※この作品はR-18です。

ヤオヨロズ・リボーン   作:ぽんぴん

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続きを投稿します。
今回は物語の裏でミッドナイトさんが何をしていたかが中心になります。


No.20 裏で頑張る睡さん

 一台のワゴン車が夜の街を進む。

 運転席に座るのはプロヒーローのミッドナイトだ。車内の後方、座席を倒して作られた空間では七名の少年少女たちが意識を失い、横になっている。彼らはミッドナイトの個性により深い眠りに落ちているのだ。

 

「あともう少し……」

 

 ミッドナイトが呟く。ハンドルを握る手に力が入った。ようやくここまできたのだ。失敗は許されない。

 これまでの長い道のりが彼女の頭に浮かぶ。

 

 事の始まりはおよそ二週間前。

 その日、雄英高校1年A組の生徒たちは担任の相澤の下、敷地内の施設「USJ」にて災害救助訓練を始めようとしていた。

 それから数時間後。雄英の職員室へ最悪の知らせが届く。

 USJがヴィランの集団に襲われたのだ。

 異変を知った雄英教師陣が急いで向かったが、すでに手遅れだった。

 オールマイトと担任教師の相澤が殉職。男子生徒もほとんどが殺害された。女性教師の13号と女子生徒は遺体が無いことから誘拐されたと推測されたが、手がかりは残されていなかった。

 

 この未曾有の大惨事に雄英は激しく揺れ、対応に追われることになる。やらなければならないことは山のようにあり、校長の根津を始めとした教師陣は休む暇もなく働き続けた。

 

 そんな中でミッドナイトも例外ではなく、事件の後処理に奔走していた。特に行方不明になった13号や女子生徒たちの手がかりを求めて、どんな場所にでも向かった。しかし欠片ほどの情報も集まらない。彼女の焦りの色は日々濃くなっていった。

 

 そして事件から数日後。何回目かの緊急職員会議が開かれる。校長の根津が発した言葉にミッドナイトこと香山睡は耳を疑った。

 

『校長……! いま、いま……何と仰ったのですか』

 

 睡は立ち上がり、机に両手を着きながら前のめりになる。普段は冷静な彼女からは想像出来ないような姿だ。非礼だが、身体が勝手に動いてしまう。それほどまでに衝撃的な発言だったのだ。

 

『うん……行方不明の13号君および女子生徒の捜索は警察に全面的に任せることにしたよ。もともと捜査はあちらの分野さ。我々はご遺族と、残された生徒たちのケアに専念する』

 

『そんな……!』

 

『我々のリソースも有限なんだ。この数日の激務で全員が擦り減ってる。非情に聞こえるかもしれないけど、これ以上……捜索に人手を割くことはできないよ』

 

 根津の言葉を聞き、睡は唇を強く噛む。血が出るほど強く噛み締めた口内からは鉄の味がする。彼女は拳を強く握りしめたまま黙っていた。

 

『わかってくれないかな? これは仕方のないことなんだ……申し訳ない。僕の力不足が招いた事態だね……』

 

『いえ……校長先生は何も悪くありません……こちらこそ……取り乱してしまいました。お許しください……』

 

『いいんだよ。君だって辛いだろう?』

 

『はい……ですが、納得できません……せめて私だけでも捜索に加わりたいのです……お願いします』

 

 睡は深く頭を下げる。長い黒髪が垂れて顔を隠してしまう。

 

『もし、それが叶わないのであれば……私は、ここを去ってでも捜索を続けます』

 

 彼女の言葉に他の教師陣がどよめく。

 

『気持ちは分かるけど……』

 

『一人で探すなんて、いくらなんでも無茶だぜ……』

 

 同僚の教師たちが心配そうに声をかけてくる。

 

『分かっています……ですが、このままでは私の気が済まないんです……どうかお願いいたします』

 

 睡は再び深々と頭を下げた。その様子に根津は困った表情を浮かべるが、少し考えてから話し始める。

 

