※この作品はR-18です。

桜に落花   作:猫毛布

17 / 26
16

 まるで巻き戻しである。

 

 衛宮士郎は目の前に起こる神秘をただ単純にそう感じた。

 割れた窓ガラスを修復した遠坂凛は自慢げな顔をするでもなく、当然の事を当然の如く、当然にやってのけただけ。しいて言うならば、寒いから、という利己的な理由はあったけれど。

 

「スゴイ……俺はこんな事出来ないからな」

「え? こんなのドコの流派でも初歩の初歩よ?」

「士郎は魔術師としては半人前、というよりも四分の一人前だから凛の言う初歩の初歩も出来ないのさ」

「――否定はしないけど、慎二に言われるのは気に食わない」

「何を言う。出来ない人間が出来損ないの人間に何かを言うのは世の常だろう?」

 

 まるで我が家のように畳に座り、余裕を持って本を開いていた間桐慎二の言葉に更に士郎は口を噤む。

 慎二の後ろにはライダーが立っており、両隣に侍らすようにアーチャーとセイバーが立っている。尤も、弓兵と剣兵には殺気を叩きつけられているけれど。それでも慎二は余裕のようで欠伸を一つしながら本を捲る。

 

「それで、説明してもらえるのかしら? 間桐サン」

「聖杯戦争であるのに、随分と真っ直ぐに敵情を敵に聞くものだね、遠坂サン。私は怖くて震えてしまいそうだ」

 

 本から目を離す訳でもなく、そう言ってのけた慎二に凛は口元をヒクリと動かす。士郎はある程度慣れている慎二の物言いだけれど、あの戦闘を繰り広げていたセイバーを隣に置いて変わらぬ慎二にどこか達観した諦めをもってしまった。

 ふむ、と唸ってから慎二は本を閉じて、ようやく視線を士郎と凛へと向ける。

 

「まあ、君らも座ればいいだろう。そして名のある英雄であるお二人も、出来れば私に対してそれほどの警戒を抱かないで頂きたい。怪しいのは否定する気もないけれど、本でも読んだ英雄に睨まれるのは些か堪える」

「俺の家なんだけど?」

「家主の癖に客人にお茶も淹れてくれないのか。まったくもって不遜だね」

「家主よりも寛いでる人間は客人とは言わん」

 

 溜め息を混ぜて言われた士郎の言葉に、「それもそうか」と得心を得た慎二。凛は慎二の言葉に引っ掛かりを覚えながらも士郎の隣へと座る。対面には相変わらず不遜をそのまま人間にして頭にワカメを乗っけたような存在がいる。

 

「さて、士郎に対しての説明を簡単にしておこう。聖杯戦争、サーヴァント、マスター」

「頼む」

「頼まれた。ではまず聖杯戦争について。言ってしまえば競争人数七人の殺し合いだ」

「殺し、って」

「ざっくばらんに言えば、という話だよ。当然、競争相手を殺すのは必須ではないし、つまり自分も必死ではない。尤も、必死で頑張るからして――あぁいや、簡潔に説明すべきだね」

 

 自分の口から溢れて出てきた言葉を自身で咎めた慎二は首を軽く横に振って話を戻す。

 聖杯を求めた七人の戦争。七人をマスターと呼び、マスターの道具、防具、そして武器として呼び出される同数のサーヴァント。

 

「サーヴァントを倒し、最後に自分が残っていればそれでも構わないよ」

「なるほど……じゃあ俺が慎二や遠坂を殺さなくてもいいって事か」

「間違いでもないけれど、士郎はセイバーを倒せるか?」

「え?」

「士郎はアーチャーの剣を粉々に砕いたセイバーに勝てると思うか?」

 

 士郎はセイバーへと視線を向ける。あの槍兵との戦闘を思い出し、そして否定する。勝てる訳がない。普通の人間如きが勝てる相手ではない。

 

「そういう事だ。さて、詳しい事は管理者に任せるとしよう」

「……なんで私の方を向くのよ」

「君が士郎を連れて行くからだろう?」

「はぁ?」

「先程も言ったけれど、私は魔術師ではないからね。それに教会に入ると頭痛がしてしまう。十字架なんて触った時には間違いなく肌が焼かれてしまうかもね」

「フィクションの吸血鬼かアンタは!」

「巷では私は魔女だからね。どちらにせよ、私が士郎を夜の間に連れて行く事はない」

「……なんでよ」

「家に義妹が――……」

 

