<リアス>
オーディンさまが来日して数日が経ったある日の夜。
スレイブニルという八本足の巨大な軍馬の馬車に私たち、アザゼル先生、オーディンさま、ロスヴァイセが乗っていた。
いまはその馬車で空を飛んで、夜空を移動している。
軍馬が大きいせいか、馬車も大きく、外には護衛として、いつでもテロリストなどを迎え撃てるようにするために祐斗、ゼノヴィア、イリナ、そしてバラキエルが空を飛んでついてきていた。
「日本のヤマトナデシコはいいのぉ。ゲイシャガール最高じゃ」
オーディンさまが満足げな表情で「ほっほっほっ」と笑っていた。
まったく。
護衛する私たちの身にもなってほしいわ。ここのところ、この巨大な馬車に乗って、日本の各地を連れ回されている。都内のキャバクラに行ったり、遊園地に行ったり、お寿司屋に行ったり。オーディンさまの好き勝手に日本を観光していた。
日本観光は好きなんだけど、オーディンさまの行くところってエッチなお店が多くて、未成年で高校生ってことで、店内に入れず、入り口付近の待合室で待機させられたりって色々と疲れるのよねぇ。
見れば眷族の皆も疲れた表情を浮かべていた。イッセーも疲れているようだし、その隣ではイッセーの肩に頭をよせて眠っているアーシアがいるし。
朱乃は……。心ここにあらずで、機嫌が悪く、話しかけないでとオーラが全身から放たれているしまつ。
父親で嫌っているバラキエルの近くで、オーディンさまの護衛をすることがストレスを溜め込む要因になっているみたい。
すっごく対応に疲れるオーディンさまだけど、いまは大事にお客さま。私たちは文句もあまり言わずに付き添っていた。
「オーディンさま! もうすぐ日本の神々との会談なのですから、旅行気分はそろそろお収めください。このままでは、帰国したときに他の方々から怒られます」
ロスヴァイセはここ数日、ずっとクールに対処して、オーディンさまに付き添っていたけど、もう我慢の限界みたいで、額に青筋を立てていた。
「まったく、おまえは遊び心のわからない女じゃな。もう少しリラックスしたらどうじゃ? そんなだから男の1人もできんのじゃよ。なあ、セルベリア」
オーディンに話をふられて、悪魔の仕事で忙しいエイジの代わりに護衛としてきていたヴァルキリーのセルベリアは、深いため息を吐いた。
「それもそうでしょうけど、もう少し言い方というものはなかったのですか、オーディンさま」
「言い方と言われてものぉ。こやつみたいなクソ真面目な彼氏いない歴=年齢の生娘ヴァルキリーにはこれぐらい言わんと訊かんじゃろぉ」
「…………」
「か、か、彼氏いないのは関係ないでしょう! す、好きで独り身やっているわけじゃないんですからぁぁぁっ! セルベリアさんもなんで無言になっちゃうんですかぁぁぁっ!」
涙目になるロスヴァイセ。ほんとうに色々と疲れるわね。
はぁ……、それにしても家に帰りたいわ。エイジの顔が見たい。
今夜は何時ぐらいに帰ってくるんだったかしら?
グレモリー家から直々に悪魔の仕事を申しつけられているたせいで最近忙しいのよね。
……まったく、父さまもお母さまも、いまが稼ぎ時だからってエイジに仕事をやらせすぎなのよ。
エイジの仕事の関係上、他の上級悪魔や権力者と深いパイプを繋げやすくなるかもしれないけど、少しは減らして欲しい。
確かに彼の場合はエッチが大好きのインキュバスで、エッチをすればインキュバスの能力もあって、逆に色々と回復できたりするでしょうけど、1日に何十件仕事をさせていたら、多忙すぎていつかは倒れちゃうわ。
いまでも多忙なのに私たちもないがしろにせず1人ひとりと濃厚な――、いえ、どちらかというと私たちに甘えだしてきたわね。
仕事でストレスが溜まるのだろう。私たちとは愛を囁きあうような濃密なエッチがさらに濃度を増したし、家や学校にいるときは誰かの傍に身を寄せていたりって、しょ、正直うれしかったり……。
「どうしたんじゃ、リアス嬢。顔が赤いぞい」
「い、いえっ、なんでもありません!」
顔が熱い。自分でも顔が真っ赤になってるのがわかる。危ない危ない、ちょっとエイジとのエッチを思い出しかけたわ。
ガックンッ!
ヒヒィィィィィィィンッ!
――ッ!
突然、馬車が停まり、私たちを急停止の衝撃を襲った!
不意の出来事に皆が体勢を崩しているなか、こういう不測の事態に対してこそ鍛えられている私や、師匠役も務めたりするセルベリアは即座に体勢を立て直して戦闘態勢を取った。
「何事ですか!? まさか、テロ!?」
「わからん! だが、こういうときはたいていろくでもないことが起こるもんだ!」
ロスヴァイセと先生も警戒していた。
さっきのは馬の鳴き声だった。すくなくとも馬に何かあったんだろう。
警戒しながら馬車の窓から外を見ると――バラキエルを中心に祐斗とゼノヴィアとイリナがそれぞれ展開して、戦闘態勢になっていた。
私は馬車の窓を開けて、何が起きたのかとセルベリアたちと前方に目を配る。
……前方に若い男性らしき者が浮遊している。整った顔立ちだけど目つきが少々悪い。
身につけているものはオーディンさまの正装として着ているローブの色を、黒をメイン変えたようなものだった。
男性を確認したセルベリアとロスヴァイセが心底驚いたような表情になり、アザゼル先生は舌打ちしていた。いったい彼は何者なの?
