※この作品はR-18です。

異聞三国志   作:ポリスチレン(C8H8)n

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白い女

 生温い液体が、頬に垂れた。

 

 力の抜けた残骸を身体から引き離す。大きな音がした。

 

 首が足元に転がる。油断した男など、簡単に殺せる。

 

 もう一人が、顔を赤く染めて此方を見ていた。

 

「この、糞餓鬼が。絶対に許さねぇ!」

 

 好きにすればいい。どうせお前も死ぬ。

 

「仕掛けてきたのはそっちだ。殺しに来た以上、殺される覚悟もしとけ、雑魚が。」

 

 男が大股で歩いてきた。

 

「許さねぇ、殺すだけじゃ足りねぇ。犯して、嬲って、ぶっ壊してやる!」

 

 鼻で笑った。所詮短略的な思考しか持たないその辺の塵だ。嵌めて、殺す。それだけだ。

 

 大振りの右。顔に飛んできた。身体を捻り、衝撃を殺す。その代わり、派手に吹っ飛んでやった。男が跳躍するのが、視界の端に見えた。腹に重みがかかる。馬乗りにされたようだ。

 

 また右。隙だらけだ。振り下ろされるのと同時に、腕に短刀を突き立てた。すぐに抜き、返す手で脇腹を裂く。

 

 男が叫び声をあげた。耳障りだ。すぐに殺してやる。そう思い首を狙った。左手で、弾かれた。短刀を取り落としてしまった。思ったより冷静なようだ。力では勝てない。

 

「許さねぇ、許さねぇ!」

 

「それしか言えないのか。頭が無いな。」

 

「黙れ!てめぇは今から、俺がぶっ壊す!口答えするんじゃねぇ!」

 

 喚きながら、鳩尾に左手を二度、三度と叩き込んできた。息が出来なくなる。男が立ち上がった。首を踏まれた。喉から音が漏れる。

 

「ははっ、やっぱり餓鬼で女だな。今から犯してやるから、動くんじゃねぇぞ」

 

 男が衣服に手をかけてきた。局部が露わになる。

 

「下種が、触るな。」

 

「黙れっつったろ!」

 

 腹を殴られる。嘔吐感が込み上げてきた。男が陰茎を取り出した。宛がってくる。気色悪い感覚が、下腹部に入ってきた。

 

「狭いな。いい感じだ。」

 

 男が口を歪める。腿に手をかけられた。押さえつけられる。その力を利用して、腹を曲げた。男の胸板が見える。そこに、二本目の短刀を叩き込んだ。左胸。心がある場所だ。膨大な血が噴き出してきた。男がまた叫び声をあげた。引き抜いた短刀を喉に突き刺す。辺りが血に塗れた。

 

 男が崩れ落ちた。まだ微かに息をしている。先が刺さったままの陰茎を切り落とした。引き抜く。男を蹴飛ばして除けた。

 

 終わった。随分と手間をかけさせられた。無駄な抵抗した男に腹が立ってきた。所詮死ぬしか役に立たないくせに、喚き、殴り、あろうことか犯そうとした。その事実に、無性に腹が立った。

 

 引き抜いた陰茎を、眼に挿した。男が痙攣している。息があるのだ。良い様だ。鼻を削ぎ落とし、耳を切り取った。唇を縦に裂き、それらを口に詰め込む。痙攣が止まった。絶命したようだ。もう少し苦しませてやりたかったが、溜飲は下がった。

 

 錆びの味がした。口の中が切れたようだ。唾を吐き出す。赤交じりだった。

 

 落としていた短刀を拾い上げる。憑いた血は男の服で拭った。男の懐を探る。小袋に銭が入っていた。少ないが、足しにはなる。

 

 死体の上に腰を下ろし、深く呼吸をする。腹が疼いた。首も切れている。

 

「お前が、白い女だな?」

 

 左手側から野太い声をかけられた。見ると、大きな男が立っていた。腰には刀だ。警戒した。下手に動けば、死ぬ。そう直感するほど、男から血の匂いがした。

 

