この小説の基本コンセプトは
「集落で一生を終える人達、どんなに長くても25年以上は決して生きる事が出来ない人達」
彼は知っている。この世界に降り立った愛を知る人類悪は知っている。この異聞帯の人間は皆、誰一人としてその現実を憂いていないと、自分を不幸だとは思っていないと。
「俺はそれが可哀想だなんて思わない」
集落で出会った大人達は自らの結末を受け入れていた。子供達は笑っていた。皆、決して裕福ではないが生活に幸せを感じていた。だから、短い寿命に加え親という概念も知らず汎人類史から見れば憐憫を抱かずにはいられないこの世界に対してデアーが顔を歪める事は無い。
「もし俺達の星に異世界人がやってきて、『あぁ! 寿命が100年しかなく、こんな地球という狭い星で一生を終えるなんて君達はなんて可哀想なんだ!』とかいきなり言われたらなんだコイツはと思うだろうしね」
デアーはこの異聞帯に対して憎しみを抱かない。フローレンス・ナイチンゲールはブチ切れ案件だったし、邪ンヌも表には出さないだけで心の内で憤怒の炎を昂らせているだろうが。
けれど彼はどうしても、詰んでいるこの世界を見て怒りは湧き上がらせる事が出来なかった。
愛を感じていたから、このどうしようもない世界を何とか存続させようとする気が遠くなる程の誰かの足搔きという名の愛を感じていたから。
「惜しむらくはここの人達がその愛を知らないことか。あぁ、そうだ。せめてもう少しぐらいの選択肢はあってもいいだろう。俺達みたいに普通の家族として、大扉を超える以外の天寿を全うするという未来を知るぐらいは。そこからどうするかは彼女達次第なんだから」
──ぶぅぉおお~~!! ぶぅぉおお~~!
SSRの排出率と同じくらいの確率で珍しくシリアス顔を披露していると愛しの後輩のホラ貝着信音が彼のポケットを揺らした。
かつて霊界通信も試みた『道具作成EX』を持つエジソンがいつでもどこでも愛した女達を呼び出せるデアーの第四宝具から着想を得たその名も『愛phone』。繋がり合った彼と彼女達に限り、世界が異なろうとも連絡し合える代物。こうして異聞帯攻略に忙しい彼にとっては重宝している連絡手段だったりするのだ。
──なるほど、パケ・ホーダイならぬハメ・ホーダイってやつですね。
──私の発明品にそんな不名誉なサービス名つけないでくれるかね!?
「もしもし」
『お疲れ様です! 先輩! 今、お時間よろしいでしょうか?』
「ん、いいよ。大事な話でしょ?」
電話越しにもよくわかる思わず頬が緩んでしまう可愛らしい声。初めて会った頃にはこんなに快活ではなく機械的な印象を受けたマシュ・キリエライトだったが。
『はい。バニースーツの色と先輩につけてもらう首輪の色について助言を頂きたく……』
今では好きな男の為にオシャレを気にして、一喜一憂するような人間らしい普通の女の子になっていた。
彼は思い返す。かつての彼女もある意味この異聞帯の人間達と変わらない立場であったと。一つのレールだけが自分の人生の役割だと信じて疑わない、吹雪で囲まれたカルデアという狭い世界で短い生涯を遂げる。そしてそれを悲しむ事も憎む事も無い。穢れを知らない無垢なる少女、それがマシュ・キリエライトだ。
そんな彼女に選択肢を、未来を、色彩を、愛を与え、踏み外させてしまったのは自分だ。ここまで来た道筋に後悔は無く、彼女も含め、自分が得た親愛を離す事は無い。それは燃え盛る瓦礫の下敷きになっていた彼女の手を取り、やがて慰め合うように互いの体を貪り合った時から決めていた事。
だから、この異聞帯でもやることは変わらない。
