<イッセー>
おっさんが約束通りに迎えに来てくれて、俺たちは庭へ向かった。
庭に出てみると圧巻だった!
タンニーンのおっさんと同じサイズのドラゴンがおっさん含めて10体ぐらいいる!
でっけえええっ! すごいな! おっさんの眷属って全部ドラゴンなのか!
「約束通り来たぞ、兵藤一誠」
「うん! ありがとう、おっさん!」
「おまえたちが背に乗っている間、特殊な結界を背中に発生させる。それで空中でも髪や衣装やらが乱れないだろう」
このドラゴンの気の遣いよう! さすが最上級悪魔!
「ありがとう、タンニーン。会場まで頼むわ。シトリーの者もいるのだけど、だいじょうぶかしら?」
「おおっ、リアス嬢。美しい限りだ。そちらの件は任せてくれ」
かくして俺たちはドラゴンの背に乗り、冥界の大空へ飛びだした! 俺はタンニーンのおっさんの頭部に乗っていた! 特等席だ! 角をつかんで空を見渡す!
うわっは! やっぱ、ドラゴンの背から見る風景は絶景だ! 冥界来てからファンタジー体験ばかりで飽きないぜ! けど、ドラゴンに追いかけ回されるのだけはカンベン!
『ドラゴンの上からこの風景を見るとは。なんとも言えん体験だ』
珍しくドライグが苦笑していた。元はドラゴンだもんな、ドライグも。
「ハハハハ、それは面白い体験だろう、ドライグ。しかし、力のある強大なドラゴンで現役なのは俺を含めても3匹か。いや、俺は悪魔に転生しているから、元の姿で残っているのはオーフィスとティアマットぐらいだ。残りはやられて封印されたか、隠居したか。玉龍もミドガルズオルムも二度と表に出てこないだろう。そして、ドライグ、アルビオン、ファーブニル、ヴリトラは神器に封じられてしまった。――いつの時代も強いドラゴンは退治される。強いドラゴンは怖い存在だものな」
おっさんは少しだけ寂しげな口調でそう言った。
「そういや、ドラゴンのおっさんはどうして悪魔になったんだ?」
俺の問いかけにおっさんは真面目に答えてくれた。
「大きな戦もできなくなったこの時代、レーティングゲームをすれば様々な連中と戦えると思ったことがひとつ。そして、理由にはもうひとつある」
「もうひとつ?」
「……ドラゴンアップルという果物は知っているか? 龍が食べる林檎のことだ」
「うぅん、初めて聞いたよ。てか、そのまんまの名前だ」
「とあるドラゴンの種族には、ドラゴンアップルでしか生存できないものもある。ところが人間界に実っていたそれらは環境の激変により絶滅してしまったのだ。もう、その果実が実るのは冥界しかない。しかしな、ドラゴンは冥界では嫌われ者だ。悪魔にも堕天使にも忌み嫌われている。ただで果実を与えるわけもないだろう? ――だから、俺が悪魔となって、実の生っている地区を丸ごと領土にしたんだよ。上級悪魔以上になれば、魔王から冥界の一部を領土としてちょうだいできる。俺はそこに目をつけたんだ」
「じゃあ、食べ物に困っていたそのドラゴンの種族はおっさんの領土に住んでいるのか?」
「ああ、おかげさまでそいつらは絶滅を免れた。それと俺の領土内でそのドラゴンアップルを人口的に実らせる研究もおこなっている。特別な果実だ、研究には時間がかかるだろう。それでもその種族に未来があるのであれば、続けていったほうがいい」
「おっさんは良いドラゴンなんだな」
俺の言葉におっさんは大きく笑った。
「良いドラゴン? ガハハハハハハハッ! そんな風に言われたのは初めてだ! しかも赤龍帝からの賛辞とは痛み入る! しかしな、小僧。種族の存続させたいのはどの生き物も同じこと。人間も悪魔もドラゴンも同じなのだ。俺は同じドラゴンを救おうと思ったに過ぎない。それが力を持つドラゴンが力のないドラゴンにできることだ」
「……すげぇな。俺はただ闇雲に上級悪魔になりたいってだけだ。そ、それと、ハーレムを作りたいってだけで突っ走ろうとしてた。こんな心構えじゃダメなのかな?」