「そう呼ぶ奴もいる。名前なんてどうでもいいけど。」

 

「総てが白い女。良いものだな。」

 

 そう、私は白い。肌も、髪も、眼も、総て白い。

 

「美しい。」

 

「それはどうも。変わった趣味だね。」

 

「名は。」

 

「無いし、要らない。」

 

「親は。」

 

「聞くまでもないでしょ。」

 

「そうだな、失言だった。詫びよう。」

 

「別に。どうでもいいよ。」

 

「其処のは、お前が殺したのか?」

 

「殺らなきゃ、私が死んでた。」

 

 男が死体を見た。口角を釣り上げている。そして、私を見た。目が合った。何故か、どうしようもないほどの恐怖が込み上げてきた。

 

「いつも、そうやって殺しているのか?」

 

「真正面からじゃ死ぬからね。」

 

「益々気に入った。良い女だ。」

 

 声が震えそうなのを必死に堪えた。私が殺してきたのは、所詮塵芥だけなのだと痛感した。ここまでの恐怖を覚えるのは、初めての経験だ。

 

「しかし名前が無いのは困ったな。お前を何と呼べばいい。」

 

「好きに呼びなよ。あっても使わないし。」

 

「では、李と呼ぼう。」

 

 李。この国で最も有り触れた名前の一つだ。それを、普通ではない私に付けるのか。

 

「嫌味?」

 

「いや、普通な人間などいない、という意味だ。良い名だろう?」

 

「なるほど、良いね。嫌いじゃない。」

 

 普通でない私に普通の名前を付ける。それこそがこの混沌の世に対する嫌味、ということだろう。

 

「あんた、気に入ったよ。名前は?人に名前聞いたんだから、答えてよ。」

 

 気に入ったなんて、口から咄嗟に出た嘘だ。この男を簡単に見定める訳にはいかない。

 

「後で教えよう。それより、俺に付いて来ないか?」

 

「それが、私の得になるの?」

 

「無論、両者に。」

 

「そう。御誘い悪いけど、無理だね。」

 

「光の下を歩けないのは、本当のようだな。」

 

「そう、肌が焼けるからね。長く光を浴びてたら死ぬんじゃない?試したことないけど。」

 

「なら、これを使え。」

 

 そう言って、上衣を脱ぎ、此方に投げてきた。黒く、厚い布だ。金糸が装飾に使われている。男は随分な金持ちのようだ。

 

「しょうがない、付いて行ってあげる。下らない話なら、すぐ帰るからね?」

 

「構わない。」

 

 男が後ろを向いた。歩き出す。その背を追った。此処は路地裏で、通りに出るには少し歩かなければらない。

 

 男に近づくと、より一層の恐怖に襲われた。理由は解らない。こんな恐ろしい男は殺してしまうべきだ。そう思い、静かに短刀を抜いた。男の脇腹。其処を狙って、逆手に持った短刀を突き出した。

 

「良い殺意だ。」

 

 身体が固まった。いや、止められたのだ。手首を掴まれていた。たったそれだけで、呼吸も満足に出来なく成りそうだった。

 

「惜しかったな。もう少しで殺せていたぞ。」

 

「馬鹿に、してるでしょ。」

 

「まさか。お前のような女子供が持てる極限の殺意だろう。素晴らしいものだ。だが、気だけで俺を殺せはしない。」

 

「みたいだね。」

 

 汗が額を伝った。終わった。最後まで私らしく在ろう。

 

「どうする、私は諦めないよ。あんたは殺すべきだ。私が生きてる限り、あんたの命は狙い続ける。」

 

「意地になるなよ。別にお前に危害を加えるつもりはない。」

 

「どうでもいい。決めたことだ。あんたは殺す。」

 

「そうか。」

 

 呟き、男が手を放した。身体が自由になる。跳んで、距離をとった。

 

 手が広がってきた。大きな手だ。首が絞まった。足が地から離れた。

 