『……分かったよ。そこまで言うなら君の好きにするがいいさ。それが僕に出来る唯一の助力だよ』

 

『ありがとうございます……! 校長先生には感謝してもしきれません……』

 

『ただし条件がある』

 

『はい、なんなりとおっしゃってください』

 

『必ず生きて帰ってくること。それだけは約束してくれないかな?』

 

『もちろんです。死ぬつもりなど毛頭ありません。必ず皆を見つけ出します』

 

『約束だからね? 破ったら……怒るよ?』

 

 根津は笑みを見せるが目は笑ってはいなかった。有言実行しろと言っているようであった。

 

『承知しました。では行ってまいります』

 

 こうして睡は雄英高校を退職した。この事実はネットニュースで報じられ、ミッドナイトファンを中心に話題となる。

 

 そしてその日から彼女の孤独な闘いが始まった。事件からすでに一週間がすぎている。もはや正攻法を使っている暇はない。睡はあらゆる手段を用いて13号と女子生徒たちの行方を追った。非合法な行為にも手を出した。

 怪しいと睨んだヴィランの自宅を次々と強襲。相手を個性で眠らせてから縛り上げ、目隠しをしてから起こす。

 

『だ、誰だお前はっ!? ここはどこだ!?』

 

『雄英のUSJ襲撃について知っていることを吐きなさい』

 

 その声は冷たく、重い。だが相手が女だと分かるとヴィランの男は強気に出る。

 

『はぁ? 何を言ってやがる……俺は何も知らねえぞ!』

 

『あなたが知らないはずがないでしょう。早く吐きなさい』

 

『ふざけんな! 俺は何も知らねぇつってんだろうが!』

 

『そう……吐かないと拷問してでも聞き出すわよ』

 

 声色に殺気が混じる。ヒュンッという音と供に鞭の一撃が男の頭を掠めた。

 

『ひぃ……ッ!! や、止めてくれぇえ!! 何でも話すから殺さないでくれぇ……!』

 

『最初から素直に言えばよかったのに……馬鹿ね。それじゃあ教えてくれるかしら? 13号と女子生徒はどこにいるの?』

 

『そ、それは……言えない……』

 

『あら、まだそんな口がきけるのね』

 

 再びヒュンッと音がする。男は震えあがった。ヴィランといってもチンピラ崩れみたいな小物だ。本物の暴力を前にすれば恐怖に屈するしかなかった。

 

『俺じゃねえ! 女は犯すために連れてかれたんだ!』

 

 睡の眉がピクリと動く。ようやく彼女が手がかりを掴んだ瞬間だった。睡が更に脅すと、男は女子生徒の一人を攫った仲間の名前を白状する。その仲間は男と同じようなチンピラ崩れであった。

 

 睡はその仲間を同じように襲う。しかし肝心の女子生徒の姿は無かった。睡が問い詰めた結果、別のヴィランに奪い取られたらしいことが分かった。

 

 そのヴィランの名はドラキュラ。睡も噂を聞いたことがある大物だ。人里離れた山の中に屋敷をかまえ、滅多に人前に姿を表さない。彼は珍しい物を集めるのが趣味で、今度は1年A組の女子生徒を集めだしたらしい。調べを進めると、彼の屋敷に三名の女子生徒が囚われていることが判明する。

 

 睡はさっそく真夜中に屋敷へ侵入を試みたが失敗した。敷地には多数の防犯装置が仕掛けられており、突破は不可能だった。

 

『あそこに居るのに手が出せないなんて……!』

 

 証拠が無いため警察や他のヒーローの助力も仰げない。遠くから双眼鏡で監視することしかできなかった。もどかしい思いだったが、今の彼女にはどうすることも出来ない。

 そんなふうに少し空いた時間ができると、亡くなった相澤の顔が脳裏に浮かぶ。

 

『相澤くん……』

 

 睡にとって相澤は高校時代からの後輩だ。雄英の教師として彼を根津に推薦したのも彼女だった。

 ありし日の、相澤とのやりとりが蘇る。

 

