<リアス>
ソーナとのゲームもいよいよ終盤戦。あちらはもうすでに『王』ひとりのみ。こちらはイッセー、ギャスパー、アーシアの3人を取られ、祐斗もアーシアで回復させられなかったから実質4人を取られたことになったわ。
イッセーと祐斗がやられるなんて思いもしなかったわ。本当にゲームではなにが起こるかわからない……。
朱乃とゼノヴィアがソーナの『女王』と『僧侶』に圧倒的な力で勝ってくれたけど、私の評価は確実に下がるわね。
優勢とされていたゲームだったけど、完全にソーナの策に引っかかって4人も取られいるですもの……。
でも、私もここで立ち止まるわけにはいかないの。私のために戦ってくれたかわいい下僕悪魔たちのためにも!
私たちは6人全員でデパートの屋上へとやって来た。ゲーム内部なので外の空は白く、何もなかった。
負傷している祐斗はエイジが抱えてくれている。今回のゲームはもともと相手の人数も少なかったからエイジには目だった活躍はしてもらっていないけど、ゼノヴィアと朱乃、それに私をここまで強くしていたのだから、裏の立役者ね。もちろんイッセーたち神器持ちにアドバイスしてくれたアザゼル先生もだけど。
前方にソーナが立っている。ソーナはこちらに視線を送ると、苦笑していた。
「ソーナ、どうして屋上に?」
私の問いにソーナは苦笑したまま答えた。
「最後まで『王』が生きる。それが『王』の役割。『王』が取られたら、ゲームは終わってしまうでしょう?」
彼女なりのゲームに対する考え……。
「……そう、深くは聞かないわ」
「リアス、サジは赤龍帝に勝ちました。イッセーくんにもあなたにも落ち度なんてない。――あの子をなめないで。必死なのはあなたたちだけじゃありません」
「ええ、身をもって体感できたわ。――さあ、決着をつけましょう、ソーナ」
私は一歩前へ出る。ゴメンなさい、皆。この勝負だけは一対一でやらせてちょうだい。
「危険を感じたら、即座に助けに入ります。わがままは聞きません」
「…………」
祐斗がそう言ってくる。ええ、当然ね。『王』である私が負ければソーナの逆転勝利。いままでの戦いが、がんばりがすべて無駄になるんですから。エイジや朱乃、ゼノヴィアに小猫も戦闘態勢のままその場を動かない。本当に危険になったら止めると、態度で示してくれていた。
ありがとう、皆。私のわがままをきいてくれて。
ソーナの周囲に水のオーラが集まり、しだいに何かが形成されていく。この水の量、尋常じゃない。デパートのあらゆるところから水を集めているのね。
さすがは水の魔力を得意とするシトリー家。セラフォルーさまは氷、ソーナは水が得意だったわね。
「さて、リアス。私の水芸、とくと披露しましょうか」
ソーナは大量の水を魔力で変化させ、宙を飛ぶ鷹、地を這う大蛇、勇ましい獅子、群れをなす狼、そして巨大なドラゴンを幾重にも作りだした。
ふふっ、あなたも相当修行していたみたいね。
でも――。
「ソーナ。本当に、私も必死なの。この夏休み、本当に地獄のような修行をしたわ」
「…………」
ソーナは無言でこちらへ様々な形の水でできた獣を放つ。私は冷静に異次元に収納していた武器を取る。
「――っ!」
ソーナが驚きの表情になる。それもそうよね。いつものように滅びの魔力も魔弾も展開しないんだから。それに、もともと武器など使わない私が取り出した武器が――弓だったのだから、驚くなというほうが無理よね。
「いくわよ。ソーナ」
私は弓を構えて向かってきていた水でできた獣たち軍勢の丁度中心に狙いを定めて弓を引いた。
滅びの魔力を矢のように形成。さらに弓が射出の瞬間、矢に強化や拡散など色々な特殊効果を付加できる武装。本来滅びの魔力を道具が受けてしまえば消滅してしまうけど、この弓は別。私専用に創られた私だけの弓! まあ、滅びの魔力で滅びない武器を創るためにエイジに体の隅々を観察されたけど……後悔はないわ! もともとゼノヴィアだけにエイジ特製の武器を持つのが納得できなかったから、強請って渡されたのがこの弓! この弓を扱えるようになる修行はきつかったけど、私はおかげで強くなれた。
「ルイン・アロー」
弓から矢を放つ。矢が放たれたその瞬間――放たれた矢が滅びの魔力の渦を作りながらソーナ目掛けて飛んだ。
ヒュッ、ゴォォォォォォオオオオオオッ!