 剣を腕に突き刺そうとした。手に、何も無かった。取り落としたのか、奪われたのか。それも解らなかった。

 

 背中に衝撃が走った。壁だ。叩きつけられたらしい。下で、何かが落ちる音がした。もう一本の剣も、無くなった。

 

 世界が回った。視界に一瞬、腕を伸ばした男が映った。投げ捨てられたと気付いたのは、身体が痛みを感じてからだった。

 

 仰向けに倒れていた。身体が動かない。息を久しくしていなかったような気がする。大きく、息を吸った。

 

 男が、また視界の隅に映った。胸を踏み潰された。このまま、押し潰されて死ぬのだろうか。

 

「気は済んだか?俺をまだ殺すつもりか?」

 

 殺す。声が出なかった。代わりに、渾身の力で男の足を掴んだ。

 

 男が笑った。手を振り払われた。そして、振り下ろされた足が、視界に広がった。

 

 

 

 

 

 目が覚めた。私は、男に頭を潰されて死んだはずだ。此処は何処なのだろうか。

 

 寝ていることに気が付いた。身体を起こす。頭と首に強い痛みを感じた。思わず、呻き声が漏れた。

 

 生きている。解る事実はそれだけだった。

 

 辺りを見回した。木造の部屋だ。窓は布で覆われて、光は入って来ていない。布は赤く光っていた。夕焼けだろうか。

 

 足音がした。戸の向こうだ。誰かが、入ってくる。

 

「おや、目が覚めたか。気分はどうだ?」

 

 あの男ではなかった。初めて見る顔だ。

 

「悪い。」

 

「そうか。まあ、そうだろうな。変な質問をした。」

 

 男が笑みを浮かべる。あの男の様な、凍るような恐怖は感じなかった。

 

「君が起きたなら、私はもう用無しだな。今呼んでくるから、待っていてくれ。」

 

 男が部屋から消えた。部屋に、一人取り残された。

 

 首と額に濡れた布が巻かれているのに気が付いた。所々に、血に汚れた包帯もある。手当をされたらしい。

 

 待った。待てば、この不明瞭な状況も、次第に解るだろう。

 

 また、足音がした。大きな足音だ。来る。

 

「元気そうではないか。」

 

 やはり、あの大きな男だ。夕陽を背に立ち、此方を見ていた。その瞳に、やはり底知れない恐怖を覚える。

 

「黙れ。なんで助けた。」

 

「元から、お前を殺すつもりなど無かったよ。利用すると言っただろう?」

 

「なんなんだよ、あんたは。何が目的で、私を連れてきた。腹立つな、死ねよ。」

 

もう、この男に対して嘘を吐くつもりは無かった。何でも言ってやる。本当に腹が立つのだ。

 

「あんたなんて嫌いだ。消えろよ。それとも、殺してほしいか?」

 

「また、随分とご立腹だな。」

 

「当たり前だ。情けなんてかけやがって、殺せよ。意味が解らない。」

 

「死なれては困るからな。」

 

「私が、あんたの役に立つって?私は、あんたすら殺せなかったんだぞ。何の役に立つってんだ。」

 

「人を殺す才能は、稀有だ。」

 

「だから」

 

「その才を、戦に使え。」

 

 男の顔が、此方を見下ろしている。その眼を見ると、言葉が出なくなった

 

「お前を、軍師として使う。これは命令だ。拒否する権利はない。」

 

「何で、あんたの言うことを、私が聞かなきゃいけない。」

 

「なら、死ぬか?そこまで言うなら、殺してやろう。だが、生きて俺と共に天を見る気はないか?」

 

 天。その言葉が、頭に引っ掛かった。私は、天の下を歩くことすら許されない。その私が、天を見れるのか。

 

「お前は、死んだも同然の女だった。俺が声をかけなくても、いずれ野垂れ死んでいた。だから、俺がお前に生きる理由をやる。」

 

 私の居る理由。確かに、そんなものは存在しなかった。死のうが生きようが、なんの価値もない存在なのだ。それが、価値を持てるのか。この男が、生きる理由をくれるのか。

 