『信頼たる文献によれば男の人が性的な興奮を最も得やすいのは赤との事なので、それもいいのですが……次点の紫も悪くないんですよね。私のイメージカラーにも合いますし。あっそう考えると自分は今まで常に紫色で男の人の興奮を煽っていたビッチという事になってしまうのでは!? 違います、違うんです先輩! あくまで不特定多数ではなくそれは全て先輩に向けていて、先輩が特異点とかで辛抱堪らんとかなってビースト化してしまう事はおーけーというかむしろバッチこいなので! あ、ビーストと言えば、やっぱり兎耳は王道の白色ですよね。思い込みの力は偉大です。自分は先輩に発情している雌兎だと常日頃から信じ込ませていれば、もう先輩の前に立っただけで排卵すると思うんでしゅよ!』
「マシュ」
『どうしました? 先輩』
「今、幸せ?」
『…………はい、とても』
「楽しい?」
『毎日が。未来を想像して、生きるのがとても楽しいです。将来的にはサッカーチームが出来るぐらい先輩の子を産みたいです』
「それは大変だ」
『先輩は今、北欧異聞帯ですよね。今すぐにでもそちらへ向かいますか?』
「いや、そっちの大切な用事を終わらせた後でいいよ。こっちのは大したことないから。バニースーツはそうだね、耳は白がいいかな。他の色は本番の楽しみって事でマシュに任せるよ」
『了解です! 先輩のうさぎ
後輩との心暖まるほのぼのトークを切り上げて、静かに『愛phone』をポケットにしまうデアー。
白い巨大病院こと『
空中には異聞帯を守護するワルキューレ達。地上にはクリプターであろう眼帯少女、そしてサーヴァントでもある騎士と部外者である弓兵が並んでいる。
一対三十四。人数的に圧倒的に不利でありながら、彼の顔には微塵も恐怖も焦燥も浮かんでいなかった。いつもの如く不敵な笑みを零して、背後にある新たな命を育もうとしている場所を守護する為に立ちはだかっている。
「千客万来だ。患者なら婦長さんが歓迎しよう。お客さんなら俺が歓迎しよう。敵なら速やかにお帰り願おうか」
先方へと聞こえるように発した言葉。それに一番早く反応したのはデアーの頭上やや前方にて、ワルキューレ達を率いて彼を見下ろす羽根のような耳を生やしたピンク髪の女性。製造されてきた戦乙女の中でも神に近い霊基をもった半神たるワルキューレ、ヒルドだった。
「白々しいね。もうこっちは把握してるよ全部。君達が『旅立ちの儀』の邪魔をしてる事も、異聞帯を消滅させようとしている汎人類史からの刺客だって事もね」
「やっぱり基本、神代の女性はパンツを穿かないのか……」
デアーは見上げて、しみじみ呟いた。
「…………………………………………………………でも寛大な我らが神はその異物と使い魔を消すなら見逃すと。これ以上『旅立ちの儀』を邪魔立てしないのならあたし達も引き上げるよ」
ヒルド達は下半身を覗かれない位置まで高度を下げた。あくまで戦いの準備であって、アソコを覗かれる事に羞恥心を覚えたワケではない。だって大神に造られた戦乙女ですから。人間らしい感情なんて全くもって御座いません。
「どうだろ。そっちの仮面の剣士さんはさっきから洒落にならないぐらいの殺気をぶつけてくれてるから穏便にってのは不可能なんじゃないかな?」
「当たり前だ。そのガラクタ共の戯言は聞き流せ。今、オフェリアの心は貴様一色に染められている。それが恐怖であれ、俺にとってはその事実こそが貴様を抹殺する千金の理由になる」
