龍田が片腕を吹き飛ばされてからの鎮守府は坂道を転がる様に状況は目まぐるしく変わった。
海域の難易度が上がり、思う様に戦果を出すことが出来なくなっていた。
この事に提督は焦りを覚え、致命的なミスが散見される様になる。
いつしか、艦娘が轟沈するのが当たり前の様になってしまっていた。
つい先ほどまで普通に話しをしていた相手が、肉片となってしまう状況は確実に僚艦の心を蝕む。
それがほぼ毎日の様に起こるようになってしまったのだから、何人もの艦娘が塞ぎ込んだ。
天龍の目の前でも、何隻もの艦娘が水面に散って行った。
それでも天龍は勝利に必要なものであると割り切って戦いに赴いていた。
ただそれも疑問視する出来事が起こることになる。
「お前らが俺の僚艦なのか?」
天龍の目の前には、まだこの鎮守府に着任したばかりの艦娘達がいる。
これから行く特殊な海域へと連れて行くには余りにも未熟過ぎる。
こんな艦隊では、まともな戦果など挙げられる筈はなかった。
怪訝そうにしている天龍に大淀は今回の作戦について説明する。
「司令官の命令です。次の海域は目的地へと辿り着くだけで資源の回収が出来ます」
「つまり敵主力艦隊を壊滅させなくても作戦は成功するってか?だからってこれじゃあ」
「運が良ければ、誰も沈まずに帰って来れるでしょう。
それも旗艦である貴女の腕の見せ所だと提督は仰っていました」
余りにも横暴な言葉に天龍は思わず絶句する。
これでは僚艦はただの使い捨ての駒も同然だ。
本当にこんな馬鹿げた作戦とは呼べない作戦を行うのか、提督の正気を疑う。
「提督は焦っています。ここの所何の成果も上げていないので作戦の成功のみに固執してます」
大淀は天龍だけに聞こえる様に小声で話す。
「噂は本当なのか?最近見なくなった顔が増えたのは体感しているが」
「そうですね、確かに提督はもう轟沈を出すことに躊躇いどころか轟沈を出す様にすら見えます」
「どういう意味だ?」
「轟沈を出すことで鎮守府に利益が出ているということです。
その艦に補給されていた燃料や弾薬が大本営から
「海域で保護した艦娘を轟沈させればその艦娘分の燃料と弾薬が入手できるということか」
「その通りです。本来ならばこんな狡いやり方に利用される為の制度ではないのですがね。
鎮守府での艦隊運営に関しては大本営の作戦に則っていれば艦娘の扱いはほぼ自由、
その穴を掻い潜った訳ですから、憲兵ですらこの事に関して咎めることはできません」
つまりは大本営の作ったルールのせいで誰も此処の提督を咎めることは出来ない。
それにこれはこの鎮守府だけの問題ではない。
このルールがあるということは他所の鎮守府でもやっている提督はいるということだ。
「そうだな、憲兵じゃあ提督を咎めることは出来ねぇ」
「そうですね。
ただそんな都合の良いことが起こる訳がないので、貴女には指令の通り働いて貰います」
そう言って大淀は天龍のカーディガンのポケットに指令書を詰め込む。
天龍はその場で開けようとはせず、溜息を吐いて僚艦たちの元へと戻った。
今から天龍はこの新兵である駆逐艦達をあの世へと誘う文字通りの死神になる覚悟を決める。
「行くぞ、お前ら!抜錨だ!!」
入渠ドックの隣の病棟施設、そこで龍田は目が覚めた。
何故自分が此処に居るのかをゆっくりと思い出そうと思考を巡らせる。
あの部屋から抜け出したこと、天龍と出会ったこと等かなり古いこと思い出しながら、
漸く現在の時間軸まで記憶を呼び覚ますことが出来た。
作戦の際に大破し腕を失った自分は限界まで戦い、帰還と同時に倒れたことを思い出す。
それがもう十日程前のことであることも思い出し、
それだけ長い期間天龍と会っていないことも思い出してそれをとても後悔する。
(こんなに天龍ちゃんと離れるのも久し振りねぇ)
失った筈の腕を確認する、感覚がまだ完全に戻っていなかったので右腕で左腕を擦る。
やはり左腕に触られた感触が無く、右腕で触って漸く自分の腕が再生したことを実感する。
此処まで酷い状態なのはかなり久し振りで、これは感覚を取り戻すには時間が必要だろう。
暫くは作戦に参加できずにリハビリが必要になってしまう。
そうなると更に天龍と会える時間が減ってしまうと思うと、龍田は少し憂鬱になる。
戦うことよりも、龍田は天龍と一緒にいることの方が大事に思って居る。
とりあえず目が覚めたことを病棟を管理している明石に伝えようとベッドから起き上がる。
丁度明石が様子を見に部屋に入って来るところだった。
「良かった、目が覚めたんですね」
「お蔭さまでね~。私が眠っている間はどうだったのかしらぁ?」
