<イッセー>
次の朝。俺たちの班はホテルを出て京都駅に向っていた。
(あー、それにしても昨夜は残念だったなぁ)
京都駅に向いながらしみじみ思う。昨夜は本当に残念だった。
「昨日はおしかったなぁ、イッセー」
「もう少しで女風呂が覗けたのによぉ」
隣を歩いている松田と元浜も残念そうにつぶやいた。ああ、マジで同意するよ。
「本当に、あと少しだったのにまさか時間切れになるなんてな」
悔やんでも悔やみきれない。せっかく3人で、昨夜、女風呂を覗けるという例のスポットとやらに行ったのに、そこはすでに生徒会――シトリー眷属に押さえられて、それでも突貫したのに、結局女風呂は覗けずじまいだったのだ。
元浜と松田はシトリー眷属の女子たちにボコボコにされて、俺も匙とロスヴァイセさんを相手取って激戦を繰り広げたんだが、やっぱり神器なしで純粋な格闘の2対1……、特に戦乙女のロスヴァイセさんを相手にするのは無理で、結局俺もボコボコにされてしまったのだ。
ボコボコにされた俺ら3人は今でも顔が腫れ上がっていて、バンソーコーなども大量に顔に貼っていた。
「いててて……」
「いたた……」
「大丈夫か、元浜、松田」
「大丈夫だ。問題ない」
「名誉の負傷だ」
そう言いながら、いい笑顔を見せてくる2人。俺も顔を腫らしていてバンソーコーをつけているが、禍の団の襲撃の可能性があるからと、朝、アーシアの神器でダメージはほとんど回復させてもらっているし、元々痛みには慣れているので、平気だ。
と、まあ、この話題はこれ以上いいや。結局覗きは失敗してボコボコにされて終わっただけなんだし。
さてと、気を取り直して観光だ。今日は嵐山方面を攻める。まずは天龍寺!
「天龍寺までは?」
俺が桐生に訊ねると、予定表を見ながら答えてくれる。
「えーと、京都駅から嵐山方面行きに乗って、最寄り駅で降りるわ。そこから徒歩で到着ね」
「了解。じゃあ、駅まで行くか。部長も言っていたけど、本当、各所への移動はバスト電車なんだな」
「まあ、観光地ってそんなもんじゃね?」
俺の意見に松田がそう言う。確かに。そういうもんか。
「それよりもちょっとイッセー」
桐生に呼び止められて小声で話しかけられる。
「なんだ?」
「あんた、アーシアと何かあったの?」
「へ?」
桐生の問いに首を傾げる。いきなりなんだ? アーシアと何かあったかって?
桐生は気づかれないように横目でアーシアを見ながら続けた。
「今朝から少しアーシアのようすがおかしいのよ。機嫌がよかったり悪かったりって。――あんた、何かアーシアにしたんじゃないの?」
「アーシアに……?」
俺の少し前をゼノヴィアやイリナと歩いているアーシアを見つめながら、思い出してみる。
…………。
「……特に、何もしてないと思うぞ」
「ほんとに?」
桐生から向けられる疑いの目。もう一度アーシアとの出来事を思い出して……、やっぱり特に思い当たらない。俺、アーシアに何かしたのか?
「む~……、ほんとに心当たりはなさそうねぇ。じゃあ、あんたがアーシアに何かしたとかないの? アーシアが嫌がることとか」
「アーシアが嫌がることっていってもなぁ。昨夜やったことといえば、元浜と松田の3人で女風呂を覗きに行ったぐらい……」
「……女風呂? 覗き?」
「――っ! ま、まさか、女風呂を覗きに行ったことがダメだったのか!?」
「はぁ……、あんたねぇ……」
桐生から向けられる視線。「どうしようもないな、こいつ」と言われているみたいで、桐生はそのままアーシアたちの元へと歩き去ってしまった。
「…………」
ひとり、正確には男3人で残される俺たち。
駅へと向う道中、女子たちの後ろを松田や元浜たちと歩きながら、俺は改めて考える。
アーシアの様子がおかしいって、やっぱり女風呂を覗こうとしてボコボコにされた怪我の治療を今朝してもらったのが原因だったりするのかな?
覗きでボコボコにされたり、エロ行動はいつものこととはいえ、やっぱり自業自得なんだから自分で治療しておけばよかったのかなぁ。
◆
「到着か」
京都駅で嵐山方面域の電車に乗り、無事に最寄り駅についた俺たちは、徒歩で天龍寺へと向かう。
そこらに看板が出ているので迷うこともなく、んでもって、ついに天龍寺に到着した俺たち。趣のある門が俺たちを迎えてくれた。
「天龍寺か。天龍に由来があるのかな」
『どうだかな。過去、京都でそういう戦いをしたようなしていないような』
ドライグ、記憶が曖昧なのか。やったとしても相当むかしにやったんだろうから、ここの風景も違っているだろう。わからなくなっても仕方ないのかも。
大きな門を潜り、境内を進んで行く。受付で観光料金を払っていたときだった。
「おおっ、お主たち、来たようじゃな」
聞き覚えのある幼い声。振り返れば巫女装束姿の金髪少女が立っていた。――九重だ。
そして、九重と共にエイジが立っていた。
「よお」
エイジが片手を上げて挨拶してくる。
今日は九重の護衛もあってエイジも俺たちの班と一緒に行動する予定だ。ちなみに、問題児のエイジの監視ということで修学旅行に同行している椿姫先輩は、この3日間で急増している痴漢の警戒にと、教員たちと一緒に京都を回っている。まあ、痴漢はついでのようなもので、本命は一般の生徒たちの護衛らしいけどね。
「約束通り、私が嵐山方面を観光案内してやろう」
「ああ、頼むな、九重」
「うむ」
自信を持って俺たちにうなずく、九重。今日は獣耳と尻尾も隠しているんだな。当然か、俺たち以外に一般の人間もいるわけだし。
松田と元浜がちっこい金髪少女を見て驚いていた。
「はー、かわいい女の子だな。なんだ、イッセー、おまえ現地でこんなちっこい子をナンパしたのか?」
失礼な、このハゲめ。いろいろあったんだよ。あと九重の隣に立ってるエイジはスルーかよ。
まったく。こいつらは女の子しか見えてないのか。っと、元浜のほうは――。
「……ちっこくてかわいいな……ハァハァ……」
危険な息づかいになってるー!? 失念していた! こいつは真性のロリコンだ!
九重なんてこいつにとってみればどストライクゾーンじゃないか! メガネが危険な輝きを放っていた。その松田を吹っ飛ばし、抱きつく者がいた。桐生だ。
「やーん! かわいい! 神城くんの親戚だったりするの?」
「いや、親戚じゃないけど……」
抱きついて頬ずりとかしてる! 桐生、ちっこい子好きなのか。あと、今のおまえ、エイジに少し引かれてるぞ。
「は、離せ! 馴れ馴れしいぞ、小娘め!」
嫌がる九重だが、桐生はいっそう喜ぶだけだ。
「お姫さま口調で嫌がるなんて、最高だわ! キャラも完璧じゃないの!」
……ダメだ、このメガネ女子。
「え、エイジ~」
堪らず助けを求める九重。エイジは桐生に嘆息しながら引き離し、紹介し始めた。
「この子は九重。昔俺が京都に住んでいたときにお世話になった家の子なんだ。ゼノヴィアたちの知り合いでもあるから」
「九重じゃ、よろしく頼むぞ」
えっへんと堂々とした態度の九重。さすがお姫さま。態度がふてぶてしい。さっきまで桐生に抱きつかれて困っていたのがウソみたいだ。
「へえ、そうなんだー。神城くんって京都に住んでたんだ」
「まあね。短い間だったけど」
そう言って九重の頭を撫でるエイジ。
と、九重の紹介も済んだな。これで充分だろう。
「それで、九重。観光案内って、何を案内してくれるんだ?」
俺が訊くと、九重は胸を張って自信満々に答える。
「私が一緒に名所へついて回ってやるぞ!」
ニッコリ笑って九重はエイジの腕にしがみつく。
……ま、まあ、これも異文化交流だよな。
「じゃあ、行くか。九重、さっそく皆に天龍寺を案内してくれるか?」
「もちろんじゃ!」
エイジがそう言うと、九重は益々笑顔になった。……この観光案内の本当の目的は護衛とかよりも、九重を元気付けるのが目的だったりするのかな?
◆
「いやー、回った回った」
息を吐くのは松田だった。俺たちは九重の勧めで、湯豆腐屋で昼食を取っていた。
俺たちはあのあと九重に案内されて、天龍寺を回り、嵐山を見て回った。誰かに教えられたらしい知識を自信満々に話す様子はかわいらしいものだった。
「ほら、ここの湯豆腐は絶品じゃ」
九重が俺たちに湯豆腐をすくって器に入れてくれる。ハハ、ここでも仕切ってるな。九重は心底楽しそうだ。これが普段見せている笑顔なのだろう。その分だけ、頭を下げて俺たちに懇願してきた九重の姿を痛々しく思う。
……早くお母さんを取り戻せればいいんだけど……。
ととと、九重にすくってもらった湯豆腐を食べないと。……うん、やっぱり京都の豆腐はうまいな! ここのはホテルのよりもさらにおいしい! 豆腐はできたてが1番というからこれもできてからあまり時間が経っていないんだろうな。
「和の味がする。悪くない」
「はい、いつも食べているお豆腐とは違って風味が新鮮でおいしいです」
「お豆腐いいわよねぇ……」
ゼノヴィア、アーシア、イリナもご満悦な様子。と、アーシアと目が合うが――。
「…………」
アーシアに目を逸らされてしまった! 今日のアーシアは今朝からずっとこんな感じだ。桐生に指摘されてバカ二人と女風呂を覗きに行ったことを謝ってみたものの、どうやらまだアーシアの機嫌は直っていない。というか、アーシアは本当に機嫌が悪いのか? 機嫌が悪いっていうよりも、これは――。
「イッセーくん」
突然の声。この声は――。
「おおっ、木場か。そういや、今日はおまえのところも嵐山攻めるんだったな」
隣の隣の席に木場の班が同じく昼食を取っていた。
「うん。天龍寺行ってきたのかい?」
「ああ、見事な龍が天井にあったぜ」
「僕もこれから渡月橋を見てから午後は天龍寺に行こうとしていたところなんだ。楽しみだな」
「渡月橋か。俺たちも食べたら行くぜ」
などと話していたら、「秋の嵐山、風流なもんだぜ」という聞き覚えのある声が聞えてきた。
「おう、おまえら、嵐山堪能してるか?」
アザゼル先生だった! しかも真昼間から日本酒飲んでるし!
「先生! 先生も来てたんですか? って、教師が昼酒はいかんでしょう」
俺がそう避難すると、「いいじゃねえか、あいつも飲んでるんだし」と対面の席に座る女性を指差した。
って、ロスヴァイセさん!? あの生真面目なロスヴァイセさんが昼酒してる!?
「ちょっ、先生っ! なんでロスヴァイセさんが昼酒なんてしてるんですか!?」
まさか無理矢理飲ませた!? 動揺しながら小声で訊ねた俺に、アザゼル先生は投げやりに言う。
「さてな。いいことでもあったんじゃねぇか」
いいこと? いいことって京都の100円ショップで買い物できたとかか?