『教育について私と違う意見があるなら、あなたも教師になりなさいよ。雄英の』

 

『は? なんですか、いきなり』

 

『学校にはいろんな生徒が来るんだし、先生もいろんなのがいたほうがいいでしょ』

 

『…………ご冗談。この俺が教師とか……それこそ不合理の極みですよ』

 

 その場ではそんな事を言っていた相澤だが、推薦が通ると教師になってくれた。

 彼は面倒くさがっていたが、それでも最後の最後まで生徒を守ってくれた。

 

『私は……間違ってたのかしら……』

 

 睡は後悔する。もし自分が相澤を誘わなければと。自分のエゴのせいで、彼が死んでしまったのではないかと。

 

『ごめんなさい、相澤くん。あなたの教え子は必ず助け出すわ。例え、どんな手を使ってでも』

 

 決意を新たにした睡は監視を中断し、他の三人の行方を探し始める。梅雨たちがコレクションの対象として囲われている以上、当面の命の危険は無いと判断したのだ。

 

 再びヴィランを襲っていると新たな情報が入る。女性を洗脳し、奴隷にするヴィランの噂だ。

 

 そのヴィラン、リボーン・キングが近ごろ三人の少女を洗脳奴隷にしたこと、少女たちの容姿が行方不明の八百万百たちに酷似していることが分かり、睡は確信を得る。

 

 そんな中、かつてリボーン・キングに洗脳され、弄ばれた少女の所在が耳に入る。彼女は精神病院に隔離され治療を受けていた。

 

 睡はその病院に向かったが少女との面会は叶わなかった。なんとか頼み込み、女性医師の同伴の下で病室の様子を監視カメラで覗かせてもらうこととなった。

 

 映像の中では薄水色のロングヘアーの少女がベッドに横たわっている。その目は虚ろで、ずっと何かを呟いていた。

 睡は映像の音声に耳を澄ませる。

 

『ああ、愛しのマイマスター……私はここです。どうして会いに来てくださらないの……一目でいいから会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい』

 

 彼女の呟きに睡はゾッとする。少女の心はリボーン・キングに心酔しきってしまっていた。

 やがて少女はズボンの中に手を伸ばし、己を慰め始める。

 

「ああっ、あはっ……! 見てますかマイマスター、貴方のたくましいペニスっ、あんっ、恋しいっ、欲しいぃっ……! んんうっ!」

 

 少女の目は快楽に染まり、濁っていた。

 睡の側にいた女性医師が口を開く。

 

『彼女の名は印照才子。聖愛学園の女生徒でしたが、運悪くリボーン・キングに目をつけられ洗脳されてしまいました。そのまま二ヶ月ほどヴィランと行動を共にし、悪事に手を染めていましたが、あるときヒーローに救出されました。以来、ここで治療を続けていますが、未だに洗脳は解けていません』

 

『そんな……何か手はありませんか』

 

 睡が食い下がると、医者は難しい顔をする。

 

『残念ながら……医学、それから治療系の個性の両面で方法を探していますが、成果は芳しくありません。このままでは廃人になるか……あるいは心が壊れて死ぬかのどちらかです』

 

『……ッ!』

 

『もし希望があるとすれば、洗脳を施したリボーン・キング本人でしょうか。彼ならばあるいは洗脳を解いて元に戻せるかもしれません』

 

 医師の言葉を胸に刻んだ睡は再び捜査に向かう。リボーン・キングの交遊関係は広く、数人のヴィランを締め上げて得た情報を繋ぎ合わせると彼の住むマンションを特定することができた。

 

『ここね……』

 

 睡は建物の外から見上げた。この中に三人の生徒が囚われている。しかし無闇に突入することはできない。相手はリボーン・キングだけではないのだ。洗脳された百たちも抵抗してくるだろう。