「――っ!?」
驚愕しているソーナ。それはそうでしょう。たった一撃で水の軍勢が消し飛んだのですから。それにしても、われながらなかなかの威力ね。修行したかいがあったわ。
ソーナは床に座り込んでいた。きちんと狙いを反らしていたから無傷だった。
「ソーナ。投了しなさい。もとよりこちらは6人、あなたは1人。さらに地獄の特訓をうけた私は夏休み前とは別人よ」
弓を構えてそう宣言する私。以前はパワーの私とテクニックのソーナで実力は互角だったけど、修行を受けた私は様々な面でも強化されているのよ。
ソーナは座り込んだまま、投了した。
『投了を確認。リアス・グレモリーさまの勝利です』
私の初めての勝利だった。
◆
<イッセー>
ゲーム終了後、俺が目を覚ましたのは医療施設の一室だった。ベッドの上にいた。
そういや、俺がここで厄介になるのは初めてか。
俺の場合はケガというより失血だ。匙にボロボロにされていたけど、アーシアの神器で回復させられていたし、あのあと、すぐに血を入れられて、こうして動けるようになっている。廊下に出て、自販機でジュースなんて飲んでた。
俺たちは勝った。
けど、俺、アーシア、ギャスパーを失い、負傷した木場。ゲーム前に圧倒的と言われていたグレモリー眷属はその評価を下げてしまった。
特に開始早々にギャスパーを失ったことと、赤龍帝である俺がやられたことは特に評価を下げたらしい。禁手に至って少しは評価が上がったが、せっかく禁手に至れたのに相手の策略でやられてしまったのはその分大きく評価を下げた。
部長は――悔しそうだった。朱乃さんとゼノヴィアが圧倒的な力で『女王』と『僧侶』を倒して、『王』であるソーナ会長も部長の新装備の新必殺技の一撃で降伏させて勝ったらしいが、それでも評価は下がったからだ。
初の勝利がこれではな……。策略に嵌って負けてしまった俺としては素直に喜べない。
膨大な力が眷属にあるのに、俺たちの完全な勝利に程遠かった。
うーん! こんな調子じゃマズい!
俺は頭を振り、気分を入れ替え、匙の病室に行くことに決めた。あいつのケガもすでに完治してる。ゲーム中では敵同士だったけど、一戦終われば、いつもの友達さ。
さてさて、あいつにさっきつついた小猫ちゃんのおっぱいを自慢して――。
「これを受け取りなさい」
匙の病室からサーゼクスさまの声が聞こえてくる。少しだけ開いている扉から、なかの様子をうかがう。なかにはサーゼクスさま、会長、ベッドの上の匙。
匙はサーゼクスさまから何かを受け取った様子だった。高価そうな小箱を手に持っている。
「あ、あの……これは……?」
緊張して震えている匙。
「これはレーティングゲームで優れた戦い、印象的な戦いを演じた者に贈られるものだ」
サーゼクスさまは微笑みながら言う。しかし――。
「お、俺は……兵藤に負けました……。こ、これを受け取っていい立場ではありません」
匙は悔しそうにベッドのシーツをつかんでいた。
「そうだ。けど、結果的にイッセーくん――あの赤龍帝を倒した。禁手に至るという誰も想定していなかったことが起きても、その禁手さえ無効化させたんだよ。私たちはキミの戦いを観戦席で興奮しながら見ていた。あの北欧のオーディンもキミに賛辞を贈ったほどだよ」
サーゼクスさまは小箱の勲章を取りだし、匙の胸につけた。
「自分を卑下してはいけない。キミだって、上を目指せる悪魔なんだ。私は将来有望な若手悪魔を見られてうれしい。もっと精進しなさい。私は期待しているよ」
そして、サーゼクスさまは匙の頭をなでる。
「何年、何十年先になってもいい。――レーティングゲームの先生を目指しなさい」
サーゼクスさまの一言に匙は――無言で泣いていた。とめどなく涙は流れ、顔はくしゃくしゃになっていた。
「……サジ、あなたはたくさんの人々に勇姿を見せたのですよ。あなたは立派な戦いをしたのですから」
ソーナ会長は我慢していたものを目から溢れさせていた。
きっと、会長もうれしかったんだろう。自分の自慢の眷属が大きく評価されたことが。
匙は胸の勲章を触り、涙を手でぬぐい、力強くうなずいた。
「……はい……ありがとうございます!」
…………。
俺はそれ以上聞くのは失礼だと感じ、その場をあとにする。
……匙、おめでとう。
俺はヴァーリだけがライバルだと思っていた。ヴァーリだけが倒すべきライバルと信じて疑わなかった。――それは違ったんだ。間違っていたんだ。
だからこそ、今度改めて面と向かって言うよ。
すまなかった、と。
なあ、匙。俺とおまえどっちが先に上級悪魔になって夢を叶えるのかな?
俺は――負けない! 絶対にだ。そして、次戦うときは必ず勝つ!
だから、またやろうぜ。
俺のライバル、匙元士郎。
◆
俺が病室に入る直前の部長を見つける。
「部長」
部長もこちらに気づき、微笑む。そのまま病室に入り、談笑を始めた。
「イッセー、ゲームお疲れさま。よくやってくれたわ。でも、あまり私にも、ゲームの最中胸を出すように強要した小猫にも恥をかかせないでね? あなたは本当に性欲が過剰なのだから」
部長は苦笑する。あああああ、恥をかかせてしまいました。あのときは必死だったから忘れていたけど、全冥界放送で小猫ちゃんにセクハラしちゃったよ!
「す、すみません……。どうにも新技やらパワーアップが煩悩に繋がりやすくて……」
「あの技はゲーム時には封印よ」
「ええええええええええええええっ!? マジですか!?」
ウソ! マジで!? どうして!? あ、変態的だからか!