 と凛への当て付けのように口を開いた慎二の表情が固まる。一拍、二拍程の間を開けて顔が徐々に青ざめていく。

 

「どうした?」

「いや、何。士郎が気にする事じゃない。因みに今は何時かな?」

「さぁ? 0時は過ぎてるわよ」

「…………まあいい。うん。謝れば桜は許してくれるだろう」

 

 諦めたようにぶつぶつと呟く慎二に凛と士郎は疑問を浮かべる。何かを決心したのか、諦めがついたのか、気を取り直した慎二は息を吐き出す。

 

「仕方ない。あまり切りたくない札だけれど、凛が恐らく私に抱いている疑問に対して応える。だから君は衛宮士郎を教会へと案内――監督者へと引き合わせる」

「魔術師でもないのに等価交換って訳?」

「魔女でも等価交換はしているさ」

「待ってくれ。それじゃあ俺だけが得してないか?」

「ふむ。士郎に無償で施しを与え、私に対して申し訳無さと自分への不甲斐なさを感じ、情けない表情をしている士郎を眺めるのが私にとっては何よりの得になるのだけれど」

「…………」

「冗談さ。そこまで引くことはないだろう」

 

 心外だな。と言わんばかりに肩を竦めた慎二にドン引きしてる士郎は少しだけ姿勢を戻す。

 

「君の性格を省いての考えであるけれど、私と凛は君に――正確にはセイバーに恩を売っておきたい」

「セイバーに?」

「サーヴァントにもよるが、今までの聖杯戦争ではセイバーが常に終盤まで残っていた。最良のサーヴァントであるから、接点を持ち、そして恩を売っておくことに越したことはない」

 

 要らぬ戦闘をしなくてもいいかもしれないからね。そう付け加えた慎二に士郎は納得する。納得はしたが、言葉は反してしまう。

 

「別に恩が無くても――」

「だから君のそういう性格を度外視した話だよ。黙って恩を買っておけ。他ならぬ私と凛の為にね」

「……わかった」

「勝手に私も混ぜないでくれるかしら?」

「君にしてみれば得しかない話だろう。人間関係的な何かはあるかも知れないけれど、それは私の知る所ではない」

「……まあいいわ。さて、私の質問に正直に答えてくれるのね?」

「私が分かる範囲でね」

「それじゃあ、マスターは貴女じゃなくて……あの子だって聞いたけれど?」

「さて、そんな昔の事は覚えてないね」

 

 真剣な顔つきで言い放った凛に対してしれっと言葉を吐き出した慎二。ビシリと凛の何かが張り詰める。口元がひくりと動き、今にも目の前のワカメで出汁でもとってやろうかと思考してしまう。端的に言えばぶっ飛ばしてやろうか、と。

 そんな空気を読んだのか、それとも凛の隣にいる士郎が冷や汗を流している姿を見て察したのか、元々そうするつもりだったのか、慎二は溜め息を吐き出して一つの本を机の上に置く。赤い表紙の本の上から手を離し、真っ直ぐに二人へと視線を向ける。

 

「《偽臣の書》という本でね。マスターの権限を一時的に私のモノにしている。ライダーのマスターは私でないけれど、聖杯戦争に参加するのは私だ」

「…………なるほどね。アンタお得意の言葉遊びって訳?」

「別に言葉で遊んでいるつもりはないよ。あの時の質問にはしっかりと答えていただろう?」

 

 そういえば、そうか。凛は納得しつつ、偽臣の書と呼ばれた本へと視線を向ける。

 

「ああ、一応言っておくけれど、この本は偽臣の書ではないよ」

「はぁ?」

「単なる赤いそれっぽいカバーを掛けた私の蔵書の一つさ」

 

 ほら、とカバーを外したソコには『続・人類の進歩。その秘密』とやけにチープな字体で書かれた本が現れる。コミカルに描かれたゴリラが黒電話を持っているのもシュールである。

 ジロリと睨む凛に慎二は肩を竦めてしまう。

 