「うふふふふ~、ん~っ♪ おいしぃですねぇ~♪」
鼻歌混じりでおいしそうに杯を傾けるロスヴァイセさん。見てるだけで機嫌がいいことがわかる。どんないいことがあったんだ? あの生真面目なロスヴァイセさんが飲酒するぐらいだぞ。しかも酔ってるみたいで言語も少しおかしくなってるし。
「まったく……。嵐山方面を調査したあとでのちょっとした休憩のつもりだったんだがなぁ」
「どれだけ飲ましたんですか、アザゼル先生……」
「俺が飲ませたのは最初の一杯だけだ。妙に機嫌がよかったから俺の昼酒に一杯だけ付き合ってもらったら、その一杯で完全に酔っ払っちまって、それからこの様さ」
嘆息しながらつぶやいたアザゼル先生とロスヴァイセさんのテーブルには、ロスヴァイセさんが飲んだと思われる空になった酒瓶が数本。ていうか、やっぱりアザゼル先生が最初の原因じゃないですか……。
「ほんとうに、おーでぃんのクソジジイにおいていかれふぁときはどうにゃることかって、おもひましたけど、あたらひぃひょくばや、であひに、めぐりゅあわせてくれはんですから、かんひゃしてますよ。ふへへへへ、ヴァルハラのほかのぶしょのひとたちからはクソジジイのかいごヴァルキリーだなんていわれてたわらひはもういにゃいんですよ~だ! もうにどと、あんにゃやすいおきゅうきんでジジイのみのまわりのせわなんてしてやるもんか~! ふへへへへ~……、ふへへ。う、うう、うおおおおおおんっ!」
…………。
さ、さっきまで機嫌よく笑ってたのに、いきなり大号泣しちゃってる……。
「ほんとに、ほんとうにあのクソジジイにはくろうさせられたんですよ! わらしがたっくさんくろうしてサポートしてあげてたのに、やれ、おねえちゃん! やれ、さけだ! やれ、おっぱいだって! アホみたいなことをたびさきでいわれたり……! わらひがどれだけくろうしれたか知らないで! ちょっひょ! きいれいるんれすか!?」
「ああ、聞いてるよ、ちゃんとな。はぁ……」
…………。
笑ったり、泣いたり、怒ったり、絡んだり、ロスヴァイセさんって酒癖悪いんだなぁ……。
と、ここでアザゼル先生の視線がエイジのほうへ向けられた。助けを求めてるのか?
「…………」
「…………」
視線を交わしての無言でのやりとり。数秒視線を交わしたあと、先生は頭をポリポリかきながらロスヴァイセさんに言う。
「わかったわかった。おまえの愚痴に付き合ってやるから、話してみな」
そう言うとロスヴァイセさんはパァッと明るい表情になった。
「ほんとうれすか? アザゼルせんせー、いがいにもいいところあるじゃないれすか。てんいんさーん、おさけ、じゅっぽんついかでー」
まだ飲むの!? こ、これは大変だ……。って、さっきまでと違ってアザゼル先生の顔がニヤけてる! 何かエイジと取引したな、この堕天使総督……。
「おまえら、さっさと食って他に行け。ここは俺が受け持つからよ」
先生が格好良く杯を呷りながらそう言う。さっきまで絡まれて迷惑そうにしていた人には見えないな。
俺たちは顔を見合わせ、エイジはもう一度アザゼル先生と視線でやり取りしてから、先生の言うとおりにすることにした。昼食をソッコーで平らげて、店をあとにした。
「そういやエイジ、アザゼル先生と視線交わしてたけど、あれはなんだったんだ?」
「ああ、あれか。あれは酔っ払ったロスヴァイセのことを頼む代わりに、ライザーを倒すときに使った2本の槍をアザゼルに見せるっていう、取引してたんだよ」
だからあんなにうれしそうにニヤけてたのか。アザゼル先生、神器とか不思議な武器やアイテム大好きだもんなぁ。……いや、待て。そんな取引があの視線だけで交わされていたのか?
◆
店を抜け出て、渡月橋を目の前にした俺たち。
「ロスヴァイセちゃん、すごいことになってたな」
「ああ、あれは相当酒癖が悪いぞ」
松田も元浜も若干引いていた。ロスヴァイセさん、男女問わず生徒に人気あるもんだから、ああいう姿を見ちゃうと男子は困惑するだろうな。俺もビックリした。
「きっと、ロスヴァイセちゃんも若いながら苦労してんのよ。相手があのアザゼル先生じゃ、溜まったものをぶつけたくもなるわね」
桐生はうんうんとうなずいて同情していた。
「エイジが入ったというところの眷属は大変なのが多いのか?」
九重にそう聞かれてしまう。
訊ねられたエイジは、この場にいるグレモリー眷属に視線を移していき、
「…………。……ちょ、ちょっとだけかな?」
そう返した。いやそう返すしかなかったようにみえた。まあ、確かにグレモリー眷属って、良い人多いけど、クセが強いのも確かだな。……あと、俺を見てる時間が1番長かったぞ。……いや、1番俺が問題あるな。おっぱいとかエロ関連で。すみませんっ!
「もしも辛くなったら、いつでも京に戻ってきてよいのじゃからな」
「ありがとう、九重」
「うむ!」
エイジに頭を撫でられてうれしそうな九重だけど、エイジは苦笑してる。理由が理由だけに……。
ま、まあ、グレモリー眷属がクセのある……、個性的なことは置いておいて。次は渡月橋ですよ。店を出て数分ほど観光外を歩くと目の前に桂川が姿を現す。
あの歴史を感じさせる古風な木造の橋が渡月橋か。つーか、ここから見える山の風景が絶景だ! 赤々としていて秋を感じさせてくれる!
「知ってる? 渡月橋って渡りきるまでうしろを振り返っちゃいけないらしいわよ」
桐生がそう言ってくる。アーシアが聞き返す。
「なんでですか?」
「それはね、アーシア。渡月橋を渡ってるときに振り返ると授かった知恵がすべて返ってしまうらしいのよ。エロ三人組振り返ったら終わりね。真の救いようのないバカになるわ」
「「「うるせえよ!」」」
俺、松田、元浜が異口同音に桐生に言葉を返した。
気にする素振りすらない桐生は追加情報もくれた。
「あと、もうひとつ。振り返ると、男女が別れるって言い伝えがあるそうね。まあ、こちらはジンクスに近いって話だけど」
「へえ、そうなんですか」
と、アーシアが感心する隣で、ゼノヴィアは得意げに言う。
「ふっ、そんなジンクス程度、私とエイジなら問題ないな」
じ、自信満々で言い切ったよ、この子。
恋人宣言とも取れるゼノヴィアのそんな発言に、エイジにピッタリくっついてる九重が眉をひそめた。
「むむ……。また新しい女か、エイジ。昨日のメガネの女といい、京を離れていったい何人の女と……」
「えーと……」
ジロリと睨んでくる九重に、困った表情で頬をかいてるエイジ。メガネの女ってのは椿姫先輩か?
「少しは控えてはどうなのじゃ」
「う……」
九重のような少女に注意されて、困ったような表情を浮かべてるエイジ。もっと言って! もっと言ってやれ、九重! これ以上入れ食いするんじゃねぇって、言ってやってくれッ!
「ふふっ、まあそう怒らないでもいいだろう、九重」
俺がそう心の中で九重を応援していると、ゼノヴィアが九重に話しかけた。九重は横目でゼノヴィアを見上げながら言う。
「むぅ……。じゃが、この男は放っておけば無尽蔵に女を作ってしまうのじゃぞ。京に黒猫と一緒に暮らしておったときも、無数の女妖怪たちと……」
最後の辺り、言葉を小さくしてつぶやいていたけど、聞えたぞ! エイジのヤツ、タンニーンのおっさんのところのドラゴンや、オーディンの爺さんのところのヴァルキリーだけじゃなく、京都の女妖怪にまで手を出してたのか! クソォォォォォッ! 羨ましすぎるぞォォォォ!
「まあまあ。エイジが女好きなのは最初からわかっていることじゃないか」
「それは……」
ゼノヴィアは九重に言い聞かせるように、「それにな」と続ける。
「もしも他の女にかまけて自分を見なくなってしまうかもしれないと不安なら、エイジが見てくれるように、エイジのほうが夢中になるように、自分を磨けばいいだろう?」
「見てくれるように自分を磨く……」
ハッと目を大きくする九重。どうやらゼノヴィアの言葉に思うところがあったらしい。ゼノヴィア、おまえ、普通に諭すことができたんだな。敵にはいきなり切りかかるのがスタンスな子だったから意外だった。
「私に、できるじゃろうか?」
「もちろんさ」
不安げに聞いた九重に、ゼノヴィアはしっかりとうなずいた。
「自分を磨く、か……。私も少し……、がんばってみようかな?」
風に乗って聞えてきた小さな声。この声は――桐生?
気になって桐生に視線を向けて見ると、桐生はアーシアやイリナと話しながら少し前を歩いていた。……空耳だったのか?
「クソ。神城の野郎、片瀬や村山だけじゃなく、ゼノヴィアちゃんにあそこまで惚れられてるなんて……」
「九重ちゃんが、九重ちゃんまで、あの野郎に……っ! クソォォ……、呪い殺してやりたいッ!」
隣を歩いてる松田と元浜が血の涙でも流さんばかりに先を歩くエイジを睨んでる。
「まったくだ。入れ食いしやがってッ!」
当然俺も加わり、エイジを後ろから睨む! ちったぁモテナイ俺たちにも恵んでくれよォォォォ!
「まあまあ、落ち着こうよ。3人とも」
自分の班と少し離れて、俺らの隣を歩いている木場が笑顔で宥めようとしてきたが……。
「うるせえ! 黙れ、イケメン王子!」
「そうだそうだ! いつも女の子にちやほやされやがって!」
「俺だってなぁ、女の子から遊びに誘われたいんだぞォォォ! それなのに、いつも女の子の誘い断わりやがって! 余裕かこの野郎!」
「ひ、非道よ、3人とも……」
俺、松田、元浜のモテナイ3人組に怒鳴られ、ズウウンと肩を落とす木場。モテナイ3人組の俺たちには、イケメン王子からの言葉は逆効果なんだよ! ほんといつもいつも女の子たちに誘われやがって!
「後ろがうるさいのぅ。少しは静かに観光できぬのか、お主らは」
ううっ、ゴメン九重! 迷惑だよね! だけど、心の叫びを抑えられなかったんだっ!