魔剣を構え、視線だけで殺意を表現する灼熱の眼光でこちらを突き刺すオフェリアのサーヴァント、シグルド。肝心のマスターは隣で肩を抱え、小さく震えていた。決心はした。覚悟も完了した。だがそれでもトラウマを刻んだ張本人を目の前にすると挫けそうになってしまう。俯いてはいても逃げずに立っているだけ成長はしているが。
「オーララ! 俺は惚れた女が苦しんでいるっていうから立場関係無く力になりに来ただけだぜ!」
クリプター側の中で最も敵意が薄い巨大な砲台を携えた偉丈夫の弓兵。本来なら汎人類史側として異聞帯と敵対する筈の英霊、ナポレオンが緊張した空気を切り裂くように高らかに宣言していた。
「いいね、そういう理由は大好きだ。けれどまぁ、この病院も使い魔も消すなんてのは無茶な相談だ」
「そう。なら敵対行動と認定。速やかに戦闘態勢へと移行」
ヒルドの宣言に呼応して、周囲に展開している三十騎の量産型ワルキューレ達も光槍の輝きを強くし、構える。
だが、空中で即座に攻撃へと移れるワルキューレ達をまるで眼中にないように……一切の敵意を見せないで真下を素通りしようとするデアーはヒルド達の後方にいるオフェリア達、地上組への方へと歩を進め始めた。
「ちょっと、どこに──」
「
その言葉と同時にヒルドが気付いたのは小さな
周りにいる量産型のワルキューレ達が一騎、また一騎と体を震わせていた。魂が無い戦乙女達が頬を紅潮させ、困惑かつ何かに耐えるように、けれどその何かに溺れたいような複雑怪奇極まるその表情をヒルドは初めて見た。
「報告。下腹部に急激な熱源反応、こ、れは……電撃? ひぁあっ♡」
「敵生体からの攻撃、魔術……? 一体、いつから、理解不能ォォっ♡」
「局部からっの……水分放出防止がっ……不可能、あっ、ンンぁっ♡」
「この刺激は未知のぉっ♡……統率個体ヒルドっ……対処命令をっ、ふぅぁあっ♡」
気付けば、ヒルド以外の量産型三十騎のワルキューレ全てに不可解な反応が起きていた。太腿を擦り合わせ、悶え、瞳を潤ませ、彼女達の口から聞いた事も無いような甘い声を響かせて、下半身に液を滴らせる姉妹達。
「いったい、何が──んぅっ!?」
ヒルド以外ではない。彼女にも漏れなくその魔の手は迫り終わっていた。
(ちょ、ちょっと待って。なによっこれ……? こんなの知らないっ!)
痛みを伴う攻撃ではない。ヒルドだけは気付いた。自身の秘部に入り込んだ異物。激しいのに優しくて甘くて深く熱いナニか。秘部から脊髄を走る悦楽。今までの価値観全てを破壊する淫熱。周りのワルキューレ達と同様に悩まし気に口を開いて、感情を覚えた声を響かせた。
(いや……知識としては知っている……! これは……これはっ性的快楽っ!)
体の造り自体は大神によってヒトのメスと同様に造られてはいた。いつの日かヴァルハラで戦士達の慰安として奉仕する為なのかヒルドの頭にはそういった行為は知識としてインプットされていた。
しかし今日まで性的接触等とは無縁だったヒルドですら確信してしまう程に、そして恥ずかしいぐらいに自身の体に襲いかかった快楽は卑猥で気持ち良かった。
「あっ、ひぃっ……あぁっ。なんでこれっ、とまんなぁぁっ、あっ、やめっ、とまってぇ……だめぇぇぁっ♡ひあああああぁぁっ──♡」
『白式官能 三十一の掌』
それは神速の手淫だった。彗星の如き煌めきをもってワルキューレ達の淫穴へと吸い込まれたホワイトフィンガー達の愛撫はあまりに完成された快楽と速さであるが故に彼女達の神経速度すら上回っていた。
花火が打ちあがってから遅れて音が聞こえるのと同じように、彼の手淫が完了してから彼女達の肉体反応は起きた。
「君達の敗因はたった一つ。パンツを穿いてこなかったことだ」
──あああああああああァァァァァァァァァァッッ♡