「まぁ、ちょっと……いえ、結構雰囲気は悪くなってしまいましたね」
「う~ん、やっぱりそうよねぇ」
あんな無茶な作戦を始めたということは、他にも轟沈してしまった艦娘はいるだろう。
大破をしたとしても帰投が許されなかったので、そこは龍田にもわかっていた。
「ところでぇ、私はもう部屋に戻ってもいいかしら~?」
「うーん、目が覚めてすぐは流石に……と言いたいところですけど龍田さんならいいか」
少し引っ掛かっている様だが明石は龍田の要望を承諾する。
明石の様子に龍田も腑に落ちない部分はあったが、自分の要望が通ったことを素直に喜んだ。
早く天龍に会いたいという欲求にそんな疑問も吹き飛んでしまっていた。
天龍達が出撃から帰還した時にはその数は半分にまで減っていた。
いつも通り天龍にかすり傷一つも付くことはなかったが、僚艦二隻は中破以上に損傷を負った。
その僚艦たちは修理されることはなく、解体されてしまったと明石から天龍は聞かされた。
徹底的に効率のみを追い求めた結果がこうだった。それは天龍にもわかる。
けれども轟沈を故意に出すこのやり方を肯定したくはない。
天龍は自分は兎も角、他の艦娘をそんな風に扱うことに嫌悪感を抱く。
今更こんな正義感染みた感情を抱くとは、あきつ丸に言われた通り情が沸いたのかもしれない。
自分の本来の任務を考えれば、こんな感情はただの邪魔でしかないことはわかっている。
いっそのこと、心なんて無くなってしまえばいいのにとすら呪うこともあった。
部屋へと戻る途中、廊下を歩いていると向こう側から木曾が歩いてくるのが見える。
アイツもまだ生きていたのかと、天龍はどこか安堵している部分があった。
(何でアイツが生きていて俺が安心しているんだよ……)
剣術の稽古と必要以上に接してしまったことが仇となったと痛感する。
その木曾の様子はやつれており、まるで心が此処に無い様だ。
彼方の方も天龍に気付いた様で、表情に少しだけ血が通った様に見える。
「お前も生きてたんだな」
「そっちこそな、提督はとは上手くやっていけてるのかよ」
「俺にはもう……提督の考えていることがわからない」
その目は虚ろで、何処を見ているのかもわからない。
「俺の知ってた奴らは殆ど居なくなっちまった。俺はただ命令に従って仲間達を……」
「なぁ、お前は今何を支えに立っているんだ?」
「お前と同じだよ、姉妹艦のお陰だ。
他所の鎮守府にいる姉妹艦なんだが偶に電話とかで連絡を取り合っているんだよ」
「そうか、お互いに姉妹艦には頭が上がらねぇな」
木曾には見抜かれていた。
天龍が今まで壊れずに済んだのは、呪っても心を失わずにいたのは龍田のお陰だった。
龍田が居なければ、今頃天龍は廃人の様になっていたのだろう。
「じゃあな、俺はもう部屋に戻る」
「今日は剣術の稽古をしないのか?」
「次に会った時に取っておくさ。だからその、なんだ、沈むんじゃねぇぞ」
「それはこっちの台詞だぜ。お前こそ沈むんじゃねぇぞ」
木曾の不器用な気遣いと告白を天龍は少しだけ感謝した。
これで何の迷いもなく行動を起こすことが出来る。
幸いにして
後は龍田の回復を待つだけだった。
いち早く自室に戻って自分のベッドではなく、天龍ちゃんのベッドで横になっている。
最愛の姉の匂いの染み付いたベッドはやはり一番落ち着くものだった。
早く帰って来て欲しい
早く言葉を交わしたい
早く触れ合いたい
早く証をお互いの体に刻み合いたい
待てば待つ程にこの想いは焦がれて、毒の様にこの体を蝕むような錯覚に陥る。
私達の境遇と運命からいつまでも一緒には居られないことはわかっている。
きっといつか私は天龍ちゃんを見送り、この想いが私を殺すだろう。
だからそれまでは出来るだけ天龍ちゃんと一緒に居たい。
天龍ちゃんの時間に、思い出に沢山の自分をその片目に焼き付けておきたいから。
そうして部屋の扉が開かれて、最愛の相手が帰って来る。私はベッドから上体を起こす。
「おう、やっぱり帰っていたか」
「ただいま~、あと天龍ちゃんもお帰り~」
心からの笑顔で私は天龍ちゃんを出迎える。けれども天龍ちゃんは何処か上の空な反応だ。
「天龍ちゃん、何かあったのぉ?」
「いや、
天龍ちゃんが私の手を取り、引き寄せて私の体を抱きしめる。
急なことで少し驚いたが、私は突然の行動を受け入れて天龍ちゃんの体を抱きしめ返す。
匂いだけじゃない、感触を伴った愛しい相手との接触に私の気分は舞い上がってしまう。
ただ気がかりなのは天龍ちゃんの反応だった、やはり何かを隠している。
「すまねぇ、龍田」
本当に申し訳ない声音で天龍ちゃんの声が聞こえた最後
体に力が入らなくなり私の意識はプッツリと途切れた。