翌日、作戦成功の報せが鎮守府中に流れた。
だが、素直にその成功を喜ぶ者は少なかった。
この鎮守府へと帰投が出来たのは五隻のみ、そこに朝潮の姿はなかった。
天龍はこの事を聞き次第、提督を問い質すために執務室へと殴り込んでいた。
「どういうつもりだ提督、朝潮はこの鎮守府古参の駆逐艦だったんじゃねぇのか?」
「そうだ、あの子はこの鎮守府が始まってから支え続けてくれた功労者だった」
「だったら「功労者
天龍の反論を制するように、執務机に座していた提督は立ち上がり、語気を強くする。
「今では他に有能な艦娘がこの鎮守府には沢山いる。
そんな中で未だに平凡な駆逐艦である朝潮が役に立つ場面は
あそこで沈んでまでも進軍することこそが、朝潮の最後の功労だったんだ」
「何を言って……」
「そのお陰で今回の作戦は大成功だ。朝潮も水底で喜んでいることだろう」
目の前にいる男を天龍は睨み続けて口を閉ざしている。
提督と天龍を交互に見ながら吹雪は不安そうに見ていたが、二人の会話に入るつもりはない様だ。
「だったら、お前はこの先も必要と思ったのなら艦娘の轟沈を選択するということか?」
「そうだ、上から回された任務をどんな形でも成功に導くことこそが提督としての義務だ」
「そうかよ、必要以上の犠牲を出さないのなら俺は何も言わねぇ」
明らかに不満であることを隠さない様子で天龍はそう吐き捨てて執務室を出ていく。
提督は深く溜息を吐いて執務机に座り込んで何も無かったように執務を続ける。
「天龍には不要な理由で俺の執務を邪魔したことで処罰を与える」
「りょ、了解しました」
「俺は間違っていない。大本営からの指示を忠実にこなしてこその提督だ」
「はい、司令官がいずれ上の位に進むまでは……ですね。
司令官が大本営に意見を言えるようになれば、無茶な指令だって何とかできますし」
吹雪はそう言うと提督にお茶を淹れに給湯室に向かって行った。
すると、そこには天龍が待ち構えていた。予想外の待ち伏せに吹雪は短く悲鳴を上げてしまった。
「おい、吹雪。お前は提督のことをどう思っている?」
「司令官のことですか?私は信頼に足るお人だと思っています」
「だったらお前は轟沈しろと命じられたら、それに従う覚悟はあるのか?」
今までに見せたことのない真剣な天龍の表情に、吹雪は固唾を飲む。
ここで回答を間違えたら、まるで斬り捨てられる様な緊張感があった。
しかし、吹雪は迷うことなく天龍の瞳を見つめてこう言い返す。
「はい、司令官がそうお望みなら私は喜んで沈みます」
吹雪の迷いのない様子を見て、天龍はそれが本当かどうか確かめるように彼女を見つめる。
とても長いと思われる沈黙の後、そうか、と天龍は短く呟いた。
「ところで吹雪、今度の休暇なんだが龍田と本土に買い出しがしたい。外出許可の手配を頼む」
「外出許可ですね、わかりました。本土の足はどうしますか?」
「……そうだな、じゃあ車の手配を頼もうかな。運転は俺がする」
「はい、車の免許お持ちだったんですね。やっぱり元軍令部所属だからでしょうか?」
「まぁ、そんなところだ……。じゃあ頼むぜ」
そう言って天龍は給湯室を後に、自室へと向かった。
自室には龍田は帰ってきておらず、天龍は今の内にと窓を開け放ち窓枠に座り込んで煙草を吸う。
二本ぐらいを吸った頃、扉のノックが聞こえてきたので天龍は煙草をポケット灰皿に捨てて出た。
そこには軍刀を手にした木曾がいた。
「ちょっと付き合ってくれよ」
「いいぜ」
只ならない木曾の様子、天龍は一呼吸開けて応える。
二人して連れたって人気の少ない工廠裏へと歩いて行った。
特に会話も無く、お互いに押し黙ったまま。
そして、工廠裏へと辿り着くと木曾は軍刀を抜き放ち、鞘を捨てた。
「オイ、テメェどういうつもりだ」
「どうもねぇよ、さっさと来ないならこっちから行くぞ!!」
軍刀を両手で持ち、天龍の喉元目掛けて木曾は真っ直ぐに突いてくる。
天龍は咄嗟に鞘に納めたままの刀型の艤装で軍刀の切っ先を逸らす。
切っ先は天龍の喉を貫くことはなかったが眼帯を留める紐を掠め、天龍の眼帯が地に落ちた。