戦乙女三十一重奏第1919番。幾重にも重なる淫らな嬌声BGMと共に女体から吹き出した潮のシャワーを避ける事なくデアーはその身に浴びていた。
撃ち落とされた鳥の如く、失神した白鳥達は一羽も残さず、彼の周囲へと堕ちていく。顔を濡らした彼女達の愛液を整髪料代わりとして前髪を掻き上げるデアーの周囲に墜落した人の感情を覚えてしまったワルキューレ達がヒルドも含めて、一瞬でケリがついてしまった淫惨たる戦闘の余韻を表現するかのように痙攣していた。
「うそ──神代に語り継がれたワルキューレ達が、そんな一瞬で……」
「ふん、奇妙な宝具を使うなヒトの皮を被った怪物が。魅了の類か? くだらん」
顔を上げ、ようやく現実を認識したオフェリアが戦力と期待していたワルキューレ達が何もさせてもらえず地に伏している姿を見て、驚愕に震えていた。隣のセイバーには劣るとも北欧異聞帯の主戦力とも言える彼女達がまるで赤子のように相手になっていない。
折れそうな心を踏み留まらせて、彼女は前を見据えた。シグルドの言葉を信ずるなら、恐らく異性を誑かす魅了の魔術を行使したのだろうが、自分には何の異変も無い。
「ふぅ、はぁ……そう。さっきあなたがワルキューレ達を見上げた時に既に仕掛け終わっていたのね。でも私に現状、何も変化が無いのは何かしら条件があるのかしら? それとも魔眼持ちには効果が無い……?」
(……多分そういうのじゃないだろうこれ。ワルキューレ達の反応見るに完全にアレにしか見えないぞ。些か少女の眼には毒過ぎるんじゃねぇかな。いやぁ、オフェリアがあんだけ怯えているからどれだけヤバいかと思ったらこういうベクトルでのヤバさかぁ……)
見当違いの推測を真顔で披露するオフェリアにどうしたもんかと頭を悩ませるナポレオン。ただまぁ、彼もあくまでワルキューレ達の嬌声と反応から察しているだけなので具体的にナニが起こったのかは分かっていない。
眼にも見えない速度で三十一騎のワルキューレ達を同時に手マンしたとか神々の智慧でも分かる筈が無いだろ馬鹿。
そしてデアーがオフェリアを白式官能の餌食にしないのは、魔術発動の条件や彼女が魔眼持ちであるからなんて理由はなく、彼女がマシュの顔見知りであるのと前回、ギリシャ異聞帯で怖がらせてしまった反省という名の手心でもある。その手心も相対する者達からすれば小粒程度のちっぽけなものだが……。
「オフェリアさんでしょ。マシュの友達にこれ以上酷いことはしたくないからさ、穏便にお帰り願いたいんだけど」
互いの距離は十数メートル。戦に長けた英霊ならば一息で詰めれる長さ。デアーの言葉はオフェリアに確かに届いていた。
マシュ──その言葉が萎えかけていたオフェリアの闘志に再び火を灯してくれた。自分がここに立っている一番の理由。だから、彼女は問わずにはいられなかった。自分の中で無垢なまま止まっているあの少女が今どうしているのかを。
「…………マシュは? ここにはいないの、今、どうしているの?」
無事でいるのか。いや無事な筈は無い。コヤンスカヤから見せられた七難八苦に苛まれているマシュの映像を見て、吞気にも無事だと信じられる筈が無い。だが──それでも映像も含め、全てコヤンスカヤの嘘だったと。自分が知っているあの頃のマシュ・キリエライトのままだと。それが現実だったらどんなに良かった事か。
「今はいないよ。俺の子供を産むって首輪を必死に選んでいるじゃないかな(あとバニースーツも)」
「──────」
お前絶対ワザとやってんだろというその致命的な返答がオフェリアの箍を外し、戦いの火蓋を切った。
(子供を産む……? くび、わ──?)
