まだ書籍に登場しておらず、個別記事も書かれておらず、アニメでの登場も絶望的なエキドナを気に入った私にも問題がありますが。
スバルを利用しようと一生懸命な腹黒可愛いんです、エキドナ。
エキドナは自らの世界に何者かが訪れた時、その者の精神に干渉することができる。
死に物狂いで知識を求める愚者こそが『強欲の魔女』の茶会に相応しい以上、選定選別は厳しくしなければならない。
上っ面の疑念など面白くもなんともないのだ。
命を懸けて『強欲の魔女』に疑念・疑問を投げかけるような者でなければ。
就寝前の邂逅。
強欲の魔女エキドナと、その契約者ナツキ・スバルは話し込んでいた。
何百、何千訪れようと茶会の場所は変わらない。
温かい太陽が輝き、どこまでも広がる青空に、どこまでも続く草原。
そこにある小高い丘を上った先、花園のすぐ近く。
魔女エキドナが死の間際に夢見た光景で二人は茶会を開く。
「だから――ここに来る者は気が触れているか、触れかけている場合がある。そのままだと対話をしようにも難しいから、精神を少しばかり落ち着かせてあげるんだよ。こう、撫でるようにね。言うまでもない事だろうけど……この行為に悪意はないよ? むしろ善意だけさ」
「俺がお前と遭って一番初めに、マジでやばくなったのは大兎に喰い殺された時だったっけな」
「そうだったね」
両手を頭の後ろで組み、座椅子を揺らしながらスバルはムスっとした。
「……あんときお前、この質問には結局答えなかったよな」
「悪気がなかったのは確かさ。重要かつ早急に解決しないといけない問題があったみたいだからね。余計な話題を挟んで君を混乱させたくなかったんだ。まだ出会って二度目で、お互いの間に今のような信頼関係は築けていなかったし。その状態で洗脳まがいの事ができるなんて言ったら……恐ろしくて堪らなくなるよ」
「間違いなく逃げようとするぞ」
「あの時のボクは君の権能を既に知っていたから、聞き出すまでは帰さないだろうけどね」
ここを誰の城だと思っているんだい?
招く権利を持つのはワタシ、帰す権利を持つのもワタシだ。
エキドナは狡猾に笑い、今までで最も好ましい少年を上から下までじっくり見る。視姦にも等しい目付きである。単純な敵意よりも遥かに厄介な好意だ。
「君にボクの知恵を惜しまず与えよう。でも、対価も頂かないとね。等価交換だ」
「蛇だな」
「どこから生まれた感想かな」
「俺が元々いた世界の神話とか聖書だよ。ギリシャ神話と……旧約聖書」
「それは現実にあった出来事をまとめた物なのかい」
「いいや、フィクション。……いやどうなんだ? もしかしたら別世界であったかもな」
「想像の幅を広げるのは自由だしボクも好きだけど、今はこっちに集中してくれたらと意見具申をさせてもらうよ」
自分が知らない世界で生み出されたコトの話が興味深いらしい。スバルが喩えに出したのもあるだろう。エキドナの瞳は子供みたくキラキラ輝いていた。
なんとなく得意な気分になってくるのは、純粋に教える立場に立てたからだろうか。
「ギリシャ神話の方にはお前と同じ名前で女の怪物が出てきてな、半人半蛇なんだよ」
「ボクと同じ名前……そして半人半蛇……ふむふむ」
「上半身が女、下半身が蛇な」
「むむ……裸なのかな」
慎ましい胸を隠すエキドナ。
「人外に欲情するほど変態じゃねえから安心しろ。あとお前とは似ても似つかない」
「……ボクのほうが可愛い? 綺麗?」
「小首傾げちゃってまぁ、あざといなおい! ハイハイお前さんの方が可愛くて綺麗ですよ!」
「乱暴な言い方をする。笑顔と言葉を取り繕うのは得意になってきたと思っていたけど……思い違いみたいだ。でも、別方面からの考えようによっては、羞恥心を隠すためとも取れるかな? もしそうだとしたら謝らせてもらうよ。君の心の感情を汲み取って上げられなかったなんて無念でならない……ボクもまだまだ『愛』という不可思議なモノを理解しきれていないね。けど、仕方のないことなんだ。生まれて死んでこのかた四百年と少し。『恋』や『愛』なんて不確定要素を抱いた異性はナツキ・スバルぐらいなんだよ?」
この魔女、一人で納得して都合のいいほうに自己解決しやがった。
表情はサイコロみたいにコロコロ変わり、最後は恥じらう乙女のそれだ。
本物なのか? 演技なのか?