男性はマントをバッと広げると口の端を吊り上げて高らかにしゃべりだした。
「はっじめまして、諸君! 我こそは北欧の悪神! ロキだ!」
悪神ロキ! まさか、そんな……。
「……ロキ。北欧の神がくるなんて」
私たちが驚いていると、アザゼル先生が黒い翼を羽ばたかせて、馬車から出ていく。
「これはロキ殿。こんなところで奇遇ですな。何か用ですかな? この馬車には北欧の主神オーディン殿が乗られている。それを周知の上での行動だろうか?」
アザゼル先生が冷静に問いかける。
ロキという神さまは腕を組みながら口を開いた。
「いやなに、我らが主神殿が、我らの神話体系を抜け出て、我ら以外の神話体系に接触していくのが耐えがたい苦痛でね。我慢できずに邪魔をしに来たのだ」
「堂々といってくれるじゃねぇか、ロキ」
アザゼル先生の言うとおりほんとうにね。まったく堂々と悪意を込めて言うなんて。アザゼル先生もロキのその態度に怒っているみたいだし。
でも一方のロキはアザゼル先生の怒りなんてどうでも言いように、楽しそうに笑う。
「ふははは、これは堕天使の総督殿。本来、貴殿や悪魔たちと会いたくなかったのだが、致し方あるまい。――オーディン共々我が粛清を受けるがいい」
「おまえが他の神話体系に接触するのはいいってのか? 矛盾しているな」
「他の神話体系を滅ぼすのならば良いのだ。和平をするのが納得できないのだよ。我々の領域に土足で踏み込み、そこへ聖書を広げたのがそちらの神話なのだから」
「……それを俺に言われてもな。その辺はミカエルか、死んだ聖書の神に言ってくれ」
アザゼル先生は頭をボリボリかきながらそう返す。
「どちらにしても主神オーディン自らが極東の神々と和議をするのが問題だ。これでは我らが迎えるべき『神々の黄昏』が成就できないではないか。――ユグドラシルの情報と交換条件でも得たいものは何なのだ」
アザゼル先生は指を突きつけて訊いた。
「ひとつ訊く! おまえの行動は『禍の団』と繋がっているのか? って、律儀に答える悪神さまでもないか」
ロキはおもしろくなさそうに返す。
「愚者たるテロリストと我が想いを一緒にされるとは不快極まりないところだ。――おのれの意志でここに参上している。そこにオーフィスの意志はない」
その答えを聞いて、アザゼル先生は体の力が抜けていた。
「……『禍の団』じゃねぇのか。だが、これはこれでまた厄介な問題だ。なるほど、爺さん。これが北が抱える問題点か」
アザゼル先生が馬車のほうに顔を向けると、オーディンさまがロスヴァイセと引き連れて馬車から出るところだった。足元に魔法陣を展開して、魔法陣ごと空中を移動していく。
「ふむ。どうにもの、頭の固い者がまだいるのが現状じゃ。こういう風に自ら出向くアホまで登場するのでな」
オーディンさまはあごの長い白ヒゲをさすりながらそう言った。
「ロキさま! これは越権行為です! 主神に牙をむくなどと! 許されることではありません! しかるべき公正な場で異を唱えるべきです!」
ロスヴァイセは瞬時にスーツ姿から鎧に変わり、ロキに物申していた。
しかし、あいては聞く耳を持たない。
「一介の戦乙女ごときが我が邪魔をしないでくれたまえ。オーディンに訊いているのだ。まだこのような北欧神話を超えたおこないを続けるおつもりなのか?」
返答を迫られたオーディンさまは平然と答えた。
「そうじゃよ。少なくともお主よりもサーゼクスやアザゼルと話していたほうが万倍も楽しいわい。日本の神道を知りたくての。あちらもこちらもユグドラシルに興味を持っていたようでな。和議を果たしたらお互いに大使を招いて、異文化交流をしようと思っただけじゃよ」
それを聞き、ロキは苦笑した。
「……認識した。なんと愚かなことか。――ここで黄昏をおこなおうではないか」
ゾクっ……。
ふいに悪寒が私を襲ってきた。凄まじいまでの敵意が私の肌をビリビリと刺激してくる。
「それは、抗戦の宣言と受け取っていいんだな?」
アザゼル先生の最後の確認にもロキは不適に笑む。
「いかようにも」
ゴォォオウッ!
突如、ロキに波動が襲いかかった!
何事かと目を配れば――ゼノヴィアが真・リュウノアギトとデュランダルを両手それぞれに持って、振るったようだった。龍殺しのオーラと聖剣のオーラが立ち上っている。
「先手必勝だと思ったのだが」
ゼノヴィアは平然とそう言った! そ、そうだけど、確かにそうだけど早すぎよ!
「どうやら、この程度ではあまり効かないようだ。さすが北欧の神か」
ゼノヴィアの言葉に視線を戻せば――服が破れ、少しだけ血を流しているロキがいた。
ゼノヴィアも結構本気でやったと思ったんだけど、この程度のダメージしか与えられないなんて。
「なかなかの威力だったぞ。私は久々に己の血を見たぐらいだ。まさか神である私に手傷を負わせるとはな。――貴公の名はなんというのだ?」
「ふっ、悪神とはいえ神に褒められるのはうれしいものだな。リアス・グレモリーの眷属悪魔、『戦車』のゼノヴィアだ」
「ゼノヴィアか。――覚えておこう」
ゼノヴィアは臆せず、堂々と悪神ロキに言い放った。
「マジかよ。あいつ、神に怪我負わせやがったぞ」
「ほう、若いくせにやりおるわ」
アザゼル先生とオーディンさまが驚きの表情でゼノヴィアを見ていた。こんな状況でも眷族が褒められるのはうれしいわね。
先手を取ったゼノヴィアに続こうと、祐斗も聖魔剣を創りだし、イリナも光の剣を手に発生させていた。
それを見てロキは笑う。
「ふはははっ! 貴様らでは、無駄だ! これでも神なんでね、たかが悪魔や天使の攻撃ではな」
ロキはゼノヴィア以外はまったく歯牙にかけないという態度を見せて、左手を前にゆっくりと突きだす。
その手に得たいの知れないプレッシャーが集まるのを、鍛えられた危機察知能力が感じ取った。
あれを放たれたら、マズい!
収納用の空間から弓を取りだし、急いで滅びの魔力を収束して矢の形に形成する!
矢を形成していると音声が馬車のなかで響いた。
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!!』
その音声が終わると共にイッセーの体が赤いオーラが包み込み。鎧へと形作られていった。
生身よりは禁手かで鎧を纏っていたほうがいいわね。赤龍帝の鎧を身に纏ったイッセーは――って、
「イッセー、待ちなさい!」
「――っ!? なんですか、部長!」
「なんですかじゃないわよ! あなた、まだ空も碌に飛べないのにロキに突っ込んでいこうとしたでしょ!」
「で、でも、ブースターを吹かせ続ければ――」
「それでも一時でしょ。相手は神、悪神ロキなのよ。オーラを消費し続けながら慣れていない空中戦で勝てる相手じゃないの! せめて遠距離攻撃をしなさい!」
「す、すみません……」
まったく、殺されるつもりなの!? と叱るとイッセーは外へ飛びだすのを止めた。
そんな私を見て、ロキは左手に力を集めるのも止めて、うれしそうに口の端を吊り上げる。
「紅い髪。グレモリー家……だったか? 現魔王の血筋だったな。先ほどの制止は正解だったぞ。今代の赤龍帝のようだが、空もまともに飛べないのなら話にすらならんからな。――ふむ、体から溢れるオーラの量や密度に、手に持った弓と矢は……。ふははっ、現魔王の血筋とは名ばかりではないようだ」
「……かなり評価してくれるのね?」
「当たり前だ。その弓の性能も見事なものだろうが、膨大な量の魔力を収束、圧縮し、それを矢の形に創りだしているのは貴公だ。その弓矢から感じる力からして、このまま、ただ力を振るっていたのなら、その矢は確実に我の体を貫いていたことだろう。ハハハハ、――現魔王の血族か。なかなか侮れん」
……ど、どうしよう……。こんなに私個人が評価されたことって初めてだから、少し……いえ、かなりうれしいわ。
「ふっ、当たり前だ。私の『王』なのだからな」
ちょっ、ちょっと、ゼノヴィア!
「ほう、それならば納得だ。貴公の名も教えてもらいたいものだな」
「グ、グレモリー家次期当主、リアス・グレモリーよ」
朱乃を引き連れて外に出て言う。少しつまずいちゃったけど大丈夫よね?
「リアス・グレモリーか。これは面白くなってきたな」
うれしそうなロキ。……戦闘狂なのかしら? はぁ、ヴァーリといい強くなったら強くなったで、目をつけられるのね……。
「ロキさま」
「おお、これはこれはセルベリア・ブレスではないか」
私たちに遅れて馬車から出てきたセルベリアを見て、ロキは若干驚いたような表情を見せた。
「北欧から出て大勇者の従者になったはずの貴公がなぜここにおるのだ?」
ちょっ、ロスヴァイセは一介の戦乙女扱いだったのに、セルベリアには礼をはらうの?
