花騎士と騎士団長-騎士団長、始めてみました- 作:ダンテこったい聖司
朝焼けの陽射しがカーテンから零れ、頬を照らす。その眩しさに目を眩ませながらダンテは目を覚ました。
「昨日……よりは痛みもだいぶマシになったか」
まだ痛むものの前日より痛みの引いた右腕を陽射しに翳しながら、掌を握って開いてを繰り返すと、ベッド横に用意しておいた痛み止めの薬を口に放り込み水で流し込んだ彼はベッドから抜け出すとエキナセアがやって来る前に着替えを済ますべく寝間着に手を掛けた。
着替えも無事、エキナセアが来る前に済ませたダンテは寝室を出ると執務室の椅子にドカリと深く腰掛け昨晩目を通し忘れた訓練の報告書を手に取った。
報告書をそろそろ読み終えようというところで、執務室の扉をコンコンッと叩く音が聞こえ、ダンテは報告書から目を上げた。
「おや、今日は起きていたのだな。おはよう、団長」
「ああ、おはよう、エキナセア。それと、報告書を読ませてもらった。ありがとう」
「助けになれたようで私も嬉しいよ。それより、腕の方は大丈夫か? 」
「ん? そうだな、昨日に比べれば遥かに痛みは引いたよ。まぁ、それでもだいぶ痛む事に変わりはないがな」
「笑って言えるなら大した事ではなさそうだな。さっ、そろそろ朝食の時間だ。食堂に向かおう」
ケラケラと笑って答えるダンテに安心したのか、エキナセアも笑顔を見せると食堂に向かうべく踵を返す。それを追うように椅子から立ち上がるとダンテも扉へと向かった。
食堂への道すがら、通り掛かる兵士と挨拶を交わしながら歩いていると、エキナセアはダンテの横に並び、
「それにしても、随分と人気があるのだな」
「ん? エキナセアがか? 」
「違う、私ではない。団長、キミがだ」
「そうか? 普通くらいだと思っていたんだがな」
「普通はこんなに人気はないだろう。いや、他の騎士団長に人望がないというわけではなくてだな。一般の兵士からすれば騎士団長というのは格上過ぎて挨拶をするのも恐る恐るだ、と聞いていたから。聞いていた話と違ってキミは随分と人気があるし、皆気軽に声を掛けて来るな、と思ってな」
「あー、なるほどな」
「恐らくキミのその良く言えば親しみやすい態度が影響しているんだろうな。だが何故だろうな。気軽に声を掛けて来るのと同時に羨望というか憧れにも近い視線を向けている兵士も見受けられるのだが」
「それはたぶん、あれじゃないか? ほら、俺ってここに来る前は軍人でちょっと特殊な部隊を率いていただろ。その頃から俺の部隊の連中っていうのが俺含めて花騎士でもないのに害虫に真っ向から戦いを挑んで何度も生還している超絶兵士部隊! みたいな噂がされていたみたいだからな。一般の兵士達からすれば憧れの存在が自分の目の前にいるって事で浮かれてるんだろ」
「まぁ、あの事をどう公表されているかは知らないけどな」と付け加えるとダンテは右手で顎を擦った。顎の髭が伸びて来た事に気付いたダンテは朝食後に髭剃りをしようと決めつつ、浮かない表情を浮かべるエキナセアを促して食堂への歩を再開した。
その後は誰ともすれ違うことも無く、食堂に到着した二人は扉を押し開けて食堂に入るが、昨日と同じ様にその場に居た兵士全員が規律正しく姿勢を正し朝の挨拶をして来たのを、ダンテはこれまた昨日と同じ様に「堅苦しいのは苦手なんだよ」と苦笑いを浮かべた。
昨日と同じ。何も変わらず、エキナセアが甲斐甲斐しくダンテの食事を取って来てはセントポーリアにからかわれる。エキナセアも今日は頬を赤く染めつつも「団長補佐として当然の事をしたまでだ」とハッキリと言い切り、殊更胸を張りながら朝食を摂った。
「そういえば、団長。訓練の内容だが、昨日と同じで良いのだろうか? 」
「ん? そうだな……うん、昨日と同じ様にまずはマラソンからだな。ただし、今回からはウェイトを付けて走ってもらうぞ。つまり重しだ」
