誰も動くもののいない、やがて静かな紫に沈む世界
私は一人、そこに佇んでいる
ずっと、そこに佇んでいる
あれから数日が経った。
この鎮守府の決死の作戦、南西諸島防衛線突破作戦は鎮守府側の勝利となり、
深海棲艦の戦線を後退させることに成功した。
厳しい戦いだったのは言うまでも無いが、新入りである天龍と龍田の働きが非常に大きかった。
練度に関しては、他の主力メンバーより少し下回るぐらいだった。
しかし、二人の実戦の立ち回りはその練度に反比例して完成されたものだった。
一緒に戦った艦隊の旗艦を務めた吹雪も、二人の戦い方は無駄がなかったと評している。
的確に旗艦である吹雪を庇うが、必要以上に庇わずに損害を抑えていたという。
そのお蔭で敵艦隊主力まで被害を抑えて到達することが出来、勝利をもぎ取ることが出来た。
「どうやら軍令部に居ながらも訓練を積んでいたというのは本当のようだな」
「みたいですね、敵主力とぶつかった際に私を庇って天龍さんの両腕が吹っ飛んだのですが
それでも動揺した表情は一切なく、逆に龍田さんと勇猛果敢に突っ込んで行ってました」
「血の気が多いな……」
「それに負けじと木曾さんも無謀な突撃をしたんですが、それもお二人がカバーをしていました」
「ふむ、練度だけでは測れない強さがあの二人にはあるみたいだな」
吹雪に提出させた戦果報告書には、木曾が戦功一番となっているが
それに続いていたのは龍田と天龍だった。
「あそこまでの働きが出来るなんて、ただ訓練を積んだとは思えないですね」
吹雪は訝しんだ表情をしているが、提督は思わぬ戦力に頬を緩ませるだけだった。
「それよりも吹雪、今回の作戦で増加した戦力はどうだ?」
「残念ながら戦艦や空母は居ませんでしたが重巡が一隻お仲間になりましたよ」
「そうか、戦艦達が仲間にならなかったのは残念だが、待望の重巡洋艦は心強い」
工廠と鎮守府の隔壁の間で天龍は煙草を吸っている。
此処は目立たない場所なので、龍田の目を掻い潜る天龍の隠れ喫煙スポットだ。
龍田も此処には来ないので、天龍が唯一気侭に喫煙が出来る場所になる
筈だった
「なぁ天龍、俺にもその煙草吸わせてくれよ」
「うるせぇな、お前はこんなの吸わなくて良いんだよ」
何時の間にやら後をつけられていたらしく、天龍の楽園は木曾の乱入によって脆くも崩れ去った。
「何でだよ、俺もお前と同じ軽巡洋艦だろうが」
「お前はこれがどういう物かわかって言ってるのか?」
「やっぱり陸軍で出回ってる奴なのかよ」
「そうだ、だからこんな所を提督に見つかったらしょっ引かれるぞ
お前提督のこと好きなんだろ?」
「違ぇし!別にアイツのことをそんな風に思ってねぇし!!」
分かりやすい反応に天龍は鼻で笑う。煙草の煙が少しだけ鼻の孔から噴き出した。
「煙草が駄目だったら俺に剣術教えてくれよ」
「はぁ?艦娘に剣術なんて不要だろうが」
「だったら何でお前の艤装は刀の形してるんだよ」
「そもそもお前剣持ってねぇじゃねぇか」
「フッ、そうくるだろうと思って予め用意しておいた」
「待て、テメェどこからその軍刀出しやがった」
木曾の手には、何時の間にかサーベル状の軍刀が握られていた。
何処かで見覚えがあると天龍は訝しがる。
「提督から貰ったんだよ、前線で戦う訳でもないから軍刀は要らないってさ」
「あのもやし野郎……それで、剣術が習いたいんだっけか?
言っておくが俺の剣術はただの我流だから、別の奴に弟子入りしろよ」
煙草も吸い終わったので、天龍が吸い殻をポケット灰皿に捨てて工廠裏から立ち去ろうとする。
すると背後から木曾が軍刀を抜刀して天龍の背中目がけて斬り付ける。
軍刀の切っ先はまっすぐ天龍の背中に振り下ろされるが、
背を向けたままの天龍は刀型の艤装を鞘から少しだけ抜き、
両手で横に構えて木曾の軍刀を受け止め、不意打ちを防いだ。
「テメェ何の真似だ?」
「お前がその気になるようにこっちから仕掛けたんだよ!」
「人の貴重な喫煙タイムを邪魔するどころか貴重な休憩時間も奪おうってか
上等じゃねぇか!最近イラついていたからテメェで発散させて貰うぜぇ!!」
背後で横に構えたままの刀を抜刀し、その勢いで木曾の軍刀を弾く。
天龍は振り向き様に袈裟斬りを繰り出すが、木曾はバックステップでそれを躱す。
初手を躱したと油断した木曾に、天龍は刀を振り下ろした勢いを利用して回し蹴りを喰らわせた。
木曾の体は真横に吹っ飛び、工廠の壁に叩き付けられる。
「どうした?テメェから吹っかけた喧嘩だぞ?まさかこれで終わりじゃねぇよなぁ?」
天龍が激昂すると彼女の目と鼻の先に、何かがアスファルトの地面を砕きながら突き刺さる。
風を切り裂きながら地面に突き刺さったそれは、龍田の得物である薙刀型の艤装だった。
工廠の屋根から見下ろしていた龍田が、二人の間に降り立つ。
「天龍ちゃ~~~ん?一体何をしているのかなぁ~~~~~~~~~~?」
何時も異常に間延びをした口調をしているが、その声には明らかな怒気と殺意が込められていた。
これには流石の天龍も頭に昇った血が、氷水を浴びせられた様に一気に冷え切った。
「木曾ちゃんも大丈夫ぅ?」
「ああ、助かった」
「駄目よぉ?天龍ちゃんに必要以上に絡じゃあ、許さないからぁ」
突如自分に向けられた殺意に木曾も顔が凍りつく。
その隙にその場を立ち去ろうとする天龍を、
龍田は目視出来ない速さで接近して耳を抓って力尽くで引き止める。
「ところで天龍ちゃんはこんな所で何をしていたのかなぁ?」
「な、何でもねぇよ!」
「嘘吐きねぇ、私に黙って煙草でも吸っていたんでしょう?
天龍ちゃんのニオイでわかるんだからぁ。
どうして一日2本までの約束を守れないのかしらねぇ?
これから二人っきりでゆっくり話し合いましょうねぇ~」
そのまま天龍は龍田に連行され、その場には木曾だけが残された。
残された木曾のポケットから着信を知らせるベルが鳴る。
「ああ、久しぶりだな。俺は元気にやってるよ。
わかってる、たった今見つけたところだよ。心配すんなよ、また報告するから」
眼帯とは反対の一つ目が、遠ざかっていく二人を見ていた。