それからは静かに、3人でエイジを睨みながら無事に渡月橋を渡りきり、反対岸に到着したときだった――。
「やっと、現れたか」
エイジがつぶやいた独り言に合わせたかのように、突然、ぬるりと生暖かい感触が全身を包み込んでいった。
◆
<エイジ>
体を包み込んでいく生暖かい感触のあと、周辺を見渡すと――俺、九重、ゼノヴィア、イリナ、アーシア、イッセー、木場しかこの周辺に人がいなかった。
イッセーの班のメンバーである松田や元浜、桐生さんも、他の観光客も消えてしまっている。
この現状に眷属のみんなは驚き、身構える。
周囲に敵がいないか警戒していると、俺たちの足元に霧らしきものが立ち込めてきていた。
「――『
足元の霧を眺めながら、つぶやく。やっぱり予想が当たってしまってたか。
「確か、神滅具のひとつだったよね。これが、そうなのか……」
木場はその場で屈み、足元の霧を手で触るようにしていた。
「そういや、エイジは気づいてたのか? ほら、場所が変わる前につぶやいてただろ」
「まあな。昨日九重と別れてから、今の今まで京都中に式紙を放って八坂の行方を探してたのに、手がかりすら見つけられていなかったからな。結界系の神滅具使いが相手にいるだろうと予想していたんだ」
「そうだったのか……」
感心しているようにつぶやくイッセー。正直、神滅具使いが相手にいるなんて予想、当たって欲しくなかったんだけどな。
「おまえら、無事か?」
空からの声。顔を上げれば黒い翼を羽ばたかせてアザゼルが空を飛んできていた。
俺たちのいるところに降り立つと翼をしまいながら言う。
「俺たち以外の存在はこの周囲からキレイさっぱり消えちまってる。俺たちだけ別空間に強制的に転移させられて閉じ込められたと思って間違いないだろう。……この様子だと、渡月橋周辺と全く同じ風景をトレースして作り出した別空間に転移させられたのか?」
「おそらくそうだろうな。渡月橋を中心に数キロに渡って空間が形成されてるみたいだ」
「数キロか……」
俺の言葉にアザゼルも確認するように周囲を見渡した。
「アザゼル先生、ここを形作っているのは悪魔の作るゲームフィールドの空間と同じものなんですか?」
イッセーがアザゼルに訊く。確かに、ライザーやシトリー眷属とのゲームで使った空間にそっくりだな。
「ああ、三大勢力の技術は流れているだろうからな。これはゲームフィールドの作り方を応用したんだろう。――で、霧の力でこのトレースフィールドに転移させたというわけだ。『絶霧』の霧は包みこんだものを他の場所に転移させることができるからな。……ほとんどアクション無しで俺とリアスの眷属を全員転移させるとは……。神滅具はこれだから怖いもんだぜ」
と、アザゼルはそう言う。ゲームフィールドの応用化、か。再現具合が悪魔に引けを取らないな……。
すぐ隣で九重が震える声で口を開く。
「……亡くなった母上の護衛が死ぬ間際に口にしておった。気づいたときには霧に包まれていた、と」
ということは、今の俺たちみたいに隔離されてさらわれたのか。そりゃあ、手がかりが少ないはずだ。
渡月橋のほうから、複数の気配が現れる。薄い霧のなかから人影がいくつも近づいてきて、俺たちの前に姿を現す。
「はじめまして、アザゼル総督、そして赤龍帝」
あいさつをくれたのは学生服を着た黒髪の青年だった。
学生服の上から
手には槍を持っていた。……不気味なオーラを感じる。ただの槍じゃないな。まさか、あの神滅具か?
それにしても黒髪の男、若いな。見た目だけなら、俺らとひとつかふたつぐらいしか違わないんじゃないか?
青年の周囲には似たような学生服を着たのが複数人いる。若い男女ばかりだ。そいつらも俺たちと歳はそう変わらないと思う。
……それにしても異様なプレッシャーを放ちやがるな。悪魔やドラゴンとも違う雰囲気と気配。人間、に近いのか?
アザゼルが一歩前に出て訊く。
「おまえが噂の英雄派を仕切ってる男か」
「曹操と名乗っている。三国志で有名な曹操の子孫――いちおうね」
アザゼルの問いに中心の青年が肩に槍の柄をトントンしながら答えた。曹操の子孫、ね。そりゃあ、すごいな。
三国志で有名な曹操の子孫と知って仰天してるのか、イッセーがアザゼルに訊ねる。
「先生、あいつは……?」
アザゼルは視線を相手から外さずにみんなに向けて言った。
「全員、あの男の持つ槍には絶対に気をつけろ。最強の神滅具『
『――ッ!?』
アザゼルの言葉に仲間全員が酷く狼狽した。男の正体よりもあの槍に驚きの視線を向けていた。
「あれが天界のセラフの方々が恐れている聖槍……っ!」
イリナが口元を震わせながらそう口にする。ゼノヴィアも低い声で続ける。
「私も幼い頃から教え込まれたよ。イエスを貫いた槍。イエスの血で濡れた槍。――神を貫ける絶対の槍っ!」
「あれが聖槍……」
アーシアが虚ろな双眸で槍を見つめていた。まるで槍に魅了されて、意識が吸い込まれていくような――、マズい!
バッ。
素早くアーシアの両目を手で隠す。
「エイジ……さん?」
「あの槍をあまり直視するんじゃない」
俺の言葉にアザゼルがみんなに警告するように続けた。
「アーシア。信仰のある者はあの槍をあまり強く見つめるな。心を持っていかれるぞ。聖十字架、聖杯、聖骸布、聖釘と並ぶ
九重が憤怒の形相で槍を持つ青年――曹操に叫ぶ。
「貴様! ひとつ訊くぞ!」
「これはこれは小さき姫君。なんでしょう? この私ごときでよろしければ、なんなりとお答えしましょう」
曹操の声音は平然としているが、明らかに何かを知っているふうな口調だ。
「母上をさらったのはお主たちか!」
「左様で」
あっさり認めたな。やっぱり、こいつらだったか。
「お母上には我々の実験にお付き合いしていただくのですよ」
「実験? お主たち、何を考えておる?」
「スポンサーの要望を叶えるため、というのが建前かな」
それを聞き、九重は歯をむき出しにして激怒していた。目にはうっすらと涙を溜めている。よほど、悔しいのだろう。母をさらわれたあげく、実験などというわけのわからないことまでさせられそうなのだから。
「スポンサー……。オーフィスのことか? それで突然こちらに顔を見せたのはどういうことだ?」
アザゼルが問い詰める。
「いえ、隠れる必要もなくなったもので実験の前にあいさつと共に少し手合わせをしておこうと思いましてね。俺もアザゼル総督と噂の赤龍帝殿にお会いしたかったのですよ」
……ふざけたことを言ってやがる。が、それよりも――。
「俺は無視か? おい」
殺気を込めて曹操を睨む。
「さっきから意識的に俺を無視しやがって。何のつもりだ? 挑発か?」
俺の問いに、曹操は「ふんっ」と鼻を鳴らして嗤った。槍を持ち直して、まるで軽蔑しているかのような視線を向けてくる。
「ああ、これはすまなかった。神城エイジ。あまりに興味がなかったのでね。忘れていたよ」
挑発していると肯定するかのように言い放った曹操。そんな奴の態度に、さらに怒りが溜まっていくを感じる。
「……そうか。なら八坂を返してもらうついでに、二度と俺を忘れられないようにしてやろう」
俺は曹操に向ってそうつぶやき、無手で構えをとる。俺が構えをとったのを見て、イッセーも籠手を出現させて、他のみんなも戦闘の態勢を整える。
……そういや、ロスヴァイセがいないな。
「せ、先生、ロスヴァイセさんは?」
イッセーも気づいたのか、アザゼルに訊ねた。アザゼルはその問いに嘆息する。
「あいつもこちらに転移してるが、店で酔いつぶれて寝てる。いちおう強固な結界をあいつに張っておいたからそうそう酷いことにはならんだろう。――ちっ、飲ませまくって酔い潰したのは間違えだったぜ」
そ、そうなのか。まあ、酔った状態で戦闘に参加されても大変だし、それが1番かもしれないな。危ないし。今回の戦闘ではロスヴァイセは不参加か。
俺たちが構えてもあいつらは一向に構える様子はなかった。
……余裕か? それとも何か隠した手があるのか? 相手の英雄派は神器を持った人間の集まりと聞いているが、何かする気なのか?
神器使いは能力が特異なのが多いから攻撃がしにくいんだよな。特にカウンター系の神器使いとか。
――と、曹操の横に小さな男の子が並ぶ。曹操がその男の子に話しかけた。
「レオナルド、悪魔用アンチモンスターを頼む」
それだけ頼むと、男の子は表情もなく、こくりと小さくうなずいた。――途端、男の子の足元に不気味な影が広がっていく。
……背筋に冷たいものが走る。本能的な、言い知れない戦慄をあの影から感じてしまった。
影はさらに広がり、渡月橋全域を包むほどになった。すると、その影が盛り上がり、形を形を成していく。
腕が、足が、頭が形成されていき、目玉が生まれ、口が大きく裂けた――。一匹だけじゃない! 十……いや、百は超えている。
「ギュ」
「ギャッ!」
「ギュガン!」
耳障りな音――声を発して、そいつらは影から現れた。「創られた」という表現が1番妥当かもしれない現れ方をした、二足で立つ黒い肌のモンスター。全身がぶっとく、肉厚だ。爪も鋭く、牙もむき出しだった。それが大量に前方に並ぶ。
この能力はまさか……。生唾を飲み込みながら、男の子の力に驚愕する俺。アザゼルがぼそりとつぶやいた。
「――『
『魔獣創造』……、2人目の神滅具使いッ!
曹操がアザゼルの言葉に笑んだ。
「ご名答。そう、その子が持つ神器は神滅具のひとつ。俺が持つ『黄昏の聖槍』とは別の意味で危険視されし、最悪の神器だ」
と、ここでカウントが終わったイッセーが禁手化し、鎧姿となった。
「せ、先生、何がなんだか……」
神器に対してほとんど無知なイッセーがアザゼルにそう訊くと、アザゼルが向けて説明をはじめた。
『魔獣創造』や『絶霧』がどれほど危険で凶悪な能力を有しているかを。
ていうか、本当に神滅具は反則だな。
イッセーの倍加能力といい、ヴァーリの半減能力、『魔獣創造』は自分が想像した魔獣を木場の『魔剣創造』みたいに自由に創れたり、結界系の『絶霧』は霧で覆ったものを自由に転移させられるから、送った場所によっては国ひとつ、町ひとつ簡単に滅ぼせたり。
「どっちも世界的にヤバい神器じゃないですか!」
説明を聞いたイッセーが驚きの声をあげた。アザゼルは苦笑する。
「まあ、いまのところ、どちらもそこまでの事件は前例がない。何度か危ない時代はあったんだけどな。しかし、『黄昏の聖槍』、『絶霧』、『魔獣創造』。……神滅具の上位クラス4つのうち、3つも保有か。それらの所有者は本来、生まれた瞬間に俺のところか、天界か、悪魔サイドが監視体制に入るんだが……。二十年弱、俺たちが気づかずにいたってのか……。それとも誰かが故意に隠したのか……。確かに過去の神滅具所有者に比べると、現所有者はほぼ全員、発見に難航している面が目立つな」
そう言ってアザゼルはイッセーのほうへと視線を送る。
そういえばイッセーって、危険な神器を所有しているかもしれないという理由でレイナーレに殺されて、そのあと赤龍帝が覚醒してなかったから、所有していた神器は一般的な『龍の籠手』と判定されて、そのまたあとに、やっぱり危険な、神器のなかではレア中のレアとされる神滅具『赤龍帝の籠手』だと何回も覆ったんだったな。
アザゼルのつぶやきは続く。
「……何か、現世に限って因果関係があるのか? もともと神滅具自体が神器システムのバグ、エラーの類と言われているからな……。ここにきてそれらの因果律が所有者を含めて独自のうねりを見せて、俺たちの予想の外側に行ったとかか? それはカンベン願いところだが……」
あー、アザゼルは自問自答は始めると長いなぁ……。まだぶつぶつ言ってる。
「先生、その凶悪神器の弱点は?」
イッセーが訊く。当然あるだろうが――。
「本体狙いだ。――まあ、本人自体が強い場合もあるが、神器の凶悪さほどじゃないだろう。それに『魔獣創造』は現所有者がまだ成長段階であろうってのも大きい。やれるならとっくに各勢力の拠点に怪獣クラスを送り込めているはずだからな。――倒すなら成熟していない今だ」
やっぱり、本体狙いか。まあ、大抵神器よりも所有者のほうが脆いから当然だな。肉体強化系じゃなく、特殊能力系は特に。
アザゼルの言葉を聞いて、曹操が苦笑いした。
「あららら。なんとなく、『魔獣創造』を把握された感があるかな。その通りですよ、堕天使の総督殿。この子はまだそこまでの生産力と想像力はない。――ただ、ひとつの方面には大変優れてましてね。相手の弱点をつく魔物――アンチモンスターを生み出す能力に特化してるんだな、これが。いま出したモンスターは対悪魔ようのアンチモンスターだ」
曹操が手を――フィールドに存在する店のひとつに向けた。
モンスターの1匹が口を大きく開け――。
ビィィィィィィィッ!