「俺と共に来い。」

 

 男が手を伸ばしてきた。その手を掴めば、答えを得られるかもしれない。私が、生きている答えを。

 

「名前、くれたよね。なんだっけ。」

 

「李だ。」

 

「姓だけじゃなくて、名も頂戴よ。有った方が、良いんじゃない?」

 

 男は少し笑ったようだ。その顔に、何処かで魅かれたような気がした。

 

「儒、というのはどうだ。お前は、儒(漢における国教)という常識に囚われない。」

 

「また嫌味?好きだね。」

 

「嫌か?」

 

「嫌いじゃない。気に入った。」

 

 李儒。それが、私の名前。異常な私が常識的な名前を付ける。矛盾が心地良かった。

 

「ねぇ、あんたの名前は?付いて来たら教えるって言ってたよね。」

 

「董卓だ。董仲穎。」

 

「そう、宜しく。」

 

 差し出された手を掴んだ。今から、私の価値ある生が始まるのだ。悪い気分ではなかった。

 

 

 

 

 

 月明りが照らす町を、李儒は董卓と並んで歩いていた。まだ寝静まる時間ではなく、炊煙の煙も見える。息を吐くと、微かに白かった。だが、董卓から借りている黒の上衣があるので、寒くはなかった。

 

 これから、酒場で人に会うらしい。誰かは聞いていない。董卓とは顔見知りらしく、気楽に構えていいと言われていた。

 

 いままで私にとって、人とは殺すか避けるかの二つに一つだった。それが、人を介して共に飯を食べるために会うのだ。どこか、居心地の悪さを感じた。

 

 董卓が足を止めた。大通りから少し離れた、小さな酒場だ。開けられた戸の奥には、男が五人、卓を囲んでいた。誰も彼も刀を腰にぶら下げ、見るからに荒くれものと言うべき風体だが、一人だけ細身で小奇麗な身なりをした男がいた。

 

 気付いたら、董卓は酒場の中に入っていた。小走りでそれを追う。

 

 五人が、董卓に気付いた。互いに軽い挨拶をしている。そして、李儒を見た。

 

 奇異の視線を感じた。こういうのは慣れている。もし私が全身真っ黒な人間を見つけたら、同じ視線を向けるだろう。つまり,この反応は人として至極真っ当な反応なのだ。気にしていたらきりが無かった。

 

「皆、此奴は李儒という。今日拾った。なかなかいい女だぞ。」

 

 董卓の発言で、全員の目が奇異から好奇や好意に変わった。随分と董卓は彼らに信頼されているらしい。

 

 五人それぞれから自己紹介をされたが、今まで人の名前など、覚えるどころか気にしたこともなかったので、殆ど覚えられなかった。だが一人だけ、細い男の名前は憶えられた。賈詡というらしい。こいつは何処か、董卓と似ているような気がした。だが、董卓にある怖さは、感じなかった。

 

 酒が運ばれた。大きな瓶から、白く濁った液が杯に注がれる。独特な匂いがした。初めて嗅いだが、嫌いな匂いだ。他の奴らが思い思いに酒を飲み始めたが、李儒は口をつけなかった。

 

「おい李儒、飲まないのか?」

 

 声をかけられた。この男は誰だったか。董卓を超える巨体に無精髭。駄目だ、思い出せない。まあ、別にいいか。

 

「あんまり好きじゃない。飲みたきゃどうぞ。」

 

「じゃ、貰うぜ。」

 

 そう言うと男は李儒の手元から杯を引っ手繰り、酒を一息で流し込んだ。杯が無くなったことで、手持無沙汰になってしまった。卓に肘をつき、手に顎を乗せた。

 

「ねえ董卓、なんで私をこんな所に連れてきたの?」

 

 暇なので董卓に声をかけてみた。董卓は前に座っていた男との会話を止めて此方に目を遣った。

 

「此処に連れてこなければ、お前やることなかったろう。」

 