セルベリアは【戦乙女の槍】を発動させ、巨大な旧時代の戦槍を発現させた。体から蒼いオーラを迸らせ戦槍の先端をロキに向ける。
「主の代わりにオーディンさまの護衛をしているんです。北欧の神であるロキさまであろうと、オーディンさまを害することは許しません」
そう宣言するセルベリアにロキはふぅとため息を吐いた。
「オーディンの護衛に、堕天使の幹部が2人、天使が1匹、リアス・グレモリーとゼノヴィア、他にも悪魔がたくさん、赤龍帝も付属。そして、歴代最強のヴァルキリーと称される蒼炎の戦乙女までとは……。オーディン、ただの護衛にしては厳重だ」
「おぬしのような大馬鹿者が来たんじゃ。結果的に正解だったわい」
オーディンさまの一言にロキはうんうんとうなずき、不適な笑みをつくった。
「こちらが厳しいかも知れんが、よろしい」
言うと、マントを広げ、高らかに叫ぶ。
「出てこいッ! 我が愛しき息子よッッ!」
ロキの叫びに一拍空けて――宙に歪みが生じた!
歪みから感じるこの気配……、それにロキの息子といえば……!
ヌゥゥゥッ。
空間の歪みから姿を現したのは、私が予想していた通り、10メートルぐらいはありそうな巨大な灰色の狼だった。
ぞくっ……。
狼に睨まれた瞬間、全身が震えた。狼にロキ以上の恐怖を感じる……。
周りを見れば、眷属の全員が全身を強張らせて震えていた。朱乃とゼノヴィアは修行でこういうプレッシャーに慣れているからまだマシだけど、イッセーやアーシア、祐斗は狼からの重圧でまともに動けそうにない。
「マズイ……。おまえら、あのデカい狼には手を出すなッ!」
アザゼル先生の表情もいままでに無いほど、緊張に包まれたものだった。
「先生! あの狼、何なんですか?」
イッセーの問いにアザゼル先生は搾り出すように言葉を発した。
「――
『――ッ!?』
アザゼル先生の一言に全員が驚愕し、同時に納得したかのようだった。
「フェンリル! まさか、こんなところに!」
「やっぱりフェンリルだったわね……」
祐斗が驚きの声をあげ、私の予想は正しかったとうなずき、警戒態勢を取った。
「イッセー! そいつは最悪最大の魔物の一匹だ! 神を確実に殺せる牙を持っている! そいつに噛まれたら、いくら赤龍帝の鎧でも保たないぞ!」
「――ッ!」
呆けていたイッセーにアザゼル先生の説明が飛ぶ。説明を聞いたイッセーはフェンリルに対して警戒態勢を取った。
「そうそう。気をつけたまえ。こいつは我が開発した魔物のなかでトップクラスに最悪の部類だ。何せ、こいつの牙はどの神でも殺せるって代物なのでね。試したことはないが、他の神話体系の神仏でも有効だろう。上級悪魔でも伝説のドラゴンでも余裕で致命傷を与えられる」
すーっ。
ロキの指先が私に向けられる。
「本来、北欧のもの以外に我がフェンリルの牙を使いたくはないのだが……。まあ、貴公ほどの悪魔なら良いだろう」
……嫌な予感がする。いつでも対応できるように体内に魔力を循環させ、身体能力を引き上げておく。これで近接戦闘が苦手な私も少しの間だけなら高速で動ける。
「魔王の血筋を抜きにしても、我が子にその血を吸わせるのことは良い経験になり、糧になる。――やれ」
オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォオオオオオオオオオオンッッ!
闇の夜空で灰色の狼が透き通るほど見事な遠吠えをしてみせた。
その鳴き声は、私たちの全身を震え上がらせ、さらに聞き惚れてしまうほどの美声だった。
フェンリルが戦闘態勢に移ったと、私の脳が理解した瞬間――私の周りの時間が遅くなる。
刹那の時間が体感では3秒、5秒と延びた。
フェンリルの体勢が変わり、脚が曲げられこちらへ襲い掛かろうとしていることが理解できた。
周りが遅くなったなかで、私はフェンリルに対応するために周りを無視したように動き始める。
少し前だったなら向ってくるフェンリルに対して走馬灯のように感じ、体を動かす暇も無く噛み殺されていただろうけど、いまは違う。
早くなった思考に、魔力で強化された体がきちんとついてきているのだ。
ひゅっ。
空を蹴るフェンリル。周りのほとんどの人にはフェンリルが消えたように感じただろうが、私から見れば少し早い速度で、こちらへ向ってこようとしているようにはっきりと見えている。
私はフェンリルが来る前に翼を羽ばたかせジャンプする。
このジャンプで攻撃は回避できた。フェンリルはまだ気づいていない。
幸いロキに放つ予定で力を留めておいた矢がある。弓に矢を添えて狙いを定める。
このタイミングと油断しているだろうフェンリルなら、攻撃をはずして停まるだろう瞬間に脳天を打ち抜ける!
「ルイン――」
――っ!
矢を撃とうとしていると、イッセーが突っ込んできていることに気づいた。私を助けようとしてくれたんだろうけど、私はさっきまでいた場所にいない。
このままじゃ、私の代わりにその場に割り込んだイッセーがフェンリルの牙に襲われる!
予定を変更して動いているフェンリルとイッセーの間を狙って矢を放った。
ヒュッ、ボォゥッ!
矢は空気を切り裂き、音速を超えてフェンリルの元へ向って飛んでいく。
「触るんじゃ――ッ!?」
私を噛み殺そうとしていたフェンリルを、何かを叫びながらイッセーが殴ろうとしていたけど、私がイッセーとフェンリルが接触する前に矢を放ったことで、フェンリルは危機を感じて急停止し、イッセーの攻撃は空を切った。
「あれ!?」
イッセーが驚きの声をあげた。周りを見て消えたように見たんだろう私を探している。
「イッセー、ここよ」
「ぶ、部長……よかったぁ」
体を強化し続けたまま声をかけると、イッセーは安心したように肩をおろした。身を案じてくれてうれしいけど、フェンリルが眼前にいるから気を抜くには早いわよ。
私は周囲を確認する。思っていた通り、即座にフェンリルに対応するために内側で密かに力を高めている朱乃やゼノヴィア、蒼炎を戦槍に収束して密度を高めているセルベリアを確認した。
フェンリルが私を睨んだ。先ほどとは比べ物にならないプレッシャーを感じる。完全に警戒されたみたい。先ほどのような不意打ちはもう効果がなさそうね。
「まさか、フェンリルの速度に対応し、矢まで放つとは……、それに地面の一部、矢の大きさほどの空間が綺麗に消滅している。ここまでの矢とはな。どうやら危ないのはこちらのほうだったようだな」
ロキはそう言いながら観察するように私を見てきた。
「赤龍帝が割り込まなかったなら、攻撃を外したことでできる隙をつかれてフェンリルがやられていたかもしれんな」
「おいおい……シャルバを倒したことは聞いたけど、どこまで強くなってんだよ……」
アザゼル先生がうんざりしたように言ってくる。私だって神や神喰狼に対応できてることに驚いてるんだから言わないで!