「だって、女性悪魔と戦えなくなってしまうもの。だから、禁止」
「うぅ、部長がそう言うなら従いますぅぅぅ」
俺は涙目でうなずいた! 残念だ! 無念極まりない! まさか、たった一度の命とは! あ、でも実戦では使っていいのかな?
部長が苦笑する。
「けど、やっと一勝したわ。前回に比べたらマシだけど、それでもこちらもイッセー、アーシア。ギャスパーを取られて、祐斗も負傷した。才能に恵まれ、力に溢れた眷族と呼ばれようとも、本番で力を発揮できなければ意味がないわ。勝つ確立が高くても負けるときは負けてしまう」
部長の言う通りだ。
俺たちも一歩間違えれば負けていたかもしれない。相手は俺たちよりも勝つ確立が低くても必死で向かってくる。あちらもまた勝つことを信じて前進してくるのだから。
妥協、油断なんてものをしていたら、勝てる試合も勝てやしない。
当たり前のことを俺も部長も改めて思い知った。
……難しいな、ゲーム。戦闘も同じか。
そして、上級悪魔への道も見えてきた分、遠く感じた。
だけど、届かない距離じゃないんだ。いつか俺も部長のように――。
コンコン。
ふいに病室のドアがノックされる。「はーい、どうぞ」と返事をしてみると
エイジだった。
「よお、意外と元気そうだな」
と病室に入ってきた。
「俺はアーシアに回復させられてたし、失血だけだったし、もう血を入れられたからな」
俺が返すとエイジは茶色い紙袋を掲げた。
「見舞いの品で持ってきたんだが、その様子なら、これはいらないな」
茶色い紙袋。中身は本のようだが――っ!
俺が凝視すると、エイジはニヤリと笑みを浮べた。やっぱり中身はあれなのか!?
男子高校生の見舞いの品といえば、あれなんだよな!?
「いる! もちろんいるに決まっているだろう! ありがとう、エイジ! おまえの見舞いは最高だ!」
俺はエイジの手から紙袋を奪い中身を取り出した! うひょー! やっぱエッチな本だ! しかも3冊も! アーシアと買い物に行くからあまり買えなくなった品! 最高だぜエイジ!
「まったく……」
部長が苦笑している! すみませ! すみません、部長!
俺がエロ本を大事に抱えて頬ずりしていると、再び病室の扉がノックされた。
今度現れたのは見たことのないじいさんだった。帽子を被って、隻眼だ。しかも長い白ヒゲだし。
「じいさん、誰っスか?」
俺が怪訝に訊くと、じいさんは笑う。
「わしは北の田舎ジジイじゃよ。赤龍帝、もう少し修行が必要のようじゃな。まあ、精進せい」
急になんだ、この馴れ馴れしいジジイは。でも、俺のこと赤龍帝って知ってる?
「オーディンさまですね? 初めてお目にかかります。私、リアス・グレモリーですわ」
部長は知っているようだ。オーディン? はて、どこかで聞いたことがあるようなないような……。
「うむうむ。サーゼクスの妹じゃな。試合見ておったぞ。まあ、ああいうこともある。おぬしも精進じゃな。しかし、うむむ。デカいのぉ。観戦中、こればかり見とったぞい」
じいさんは部長のおっぱいをやらしい目つきで見ている!
「久しぶりだな、スケベジジイ」
とここでエイジがじいさんに声をかけた。なに? 知り合い?
「おお、そうじゃな。セルベリアは元気でやっとるかの? 大勇者よ」
大勇者!? エイジのこと大勇者って呼んだ!?
「ああ、元気だよ。毎日楽しそうだ。俺もセルベリアがいて楽しいしな。あと、大勇者はやめてくれよ。名前も公開してるんだ。神城かエイジで呼んでくれ」
「ほっほっほっ。そうかそうか。では、エイジ。完全に悪魔に転生したらしいの? しかも絶滅したインキュバスに。まったく。昔からとんでもない女好きだとは知っておったが、とうとう性欲の悪魔になるとは。長生きはするもんじゃな」
じいさんは楽しそうに笑う。昔からの友人のようだ。ってセルベリアさんも何か関係があるみたいだな?
「セルベリアはオーディンさまから与えられたのね?」
部長はあごに手を当てながら訊いた。部長もエイジとじいさんが知り合いだったとは知らなかったようだ。
「はい。昔北欧で賞金首を狩っていたときの縁で。――まあ、いきなり大勇者と呼ばれたのは驚きでしたけど」
エイジの言葉にじいさんは心底おかしそうに笑った。
「ほっほっほっほっ。驚いたのはこっちじゃよ。わしが少し留守にし取る間に堅物で通っていたセルベリアや何人ものヴァルキリーをモノにしとったんじゃからのう。いまだにお主の元で働きたいという者がおるし。わしと戦って、互角の戦いをした人間じゃかなのう」
エイジって本当にどこでも――いや、何をやってんだ!? タンニーンのおっさんといい、いくらなんでも入れ食いしすぎだろ!?
「オーディンさまと互角に戦った……」
部長は驚いていたがそれどころじゃない! クソ! 俺はエロ本で発散しているのに! クソッ!