「確かにそうだけど、別にあんたが気にすることじゃないじゃん。」

 

「つまらなそうだな。楽しめよ。」

 

「やり方がよくわからない。どうすればいいのかな。」

 

「好きにしろよ。それが楽しみ方だ。」

 

「連れてきといて、無責任な男だな。」

 

 董卓と下らない問答をしていると、食事が運ばれてきた。肉を野菜と一緒に煮込んだ物だ。匙で椀によそうと白い湯気が上がった。腹が減っていることに気が付いた。唾液が出てきた。

 

 こういったきちんとした食事をとるのは初めてだ。いつも、粗末な物ばかりを食べてきた。商人にも下に見られ、まともに取り合わされないのだ。食べれればそれでいい、というような生活だった。

 

 肉を口に入れようとした時、外で足音がした。李儒を除く総ての男が戸の方を見ていた。李儒もつられて見ると、そこには李儒が起きたときに初めて見た男がいた。

 

「遅かったな、張済。」

 

 董卓に張済と呼ばれた男は、軽く挨拶をすると、李儒の隣に座ってきた。

 

「調子はどうだ、李儒。」

 

「悪くない。私が倒れてた時、あんたが看てくれてたの?」

 

「ああ、董卓殿が君を連れ込んできてな。驚いたよ、白い女だってな。」

 

「じゃあ、私が起きたとこはあんたの家だったんだ。あと、私ってそんなに名が売れてるの?」

 

「私たちのような者の間ではな。白い肌をした女がいたら手は出すな、と若い連中にはよく言ってあるよ。まあ、それも今日までだが。」

 

 若い連中、という言い方が気にかかった。つまり彼らは部下を持っているということになる。さらに言い方や彼らの見て呉れから、道を外れた連中だというのが容易に察せられた。

 

 止まっていた手を動かし、肉を口に入れた。柔らかな感触が舌の上に広がる。塩味を感じた。塩など久しく食べていなかった。

 

「旨いか?」

 

 董卓が声をかけてきた。気を使っているのだろうか。よく解らないが、董卓と言葉を交わすのは、妙に心地よかった。

 

「まともな飯は久しぶりだね。」

 

「ほう、まともな飯を食ったことがったのか。」

 

「なにそれ、馬鹿にしてるでしょ。私だって、肉くらい食った事あるっての。」

 

「では、何の肉かわかるか?」

 

 董卓も肉を口に運びながら話していた。肉の種類なんて知らない。肉は肉じゃないのか。だが、このまま素直に知らないと言うのもなんだか悔しかった。

 

「……羊?」

 

「豚だ、馬鹿め。」

 

「うるっさい。知らんもんは知らん。死ね。」

 

「なんで死ななきゃならん。簡単に死ね死ね言い過ぎだ馬鹿。」

 

「黙れ糞。あんたも馬鹿馬鹿言い過ぎでしょ。」

 

 いがみ合いを楽しんでいる自分に気が付いた。人と話すというのは、思ったより良いことなのかもしれない。

 

「そこなお二人。張済殿が来られた故、本題に入りたいのだが、構わないか?」

 

 賈詡が此方を見ていた。少しゆっくりとした話し方に董卓は頷きで返していた。

 

 隣にいた張済が、懐から竹簡を取り出した。それを卓の上に広げる。地図のようだ。町を中心に、一帯が記されている。そして町から離れた所に、丸が書かれていた。

 

「ここに、奴等がいる。」

 

 丸を指さしながら、張済がそう言った。皆が地図を覗き込む。

 

「数は千。全て騎兵だ。」

 

「ちょっと待って、なんの話?」

 

 要領を得ず、李儒は思わず口を開いた。

 

「胡を知っているか、李儒殿。」

 

 答えたのは賈詡だった。鋭い瞳が、此方を見つめていた。

 

「知らない。」

 

「漢の北方にいた異民族だ。別名匈奴ともいう。馬と共に生き、狩りをしながら生活していたらしい。」

 