 さらにリボーン・キングから洗脳解除の情報を聞き出す必要もある。四人を無傷で制圧しなければならない。しかもそのうち三人は雄英の試験を突破した実力者だ。睡の個性を使ってもリスクが大きかった。

 ミッションの遂行には睡の他に協力者が必要だ。しかし証拠もなしに一般人宅へ踏み込んでくれるようなヒーローはいないだろう。

 

 睡はため息をつく。すると建物から数人の人影が出てくる。彼女は反射的に物陰へ隠れた。

 現れたのは数人の男女だ。全員が高校生くらいだろうか。少年が一人で、残りは全員少女だ。

 

『ねえねえ! 早く行こうよ!』

 

 少女の快活な声が睡の耳にも届く。その声を睡は聞いたことがあった。

 

『まさか……!?』

 

 睡は目を見開き、物陰から様子を伺う。少年を中心として三人の少女たちが楽しげに話している。

 

『そんなに焦らなくとも、ショッピングモールは逃げませんわ』

 

『まあ、気持ちは分かるけどね。ウチも同じだもん』

 

 上品そうな少女が言うと、もう一人の少女が同意する。

 その光景を見て、睡は確信する。ウィッグやサングラスで変装しているが、彼女たちは間違いなく、行方知れずだった八百万百たちだ。

 だとすると彼女たちの中心にいる少年こそが……

 

『リボーン……キング』

 

 睡は拳を強く握った。そして少年を目で追う。若いらしいとは聞いていたが、まさか女子生徒たちと同年代とは知らなかった。百たちが絶えずくっつくせいで、彼の顔は確認できない。

 

『それにしても……』

 

 未成年でありながらヴィラン。彼の過去に何があったのか。どこで道を誤ってしまったのか。周りに彼を案じてくれる大人はいなかったのか。先日まで教師だったせいか、睡は彼のことが気になった。

 

 そして睡は四人の尾行を開始する。この場で接触することも考えたが、リボーン・キングがどんな人物なのか分からなかったため、あえて距離を取ることにした。

 後ろから伺うだけでも少女たちは楽しそうだ。だが全員が洗脳され、リボーン・キングへの忠誠心を植え付けられていると思えば胸が痛む。

 

 そのまましばらく歩いていると、睡は声を掛けられた。

 

『み、ミッドナイト先生……?』

 

 驚いて振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。落ち着いた雰囲気の少女だ。雄英高校ヒーロー科1年B組の塩崎茨である。

 

『塩崎さん?』

 

『はい、私です。どうしてこんなところに? 先生が雄英を退職したと聞かされて、みんな心配していたのですよ』

 

『それは……ごめんなさい』

 

『いえ、責めてるわけではありません。それより先生こそどうしてここにいらっしゃるのですか?』

 

 真摯な目で見つめられ、睡は回答に窮する。すると茨は睡の手を握った。

 

『先生はきっと大事な使命がおありなのですね。私もご協力させてください。ここで出会ったのもきっと神のお導きでしょう』

 

『え、ちょっと……』

 

 戸惑う睡を他所に、茨は嬉しそうに微笑んだ。茨の個性が強力なものであることを睡は知っている。彼女の力を借りられるならこれほど心強いことはない。

 少し悩んだが、睡は彼女に協力してもらうことにした。互いの連絡先を交換し、茨にはひとまず帰ってもらう。

 

 茨と別れた睡は再び尾行を再開する。しかし茨と話していたせいで四人を見失ってしまう。百の話していた内容から彼らの行き先がショッピングモールであることは分かっていたが、見失った以上探すしかない。

 仕方なく睡はショッピングモールへ向かった。

 モール内に入ると休日ということもあり、大勢の人で賑わっていた。

 

『さて、どうしましょうかね』

 

 睡は考える。やはりここは慎重に動くべきだ。百たちを捜索しつつ、リボーン・キングの動向を探る。それがベストだろう。

 

『……ん?』

 