「じゃあ俺は部長の邪魔を――」
「イッセー」
「部長……」
「結果的にそうなったかもしれないけど、気にしないで。それよりもフェンリルの速度に反応するなんて成長したわね。――守ろうとしてくれてありがとう」
「部長……。はい!」
この子もほんとうに成長したわね。最初は下級悪魔の力も持っていなかったのに。
「とりあえず仲間だけでも削っておくか」
私がロキのほうへ向き直る。ロキが再びフェンリルに指示を送ろうとするが――。
「やらせません」
セルベリアがフェンリルの前に立ちはだかった。蒼炎の戦槍を向けられたフェンリルは動くに動けないとその場で睨み合いを始めた。
「ちっ、セルベリア・ブレスまで昔よりも強くなっているのか」
分が悪いとロキは表情を硬くした。
「こっちも忘れてんじゃねぇぞ、ロキィィィィッ!」
アザゼル先生とバラキエルが光の槍と雷光をロキに向けて放った。
「フェンリルを使わずとも、貴様ら堕天使2人程度では我の相手は無理だ」
魔法陣が盾となって空中に広がっていく。
アザゼル先生とバラキエルの攻撃は容易に防がれてしまった。
「――ッ! 北欧の術かッ! 術に関しては俺らの神話体系よりも発展していたっけな! さすがは魔法、魔術に秀でた世界だ!」
アザゼル先生が憎々しげに吐き捨てた。
……で、でも私の矢ならたぶんロキの防御魔法陣を貫きそうね。消滅の魔力の特性に加えて、エイジとセルベリアから魔法陣を貫通させる魔法や魔術も習っているし……。
「だったら、同じ術式で!」
ブィィィィィィンッ!
ロスヴァイセがロキと同様の魔法陣を宙に何重にも展開して、縦横無尽の魔法攻撃らしきものを放出させた。
すごい出力ね。さすがオーディンさまの付き人ね。
でも――。
バババババババズンッ!
ロキは防御魔法陣で全身を包み、ロスヴァイセの攻撃を防いでしまった。
やっぱりまだ出力が足りない。
「では、次はこちらの手番だな」
ロキとフェンリルから感じるプレッシャーと殺気が高まっていく。
「おもしろそうな状況だな。俺たちも混ぜてくれないか」
その言葉と共に私たちとロキの間に白銀が降りてきた。
「ヴァーリ……」
私たちの目の前に現れたのは白龍皇ヴァーリだった。
「よお、リアス・グレモリーにおっぱいドラゴン!」
横から金色の雲に乗って出てきたのは
……なんでヴァーリたちが?
「――ッ! おっとっと、白龍皇か!」
ロキがヴァーリの登場に嬉々として笑んだ。
「初めまして、悪の神ロキ殿。俺は白龍皇ヴァーリ。――貴殿を屠りに来た」
ヴァーリの宣戦布告を聞き、いっそう口の端をロキは吊り上げるが……。
「ふむ。今代の二天竜が見られたし、このままではこちらの分が悪いか。――今日は一旦引き下がらせてもらう」
ロキはフェンリルを自身のもとに引き上げさせる。
ロキはマントを翻すと、空間が大きく歪みだして、ロキとフェンリルを包んでいった。
「だが、この国の神々との会談の日! またお邪魔させてもらう! オーディン! 次こそは我と我が子フェンリルが、主神の喉笛を噛み切ってみせよう!」
ロキとフェンリルがこの場から姿を消した。追撃はなしね。あくまで護衛なんだし。
「ふぅ、何とかなったか」
「まさかフェンリルまで持ち出してくるとはのぉ」
アザゼル先生とオーディンさまが安堵のため息を吐いた。堕天使の総督や北欧の主神でもフェンリルの牙は怖いんだろう。まあ、防御不可能みたいだしね。
「うわっ、うわわっ!」
と、イッセーの驚く声が聞えたからそちらのほうへ顔を向けてみれば――。
「おいおい、おっぱいドラゴンは空も満足に飛べないのかぃ? ったく、悪魔で背中から翼が生えてんだから飛べよな。その翼はお飾りか?」
「ま、まだ飛ぶことに慣れてねぇんだよ! ちゃんと訓練して少しは飛べるようになってたけど、いまは禁手化で力使い果たしてるから飛ぶ余力がないんだ。――だから助けてくれてありがとう!」
…………。禁手化が解けたイッセーが美猴の金色い雲に乗せられ、救助されていた。
戦闘が終わって力を抜いたことも原因だろうけど、飛行している間ずっとブーストを噴かせていたから禁手化の時間が一気に減って、飛べなくなったんだろう。
「――って、イッセー! そいつらは『禍の団』でテロリストなのよ! 何のん気に助けられているの!」
「すっ、すいません!」
「まあまあ、今回俺らは戦いに来たんじゃねぇんだし、そうカリカリするなよ」
「戦いに来たんじゃないですって?」
「ああ。詳しくはヴァーリが説明するからどっか話せるところに移動しようぜぃ」
美猴の言葉を聞いて、私はアザゼル先生とオーディンさまに視線を送る。
「まあ、いいか。――わかった。とりあえず、駒王学園に移動して話すぞ」
アザゼル先生はあからさまにため息を吐いて言った。
◆
駒王学園のグラウンドに馬車を止めてヴァーリたちと話し合いを始めた。
リーダーであろう白龍皇ヴァーリが最初に口を開いた。
「先ほども言った通り、俺たちは兵藤一誠たちと戦いに来たわけじゃない」
「じゃあ、何しに来たんだよ?」
「オーディンの会談を成功させるにはロキを撃退しなければいけないんだろう?」
イッセーがヴァーリをにらむ。ヴァーリはイッセーの視線を無視して全員を見渡し、遠慮無しに言う。
「このメンバーと赤龍帝だけではロキとフェンリルを凌げないだろうな。しかも英雄派の活動のせいで冥界も天界もヴァルハラも大騒ぎだ。こちらにこれ以上人材を
ヴァーリは途中で肩をすくめてこっちを見てきた。
「まさかリアス・グレモリーや双剣使いのゼノヴィアがここまで強くなっているとは。ここに黒い捕食者の神城エイジまで加わると、俺たちが加勢する必要もなさそうだ」
「そりゃ、そうだな。実際、イッセーがリアスを助けに突っ込んでなかったら、油断していただろうフェンリルは消滅の矢の一撃で屠れていただろうしな。それにエイジだけじゃなく、セルベリアや黒歌たちが加わればロキとフェンリルを同時に相手にしても十二分に打倒できる」
アザゼル先生はため息を吐きながら断言する。まあ、そうでしょうね。アザゼル先生やヴァーリが評価する私たちよりも、黒歌たちのほうが強いし、その全員が相手になればロキとフェンリルがいても倒せると思う。
「だからこちらは
私がそんなことを考えていると、ヴァーリはゆっくりと頭を下げてきた。
「オーディン殿。ロキとフェンリルの撃退に手を貸させてくれませんか」
――っ! あのプライドの高い白龍皇ヴァーリが頭を下げて頼むなんて……。
◆
<エイジ>
オーディンの護衛をリアスたちに任せ、最近ものすごく増えた悪魔の仕事に行っていると、リアスたちから連絡が来た。
オーディンの護衛中に、北欧の悪神ロキとその息子であるフェンリルに襲われたそうだ。
連絡を聞いてはじめはかなり心配したが、護衛対象のオーディンをはじめ、全員無傷でロキもフェンリルも撃退したと聞いて安心した。
安心したのだけど……、アザゼルから「リアスたちをどれだけ鍛えてんだよ」と非難に近い声音で言われ、理由を聞いてみて、改めてリアスたちを鍛えすぎたと反省しました。
いや、ほんとうに鍛えすぎたみたい。
才能もあって、覚えも早くて、弱音は吐くけど投げ出さないから修行レベルの上げ続けていたからなのか、まさか北欧の悪神ロキとフェンリルを上級悪魔のリアスと転生悪魔の聖剣デュランダル使いだったゼノヴィアの実質その2人だけで撃退するとは思ってもみなかった……。
それにリアスたちの師匠役であるウチの黒歌やセルベリアたちは、リアスたちよりも強いんだから――うん。これは皆鍛えすぎたな。
俺を除いたメンバーだけでも十分にヤバいよ。世界征服できるかもしれないよ。
戦う機会はあったけど、本気で戦う相手なんてめったにいなかったから世界から見たセルベリアたちの強さなんてあまり気にしていなかったけど、今回の件で俺の鍛え方は世界からかなりずれていて、ヤバいものだと理解しました。
特に2ヵ月足らずにリアスが不意打ちでもフェンリルを屠れるようになっている事実はおかしい。神滅具所持者とかなら神器のおかげとかいうのも考えられるが、上級悪魔がここまで短期間で成長するのは色々とヤバい。
シャルバ・ベルゼブブを、連携を使ったといえ簡単に屠った時に気づけていれば……。
リアスやゼノヴィアはもちろん、朱乃も上級悪魔の枠組みを大きく外れちゃってるよ。
もうフェンリルに不意打ち食らわせれるぐらいだから、たぶんやり方によっては堕天使の総督であるアザゼルを一対一で倒せるよ。
黒歌に仙術はもちろん、中国拳法も習い始めた小猫ちゃんも上級悪魔クラスの実力はあるだろうしね。
残りの新人レーティングゲーム、グラシャラボラスはリタイアとして、サイラオーグとアガレスとか結構簡単に勝っちゃったりしないよな?
