提督からの謹慎が解けてからの休日、天龍は自前の車を使って市街地まで出ていた。
約束の時間ギリギリになったが、間に合ったのだからそこは気にしない。
待ち合わせ場所であるホテルの一室に辿り着くと扉を数度、一定のリズムでノックした。
中から足音がした後に扉のロックが外される音がし、扉が開かれる。
「相変わらず指定時間ギリギリでありますな。社会人としての常識がないのですか?」
「テメェに常識を問われたくはねぇよ」
「まぁいいでしょう。それでは中へどうぞ」
扉を開けた艦娘、あきつ丸に中へ通されると綺麗に整頓がされたダブルの部屋に通される。
ダブルベッドの上には特に何も無いが、まるで誰もいなかったように痕跡が何も残されていない。
「適当に掛けて下さい。あ、飲み物はセルフサービスでお願いするであります」
「誰がテメェが淹れた茶なんて呑むかよ、何を盛られるかわかったもんじゃねぇ」
「これは手厳しい、毒殺は自分の手口ではないのですがね」
「手口なんて言葉が飛び出して来る時点でアウトだろうが」
そもそも、天龍はこの部屋にあるものに手を付けるつもりはなかった。
あきつ丸は艦娘とは言え、陸軍の憲兵隊に所属している。要は気を抜くことが出来ない相手だ。
では何故天龍は彼女に会いに来たのか?その答えはすぐにあきつ丸が持ってきた。
「取り敢えず半年分はご用意致しました。どうぞ中身をご確認下さいませ」
いかにもな鍵付きのアタッシュケースを応接用の机の上に開き、天龍の方へと中身を見せる。
そこには煙草のケースの様なものがびっしりと入れられていた。
憲兵隊であるあきつ丸は、天龍が吸っている煙草を取引するブローカーでもある。
「ちなみにお値段の方ですが、この通りでお願い致します」
電卓を素早く叩いてあきつ丸はその画面を天龍に見せる。
この深海棲艦にシーレーンをズタズタに引き裂かれた昨今ではサラリーマンの平均年収ぐらいだ。
天龍は背中に回していたショルダーバッグから札束を取り出して枚数を確認し、あきつ丸に渡す。
「相変わらず高ぇな、去年はもっとマシな値段だったろうが」
「申し訳ありませんなぁ、大本営の一部の派閥からの監視が強くなりましてね」
「テメェの愚痴なら聞きたくはねぇぞ。まぁ、テメェから買うしか入手ルートはねぇけどよ」
天龍の愛好する煙草はただの嗜好品ではない。
艦娘に効果のある薬物であり、主に肉体の麻痺や幻聴、幻覚を抑える効果がある。
しかしそれだけではなく、重度の依存症が発生するケースが非常に多い。
要は人間で言うところの危ない薬とほぼ同じだ。
余りに常用しすぎるとこの薬が無ければ何も出来なくなる可能性も十分にある。
だから、龍田は天龍にはこの煙草を余り常用して欲しくないと思っているので、喫煙には厳しい。
天龍は何故このダブルベッドに誰も使ってないほど痕跡が無いのかが気になっていた。
「ちなみに、自分を抱いて篭絡して代金をまけようとしても無駄でありますよ?」
天龍が気にしていたのを勘違いしたのか、態とらしくあきつ丸がその豊満な体を見せつける。
「誰がテメェなんて抱くかよ気色悪ぃ。俺はそこまで落ちぶれちゃいねぇよ」
「人の部屋を探っていた罰でありますよ。自分もビアンではないのでお断りであります。
ところで、新しい鎮守府はどうでしょうか?」
作り笑いから一転、鋭い目つきになってあきつ丸は問いかける。
「不満はねぇよ。提督は腹を括って艦隊を指揮しているからな」
「ほう、それは良かったでありますな。それでもまだ鎮守府には居るのでしょう?」
「次の異動命令が出ない限りはそうだろうな。新興の鎮守府としては良くやってるよ」
天龍の言葉が気に障ったのか、あきつ丸の視線は冷ややかな物になる。
「天龍殿、まさかとは思いますがあの鎮守府に情が沸いているのではないですか?」
「あ?何でそうなるんだよテメェ」
対する天龍も目を細め、殺気を隠さずにあきつ丸を睨みつける。さらにあきつ丸も殺気を発する。
部屋の中はお互いの殺気に包まれ、静電気が発生しているようにピリピリとした空気となる。
「天龍殿はお優しいですからなぁ。案外あの鎮守府が気に入ったのかと思いまして」
「俺は公平に見ているつもりだ。外から見てるテメェよりはよっぽど適格な評価だと思うぜ」
「それを言われてしまっては弱いですな。良いでしょう、これ以上の追及はしません」
やれやれと溜息を吐いてあきつ丸は冷淡な素顔からいつもの調子に戻る。
憲兵の監査に来られると、鎮守府に要らない負担を強いることになる。