何て事はない。といった調子でダンテから軽く言い放たれたその一言に食堂に居た全員の動きが凍った瞬間であった。その時の全員の表情はまるで信じられないものを見る様な目であったのは言うまでもないだろう。
「なんだよ、その、ありえねー、って表情は。これでも意味もなくキツイ訓練させようと思ってやってる訳じゃないんだからな。別に意地悪で言ってるつもりもないんだからよ」
「そ、それは団長さんの考える事ですから、無意味ではないのでしょうが……」
「確かにぃ、あの距離を更に重しを付けてとなると、さすがに訓練前にバテてしまう様な気がします~」
「わ、私は大丈夫ですよ? なんといっても貴族ですからね! 」
「お、そうか。ならアマリリスは皆よりもっと重いウェイト用意してやるからな。楽しみにしておけ」
「う”っ」
「……まぁ、なんだ。さすがに走る距離は調整してやるからよ。そこだけは安心しておけよ」
去勢を張るアマリリスを此処ぞとばかりにイジってやってから、不満を漏らすライラック、セントポーリアに対して温情するというダンテの言葉に安堵した二人であったが、後にその言葉を聞いた全員が後悔する事になろうとは、誰も思いもしなかったのであった。
さて、朝食も終わり、ダンテに至っては髭剃りも無事済ませ身支度を終えた彼は、昨日と同じ様に鍛錬場に赴き、集まった全員の前に仁王立ちした。
「さて、先程通達を回した通りで、今日からは各自足元に置いてある背嚢を背負ってマラソンをしてもらう。背嚢はウェイトだ。兵士には15キロ、花騎士には倍の30キロにしてある。各員、準備開始! 」
「重しを背負ったらベルトをしっかり締めるのを忘れないように! でないと無駄に揺れて肩や腰を痛める事になるからな! 」
背嚢を背負いベルトを締めるエキナセアに倣って、全員がしっかりとベルトを締めていく。ダンテはその様子を見やりながら懐から取り出したシガーに火を点け、一息つく。
ダンテは何故この様な事をさせるのだろうか。花騎士のみならず兵士にもその疑問は付き纏ったが、自分達が走り込む姿を神妙な面持ちで見守るダンテを見ると誰もそれを口にしようとはしなかった。
走り込みが終えると少しの休憩を挟み、兵士と花騎士は別れてそれぞれの訓練に入る。花騎士は各自の武器に合わせた訓練に。兵士達はダンテ指導の下、射撃の訓練を始めていた。
「――なので、射撃を行なう際は銃床をしっかりと肩に付け、脇を締め、利き手と反対側の手で銃身を掴んで固定させるんだ。そこ! 前から二番で一番右の子! そんな構え方じゃ撃った瞬間に銃が跳ね上がって怪我をするぞ、もっと脇を締めて銃を掴むんだ! そう、それでいいんだ」
「団長さん、気合が入ってますねぇ」
「ええ、そうですね。 でも、兵士の皆さんに訓練をさせるのは良いと思うのですが、団長さんは兵士の皆さんも害虫との戦いの前線に出すつもりなのでしょうか」
兵士の射撃訓練を見ながら小休憩を挟んでいたセントポーリアとライラックは思い付いた疑問をぽろりと零す。
そこへいつの間にか現れたエキナセアは「そういうつもりでもないらしい」と言いつつ、ダンテへと視線を向ける。
「団長は何よりも戦っている私達が無事に生きて帰る事を望んでいると私は思っている。団長の着任日当日に、彼が私に読むように言ってきた戦術指南書の様な本にもそれを思わせる様な内容が記されていた。団長もそれを読み、それを参考にしているとするなら、あの射撃訓練も害虫を倒す事を目的としたものではなく、害虫を少しでも追い払い生き延びる為に必要だと考えての訓練だと分かる」
「なるほどぉ。ではではぁ、あの~背嚢を背負ったマラソンも? 」
「ああ、これも私の勝手な予想でしかないが持久力を付けさせ、害虫からの逃げ延びる際や乗り物を使っての移動が不可能な際に対応できるようにさせようとしているのかもしれない」