『聞いてるのエイジ?』
「あ、はい。すみません」
そういえばまだリアスと通信中だった。
「それで、ロキとフェンリルを撃退してからなんでしたっけ?」
『はぁ、聞いていなかったのね』
「す、すみません。ちょっと考え事をしてました……」
『まあ、いいわ。エイジは最近グレモリー家から仕事を押し付けられて別の意味でたいへんなんだし。――じゃあ、改めて説明するわよ』
「はい」
『ロキとフェンリルを撃退したあと、白龍皇ヴァーリとその仲間が現れて、オーディンさまと神々の会談をロキとフェンリルの邪魔させずに進めるための撃退作戦に、白龍皇たちも参加することになったのよ』
「え?」
俺はリアスの言葉がよくわからなかった……。
なんでいきなりヴァーリが? 『禍の団』でしょ?
『色々な疑問もあると思うけど、それは全部明日改めて話すことになったから、そのときに全員と合わせて詳しく説明するわ』
「は、はい……」
『とりあえず、今日はもう終わり。あなたも仕事は終わったんでしょ?』
「はい、終わっていま帰るところです」
『じゃあ、早く帰ってきて』
リアスの言葉と共に脳内にうれしそうな笑みを浮かべているリアスの顔を浮んだ。
「わかりましたけど、なんていうかすごくうれしそうですね?」
『あら、やっぱりわかる? うふふ、私の機嫌がいいのは、悪神とはいえ神のロキやヴァーリに私自身が高く評価されたからかしらね』
うふふ、と子供っぽい笑い声をもらすリアス。こ、これはかなりクル……。通信機越しでなかったら、いつもは見せない褒められ微笑む少女のような華やかな笑顔を見せてくれたことだろう。
『これもエイジや黒歌たちに鍛えてもらったおかげね。魔王の妹とかグレモリー家の娘とかじゃなく、私自身を評価してもらえる日がこんなに早く来るなんて』
超ご機嫌だね。これはイケるかな~?
「ご褒美期待しても――」
『ええ、もちろんよ。どんなマニアックなプレイでも喜んで楽しませてあげるわ。――だから、早く帰ってきなさい。エイジ』
――よし、早く帰ろう。速攻で帰ろう。ヴァーリが何故参戦とかあとででいいや。
◆
<イッセー>
俺はいま冥界に創られた訓練用のフィールドで、ひたすら飛ぶための訓練を行っていた。
オーディンの爺さんの護衛中、悪神ロキとフェンリルという巨大な狼に襲われ、本格的な戦闘に移ろうとしていたところで白龍皇ヴァーリたちが乱入したことで、結局戦闘にならずに後日会談のときに襲うと捨て台詞を言い残したあと、ロキとフェンリルは帰っていったんだけど……。
俺は何もできないどころか、足手まといになってしまったからだ。
フェンリルから部長を守るために禁手状態でブーストを噴かせて、フェンリルと部長の間に割り込んだ――つもりだったんだけど、部長は俺が反応する前にフェンリルの攻撃をかわしていて、さらに油断していて攻撃をかわされたことで動きを停めるだろうフェンリルを倒そうとしていたそうなんだ。
俺が割り込まなきゃ部長はフェンリルを倒していた。
部長は気にしなくていいと、助けてくれてありがとうと言ってくれたけど、結果的に俺は足を引っ張って邪魔をしてしまったんだ。
ほんとうに自分が情けない。
俺の目標はエイジを超えてハーレム王になって、自慢できる眷属を集めてレーティングゲームすることなのに、『王』である部長も守れもしない。
まあ、守る守らない以前に、魔力も才能もある上級悪魔の部長よりも、下級悪魔で才能なし魔力も赤ん坊並みの俺のほうが弱いんだろうけどさ。
女を守るのは男の役目!
――とか以前に、好きな女の子を自分が守りたいって想うのは当然だろ?
守られる側から俺は守る側になりたいんだ。
守る側になりたいのなら、へこんでいる暇はない。部長は――朱乃さんやゼノヴィア、それに小猫ちゃんも、どんどん先に行くんだから、俺も追いつくためには訓練を積まないといけないんだ。
今日、俺は飛べないことで迷惑をかけて戦力にもならなかったし、美猴の金色の雲に助けられた。
飛べないことがこんなにも足を引っ張ることになるなんて思いもしなかった。禁手化した際のブーストでの移動のほうが素早く動けるからって、悪魔として飛ぶ事を放棄していたんだ。
空中戦の可能性があることや、ブースト噴かせ続けて飛んでいたらすぐに力が尽きるなんて、少し考えればわかっていたことだろうが!
ブーストを鍛える前に飛行できないといけない!
