青い空の下、軍用車を運転する黒ずくめの恰好をした女性に容赦なく陽光が差し込む。
気温が高いのに黒い恰好をしているのは本人曰くこれが格好良いかららしい。
目を引くのはその黒いスカートやカーディガン、黒いショートに金色の瞳だけではない、
運転をしている女性の左目の眼帯が異様な風貌に拍車をかけている。
「ねぇ、天龍ちゃん。こうして二人っきりでドライブしてるとデートみたいね~?」
助手席から猫撫で声をかける女性、彼女もまた黒ずくめの恰好をしていた。
女性の妖しい紫の瞳はまっすぐに運転をしている女性、天龍を見つめていた。
海岸沿いから見える、一見平穏な海や景色を彼女は一切見てはいない。
「ふざけたこと言ってるんじゃねぇぞ、龍田。
そんなこと言ってたら毎日がデートになっちまうだろうが」
ぶっきらぼうに天龍が吐き捨てると、龍田の顔は喜色に充ちる。
「あら~、私はそのつもりだったんだけどな~」
龍田のお道化た態度に天龍は舌打ちをする。
「お前昨晩は遅かったんだから今のうちに寝とけよな。
逆に寝るつもりがないんだったら運転変われ、俺が寝る」
「いいわよ~。その代り、目が覚めたらあの世だったらゴメンね~?」
「やっぱり俺が運転するからお前は寝てろ」
お世辞にも龍田の運転は上手いとは言えないものだった。
その上に寝不足で判断力が鈍っているのなら、尚のこと天龍が頑張るしかない。
覚悟を決めて、天龍はいつもなら絶対に飲まないブラックの缶コーヒーを飲み下す。
目的地までは後1時間ほどある、急ぐ理由もないが理由もなく遅れるつもりもない。
海岸沿いの道を走ると目的地であるフェリー乗り場に辿り着いた。
深海棲艦にシーレーンを引き裂かれた今、フェリーが出る場所は極限られている。
「あれに乗って新しい鎮守府に着任するのね」
「ああ、次の鎮守府は本土じゃなくて小さな島にあるからな」
乗ってきた軍用車ごとフェリーに乗り込み、二人は船内の椅子に座り込む。
二人の視界に移り込む空も海も、平和そのものだった。それなのに乗客はこの二人だけ。
天龍は知っている、この平穏は仮初のものでしかない。
これまでこの目で見て来た景色こそが、真実の姿であると。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「お姉ちゃんって呼ぶなっつっただろ」
「ごめんね~、新しい場所でも上手くいくといいわね~」
「まぁ、な」
今まで見て来た光景が脳裏で映し出されながらも、天龍は頷くしかなかった。
西日がゆっくりと水平線に飲み込まれつつある頃。
フェリーが港に着くと、一人の艦娘が迎えに来ていた。
その艦娘には秘書艦としての証のバッジが、赫赫とした光を浴びて胸に輝いていた。
「初めまして、秘書艦の吹雪です。貴女達が新しく配属になった艦娘ですね?
報告書には一人だけと書かれていた筈ですが……」
「天龍だ、こっちは龍田。
俺はただのオマケだ。まだ数が少ない新興の鎮守府には助かる話だろ?」
「それもそうですね、司令官もそう仰ってましたので執務室までご案内します。どうぞ此方へ」
「悪ぃ、車があるから徒歩じゃなくてそっちで行こうぜ」
「え、艦娘なのに車をお持ちなんですか!?」
普通、艦娘が個人で車を持つことはまず有り得ない。
鎮守府の外へ出るのに許可証も必要だったからだ。
「元々は俺も龍田も横須賀の軍令部所属の職員扱いだからな、
ある程度の私物の所持は認められていたんだよ」
「軍令部の職員ですか」
「そうなの~、でも訓練はキチンと積んでるから戦力にはなると思うわよ~」
「はい、そこは司令官も期待していますので心強いです!」
「じゃあ、行くか。道案内よろしく」
天龍が助手席を指すと、龍田の笑顔が凍り付く。
「当たり前だろうが、鎮守府までの道のりをお前がわかってるのかよ」
「仕方ないわね~、今回は天龍ちゃんの隣を譲ってあげるわ~」
龍田は笑顔を見せるが、初めて会う吹雪でもわかるぐらいに目が笑っていない。
助手席に座った吹雪は背後からの鋭い視線を感じながらも、何とか鎮守府まで案内した。
赤レンガの執務室、そこには新米の提督がいた。
先日達成した任務報酬で、一隻の艦娘が配属されることが決まっている。
まだ駆逐艦ばかりのこの鎮守府にとって、軽巡洋艦は貴重な戦力となる。
艱難辛苦を越えて漸く提督となれた彼にとって、それはとても重要なことだった。
まだか、まだかと待ち構えていると、彼の耳にドアをノックする音が飛び込んでくる。
聞きなれた秘書艦の声が聞こえたので、提督は入ってくるように促す。
「失礼します。司令官、新しい艦が加わりましたよ」
「俺の名は天龍。フフフ、怖いか?」
「初めまして~、龍田だよ~」
「よろしく、歓迎するよ。まさか軽巡洋艦がもう一隻来てくれるとは心強い」
「俺と龍田は世界水準軽く越えてるからな」
(流石にもう旧式だろう……)
自信満々に言い放つ天龍に、提督は思わず心の中でツッコミを入れる。
「それよりも~、まずは何から始めたらいいのかしら~?」
「我が艦隊は現在、製油所の安全確保に成功した段階だ。
そろそろ南西諸島へと進出する準備を進めている。君たち二人にも参加をお願いしたい。
よってまずは練度の向上を行ってもらいたい」
南西諸島へと進出する為には、敵艦隊の防衛線を打破する必要がある。
その防衛線には空母や戦艦が配備されており、最初期の鎮守府にとっては最初の難関でもある。
軽巡洋艦がまだ一隻しかいない状況のこの鎮守府では、
新人の二人でも巡洋艦であるなら戦力になる状況だった。
「そこまで焦って突入する必要もないんじゃねぇか?
せめて重巡ぐらい……」
「作戦は僕が立てる、君たちにはそれに従う義務がある筈だ」
有無を言わせぬ凄みで提督は天龍を睨む。しかし天龍も怯まずに提督を見据える。
暫し無言の睨み合いが続いたが、天龍が諦めた様に息をついた。
「……了解した、それじゃあ練度上げるために俺たちをガンガン前線に出せよな」
「楽しみね~、出撃するのは本当に久しぶりだわ~」
「頼もしいが、流石に今日は疲れているだろう。君たちの本格的な任務は明日からにする」
「では、私がお二人の寮までご案内しますね」
秘書艦の吹雪が二人を先導して執務室を退出する。
残された提督は、天龍と龍田の持ってきた資料に目を通す。
(軽巡洋艦ながらも拡張性は駆逐艦と余り変わらないのか。
改装を施せば他の軽巡洋艦と同等の拡張性には一応なるが……)
どう考えてもカタログスペックでは最後まで使い抜くには厳しい性能だった。
それでもこの新興して間もない鎮守府には貴重な戦力だった。
やることは沢山ある、装備の開発に戦艦や空母などの建造、遠征の開拓等々。
この鎮守府の提督になった時に誓った、出世の為に一刻も早く目覚ましい戦果を挙げなければ。