「痛いよ......」
――◇――
あの騒動が起こり目の前で俺があの案をやって以来、騒動はなくなった。だが未だに避難の声が時々聞こえる。一週間が経ったとは言え人は俺がやった事を嘘とも知らずにいちいち言うやつは正直馬鹿の存在を超えている。大体俺が言ったらお前ら信じないだろ人の話も聞かずにのこのこ事を進めやがって。所詮人間なんざそういうもんか。少し考えれば心の奥の感情は深海棲艦そのものだ、と考えてイル俺モあいつらと同じなのだろうな。てか大本営はどうした。こんなことがあれば憲兵でも来るはずなのだが全然来ない、いやむしろ来る気配すらない。まぁいいか。
後に救助した人から聞いた話だが俺の事はどうも迷っているらしい。鳥海がナイス笑顔をして嘘か本当か分からなくなった様だ。まぁ作戦通りだが。俺らはどうしても前に進まなければならない。前を見なければ人はただ臭い自分の靴と枯れ果てた地面が見えるだけだ。何故人間は歩きながら前を向いている?そこに進む道があるからだ。そう俺らは進む為に今できる事をやりたいわけだが。
「暇...だな....」
真人は執務室でただぼーっとしていた。皐月達は艤装の手入れで精一杯、正文さん達は仕事で忙しいらしい。出撃がない以上何をするべきか悩んでいた。
「....そうだ。」
真人は何かを考えたのか椅子から立ち上がり執務室を出て行った。
――第10地下町内。
ラグビー状の縦穴に螺旋の様に繋がる道を真人はひたすら下に歩いていた。もちろん騒ぎにならない為に変装している。いつもは町長から貰った白い軍服なのだが茶色いコートを着てフードで顔を隠し身を隠している。が変装しているとは言え怪しい人にしか見えない。
右は縦穴が続いているが左には数多くの店が並んでいた。野菜や肉、果物など戦前とあまり変わっていないが魚は売っていなかった。真人は果物屋の前に立ち、欲しい物を伝える。
「おばちゃん、リンゴ1つくれ。」
「はいよ...え?」
お金とリンゴを交換してくれた果物屋の人が一瞬誰かの声を聞いて驚く。この人も騒動に参加していたようだ。
「..あんたはあの提督かい?」
「(流石に声はばれるか..)あぁそうだけど?」
「..そうかい。んで、何しに来たんだい?」
果物屋の人はさっきのおおらかな表情とは打って変わって険しい顔つきでこちらを見ている。
「何しにって..ちょっと散歩だけど?」
「...あんたはあんな事をするような奴だとは思わないがあれは嘘なのかい?」
「嘘だって言ったらなんかあんのか?」
真人は大きいリンゴをかじって食べながら話している。
「...いやあたしはあんたを信じるが周りは簡単にそうしちゃしてくれないよ?」
「んなこたぁ分かってる。だからこそゆっくりと時間をかけるんだ。」
真人が果物屋の人に話している時、女性が男三人に追い詰められているのが目に写った。周りの人は助けようともせずその場を過ぎ去っていく。果物屋の人も何食わぬ顔で見ていた。思わず手を握る。
「おいあれを見て何とも思わないのか。」
「出来ることなら助けたいよ、だけど私たちには救う力がない。」
果物屋の人の言葉を聞いて黒い髪が逆立ち眉間にしわが出来る。
「あぁそうかよ。だったら怯えて暮らせ。」
「っ...ってどこに行くんだ待ちな!」
真人は女性を助けるべく男三人の方へ向かった。途中果物屋の人が声をかけるも真人には微塵にも聞こえなかった。
「おい姉ちゃん、今から俺らと気持ちいい事しない?」
どこでも見たことのあるようなゲス顔で女性を見る男三人。囲まれていて逃げることが出来なかった。
「いやです。さっさと行ってください。」
張りのある声を出して立ち去るように反発する女性は肩にかけている鞄を抱き汗を流している。
「気が強ぇ女は嫌いじゃないなぁ....」
中央に立つ男は右手を握り女性の腹めがけて殴ろうとしたが―――、
「ごふっ!!」
隣にいた男の脇腹に当たり、殴られた男は膝をつき痛み悶える。とっさの状況に残った男二人と女性は理解するのが遅れてしまった。