一条の光が発せられた刹那――。
ドオオオオォォォォォォンッ!
店が吹っ飛び、強烈な爆発を巻き起こす。
「光の攻撃――。こいつは!」
爆風のなか、アザゼルが叫ぶ。
「曹操、貴様! 各陣営の主要機関に刺客を送ってきたのは俺たちのアンチモンスターを創りだすデータをそろえるためか!」
「半分正解かな。送り込んだ神器所有者と共に黒い兵隊もいただろう?」
あー……、いた、かな? イッセーは思い当たるモノがあるみたいだけど、俺は……、どれも雑魚ばかりで、能力的にも低い奴らばかりだったから、正直よく覚えてない。
「あれはこの子が創った魔物だ。あれを通じて、各陣営、天使、堕天使、悪魔、ドラゴン、各神話の神々の攻撃をあえて受け続けた。雑魚一掃のために強力な攻撃も喰らったが、おかげで子のこの神器にとって、有益な情報が得られた」
「――あの黒い怪人でデータを収集していたのか!」
「禁手使いを増やしつつ、アンチモンスターの構築もおこなった。おかげで悪魔、天使、ドラゴンなど、メジャーな存在のアンチモンスターは創れるようになった。――悪魔のアンチモンスターが最大で放てる光は中級天使の光力に匹敵する」
イッセーの問いにうなずく曹操。神器所有者の禁手使いを増やしつつ、アンチモンスター作成のためのデータ収集ねぇ。こちらをなめている様子もないし、徹底的に弱点をついてくる姿勢は厄介だな。まだバカ正直に戦いを挑んでくる旧魔王派のほうがやりやすい。
憎々しげににらむアザゼルだが、一転して笑みを作り出した。
「だが、曹操。神殺しの魔物だけは創り出せていないようだな?」
「…………」
アザゼルの一言に曹操は反論しない。
「どうしてわかるんですか?」
イッセーが訊くと、アザゼルはにやけながら答える。
「やれるならとっくにやってる。こうやって俺たちに差し向けてるぐらいはな。各陣営に同時に攻撃ができた連中がそれを試さないわけがない。それに各神話の神が殺されたら、この世界に影響が出てもおかしくないものな。――まだ、神殺しの魔物は生み出せていない。これがわかっただけでも収穫はデカい」
そうアザゼルは得意げに言ってるが……。神殺しで有名なフェンリルのデータを取られたらどうするつもりなんだ、こいつ……。英雄派と派閥は違えど、同じ『禍の団』にフェンリルを3匹も連れて去ったヴァーリたちがいること、忘れてんじゃねーか? まあ、相手も気づいてないようだから、ここでツッコまないけど。
曹操は槍の切先をこちらに向けた。
「神はこの槍で屠るさ。さ、戦闘だ。――はじめよう」
それが開戦の言葉となった――。
『ゴガァァァァァッ!』
不気味な泣き声をうならせてアンチモンスターが大挙してこちらに向ってくる。ゼノヴィアと木場が前線に立つ!
「木場、調子はどうだ?」
「ありがとう、大丈夫だよ」
ゼノヴィアに笑顔で答える木場。そういや少し前まで精神科病棟に入院してたな、こいつ。
ゼノヴィアが敵陣に向って駆け出した!
まだ武器も装備していないのに――、と、いきなり敵陣の頭上に小さな魔法陣が……。
出現した魔法陣は青い光を放つ。魔法陣の中央から、見慣れている剣が出てきていた。真・リュウノアギト改だ。
――って!? まさか……!
ズウウン……っと、空中に浮んでいる魔法陣から敵陣中央へと重力に従って落下する、真・リュウノアギト改。ゼノヴィアは口元を少しだけ緩ませて笑い、入れ違うように空へと飛んだ。
ドオオオオォォォォォォンッ!
先ほどの爆発に負けない爆音と衝撃! 真・リュウノアギト改が落下した音だ! あれは使い手が魔力を込めてなくても超重量級の大剣で、龍殺しのオーラに加えて、『改』にしたことで攻撃時に衝撃を生み出す能力も加えたから、落下地点はまるで爆撃を受けたかのようになってる。
曹操たちにも被害がいきそうだったけど、いち早く危険を察知してアンチモンスター以外は無傷のようだ。アンチモンスターのほうはそれぞれ衝撃を受けてダメージを負い、1匹が脳天から直撃を受けたのか、悲惨なことになっている……。
と、空中に飛んでいたゼノヴィアが着地する。まるで選定の儀式のように地面に刺さった真・リュウノアギト改の柄を握り、持上げた。
「ふんっ!」
ゼノヴィアの気合の横一閃! 足から腰へ、肩を伝わせ、腕の先へと力を乗せて、その流れるように放った剣戟で、アンチモンスターたちを切り裂き、消滅させる。
剣を振り切ったゼノヴィアに向けて、アンチモンスターの1匹が大きく口を開けて光を放とうと――。
ビィィィィッ! バジィィィィィッ!
発射された光は、いつのまにかゼノヴィアの前方に入った木場の聖魔剣によって弾かれていく。弾かれた光線が離れた位置にある建物に突き刺さり崩壊させた。
「これぐらいの光なら、当たらなければ問題じゃない」
そう決めるイケメン王子……いや、『
「いや、当たる前に殲滅すればいいだけだ」
真・リュウノアギト改を振りながらゼノヴィアはそう返した。ああ、ゼノヴィアが剣を振るうたびにアンチモンスターが消えていく。脆いな、アンチモンスター。まんま『戦車』に蹂躙される『兵士』みたいだ。少しかわいそうになってきたぞ。
と、俺もそろそろやらないとな!
隣の九重に声をかける。
「九重、昨日渡したお守りは持っているか?」
「も、もちろんじゃ。首からしっかり下げておるぞ」
九重はうなずいて首からお守りを取り出す。俺は視線の先にいる曹操を睨みながら九重につぶやく。
「そのお守りをしっかり持っているんだ。それを持っていれば大抵の攻撃は自動で防いでくれるし、もしも空間ごと転移させられても居場所が特定できるからな」
「うむ! わかったのじゃ!」
「いい返事だ。じゃあ、俺は奴を倒しに行ってくるな」
「……く、くれぐれも気をつけるのじゃぞ! 聖なるものは悪魔となった今のエイジにとって、弱点なんじゃなからな!」
「ああ、ありがとう」
九重の頭をひと撫でして曹操に向って構えをとる。
「いくぞ、曹操ッ!」
バッと背中から悪魔の翼と尻尾を展開して、曹操に接近する!
「ハッ、神城エイジか!」
曹操は桂川の岸に降り立つと槍をかまえた。――槍の先端が開き、光り輝く金色のオーラが刃を形作る。
先端が開いた瞬間、この空間全体の空気が震えた!
さすがは神滅具の代名詞となった聖槍。神々しい光だ。悪魔としての本能が危険だと警鐘を鳴らしている。
人間からほぼ純潔の悪魔になった俺は、人間ベースの転生悪魔よりも光が弱点になっている。……これは素手じゃマズイか。『王の財宝』は魔力を消費しすぎるから、『千の顔を持つ英雄』を発動させる! 武器は、同じ槍だ。
『千の顔を持つ英雄』で創りだした槍を構えて振りかぶる。
ドウゥゥゥゥゥンッ!
俺の槍と曹操の聖槍がぶつかり、強大な波動を生み出す! その衝撃で桂川が大きく並みたち、舞い上がった水しぶきが周囲を飛び散っていく! 渡月橋を中心に川の水が飴のように降り注いでいった。
さあ、八坂を返してもらおうか!
◆
<イッセー>
エイジと曹操は攻め合いながら、川の下流のほうへ向って岸を駆けていく!
曹操はエイジに任せるとして、残った相手は俺たちでやるしかない!
まあ、こちらにはアザゼル先生がいるし……、
「俺は情報収集に努めるぜ。こっちも神器のデータを取っておかないといけないからな」
スカ○ターみたいなものを片方の目に装着して、アザゼル先生は戦場が見渡せるだろう空中へと飛んだ。
……え?
…………。
え、エイジとアザゼル先生がいない分、残った俺たちでやるしかないか!
まずはチームの要、回復のアーシアの壁役を作ることが最優先! いつもチームにいる司令塔兼遠距離からの一撃必殺の部長と部長のサポート兼後方からの
超がつくほどの攻撃役であるエイジとアザゼル先生、天使のイリナがいるとはいえ、5人もいないのはチームとしてバランスが崩れてしまう。1から組み立てないといけない。
それに九重も死守しなければ。ここでは俺たち以上に大切な存在だ。エイジが何か対策を講じているとしても、アーシアのさらに後方に下げたほうがいいだろう。
ゼノヴィアが前方に行っちまったが――。
考えろ考えろ考えろ! 「わからない」、「できない」のままじゃ、いつまで経っても『王』になんてなれやしない! 俺は『王』になるんだろう! 部長ならどうする? こういうとき、あの人ならどうするんだろうか? 考えろ!
ぬぅぅぅぅっ! 足りない脳みそで導きだしたものを俺は発する!
「ゼノヴィア! おまえはアーシアと九重の護衛! それとロキと戦ったときに使った技がいつでも使えるようにしてくれ! 余裕があるなら今みたいに剣圧みたいなものを飛ばす攻撃でこちらに近づく敵を倒してくれ!」
俺はゼノヴィアに指示を飛ばした! 俺、部長じゃないけど、ゼノヴィア、頼むから言う事を聞いてくれよ!
「――っ。了解だ!」
おおっ! ゼノヴィアが応じて、素早く後方に下がり、アーシアの護衛に入った! 正直、俺への好感度が低そうだったから、応じてくれないかと思ってたよ。
もっと考えろ! 部長なら、こういうときどうする? 襲撃を喰らったとはいえ、これは実戦! ここにいる2年生だけでなんとかしないといけないんだ!
容量の少ない脳みそをフル回転で動かす!
ブッ! 考えすぎて鼻血が出た! ……へへっ、鼻血って、エロいこと以外でも出るもんだな!
相手は悪魔に対するアンチモンスターで仕掛けてきてる。いくら俺たちが攻撃を弾こうともまともに当たればダメージはデカいだろう。
そのとき、ふいに木場の能力が脳裏を過ぎった。
「木場! おまえ、光を食う魔剣が創れたよな?」
「え? うん。――そうか!」
俺の問いに木場はすぐに理解を示してくれた! さすが木場!
木場はレイナーレとの一戦のときに、光の剣を使っていた対フリードで使った闇の剣を足元に何本か創りだした! それを仲間の悪魔たちに放り投げる!
「その剣は普段、柄のみだ! 闇の刀身を出したいときは剣に魔力を送ってくれ!」
と、木場からの補足説明! 俺からも追加指示を送る!