呼吸が止まってしまったオフェリアにとどめとばかりにフラッシュバックが起きる。
──無事なワケないじゃないでしょう。あんな純粋培養で育った女の子なんて速攻、襲われるに決まってるじゃないですか。
──目元には拘束具のような器具が装着され……もしかすれば無理矢理前線に立たされていたのかもしれません。
「あの子に──」
いくつもの拘束具に身を縛られ、光を失った瞳で囚われているマシュの姿が脳裏に浮かんだ。踏み出せなかった自分が今更友達面をするつもりは無い。クリプターとして人類に害する側に立つ覚悟を決めた自分が救おうだなんて恥知らずにも程がある。
けれど、怒りだけは──せめて今この瞬間だけはクリプターとしての立場も忘れ、怒りに身を任せ、目の前の男を殺す事だけに心身を委ねる事を許して欲しい。
「マシュに何をしたぁぁあッッ──!!」
令呪一画使用。霊基強制再臨・最終限定解除。オフェリアの叫びと同時にサーヴァントの再臨が一段飛ばしで行われ、シグルドの仮面が完全に外れる。
マントをたなびかせ、全身に魔力を漲らせている剣士は魔剣を構える。
「おいっ、オフェリアっ!」
「ククク、ようやくか」
「今すぐソイツを殺しなさい! セイバァァァ!!」
落ち着かせようとする弓兵の言葉は耳に入らない。
主の許可を得た狂狗は雪原を抉り、弾丸の如く飛び出す。数多ある魔剣の中でもその頂きに君臨する『魔剣グラム』を躊躇なく振るう。
並のサーヴァントでは反応すら出来ない、煩わしい仮面を取り払ったシグルドはデアーの肉体を一片たりとも残さぬ本気の一撃を繰り出す。ここで決着。不用意にも魔剣の間合いに入った悪魔はここで葬られると誰もが思うだろう。
「『白式官能 弐の掌 纏の型』」
だが実に厄介な事に零の獣を名乗るこの男。どこぞの快楽天と同様に性技だけではなく、普通に戦っても馬鹿強いので始末に負えない。
二本の白い魔手を自身の両腕にそれぞれ纏わせ、篭手の如く一体化させる。赤い令呪のような紋様が毛細血管状に篭手の上に伸びている。
「なにっ……!」
穢れなき始まりの魔力ともいえるそれで構成された禍々しい篭手を纏った片手一つで必滅として繰り出した魔剣グラムは掴まれていた。周囲に倒れているワルキューレ達を巻き込まないように攻撃に行使していない他の白い触手で彼女達を病院入り口まで運んでいるという気遣いも見せながら。彼の『白式官能』に捕まるごとに痙攣して喘いでいる現実には眼を瞑ろう。
「場所を変えよう。あまりここを騒がせたくない」
「キサマッ──!」
余ったもう一方の腕でシグルド首を掴み、思いっ切り遠方へと投げる。病院から離れ、集落が無い山嶺の方向へ。遠投後、空の旅を楽しんでいるシグルドを追うべく、即座に常人離れした脚力でデアーも跳躍した。
オフェリアはナポレオンに全力で後を追い、シグルドの援護を命令。強化の魔術で自身もそれに続いた。
「図に乗るなっ!!」
必殺の一撃を防がれた怒りか、玩具のように投げられた屈辱か。空を舞っているシグルドはされるがままではなかった。ご丁寧に後を追っているデアーに反撃を与えるべく。原初のルーンを使用。
詠唱も術式も必要としない、神代の魔術基盤。放たれたのは集落一つは軽く滅ぼし得る巨大な火球。跳んでいる彼を燃やし尽くさんと幾重にも迫った。
「『白式官能 玖の掌 球の型』」
逃れる隙間すら存在しない重なった火球同士が莫大な轟音と火柱を造り出した。骨すらも残さない神代の熱。しかし、灼熱の檻から出てきたのは燃え滓ではなく、白い球体。白式官能の触手が球体状に何度も周回し、360度全てを覆った防護壁は彼を保護するボールとなっていた。中で守られているデアーは当然の如く健在。
