花騎士と騎士団長-騎士団長、始めてみました- 作:ダンテこったい聖司
チュンチュン――
窓から差し込む陽の光でダンテは目を覚ました。
「ん、んぅ? あれ、俺いつの間にベッドで寝てたんだ……? 」
昨晩、エキナセアと協力して書類仕事を片付け終えた直後からの記憶が飛んでしまっていたのだ。
(記憶が無いだけで自力でベッドに向かったのか? )
何とか思い出そうと眉間を人差し指と親指で摘むというステレオな格好をしながら記憶を巡らせてみるが、どれだけ思い出そうとしても彼の記憶の中には思い当たるフシがない。
と、コンコン――と静かに寝室の扉を叩く音が聞こえ、ダンテが返事をするより早く扉が開くエキナセアがそっと室内に入ってきた。
「あぁ、目が覚めていたのだな。どうだ、よく眠れたかな? 」
「あ、あぁ。なんだかよく寝た気分だ……。 そういえば、昨晩、俺はベッドに入った記憶が無いんだが、何か知っているか? 」
ダンテの問いにエキナセアは、やれやれ。といった風に首を横に振ると、
「なんだ、覚えていないのか。昨晩、仕事が終わった途端に座ったまま眠りこけてしまってな。声を掛けてもロクな返事もなかったから私がベッドまで運んだのだ。 次からはちゃんとベッドに入ってから寝て欲しいな」
「悪かったよ。それと、ありがとう」
「ふふ。さぁ、もうすぐ朝食の時間だ。身支度をして食堂へ向かおう」
「そうだな。ふぅ……」
ベッドから降りると、ダンテは着替えようと上着を脱ぎだした。と、そこでとてもこの部屋には似つかわしくない悲鳴が聞こえ、ダンテは声のした方へと視線を向ける。
そこには顔を真っ赤にしたエキナセアが慌てた様に自分の方を見ているのが見て取れた。
「どうした、エキナセア。そんな真っ赤になって」
「どどど、どうしたじゃない! そんな、婦女の目の前で服を脱ぐなどと! 恥を知れ! 」
「身支度をしろと言ったのはエキナセアじゃないか」
「確かにそうだが! せ、せめて一言声を掛けてからにしてくれ。私だって、これでも女、なのだぞ……」
「それはすまなかった。そういうの、あまり頓着しない性格なんでな」
「わ、私は隣の部屋で待っているからな! 」
彼女は顔を真っ赤に染めたまま部屋の外へ出ると、バタンッ――と勢い良く扉を閉めて行ってしまった。その様子をただ眺めていたダンテは欠伸を噛み殺しつつ着替えを再開するのであった。
顔を洗い終えたダンテはエキナセアと伴だって食堂へと向かう。食堂の扉を開け放つと、昨晩と同じような光景が広がっていたが、不寝番だったのだろうか、幾人かの兵士は眠たげに目を擦る者、席に座りながら船を漕ぐ者が混ざっていた。
「おはよう。寝ずの番か? 」
「あ、騎士団長殿、おはようございます! はい、昨晩の見張り番だったもので」
「そうか、お疲れ様。この後はゆっくり休んでな」
昨日と同じ席へと向かう途中で通り掛かる兵士と挨拶を交わしながら歩いて行く。
声を掛けられた兵士はそれぞれ恥ずかしそうに、あるいは嬉しそうな表情を浮かべながら挨拶を交わしていく。
「やっぱりここも兵士は女性だらけだな」
「それは当然だろう。なにせ世界全体の男女比は1対20だというのだから、どこを見ても女性ばかりにもなる」
「まぁ、それは分かるんだがな? だが、それというのも一千年ほど前の害虫の大侵攻で花騎士がまだ居なかった頃、対抗するために世界各国で多くの男達が次々と戦いで命を落としてしまった事と、その後世界花の魔力の影響で男子の出生率の低下。それによって今の男女比が完成してしまった訳だろ」
「その通りだが、どうしてそんな事を? 」
「特に深い意味は無いんだがね。軍もそうだったがどこ行っても女性ばっかりだなぁ、と今更ながらにして思っただけだ」
ダンテの返答に小首を傾げつつもエキナセアは「そうか」とだけ返し、彼の横に並ぶ。
挨拶を交わしつつだったので、幾分時間を掛けつつも皆が待つ席へとたどり着くと、エキナセアはそのまま席に座ること無くその場を離れていく。
朝食はどうやらバイキング形式の様で、ずらりと様々な料理が並べられた配膳台から各々好きな料理を取り皿に取り分けては席へと持ち帰っていく。
ダンテも料理を取って来ようと立ち上がろうとするが、そこへエキナセアが戻ってきた。