「若いうちはそれでいい。雄ならば女や富が欲しくなるのは必定。度が過ぎるのはよくないが、動く原動力となるならそれでいいではないか。だがな、兵藤一誠、ハーレムだけを最終目標にするのはもったいないぞ。強くなれば雌が寄ってくるのは当然だ。問題は女も富みも得たあとにある。……まだ若いおまえには難しい話かもしれんな」
うん。ちょっと難しいかも。
タンニーンのおっさんは含み笑いをする。
「まあ、ハーレムを近くで作っている神城のようにはならないほうがいいぞ。というか、誰もあいつのようにはなれないだろうな」
そ、そういや、エイジとおっさんって知り合いだったよな? 部長とライザーの婚約パーティのときに脱出用の乗り物代わりをしたらしいし。
「おっさんって、どこでエイジと知り合ったんだ?」
俺が尋ねると、おっさんは思い出すように遠くを見てつぶやいた。
「…………数年前にな。俺の領地に神城が侵入してたんだが……」
言いにくそうなおっさん。
「エイジが何かやったのか?」
「――龍が大きさを魔力で変えられたり、人型になれることは知っているか?」
「うぅん。悪魔が魔力で見かけを操作できることは部長に教えてもらったけど」
おっさんはうしろに首を少し向けると嘆息した。
「数年前に領地に侵入した神城が、……俺の娘に手をだしたんだ」
え!? ええええええええええええええええええええええええっ!? マジか!? マジなのか!?
『娘ができていたのか!?』
ドライグも驚きの声をあげていた! おっさんは深いため息を吐きながら遠くを見だした!
「ああ。俺のひとり娘で。本当にかわいく、美しく、気品も能力も申し分のない娘だったんだ……。そんな娘を神城が……」
哀愁ただようおっさん! マジで娘さんのことかわいかったんだな。
「しかも俺のかわいい娘だけじゃなくて、神城は俺の領地に住んでいた多くの雌たちに手をだしていたんだ……」
「ほ、本当なのか?」
「…………。……俺のすぐ隣で他のより少し小型の龍がいるだろう」
おっさんは首だけ少し動かして視線を送る。俺もそれにならっておっさんの視線を追った。
視線の先におっさんよりも2回りほど小さい龍がいた。
「あ、ああ……。変な飛び方してる奴だよな?」
「その変な飛び方は龍の求愛行動だ。……そして、あれが俺の娘だ……」
おっさんは大きく、呆れたようなため息を吐いた。ま、マジでぇええええええええ!? エイジの奴! おっさんの娘や同族の龍たちにまでも手をだしてんの!?
「はぁ、まったく……」
再び正面に向き直り、一段と深いため息を吐くおっさん。ドライグ共々重たい空気に包まれた! タンニーンのおっさんの雰囲気がすげえ暗い!
「そっ、そういえば、おっさんってエイジの乗り物代わりになったり、結構仲がいいんじゃないか!」
『そうだぞ! 嫌いな相手なら背に乗せたりしないだろうっ?』
俺だけじゃなく、ドライグまでがおっさんの暗い空気を何とか変えようとする!
だけど――。
「ドラゴンアップルを増やす手伝いもしてくれたし、人間にしてはものすごく強いし、確かに、神城のことが嫌いなわけではない……。が、納得できないのだ」
タンニーンのおっさんは忌々しそうな口調に変わりだした! ひぃっ! 小声でつぶやき始めた!
「ああ、本当に納得できない。なぜウチの娘が……。しかも、ほとんどの若い雌たちまで……! わざわざ龍の姿から人間の姿に変身してまでするか……!? しかも、転生悪魔からインキュバスになるだと? 高位のインキュバスは百パーセント交配した側の能力と特徴を次代に残す……。ああっ……、これでますます妻が娘の味方になることだろう。昔は父上、父上と甘えてきた娘が……。かわいい俺の娘が……」
「お、おっさん……」
お、俺はもう無理だ! ド、ドライグ! 同じ龍なんだし任せるぞ!