「悪魔になったからといってもお主は変わっておらぬようじゃし。そうじゃ、いっそのことお主のところで働きたいというヴァルキリーの女たちを送るかの? お主なら何人でも相手にできるじゃろ?」
と言うじいさん! ぜひ俺にも送って欲しい! っていうか、いつまで部長の胸をいやらしい顔で見てるんだ! 俺以外がやらしい目つきで見ちゃいけないんだよ! 猛抗議しようとしたら、いつの間にか入室してきていた鎧着たキレイな女の子がじいさんの頭をハリセンで叩く。
「もう! ですから卑猥な目は禁止だと、あれほど申したではありませんか! これから大事な会談なのですから、北欧の主神としてしっかりしてください!」
「……まったく隙のないヴァルキリーじゃて。わーとるよ。これから天使、悪魔、堕天使、ギリシャのゼウス、
じいさんは頭をさすりながら、半眼でつぶやいた。
「まあよいわ。サーゼクスの妹と赤龍帝。世は試練だらけじゃがな、楽しいこともたくさんあるぞい。存分に楽しんで、存分に苦しんで前へ進むんじゃな。がむしゃらが若造を育てる唯一の方法じゃよ。ほっほっほっ。――それからエイジ」
じいさんはエイジに視線を向けた。鎧の女の子を指差して言う。
「こやつをもらわんか? 器量よしじゃが堅くての、男ひとつもできんのじゃ。お主ほどの大勇者にもらわれてば、こちらとしてもうれしいんじゃが」
「な、何を言ってるんですかオーディンさま!」
「なんじゃい。お主がこやつのファンであることはヴァルキリーたちにはもとより、周知であろう? 別に問題なのないではないか」
「なんで周知されているんですか!? それに問題ありまくりですよ! 彼はまだ未成年の学生らしいじゃないですか!」
「ほっほっほっ。こやつはすでに自立しておるよ。それに、悪魔に年齢は関係なかろう。まったく……、これだから男ができんのじゃ。セルベリアを少しは見習わんか」
「どうせ! どうせ私は、彼氏いない歴=年齢の戦乙女ですよぉぉぉぉっ! セルベリアさんに完全に先越されちゃってますよぉぉぉぉっ! うわぁぁぁぁんっ!」
鎧の女の子は号泣しながらどこかへ走り去っていった……。じいさんもそのあとに続くように病室をあとにした。何者だったんだ? あのじいさん……。いや、それより俺の部長のおっぱいに注目しやがって! 部長のおっぱいに手を出したら俺の敵、確定だ! そんなことは絶対に許さん! もちろんエイジであってもな!
そのあと部長とエイジに聞いたことだけど、あのじいさんは北の神さまらしい! ただのスケベジジイにしか見えん!
……本当、世の中、俺のわからんことばかりだぜ。ていうか、エイジってVIPとの繋がりって全部女関係なのかよ!
◆
<エイジ>
レーティングゲーム後。グレモリー家では祝勝会が行われていた。
評価を下げてしまったことは忘れていまは勝利を祝っていたわけだが……。
シトリーとのレーティングゲーム、俺まったく活躍してないじゃん!
ほとんど働いていないのに勝利を祝うのは……。いや、『王』の護衛は大事な仕事なんだけどね。
まあ、それにしても、黒歌たちは本当にマイペースだ! 晩餐会にだされている料理を次から次に平らげてる! 時雨とノエルはゼノヴィアとアーシアと談笑しながら料理をつまみまくっているし。セルベリアは先ほどから高給そうなワインを何本も開けている。
レイナーレはまたもやメモ帳を片手に料理のレシピを聞いていた。
黒歌はというと小猫ちゃんにべったりで料理を次から次に運び、さらに小猫ちゃんはその料理をその体のどこに入るんだ? と疑問に思うほど料理を食べ続けていた。
本当に自由だな。
現在リアスはご両親とお話中。まあ、様子からして苦言をもらっているわけじゃなさそうだ。
木場は血が足りないとばかりに料理を食べているイッセーの世話をまるで恋人のようにしていた。ギャスパーはイッセーのすぐ近くでお食事中。
で、俺はというと、朱乃さんと並んで料理を食べていた。
「見ていていただけましたか? 私の戦いを」
「ああ、見ていたよ。修行の成果が出ていたし、強くなっていたな」
そう褒めると、朱乃さんがニコニコ笑顔で体を寄せてきた。ああ、かわいいなぁ。
「おい、神城!」
いい雰囲気のなか空気が読めない奴――アザゼルが声をかけてきた。おまえ、各勢力とのテロリスト対策の話し合いに行っていたはずじゃないのかよ。
「おまえの製作した武器! ありゃあ、何だ!? ゼノヴィアの武器は見せてもらっていたが、リアスの武器は見せてもらっていないぞ!」
興奮した様子のアザゼル。そういやこいつ、神器も好きだけど、特殊な武器とか道具の研究とか好きだったなぁ。でも、空気は読んで欲しいよな。朱乃さんの笑顔がすげえ怖いものに変わってるぞ。
「なんでリアスの消滅の魔力を弓がまとえるんだ!? 普通消滅するだろう! それに他にも特殊機能をつけてるんだろ! 見せろ! 研究させろ! 研究させてください!」
アザゼルゥゥ……。
テンションの高い、子供みたいなキラキラした瞳のアザゼルに、俺も朱乃も2人の間に入られた怒りも収まった。
