うのだが、どうだろうか」
「俺が思うに聴力はそこまで優れているようには思えん。奴が出現する直前にもう片方の個体と先に戦闘を行なっていたが、奴が大声で救援を求めるまであの個体は全く反応を見せていなかった。それなりに戦闘で動き回って音を立てていたにも関わらずだ」
「つまり、あの個体はそれだけの大声で救援を求めなければ戦っている事に気付けなかった、と? 」
「あぁ。戦闘には気付いていたが出て来る程ではない。と判断していた可能性は捨て切れないが、その可能性は低いんじゃないかと思うぞ。なんせ、自分の巣が攻撃されていたのにそれを無視するというのは考えにくいだろう」
「それもそうだな。……よし、なら目はいいが耳は悪いという可能性に賭けてみよう。一つ思い付いた作戦があるんだ。聞いてくれ」
そしてダンテから提案された作戦はアンドレイとエキナセアによって全員に知らされ、その作戦に沿って行動が開始される。
ダンテに呼び出されたサフランは自身が前線を離れる事に疑問を感じつつも、彼の元へと駆け寄っていく。
「団長さん、どうかした? 」
「サフラン、突然なんだがスキルはあと何回使えそうだ? 」
「え? うーん、そうねぇ。薬瓶の数はまだあと二回分くらいは残っているのだけれど、さっき急いで魔力を練ってスキルを使っちゃったから、魔力の方はあと一回分が限度ってところです」
「そうか、分かった。 ちなみにその薬瓶は一度のスキル発動で二回分同時に使う事は可能なのか? 」
「えっと、そうねぇ……。試したことはないけれど、使えると思います。ただ、量が増える分、反射の数も増え過ぎてしまって危険になるかも……」
自身が従う団長からの突拍子も無い質問に目を丸くしつつもサフランはそう答えると、ダンテは一言「そうか」とだけ答え害虫の方を見つめる。その視線の先では今も尚、彼とアンドレイの率いる騎士団の花騎士達が対峙し、どちらも退くこと無く睨み合い拮抗状態が保たれていた。
「よし、危険は承知でやろう。サフラン、俺が合図するまで再びスキル発動に備えて魔力を高めておいてくれ。薬瓶を二回分同時使用でな。これが失敗すればこっちは総崩れになる可能性が高い。最悪、そこで倒れている彼女をここに見捨てて逃げなきゃいけなくなる。プレッシャーかもしれんがサフラン、全てはお前に掛かっている。……任せていいか? 」
サフランの肩を掴み、力強い視線で見つめてくる彼に対して、彼女は目を閉じスーッと一つ大きく息を吸い込む。そして、目を見開き、
「はい! 任せてください! 」
その力強く、頼れる返事にダンテは嬉しそうに頷くと、いよいよ作戦を実行する為に腰のホルスターから信号銃に発煙弾を装填しつつ、前線より一歩引いた場所まで歩み出る。
そして既に準備を終わらせていたアンドレイに目配せをし、互いに頷き合うと、その手に持つ信号銃の銃口を二人が危険視する害虫の顔面に向ける。そして――
「作戦開始だッ!! 」
その掛け声と共にダンテとアンドレイの二人は一斉に引き金を引いた。
バシュッ――という妙に小気味の良い発射音を伴い、二発の発煙弾が煙の線を引きながら害虫の顔面。正確には目前の視界を封じるようにして飛翔する。
害虫が一瞬何をされたのか分からず動きを止めた、それにつられてもう一方の害虫も動きを止める。その一瞬の隙がダンテの欲した瞬間であった。
その瞬間を狙って再びサフランが前線へと躍り出る。その害虫の特性上、尻尾を、鋏を振り回し接近を防ごうとする筈であったが、ダンテの読みが当たったのだろう。煙に巻かれてサフランの接近に気付かないでいる。
「私はみんなを守りたい。だから――本気でいくわ! 」
跳躍。そしてダンテからの指示通りに二回分の薬瓶を放り投げそれを一気に撃ち抜き霧状に変化させる。 通常のスキル発動より濃度の高い霧状の薬液が目隠しされた害虫とまとめてもう一方の害虫すらも包み込む。
そして着地。サフランは目を閉じ集中力を高めた一拍。カッ――と目を見開くとありったけの魔力を込めたボルトを、その霧目掛けて連射した。 そのボルトはサフラン自身今まで見たこともないほどの大きさを誇り、魔力のボルトは霧へと吸い込まれた直後、猛烈な勢いで乱反射し、数え切れないほどの光の花を咲かせる。
一体、霧の中ではどんな事になっているのか。そんな事を気にする事が無いほどに繚乱する光の花。
光の花が咲いては散り、その光景が鎮まり霧が晴れる。そこに広がっていたのは甲殻をボロ雑巾の様にズタボロにされた二匹の害虫の姿であった。
「グ……ギギギギギィ……」
さしもの強力な甲殻で身を守り、接近を許さない事で優位を保っていた害虫も、防ぎ切れない程の破壊力と防御を許さない範囲攻撃の前には為す術がなかったのだろう。しかし、それでも尚もダンテ達に攻撃しようと躰から体液をボタボタと零しながらも歩を進めようとする。
害虫の眼前で力を使い切り、肩で息をするサフランにダンテはすぐに下がるように指示を出す。その指示に従い、サフランはやや遅い駆け足でダンテの元まで下がってくる。