『あ、相棒!? それはいくらなんでも酷いのではないか!?』
仕方ないだろう! 俺に、愛娘を男に取られた父親の気持ちなんかわかるわけないんだから!
『……くっ』
嫌そうだけど、何とか引き受けてくれたようだ。がんばれドライグ! 旧知の仲だろ!
『……タンニーン』
「……なんだ、ドライグよ」
『そ、その……、誰もがいずれは娘と別れることになるのだから、遅いか早いかではないのか?』
「神器に封印されて……。いや、生まれてからずっと。一度も、妻も娘もできたことがない、お前に言われてもなぁ……」
『…………』
タンニーンのおっさんが、「フゥ……、やれやれ、これだから独身は」と呆れているような口調でつぶやいた! ドライグの心に重大なダメージが!
『どうせ……』
ドライグ?
『どうせ俺は独身だよぉぉぉぉっ! 独身のまま封印されちまったよぉぉぉぉっ!』
ご、号泣! 号泣だよ! おっさん! どうしてくれんだ!?
「ど、ドライグ……、まあ、気にするなって」
『うおおおおん! うおおおおおおんっ!』
だ、ダメだ……。完璧に落ち込んでしまった……。
「はぁああああ……。なぜだ……なぜ俺の娘が……」
タンニーンのおっさんも羽ばたき方まで落ち込んでいる!
もう俺しかいない!
俺はパーティ会場に着くまでの間。二匹の龍を必死に慰めた……。
◆
パーティ会場に無事に到着し、タンニーンのおっさんとその眷属の龍と、あと娘さんの龍は大型悪魔用の待機スペースへ行くということで分かれた。
それにしても、エイジに顔を擦りつけて鳴いているおっさんの娘の龍を見たときのおっさんの様子は心にくるものがあったな……。
父親が前にいるのに、気にするようすもなく男に甘える娘に、タンニーンのおっさんの頬から大粒の涙がこぼれていたことは秘密だ。
そしてリムジンに乗り換えてパーティ会場に移動したんだが、初めてのリムジンだったけど、ドライグがまだ立ち直っていなかったので楽しめなかった……。
タンニーンのおっさんに言われたことがよっぽどショックだったようだ。
リムジンのなかで部長もソーナ会長に宣戦布告されたそうだ。俺も匙から宣戦布告されたことを話し、眷属皆で真っ正面から受けて立つ決意を固めた。すすり泣く左手を慰めながら。
そうこうしている内に会場となっているホテルに到着。出て行くと、大勢の従業員に迎え入れられる。そのまま中に入り、フロントで朱乃さんが確認を取って、いざエレベーターへ。
「最上階にある大フロアがパーティ会場みたいね。エイジ、イッセー、各御家の方に声をかけられたら、ちゃんとあいさつするのよ?」
「はい」
「は、はい。それはそうと部長。今日のパーティは……若手悪魔のために魔王さまが用意されたんですか?」
「それは建前。どうせ私たちが会場入りしても大して盛り上がりもしないわよ。これは毎度恒例なの。どちらかというと、各御家の方々の交流会みたいなものね。私たち次期当主はおまけで、本当はお父さま方のお楽しみパーティみたいなものよ。どうせ、4次会5次会まで近くの施設で予約入れているでしょうし。私たちとは別行動で会場入りしているのがいい証拠。若手より猛者気に集まって、すでにお酒でできあがっているのではないかしら」
部長は不機嫌そうな顔で愚痴を口にしていた。隣で朱乃さんとエイジも苦笑していた。
はぁ、部長はこの手のパーティ……というよりもお父さんたちの行動にうんざりしているんだな。魔王主催とはいえ、社交界とはまた違った気軽なパーティのひとつらしいので、お父さんたちはハメを外せる数少ない催しとして大変楽しみにしているという。
エレベーターも到着し、一歩出ると会場の入り口が開かれる――。
きらびやかな広間が俺たちを迎え入れてくれた! フロアいっぱいに大勢の悪魔と美味そうな料理の数々! やっぱり天井には巨大なシャンデリア! ここ最近、シャンデリア見過ぎだろう、俺!