こういう、アザゼルは面倒だなぁ。
「設計書は見せられないが、試作機ならある。それをやるから勝手に研究してくれ」
「おお! マジか! ありがとよ、神城! さっそく研究に行くぜ!」
【王の財宝】から試作機を出して渡すと、アザゼルはおもちゃを与えられた子供のように喜び、祝勝会など忘れて会場から出て行った。
それから朱乃さんとゆっくり談笑していると、リアスが両親を連れてやってきて5人で談笑した。ちなみにミリキャスはもう夜も遅いということですでに退席している。
「エイジ先輩。……ちょっと、いいですか?」
祝勝会も終わりかけ、そろそろ部屋に戻ろうとしたところで、小猫ちゃんに話しかけられた。
◆
小猫ちゃんに連れてこられ場所は、グレモリー家の中庭だった。ベンチに腰掛ける。空には丸い満月が昇っていた。冥界独特の人間界とは違う月だ。
小猫ちゃんが話を切り出しにくそうにしていたので、こちらから話しかける。
「なにか悩み事か?」
「いえ……、悩みというわけではないんです。その……、聞きたいことがあって」
「ん。なんだい?」
首をかしげると、小猫ちゃんはそこでネコミミと尻尾を生やした。猫又の姿。黒歌と違ってこっちは白猫だから、耳も尻尾も白いな。
その状態で、小猫ちゃんは恐る恐るといった風に訊ねてきた。
「……エイジ先輩は、お姉さまや私のことがなぜ怖くないんですか?」
「怖い?」
「……はい。エイジ先輩はお姉さまが仙術に飲み込まれていたときに会ったんですよね?」
「ああ。8歳ぐらいのときにな」
「怖くは……なかったんですか?」
小猫ちゃんの問いに空を見上げながら考える。黒歌が怖くなかったのか、かぁ。
「別に怖くはなかったな。まあ、最初に出会ったときは殺気を振りまいてこられたけど、怖いとは思わなかったな」
俺の言葉に小猫ちゃんは意外そうな表情になった。
「なぜ怖くなかったんですか?」
うーん……。そりゃあね~。
「俺がバケモノだからかな?」
「――えっ?」
驚く小猫ちゃんに俺は言葉を続ける。
「俺ってさ。すごく小さい頃から強かったんだよ。なにせ生まれた瞬間から自我があったぐらいだぜ? しかも、他の子供とは違う特殊能力なんてものも備わっていたしな。両親の目を盗んで特訓して、子供だけどかなり強くなってたんだ。両親は気づかないまま交通事故で2人とも一片に死んで最後まで俺の異常性に気づかないで……。いや、気づいていたんだろうな」
あの愛情を注ぎまくってくれた両親が気づいていないわけないよな……。
「……エイジ先輩」
おっと、話の続きだったな。
「まあ、両親が死んで、引き取り手もなくて孤児院に入れられることになったんだけど。俺みたいな他とは違うバケモノが馴染めるわけないだろ? だから、孤児院に向かうトラックから逃げ出したんだ。そして、これからどうしようか途方にくれていたときに出会ったのが黒歌だったんだ。最初に出会ったときは黒歌は黒猫の姿でさ。大怪我しているみたいで、首輪もしてないから野良だと思って、拾ったんだよなぁ」
マジで昨日のように思い出せるな。
「俺も両親亡くした直後で、天涯孤独くんだったから、家族が欲しかったんだろうな。俺は他とは違うバケモノだったから。家族や拠り所が欲しかったんだろう。だから、黒歌が殺気を放ってきても、まったく怖くなかったんだと思う。この世界で一人ぼっちは嫌だから黒歌を受け入れたんだと思う。まあ、いまは愛している女だから傍にいてもらってるけど」
小猫ちゃんは無言で訊いていた。俺はもう少し話を続ける。
「それから黒歌がはぐれ悪魔だってことを知って、冥界っていう世界があることを知って、冥界に渡ったんだ。能力を隠したままでも隠さなくても、人間界で小さな子供ってのは生きづらいからな。冥界で賞金稼ぎとして働いて、冥界を転々としながら生活してたんだ。そんなこと『普通』の子供にできると思うか?」
小猫ちゃんに訊ねると、首を横に振った。
「そうだろ? 『普通』なら無理さ。さらに俺はその頃から魔力の扱いも仙術も誰よりも優れていて、様々な知識も持っていた。倉庫扱いしている【王の財宝】にもとんでもない代物が無数に入っている。――俺はさ、本当にバケモノなんだよ。人外クラス……、いや、今は人外なんだけど。まあ、いうならば世界の枠を超えたバグキャラだな」
「バグキャラ……」
「そ。バグキャラ。まっ、バグキャラだからかなぁ。世界から外れた者ってことで、俺はすごい寂しがり屋でさ。ひとりは絶対に嫌。常に誰かと共にいたい。誰かと繋がっていたいって……。心だけでも体だけでも、絶大な力は忘れて、愛し愛し合う。俺が女好きなのもそれが原因の一部かな? まあ、生来女好きだったみたいだけど」
本当に原因の一部だろうなぁ。俺って初代の記憶からいって規格外の女好きみたいだから。正直、純粋に女好きが9割ぐらいだと思う。
「――まあ、結論を言うと、他を怖いなんて思えないぐらい俺はバケモノだったってことだよ」
「エイジ先輩は……、バケモノなんかじゃありません」
小猫ちゃん?