奇しくもダンテの目的を言い当てた様な予想を言うエキナセアにセントポーリアとライラックは合点のいった表情になり、「では、もっともっと頑張らないといけないですねぇ」やら「そうですね、団長さんのご期待に応えるためにも! もっと頑張りますよ! 」と気合を入れ直し、訓練に戻っていった。
そんな二人を見送りながら、エキナセアはじっとダンテを見つめる。その表情にダンテがまた無茶をしないだろうか、という心配を孕んだものであったのに気付いた者は一人も居なかった。
一時間だろうか、二時間だろうか。兵士の射撃訓練を指導していたダンテはキリの良いところで切り上げると、それぞれの持場へ戻るよう指示を出すと、エキナセア達の下へとやって来ると全員集合の号令を出す。
「えーと、今日はこの後に我が騎士団の副団長と、この四人で編成する部隊のリーダーを発表する。が、その前に初日と同じ急所を意識した攻撃訓練を一人ひとり個別にやって見せてもらう。いいな」
「「はい! 」」
「よし、いい返事だな。発表が気になるとは思うがー。――まずはセントポーリアから始めてくれ。その後にはアマリリス、ライラック、エキナセアの順だ。では始めてくれ」
ダンテに肩を叩かれたセントポーリアは「はぁい」と相変わらず気の抜けた返事をすると上体を低く構え地を蹴り、案山子へと一気に肉薄する。と、その勢いのままにシュパッ! とまずは片方の腕を切り落とすと、そのまま案山子の背後へ回り込み、振り返りざまにシュパッ! と残ったもう片方の腕も切り飛ばした。
「あのぉ、先日の団長さんから言われた事を参考に、私なりに訓練してみていたのですがぁ、いかがでしょうか~」
不安そうな表情を浮かべながらセントポーリアが戻って来る。ダンテは先日と比べて遥かに動きの良くなった事に満足しつつ笑顔を浮かべて親指と人差し指で丸を作ってセントポーリアに見せてやった。
それを見たセントポーリアは転じて安堵と喜びの表情になり嬉しそうに彼の後ろへと下がった。続いてアマリリスが緊張した面持ちで前に出る。傍から見て分かるほどに肩に力が入っており、とても実力が出せるとは思えない状態を見かねて、ダンテはアマリリスの肩に手を置きつつ、
「別に結果でどうこう言うつもりはないし、お前ならやれる。肩の力を抜け。ほれ、深呼吸しろ。深呼吸」
従うように深呼吸をした彼女は少し緊張がほぐれたのか表情がやや和らぐ。「いってこい」というダンテの言葉にハリのある声で返事をすると、踵を返して皆から離れると、自身の得物である魔銃を構え、素早く照準を合わせると躊躇いなく引き金を引いた。
放たれた魔弾は過たず案山子の首を吹き飛ばす。それに自信をつけたのだろうか、アマリリスは次々と案山子の腕や首を撃ち抜いていく。その腕前はダンテも目を見張るほどに上達しており、彼は思わず「おぉ」と声を零す程であった。
七、八発だろうか。一頻り魔銃を連射し終えたアマリリスは一先ず上手くいったことを確信したのかホッと胸を撫で下ろした様子でダンテの元へと戻った。それを迎え入れたダンテは腕を上げた事を評価したが、アマリリスはいつもの様に「貴族ですから」と胸を張ってみせる。
そんな彼女に苦笑いを浮かべながらも、
「貴族だからではなく、アマリリスだから出来たんだろう。俺はお前さんを只お前さんとして評価しているつもりだがね」
と言い残しつつ、ダンテは既に準備を始めているライラックへと視線を向ける。
言い残されたアマリリスは目をパチクリと瞬きつつ頬を赤く染めていた。
「それでは団長さん! よろしくお願いします! 」
「おう! 」とだけ応え、ライラックの動き一挙手一投足に注目を寄せるダンテは、彼女の手元から矢が放たれる度にその射た先を目で追うという事を繰り返していた。
