※この作品はR-18です。

鉱山で働く奴隷の少女の話   作:、みん

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 ハルは重くなったかごを抱えて坑道を歩いている。かごに詰め込まれているのは金鉱石だ。地面には砂利や石が散乱しており、地面に足をつけるたびにそれらが足の裏に刺さった。その痛みは足の裏だけのはずだが、連日の鞭打ちを伴う重労働で痛みに対して敏感になったハルには、身体中の至るところを鞭で打たれたような痛みに感じた。それでも本物の鞭に比べれば、いくらかはましな痛みだ。

「列を詰めろ! もっと速く歩け!」

突然、衛兵の怒号と共にハルの背中に本物の激痛が走った。

 ハル自身は前を歩く奴隷との距離をかなり詰めて、息を切らせて汗を流しながらも必死で歩いていた。そうしていなかったのはハルの後ろを歩いていた少女だった。衛兵はハルの背中を鞭で打つと、次に少女の腕を掴んで無理やり列の間隔を詰め、その少女の背中にも鞭を打った。ハルが鞭で打たれた理由は、少女への見せしめである。

 ハルは背中の痛みに歯を食い縛って耐え、やがて痛みが消え始めたとき、

「あの、ごめんなさい」と、ハルの後ろを歩き、ハルが理不尽な苦痛を味わう原因となった少女が言った。「私のせいであなたまで」

労働中によそ見をしているのが見つかるとまずいので、ハルは注意深くちらりと後ろを見た。その少女はハルよりも背が低くて幼い。身体の汚れ具合から、奴隷にされてからまだ日は経っていない様子だ。それでも抱えているかごの重さはハルと変わらない。

「大丈夫よ。いつものことだから慣れてる」もちろん慣れてなどいない。「ここではみんなが同じように苦しい目にあってる。謝らなくていいし無理しないで」

 ハルはそれで終わりのつもりだったのだが、まだ状況を飲み込めない少女はさらに話しかけてきた。

「あの、背中、痛くないですか? ううん、痛いですよね。ごめんなさい」

ハルはもう一度、周囲を警戒した。近くに衛兵はいない。

「いいから、もう喋らないで。見つかるとまた鞭で叩かれるよ」

少女を落ち着かせようとするハルだが、そうするほど少女は混乱と自責でいっぱいになったのか、今にも泣き出しそうになってしまった。そして、そのせいで足元の注意が疎かになった少女は、転がっていた石につまずいて転んでしまった。少女が抱えていたかごはひっくり返り、周囲に金鉱石が散らばる。

 異変に気付いたハルは振り返り、すぐに状況を理解すると、自分の抱えていたかごを置いて少女を助けに行った。

「大丈夫!?」

ハルは倒れた少女を起こし、座らせた。少女の汗で濡れた身体は転んだときに着いた砂でどろどろになり、顔も黒くなっている。その上、その目には涙まで浮かんでいる。

「お願い、泣かないで! 衛兵に見つかる前に早く立って!」

「ううぅ、ぐす」少女はついに泣き出してしまった。

ハルはもうだめだと思った。間違いなく衛兵に見つかってしまう。一瞬だがこの少女を見捨てて奴隷の列に戻ろうとも思った。そうしなければ衛兵に何をされるか分からないし、またここではそれが普通なのだ。しかし、ハルがそう思ったのは一瞬だけですぐに少女を守るべきと判断し、行動に移した。

 ハルは少女を安心させようと、少女の身体を優しく包むように抱いた。そして、赤く腫れた小さな背中を撫でながら何かを囁こうとしたときだった。

「おい、そこで! 何してる!?」衛兵に見つかってしまった。しかも運の悪いことに、先ほど二人の背中に鞭を入れた衛兵だ。「またお前たちか。よほどサボり癖があると見えるな」

「ち、違うんです。これは、その、」ハルは言い訳を探したが、今回はチユのときのような正当な言い訳は見つからない。と言っても、正当か不当かに関わらず、奴隷の言うことなど聞き入れられはしないが。

「この子がとても苦しそうにしてたので、」

「こうもサボり癖があるようじゃあ、再教育せねばなるまいな」ハルが言い切らないうちに衛兵は言い、同時にハルの身体に戦慄が走った。懲罰房に連れて行くという意味だ。

「待ってください! 悪いのは私なんです。私がもたもたしてたから、この子が転んで、」

「苦しそうにしてたんじゃあないのか?」

衛兵はこの発言を嘘と断じたようだ。ハルは口を手で覆い隠した。

「この上嘘までつくとは、これは教育しがいがあるな」

 衛兵は通りかかった一人の仲間にことの次第を説明した。そしてハルと少女は懲罰房に送られることとなった。

 