 そのとき睡の視界の端に、一人の少女が映る。麦わら帽子に白いワンピースを着た少女だ。不意に風で帽子がひるがえり、少女の顔が明らかになる。

 

『あれって……』

 

 睡の目に映るのは行方不明の少女の一人、蛙吹梅雨であった。

 気づいた時には睡の身体は動いていた。彼女のもとへ駆け寄ると、睡は強く抱きしめる。

 

『見つけた……!』

 

『ひゃあっ!?』

 

 突然の出来事に梅雨は驚きの声を上げる。

 

『ミッドナイト、先生?』

 

『ああ、やっと会えた……』

 

『どうして……』

 

『あなたたちのことを探していたの。本当に良かった……』

 

 睡の言葉に、梅雨は目を見開く。その大きな瞳が潤み始める。

 

『ミッドナイト、先生……!』

 

『今までよく頑張ってきたわね。もう大丈夫だから』

 

『ううっ……!』

 

 梅雨は睡の胸に顔を押し付け、嗚咽を漏らす。睡はその頭を優しく撫で続けた。

 しばらくすると、落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりと離れる。

 

『ありがとう、ミッドナイト先生……』

 

『いいのよ。それより、貴方はなぜここにいるの? ドラキュラに囚われていたんじゃないの?』

 

『私は……』

 

 梅雨は口籠もるが、すぐに意を決したように顔を上げた。

 

『おっと、落ち着けるところで話しましょうか』

 

『はい』

 

 二人はベンチに腰掛ける。梅雨はゆっくりと事情を話し始めた。

 USJ事件の後、ドラキュラに囚われたこと。すぐ後に葉隠透と芦戸三奈も囚われたこと。そしてドラキュラは次に八百万百たちを狙っていることなどだ。

 

『なるほど……ドラキュラはリボーン・キングにそのゲームを仕掛ける気なのね。そして蛙吹さんにその招待状を届けさせようとしていると』

 

 睡は思案する。もし百たちまでドラキュラの屋敷へ囚われたらもう手出しができなくなる。なんとしてもリボーン・キングに勝ってもらうしかない。蛙吹たちがリボーン・キングのものになれば、全員を取り返すことも可能だ。

 

『蛙吹さん、私に協力してもらえるかしら。うまく行けば全員を奪い返せるわ。本当なら貴方だけでも安全なところに逃がすべきなのだけれど……』

 

 睡が申し訳なさそうに言うと、梅雨は首を横に振った。

 

『私も協力します。みんなを助けたいわ。私だけ、なんてできないもの』

 

 梅雨の目には決意の炎が宿っている。こうなったら彼女は何を言っても聞かないだろうと睡は悟った。

 

『分かった。でも危険を感じたら貴方だけでも逃げて。いい?』

 

『はい』

 

 こうして睡は自分の考えた作戦を梅雨に伝える。

 まず、招待状をリボーン・キングに渡すのは後にする。事前に彼だけを呼び出して精を搾り取ってしまうのだ。そうすればゲームで有利になる。

 そしてリボーン・キングにゲームに勝ってもらい、梅雨、三奈、透をドラキュラ屋敷から脱出させる。全員が揃ったところで、睡がリボーン・キングから救い出す。以上だ。

 ガバガバな面が多い作戦である。もしリボーン・キングが負けたら一巻の終わりだ。それに彼が勝ったとしても梅雨たちは洗脳されてしまう。リボーン・キングの洗脳を解く方法は誰も知らないのだ。蛙吹たちが一生洗脳されたままとなる可能性もある。

 

『ミッドナイト先生……』

 

『ごめんなさい。こんな方法しか思いつかなくて』

 

『いえ、十分です。私もミッドナイト先生と同じ考えです。みんなを助けたいわ』

 

 梅雨の強い意志を感じ、睡は彼女を信じることに決めた。

 

『ありがとう、蛙吹さん……』

 

 睡は再び梅雨を抱きしめる。こうして重要なバトンが梅雨に託された。

 

