花騎士と騎士団長-騎士団長、始めてみました- 作:ダンテこったい聖司
夕食の時間となり、一緒に食堂へ行こうと誘う花騎士達を先に向かわせ、ダンテは執務室へと足を向けていた。
「痛ってぇ……。さすがに無理しすぎたか……」
痛む左脚を庇いながら執務室の扉を開けて中に入ると、そこにはエキナセアが腕を組み、やや不機嫌そうにダンテを睨むようにして目の前に立っていた。
目の前に立っていた事に驚き、彼女の表情を見て更に驚いたダンテは思わず一歩後ろに下がるが、なるべく平静を保ちつつ、エキナセアに対面するように居住まいを正した。
「なんだ、エキナセアか。驚いたぞ。まだ食堂に行ってなかったのか? 皆はもう向かっているぞ」
「キミを待っていたんだ。……さっきの、見ていたぞ」
「見ていた? 何をだ」
「訓練をだ。 キミは左脚が使い物にならなくなってもいいのか? あんな無茶をして……」
「加減はしているつもりだ。それに、お前達花騎士の命が俺の脚一本で賄えるなら安い代償だと思うがね」
「それで脚が使い物にならなくなったとして、そうなったらキミはどうするつもりなんだ。騎士団長の仕事にだって大きな障害になるんだぞ」
「そうなったら義足でも何でもして続けるだけさ。やるべき事は変わらない」
詰め寄ってくるエキナセアを手で制しながら、机の中から痛み止めの薬を取り出して飲み込んだダンテは、心配するなとでも言うかのような笑みを浮かべながらエキナセアの肩に手を置いた。
「だが、エキナセアが俺の身を案じてくれているのはよく分かった。ありがとうな」
「だったら、もう自分を蔑ろにする様な事は避けてくれ……」
「分かった。次からはそうするよ」
「もっと……もっと私を頼ってくれ。私はキミの花騎士であると同時に補佐なのだから……」
俯きがちに絞り出すような声のエキナセアに、ダンテは一言「心配かけてすまなかった」と呟くと、まだ痛む脚を引き摺りつつ部屋の扉へと向かう。
エキナセアも一瞬遅れてダンテの動きに気付いて扉に向かう。その途中でダンテに追いつくと、黙ってダンテに肩を貸した。ダンテもそれには一瞬驚いた顔をするが、観念したような、穏やかな笑みを浮かべつつ、なすがままにされる。
「皆のところに着く前までで頼む」
「分かっている」
二人は同じような笑みを浮かべつつ執務室を出て、食堂へと向かう。
「ところで、脚はどれだけ痛むのだ? 」
「どれだけ、か……。滅茶苦茶痛えよ? 泣きたいくらいにはな」
「泣くんじゃないぞ、男だろう? 」
「誰が泣くか」
二人は冗談めかして言い合いながら笑い合い、皆が待っている食堂へと向かった。
食堂の手前に着いたところで肩を貸してくれていたエキナセアにお礼を言いつつ身体を離したダンテは、エキナセアと伴だって食堂の中へと入った。そこでは城に詰めている大勢の兵士とそこから少し離れた席でまとまってダンテの到着をまだかまだかと待ち侘びる様にしていたライラック、セントポーリア、アマリリスの姿があったが、いち早くダンテとエキナセアの姿に気付いた兵士達が一斉に席から立ち上がり、席を立っていた者は気を付けの姿勢を取り、一様にダンテへと身体を向ける。
「「騎士団長様、お疲れ様です!! 」」
「ああ、いいよ、いいよ。そういうの苦手なんだ。気楽に行こうぜ、気楽にさ。それと、様も要らない。むず痒くなる」
少々大袈裟に身体が痒そうな動きを取るダンテに兵士達は困惑した表情を浮かべつつ各々元の席に座りだす。
ダンテはその様子を見て面白そうにニタニタとした笑みを浮かべる。そんな彼の顔を見て、横に立っていたエキナセアも可笑しそうに笑い出す。
「キミは、本当に可笑しな男だな。気取らない騎士団長は少なくはないと聞くが、キミほど気の抜けた騎士団長は聞いたことがない」
「そうか? 俺は軍人時代からこんな感じで通していたけどな。さすがに御上と話す時は別だが、部隊内じゃいつもこんなだった。肩肘張ってると疲れるからよ」
「それは良いが、あまり気を抜き過ぎてダラけられても困るぞ? キミがどう考えていようとも、キミはこの城の騎士団長なのだ。どんな時だろうと、誰が相手であろうと、気を引き締める時には引き締めて貰わなければな。もし、あまりにも気が抜けていると私が判断したら、例えキミが相手であろうと容赦なく絞らせてもらうからな」
口元には笑みを浮かべつつジト目でダンテを見つめるエキナセアに、ダンテは肩を竦めつつ「分かっている」と返しつつ、他の花騎士達が待つ席へと歩を進める。
「もし、気になる事、言いたい事があったなら遠慮せず言ってくれ。俺も、その方が助かる」