禁手化せずに翼をだし、俺は自然体で立ち、翼を感じる。
転生悪魔である俺は最初から翼が生えていなかったので、まずは翼を意思通りに動かすところから始める。
幸い悪魔の翼は少し動かすだけで空を飛べるし、はじめてだったけど結構上手く動かせている。
翼を動かして短い距離を飛んだり降りたりを1時間ほど続けていると、飛ぶことに慣れてきた。
10分ぐらいは飛び続けていられるようになったし、小回りも効くようになってきた。
「さてと、そろそろ禁手で飛ぶための練習をするか」
鎧を着ている状態で飛べなかったら意味が無いからな。基本ができるようになったんだから、今度は禁手化した鎧状態で飛ぶために色々考えないといけない。
カウントもすでに終えているし、飛ぶ感覚を忘れないうちにはじめよう。
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!!』
赤龍帝の赤いオーラが体を包み鎧を形成していく。
ここからだ。
今の状態では翼は生えていないんだ。飛行するためには翼がいる。
「え~と、イメージと想いがあれば神器は応えてくれるんだよな?」
『ああ、アルビオンの宝珠を取り込んだときのように強いイメージと想いがあれば、おそらく翼が生えるだろう』
「そういや、アルビオンの宝珠を取り込んだのもイメージでのごり押しだったな。なあ、ドライグ、鎧から翼を生やすって難しいのか?」
『いや、さほど難しくはない。歴代の赤龍帝にも翼を生やして飛行した奴もいたからな』
「先任者がいるなら安心だな。とりあえずイメージを固めて……」
ドライグとはじめて会ったときの翼がいいな。赤龍帝の鎧にあいそうなドラゴンの翼。
「…………」
グググ……。
10分ほどイメージを固めながらオーラを背中に送っていると反応が返ってきた。これは手応えがあるぞ。
ググググッ、バッ!
確かな手応えが背中から感じた! おおっ、マジでちゃんと翼が生えてる!
生まれたてみたいでまだ動きも形も弱々しいけど、もうすぐしたら悪魔の翼で飛んだときのように飛行できるだろう!
思いのほか上手くいっているので、続けて集中して翼を形成していっていると、誰かがくる気配を感じた。
「よお、イッセー」
「アザゼル先生」
現れたのは――アザゼル先生だった。なんでここに? オーディンの爺さんとロキとフェンリルの対策を練っていたんじゃなかったのか?
「見てたぜ。飛ぶ訓練か」
どうやら俺の考えはお見通しのようだ。素直にうなずく。
「はい。ほとんど何もできないどころか部長の邪魔をしてしまったので……、飛ぶぐらいはできるようになっておこうと思って」
俺がそう言うと、先生は肩をすくめた。
「まあ、自由に空を飛べない悪魔なんて転生悪魔ぐらいだし、空中戦はいずれ必要になるだろうから覚えておいて損は無いな。いまは赤龍帝の鎧に翼を生やして飛ぶところか」
「はい」
先生なんだか元気がないな?
「ほら、さっさと特訓開始しろ。俺が見といてやるからよ」
「えっ!? いいんですか?」
「ああ。忙しいには忙しいが色々と誤算があったからな。戦力は十二分。対策もまあ、ヴァーリたちがそろう明日からだ。いまはおまえの特訓を見てやるよ」
「ありがとうございます!」
バッと頭を深く下げる。神器研究の第一人者のこの人が手伝ってくれるなら特訓もうまくいくだろう。
「じゃあ、ほれ。とりあえず羽ばたいてみろ」
「はい!」
悪魔の翼と動かし方はあまり代わらないようだ。でも――。
…………バサッ! …………バサッ!
ゆっくりしか羽ばたけないし、大量の土ぼこりを舞い上げるだけで、なかなか飛び上がらない。飛び上がっても、飛び続けられずに高度が伸びたジャンプだ。
「あれ?」
なんで上手く動かせねぇんだ? 首をかしげているとドライグが話しかけてきた。
『相棒、まず俺が翼を制御してから飛んでみるか』
「そんなことできるのか!?」
『まあな。赤龍帝の鎧は俺自身でもあるから、相棒を通して鎧に干渉するぐらいはできる』
「お、意思を持っている神器特有のやり方だな」
アザゼル先生は感心したように言う。
「じゃあ、とりあえず頼めるか?」
『ああ。任せろ』
翼から意識を外すと、すぐにドライグが俺の代わりに翼を動かし始めた。
バサッ、バサッ!
「おおっ! すげぇ!」
きちんと羽ばたけてるし、落ちないで空を飛べてる! それにかなりの速度だ!
『飛ぶのに慣れたら少しずつ干渉を弱めていく。ゆっくりでいいから自分で飛んでみろ』
「わかった!」
俺は休憩を挟みつつ2時間ほど訓練用の空間の空を飛び続け、最終的にドライグの干渉なしで飛べるようになった。
飛べるようになったので地面に降りて一旦禁手化を解く。
「はぁ~……」
これまでに溜まった疲労をため息と共に吐き出す。飛ぶのって結構疲れるな。
「――これじゃダメだな」
「え?」
アザゼル先生?
「まだコントロールが甘いし、飛び上がるのに時間もかかる。ドライグのサポートがないと高速で飛べないのも痛いし、ブーストも噴かせられていない。――このままじゃダメだ」
バッサリと切ってくるアザゼル先生。
「そ、そんなこと言われてもはじめてなんですし――」
「――はじめてとか関係ねぇんだよ! おまえはこんなんじゃないだろう! この程度じゃないだろう!? おまえの想いってのはこの程度なのか!?」
「――っ!」
俺の胸倉を掴んで引き寄せて大声を上げるアザゼル先生。……そうだ。はじめてとか言い訳するなんて、アザゼル先生が怒るのは当然だ。それに俺の想いはこの程度なんかじゃない!
「先生――」
「――アザゼル先生」
俺が言葉を発しようとしていたら、第三者の声が割り込んできた。アザゼル先生は顔だけ動かして第三者を見た。
「木場か」
現れたのは木場だった。木場は四角いダンボールの箱を持っていた。先生に怒られているところなんて、みっともねぇところを見せてるな。
「ちゃんと持ってきたか?」
「はい」
アザゼル先生の問いに木場はうなずく。そしてダンボールの箱を俺とアザゼル先生の足元に置いた。
ボンッ。
かなり重たい物のようだ。アザゼル先生は俺から手を離した。
「よくやった。――イッセー」
「……はい」
木場に礼を言い、俺の方をにらむ先生。返事を返すとアザゼル先生は地面に座り、俺も座るように指示してきた。
俺は指示に従って地面に座る。丁度ダンボールを挟んでアザゼル先生と向かい合う格好になった。先生は俺の顔を真剣な表情で見ながら言う。
「少しまえに、俺はおまえには他の赤龍帝よりも別の可能性があると言ったな?」
「はい」
「木場に用意してもらったこれは、その可能性を爆発的に引き上げるアイテムだ」
――っ! 俺の可能性を爆発的に引き上げるアイテム!?
「そんなものがあるんですか!?」
俺はアザゼル先生に飛びついた! そんなアイテムが存在していたのか!
「ああ。ある」
アザゼル先生はうなずくが表情はすぐれない。何かを悩んでいるようなそんな表情だ。そしてその表情のまま、俺を正面から見ながら言う。
「このアイテムを上手く使用すれば、確かに爆発的な神器の成長が望めるだろう。――だが、その分リスクも当然高い。最悪の場合、『覇龍』を使用するよりもリスクがある。それでもおまえは――」
……アザゼル先生。アザゼル先生の言葉に俺は続けてはっきりと言う。
「使います」
このまま足手まといは嫌だし、もうすぐ悪神ロキやフェンリルとの戦いもあるんだ。俺が覚悟を決めないでどうするっていうんだよ! 俺の想いは! 俺の想いはこの程度のリスクなんかで尻込みするようなもんなんじゃねぇんだ!