その表情には先程の様な驚きの表情もなく、しかし不満の影もなく、只々その様子を眺めているといった表情であったが、ライラックが自分の番を終えて戻って来る。
「短い期間だが、皆、俺の予想以上の上達ぶりで嬉しく思う。さて、皆も気になっているであろう副団長とリーダーの発表だが」
そこで一旦区切ると、ダンテはニッと笑いながら、
「まぁ、それは休憩をしながらにしよう。全員食堂へ移動だ! 」
彼の号令と共に全員連れ立って食堂にやってきた一同はそれぞれに思い思いの飲み物やスイーツを用意し、一塊になって着席していた。
「よし、では副団長とリーダーを発表しよう。 とは言っても、どちらも同じ者に決めているからまとめて呼ぶぞ」
珈琲を一口含んだダンテは、そう言いながら全員の顔を見回す。
彼の発表が気になるのか、全員手を止めて視線を彼に向ける。
「副団長兼第一部隊のリーダーは……エキナセア、君にお願いする。皆も、異論はないな? 」
ダンテが全員を見回しながら確認をするが、特に不平不満が出る様子もないことに彼は一先ず密かに胸を撫で下ろす。
そこで、スッとライラックが何かを言いたげに手を挙げ、ダンテの顔を見つめるのが目に留まったので、無言で頷きながら促す。すると、彼女は怖ず怖ずと立ち上がり、尚もダンテに視線を向けて口を開いた。
「団長さんの決定に意見を挟む様で恐縮なのですが、エキナセアさんはみなさんが知る通り、既に団長さんの補佐としての活動もされているはずです。私はその仕事の内容まで詳しくは存じませんが、補佐の仕事に加えて副団長と第一部隊のリーダーの兼任というのは、エキナセアさんに負担が掛かり過ぎるのではないでしょうか」
ハッキリとした口調で意見を述べたライラックは起立したまま、ダンテの返答を待つ。また、彼女の意見を相打ちを打ちつつ聞いていた彼も、「ふむ……」と呟き思案顔になると、一拍を置き改めてライラックに視線を向けた。
「ライラックの意見は分かった。しかし、団長補佐としての仕事と副団長としての仕事は類似する点も多いのではないか? と俺は考えているし、団長補佐と副団長の仕事を別の者がやったとして、それは果たして効率は良いだろうか。と考えても欲しい。こういう言い方は語弊があるかも知れないが、どうせ誰かがやらなければいけない仕事や役目であるなら、類似した業務を受け持つ者が兼任してしまった方が、結果全体にとっての効率は良くなると思う。……まぁ、確かにそれに加えての第一部隊のリーダーも。というのは任せ過ぎと感じるかも知れないが、こちらに関しては暫定的な決定だと思ってくれ。現状最も実力があるのは、どう言い繕ってもエキナセアだからな。決定的に人員不足である現状では、どうしてもエキナセアに頼り切るしかないんだ。それは、分かってもらえるか? 」
「と、いうことは、今後他の誰かが第一部隊のリーダーに任命される事もあり得るんですね? 」
「その認識で問題ない。今後、今以上に人員が充実してきて、リーダーを任せられそうなメンバーが揃ってきたら、随時変更していく考えでいる」
ダンテの返答に満足したのかライラックは「ありがとうございます」とお礼を言いつつ着席した。それを確認すると、改めて他に意見はないかと一同を見回すが特にない事を認め、エキナセアに挨拶するよう促し、ダンテは着席する。
「副団長兼第一部隊リーダーに任命されたエキナセアだ。自身に課せられた責任と役目の重さに身が引き締まる想いでいる。貴族の誇りに懸けて、精一杯務めていく所存だ」
挨拶と共に頭を下げるエキナセアに一同は拍手を送った。
その日は訓練を切り上げ、そのまま解散の旨を伝えると、ダンテは一人執務室へと戻る。そして、机に向かうと報告書を引き出しから引っ張り出し、スラスラと筆を走らせ、こう記した。
――鍛錬の仕上がりも好調につき、初任務を待つ。