「ほら、キミの分も持って来たぞ」
「お、ありがとう」
「好みを聞くのを忘れてしまったからな、私なりにバランスを考えて取ってきたが、食べられないものはないか? 」
ダンテは手渡された皿に盛られた料理を一目すると、
「問題ない。ありがとう」
「そうか、良かった。足りなければまた取ってくるからな。その時は言ってくれ」
「あらあらぁ、エキナセアさんったら甲斐甲斐しいですね~」
「んなっ!? 私は団長補佐として当然の事をだな! 」
「うふふ~、それにしても昨日の夕食の時から随分と団長さんにベッタリですよねぇ」
「そ、それも団長補佐としてだな」
セントポーリアにからかわれ顔を赤くしながら反論を続けるエキナセア。それを止めに入るべきかどうかとあたふたとするライラックとアマリリス。
もう一人の当事者であるダンテはというと、そんな三人の様子を横目に見ながらエキナセアの持って来てくれた料理を口に運び続けた。
「話が弾むのは構わんが、あまりのんびりしていると食べる時間が無くなるぞ。この後は今日の訓練が待っているんだからな」
ボソリと呟いたダンテの言葉に全員が一瞬凍り付き、直後何事もなかったかのように食事に戻ったが、エキナセアだけは頬を赤く染めたままであった。
さーて、と言いつつ目の前に整列した四人の花騎士と不寝番と見張り以外の兵士をダンテは見回した。
「兵士の皆もよく集まってくれた。これより全員参加の訓練を始めようと思う。内容は簡単だ」
ダンテは一旦そこで言葉を切ると、咥えていたパイプから口を離し、フーッと煙を一息吐くと、
「俺が良いと言うまでとにかく走れ」
後に城内で言い伝えられる事となる”デスマラソン”の始まりだった。
「はぁ、はぁ、どうして、私達はひたすら走らされているんでしょうか」
花騎士同士で一塊となって走っている中、アマリリスが不思議そうに疑問を口にした。
「私にも分からないが、団長にも考えあっての事なんだろう」
「私も、そう思います! 」
「その考えって何でしょうかね~」
「走り込みという事は持久力を付ける為の訓練であることは分かるのだが、何の為なのか……」
四人は話し合いながら走り続ける。その遥か後ろからは一般の兵士達が苦しそうな表情で続く。
その様子をパイプを吹かしながら眺めるダンテは、目の前の訓練とは別の事を考え煙を吐いた。
(最初の討伐任務が命じられるまでそう時間はないだろうし、それまでに何とか基礎だけでも固めさせなければな……)
「よーし、兵士の皆はそこまで! 花騎士達は続行だ! 」
ダンテの号令と共に既にヘトヘトだった兵士達は崩れるようにその場にへたれ込む。その一人ひとりに水の入ったボトルを渡しながら、「お疲れ様」と声をかけていく。
それからどれだけの時間が経っただろうか。
「エキナセア、ライラック、セントポーリア、アマリリス、お前達もそこまでだ。お疲れさん」
そう声を掛けられた瞬間、セントポーリアとアマリリスは転ぶような勢いで崩れ落ちた。
「ほれ、水だ。って、おいおい、大丈夫か? 」
「は、はい~。でももう走れません~」
「わ、私はまだ大丈夫ですよ? なんたって貴族ですから」
ぐったりといった様子のセントポーリアと虚栄心を張るアマリリスだったが、「ならアマリリスには次から専用にもっとキツイ訓練を組んでやろう」というダンテの言葉に、アマリリスは僅かに「うっ」という呻き声と共に後悔の文字が浮いて見えるほどの顔になった。
「エキナセアはまだまだ余裕そうだな。で、ライラックは……余裕は無いみたいだが大丈夫そうだな。 エキナセア、俺はこの後すぐに王宮に向かう。このメモを渡しておく。後のことは任せていいか? 」
「このメモは? 」
「この後の訓練内容を書いてある。これを俺が戻るまでにこなしておいて欲しい」
「分かった、任されよう」
「ではな。夕方くらいには戻ると思う」
「了解だ。気を付けてな」
エキナセアの言葉に満足気に頷くと、ダンテは踵を返して鍛錬場を出て行った。
「さあ、少し休憩したら次の訓練を始めるぞ! 」
まだ余裕のあるエキナセアの容赦無い号令にその場で休んでいた絶望の篭った悲鳴を上げたのは言うまでもなかった。