 ハルはなんとか少女を助けようと許しを請い、少女はじたばたともがいた。しかし二人の非力な抵抗は衛兵に対してなんの役にも立たず、少女とハルは拘束されてしまった。

 二人は懲罰道具や拷問器具が置かれた部屋で、天井から吊るされた手錠に拘束され、足がつりそうなくらいつま先立ちの状態になっている。衛兵は準備のために部屋から出ていき、ハルは少女と二人きりになった。少女はまだすすり泣いている。

「ごめんね。私がもっとしっかりしてたらこんなことにはならなかったのに」

ハルがそう言うと少女は首を大きく横に振った。ハルは少女を安心させようと必死に思案していたが、ひとつ肝心なことを忘れていたことに気がついた。

「あなた、名前はなんていうの?」

そう聞かれて少女は顔を上げて涙混じりの泥で汚れた顔をハルの方に向けた。だが、すぐに顔を下に向ける。

「フウカ」うなだれたまま、少女は自分の名前を言った。

「そう、フウカちゃんね。私はハルっていうの」

ハルはまだ何か言おうとしたが、ここでの自己紹介は場違いだと思い、名前だけにしておくことにした。

「ねえ、あまり頼りにならないかもしれないけど、フウカちゃんのことは私が守ってあげるから」

「本当に?」フウカは再び顔を上げて言った。そして、ハルの発言に対する返答としてはあまり正しくないことを聞いてきた。「私、家に帰れるの?」

ハルは答えに詰まってしまった。事実を言えばフウカをさらに悲しませるだろう。しかし嘘を言ったところでどうにもならない。こんなときミナだったら間違いなく帰れないと言うだろうが。

 

 懲罰房は少しの間だけ静寂に包まれたが、その静寂を破るように部屋の入り口の鉄扉が勢いよく開いた。再教育とやらが始まる時間である。衛兵は部屋に入って来るなりフウカに向かって言った。

「おまえのような、役に立たない奴隷が家に帰れるとでも思ってるのか」

衛兵はどうやら二人の会話を外で聞いていたようだ。

「そんな簡単なことも理解できないなら、徹底的に再教育する必要があるな」

そう言って衛兵は鞭を持ち出してきた。ただし普段から奴隷に使っている革鞭ではなく、乗馬で用いる馬上鞭だ。馬の分厚い皮膚に対しても効果があるように作られているので、人間に対して使うと強烈な苦痛を生ずることになる。それを年端もいかない少女の身体に振り下ろすということだ。ハルもその苦痛を味わったのは一度や二度ではない。だからすぐに懇願した。

「待ってください! 本当にその子は何も悪くないんです!」

「心配しなくても、おまえにもこいつの後でたっぷりと再教育してやる」そう言って衛兵はハルの前を通りすぎてフウカの正面に立つと、鞭の先端でフウカの顔を撫でながら言った。

「この金鉱山でおまえたち鉱山奴隷が厳守しなければならない規則とは何か言ってみろ」

 答えは服従と労働だが、衛兵の質問はフウカほどの少女には難しく聞こえるだろう。フウカは訳が分からずに恐怖で顔がひきつり、呼吸も浅く早く不規則になっている。そのあまりの恐怖からか、フウカは失禁までしてしまった。衛兵は思わず少し後ろへ下がり、フウカの股間から流れ出した液体をしげしげと眺めて言った。

「まったく。おまえは小便のやり方も知らないのか」

 ハルは今のうちに、フウカに助け船を出した。衛兵に聞こえないようにかすれた声で質問の答えを何度も繰り返したのだ。フウカも、顔を真っ赤にしながらもそれに気づいてハルの声をなんとか聞き取ろうとしたが、それに伴ってハルも声が次第に大きくなってしまった。そして、衛兵もそれに気づいてしまった。

「おまえは黙っていろ!!」衛兵は振り向き様にハルに向かって馬上鞭を振り下ろした。鞭はハルの胸にあたった。あたったところは赤く腫れ上がり、痛みはまったく消える気配を見せない。ハルの表情は苦痛に歪んだ。