「『白式官能 拾の掌 槍の型』」
ボール状のシールドは解け、今度はこちらの番だと魔手を一つ加え、防御に徹していた白き触手達は一つに絡み、捻じれ、伸縮自在な巨大な槍と化した。宙にいるシグルドのどてっ腹目掛けて、うなりを上げるように豪槍は伸び、地面へと叩き付ける。
山と氷の針葉樹に囲まれた人里離れた地へとデアーも降り立つ。
剣の腹で受けきったシグルドはすぐさま立ち上がり、雪煙を吹き飛ばして、対象への殺意しか存在しないマグマの如き怒りに満ちた魔力を放出させ、デアーとの距離を縮めた。
蒼炎が燃え広がる山を背に二人は再び激突する。
「対セイバークラスなら、アーチャーかな。『模倣英霊──
一度、距離を取ったデアーの風貌が変化する。全身を炎が包み現れたのは紅の武者鎧に黒き角が生えた白髪の鬼武者となった彼の姿。
敵の姿が変わろうとも意に介さず、シグルドは息も止まらぬペースで魔剣の連撃を叩き込む。この間合いでアーチャークラスなどになった愚かさを知らしめるように。
「ハァァァッ!」
豪炎と共にデアーの手に握られているのは薙刀。極東の鬼の炎に北欧の神代の炎。二つの炎を纏った武具が周囲一帯の樹々と大地を燃やし溶かし、ぶつかり合う。
拮抗────はしていない。所詮は借り物で、しかも何の神秘も持たない武具。4合目でデアーの握った薙刀はあっけなく砕け散った。
「莫迦がッ!!」
その隙を見逃さず、魔剣グラムが上段から頭をかち割るように振り下ろされる。
だがここからがアーチャーの本領発揮。武芸百般・一騎当千の巴御前の力は武具が消えた程度で霞んだりはしない。剣が振り下ろされるよりも先に無謀な胴めがけて、短くだが深い右ジャブが二発入った。
「小パン、小パン、左肘ッ!」
格ゲーにハマりにハマって「これは戦にも活かせるのでは?」と思いついてしまった巴さん。小学生のようなごっこ遊びなら微笑ましかったが、残念ながら彼女は源平時代を戦い抜いた鬼武将。その無駄な才能を生かして数多のコンボを現実に再現してしまった。
いつもの如く悪ノリしたマスターにも伝授しており、右ジャブという名の小パンを叩き込んだ後は、脳を震わすように左肘を顎めがけて、振るう。
攻撃の態勢を崩されたシグルドだったがそれでもさすがと言うべきか、無理矢理斬撃を繰り出した。しかし、そこも織り込み済み。破れかぶれの反撃など恐れるに足らず。腰を据えて差し出した左手は完璧に敵との呼吸に合わせて、青く光るエフェクトと共に斬撃を無効化した。時が止まったかのように強制停止してしまったシグルドは何が起きたのか理解不能だった。
だがこれは万象の常識、ブロッキングに成功したら攻撃側は
「ブロッキングッ! か~ら~の~、昇・竜・拳!!」
「グガァァッ!?」
跳躍と共に振り上げられた愛しさと切なさと心強さを籠めた炎の右拳が昇天へと誘う。打ち上げられたシグルドの肉体、だが人類悪デアーのターンは終わっていない。「巴は首をねじ切る事しかできない悲しいモンスターなのでちか」と紅閻魔先生からお褒めの言葉を頂いている巴さんの教えを受けている以上、生半可なコンボで終わらせてはいけない。
「敵の
腕と脇でシグルドの首を絞めながら着地。そのままもう片方の腕でねじ切るように負荷を掛けて、敵の首をぶち獲りに行く。
近接武器で迎撃し、油断した所に拳を繰り出し、肉弾戦へとなだれ込む。これこそがアーチャークラスのスタンダードな戦い方と言えるだろう。
朦朧とした意識の中でまだ魔剣を握り続けているシグルド。彼の剣が振るわれるのが先か、彼の首がボロンと取れるのが先か。
いや、ここに来てようやく援軍が到着。北欧の地には不似合な砲撃音が響いた。
「どらぁぁっ!!」