「……そうか」
アザゼル先生は一度うなずくと、俺の左腕に発現している赤龍帝の籠手を見た。
「だが、ほんとうのところを言うと、この方法はイッセーよりもドライグ――神器であるおまえのほうが圧倒的にリスクが高いんだ」
「そ、そうなんですか!?」
『…………爆発的な神器の成長が対価だ。宿主よりも神器のほうが危険になるのは当然だろうな』
当然のように言うドライグ。おまえにリスクを背負わせるなんて俺には――。
『ふん。強くなりたんだろ、相棒』
「――っ! それは、そうだけど……。おまえが――」
『俺は大丈夫だ。伝説の二天竜、赤龍帝のドライグだぞ。リスクぐらいどうというものでもない』
そう言って俺のなかで笑うドライグ。――っ、なんて……なんてカッコイイドラゴンなんだよ!
ここまで言われたら使わないって選択肢なんか選べねぇじゃなぇか!
「……アザゼル先生」
「……覚悟は決まったか? イッセー、ドライグ」
「はい!」
『ああ』
アザゼル先生の最後の問いに俺とドライグはそろって返事を返した。
アザゼル先生は深いため息を吐いてダンボールに手をかけた。
一体どういうアイテムなんだ?
「いくぞ!」
「はい!」
アザゼル先生は両手でダンボールの箱を開く! なかからは――。
「こ、これは――!」
「どうだ、イッセー! これがおまえをパワーアップさせるためのアイテムだ!」
『…………』
「すげぇ! すげぇよ、アザゼル先生! すげぇヤバい!」
アイテムの効果はマジで絶大だ! ディオドラ戦とときより少し弱いけども、普段と違ってものすごいオーラが体の奥から溢れ続けていく!
「俺の予想通りいい高まりっぷりだ! さあ、その高まった気持ちを神器に乗せて禁手化しろ!」
「はいっ!」
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!!』
赤いオーラが体を包んで鎧を形成していく! おおっ! 最初から翼が生えてる!
アザゼル先生はこちらにアイテムの一部を投げ渡してきた! 俺はしっかりと受け取る!
「さあ、全てを解放して飛び上がれ! おまえの俺に可能性を見せてみろ、イッセー! おまえの想いがどれだけ強いか見せてみろ!」
アザゼル先生が両手を広げて大声で叫ぶ! すげぇ高いテンションだ! 俺もそのテンションにのるぜ!
両手にアイテムをもって開く! 隅々まで観察、堪能! うひょひょひょ~!
バッ!
背中の翼がいままでと違って力強くなっている! それに完全に翼の感覚も捉えている!
「これならいけるッ!」
バサッ! バサッ! バサァァァッ!
おおっ! マジで自由自在に動かせてる! 試しにブーストを使ってみたけど、かなり使えている!
しかも、しかも! まだまだどんどん高まっていく!
すげぇ! すげぇよ! うひょぉ、ひょぉおおおおおおお~ッ!
飛んでるぜぇええええええ~!
『…………』
おいおいどうしたんだよドライグ? 自由自在に空を飛べてるんだぜ? アザゼル先生の言ったとおり、さっきまでよりもものすごく成長してるのに。
『…………』
本当にどうしたんだ? いつまでも返事を返してこないドライグが気になって、俺は地面に降り立って禁手を解除する。
「アザゼル先生! 俺、やりましたよ!」
とりあえずアザゼル先生の元へ走ると、アザゼル先生は笑みを浮かべていた。
「あっはっは。まさか、マ、ジ、で、上手くいくなんてな~。発破をかけてテンションを高めさせた状態で、コレ見せて思考を陽動すれば、おまえの場合、もしかしたら神器のコントロールが上達するんじゃないかって、お試しだったんだけどな。……まさか上手くいくなんて」
へ? ど、どういうことですか?
外野で見守っていた木場のほうへ視線を送ると、やれやれと苦笑していた。
「僕もまさかこんなもので神器の力が高まったり、コントロールが飛躍的に上がるとは思っても――いや、どこかでイッセーくんなら、と、思っていたのかもしれないね」
「ああ、まさかこんなもんでパワーアップするなんてな」
ちょっ、木場にアザゼル先生も、こんなものって――。
「こんなものって酷い! これがどれだけすごいものなのかわかってないんですか!?」
俺はダンボールに抱きつく! これは『そんなもの』なんじゃない! コレは――。
「エロ本だろ」
「エッチな本だよね」
断言するアザゼル先生と木場。
「まさかエロ本読ませたぐらいで飛ぶなんてな~」
「まさかエッチな本なんかで飛べるようになるなんてね」
――うっ。いやでも――すごくエロいよ?
「乳首を押して禁手に至ったおっぱいドラゴンのイッセーなら、テンションが高い状態ですごくエロいエロ本でも読ませれば、パワーアップしたり神器の新たな可能性を見せてくれるんじゃないかって思ったけど、まさか成功するなんてな。リアスたちが短期間でバカみたいに強くなっちまってて、少し自棄になって考えたトレーニング方だったんだけどな」
「あははは、アザゼル先生からイッセーくんのパワーアップできるかも知れないって言われて、深夜のコンビニとか書店を回ってエッチな本を大量に買いに行かされたことは無駄じゃなかったことを喜べばいいのかな? ダンボールを持ったまま、エッチな本を買いに行かされて、そのダンボールいっぱいにエッチな本が入っていることとか。買い集めているところで、学園の友達と会って、未成年なこととかがバレて、偶然通りかかったお巡りさんに補導されかけて、『騎士』自慢の脚を使って逃げて……、『騎士』の脚があってよかったなんて思いたくも無いところで思ってしまったり、自宅からここにジャンプしようとした帰り道に、散歩中の黒歌さんと小猫ちゃんに偶然出くわして、黒歌さんにダンボールの中身を空けられて……、ダンボールの中身を見た小猫ちゃんに『祐斗先輩までイッセー先輩と同じ変態になってしまったんですか?』って、泣かれて、黒歌さんに『白音を泣かすんじゃない!』って、怒られて殴られたんだよねぇ」
お、おい、木場……?
「あはははははははは……、しかも黒歌さんに殴られてダンボールの中身を地面に広げちゃったんだよね。しかもかなり痛くて大きな音も出でさ。深夜での大きな音に周りの住人も何事だって、結構な数の住人が顔を出してね……」
も、もういい。もういいよ、木場……。
「逃げようにも隠れようにも、黒歌さんは仙術で殴ったみたいで体も満足に動かせなくて……。ああ、一生懸命にエッチな本を拾い集めるのは辛かったなぁ。仲良くしてた周りの住人さんもダンボールにぎっしり入ったエッチな本や、そのなかのハードなエッチな本に引かれてね。ものすごい冷たい視線を送られたり、自宅に帰ってすぐに近所に住んでいるお姉さんなんかに、『そんな本なんかより楽しませてあげるわ』って自宅で落ち込んでいる最中に入って来られていきなり押し倒されたりって、あははははは……。目的通りイッセーくんはパワーアップできたみたいだし、僕が苦労した甲斐もあったのかな?」
そう笑顔で首をかしげる木場から、一筋の涙がこぼれていた。
…………。
土下座でもして謝りたいけど、色々重すぎて謝れない……!