「していた、ね。じゃあ、今はどうなっているの?」

 

「ほぼ壊滅状態にある。国は南北に分かたれ、北は百年ほど前に潰れた。南も鮮卑族に苦戦。土地を追われるのも、時間の問題だろう。」

 

「で、その胡族がどうして涼州に?」

 

「わからん。だが洛陽(当時の都)への交易品を乗せた、我等の馬車が再三襲われている。このまま見過ごす訳にはいかん。」

 

「成程ね。ありがとう、賈詡。」

 

 無論、馬車に護衛は付けているだろう。だが、こういったものは根を絶たなければ、手を煩わされ続けることになる。彼らはその為に集められたのだろう。

 

「賈詡、何か策はあるか。お前なら、何か思い付くだろう。」

 

 董卓が聞いた。賈詡はどうやら智者らしい。だが賈詡は、あっけからんとした態度で言い放った。

 

「厳しいですな。数が違いすぎる。いくつか小技はありますが、根絶やしにはできませぬ。」

 

「そうか。では、どうするべきだ。」

 

「和睦、という手はあります。奴らが馬車を襲うには、それなりの理由があるはず。それを満たしてやれば、応じるかもしれませぬ。ですが。」

 

「ああ。俺はそんなもの好かん。この董仲穎の領を侵したのだ。奴等の総てを殺し尽す。俺の顔に泥を塗った借は、首で返してもらう。」

 

 緊張が走った。この場にいる全員の顔が引き締まる。やはり、董卓は恐ろしい。それは、皆が持つ感情なのだろう。だが、その恐ろしさに魅かれているが故、こうして董卓のもとに集い、殺戮の先頭に立とうとしているのだ。

 

「しかし、どうするかな。此方の兵は二百騎。真正面からでは、賈詡の言う通り厳しいだろう。で、だ。李儒、どうにかしてみろ。」

 

「はあ?」

 

 思わず、間の抜けた声が出た。私は戦なんてしたことない、ずぶの素人だ。

 

「馬鹿言わないでよ。私に何ができるって言うの?」

 

「なんでもいいから、案を言え。それを俺や賈詡が使ってみる。」

 

 無茶を言う。だが、やれと言われた以上、やらねばならないだろう。

 

 よく考えろ。相手は全員が騎馬だという。即ちその機動力を殺げば、此方の有利に傾くはずだ。

 

「燃やしてみるのはどうかな。動物は火を恐がるって聞くし。」

 

「悪くないが、馬は火をあまり嫌わない。訓練すれば完全に克服できる。」

 

「じゃあ、落とし穴を掘る、とか。」

 

「いつ掘るのだ、李儒殿。大きな動きは、それだけ敵にも悟られやすいぞ。」

 

「間者を入れて、首領を殺す。」

 

「時間がかかるな。できれば直ぐ終わらせたい。」

 

 なんだこいつら、寄って集って否定しやがって。案を言えと言ったのはそっちだろうに、腹が立つ。

 

「じゃあ、何人か殺せばいいじゃん。首落として、手足もとっちゃってさ、それを向こうに送り付けやれば?気持ちが萎えるんじゃない?」

 

「成程、見せしめか。悪くないな。」

 

 苛々しながら発した言葉が、董卓の気に召したようだ。残酷なのが好きな男だ。それは、私もだが。

 

「では賈詡。先ず見せしめに百ほどを殺す。すると、どうなる?」

 

「百を殺せば怒り狂いましょう。三百を殺せば恐れ、五百を殺せば意気が消えます。そして、董卓殿に膝を屈するでしょう。」

 

「良いな。では、どうやって五百を殺す?」

 

 董卓の質問に、賈詡は李儒に目を遣ってから答えた。

 

「少数の荷馬車を洛陽に向けて放ってください。それを、華雄殿が率いた五十騎で守る。奴らは、二百騎程で襲ってくるでしょう。」

 

「残った俺たちが百五十騎を率いて、そこに襲い掛かるのか。」

 