〝君に女性として好かれる為に、ワタシなりに精一杯の努力をしているつもりだよ〟
どちらにしても――――スバルには碌なものにならないだろう。
「いちいち口挟まれてたら萎えるんだけど」
「おっと失礼、契約者様」
「……次は聖書の蛇な」
「? ギリシャのエキドナの話はもう終わり?」
「残念そうな顔するな。俺もあんま詳しくないの。獅子座、竜座、蟹座……星座にもなった化け物をたくさん産んだってことぐらいだ」
「獅子座か……あの大罪司教、レグルス・コルニアスの死に様は痛快だったね。愚蒙愚昧の小さな王。あんな男が『強欲』を冠していたなんて虫唾が走る。ワタシが思いつく限り、考えうる限り、彼にとって最低最悪の死を君の手でくれてやったから満足しているけどね。
君は覚えてる? 絶望と憤怒の二色で染め上げられたあの表情――虫けらと見下していたナツキ・スバルに足元をすくわれ、なす術もなく『剣聖』に蹂躙されていった光景を。あれだけ唯我独尊に振る舞っておきながら、最後の最後には無様な命乞いをしてきて……君が息の根を止めた。あれは痛快極まる光景だった。今でも微細に思い出せられる。
最期に教えてあげたかったよ――――『強欲の魔女』の契約者を舐めるなとね」
スバルの注意を早々と忘れ、思い出したくもない経験を思い出させたエキドナは満足気だ。
鼻から息を吐きだし、少年は魔女に凸ピンを食らわしてやる。
「いたっ……な、なんでさ」
「黙ってろとは言わねえけど、相槌だけで終わらないならマジで帰らせてもらうぞ」
「……今からは本当に自重する。さぁ、思う存分に話して、ナツキ・スバル」
椅子に座りなおして聞く態勢を整える。
「そんな長くはならないからな。
俺の世界の聖書にエデンの園っていう楽園が出てくる。そこにはアダムとエバの二人の男女がいて、平和に暮らしていた。あ、命の木と善悪の知識の木が生えてるぞ」
両目を瞑って想像を働かせていたエキドナが軽く頷く。
「興味深い木だね。アダムとエバはその木の果実――命の木の果実だけを食べなさい、と神は命じていたんじゃないのかな? 逆に、善悪の知識の木の実は食べてはいけない」
「正解だ」
「うんうん。そして、そこに蛇が出てくるという流れだね。誘惑するのはどちらかな。こういうのは女にいきそうなものだけど」
これ俺が話す必要あるのか? と虚しい気分にさせられるスバルであった。
片目を開いたエキドナが妖精のように意地の悪い笑いをする。
「どんなに真実味を帯びた憶測でも真実を知らなければ憶測のままだ。ささ、続きを」
「女のエバに蛇が近づいて誘惑する、だ。善悪の知識の木の実を食べてみろってな」
神に食べていけないと命じられた物を食べてみろとは豪胆な蛇だが、経緯はどうあれ、誘いに乗ったエバもエバだ。
当然ながら神の怒りに触れ、罰として人間は生き辛い生物となってしまった。
ちなみに、何も悪いことはしていないアダムはエバともども楽園から追放されてしまう。
――曖昧な記憶な上に、はしょった気もするが、概ねこんな感じである。
「もし作り話であるなら、君の世界には見事な創作者がいるようだ」
感服したと言わんばかりにエキドナが褒め称える。
知識者として彼女の心の琴線に触れたようだ。
「面白かったか?」
「他にもあるようならお聞かせ願いたいぐらいだ。異世界の神話・伝承を聞けるなんて、そうそうないだろうからね」
「うろ覚えだし、間違ってる可能性大だぜ」
「聞けるだけ儲けものさ」
「そうか?」
「そうだとも」
肯定し、茶会をお開きにしようかと両手を軽く打ち合わせる。
今日は平和な終わり方だな。
そう思ったスバルが椅子から立ち上がり、丘の下にある扉に行こうとしたところで――
「修正と補填は、君が元の世界に帰られるようになってからで構わない」
「ああ、そうだな――――は?」
聞き捨てならない台詞を言われた。
イマ、コノ魔女ハ、ナンテイッタ?
恐る恐る振り返ってみれば、思っていた以上の至近距離にいた。
首筋に吐息がかかる近さ――強欲の魔女がスバルの肩に両手を置く。
「ボクとしたことが失念していたよ。君が異世界からの来訪者だという事実をね」
「な、に……?」
「迂闊だったね。……駄目じゃないか。ボクの知らないコトを得意気に話すなんて」
曲がりなりにも鍛えている少年が身じろぎも取れず硬直させられる。
エキドナの両腕が絡みつくように回されているから。
「この世界に来れたというコトは、元の世界に帰る方法もあるはず」
「お前、なに言って……」
「それを二人で探そう。大丈夫、ボクもそこまで性急じゃないさ。何もかも無事終わってからでいい。その時になったら『嫉妬』の呪縛も解かれているだろうしね。だから、君が望む結末に至ってから、ゆっくり探していこうじゃないか」
言葉を見失うスバルに永遠の誓いを囁く。
「まずは不老不死になる術でも探してみるかい? ……そうだ、蛇が不老不死の象徴に使われることぐらいは知っているよ」
君はボクを蛇と思った。なら、蛇らしく振る舞わないとね。
知識を得るためならば強欲の魔女は躊躇わない。
スバルの首筋に噛みつき――そこから滲み出る血を舐めとって体内に送り、痕を付けるとエキドナはようやく解放した。
「さあ、手を取り合って遥かなる夢を目指そうか」