「バケモノなら寂しいなんて思いません……。エイジ先輩はリアス・グレモリー眷属の『兵士』です。とんでもない女誑しで、女好きな。私たちの仲間です……」
――っ。
「ありがとう。小猫ちゃん」
頭をなでると小猫ちゃんは目を細めていた。
「そういえば、エイジ先輩って目標とか夢とかあるんですか?」
「ん? なんで?」
「いえ……、ただ気になったんです」
うーん……、目標や夢ねぇ……。小猫ちゃんは俺の目をしっかり表面から見て言う。
「部長はレーティングゲームの大会で優勝する。ソーナ会長は分け隔てない学校を建てる。――私は、いつかお姉さまを超えて
ヘルキャット――か。こりゃあ、俺もきちんと答えないといけないな。でも、俺の夢って最初から決まってるんだよなぁ。
「俺の夢は――、幸せな家庭を築くこと、だな」
「幸せな家庭ですか?」
「ああ。もともと考えていたことだったんだけどさ。人間界で大学まで行って、卒業したら冥界に渡って、大好きな女たちと静かに暮らしたいってね。そこで幸せに暮らせれば満足だ。ってな」
「…………」
無言な小猫ちゃん。どうしたんだろう? と思っていたら突然口を開いた。
「……エイジ先輩は絶大な力を持っているのに、それで満足なんですか?」
そう訊いてくる小猫ちゃん。まあ、絶大な力持ってる奴の掲げる夢にしては庶民的だよなぁ。
――でも。
「俺はそれで満足だよ」
小猫ちゃんの頭をポンポンと触れるように手で叩く。それから手を満月に向けて伸ばす。
「俺の力の使い方は決めているからな。この力は大好きな女たちのために使うって。世界に興味なんてない。俺が興味あるのは、俺を愛してくれた女たちの幸せだよ。俺も幸せになって女も幸せになる。――それっていいことじゃないか」
そう。すべては世界の美女、美少女のため。俺を愛してくれる女たちのために。
俺が宣言すると小猫ちゃん微笑を浮べていた。
「ふふふ、エイジ先輩らしいですね」
かなりかわいい微笑だった。いつもの感情薄なものではなく、本当の笑みだった。
「まあ、インキュバスになっちゃうぐらい女好きの俺だからな」
俺は肩をすくめた。まったく、そんなに笑わないでもいいだろ。かわいいけど……。
俺は仕返しに小猫ちゃんに顔を近づけた。
「――っ。……エイジ先輩?」
「小猫ちゃんも俺とくるかい?」
「ええっ!? わ、わたし……!」
驚き顔の小猫ちゃん。慌ててる姿がなんともかわいらしい。
「俺は見ての通り、性欲過多、愛欲の塊、インキュバスだからね。愛する女性はどんな種族であろうと受け入れて最大の愛情を注ぐんだ」
猫耳がヒクヒク動き、尻尾をひらひらと揺れる。小猫ちゃんの顔が真っ赤になる。
小猫ちゃんは俯いて視線を迷わせる。
「え、あ……わ、わたしは……」
ふふっ、混乱しているね。そろそろやめてあげよう。ベンチに座りなおして笑みを浮かべる。
俺の様子にかわかわれたと気づいた小猫ちゃんは顔を膨らませる。
「からかいましたね、エイジ先輩」
「ふふっ……」
笑みを漏らすと小猫ちゃんはベンチから立ち上がった。スタスタと立ち去ろうとする彼女の背に声をかける。
「愛する女性は、どんな種族でも受け入れて愛情を注ぐ――ってのは、本当だよ。小猫ちゃん」
まあ、女性ならもとからどんな種族でも受け入れるんだけどね。
うしろからでも顔が真っ赤になっていることがうかがえた。すごくかわいいな。
「……お話、ありがとうございました。エイジ先輩」
そう言ってから小猫ちゃんは屋敷へと戻っていった。
冥界の空に浮ぶ月を、俺はしばらくひとりで眺めた。
◆
<イッセー>
中庭へ出て行くエイジと小猫ちゃんを追った。いや、正確には追ってはいないな。現在俺がいる場所はパーティ会場なんだし。
「ほら、赤龍帝。さっさと集音機に倍加をかけるにゃ」
小猫ちゃんのお姉さん、黒歌さんが急かしてくる。いま俺がいる場所はパーティ会場。そう、周りには黒歌さんだけじゃなく、この場に居ないアザゼル先生以外が集音機を取り囲んでいた。
近くに行けばバレるから、集音機にブーステッド・ギアの倍加をかけて、部屋のなかから小猫ちゃんとエイジの会話を聞こうという計画なんだが、これって盗聴じゃ?
