花騎士と騎士団長-騎士団長、始めてみました- 作:ダンテこったい聖司
1.
過ぎ去った時間は戻る事はない。死んだ人間が戻って来る事もない。それは誰しもが分かっている事であろう。だが、それを分かっていても尚、悔いても悔やみ切れない事は誰にだってあるだろう。
彼は、来る日も来る日も部下である仲間を、親友を殺されたあの日の事を悔やみ続けていた。あの時に違う指令をしていれば結果は変わったのではないか。死ななせずに済んだ者がいたのではないか、と。その考えが脳裏をよぎる度に後悔と自責の念に苛まれ苦しんでいた。
まるでそれが今の生きる意味であるかの様に、生き残った理由であるかの様に。それが意味のない事だと分かっていながら、自身が苦しむと分かっていながら、彼は自問しては苦しみに悶えていた。
彼の部隊が壊滅したあの日、花騎士達が多方面に出没した害虫討伐に出払っている隙を突いたかの様に出没した巨大害虫を中心とした大群の襲撃に対処する為に彼は部隊の仲間を引き連れて出撃し、彼を遺して全滅した。
そして彼自身も左脚に深手を負い、その影響で今やまともに戦う事は出来なくなっていた。
部隊を、部下や親友を失った彼を、国は兵士の鑑だと持て囃し、女王は彼に勲章を贈った。
しかし、彼の心が晴れる事はなく、喜ぶ事はできなかった。
国を挙げて持て囃され、女王からは勲章を賜った彼を、軍は教官になる道を薦めたが、既に彼の心には国の守りに掛ける情熱も何もなく、また軍に残ろうとする意思もなかった。彼はあの日から程なくして軍を退役したのだった。
軍を退役し、無職となった彼は、退役の際に支給された多額の退役金でブロッサムヒルの港都市郊外に居を構えると、そこで半ば隠居の様な形で生活を始めていたのだった。
もう、戦う者、民を守る為に戦う軍人としての精神などはとうに潰えてしまったものだと、彼は感じていた。
そうして失意のままに、無気力にただ日々を送っていた彼に突然転機が訪れた。 それは、一通の手紙から始まったのだった。
彼に届いたその手紙には、彼を花騎士達をまとめ上げる指揮官、つまり騎士団長に任命する旨が記されていた。
まるで俺が軍を辞めるのを待っていたかの様じゃないか。彼は内心うんざりした気持ちでその手紙を眺めた。
(隊を全滅させてしまい、軍人としての心も、何もかも失くした俺に今更花騎士達を指揮しろだって? 冗談じゃない)
彼は手紙を机に叩き付けると、ワインの入った酒瓶とグラスを掴み取り、乱暴に玄関扉を開けると家を出た。
家を出た彼の足は真っ直ぐにフォス街道脇の丘に向かった。そこには今は亡き友と仲間達が眠る集団墓地があった。
彼はかつての親友の墓石前にドカリと腰を下ろすとグラスにワインを注ぎ、墓石の前に置くと自身は直飲みで酒瓶をあおった。
「ングッ、ングッ――っはぁ。……なぁ、カイルよ。俺のとこによ、騎士団長になれって手紙が来たよ」
まるでそこに友が居るかのように彼は墓石に向かって話し掛ける。どうしたら良いかを問う様に。
「まるで俺が軍を辞めるのを待ってたみたいだよな。空気読めってお前も思わねぇか? なあ。 俺だってよ、花騎士達と同じで、この国を、民達を守ろうって気概はあったし、微力ながらもそれに貢献してる事に誇りだって感じてた。でも、でもよ……。俺は、俺は一番身近だったお前達すらも守る事は出来なかったんだ。そんな俺が、一体何を守るんだって考えたらよ……」
全てがどうでも良くなっちまった……。俯き、彼は誰にも聞こえない様なか細い声で繋げた。
「こんな俺がよ、今更どうしろって言うんだよ、ってさ。俺は、背負う事に疲れちまったのかも知れないな」
ズボンからシガレットケースを取り出し、一本のシガレットを取り出すとマッチで火を点け、ゆっくりと煙を吐き出す。
煙越しに空虚な笑みを浮かべながら墓石を見つめる彼は、もう一度酒瓶をあおりグビグビとワインを喉に通す。
「なあ、お前ならどうしたら良いと思う? と言っても、もうお前は何も答えやしてくれないか。……そうだよな、お前は俺の目の前で、死んじまったんだもんな」
自嘲する様に笑い、煙を吸い込み吐き出し、そして酒瓶をあおる。
それからどれだけの時間をそうして過ごしていたか、彼はいつの間にかその場に倒れて眠りに落ちていた。
「――おい、起きろよ! 起きろってんだ! 」
よく知っている声に彼は眠たげに目を擦りながら身体を起こす。だが、そこは見たことも無いような光だけが溢れる光景が広がっていた。そしてそこには彼を起こした男が立っていて。
「よっ、何を情けねぇ顔してんだ? 」
「な、なんで……。カイル? 」
居るはずもない。死んだ親友の姿に彼は驚きで男の名前を呼ぶので精一杯だった。 彼のかつての親友は、そんな彼をからかうように笑いながら歩み寄ってくる。
「どうしたよ、お前らしくないじゃんか。何を悩んでるんだよ。 お前、本当は燻ってんだろ? 本当はもう一度立ち上がれるくせによ」
彼の目の前まで近寄って来た男は、まるで気合を入れるかの様に彼の肩を叩きながら。
「おら、いつまでもウジウジしてんじゃねーぞ。やれることがあるならそれをやれって。お前、いつもそうしてきたじゃんか」
「俺の……やれること……」
「お前、もう気付いてんだろ? 自分がやれることに。でも逃げようとしてる。 逃げんな! お前、部隊長だろうが! 」
「んだと! 誰が逃げようなんざ!! 」
「ははっ! その意気だぜ。それでこそオレの親友だ」
彼はハッ――とした。自分が今までどうして来たのかを。自分が友と、仲間達と、どうやって戦って来たかを。あの日も、やれることがあるからと出撃していった事を思い出したのだった。
「ふっ、敵わねぇなぁ。ホント、敵わねぇよ」
彼は男と肩を組んで笑った。その笑顔にはもう悩みはなかった。
「……夢、だったのか? 」
それもそうか。彼はそう思いながら身体を起こす。
空を見上げるといつしか夕暮れ時となっており、空の向こうには既に暗いカーテンが掛かり、すぐに夜が訪れる事を知らせていた。
彼は視線を再び墓石へと戻す。墓石に一瞬だけ友の笑顔が浮かんで見えた気がした。
ふっ、と彼は笑うと墓石前に置いておいたグラスを持ち上げると、残っていた中身を一気に飲み干し、
「あーあ、なんか悩んでたのが馬鹿みたいだったな! 」
わざとらしく大きな声で笑いながら、そう言う彼の頬を一筋の光が流れた。
「じゃあな、カイル、みんな。俺、自分のやれることをする事にしたよ。……また、今度な」
彼は踵を返すと歩き出す。
もう彼の心に迷いも後悔も自責もない。その心は晴天の空のように晴れ渡っていた。
ただその心に誓いを抱いて彼は歩く。今度こそ必ず守り抜くと。固く、そう誓いを抱いて。