「ゼノヴィア、危なくなったらそいつを盾代わりに光を吸え! アーシアも不慣れかもしれないが、そいつを持っているんだ! ないよりマシだ!」
「意外とやるな、イッセー」
「は、はい!」
ゼノヴィアもアーシアも応じてくれた! ゼノヴィアは柄のみの闇の剣をスカートのポケットに入れていた。危なくなったら使ってくれ!
俺は――木場からもらった剣を手に握る。
「なあ、ドライグ。この剣の能力を籠手に与えることはできないか?」
『無理をすれば命を削る可能性が高いが……この場限り、時間を限定すれば無理なくやれないこともないだろう。だが、多用は禁物だ』
「それでいい」
俺はアスカロンが収納されている左手ではなく、右手に光を食らう闇の剣を入れた! 刹那――、右籠手に闇の盾らしきものが出現する。――成功だ!
アスカロンと闇の盾! これで俺の攻防はなんとかなりそう。あとは――。
――天使のイリナ!
俺はイリナに振り返り指示を送った。
「イリナ! 悪いがゼノヴィアの代わりに木場と前線に立ってくれ! 天使のおまえなら光は弱点じゃないよな?」
「じゃ、弱点じゃないだけでダメージはしっかり受けるんだけど、悪魔ほどの傷は貰わないわ。――わかった! 私、やってみるよ! ミカエルさまのAだもん!」
イリナは純白の翼を羽ばたかせてゼノヴィアのいた前衛ポジションに行ってくれた!
空中で
音速の剣を装備したイリナがものすごいスピードで空中を飛び回る! 軌跡が見えそうなスピードでモンスターをかく乱し、隙を見つけて一気に屠っていった。
……よし! 雑な戦術かもしれないが、全員に指示を出せたぞ!
「『僧侶』にプロモーションするぜ、アーシアッ!」
「えっ!? イッセーさん! 認証カードは祐斗さんが持ってます!」
……そうなの? そ、そういえば、稲荷神社で木場がアーシアから認証カードを借りたって。そのまま、持ったままだったの?
「イッセーくん! プロモーションを承認するよ!」
木場が目の前にいたモンスターを切り払い、叫ぶ。ま、まあ、いいか。
「了解ッ!」
木場の合意を得て、『僧侶』となる! 俺の拙い魔力が底上げされた。
『僧侶』となった理由はドラゴンショットにのみ集中したいからだ!
俺が魔力でできることなんて知れてるが、それでもやらせてもらう! 不器用の結晶である単純な魔力攻撃――。威力だけなら結構なものだと思うぜッ!
「いくぜ、ドラゴンショット乱れ撃ち!」
ドゥ! ドウン! ドゥ!
俺は闇の盾をかまえつつ、左腕から中規模の魔力の塊をアンチモンスター、英雄派の奴ら目掛けて乱れ撃ちでぶち込んだ!
英雄派の奴らは避けていくが、モンスターのほうは俺の攻撃を受けて大量に消え去っていく! 同時に闇の盾が敵からの光の攻撃を吸ってくれる! よし!
九重のほうにも光線が放たれるが、瞬時に円形で緑色のシールドみたいなものが九重を包み込んで、光線を無効化していた。さすが、エイジ、仕込みは万全だな!
後方からゼノヴィアが放つ剣圧が加わり、前方にいる大量のアンチモンスターを狙い撃ちにした! ゼノヴィア! もう少し龍殺しのオーラを抑えて! すごく怖いよ!
俺とゼノヴィアの攻撃を食らって、アンチモンスターの群れは難なく霧散していく。
しかし、例の少年が足元の影から何度も何度もモンスターを生み出していった! クソ! キリがねぇか! でも、諦めない! これだけの大量生産だ、集中力や体力に必ず限界がくるはず! しかも子供ならそれも早いと思うんだ!
大量のアンチモンスターが放つ攻撃は、たまに俺たちにも打ち込まれるが、すかさずアーシアが回復のオーラを飛ばしてくれるので大事に至っていない!
やっぱり、アーシアは俺たちの生命線だ! マジ、最高だぜ、アーシアちゃん!
……アンチモンスターが動くだけで、いまだ攻撃の姿勢を見せず、回避行動だけの英雄派の連中が不気味でしょうがない。モンスターに攻撃をやらせて、高みの見物か?
――と、ドラゴンショットを繰りだす俺の元に襲来する影が複数! 制服姿の女の子が数名! あの服装は英雄派のユニフォームなのか?
「赤龍帝の相手は私たちがします!」
槍――あるいは剣を携えて、数名が俺に突貫してくる。
「――っ。やめておけ、女性では赤龍帝には勝てないよ!」
腰に何本も帯剣した白髪の優男が叫ぶ。
ふふふ、その通りだ。女の子では俺には勝てん! 俺は素早く脳みそに魔力を送り込んだ! 部長に禁術扱いされてる、俺ができる数少ない魔力のひとつ――。
「乳よ、その言葉を解放しろッ! 『乳語翻訳』ッッ!」
俺は女の子たちに向って魔力を解き放った! 瞬間、俺を中心に謎の空間が広がっていく! 技は完璧に入った!
「さあ、お嬢さんのお乳たち! 俺に心の内を話してごらん!」
乳が俺とドライグだけにしか聞えない声を話してくれる!
『動きで翻弄したあと連携攻撃で一気にたたき込むのよん』
なるほど、連携攻撃するつもりだったのか。
『私は右から攻めるぞな』
そちらは右!
『こちらは正面からなんだな』
そっちは正面からか!
くわっ! 俺は乳の声を聞いたあと開眼する! ふふふ、手の内胸の内は読ませてもらったぜ!
「よっ! ほっ!」
相手の攻撃を全部避けてやった!
「バカな! 私たちの動きが把握されている!?」
女の子のひとりが驚愕していた!
「読まれるはずがない! 私たちの連携は完璧なはずだ!」
驚く女の子たちに俺は不適な笑みを見せた。
「読んだのさ! 否、しゃべってくれた! あんたたちのおっぱいがな! そして食らえ! 『洋服破壊』ッッ!」
俺はもうひとつの技を叫ぶ! そう、避けると同時に触れていたのさ、君たちの制服に!
バババッ! 女の子たちの服がものの見事に弾け飛んでいく!
「い、いやぁああああああああっ!」
「魔術で施された服が……まるで役に立たないなんて!」
女の子たちが悲鳴をあげて自身の裸体を手で隠す! ううむ! 皆、鍛えているのか良いプロポーションしてるぜ! 鼻血もついつい出ちまう! やっぱり洋服破壊は最高の技だぜ!
女の子たちは恥ずかしさのあまり、素早く近くの家屋に逃げ込んでいった。
ふふふ、相手が女の子なら、俺の妄想の手は止まらない! ここまで見事に技が決まると気持ちがいいことこの上ないぜ! パイリンガルとドレス・ブレイクのコンボは無敵だ!
「さ、最低な技じゃな。こんなに酷い技を見たのは生まれて初めてじゃぞ……」
九重が俺の技に呆れていた。ちっちゃな子にそう言われるとちょっとへこむ。
「やはり、女では赤龍帝には勝てないか。恥辱にまみれても戦い抜く鋼の精神が必要になるけど……若い女性ではなかなか厳しいね。さすがだよ、おっぱいドラゴン。噂の乳技を見させてもらった。男には通じないけどね」
優男がそういう。れ、冷静に分析されると恥ずかしい。
「誰が男にやるもんかよ!」
俺はそう返した! 男にやって何が楽しいってんだ!
『お、俺はぁぁぁ……、乳龍帝などではないぃぃぃ、乳技などぉ、使えないぃぃぃ……』
心の中でドライグが唸るようにつぶやく! ヤバい、そういえばこの技にもリスクはあったんだった!
「アーシア、回復だ!」
「は、はい!」
返事と共にアーシアが左腕の宝珠に、ドライグに向ってオーラを飛ばして回復させてくれる! これで大丈夫だろう。
『おううう……、ああああ……、温かいぃ……』
……大丈夫、だよな? 消滅というか昇天しないよな?
優男がニッコリ笑んだあと、他の英雄派のメンバーに言う。
「皆も気をつけて欲しい。彼は赤龍帝。歴代で最も才能がなく、力も足りないが――。その強大な力に溺れず、使いこなそうとする危険な赤龍帝だよ。強大な力を持ちながら、その力に過信しない者ほど、怖ろしいものはないね。あまり手を抜かないように」
…………。
若干、こそばゆい感じをえてしまった。
「……敵にそんなことを言われるなんてな」
そうさ、敵にそんなふうに評価らしきものをもらったのは初めてだった。いや、評価ではないか。注意かもしれないが……それでもその手のものを受けたのは初めてだ。
俺の言葉に優男は少し首を傾げる。
「そうかな? キミはキミが思っている以上に現赤龍帝の存在は危険視されるに値するものだと僕たちは認識しているけどね。同様にキミの仲間の眷属と――ヴァーリも」
……や、やっぱり、むず痒い! なんだろう、こんなの初めてだぜ! サイラオーグさんも俺のこと評価してくれていたけど、テロリストにまでそのようなことを言われるなんて……。
『……そうだ、俺は赤龍帝。俺は赤龍帝なんだ。誰もが畏れる2天龍の一角なんだ』
おおっ、ドライグも思わぬ敵の評価に持ち直した! もっと、もっと赤龍帝って呼んでやって! 最近、仲間にも敵にも乳龍帝って呼ばれまくってたから、うれしいんだよ!
ああ、それにしても俺を見下さない連中って、すっげぇやりづらいな!
「さて、僕もやろうかな」
優男が一歩前に出た。腰に携えていた鞘から剣を解き放つ。
「初めまして、グレモリー眷属。僕は英雄シグルドの末裔、ジーク。仲間は『ジークフリート』と呼ぶけど、ま、そちらも好きなように呼んでくれてかまわないよ」
優男――ジークフリートの顔をずっと怪訝そうに見ていたゼノヴィアが、何か得心したようだった。
「どこかで見覚えがあるとおもっていたが、やはり、そうなのか?」
ゼノヴィアの言葉にイリナがうなずく。
「ええ、だと思うわ。あの腰に帯刀している複数の魔剣から考えて絶対にそう」
…………? どういうことだ? 白髪だから、どうしてもあいつ――フリードを思いだしてしまうけどさ。
「どうした、2人とも? あのホワイト木場みたいなイケメンに覚えがあるのか?」
「ホワイトって……酷いよ、イッセーくん」
まあそういうな木場よ。物のたとえだ。
俺の問いにゼノヴィアが答える。
「あの男は悪魔祓い――私とイリナの元同胞だ。カトリック、プロテスタント、正教会を含めて、トップクラスの戦士だ。――『魔帝ジーク』。白髪なのはフリードと同じ戦士育成機関の出だからだろう。あそこ出身の戦士は皆白髪だ。何かの実験の副作用らしいが……」
――っ! 悪魔祓い! 教会関係者か!