 翌日、ドラキュラに招待されたリボーン・キングたちが出発する。睡は作戦の成功を祈りつつ、遠くからドラキュラ屋敷を監視した。

 

 それから数日後、リボーン・キングが蛙吹たち六人を連れてドラキュラ屋敷を出発した。彼らはゲームに勝ったのだ。

 

 リボーン・キングたちが自宅マンションへ戻ったのを確認すると睡は茨に連絡をとる。洗脳された梅雨の口から、自分が襲いに来ることは相手にバレているだろう。入念な準備が必要であった。

 

 その日の晩、茨と合流した睡は駐車したワゴン車の中で時間が過ぎるのを待つ。

 

『いよいよですね』

 

 茨が緊張を含んだ声で言った。睡は真剣な表情でうなずく。

 

『ええ、お願いね、塩崎さん。二人であの子たちを救い出しましょう……』

 

 茨は力強く首肯する。

 

『お任せください。必ずや皆様をお助けいたします』

 

『ありがとう。頼りにしてるわ』

 

 睡は茨の手を握った。茨は頬を赤らめる。

 

『そろそろ時間ね。行きましょうか』

 

『はいっ』

 

 二人は揃ってワゴン車を降りる。そしてリボーン・キングたちの居る階へ向かった。エレベーター付近に茨を残し、睡が先行して廊下を進む。

 睡が室内に入ると、茨がドアまで駆け寄る。睡から合図があれば即座に個性を発動させる手筈だ。

 そしてその時は来た。リボーン・キングこと卯稀と百たち六人の女生徒の確保に成功したのだ。

 茨と別れた睡は卯稀たちを乗せてワゴン車を走らせる。

 その行先は……

 

◇◆◇◆◇

 

「ん……」

 

 まどろみから卯稀が目を覚ました。ボンヤリとした頭で周りを見回し、廃工場のような場所にいることを認識する。少し離れた場所では百たちがロープで縛られたまま倒れていた。全員が意識を失っている。

 

「百っ! うおっ」

 

 彼女たちの所へ向かおうとした卯稀だったが、手足を鎖で拘束されていて身動きが取れなかった。

 

「くっ、何だよこれ……!」

 

 そのとき、一人の女性が近づいてくる。

 

「あら、お目覚め?」

 

 ミッドナイトこと香山睡である。彼女は片手にマグカップを持っている。

 

「良かったら貴方も飲む? コーヒーだけど」

 

「そんなことより僕を解放してくれよ。百たちを助けたいんだけど」

 

「それはできない相談ね」

 

 ミッドナイトはコーヒーを一気に飲み干すと、手近にあった台の上にマグカップを置く。そして優しい笑みを浮かべながら卯稀に近づいた。

 

「ねえ、卯稀くん。話し合いましょう? きっと私たちは分かりあえるわ」

 

「ええっと、急にどうしたのかな? ミッドナイトさん」

 

「ミッドナイトじゃないわ。私は香山睡っていうの。二人きりなんだし、本名で呼んで欲しいわ」

 

 そう言って、ミッドナイト……睡はゆっくりと卯稀に顔を近づける。

 

「ちょ、ちょっと待って。状況がよく分からないんだけど」

 

 睡は微笑むと、彼の身体を抱きしめる。そして耳元で囁いた。

 

「大丈夫よ。安心して。手荒なことはしないわ。少し私とお話ししましょう?」

 

「あ、えっとその……」

 

 睡の柔らかい感触と甘い匂いに毒気を抜かれる卯稀。睡はさらに強く彼を抱きしめ、自分の豊満な胸を押し付ける。

 

「ねえ、いいでしょう?」

 

 少し甘えの入った声で囁やきながら、睡は卯稀の頬を撫でる。その声と仕草に、思わずドキッとしてしまう卯稀。

 

「わ、分かった。話すよ。だから離れてくれないか」

 

「ふふ、ありがとう。嬉しいわ」

 

 睡はパッと笑顔になり、抱きしめていた腕をほどく。解放された卯稀はホッとする。

 