『おおっ!』
部長の登場に誰もが注目し、感嘆の声を漏らしていた。
「リアス姫。ますますお美しくなられて……」
「サーゼクスさまもご自慢でしょうな」
と、部長に皆見とれている。部長は盛り上がりもしないって言ってたけど、十分盛り上がって……。
『きゃ~!』
――っ! エイジが前に出た瞬間、会場にいた女性の悪魔たちが悲鳴のような歓声をあげた!
「な、何?」
「すごい声だな?」
部長とエイジが戸惑いの表情の浮かべた。俺も混乱してる! だって会場の女性悪魔の大半が部長とエイジを見ているんだから! ギャスパーも驚いて俺の背に隠れているし! いったいなんなんだ!?
いつものニッコリ笑顔の朱乃さんが説明してきた。
「部長、忘れてたんですか? 全冥界で婚約パーティが放送されていて、雑誌や新聞の一面を飾ったこと」
「――っ!」
部長の頬が真っ赤に染まる! そういや、仮面をつけた伝説クラスの賞金稼ぎで冥界の人気者になっていたエイジが、長年つけていた仮面を取って部長を助けたことが話題になっているんだったな。
よく見てみると、会場の女性悪魔たちだけではなく、お偉いさんの悪魔たちも注目していた。
やっぱり、神や魔王クラスの正体不明の賞金稼ぎがグレモリー家の眷属悪魔になったことが気になっているんだろう。
しかも、グレモリー家からエイジが純血悪魔で滅びたはずのインキュバスに体が完全に変化したという情報を積極的に流してるって、なぜか木場が女性誌を読みながら言っていたな。しかも、俺のに与えられた客間で……。
何かを期待するような眼差し! 会場は異様な雰囲気だ! もう盛り上がりまくりっていうか、主役レベルじゃないですか!
部長は一度目を閉じて、覚悟を決めると、エイジの顔を一瞬、チラリと見た。
エイジは部長のそれだけの動きで、わかったような顔になり腕を部長へ差し出した!
部長はその腕をとって、会場の悪魔の皆さんに微笑みを浮べて会場入りした!
すげえ! なんてコンビネーションなんだ! 傍から見たら率先してエスコートする男性とエスコートさせている女性にしか見えない!
部長も自分の下僕悪魔であることを、周りに印象づけるようにエイジを見せ付けた!
この辺の差なのか!? 俺とエイジの差は! この差を埋めれば……! いや、さっきの部長のモーション……、俺だったら完全に見逃していたな……。うう……ハーレムの道が遠すぎる……。
「ほら、イッセー、あなたもあいさつ回りするわよ」
「へ?」
間の抜けた顔の俺だが、なんでも伝説のドラゴンが悪魔になったことは有名らしく、あいさつしたいって上級悪魔の方々が大勢いらっしゃったみたいだ。
そんなわけで俺は部長と、部長をエスコートしているエイジに連れられてフロアをぐるりと一周するハメになった。部長の家の家庭教師悪魔さんに仕込まれた紳士的な振る舞いが予想以上に効果が出て驚いた。
なるほど、修行を一時中断してまでマナーを教えられたけど、部長の眷属になった以上、必須スキルだったわけだ。
◆
「あー、ちかれた」
あいさつも終え、俺は解放されたわけだが……。
フロアの隅っこに用意された椅子に俺とアーシア、ギャスパーが座っていた。部長と朱乃さんは遠くで女性悪魔さん方と談話してる。
木場は――女性悪魔の皆さんに囲まれていた! クソ! イケメン死ね!