鉄の雷火を防ぐ為、瞬時にデアーは音の方へシグルドの体を投げた。砲弾と肉体がぶつかり合う衝撃。牽制代わりだったのか、黒煙に汚れたシグルドは砲撃ではダメージを負ってなかった。むしろ今のが良い気付けになったのかもしれない。
「余計な真似をするなァァ! 弓兵!」
「あぁっ!? イケ好かねぇ事は知ってるけどよぉ、礼ぐらいは言えないもんなのかね! 今のは完全にヤバい状況だったろうが!」
「チィッ!!」
大きく舌打ちをして、さらにデアーと距離を取った。窮地を救われたシグルドにはナポレオンに対して感謝の気持ちなど欠片も存在しない。心底、余計な真似をと憤っている。まるで
「しかし、強さだけは古き英雄に相応しいお前さんが随分と痛い目に合わされたみてぇだな。奴さんもさっきと姿が変わってるし。実は聖獣とかその類だったりしねぇかあれ?」
少し遅れて戦場へと到着したオフェリアには驚愕と諦観の感情が入り混じっていた。
あのビーストの数多の可能性を見た自分だけはこの中で一番アレの恐ろしさを理解している。マスターだからこそサーヴァントの状態は把握出来る。戦場跡、北欧の山を燃やしているのとは別種といえる炎の中で悪魔のように哂う(オフェリアにはそう見える)デアーにはシグルドと比べて、ダメージらしいものがまるで見当たらない。
(ここまで、ここまで差があるのっ……?)
残るは自分にとってはデアーには劣るが恐怖の対象を内に秘めているセイバー:シグルド。初対面で自身にプロポーズを行う頭のおかしいアーチャー:ナポレオン。
「二人とも……宝具を使いなさいっ」
「いやぁ、
「言われないでもわかっているわ! そんな事! だからっ……今、何とかしようと頭を使っているのでしょう! あなたもフランスに名高き皇帝というなら、無い物ねだりではなく、建設的な意見を言ってちょうだい!!」
ヒステリックな叫びと共に頭を抱えたくなるオフェリア。
やはり駄目なのか? 永遠に日曜日に怯える自分では……今まで水曜日に引きこもっていた自分では何も成し遂げる事は出来ないのか。
マシュを救う事も、クリプターとして役目を果たす事も、何もかも──。
『おやおや何を諦めてらっしゃるのですかオフェリアさん。もう少し踊って下さらないと面白味がなくてよ?』
軽薄で冷酷な悪女の声が突如として響いた。姿は見えない。魔術かあるいは音響機器を駆使して届かせているのか。
『女性である以上、デアーさんと戦うのに下手に姿を晒せませんからね──。お友達サービスです。ちょーっとパワーバランスもよろしくないですから。料金は取りませんよ♡それでは本日ご紹介するのは私の可愛い商品はコチラ~~』
悪女──コヤンスカヤの号令と共に十の巨体が津波の如く白銀の大地を破壊して、現れた。仮面でその本能を縛られている霜の巨人・山の巨人達。異聞帯の怪物コレクションが趣味であるコヤンスカヤの手によってペットとなった巨人達は耳をつんざく雄叫びをあげている。
確かに白式官能は距離関係なく、デアーの視界に入った彼のストライクゾーンである女体を問答無用で辱めるセクハラ術。対デアー戦として姿を見せないというのは対処法としては正しい。
彼女の特有のスキルなのか原理は不明だが、コヤンスカヤ自身の髪の毛をデアー達の元まで吹き届け、その毛を媒体に召喚を行ったのだろう。
(心底……気に食わない女だけど、今だけは感謝してあげるわっ!)
「『模倣英霊──』」
これで宝具発動までの時間稼ぎぐらいは出来るであろう。しかし、オフェリアはまだ油断はしない。十中八九巨人達は簡単に屠られる。ならば更なる猶予を作り出す為に自分がすべき事を──。
(ただ、後ろで魔力タンクの代わりをしているのがマスターではないわっ!)