最後のお姉さんに押し倒されたのはうらやましいとか、俺だったらそんなこと無しでただの変態扱いだよ! とか思っちまったけど……。
濁りに濁った瞳で「ああ、もう自宅には帰れないね」と笑う木場に、俺は声をかけれなかった。
「まあ、そう落ち込むなよ。冥界全国放送やグッズ発売されちまってる小猫よりはマシなんだからよ」
「…………そうですね。僕はまだやり直せるレベルですよね?」
「ああ、大丈夫だ。見られたのは一般人ばかりだし、辛くなったら記憶を消せばいいだけなんだからな。それに、おまえはしっかりとイッセーの役に立ったよ」
「そう……ですね」
アザゼル先生が木場を慰める! でも、慰めてる内容は酷い! そもそもあなたが木場にエロ本をダンボールいっぱい買ってくるように指示したんですよね!? 慰められてる木場もそのこと忘れてるんじゃないのか!?
アザゼル先生は木場から今度は俺の方へ視線を向けた。
「さてと、行くか。イッセー」
「え?」
いきなりどこに行くって言うんだ? 俺が疑問符を浮べているとアザゼル先生は俺の左腕を指差した。
指を挿された左腕に視線を向わせると――。
「――っ!? ド、ドドドド、ドライグゥウウウウウウ!?」
宝珠はもちろん赤龍帝の籠手全体にヒビが入っていた! いまにも壊れそうな赤龍帝の籠手!
「アザゼル先生! ドライグは!?」
詰め寄ると、アザゼル先生は目を伏せて言った。
「最初に言っただろう。『覇龍』よりもリスクがあるかもしれないと。まったく、だから覚悟はいいかと訊ねたのに。あっさり壊れかけてやがる」
アザゼル先生は俺の左腕をとって、赤龍帝の籠手の状態を調べていた。
「……結構ギリギリだな。――いや、マジでヤバい。『ドライグはやっぱり乳龍帝おっぱいドラゴンだな!』とか、からかおうとしてたんだが、冗談を言っている暇はマジでない!」
ピキッ、ビキビキッ……。
嫌な音と共に神器のヒビが増えていく! その様子にアザゼル先生も完全に真剣モードに切り変わっていた!
「イッセー! ドライグ用の精神安定剤は持っているか!」
「はい! 常備してます!」
「なら、急いで赤龍帝の籠手にふりかけろ! 少しでも状態を安定させるんだ! 俺はその間にグリゴリの医療施設までのゲートを繋ぐ! 前もって医療班は編成しているから、おまえはこのまえみたいにドライグが消えないように呼びかけ続けろ!」
「はい!」
アザゼル先生の指示に従って常備している精神安定剤をふりかける!
ふりかけると赤龍帝の籠手に刻まれたヒビが少し薄くなった。ドライグに大声で呼びかける。
「ドライグ! ドライグっ! 大丈夫か! ドライグ!」
『……あ……ぼう……?』
ほんの少しだけど反応があった! カウンセラーを受けたときに、ドライグがまたこういうことになった場合の対処法は教わっている!
「ドライグ! 伝説の二天龍、赤龍帝ドライグ! 白龍皇アルビオンのライバル、赤龍帝ドライグ! 聞えるか!?」
『あ、……ああ……』
よし! 昔の栄光、呼び名での呼びかけは確実に効いてる!
「赤龍帝ドライグ! 気をしっかり持ってくれ!」
『あい……ぼう……』
「ここにいるぞ!」
赤龍帝の籠手を優しく撫でる。
『……すま、ない』
「何、謝ってるんだよ! 俺のほうが謝るところだろ!」
『俺は、予想……していたんだ』
「え?」
『劇的な相棒のパワーアップには女が必要。前から理解していたし、もう全て諦めて乳龍帝おっぱいドラゴンでもいいと思っていたんだ。アザゼルからパワーアップの話を持ちかけられて女が関係していると予想して覚悟を決めたんだが……この様だ』
「ドライグ……」
そんな……全部わかってて俺の為に……。
『今回、エロ本なんてものを読んで相棒がパワーアップすること事態には耐えていられたんだが、相棒のスケベ根性に応える神器。――俺自身に俺自身が耐えていられなくなったんだ。……まったく、情けないな』
「情けないなんて、そんなことはない! 俺が……、俺が乳龍帝なのが……」
両目から涙が溢れる。ドライグがよく見えねぇよ。
『俺と相棒は一心同体なんだ。いまの俺は伝説の二天龍、赤龍帝ドライグではなく――』
「おい! 転移のゲートが繋がったぞ! 医療班の準備も終わってる! 乳龍帝ドライグを早く搬送するぞ!」
『ち、乳龍帝ドライグ……、グハァッ!』
「ドライグゥウウウウウッ!」
何さらっと止め刺しにきちゃってるんスか!? 先生!
「ほら、明日の夜には帰らないといけないんだし、さっさと行くぞ! ――ちっ、一度壊れかけたからもう耐性がついたと思ったんだが、誤算だったぜ。だけど、まあ、神器の新たな可能性は見えたからよしとするか」
小声でアザゼル先生がなにかブツブツつぶやいていたけど、いまの俺はドライグを慰めるので精一杯でそれどころじゃない!
「頑張れドライグ! 傷は浅いぞぉおおお!」
「あははは、イッセーくんの前では赤龍帝もかたなしだね。その様子じゃ、明日は学校に行けないみたいだから、部長と学校と僕が連絡しておくよ」
木場! おまえにも正直ドライグを慰める手伝いを――。
「ああ、でも僕も明日学校に行きたくないな。小猫ちゃんは話さなくても黒歌さんなら、部長たちに僕がエッチな本をダンボールいっぱいに持ち歩いていたことを話すだろうし。部長たちにも会いたくないな。ロキとフェンリルに襲われた深夜にエッチな本を買い歩くなんて、確実にお尻叩きコースだしね。いや、お尻叩き以前に病院送りにされちゃうのかな? あはははは……、でも僕は仲間を見捨てない、守ると誓ったんだし、変態扱いされようと僕は……僕は――」
木場は頭を抱えて葛藤し始めた。木場も精神的にやべぇっ! もとから変態扱いとか慣れていない爽やかなイケメンには、ショックが大きすぎたんだ!
転移のゲートを潜る前に木場に声をかける。
「木場!」
「イッセーくん……」
「帰ってきたら、エロ本のこととか俺が部長たちにきちんと説明してやるから安心しろ!」
「ほんとうに?」
「当たり前だろ! これ以上俺は変態扱いされても同じなんだしきっちり説明してやる! それに家に住んでいられなくなったら、――俺の家に住めばいい! 幸い部屋もたくさん余ってるし、もともと俺のせいだからな」
「いいのかい?」
「ああ、いいぜ! でもアーシアには絶対手を出すなよ?」
「うん、もちろんだよ。ありがとう、イッセーくん」
木場は涙を流しながら笑顔で礼を言ってきたが、礼を言われることなんかしていないんだよな。実際。
よし! じゃあ、ゲートを――って、大事なことを忘れてた!
「木場!」
「なんだい?」
「そのエロ本は俺の部屋に隠しておいてくれ! ――そうだな、ダンボールごとクローゼットのなかがいいな。そういうことでクローゼットのなかに入れといてくれ!」
「…………わかったよ」
木場はうなずいてくれた。
これで思い残すことはねぇな! ドライグの治療に専念しよう!