まだ新興の鎮守府に憲兵の影響を与えたくないと天龍は考えていた。
「ですが我々憲兵もそちらの鎮守府に注目をしていることはお忘れなく。
ああ、勿論ですがますますのご活躍を期待してやまないという意味でありますよ?」
「変に取り繕いやがって、それじゃあする事も終わったし俺はもう帰るぞ」
「寂しいでありますなぁ。
誰も自分とまともなガールズトークをしようとしてくれないであります」
「コミュニケーションを楽しみたいのなら、その煽る癖を止めたらどうだよ」
「はっはっは、これが自分の性分ですから仕方ありません」
本当に悪趣味だなと天龍は吐き捨てて、取引が成立した煙草を持ち立ち上がる。
あきつ丸はまたご贔屓にと言って見送るでもなく椅子に腰かけたまま外を眺めていた。
休日の時間が空いた天龍は町を歩く。
帰りに龍田に土産ぐらい買って行ってやらねば拗ねるだろうと考えたからだ。
ああ見えて龍田は甘いお菓子よりも、煎餅などの塩っ辛い物を好む傾向がある。
(そういや、日本酒が手に入ったとか言っていたから酒の肴の方がいいか)
龍田はいつも日本酒には梅干しを肴に呑んでいたので、壺付けされた本格的なものを買う。
後は帰りに利用する港町の辺りで魚の干物を用意すれば十分だろう。
天龍は金目鯛の干物が売っていたと記憶しており、それを食べてみたいと気になっていた。
酒の肴としてはこれだけあれば十分だろう、天龍は帰路に就く。
天龍が鎮守府に戻ると、職務中の艦娘がひっきりなしに辺りを駆けずり回っていた。
特に入渠ドックの方がとても慌ただしく、天龍は嫌な予感を覚えて人混みを掻き分けていく。
そこには上半身の左側がほぼ無くなっていた龍田がいた。
ただ息はあるようで、轟沈をした訳ではないらしく緊急でドックに運び込まれたらしい。
そこには明石と秘書艦である吹雪が沈痛な面持ちで龍田を見守っており、
二人は天龍が来たことに気付いて頭を下げる。
「天龍さん、龍田さんなんですが作戦に参加してまともに戦艦の砲撃を受けてしまって」
「ただ幸いにも轟沈にはならずに済みましたので……」
「そうか、だったらどうして龍田はこんなに衰弱してるんだ?」
龍田の体からは完全に血の気が抜けており、長い時間を出血し続けたと推測出来た。
今回の作戦海域からの帰投時間から逆算したとしても、辻褄が合わない。
「……提督が大破進軍をしたんです」
「明石さん!」
「それも大破していたのは龍田さんだけじゃありませんでした。
他の大破してしまった娘は残念ながら鎮守府に帰ることは出来ませんでしたが……
そう考えるのなら龍田さんは運が良かった方です」
「仕方ないんです!今回の作戦で結果を出せれば司令官の評価も上がって」
「艦娘は提督の出世の為の道具じゃないんですよ!?」
日々入渠ドックや泊地修理で数々の艦娘を修理している明石だからこそ、吹雪の発言に怒った。
「それは司令官も重々承知しています。
けれどもまだ何の力もない司令官が権力を手にするにはある程度の犠牲も覚悟すべきです!」
「救いたいと思う艦娘を労わらないで、本当にそんなことが出来るんですか!?」
「理想だけを言っていても仕方ないんです!誰かが汚れ役をやらないと……」
天龍には二人の言い争いなどどうでも良かった。
目の前で最愛の妹が無残な姿で横たわっていることに、胸が張り裂けそうになっていた。
ただ、二人の言い争いが頭に入ってこない訳ではなかった。
明石の言う言葉と吹雪の言う言葉、それは確りと天龍の記憶に刻み付けられる。
「天龍さん、バケツを使った再生治療をしますが
左腕を失ってしまったのでリハビリは必要になるでしょう」
一しきり言い争いを終えて、明石が天龍にやっと状態の説明をする。
吹雪は怒り足でこの場を後にしたようだった。
「そうか、頼んだぜ」
「あの、くれぐれも提督を直接問い詰めないで下さいね?
二回目だと下手をすれば謹慎だけで済むかもわからないですし」
「そこまで俺も馬鹿じゃねぇよ。龍田のことくれぐれも頼むぜ」
そう言って天龍も入渠ドックを後にした。
詳しい状況を他の僚艦からも聞き取る為に、作戦要綱を確認しに自分と龍田の自室へと戻る。
ふと天龍は自身の左手を見てみると無意識に力を込め過ぎていたようで、
掌には爪が食い込んで血が出てしまっていた。
(感情をコントロール出来てねぇな……)
天龍が自室に戻ってから吸った煙草は、酷く苦々しいものだった。
煙は虚しく一人では広く感じる部屋の中を漂い、やがて消えてゆく。
あきつ丸は接待をして、掃除をした後です(開き直り