花騎士と騎士団長-騎士団長、始めてみました- 作:ダンテこったい聖司
「ア”ぁ……ァ……」
「な、何!? いや、来ないで……来ないで……」
ここはリリィウッド。通常、誰も足を踏み入れないほどの森の奥で、女性はたった独りで恐怖に顔を歪ませていた。
彼女の瞳に映るのは、何処を見ているのかも分からないような虚ろな目をし、まるで死人を思わせるかの様な青白い肌をした半裸の若い女である。
口からは唾液なのかはたまた違う液体なのか、見たことも無いような色の液体を垂れ流し、背後からはおよそ人のものとは思えない触手が伸び、生理的に受け付けられない様な仕草でうねうねと動いている。
よたよたと、しかし着実に自身に迫ってくるその女に恐怖し、その恐怖のあまりに腰が抜け、ズルズルと這うようにしてしか彼女は逃げられていない。
とにかくこの場を離れたい。一人で森の奥になんか入るんじゃなかった。誰でもいいから助けて。
彼女の思考はそんな恐怖と後悔に塗り潰され、現状を打破する為の方法を考える余裕など到底残ってなどいなかった。
迫る。迫る。迫る。迫る。迫る。
死人の様な女が、彼女に迫る。もうひと息の距離しか離れていない。
「ア”あぁあぁァァあああぁぁ!!! 」
もう十分詰めた女がその腕を、触手を彼女に向けて大きく伸ばして襲い掛かる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 」
彼女の恐怖に塗り潰された絶叫がリリィウッドの深い森に木霊した。
この悲鳴を聞きつけた者は、誰一人としていない。
「さて、お集まり頂いた皆様。本日集まって頂いたのは他でもありません。最近、我がリリィウッドの森で行方不明者が続出している、という報告の件であります」
一人の女性が自身の眼前に列席する男女に向かって声を発する。
「行方不明と申されましても、以前よりあの森は行方不明者が発生していたのではありませんでしたかな? 」
「確かに仰るとおり、件の森は深く以前より帰り道が分からなくなり迷って行方不明になる者が発生しておりました。しかし、そのいずれもが捜索隊を派遣し解決されて来ました。しかし、今回はそうではない。派遣隊を向かわせ、害虫との遭遇を避けつつにはなりますが、用心深く捜索を行なっても一人として見つかっていないのです」
女性の言葉に「どういうことだ」「まさか害虫の? 」「しかし害虫発生の報告は……」と列席した者達がざわめく。
それを鎮めるが如く、女性は一言「お静かにお願いします」とピシャリと言い切ると、瞬く間にその場が静まる。
「問題はこの行方不明続出の話が王都の民達の間に広がりつつあることです。いち早く解決させなければ民が不安から混乱を起こさないとも限りません」
「ではどうするのですか。騎士団を調査に出すにしてもすぐには無理ですぞ。まずは正規の手続きを取っていただかなければ」
「はい。ですので、その事に関しては他国の騎士団を使おうと思っております」
「なんですと? 他国に救援を要請してはこの事が明るみに出てしまうのでは? 」
「そこは害虫討伐作戦の応援という形で要請しようと検討しております。それであれば他国も断る理由もないかと」
女性の自信ありげな笑みに、集まった者達も仕方ないといった様子で承諾の意を口にする。
「ありがとうございます。それでは、そのように……」
ゆったりと立ち上がり、一礼すると女性はそのまま会議室を出て自身の執務室へと向かう。
執務室の机の上に広げられた資料から一枚をつまみ上げる。
「ブロッサムヒルの新しい騎士団。初任務で大型害虫を撃破。更には害虫の巣討伐作戦での武功。ふふ、期待してますわよ……」
女性は不敵な笑みを浮かべながらその資料を再び机の上に戻す。その資料に記された名前は……。