「はい。ですが、全滅はさせないでください。必ず、五十は生かして返してやること。残りは、好きにしてください。」

 

 董卓の唇が裂け、暗い笑みが浮かんだ。

 

「私はそれが終わった後、細工を入れます。人夫が必要なので、金を工面していただきたい。」

 

「良いだろう、細かいことは任せる。」

 

「有難き幸せ。決行は明日の夜。月が頂点に達したら馬車を進発させましょう。」

 

 

 

 

 

「広っ。」

 

 董卓の館に連れられて、最初に出た言葉はそれだった。まず、門が大きい。部屋も沢山ある。その部屋一つ一つも大きかった。そして、広大な庭が視界に入った。綺麗な池と石造りの卓があった。

 

「来い、お前の部屋に案内する。」

 

 李儒に目もくれず、董卓は歩き出した。付いていかなければ、迷ってしまいそうな広さだ。 

 

 部屋に向かう途中で、侍女や侍男に擦れ違った。董卓が近寄ると道を開け、拱手の礼をとる侍女達。随分と躾けられているようだ。だが、やはり李儒に対しては奇異の目を捨てられていない。少しだが、居心地の悪さを感じた。

 

 董卓が立ち止まった。ある一室の戸を開ける。其処には、寝台だけの簡素な部屋があった。

 

「ここを使え。月に一度、働きに応じて金をやるから、好きに部屋を作ってみるといい。」

 

 そう言って董卓は何処かに消えてしまった。

 

 一人残された李儒は、寝台に腰を下ろした。柔らかな布の感触が伝わる。きっと寝転がったら気持ち良いだろう。よく見ると、寝台は装飾が幾つか施されていた。もしかしたら、董卓はこういった綺麗な物が好きなのかもしれない。庭も綺麗だったし、借りている上衣も金の装飾がある。初めて会った時にも、美しいなどと言われた。私が美しい、か。

 

「まあ、どうでもいいか。」

 

 呟き、服を脱いだ。巻いていた包帯を解き、傷を確認する。黒く固まっていた。このまま下手に弄らなければ、自然に塞がるだろう。

 

 剣を鞘から抜くと、まだ少し血がついていた。あの下種男の血だ。犯されかけたのを思い出し、少し苛々した。包帯の汚れていない部分を使い、乱暴に血を拭った。剣に、月明りが映った。窓が光を取り入れていた。このままでは、起きたときに光に焼かれてしまう。だが、窓を覆えそうな物は見当たらなかった。

 

 戸の向こうで、足音がした。音の大きさからして、恐らく董卓だろう。戸が開く。やはり、董卓が入ってきた。

 

「いいとこに来たね。ねえ、欲しいものがあるんだけど。」

 

 董卓は何か黒い布を持っていた。借りている上衣の色と似ている。あれなら、窓を覆えそうだ。

 

「ていうか、その持ってるのをくれない?窓から光が入ってこないようにしたいんだよね。」

 

「そうか。」

 

 董卓が此方に歩いてくる。そして、李儒の肩に手をかける。大きな手に力がかかり、そのまま寝台に押し倒された。

 

「何のつもり?」

 

 聞いたが、答えは解りきっていた。犯すつもりなのだろう。

 

「やはり、美しいな。」

 

「ま、裸でいた私も悪いけどさ、ちょっとは我慢しなよ。あんたと交わるつもりなんか無いんだよね。疲れてるから、早く寝たいし。」

 

 本心だった。このまま董卓が退いたら寝てしまいたいほどだ。今日は色々あって疲れているのだ。

 

「なら、その気にさせてやろう。」

 

「だから、嫌だって。これ以上続けるなら、また殺しにかかるよ。」

 

「威勢がいいな。だが、身を委ねてみろ。お前が知らない事を教えてやる。」

 

 くどい。そう言おうとした時、身体が引きつりを起こした。下腹に指が入って来ているのと同時に、陰唇の上部に指を添えられた。ゆったりとした動きで、解す様に指が動いてくる。その動きに、身体が反応してしまう。