「ジークさん! あなた、教会を――天界を裏切ったの!?」
イリナが叫ぶ。ジークフリートは愉快そうに口に端を吊り上げた。
「裏切ったってことになるかな。現在、『禍の団』に所属しているからね」
それを聞いて、イリナはちょっとお冠になった。
「……なんてことを! 教会を裏切って悪の組織に身をおくなんて万死に値しちゃうわ!」
「……少し耳が痛いな」
ゼノヴィアはぽりぽりと頬をかいていた。まあ、デュランダルの持ち主たるこの娘も破れかぶれで悪魔になったしね。イリナの言葉はそのまま自分に当てはまったんだろう。
クスクスと小さく笑うジークフリート。
「いいじゃないか。僕がいなくなったところで教会にはまだ最強の戦士が残っているよ。あの人だけで僕と悪魔になる前のゼノヴィアの分も充分に補えるだろうし。案外、あの人は『御使い』のジョーカー候補なんじゃないかな? ――と、紹介も終わったところで剣士同士やろうじゃないか、デュランダル……、いや、龍殺しのゼノヴィア、天使長ミカエルのA――紫藤イリナ、そして聖魔剣の木場祐斗」
剣士――否、教会関係者だった3人に対して宣戦布告するジークフリートは、手に持つ剣にオーラをまとわせた。
……あまり良くない波動を放つ剣だな。そういや、ゼノヴィアが魔剣だとつぶやいていたな。木場が『魔剣創造』で創りだす剣に雰囲気が似てる。……ていうか、龍殺しのゼノヴィア? 持ってる大剣が龍のアギトで製作された龍殺しの剣だからか?
――っ! そうこうしているうちに神速で木場が聖魔剣で切り込む!
ガキィィィィンッ!
聖魔剣を真っ正面から受けてなお、不気味なオーラを微塵も衰えさせないジークフリートの剣――。
「――魔帝剣グラム。魔剣最強のこの剣なら、聖魔剣を難なく受け止められる」
つばぜり合う両者。……木場とつばぜり合う奴なんて、久しぶりに見たぜ!
2人ともすぐに飛び退き、体勢を立て直したあと、再び火花を散らしながら壮絶な剣戟を繰り広げ始めた!
「……木場と互角……いや!」
木場が徐々に押されてる。木場の表情が少しずつ厳しいものになっていくのが見て取れた! 神速で動く木場の動きが――捉えられている! 目で追えないほどのスピードで斬りかかっても相手はそれを当然のように受け止めていた。あの速度が見えるのか……ッ!
フェイントを入れての攻撃でもジークフリートは木場のフェイントに騙されない!
逆に相手は最小の動きだけで木場の攻撃をいなし、自身の魔剣を繰りだしていた。木場も避けるだけで精一杯になり、カウンターも取れない!
驚愕する俺に英雄派の一人が言う。
「うちの組織では、派閥は違えど『聖王剣のアーサー』、『魔帝剣のジークフリード』として並び称されている。聖魔剣の木場祐斗では相手にならない」
――っ。
あのアーサーと同格ってことか? あいつ、フェンリルの子供相手に結構余裕で戦ってたぞ! じゃ、じゃあ、いまの木場では――。
心配する俺だが、ふたりの剣戟に参加する者がいた。――イリナだった。
横からジークフリードに斬りかかり、木場の加勢をした。
「イリナさん!」
「加勢するわよ、木場くん!」
「――っ。ありがとう!」
木場はこの場で剣士としてのこだわりを捨て、イリナとの同時攻撃に乗った。
2対1でのバトル!
木場の聖魔剣、イリナの『音速の剣』で速度強化された剣戟での同時攻撃っ!
剣の切っ先が見えないほどの剣速による斬撃が三者の間で当然のように起こった。……2人相手でもジークフリードは剣1本でいなしていき、数をものともしてない!
木場が神速で分身を生みながら、かく乱させて相手の死角から攻撃を加える技の構えを取り始めた。さらにイリナがジークフリートの背後に回り、瞬時に『音速の剣』からTCMを炎と氷の双剣を変化させて斬りかかった!
この同時攻撃なら――!
勝利を確信した俺。だが、ジークフリートは背後からのイリナの攻撃を、後ろ手に回して防いでしまう! 振り返らないでイリナの攻撃を防ぎやがった!
さらに空いた手で腰の帯剣を1本抜き放った。
銀光を走らせながら――振り返りながら背後にいるイリナに向って斬りかかる! 危ないッ!
「――っ!」
ガキィィィンッ!
寸前のところで、イリナが×の字にクロスさせた双剣が剣戟を防いだ! それでも衝撃は逃がせないようで、イリナの体が数メートルほど後ろへ飛んだ!
「大丈夫か!?」
「ええ、なんとかね」
天使の羽を羽ばたかせて空中へ逃げながら、俺の問いにしっかり答えるイリナ。制服が少し破けたみたいだが、無事のようだ。
ジークフリードは感心したような、驚いたような表情で言う。
「ほう。バルムンクの一撃を受け止めたか」
バルムンク!?
「北欧に伝わる伝説の魔剣か……」
ゼノヴィアがジークフリードが新たに出した剣を見つめてつぶやいた。また魔剣か! だが、まだ木場の死角からの攻撃は終わってない! 確実に捉えている! 避けられる術はない! 両手は魔剣でふさがってる! 横薙ぎの一閃がジークフリードの横腹に入る寸前――。
ギィィィィンッ!
金属音が鳴り響く。
木場の聖魔剣は――ジークフリードが新たに鞘から抜いた魔剣によって受け止められていた!
「ノートゥング。こちらも伝説の魔剣だったりする」
3本目の魔剣! い、いや、それよりも驚くべきことが起こっている! すでに二刀であるジークフリート。3本目の剣を持てるはずがない。両手が塞がってるからだ。
だが、背中から生えた3本めの腕が魔剣を握り、木場の聖魔剣を受けていた!
な、なんだ、あの腕は!? 銀色で、鱗のようなものに包まれた腕だ! まるでタンニーンのおっさんのような、ドラゴンの腕にそっくりだ!
驚く俺たちにジークフリードは笑みながら言う。
「この腕かい? これは『
――『龍の手』! 聞いたことあるぜ! 俺のブースデット・ギアの下位神器! 籠手タイプだったはずなんだが……亜種か! 背中から腕が生えてくるのかよ!
ジークフリードは両手に魔剣を持ち、背中の腕でもう1本を携える。……三刀流!
それを知り、木場の表情がより厳しいものになった。
「……同じ神器使い。けれど、あちらは剣の特性どころか、その神器の能力すら、出していない、か」
「ついでに言うなら、禁手にもなっていないけどね」
――っ。残酷なほどのジークフリートの報告! そうだよな、実験を繰り返していた英雄派の構成員が禁手になれないはずがない。
ほぼ素の状態で木場とイリナを圧倒していたのか!? とんでもねぇよ!
「――だったら、禁手になる前に倒せばいいだろう!」
上空からの声! この声は、ゼノヴィア!
空中を見上げると、ゼノヴィアが真・リュウノアギト改に強大なオーラをまとわせていて――ま、まさか!
「食らえッ!」
真・リュウノアギト改を縦に振り下ろした! オーラでできた巨大なカマイタチがジークフリードに向って飛ぶ!
ジークフリードはそれを見上げ、
「これはすごいな」
両腕と背中の腕という魔剣3本で構えをとり、それらを同時に振りかぶった!
ドウゥゥゥゥンッ!
ふたつの強大な力が衝突したことで起こる大爆発! 砂煙が舞い上がり、衝撃がビリビリと伝わる! まるで空間が揺れてるようだ!
攻撃を終えたゼノヴィアは再び九重のそばに着地した。
「い、いきなり危ねぇじゃねえか、ゼノヴィア!」
こっちまで被害がくるところだったぞ! ていうか、木場とイリナは無事か!? 特に木場は爆心地にいたようなもんだぞ!
2人の安否を確認するために周囲へ目を配ると、いた! ジークフリードがから結構離れたところに立っている。いつの間に移動したんだ?
俺の疑問に答えるように、ゼノヴィアが手に札のようなものを持って言う。
「この通信用の札で奇襲をかけると前もって教えていたからな」
そ、そうだったのか? 意外と考えてたんだな、ゼノヴィア。
「でも正直、危なかったよ。タイミングが少しシビアすぎないかい?」
木場が苦笑しながら言った。見れば木場の制服はボロボロになっていた。完全にかわせなかったようだ……。
そんな木場にゼノヴィアは笑みをうかべて言う。
「ふっ、おまえなら避けられると信じていたからな。実際にダメージは負ってないだろう?」
「――っ。まあね」
いい笑顔をうなずく木場。仲間に信頼されてうれしそうだ。すごく。
「ハハハハッ!」
――っ。この笑い声は、ジークフリード!
ビュオッ!
そんな一陣の風と共に、砂煙が晴れる。砂煙から出てきたのは、制服が少し破れているが、ほとんど無傷の五体満足で笑う、ジークフリートだった! ウソだろ!? あの不意打ちを受けきるどころか、特にダメージもなしかよ!?
驚愕する俺たちにジークフリートはうれしそうに笑みながら言う。
「噂には聞いていたが、なかなか。本当に強いんだな。まさか魔剣3本を振るって押し負けるなんて。さすが、黒い捕食者と武器の申し子の弟子だ」
な、なんでエイジと時雨さんの弟子だって知ってるんだ? そんな情報まで手に入れてるのか、こいつらは……。
賞賛の言葉をもらったゼノヴィアは剣を掲げながら言う。
「師もいいが、この剣もいいのでね」
「確か、真・リュウノアギトでしたか?」
「今は、真・リュウノアギト改だ」
「……『改』、ですか。――私が所持している魔剣3本に押し勝つほどの魔剣、欲しいですね」
「やらないぞ」
「それは残念」
そう軽口をたたきながらも、ジークフリートのギラギラとした視線はゼノヴィアの剣に向けられていた。……殺して奪うとか平気でやりそうだな、こいつ。
バサッ。
俺たちの目の前に――先生が降り立った。続いてエイジが降り立ち、同様に英雄派の中心に曹操が戻ってくる。
2人とも攻撃を繰り返しながら、再びここまで帰ってきたのかな? ちらりと2人が攻撃しながら向った下流方面に遠目に見やると――荒地と化していた!
家屋は倒壊し、木々も倒れ、道路や水路も壊れている。もはや嵐山の面影はない。うわぁぁぁ……。衝撃音とか地響きみたいなものは何度も聞えていたけど、ここまでとは……。
でも、英雄派のリーダー格らしいとんでもない神滅具使いの曹操と、魔王クラスや世界最強クラスだって称されてるエイジが戦ったのに、思ったよりも被害が少ないな。
訝しげに思いながらエイジと曹操を見てみる。
エイジのほうは制服が破れていて、少しだけ血が滲んでいた。
曹操のほうも制服が破れているが――。
「ハァ……、ハァ……、ハァ……」
疲労の色が目に見えて濃く、消耗していることが見て取れた。
エイジが手に持った槍を曹操に向けて言う。
「八坂を返す気になったか?」
……こ、こちらは怪我はしてるものの疲労の色はまったくない。息も乱れてないし、全然余裕そうだ。さ、さすが……。
槍を向けながら殺気を飛ばすエイジに、曹操は「フンッ」と鼻を鳴らした。まるで返す気がないと言っているようだ。
「ちっ、実力では神城に負けてんだから、さっさと『黄昏の聖槍』の能力を見せろよな」
と、小声でボソッとつぶやく先生。ちょっ!? すっごく珍しい神滅具があるからって何を言ってるんですか、先生! ていうか、まだ神器の能力使ってなかったのか!?