「偽臣の書を手放せばライダーはあっさり私を殺すだろうからね。むしろ手を明かしている事を感謝してほしいのだけれど?」

「……まあいいわ」

「それはよかった。質問は終わりかな? 出来れば早く帰りたいんだけれど」

「もう一つ。さっきアーチャーとセイバーの真名を知っているような口ぶりだったけれど?」

「ああ、名のある英雄、と言ったことかな? 聖杯戦争とはそういうモノだろう。それに凡その冒険譚、英雄譚での主要な武器といえば剣であるし、弓を用いて英雄と呼ばれる存在であるならその技量は言わずもがなだろう。本当の事を言うと、ちょっとした英雄ファンである私にとって『名前を知らない英雄』を解き明かすのは中々に好ましい状況であるし、何よりセイバーのサーヴァントだ。最良のサーヴァントと名高いセイバーだ。さぞ武勇、或いは逸話、もしくは冒険譚に富んだ英雄に違いはない筈だ。つまり、端的に言って、興奮してる」

「え、ああ……そう」

 

 まさに熱弁であった。口調こそ淡々としていたが、人に皮肉を言う以外で珍しく饒舌であった慎二に二人は「あぁ、こういう側面もあるのか」とやや引き気味である。

 

「という事で、申し訳ないのだが、一人の人間として、名も知らぬ騎士お二人に、非常に不躾であるけれど、それはもう不遜極まりない事を頼むのだけれど、握手をしてほしい」

「……私は構いませんが」

「私も構わんよ」

 

 尊敬される、という事はそれほど悪い気はしない。感極まったように、それは子供のように顔を綻ばせた少女を悲しませるという事もしたくはない。

 

「甲冑のままである事を許してほしい」

「当然だから、お気になさらず」

 

 カシャリと手甲を鳴らしながら慎二と握手を交わしたセイバー。

 そして無言のまま、ドコか微笑ましいモノを見るようにして慎二と握手をしてみせたアーチャー。そのアーチャーの手を握ったまま慎二は真っ直ぐにアーチャーを見つめる。

 

「――初(・)め(・)ま(・)し(・)て(・)? かな。間桐慎二と言います」

 

 それは極々自然な自己紹介だった。敢えて言う必要もない、自己紹介であったことは確かかも知れない。しかし、違和感はさほど無かった。当人同士以外には。

 

「……君は――」

「別に真名を聞きたい訳ではないよ。単なる挨拶さ。そうだろう、ア(・)ー(・)チ(・)ャ(・)ー(・)」

「…………そうだな。はじめまして、間桐慎二。アーチャーだ」

 

 お互いに、知れる事はそれだけでよかった。それだけのやり取りで、意思疎通は出来た。

 手を離した慎二は片眉を上げているセイバーの方を向いて肩を竦めてしまう。

 

「申し訳ないね。アナタは私の事を初見でも、私はアナタを見たことがあったので」

「?」

「と、言ってもとある騎士を通してでしかないですが」

「……なるほど。そうでしたか」

「ええ。繋がりは薄かったですが」

 

 ドコか悲しげに笑ってみせた慎二にセイバーは何も語る事はなかった。

 

「ちょ、ちょっと待った。慎二、アンタ、セイバーの真名を」

「知っているよ。今しがた知った、と言った方がいいかも知れないけれど。ちょっと舞い上がってる」

「別にアンタの気持ちを聞きたい訳じゃないわよ」

「私の口から出るのだから、私は私の気持ちしか語れない訳だが……」

「そういう事じゃなくて」

「……彼女の真名に関しては言うつもりはないよ。当然、アーチャーに関してもそうだから、非常にフェアな話だろう」

 

 遠坂凛は絶句した。言葉が詰まった。つまり、この女はセイバーの真名を看破しただけではなく、記憶を失っているアーチャーの真名まで看破してみせたと言うのか。

 ブラフである。そうで無ければおかしい。変な行動はしていなかった。握手をしただけ、それだけで真名を言い当てれる訳がない。そんな馬(・)鹿(・)げ(・)た(・)話(・)が(・)あ(・)る(・)か(・)。

 

「さて、私は帰るよ。君からの質問は終わりだろう?」

「待ちなさい、間桐慎二!」

「――私は対価を払った。次は君の番だ、遠坂凛。等価交換ぐらい達成してみせろ」

 