「さて、それじゃあお話を始めましょうか」

 

 睡は卯稀の隣に腰掛けると、彼の肩に頭を預けて寄り添う。

 

「お、おい。近いぞ」

 

「いいからいいから。それで、卯稀くんはどうしてヴィランになったの?」

 

 睡が尋ねる。

 

「どうしてって言われても……強いて言えば成り行きかな。そりゃあ、昔は僕もヒーローになりたかったさ。でもこんな個性だったしね。女の子を洗脳するだけの能力なんて、正義の味方には相応しくないでしょ」

 

「そうかしら。確かに倫理的には問題あるかもしれないけど、使い方次第だと思うわ」

 

「いや、無理だって。こんな力、誰も認めてくれないよ。ミッドナイトだって本当は僕のことを軽蔑してるでしょ?」

 

「いいえ。確かに卯稀くんのしていることは許されることじゃないわ。でも仕方ない面もあると思うの。貴方の年頃って、特に異性のことに興味津々だし、性欲だってあるから、誘惑に負けてしまうのも当然よ。むしろ、私だって同じ立場なら貴方みたいになっていたかも」

 

 睡の言葉に卯稀は驚く。

 

「え……本当にそう思うのかい?」

 

「ええ、もちろん」

 

 そう言って睡は再び卯稀を抱きしめる。今度は先程よりも優しく、包み込むような抱擁であった。

 

「ほら、こうすると落ち着くでしょ?」

 

「う、うん……」

 

 睡の言葉に卯稀の心がほぐされていく。彼女の言う通り、心が安らいでいくのを感じた。

 

「よかった……それは卯稀くんの心が完全にヴィランになっていない証拠よ。まだ引き返せるわ」

 

 睡は子供をあやすように、卯稀の後頭部を撫でた。その感触に卯稀が目を細める。

 

「ねえ、やり直してみない? 私も全力でサポートするから」

 

「あ、えっと、その……」

 

「慌てなくても大丈夫。時間はたっぷりあるわ。それに……」

 

 睡は更に卯稀をギュッと抱きしめる。そして彼の耳に唇を寄せて甘く囁いた。

 

「卯稀くんが望むなら、私が貴方の恋人になってあげる」

 

「なっ!?」

 

 睡は卯稀を離すと、彼に顔を向ける。そして慈愛に満ちた笑みを浮かべると、両手で彼の頬を包んだ。

 

「だから、ね? 私のことを信じてちょうだい」

 

「あ、いやでも……」

 

「もう、照れ屋さんなんだから」

 

 そう言って睡は卯稀の唇を奪う。

 

「ん……!?」

 

 突然のことに目を見開く卯稀。しかし睡は構わずキスを続ける。そして舌を差し入れると、卯稀の口内を蹂躙していく。その接吻に卯稀は抗うことができない。そのまま睡に身をゆだねる。

 しばらくして、二人が口を離すと唾液の橋がかかった。そして睡はもう一度軽くキスをする。

 

「んっ……」

 

 卯稀は目をトロンとさせ、呆然とした表情を浮かべている。

 

「ふふ、可愛いわね」

 

「う、うう」

 

「ねえ、私の話を聞いてくれる気になった?」

 

 真摯に卯稀を見つめる睡。

 温かい言葉と甘いキス。睡の包容力に卯稀は心身ともにとろかされていた。ヴィランとはいえ、彼も思春期の少年だ。年上で美人なお姉さんにここまでされて抗えるわけがなかった。なんだかもう、睡の言う通りにしてもいいかと思い始めていた。

 

「ね? お願い。私はいつでも卯稀くんの味方よ」

 

 睡が再び卯稀の頬を撫でる。彼はなすがままだ。睡の優しい言葉が心に染み渡る。それが止めになった。

 

「あ、あ……ミッドナイト……睡さん……」

 

 すっかり睡にメロメロにされた卯稀が首を縦に振りそうになったとき、彼は気づいた。

 