曹操は息を整え、首をコキコキ鳴らしながら言う。
「いい眷属悪魔の集団だ。これが悪魔の若手でも有名なリアス・グレモリー眷属か。あいつ以外はもう少し、楽に戦えると思ってたんだが、意外にやってくれる。俺の理論が正しければ、このバカげた力を有すグレモリー眷属を集めたのは兵藤一誠――おまえの力だ」
曹操は言葉を切って俺を睨み、言葉を続ける。
「身体能力と魔力の才能はないかもしれないが、ドラゴンの持つ他者を惹きつける才能は歴代でもトップクラスだと思う。ドラゴンは力を集めると言うしな。おまえの場合は良くも悪くもその辺が輝いていたってことなんだろうよ。連続する名うての存在の襲来、各龍王との邂逅、そして多くに支持される『おっぱいドラゴン』が良い例だ。そして『王』なき眷属をこの状況で誰よりも冷静に対処できた。まだ稚拙で穴だらけともいえる采配だが……手馴れたら怖くなるかもしれない」
そんなこと、考えたこともなかった。いままでの出来事が……全部俺によって?
曹操が俺のほうに槍の切先を向けてくる。
「だから、俺たちは旧魔王派のように油断はしないつもりだ。将来、おまえは歴代の中でも最も危険な赤龍帝になると確信している。そして、眷属も同様。いまのうちに摘むか、もしくは解析用のデータを集めておきたいものだ」
お、俺――いや、俺たちのことをそんな目で見ているのか? た、確かに俺たちのことを小馬鹿にしていた旧魔王派とは本質的に違うような気がするよ。
先生が曹操に改めて問う。
「ひとつ訊きたい。貴様ら英雄派が動く理由は何だ?」
曹操が目を細めながら答える。
「堕天使の総督殿。意外に俺たちの活動理由はシンプルだ。『人間』としてどこまでやれるのか、知りたい。そこに挑戦したいんだ。それに悪魔、ドラゴン、堕天使、その他諸々、超常の存在を倒すのはいつだって人間だった。――いや、人間でなければならない」
力強くそう言い放つ曹操。その言葉には確かな決意が込められているようだった。
「英雄になるつもりか? って、英雄の子孫だったな」
曹操は人差し指を青空に真っ直ぐ突き立てた。
「――よわっちい人間のささやかな挑戦だ。蒼空のもと、人間のままどこまでいけるのか、やってみたいだけさ」
――人間、か。
……人間のまま、どこまでいけるの……。それがこいつらの目的?
「……人間を止めてしまったあなたに代わってね」
ボソッと曹操が小さく何かをつぶやいたようだが、聞えない。人間を、なんだって?
先生が嘆息しながら俺に言う。
「……イッセー。油断するなよ。こいつらは――旧魔王派、シャルバ以上の強敵だ。おまえを知ろうとする者はこれから先、すべて強敵だと思え。特にこいつはそのなかでヴァーリと同じぐらい危険性が抜きんでている」
正直、シャルバに関しては部長たちが連携であっさり倒しちゃったから、いまいちピンと来ないけど……。ヴァーリと同じぐらい、か……。底が知れない雰囲気だけならヴァーリよりもありそうなんだけどね……。
最強の聖槍を持っているだけでも相当な脅威だと思う……。
エイジとまったく怪我をしていない先生がそろったところで、俺たち陣営――相手陣営も改めて身構えた。いまだにアンチモンスターは生み出される。キリがないぜ、まったく。その上、英雄派の構成員はほとんど動いていない。
だが、今度は相手も構えた。――次の第二波で本格的な戦闘になりそうだ。相手には神器所有者が多いんだろう? しかも禁手になれる奴が多い。
本当、俺ってこういうピンチばかりだ。たまには救いの女神でも現れてくれないものかね? まあ、エイジがいれば何とかなりそうなものだけど……。
心中でそう思っているときだった――。
パァァァアアアッ。
俺たちと英雄派の間に魔法陣がひとつ、輝きながら出現する。……知らない紋様だ。
「――これは」
先生は知っている様子だった。誰? 堕天使? 怪訝に思う俺たちの眼前に現れたのは――魔法使いの格好をした、かわいらしい外国の女の子だった。
魔法使いが被るような帽子に、マント。まさに魔法使いな格好だ。歳は中学生ぐらいか? 小柄だ。
女の子はくるりとこちらに体を向けると、深々と頭を下げてきた。
ニッコリ笑顔で俺たちに微笑みかけてくる。
「はじめまして。私はルフェイ。ルフェイ・ペンドラゴンです。ヴァーリチームに属する魔法使いです。以後、お見知りおきを」
――ッ! ヴァーリチーム!? なんで、ヴァーリの仲間がこんなところに!?
エイジが女の子――ルフェイを見ながらつぶやく。
「ペンドラゴン……、おまえがアーサーの妹か?」
「――っ! これは黒い捕食者さま! はいっ! 私がアーサーの妹です! 兄がいつもお世話になっています!」
ハキハキと元気よく答えるルフェイ。あの残酷紳士の妹さんか……。かわいい妹さんがいたのは驚きだけど、エイジのファンかよ。ちっ。
先生があごに手をやりながら言う。
「ルフェイか。伝説の魔女、モーガン・ルフェイに倣った名前か? 確かにモーガンも英雄アーサー・ペンドラゴンと血縁関係にあったと言われていたかな……」
ルフェイが目を爛々と輝かせながら、俺に視線を送っている。……俺? エイジじゃなくて、俺?
「あ、あの……」
俺に近づくと手を突きだしてくる。
「私、『乳龍帝おっぱいドラゴン』のファンなのです! 差し支えないようでしたら、あ、握手してください!」
…………。
え、えっと……。
俺は突然のことに間の抜けた状態になり、反応に困った。こ、こんな緊迫した戦場でそんなことを言われても……。
とりあえず、「ありがとう……」とだけつぶやいて握手してあげる。
「やったー!」
すっげえ喜んでる……。エイジのファンじゃなかったの、この子? いや、それよりも何をしに来たの?
『ぬ、ぬぅぅん……!』
――っ! 左腕の宝珠から俺の脳内へと響く、ドライグのうめき声。しっかりしろー! まだ戦闘は終わってないんだぞー!
曹操組みも呆気に取られて、どう出ていいものか、当惑していたり……。だが、頭をポリポリかきながら曹操が息を吐く。
「ヴァーリのところの者か。それで、ここに来た理由は?」
曹操の問いにルフェイは屈託のない満面の笑顔で返した。
「はい! ヴァーリさまからの伝言をお伝え致します! 『邪魔だけはするなと言ったはずだ』――だそうです♪」
「俺は俺の都合で動いているだけで、邪魔をしてるつもりはないのだがな」
そう嘆息する曹操だけど、ルフェイは満面の笑みを崩さず――。
「――それでも、うちのチームに監視者を送った罰は受けていただきますよ~」
ドウゥゥゥゥゥゥンッ!
ルフェイがかわいく発言してすぐ、大地を揺り動かすほどの震動がこの場を襲う!
な、なんだ、この揺れ! 地震? 立っているだけで精一杯だ! アーシアと九重は大丈夫か!?
「あ、ありがとうございます」
「た、助かったのじゃ」
視線を向けて見ると、いつの間にか後方に下がったエイジが2人の間に立って、2人が倒れないように支えていた。
「くれぐれも油断するなよ」
エイジは2人を支えながらそう注意する。あっちは大丈夫そうだな。
ガゴンッ!
何かが割れる音! そちらに視線を向ければ、地面が盛り上がり、何か巨大なものが出現する寸前だった! 地を割り、土を巻き上げながら地中から姿を現したのは――。
『ゴオオオオオオォォォォォォオオオッ!』
雄たけびをあげる巨人らしき巨大な物体だった!
じゅ、10メートル以上あるぞ! 先生が巨人を見上げて叫ぶ!
「――ゴグマゴクか!」
先生の言葉にルフェイがうなずく。
「はい。私たちのチームのパワーキャラで、ゴグマゴクのゴッくんです♪」
ゴッくんです♪ って、そんなかわいらしく呼ばれてるのあれが!?
「先生、あの動く石巨人的なものは……」
俺の問いに先生が説明してくれる。
「ゴグマゴク。次元の狭間に放置されたゴーレム的なものだ。稀に次元の狭間に停止状態で漂ってるんだよ。なんでも古の神が量産した破壊兵器だったらしいが……。全機が完全に機能停止だったはずだ」
ゴーレム! な、なるほどね! だから無機質な感じなのか!
「あんなのが次元の狭間にいるんですか!? 機能停止って、あれ動いてますけど!」
「ああ、俺も動いているのを見るのは初めてだ。問題点が多すぎるようでな、機能停止させられて次元の狭間に放置されたと聞いていたんだが……動いてるぜ! 胸が躍るな……ッ!」
あー、先生が子供のように目を輝かせておられる……。先生ってこういう神の創ったものとか古代兵器とか好きっぽいもんな。
しかし、ハッと気づいて先生はつぶやく。
「そうか。ヴァーリが次元の狭間でうろついていたのはグレードレッドの確認だけじゃなかったんだな」
先生の言葉に俺も思い出す。
「そういや、ディオドラとの戦いの最後でグレードレッドを追ってヴァーリたちが次元の狭間から出てきたっけ。あれはこの巨人を探してたのもあったのか?」
先生と俺の意見にルフェイが答えた。
「はい。ヴァーリさまはこのゴッくんを探していたのです。オーフィスさまが以前、動きそうな巨人を次元の狭間の調査で感知したことがあるとおっしゃっておられまして、改めて探索したしだいです」
「な、なあ、まだあいつのチームにはこういうのいるの……?」
俺がルフェイに訊く。孫悟空、フェンリル親子、ゴーレムの他にまだいるなら、俺、あいつとの将来の戦いがちょいと不安なんですけど……。
「えーと、いまのところ、ヴァーリさま、美猴さま、兄のアーサー、フェンリルちゃんと、その子供のスコルちゃんとハティちゃん、ゴッくん、私の8名です」
そ、そうか。8名か。これで全部なのね。それにしても濃すぎる! あいつ、とんでもないメンツを集めたもんだな! 特にフェンリル親子とかありえねえっ!
「しかし、先生、次元の狭間ってあんなのやグレードレッドがいるんですね……」
「次元の狭間は、ああいう処分に困ったものが行く着く先でもある。グレードレッドも次元の狭間を泳ぐのが好きなだけで実害はないぞ。各勢力でもグレードレッドはブラックリストや各種ランキングに入ることはない。あれは特例だ。つつかず自由に泳がせておけばいいものを……」
先生がそうつぶやくなか、ゴーレム――ゴグマゴクが英雄派に向って、巨大な拳を振り下ろした!
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォオオオオオオンッ!
バカでかい破砕音と共に、ゴーレムの一撃が渡月橋を破壊してしまったぁぁぁっ!
ゼノヴィアの一撃でも何とか崩れなかったのに! あああああああ! 嵐山の名物がぁぁぁぁっ! ここが嵐山を模した空間で良かった!
ゴーレムの一撃は大量のアンチモンスターを屠った。英雄派の構成員は全員その場から飛び退き、橋のあちら岸に退避した。
「ちっ! ヴァーリがお冠か! どうやら監視していたのがバレたようだ!」
曹操は舌打ちしながら、槍をゴーレムに向ける!
「伸びろっ!」
ギュゥゥゥゥン!
槍の切っ先が伸びて、ゴレームの肩に突き刺さる!
ズズゥゥゥゥゥンッ!
巨大なゴーレムがその一撃で体勢を崩されて、その場に倒れていった! うわっ、なんて震動だ! 倒れた衝撃だけで震動が巻き起こり、辺りを大きく揺らす。
あの槍、一撃だけでデカいゴーレムを転ばしやがった! 伸びたり、光の刃を発生したり、多機能だな!
しかし、橋が壊されてしまった。飛んで向こう岸にいくしかないのか?