眼帯を外し、ルビー色の右眼を露わにする。魔眼は既に照準を合わせている。
魔力を回し、魔術回路を励起させる。全身全霊、失敗は許されないとオフェリアは魔眼に全てを込める。
オフェリア・ファムルソローネの魔眼は宝石クラスの『遷延の魔眼』。あらゆる可能性、起こり得るifをその眼に映す。一種の未来視。
そして『遷延の魔眼』は副次効果として、対象の可能性をピン留めするという効果がある。サーヴァントとすら射抜くその魔眼は対象が発動しようとしている攻撃、魔術、宝具を停止させ、そこに至るまで先延ばしする事が出来る。
七つの宝具に『模倣英霊』という数多の選択肢を持つ、ビースト0/デアーにと対しては間違いなく効果はある。
だがしかし──。
査問会が訪れた日、カルデアにてコヤンスカヤと
数多の英霊の力を借り、師事を仰いでいるこの男。
魔眼の対抗策も諸葛孔明ことロードエルメロイ二世から実はレクチャーを受けていた。
その一:全ての魔眼に対処可能というワケではないが、特殊な加工を施したレンズを眼鏡としてかける。いわゆる魔眼殺しという手段。
その二:現実的ではないが、敵の視界に映らない。
そしてその三──魔眼という視る力を逆手に取り、視られる力を行使する事。つまり、強く視られている状況を利用する事。
こちらを一心不乱に視ている魔眼に対して、意図しない不快な情報、醜いもの、あるいは
つまり──。
「事象・
「
「ぶは──────っっ!!!!??」
全裸になればよいのだ。
おぉ、仰ぎ見るがいい『模倣英霊』を解除したありのままの彼の姿を。ミケランジェロが泣きながら、筆を取るであろう不純物無き裸体を。
隠す事なく、恥じる事なく、北欧の地を踏みしめ、腕を拡げ、堂々と全てを曝け出す様を。
鍛え上げられたその肉体、だが決して主張は激しくなくコンパクトなサイズに雄の筋肉が凝縮されている裸体。ずっ友である「黄金律(体):A」をもつメイヴが「体の相性は私とマジ抜群」と豪語する数多の女を抱いて来たその体はあまりの美しさに時が止まったようであった。
「あ、あわ、あわわわわわわわわわわわわ」
大胸筋、腹直筋、降りていけば、男の股には雄にあって当たり前のものが輝いている。オフェリアの魔眼はその巨塔を寸分違わず捉えていた……捉えてしまった。
魔眼は何を見たか理解している。だが彼女の脳がその現実を拒否していた。シリアスは焼却されましたと彼女の顔は数秒前の覚悟完了から人生で一番の紅潮顔へと変化し、エラーを起こしていた。
「じ、じ……じじじじじ、事象・照準固定っ!」
「いい! いいっ! 照準しなくていいから! あんなもん固定しなくていいからっ! おいてめぇこら! ウチの娘になんてものを見せてんだぁっ!!」
ナポレオンの怒号が響くも、オフェリアの瞳にはそれはもうしっかりと脈打つグングニルが刻み込まれてしまった。
「キサマァァァァァァッ!! オフェリアの眼にナニを映しているぅっっ!!」
シグルド君が激昂するも、オフェリアのメモリーにはそれはもうくっきりと汎人類史最後の裸体が焼き付いてしまった。お許しください
「なんてもの? 俺の体に恥ずかしい所なんて何一つ無いッ!」
ワールドワイドッッ!! 後ろにフハハハハハハと高笑いしている人類最古の裸王の姿が見える見える。
(ふっ、ふふふ、な、な、にゃにを男の裸程度で狼狽えているのかしら私は。別に男性のあ、アレなんて見るのも初めてじゃないし、小さい頃には父のも見た事だってあるし、時計塔でそれを模した礼装の類だって目にした事もあるじゃない落ち着いて……もう一度魔眼で対象を視て──)
「私は、それが──」
パオーン。
「輝いてる様を見てるぅぅぅ!!?」
あまりの展開にコヤンスカヤも( ゚д゚)と巨人達への指示も忘れて固まり。
魔力で構成した雪を介して、一連の流れを覗いていた女神様もお色気シーンでチャンネルを変えるお茶の間のお母さんの如く、一度を視覚を切った。
真っ裸は世界を平和にする。
タイトル回収。