刀型の艤装を抜き放ち、鞘を右腰に差して天龍も応戦をする。
刃同士の打ち合いが数度続き、やがてお互いの体重を載せた鍔迫り合いになる。
刀身が擦れて摩擦で火花が散る。
木曾はこの状態を打開したいが天龍は全体重をかけているので、
足で蹴るなどをすれば体勢が崩れてしまう。
悩んでいると天龍は急に体の重心を木曾から見て右側に動かし、
木曾の体はそのまま前のめりに倒れそうになる。
「しまった……!」
木曾は倒れまいと左足を一歩前に踏み込み、
それを軸足に体を無理に右に半回転させながら右腕に持った軍刀を水平に薙ぐ。
背後から振り下ろた天龍の刀を防ぎ、その力を利用して一旦距離を取った。
だが天龍は一息つかせる間も与えずに追撃を行う。
慌てて体勢を立て直した木曾に容赦なく数度刀を振り下ろす。
防ぐので手一杯な木曾は苦々しい表情のまま、天龍を睨みつける。
やがて、天龍は攻撃を止めて、刀を鞘に納めた。
「鞘を捨てたのはどういうつもりだ?」
「いつもお前とやり合う時、お前は俺への殺気が全く感じられない。
だから俺が本気であることをわからせるためのパフォーマンスだよ」
「嘘だな、テメェは朝潮を沈めた責任から逃れる為に、俺に斬り捨てられたかっただけだろう」
天龍の容赦ない指摘に木曾は睨んでいた視線を背けることしか出来なかった。
「仕方ねぇじゃねぇか!旗艦であるこの俺が提督に命令に異議を唱えられる訳がない!
朝潮は、アイツは文句一つも言わずに俺からの提督の命令を承諾した!
もしも俺が旗艦じゃなかったなら……そうだったなら、絶対にあんなことは許さない!」
天龍は迷っていた。先程の提督との会話を思い出している。
提督は必要であれば轟沈艦を出すということを明言した。
それを木曾に言うべきか言わざるべきか……。
「前々から思っていたんだが木曾、テメェはこの戦いを何だと思ってる?」
「は?そんなの深海棲艦との戦いだろう?」
「そうだ、これは戦争なんだよ。つまり犠牲を出さず戦うなんてことは綺麗事でしかねぇ。
俺はそういう戦いを舐めている奴は死ぬほど大ッ嫌いだ。
だからそんな考えを抱いているんだったら艦娘なんてやめちまえ。
引退後の斡旋ぐらいなら軍令部の伝手で俺が何とかしてやる」
地面に斬り落とされた自らの眼帯を拾い、天龍はその場を後にした。
二人で剣術の稽古を始めてから初めて木曾が天龍にまともに攻撃を当てられた。
それは今までは二人とも間違えて重症を負わないようにギリギリのところで止めていただった。
しかし、今回木曾は敢えて切っ先が顔に掠める様に攻撃をしたからで、明らかな挑発行為だった。
それがわからない天龍ではなかった。剣術の稽古に相手の正直な気持ちが浮き彫りになる。
龍田との
程なくして、天龍には処罰が下されることになった。
これは提督への反抗は許さないということで、
反感を持つ艦娘もいたが天龍の普段の不真面目な言動から妥当と考える艦娘もいた。
処罰の内容としては一週間の謹慎と軽かったが、戦場に行きたがる天龍には応えていた。
「なぁ、龍田。頼むからこっそり俺も艦隊に紛れ込ませてくれよ」
「駄目よぉ、天龍ちゃんは謹慎中なんだから自室で大人しくしていないとぉ」
「だったらせめて煙草は持って行かないでくれよ」
「それもダァメ。私がいないと何本も吸ってしまうでしょう?
一日二本までの約束だから二本だけは置いて行ってあげるからねぇ」
この龍田の言葉に天龍は小さく鬼と呟くことしか出来なかった。
「そうでもしないと、謹慎が終わってからのお出かけで
天龍ちゃんは煙草が手に入る様に手配をしておかないとね~」
「わかってるよ、正直アイツのこと気に入らないから話したくもないけどな」
「だったら禁煙「断る」
間髪入れずに天龍は拒否する。
その反応は龍田も予想済みだったのでただ苦笑するしかなかった。
「じゃあ遠征行ってくるね~」
「おう、気をつけろよ。お前の弔いなんて死んでもごめんだからな」
「その言葉、そっくりそのまま返すね~」
そう言って龍田は部屋を出て行った。
天龍はその後ろ姿を見守ることしか出来なかった。