「あ! 話し始めたようですわ! イッセーくん早く!」
「イッセー!」
朱乃さんと部長が急かしてくる! 2人に頼まれたら俺は断れないんだ! 小猫ちゃん、エイジ、スマン!
『Boost!!』
音声がなると、集音機から2人の会話が聞こえてくる。この集音機って部長のお母さまが執事に用意させたものだ。ちなみにマイクなどは食器を片づけるメイドたちが移動しているときにこっそり仕掛けさせたようです。さすがグレモリー家。連携が取れてるぜ!
スピーカーから2人の会話が聞こえてくる。
…………。
………………。
2人の話の内容に……、特にエイジの言葉に俺たちは誰も口を開けなかった。
まさか、自分をバケモノと思っていたなんて……。それに、ただの女好きと思っていたけど、そんな背景があったのか。
そして、エイジの目標――いや、夢か。
あいつの夢は俺からすれば意外だった……。
幸せな家庭……か。俺の目指していたハーレムと同じようで、まるで違う。
声だけで分かる。あいつはただのハーレムじゃなくて、ハーレムの中身まで考えているんだ。
俺はただ女の子を囲えたらいいと思っていたのが、恥ずかしく思えた。
部長たちもエイジと小猫ちゃんの会話にそれぞれ考えるような表情を浮かべていた。
俺もただのハーレムを創りたいってだけじゃダメだな。皆みたいにしっかりとした目標や夢を考えないと。
それから俺たちは特に会話もすることなく、解散した。
◆
8月後半――。
俺たちグレモリー眷属と黒歌さんたちは、本邸前の駅で冥界とのお別れのときを迎えようとしていた。
「それでは、エイジくん。また会える日を楽しみにしているよ。いつでも気兼ねなく帰ってきてくれてかまわんよ。グレモリー家をキミの家と思ってくれたまえ」
大勢の使用人をうしろに待機させて、部長のお父さんがエイジに言う。
「ありがとうございます」
うれしそうに礼を言うエイジに、部長のお母さんも声をかけた。
「人間界ではリアスをよろしくお願いしますわね。娘はちょっとわがままなところがあるものだから、心配なの」
「お、お母さま! な、何をおっしゃるのですか!」
部長は顔を真っ赤にしていた。かわいい部長!
「はい。もちろんです」
エイジは堂々と部長のお母さんに返した。それにしても、うれしそうだよな。部長の両親が本当の親のように接してくれるからなのかな?
「……うぅ、私は涙もろくなったものだ。我が家の将来は明るい……」
部長のお父さんが号泣していた。ええええええっ! なんでなんで?
横で部長のお母さんが嘆息していた。
「ちょっと、あなた。そこは父親らしく、『娘はまだやらん!』ぐらいは言って返すものですわよ?」
「そんなことを言ってもだな、エイジくんは魔王クラスの有望株で、リアスもすでに私の力を超えそうなぐらい成長しているだ。そろそろ落ち着いてもいいものではないかと思ってな」
「隠居めいたことをおっしゃるのは、せめてリアスが高校を卒業してからにしてください」
???? なんだか、盛り上がってるけど、何なんだ……?
「リアス、残りの夏休み、手紙ぐらいは送りなさい」
サーゼクスさまがご子息のミリキャスさまを抱えながら言う。そのすぐ後方にはグレイフィアさんが待機していた。
「はい、お兄さま。ミリキャスも元気にね」
「うん、リアス姉さま!」
列車に乗り込み、窓からサーゼクスさまたちに最後の別れを告げる。
あ――。
そのとき、俺は気づいた。サーゼクスさまとミリキャスさま、そして――。
そのスリーショットは親子に見えたんだ。やっぱり、そうだったんですね。俺の家でのあれは冗談ではなくて――。
◆
帰りの列車。
俺は手つかずだった学校の宿題に追われていた。
そうだよ! 冥界に来て忙しかったけど、これをすっかり忘れてました!
しかも思い返してみれば、俺、大切な高校2年生の夏休みの大半をドラゴンと山で過ごしていたんだぜ? 泣けるなんてもんじゃねぇぇぇぇっ!
あんな山でサバイバルで貴重な青春を使っちまった! 女っ気たっぷりすぎるエイジと違いすぎだろ!