「よくやってくれた、サフラン。帰ったらご褒美をあげなくてはな」
「あ、ありがとうございます。ご褒美は、カレーが食べたいです……」
「あぁ。好きなだけ食えるように手配しよう。とりあえずここで休んでいてくれ」
彼に促されると、サフランは弱々しく「はい」と答えてヘナヘナとその場に腰を下ろした。
そんな彼女を優しげな目で見てから、ダンテは戦いの決着を付けるべく再び害虫へと視線を戻す。
結果としてサフランのスキルに巻き込まれた一方の害虫は既に事切れ、躰が光の粒子へと変わり始めていた。
「さて、奴にもトドメを刺してやるとしよう。……エキナセア! 」
「任せてくれ。キミの期待に応えてみせよう! 各員、私に続け! 」
「レッドチューリップ、お前達も続け! 」
「了解したわ! 行くわよ、みんな! 」
ダンテの掛け声に応えてエキナセアを先頭にライラック、アマリリス、セントポーリア、レッドチューリップ、カタバミ、カイコウズ、イブキトラノオが駆け出していく。
「受けてみよ! 」「私の攻撃、受けてみよ~! 」「こんな程度倒せないようじゃ、貴族の名折れなんです! 」「倒しちゃいますよ~ ? 」
「あまり戦闘は得意じゃないんだけれど」「ぶっとばーす! 」「とぉ~! 」「いくわよ! 覚悟しなさい! 」
八人もの花騎士からの総攻撃に晒されて、ボロ雑巾の様だった害虫の甲殻が次から次へと剥がれ落ち、肉が削げ、体液が周囲に散っていく。
そして遂に残った害虫の肢体から力が抜け、大きな音を立ててその場に崩れ落ちる。そのまま光の粒子に変わると、吸い込まれるようにダンテの腕へと飲み込まれていく。吸収していく間、ダンテは腕に僅かな痛みと熱を感じ、一瞬顔を歪める。
シャインクリスタルがダンテの腕に吸い込まれていく様を初めて目にしたサフランは驚いたように目を丸くしたが、ダンテがそれに気付くことはなかった。
吸収が終わり、痛みと熱が引くのを感じるとダンテは全員に周囲の索敵を命じる。それに続くようにして、アンドレイはアロエを除く全員に向かって害虫の巣の破壊を命じた。
そこからは何事も無く、害虫の巣は破壊され、周囲に害虫の気配もない事を確認したダンテとアンドレイは揃ってほっと息をつき、戦闘が終了したことを全員に知らせた。
その後、集落まで撤収したダンテ達はアロエを一先ず集落の家に寝かせると、その場で可能な限りの処置をレッドチューリップに任せ、エキナセアを陣頭に王都への撤収作業の指示を与える。花騎士達が撤収作業に入るのを確認すると、アンドレイと作業から外れた場所へと二人で離れてシガレットを咥え火を点けた。
二人は揃って紫煙を吐き出し、一息つく。ほんの僅かな間沈黙を保っていた二人であったが、もうひと息煙を吐き出したアンドレイは悔しがる様に前髪を掻きむしった。
「今回はホントに助かった。お前達が居てくれなかったらと考えるだけでゾッとする」
「ああ。……だが、すまなかった。俺が作戦開始前に巣の大きさに気付いてさえいればアンドレイの花騎士だって無用な怪我をしないで済んだものを……」
「ダンテ、お前は気に病むことはねぇよ。お前の考えた作戦は良い作戦だと思ったし、俺もそれに合意した。アロエは俺の油断から怪我させちまった様なもんだ。それに、お前が駆け付けてくれなかったら、あのままアロエをあの場に残していかなきゃならなかったかも知れないんだ。だが、お前のおかげでそれは回避できて、おまけに任務も完了できた。ダンテ達はよくやってくれた。そう思って感謝してるんだぜ」
気にするな。と言いながらダンテの背中を軽く叩くアンドレイに、彼は「あぁ……」と低く返すのみで、またひとつ煙を吸い込む。
「聞きたいんだが、敵占領地でもない土地の小さいとはいえ人の住む集落の近くに害虫は巣を作るものなのか? 」
「絶対にない、とは言えないな。過去にも報告は少ないが、いくつか人里のほど近い場所で害虫が巣を作っていた。という資料は残ってる」
「そうか……」
「まぁ、確かに気になるよな。過去の報告資料ではその更に奥地でその巣を作っていた害虫より強力な害虫が巣食っていた。という報告が散見されてる。今回も恐らく強力な個体が現れて元の住処を追われたか、そうでなければ他の何らかの理由でこの集落の近くに巣を作っていたという可能性は考えて良いかもな」
その後、二人は王都に帰った後に書く報告書の内容を軽く話し合うと、既に撤収準備を終えていた花騎士達の待つ馬車へと戻っていく。
アロエはその時点で目を覚まし、アンドレイに飛びつくように駆け寄って役に立てなかった事を謝り、それを彼が宥めたのは別の話である。
「さーて、王都に帰るぞ! 」
「では中隊長、悪いんだが後任の隊が来るまでこの集落での警備、任せたぞ」
「はい! お任せください! 」
中隊長の気迫の篭った返事に満足気にダンテは頷くと、「なるべく早くに後任を出させる」と告げ、馬車の御者台に乗り込み、少し早くに出ていたアンドレイに続くように馬に鞭を入れ、中隊と集落の人々に見送られながら王都に向けて出発したのだった。