 自分を見つめる十二の瞳の存在に。

 

「げっ」

 

 百たちの視線に気づいて慌てて正気に戻る卯稀。彼女たちは全員がジト目で彼を見ていた。

 

「あら、みんな起きたのね。おはよう」

 

「き、君たちっ! 見てたんかよ!」

 

 卯稀の顔が羞恥に染まった。

 

「ええ……ばっちり見させていただきました。随分とお楽しみでしたわね。私、とても悲しいですわ」

 

「い、いやこれは違うんだよ。ミッドナイトさんが勝手に……」

 

「あら、ミッドナイトさんなんて他人行儀ね。睡でいいわ。キスまでした仲じゃない」

 

「ふざけんなよお前!? 空気変わったの分かれよ!」

 

 再びキスしようとしてくる睡に、卯稀は思わず叫んだ。

 

「ボス! 騙されちゃダメ!」

 

「そうよ卯稀ちゃん! ミッドナイト先生は敵よ!」

 

「ミッドナイト先生! 未成年にキスはあかんよ!?」

 

「淫行ダメ! ゼッタイ!」

 

「ダーリン! キスならアタシがするからあっ! もっと凄いことしてもいいからぁっ!」

 

 響香たちが次々と叫ぶ。三奈だけベクトルが違うのは気のせいだろうか。

 

「確かに説得できる雰囲気ではなくなったわね。あと少しだったんだけど」

 

「いやあ、危なかったよ。さすがは睡さ……じゃない! ミッドナイト! 僕を籠絡しようとしてたのかな?」

 

 危うく本名を呼びそうになる卯稀だったがギリギリ踏みとどまった。そんな彼の様子に睡は笑う。

 

「ふふ、どうかしら? でも貴方も助けたいと思ったのは本当よ。だから貴方がヴィランをやめてくれるなら、私は喜んで協力するわ」

 

「悪いけど返事はノーだね。僕はエロエロハーレムライフを捨てる気は無いよ」

 

「残念ね。交渉決裂ということでいいのかしら?」

 

「ああ。僕を懐柔しようとしたって無駄だよ。さあ、そろそろ帰らせてもらおうかな」

 

 卯稀が立ち上がる。鎖で繋がれているため、少し動きづらそうだった。

 

「あら、もう帰るなんてつれないわね。もう少しゆっくりしていかない?」

 

「いや、遠慮しておくよ。さっさと鎖を外してくれないかな?」

 

「まあまあ、そう言わずに。コーヒーのおかわりもあるわよ?」

 

「いらないよ。そもそも一口も飲んでないでしょ」

 

「あら、そう……仕方ないわ」

 

 睡は目を細めるとハア、とため息をつく。そして卯稀を無言で押し倒した。ジャリっと鎖が軋む音が響く。

 

「うおっ!?」

 

 突然のことに驚く卯稀。睡は彼の身体の上に馬乗りになると、そのまま彼の顔を両手で掴んで固定する。

 

「これから貴方を拷問します。私が知りたいのはたった一つだけ。あの子たちを元に戻す方法を教えなさい」

 

「……え? 何だって? よく聞こえないよ」

 

 睡の言葉に卯稀はとぼけた表情を浮かべた。しかし睡は気にせず続ける。

 

「貴方だけが知っているはずよ。彼女たちを元に戻せる方法を」

 

「知らないなあ」

 

「嘘つきは嫌いよ」

 

「いや、本当に知らな、うわあっ!?」

 

 卯稀の言葉を遮るように睡が彼の耳を噛んだ。

 

「痛いっ! ちょ、ちょっと待て!」

 

「待ちません。早く白状しなさい」

 

「うおっ!?」

 

 今度は首筋を舐め始める睡。その舌の動きに卯稀は背筋がゾクゾクする。

 

「さあ、いつまで耐えられるかしら?」

 

 そう言って睡は妖艶な笑みを浮かべるのであった。




お読みくださり、ありがとうございました。
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