そのエイジは夏休みの宿題を夏休み始まってからの2日で完全に終わらせているそうで、昨晩まで仕事に追われ、3,000件の予約依頼を完遂させて、現在列車で就寝中だ。爆睡しているといってもいい。
一方の俺はというと、号泣しながら、現国の宿題に手をつけていた。
しかし、冥界での生活はすごい体験ばかりだった。そして、いろいろ勉強になった。
俺たちは強い――パワーに関しては。けど、俺たちよりも統制の取れたチームが相手の場合、どんなにこちらのパワーが強大でも戦術しだいでやられる。まあ、エイジがやられるところなんて想像できないが……。いや、あいつはパワーだけじゃなかったな。それに男の娘を克服するまえだったら、女装した匙にやられていたかもしれないんだし。
……俺の将来『王』としてゲームをやるなら、いまのうちからそういう戦術とかを考えておかないとダメだろうな……。
だってさ、俺のパワーが伝説のドラゴンでどんなに強くても無闇に突っ込んで相手の術中にハマってやられたら、そこで即終了だ! 俺が『王』だからやられたら投了だよ! 今回も力では全体的に勝っていたはずなのに、神器が発動不能になるっていうイレギュラーと血を抜かれるというからめ技で匙に負けたんだし……。
うわぁ……、先行き不安すぎる。
通路を挟んで斜め前に座る部長に俺は話しかける。
「部長」
「なに?」
「俺、ハーレム王になるためにいままでがむしゃらにやってきました。それが目標でしたし、いままでもそれになりたいって気持ちも変わりません。――ただ、タンニーンのおっさんが俺に言ったんです。最終目標にそれを持ってくるのは勿体無いって」
俺は部長の前の席で眠っているエイジを見てから言葉を続けた。
「俺はただのハーレムじゃなくて、エイジみたいなハーレムを創りたいって。誰にも負けない魅力でゲームにも強いハーレムを創れたら最高ですよね」
部長は俺の言葉を聞き、かなり驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んでくれる。
「夏の合宿は成功みたいね。冥界で他の悪魔に出会えたこともあなたにとって大きなプラスになったようだし。私も大きく学んで前に進めたからね」
はい! 俺、がんばります!
と、そこでエイジがこくりこくりと電車の揺れで首を揺らしていると、そこへ小猫ちゃんが現れて……、エイジのひざにお座りしたぁぁぁぁっ!?
俺は何が起きたかわからなかったが――小猫ちゃんはエイジのひざの上にお座りして、ネコミミをぴこぴこ動かしていた。
「こ、小猫ちゃん……?」
俺がどうしたのか混乱していると、エイジは首を小猫ちゃんの肩に乗せて、小猫ちゃんの腰に腕を回した! 何やってんだぁぁぁぁっ!
燃え上がった嫉妬心にしたがって、エイジを起こそうと立ち上がったその瞬間――。
「にゃん♪」
満面の笑みが俺の視界に飛び込んできた。うん。なんか、もうそれだけで俺の脳みそが弾け飛んでた。
「にゃはは~。白音もエイジが気に入ったみたいにゃね♪」
エイジの隣に座っていた黒歌さんが満面の笑みで小猫ちゃんの頭をなでていた。
エイジのヒザに座る小猫ちゃんに、部長と、その隣に座った朱乃さんはまるで母親のような笑みを浮かべていた。
あれ? 前は怒ってたのに、どうしたんだ?
俺はしばらく動けなかったが、夏休みの宿題がたっぷりあったので、泣く泣く席に戻って現国の宿題と格闘を始めた……。
こうして、列車は俺たちの住む人間界へと――。
◆
人間界側のホームに列車はたどり着き、俺は背伸びをした。
「うーん、着いた着いた。さてさて、我が家に帰ろうぜ、アーシア」
アーシアに振り返ったときだった。謎の優男にアーシアが詰め寄られていた。
「アーシア・アルジェント……。やっと会えた」
「あ、あの……」
困惑しているアーシア。こりゃマズい! 変質者さんですか? うちのアーシアには指1本触れさせませんよ!
「おいおいおい! アーシアに何の用だ!」
間に入る俺! しかし、謎の優男は真摯な表情でアーシアに訊いていた。
「……僕を忘れてしまったのかな。僕たちはあのとき出会ったはずだよ」
優男は――って、こいつ、どこかで見たような。優男は突然胸元を開き、大きな傷痕を見せてきた。深い傷痕だ。アーシアはそれを見て、目を見開いていた。
「――っ。その傷は。もしかして……」
アーシア? 覚えがあるのか?
「そう、あのときは顔を見せれなかったけれど、僕はあのときの悪魔だ」
「――っ」
その一言にアーシアは言葉を失っていた。
「僕の名前はディオドラ・アスタロト。傷痕が残らないところまで治療をしてもらえる時間はあのときなかったけれど、僕はキミの神器によって命を救われた」
アーシアの過去は聞いている。偶然。1人の悪魔を助けたことで魔女の烙印を押された。
「ディオドラ? ディオドラね?」
部長が彼に覚えがあるようだった。……あ、思い出した。こいつ、例の若手悪魔の会合に出ていたぞ! あのときの美少年の上級悪魔! 確か、現ベルゼブブが出た御家の!
ディオドラはアーシアのもとに跪くと、その手にキスしようとするが、空を切った!
あれ? アーシアは? と思ったらエイジがアーシアを抱えていた。ナイス、エイジ! 優男、残念!
とそこで俺はエイジの異変に気づいた。ディオドラをまるで汚物でも見るかのような目線を送っていたからだ。
ディオドラはエイジや俺たちを無視して、そいつはアーシアに言った。
「アーシア、僕はキミを迎えにきた。会合のとき、あいさつできなくてゴメン。でも、僕とキミの出会いは運命だったんだと思う。――僕の妻になって欲しい。僕はキミを愛しているんだ」
――そいつは俺の目の前でアーシアに求婚したのだった。
暑かった夏が終わりを告げ、長くなるであろう秋がもうすぐ始まろうとしていた。