と言いたいところだけど、さすがにこの手のパーティは初めてだったんで、俺もアーシアたちも気疲れして、隅でぐったりしていた。
エイジはというと、部長や朱乃さんのすぐ近くに立っていた。その3人を囲むように人だかりができていた。皆ほとんどが女性悪魔さん方で、お偉いさんの悪魔も混じっている。
マジで、すげえ人気だよなぁ。あいさつ回りしたときも赤龍帝より、神や魔王クラスの賞金稼ぎが完全に悪魔に転生したことに注目してたし……。いや、まあ、自分で言ってて、単なる転生悪魔の赤龍帝よりも、神や魔王クラスの実力者が人間ベースじゃなくて本物の悪魔になったほうが注目するよなぁ。
それに朱乃さんが言っていた、冥界の女性悪魔の人気者というのを改めて理解した。エイジのサインなんて欲しがる悪魔や握手求めてくる悪魔とかがたくさんいるんだぜ。まんま大物有名人扱いだよ。
部長のエスコートも完璧で、俺みたいな奴とは本当に格が違う。立ち振る舞いも堂々としていて部長への気遣いもできて、お偉いさん方にも臆せずあいさつできる。
人間界と冥界……、エイジには冥界のほうが似合っているように感じた……。まあ、悪魔らしい黒い尻尾がいつの間にか3本に増えて尻辺りから伸びているし……。
「イッセー、アーシア、ギャスパー、料理をゲットしてきたぞ、食え」
先ほど席を立ったゼノヴィアが大量の皿を器用に持ってやってきた。皿の上には豪華な料理の数々。
「ゼノヴィア、悪いな」
「いや、何。これぐらい安いものだ。ほら、アーシアも飲み物ぐらい口をつけたほうがいいぞ」
「ありがとうございます、ゼノヴィアさん……、私、こういうの初めてで、緊張して喉がカラカラでした……」
アーシアはゼノヴィアからグラスに入ったジュースをもらうと、口をつけ始めた。
俺はもらった料理に手をつける。……箸も完備なんだな。まあ、転生悪魔がこのなかに俺たち意外にもいるだろうし、各種つまむものは用意するか。
そこに、人だかりのなかからエイジが出てきた。
「よお、人気者だな」
と俺は手をあげる。
エイジは少しだけ小さく嘆息すると、「まあな」と返した。少しだけウンザリしている様子だった。まあ、あれだけか次から次にあいさつしてたらな。
エイジはウェイターからグラスを受け取るとジュースを飲んだ。かなり疲れている様子だ。
そこにドレスを着た女の子が、エイジのほうを睨んでいた。誰だ? エイジのファン?
いや、どこかで見た気が……。
「久しぶりだな、レイヴェル・フェニックス」
エイジが女の子にあいさつした。フェニックスって、部長の元婚約者の焼き鳥野朗の妹か。レーティングゲームで見た気がする。
「お、お久しぶりですわね、黒い捕食者。……それに赤龍帝」
俺はついでかよ! エイジがレイヴェルに訊いた。
「ライザー・フェニックス。――兄は元気か?」
レイヴェルは嘆息する。
「……あなたのおかげで塞ぎ込んでしまいましたわ。よほど敗北と、リアスさまをあなたに取られたことがショックだったようです。ま、才能に頼って、調子に乗っていたところもありますから、良い勉強になったはずですわ」
あらら、手厳しい。兄気もバッサリ切りますか。毒舌だな。
「ハハハハ……容赦ないね。いちおうおまえも兄貴の眷属だろう?」
俺は苦笑した。
「それなら、現在トレードを済ませて、いまはお母さまの眷属ということになっていますわ。お母さまが、自分の持っていた未使用の駒と交換してくださったの。お母さまは眷属になりたい方を見つけたら、トレードしてくれるとおっしゃってくださいましたから、実質フリーの『僧侶』ですわ。お母さまはゲームしませんし」
俺は耳慣れない言葉に訝しげに思った。
「あら? ご存じないの? トレード。レーティングゲームのルールのひとつで、『王』である悪魔の間で自分のこまを交換することができますの。同じ種類の駒であることが条件ですわよ」