「まだ邪魔をする気なら、これだけじゃあ済まないからな」衛兵はフウカの方に向き直って、先ほどと同じ質問を繰り返そうとしたが、

「服従と労働!」ハルは今度ははっきりと聞こえる声で叫んだ。「私たちが守るのは服従と・・・」

最後まで言う前に今度はハルのお腹に鞭があたった。衛兵は今度こそハルに近づいてきた。

「どうやら死にたいようだな」衛兵はハルの首を掴み、じりじりと力を込める。「俺はおまえのようなやつが一番気に食わないんだ」

 衛兵の手によりいっそう力が入る。ハルはいよいよ意識が遠のいてきた。本当に走馬灯が見えたような気がした。苦痛以外の何物でもない生涯のはずが、なぜかその中でもささやかに嬉しかったことが映し出された。やがてそれすら見えなくなり、ハルも覚悟を決めようかというとき、

「ふくじゅうとろうどう!」意味をあまり理解していないような拙い声が響き渡った。フウカはそれを何度も復唱した。それを聞いて衛兵はハルの首から手を離した。ハルは何度か咳き込んだが意識を失うようなことにはならなかった。代わりにこの地獄から抜け出す機会を失ったことになるかもしれないが。

 衛兵はフウカを見てにやりと笑う。「でまあ、このまま死なせてもつまらんな」そう言うと衛兵は壁にかけてあった鍵を取り、ハルの拘束を解いた。手錠から解放されたハルはその場に崩れ落ちた。

「立て」衛兵は言ったがハルは立ち上がれない。まだ意識が朦朧としている。衛兵は構わずハルの背中を鞭で打った。激痛に意識を取り戻したハルはふらふらと立ち上がった。

「しっかりしろ、まったく」衛兵はハルの頬を何度か叩き「おまえがやれ」と言って、持っていた馬上鞭をハルに差し出した。ハルは意味が分からず鞭と衛兵の顔を交互に見たが、最終的に鞭を取った。そして衛兵は吊るされたままのフウカを後ろに向けて言った。

「十発だ」

ようやくハルは理解した。

「そんな、無理です」

「なら仕方がない。俺が五十発打つことにしよう。おまえは仕事に戻れ」

衛兵はハルから鞭を取り戻そうとした。しかしハルはそれを拒んだ。

「どうした。やる気になったか?」衛兵はハルに詰め寄った。「どうなんだ!?」

「わ、分かりました」ハルは震えながら言い、背中を向けているフウカの前に立った。「フウカちゃん、少し痛いけど十回で終わるから」

「ハルちゃんなら私、大丈夫。痛くない」

二人のやり取りを見て衛兵は鼻で笑いながら言った。

「少ししか痛くない場合は数えないからな」

 衛兵の号令と共にハルはフウカの背中を馬上鞭で打ち始めた。

 

 ちゃんと打ててなかったとして数えられなかった六発を含めて計十六発の鞭打ちで二人は再教育から解放された。結局、十発では済まなかったが普通なら二人合わせて百発も馬上鞭で打たれるところだ。ハルは傷だらけになったフウカを連れて坑道を歩いていたが、人気のないところで立ち止まると目の高さをフウカと同じにして言った。

「ごめんね。痛かったでしょう」

フウカは首を大きく数回横に振った。背中は鞭打ちで赤く腫れ上がっているにも関わらず、表情には苦痛ひとつ浮かんでいない。

「ハルちゃん、言った通り私を守ってくれた」

ハルは守れてなんかないという顔をしたが、フウカは続けて言った。

「衛兵さんに打たれてたらもっと痛い。私を守るために代わりに打ったんでしょう?」

ハルは何も言えなくなった。そして何か言う代わりに傷だらけになった背中を強く触らないように注意しながら、フウカを抱きしめた。

「ごめんなさい」とハルは言ったが、フウカはなぜ謝られるのか分からないだろう。

 ハルはしばらくそうしていたが、坑道の奥から聞こえてきた足音にびくりとして立ち上がった。間違いなく衛兵の足音だ。ハルは「仕事に戻ろう」と言って、フウカの手を握ると小走りでその場をあとにした。

 二人が元の坑道に戻ってみると、懲罰房に連れて行かれる前と変わらずに金鉱石が散らばったまま放置されていた。二人はそれをかごに戻し、再び重くなったかごを力を振り絞って抱えあげると、同じようにかごを抱えて歩く奴隷たちの列に加わった。

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