「――少し魔力を食うが、丁度良い」
次の一手を考えていたときだった。アーシアと九重の守りに入っていたエイジが、手元に波紋を生み出し、1本の真っ赤な槍を取り出した。
ライザー戦のときとは違う槍だ。紅いオーラが薄っすらとまとっていて、とんでもない力を感じる!
「まさか……、神城、その槍は……」
先生が信じられないものを見るような眼で紅い槍に魅入られていた。また先生の研究者魂が爆発しそうだ。
と、エイジは槍を構えて空中へと飛び上がる!
体ごと捻るように左腕を引いて、右腕を対岸にいる曹操たちに向ける!
そして――、
「
槍を放った!
紅い槍は真っ直ぐ、美しい紅い軌跡を描きながら、音速の壁でも突破していくかのように、ギュオォォォォっという風きり音を響かせ、曹操たちへ向っていく!
「…………」
曹操は向ってくる槍を無言で見つめ……って、おい! 避けないのか!?
驚愕する俺だが、紅い槍が曹操たちに向けて完全に落下する寸前のところで止まった! な、なんでだ!?
曹操たちの陣営を見てみれば、制服の上にローブを羽織った青年が手元から霧を発生させて紅い槍を止めていた。
――っ! あれが霧の使い手か! あんなすごそうな槍の一撃を防ぐなんて!
「ぐっ……、何て力だ! 『絶霧』で覆っているのに、まだ止まらない! ――曹操っ!」
苦しそうに叫ぶローブを羽織った青年。……どうやら、神滅具でもあの槍は完全に防げていないらしい。ギュルギュルとドリルのように回点しながら霧を削っていっている。
「やはり彼がよく使っていた殲滅用対人宝具のゲイ・ボルグは『絶霧』でも防げないか……。全て予想はしていたことだったが、ここまでとはな。――が、祭りの始まりとしては上々だ。神城エイジ!」
奴は俺たちに向けて宣言した。
「我々は今夜この京都という特異な力場で九尾の御大将を使い、二条城でひとつおおきな実験をする! ぜひとも制止するために我らの祭りに参加してくれ!」
奴らを中心に霧が濃くなってきた。
「神城、もとの空間に戻す気だ! 攻撃を解除しろ!」
「ちっ……、手傷ぐらいは負わせられると思ったんだがな。仕方ない」
先生の言葉に、エイジが攻撃を止めた。回点を止めた紅い槍はひとりでにエイジの手元へ戻り、波紋のなかへと消えていった。……多分あの紅い槍が当たってたら、手傷じゃすまないと思う……。
霧が一気に濃くなっていく。曹操たちの姿はもはや見えず、俺たちの体もどんどん霧に包まれて、頭まで完全に霧包まれた。
そんな一寸先も見えない霧が包んでいくなか、
「おまえらも、攻撃を解除しておけ!」
先生からの助言が飛んだ。ほ、本物の嵐山に戻るなら、俺の鎧を解除しないと!
◆
…………。
一拍をあけ、霧が晴れたとき――そこは観光客で溢れた渡月橋周辺だった。俺たち以外、何事もなかったように普通に橋を往来していく。
……橋は壊れていない。無事にもとの空間に戻ってこられたんだな。
「おい、イッセー。どうした、すっげー険しい顔になってんぞ?」
俺の顔を覗き込む松田。そ、そうだ、俺たちは渡月橋を渡ったばかりだった。
「…………いや、なんでもないよ」
それだけ返し、俺は大きく息を吐いた。他の眷属メンバーも表情が険しい。さっきまで戦闘してたんだ、そう簡単に気持ちも切り替えられないだろう。
……ルフェイがいない。デカいゴーレムも同様だ。霧が晴れたと同時に消えたのか。
ガンッ!
先生が電柱を横殴りしていた。
「……ふざけたことを言いやがって……ッ! 京都で実験だと……? 舐めるなよ、若造が!」
うわ……、先生がマジギレしてる! こんなに怖い先生を見るのは久しぶりかも。
「……母上。母上は何もしていないのに……どうして……」
体を震わせる九重。エイジは黙って九重の頭を撫でながら、敵を見据えるように二条城がある方向を見つめていた。
曹操の襲来。そして、二条城で実験をするという宣言。
部長、どうやら俺たちの修学旅行は思いがけないクライマックスを迎えそうです。
◆
<エイジ>
渡月橋での戦いを終え、俺たちはホテルに帰ってきていた。
それぞれの班や男女に分かれて夕食を取り、風呂にも入り、部屋でくつろいでいた。
「あー、うー……気持ち悪いですぅ……」
「よしよし、今椿姫さんが新しい洗面器とタオル持ってくるからな」
俺の部屋である小さい和室の真ん中、布団に横向きになって気持ち悪そうにしているロスヴァイセの頭を撫でてやる。
英雄派との戦いのあと、店でひとり酔いつぶれていたロスヴァイセを回収したんだよな。一応、ロスヴァイセ自身で酔い覚ましの薬を調合して飲んだらしいが、まだ具合が悪そうだ。面倒だったからって、どれだけ飲ませたんだよ、アザゼル。
「ううー……」
気持ち悪そうにロスヴァイセが唸る。はいはい、よしよし。今はゆっくり休んでてね。
コンコン。
部屋のドアがノックされる。ガチャっと開いて、椿姫さんが入ってきた。
「水面器とタオルを持ってきました」
椿姫さんが枕元に水面器を置く。
「ありがとうございます」
「あ、ありがとう、ございますぅ……」
「いえ、これぐらいは手伝わせてください」
俺とロスヴァイセさんの礼を受け取り、椿姫さんは微笑んだ。
「それよりも、エイジくんのほうは大丈夫?」
心配そうに訊ねてくる椿姫さん。俺は少し息を吐いて答える。
「まあ、はい。大丈夫です。敵が厄介なことは予想してましたしね。八坂にしても何かの実験に使うというなら、確実に生きているということですから。助けるチャンスがあるとわかっただけでもホッとしました」
「そうですか。しかし神滅具使いが3人もいるというのは厄介ですね……」
「『黄昏の聖槍』、『絶霧』、『魔獣創造』……」
「他にも有名な魔剣を3本も使う剣士がいるとか」
「旧魔王派のテロリストと違って、油断のない少数精鋭部隊のようでしたし。なお更ため息しかでないですよ」
お互いの顔を見合わせて、ため息を吐く。
「うぷっ……そんな状況で私は、酔いつぶれてたなんて……。先輩が知ったらなんとおっしゃるか……」
別の意味でも吐きそうになっているロスヴァイセ。
「まあ、今回の主な原因はアザゼルにあるんだ。そこまで気にしなくても」
「いえ……、ですが……」
ロスヴァイセは布団から上半身を起こして頭を押さえた。まだ頭痛を感じているようだ。実際にアザゼルが酒を勧めて、話を切り上げようとドンドン飲ませたんだし、ね。
「英雄派の襲来があるかも知れない状況で、教職についている自分がお酒を飲んで、おまけに酔い潰れてしまうなんて……。これではエイジさまに顔向けできません。う、うう……うわあああああん!」
膝を抱えて泣き出してしまう。……それについてはフォローができないなぁ。
と、ここで酔いだけではなく、泣き潰れてもらっても困る。胡座をかいたままロスヴァイセに向って両手を広げる。
「ほら、ロスヴァイセ」
「エイジ、さまぁ……」
「おいで」
「う、ううう、うわあああん……! ごめんなさいぃ、申し訳ありましぇんでしだぁぁぁ……」
両手を腰に回して号泣し始めるロスヴァイセ。まだ酔いが残っているのか感情の起伏が激しい。背中をやさしく撫でてやる。
「よしよし。次、がんばろうな」
「はいぃ、がんばりますぅ! わたし、がんばりますぅぅ……」
ダメッ子ヴァルキリー。……うむ、なかなかかわいい。
「…………」
……ん? 視線を感じる。方向と距離からして椿姫さん?
視線だけ向けて見ると、ちょっとうらやましそうに正座してロスヴァイセを見ていた。
「あー……、椿姫さん?」
「――っ! は、はいっ。なんでしょうか?」
「椿姫さんも、来ます?」
「あ、え……い、いえっ! そんな……!」
顔を真っ赤にしてメガネを曇らせる。戸惑いを隠せない様子で口をパクパクさせていた。
「……」
「……」
無言でお見合い。椿姫さんが先にへし折れた。畳からバッと立ち上がり、ずれてもいないメガネをかけなおして言う。
「そ、そういえば生徒会のほうで用事があったので、わっ、私は生徒会のほうへ行ってきますっ! そ、それでは……!」
失礼しましたと、そそくさと部屋から退出していった。……あー、椿姫さんってやっぱり初心だなぁ。普段真面目でクールだから、からかってあげると普段とのギャップがかわいらしくて、和む。
「うう~……大声が頭に響きますぅ。あ、うぷっ……き、気持ち悪い……。は、吐きそう……」
「よしよし、今水面器を用意してあげるから」
「す、すびばぜん……。ほ、本当だったら今頃、イッセーくんたちの部屋で鑑賞会を、していた、はずなのび……うぶぶ……」
「気にしなくてもいいよ、ロスヴァイセ。あくまで鑑賞会はイッセーたちの班のものなんだし。それに関係者しかいないこの部屋なら、魔力の回復も落ち着いてやれるからね」
「ばぃ、ありがどうございましゅ……」
洗面器から少し顔を離してつぶやく、ロスヴァイセ。即座に魔法で嘔吐物を転移させて浄化する。……魔力の無駄使いに思えるかもしてないが、女性だからね。魔力の消費もスズメの涙程度だし。
「ほら、そろそろ横になりな。集合の就寝時間まではまだ時間があるし、それまで休んでていいからね」
「はい……、ありがとうございます」
ロスヴァイセは布団の上に横向きで寝転がる。かけ布団では重いから、タオルケットをやさしくかけて、と……。
「あ、あの……」
「ん? どうした、ロスヴァイセ」
訊ねてみると、ロスヴァイセは心細そうに小さくつぶやいた。
「よ、よかったら、手を……。握っててもらえませんか?」
あー……。
「だ、ダメだったら別に、その……」
ギュっ。
「――っ」
「これでいいか?」
「……はいっ」
うれしそうに笑む、ロスヴァイセ。胸の前で俺の手を両手で包み込む。……最近、かわいい年上お姉さんとの絡みが多い気がするな。
落ち着いたのか、ロスヴァイセは寝息を立てて眠りに入った。本当に、これだけならいい思い出話で済んで、楽しい修学旅行で終わったはずなのに……。
これから『禍の団』の英雄派から八坂を取り戻さなければいけない。
八坂は無事なんだろうか? それが1番不安だった。
最後のエイジのサイドは次話が四万字を越えたので、こちらに入れることになりました。なので、少し切れが悪いです。
―あとがき―
木場、途中から喋ってねぇ。
あと、D×Dの戦闘描写はすっごい独特だとこの京都編ですごく感じました。
戦闘シーンなのに時間系列が一列ってのがなんとも……。まあ、一人称で素人主人公イッセーが疑問を浮べて、解説役のアザゼルが答えていくっていうスタイルだから仕方がないけどさ。
話していない連中はほとんど、棒立ち&牽制中ってのがね。
アザゼル先生の解説で神器の情報が素人連中に伝わるのを放置してたり、英雄派も油断しないと何度も言うわりにはものすごくツメが甘かったり。
ちゃんと皆で真面目に戦えよって思ってきます。