 フッ、と軽く笑った慎二はライダーを連れて衛宮邸を後にする。

 わなわなと震える凛。

 してやられた。これでは本当に手の平の上だ。

 与えられた敗北感を噛み締めながら、遠坂凛はどうにか笑顔を作り上げて士郎へと向いた。

 うわー、すっげぇ怒ってる。士郎はその笑顔に抱いた感想を口にする事は出来なかった。実に正しい判断である。

 

 

 

 

 

◆◆

 

「よかったのですか?」

「何がだい? 聞きながらでも構わないけれど、急いでくれ、桜に怒られる。というか絶対怒ってる」

 

 ライダーの腕の中で近い未来に起こっている――というか慎二の頭の中では既に笑顔の桜が「遅かったですね義姉さん」と言っているのだ。心配されている、という事も分かるのだけれどソレは怒りの笑顔だ。姉妹揃って恐ろしい。

 慎二を大切に横抱きにしながら屋根を跳び越えていたライダーは間桐家に直進して向かうでもなく、慎二にバレない程度に遠回りする。実に欲望に忠実である。

 

「真名の看破をあそこまで明け透けにして」

「別に構わないよ。瞳に関しての接点はないだろうし、わざわざ握手なんて分かりやすい行動を誘導したんだ。そっちに思考は行くはずだ。決して英雄が好きなだけで握手をした訳じゃないぞ」

「ああ、そうですね」

「信じてないな」

「ええ――ああ、大きく跳びますよ」

「え、キャッ」

 

 わざわざ大きく跳躍をしてやれば首を強く抱きしめてくる慎二にライダーはご満悦である。大きく跳躍する意味はない。

 

「それで、彼女に嘘を教えてよかったのですか?」

「え? ああ、偽臣の書か。そういう書物はウチの蔵書にあるし、別に間違いではないよ。まあライダーをソレで操っている訳ではないけれど」

「等価交換と言ってませんでしたか?」

「彼女は等価だと思ったんだろう? なら正しく等価交換だよ」

 

 くつくつと愉快そうに笑っている少女にライダーはふむ、と一つ唸る。あの翁が言う通り、確かに根回しだけはしっかりとしている。

 

「桜の名前を出さなかったのは?」

「遠坂凛は間桐桜の実姉だからね。衛宮士郎に聞かれたくはなかったんだろう。彼女の意図に沿って発言しただけさ。我ながらなんて優しいのだろうか」

「跳びますね」

「――――」

 

 別に鬱陶しいと思った訳ではないけれど、ライダーは高く跳び上がった。ぎゅ、と慎二が抱きつきながら固く目を瞑っている。

 落下感が止んだのか、やや涙目で非難の視線をライダーへと向けた慎二。ライダーはその表情を見ながら「彼女は襲ってほしいのではないか?」と考える。

 

「い、いきなり跳ぶのはどうかと思うんだが」

「すみません」

 

 ついシンジが可愛くて。という言葉は飲み込んでおく。ふと、ライダーは自身と慎二との出会いを思い返してみる。

 

「そういえば、シンジ」

「ん?」

「私とは握手をしていませんでしたね」

「別にする必要はないだろう。ああ、なるほど。ライダーは私があの二人と握手をしたのを妬いているのか」

「少し長く跳びますね」

「ひゃぁっ」

 

 別に鬱陶しいと思ったわけではない。本当に。




>>「はじめまして? かな。間桐慎二と言います」
 初対面としては正しい挨拶であり、間桐慎二としても正しい事であり、アーチャーにとっては正しくない挨拶。
 わざわざ名乗る意味はお察し。

>>「とある騎士」
 イケメンの騎士様。間桐であり、魔眼持ちであり、魔力蒐集をしているワカメネキなら苦手でも手は出してそう。

>>握手
ワカメネキ「端的に言って、興奮してる」

――その時桜に電流走るッ!
桜「私、英雄になります」
キャス子「やめときなさい、あんな脳筋共(ギリシャ脳)」

>>嘘集
 偽臣の書(使ってない)
 手を明かして感謝してほしいけれど(明かしてない)
 ライダーのマスターは桜(キャス子も)
 真名は今しがた知った(初見で視てる)
 対価は払った(実は払ってない)
 ちょっと舞い上がってる(ちょっとじゃない)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。