「んなっ!?何してんだてめぇ!!庇ったのかぁ!!?」
「ち、違う...後ろから誰かに押されて...」
殴られた男は押された方向を指さす。そこには茶色いコートを着てフードで顔を隠している真人がいた。
「誰だてめぇ、俺らがお取込み中になにしたんだ?殴られたいのかっ!!」
眼をつけた男は真人に向かって顔を殴る、が殴られてもびくともしなかった。
「!?」
「...お前のパンチはその程度か?」
痛覚が鈍い真人にはまるで子供に肩を叩かれる様な痛さだった。真人は殴った男の手の付け根を掴み放り投げた。男は仰け反り後ろに下がる。
「何でお前がここにいるんだよ!!」
男三人は声を聞いて真人だと気づいた。気づかれた真人はフードを取りその顔を見せる。周りには野次馬が「何だ!?」「あいつって..」と声を漏らしあがら囲んでいた。
「どこにいようが俺の勝手だろ。それよりお前今こいつに何しようとした?」
真人は襲われかけてた女性に顔を向け男に話しかけた。
「ちっ....!」
真人がいたことに驚いたのか男三人は退き、「後で覚えてろよこのクソ野郎!」と言い残してどこかへ行ってしまった。
「ったく根性なしめ...」
男三人が逃げた後、真人は横にいた女性に近づき手を差し伸べた。だが女性は真人の手を借りずにそのまま歩き出す。このまま何もなしかと思いきや過ぎていく時に真人の耳のそばで女性は――、
「ありがと。」
――と言い残しまたどこかへと行ってしまった。周りの野次馬はざわざわと困惑している。その中にはさっき会った果物屋の人もいて真人に話しかけてきた。
「何で..助けたんだい..?大して力もないのに...」
「...本当はこんな騒ぎなんて起こしたくないけどな...俺はなどんな人だろうと助けたくなるんだよ。人間は力がなくとも何かをすることが出来る。なら俺は命に代えてもその人を絶対助ける。要するに正義馬鹿ってことだ。」
笑いながら果物屋の人に語る真人。周りの野次馬は真人の言葉に心を動かされそうになった。戦前は皆で助け合っていたあの心を。
「じゃあな。」
真人は何かを言い切ったかの様に野次馬に別れを告げ元の場所へ戻っていった。野次馬はそれを見届ける事しか出来なかった。
――執務室。
「司令官、なんで外に出たの?ただでさえまだ危ない状態なのに!」
皐月が横から真人に何故外に出たのかを尋ねた。少し怒り気味である。
「いや暇だから...謝るよすまん!」
「すまんで済むなら憲兵はいらないよ!」
ポカポカと真人を叩く皐月。よほど心配していたらしい。
「分かっ...分かったから!今度からしない!」
ようやく分かってくれたのか皐月は叩くのを止めた。すると執務室のドアから鳥海が来て何かの書類と手紙を持ってきた。
「提督、大本営からお手紙が来ています。」
鳥海は手紙を真人に渡し、書類を机に置いた。
「手紙?今更強制辞職とかか?」
手紙を開き中を見るとそこには「東京駅城砦攻落作戦について」と書いてあった。その下には難しい言葉で述べられていて何て書いてあるのか分からなかったが多分、作戦の指揮に選ばれたのだろう。
「...とうとうこれか。あーでもそういえばそうだったな...」
真人はまだ捕まっていた時の事を思い出した。確かあそこは城砦にしてはとても巨大で手強い深海棲艦がいたはずだが。
「司令官はここにいたことがあるの?」
「あぁちょっとだけな。しかし.....」
真人はある事を思い出し、言うのを躊躇う。
「何か強い敵でも..?」
「...あぁ奴は絶対に倒せねぇ...それだけは分かる。」
倒せない。通常あまり聞かない言葉でもある。ましてや数々の深海棲艦を倒しまくったとは言え倒せないとは不慣れなワードだった。
「倒せない?どういうこと?」
皐月が汗を頬に流しながら真人に聞く。真人は恐る恐るその倒せない相手の事を口にした。
「奴はいや空母棲鬼は........不死身なんだ――――。」
ふと空母棲鬼がどこかで涙をこぼしていた。
――◆――
「悲しいよ.....」
次回は「東京駅城砦攻落作戦、出撃開始。」です。