「了解した。キミも、何かあったら遠慮せずに言うのだぞ」
「了解」、ダンテがそう呟いたところで席に着き、待ってましたと言わんばかりに、待っていた三人に取り囲まれ、何を話していたのか、何か面白いことでもあったのか、と二人は質問攻めに遭い、食事中にも度々に同じ様な質問をされるが、二人は口を揃えて、「内緒だ」と誤魔化すのであった。
食事を終え、食後の談話を続けるライラック、セントポーリア、アマリリスに先に退散を告げたダンテは、それに続くエキナセアに行きと同じ様に彼女に支えて貰いながら執務室の前まで戻ってきていた。
「ありがとう、エキナセア。ここまでで大丈夫だ。今日はもうお前もゆっくり休んでくれ」
「分かった。団長、お疲れ様。キミも、ゆっくりと休むんだぞ」
「ああ、分かっているよ。おやすみ」
「うん、おやすみ」
挨拶を交わすと、執務室前から立ち去っていくエキナセアを見送り、彼女の姿が見えなくなるとダンテは執務室に入った。
机の上を見れば、幾つもの書類が積み重なっており、その処理をまだかまだかと待ち構えているかのようだった。その書類の山を見て、ダンテはややげんなりとした顔になるが、すぐに表情を引き締める。
「さて、明日の昼までに終えなきゃいけない仕事だけでも終わらせるか」
そう独りごちるなり、机へと向かい、椅子に腰を掛け書類の山の上から一枚を手に取ると目を通す。
書類の山は二つ出来ており、どちらも高さ的にはそう大したことはない。高さ的には、だが。
二つを一つにまとめられていてもおかしくない様な高さであったことが気になり、ダンテはもう片方の山から一枚を手に取り、目を通す。そして、なるほど。と合点がいった様に頷く。
それぞれの山から更に一枚。もう一枚と手に取り目を通す。その山はそれぞれ、翌日の昼までに手を付けなければいけない書類と、そうでないものと振り分けられていたのだ。
ダンテがこの部屋に初めて来た時には二つまとめて置かれていた書類はいつの間にか、きちんと振り分けられ、仕事がすぐに片付けられるようにされていたのである。
こんな事を出来ただろう人物はダンテにはすぐに見当が付いた。エキナセアである。
恐らく読書を命じられたエキナセアが気を利かせて振り分けておいてくれたのだろう。とダンテは考え、「読書をしていろと言ったのになぁ」と笑い、エキナセアの自室があるであろう方角を向き、「ありがとうな」と呟きつつ頭を下げた。
「さて、折角エキナセアが振り分けておいてくれたんだ。気合入れて終わらせますか」
独り腕まくりをして気合を入れると、ダンテはペンを手に取り、書類に手を掛けるのであった。
それからどれだけの時間が過ぎただろうか。
喉の渇きを感じたダンテは休憩がてらお茶を淹れようと顔を上げた。と、そこにはいつから居たのだろうか、エキナセアがお茶の入ったカップを乗せたトレーを持って、机の前に立っていたのだった。
「エ、エキナセア……? いつからそこに? 」
「つい今し方からだ。もしやと思ってキミの部屋の前に来てみればどうだ。部屋から灯りが漏れているじゃないか。全く、私にはゆっくり休めと言っておいて、キミが休んでないのではないか。キミもゆっくり休むようにと私は言ったはずだが? 」
「か、返す言葉もないな……。明日の昼までに片付けなきゃいけない仕事だけ終わらせて寝るつもりだったんだぞ? 本当だぞ? 」
「と、言ってもそれだけでもそれなりの量があったと思うが? 」
「うぐっ」
「情けない声を出すな。ほら、私も手伝うから早く終わらせてしまおう」
そう言いながら、エキナセアは応接用の机の上にも照明の蝋燭台を用意すると手を出し、書類を寄越すようにダンテに催促した。
「しかしだな、エキナセアには既に助けられているし、これ以上迷惑を掛けるわけにも」
「何を言っているのだ。キミは私の団長で、私はキミの団長補佐なのだぞ? そして、それ以前に私の貴族としての誇りがここでこのまま退散することを許すことが出来ないのだ」
「ノブレス・オブリージュ、か? 」
「そうだな。貴族として、キミの花騎士として、キミをこのまま放っておくのは私自身が許せない。だから、手伝わせてくれ」
「……分かった。それならお願いするよ。二人でさっさと片付けてしまおう」
ダンテは申し訳無さそうな表情を浮かべつつ、書類の半分ほどをエキナセアに手渡すと手分けして書類の処理を開始するが、喉の渇きを思い出すと、彼女が持って来てくれたお茶をトレーから取り上げ口にする。
ほのかなレモンの香りに爽やかな気持ちになると、一言エキナセアにお礼を言い、再びペンを持ち作業を再開するのであった。