へぇ、そういうものもあるのか。
「と、ところで黒い捕食者――」
「別に通り名で呼ぶ必要はないさ。俺の名は神城エイジ。冥界に俺の名前は公開されたことだし、普通に『エイジ』と呼んでくれても構わないぞ」
「お、お名前で呼んでもよろしいのですか!?」
すげえ嬉しそうなんだけど! まあ、有名人から気軽に名前で呼んでいいと言われれば誰でも喜ぶよな。
「コ、コホン。で、では、遠慮なく、エイジさまと呼ばせていただきます」
「さまはつけなくてもいいけどな」
「いいえ、これは大事なことです! あなたは魔王クラスの実力者なんですよ!」
魔王クラスの実力者って、やっぱ冥界ではエイジってすごく上の立場のヒトなんだよなぁ。悪魔の世界って実力主義なところあるし。
そこへさらに見知ったお姉さんが登場する。
「レイヴェル。旦那さまのご友人がお呼びだ」
確か、ライザー眷族の1人だ。俺の顔をフリッカーでボコボコにしてくれたイザベラというお姉さんだっけかな。洋服破壊で見られた裸体は脳内に保存されている。
「わかりましたわ。エイジさま、今度、お会いできたら、お茶でもいかがかしら? わ、わ、わ、私でよろしければ、手製のケーキをご、ご、ご用意してあげてもよろしくてよ?」
レイヴェルはドレスの裾をひょいと上げ、一礼して去っていった。
俺にはあいさつも無しですか~。
「やあ、兵藤一誠」
今度はイザベラさんが話しかけてくる。
「あんたはフェニックス家のイザベラさんだよね?」
「ああ。あのときはいい一発をもらった。まだ覚えているよ。また強くなったそうじゃないか。キミが強くなればなるだけ私の話も自慢話になるからな」
「えーと、あいつ……レイヴェルの付き添いですか?」
「まあ、そんなとこ。あの子はあの子で我が主ライザーさまと同じぐらいつかめないところがあるものだから……。婚約パーティでの黒い捕食者との一戦以来、レイヴェルさまは黒い捕食者の話ばかりをしているんだ。ライザーさまを一撃で倒してリアス姫を救ったのがとても印象だったようだ」
「文句とかじゃないのか?」
「いや、逆だ。レイヴェルさまは元々黒い捕食者の大ファンだったからな。間近でアニメや映画のようにお姫さまを救う姿を見てしまったからな……」
イザベラさんは最後まで言わずに、エイジのほうに顔を向けた。
「それでお茶の件だが……」
「ああ、全然OKだ。あと、ライザー・フェニックスがずっと立ち直れない状態が続くようであれば、立ち直る手助けをするぞ。俺にも責任があるからな」
「本当か? それはありがたい。レイヴェルも喜ぶだろうし、私たちも助かる。さて、私はこれにて失礼する。良い宴を」
そのままイザベラさんは手を振って去っていた。
そのあとは魔王さまのあいさつが終わり、華やかなパーティが開催された。
部長と朱乃さん、エイジは魔王さまのほうへあいさつに行き、初のパーティで疲れている俺たちは部長たちが戻るまで料理を食べたり休んでいたりした。
エイジの元に同い年ぐらいの黒髪で清楚なお嬢さまがあいさつに着ていたけど、たぶんその黒髪のお嬢さまがタンニーンのおっさんの娘さんなんだろう。頭に小さな角が生えていたし……。
すげえ親しそう、というか、エイジにべったりだった。最後は執事風の悪魔さんに泣きつかれて連れられておっさんのもとに戻らされてた。たぶんおっさんが殺気を放っていたからだろう。会場の一部からおっさんの殺気のような強い気配がしてたし……。
それからパーティも無事にお開きになり、俺たちグレモリー眷属とシトリー眷属の面々は会場入りしたときと同じようにリムジンでタンニーンのおっさんが下ろしてくれた場所まで戻り、おっさんの眷族の龍の背にそれぞれ分かれて乗って、匙やソーナ会長たちとそこで別れ、俺らも龍の背に乗ってグレモリーと戻った。おっさんは2次会3次会に参加するらしくまだ帰らないそうだ。
◆
その日の夜。俺はひとりでグレモリー家の中庭のベンチで、冥界の黒い闇の空に浮べられた月を見ていた。
なんとなく、ひとりになりたかったからだ。
「……イッセー先輩?」
聞きなれた女の子の声――小猫ちゃんだった。
「どうしたんですか? こんなところで」
「なんとなく、ひとりになりたかったんだ」
まあ、ただ感傷に浸ってるんだけどな。
「結局、修行したのに俺って禁手に至れなかったんだよなぁ……」
月を見ながらつぶやく。小猫ちゃんに愚痴を漏らすなんて情けねぇなぁ……。だけど俺は止まれなかった。
「同じ時期に悪魔になったエイジは俺と比べ物にならないぐらい強いのに……」
「それは考えても仕方がないと思いますよ……? エイジ先輩は人間の頃から神や魔王クラスといわれてたほどのヒトですし……」
「ああ、頭じゃ理解してるよ。俺みたいな伝説のドラゴンが宿っただけの才能無しの転生悪魔と、小さい頃から命のやり取りをしていて、実力も神や魔王クラスで。通り名までつけられているエイジと比べるほうが間違ってるって」
でも……。
「でも、心のなかでは無理なんだ……! すごくエイジがうらやましいっ! 強くて女の子にモテモテで! しかも、部長やあの美人の眷属さんたちと同じ家に住んでるんだぜ? 学園でも女の子喰い放題なんてうらやましすぎるだろ!? 俺なんておっぱいひとつまともに揉めないんだぜ!?」
「…………………」
小猫ちゃんから発せられる空気が一気に冷たくなったような気がした。俺は空に浮かぶ月に向けて手を伸ばす。
「エイジの存在が遠い……。俺は伝説のドラゴンを宿しているのに、あまりに弱すぎるんだ……。才能の欠片もないことはもちろん、匙みたいな誇れるような目標も、それに向かって進む手段も努力もどうすればいいか、わからないんだ……。お山に篭って修行したクセに部長や朱乃さん、ゼノヴィアは俺よりも数段強くなっているし、その3人を鍛えたのはエイジだ」
どんどんナーバスになっていく。
「同じ『兵士』でも違いすぎるよな……。知ってる? 歴代の赤龍帝は皆、短時間で禁手に至ったってさ……。何か月もかかっているのは、俺だけだって。わかってたんだ。もうずっと前からわかっていたんだ。赤龍帝の力が宿っていても、俺がクズなんだ、俺がダメなんだ」
涙があふれた。ポタポタと地面に落ちる。小猫ちゃんは首を横に振った。
「……イッセー先輩はクズじゃないです。……知っていますか? 歴代の赤龍帝は皆、力に溺れた者が多かったって。……絶大な力に呑み込まれたんだと思います。私の姉も昔、私を助けるために仙術の力に呑み込まれました……」
「黒歌さんが?」
「はい……。仙術の力に呑み込まれた姉を見たとき、私は本当に怖かったんです。……イッセー先輩。無理に力を求めようとしないでください……。私は力に翻弄されて暴走するイッセー先輩を見たくないです……」
小猫ちゃんはやさしく微笑んだ。
「私はイッセー先輩には、やさしい『赤い龍の帝王』になってもらいたいです……」
――っ。小猫ちゃん……。俺は……。
「ごめん、小猫ちゃん。先輩なのに弱気なんが言って」
俺は頭を下げた! 女の子の小猫ちゃんに慰められるなんて、やっぱりダメだよな!
そう! 俺はいずれ――。
「いずれ俺は、ハーレム王になるんだから、こんなことで落ち込んでちゃダメだよな!」
「…………はい?」
この雰囲気で一番口に出たらマズイところが口に出たぁぁぁぁあああああああああああああっ!
「……い! いや! も、もちろん、やさしい『赤い龍の帝王』にもなるよ!」
慌てて訂正したけど、小猫ちゃんからは吹雪のような冷たいオーラが!
「
小猫ちゃんが、ぼそっとそうつぶやいて立ち去っていく! ああ、待ってぇえええええ! さっきのは違うんだぁぁぁあああああ! 違わないけど、違うんだぁぁぁぁああああああ!
立ち去った小猫ちゃん。
俺はしばらくベンチに座って放心していた……。