 

「お前、初めてではないだろう?」

 

「それが、何。」

 

 声が上擦りそうなのを、堪えながら声を発した。

 

「だが、交合の快楽は知らない。」

 

「うるさい。」

 

「無理やり捻じ込まれてきたのだろう。」

 

「黙れ。」

 

 董卓の言う通りだったので、反論できなかった。見透かされる嘘を吐くほど、愚かでは無い。日の当たらない所で、人を殺して生きてきたのだ。時には、自分の身体を使うこともあった。そうしなければ、死んでいた。

 

「だから、俺がお前に女の悦びを教えてやる。」

 

「離せ。そんなの、興味無い。」

 

「なら、俺の事情で抱こう。明日が戦と決まってから、血が湧いて抑えられん。付き合ってもらおう。」

 

 此方の言葉は意に介さず、右手で陰唇を弄ってくる。左手は、李儒を抱きしめてきた。まるで包み込むような抱き方だった。少し、身体が軽くなったような気がした。

 

「綺麗な肌だ。他の誰も持ちえない、お前だけの美しさだ。」

 

「うるさい。」

 

 何故か、囁くような声になってしまった。頬が熱かった。こんな経験は初めてで、どうすれば良いか解らなかった。

 

 董卓の顔が近づいてきた。そのまま顔を通り過ぎ、首を舐められた。声が漏れてしまった。

 

「首が好きなのか?」

 

 舐めながら言う董卓。同時に、右手を少し強くしてきた。

 

「違う。馬鹿言わないで。」

 

 否定したが、説得力が皆無なのは自覚していた。声が震えているのだ。

 

 董卓の笑い声が聞こえた。顔は見えないが、呆れ顔が簡単に浮かんだ。そんな笑い方だった。

 

 不意に、右手が中に入ってきた。声が出てしまった。そのまま中に入れたまま、動かしてくる。

 

 声が止められなかった。首を舐められる度、右手を動かされる度に声が漏れてしまう。

 

「良い嬌声だ。かわいいぞ。もっと喘いでみろ。」

 

 うるさい。その声は出ず、嬌声ばかりが喉から漏れてしまう。

 

 いま董卓に弄られれいる事、それが快楽なのか、よく解らなかった。こんな風にされるのは初めてだった。いつも襲われるときは、一も二も無く、無理矢理入れてくる男ばかりだったのだ。

 

 右手の動きが変わった。中を弄るような動きから、入れては出し、入れては出しを繰り返してくる。まるで、指と交合しているようだった。

 

 なにかが、昇ってきた。頭が熱かった。もはや自分では止められず、董卓のされるがままになっていた。

 

 身体が強張る。昇ってくる何かを、必死でこらえた。何が昇ってくるのかは、解らなかった。ただ、恐かった。知らない物は、恐いのだ。それは、人なら誰でも持つ感情だろう。

 

 董卓が何か言っているような気がしたが、良く聞き取れなかった。耳には自分の嬌声しか入ってこなかった。

 

 指が深く、深く入ってきた。それで、堰が外れた。

 

 頭が真っ白になった。身体が痙攣している。董卓に抱き付いて、震える身体を必死に止めた。

 

 長いような、短いような、そんな時が流れた。

 

 ゆっくりと、指が秘所から抜かれた。身体に力が入らなくなっていた。

 

「どんな気分だ?」

 

 舌が回らず、視界が定まらなかった。何を言いたいのかも、よく解らなかった。ただただ、荒い息が止まらない。

 

 瞬きをしたら、涙が流れた。泣いていることに、初めて気が付いた。

 

「これが、交合の、快楽?」

 

 回らない舌で、言葉を紡ぎ出した。

 

「そうだ。達した気分はどうだ?」

 

 先ほどと同じ質問をされた。返答は、一つだった。

 

「嫌いじゃ、ない、かも。」

 

 倦怠感が心地良かった。弄られているのが気持ちいいかは、よく解らなかった。だが、あの頭が真っ白になる感覚を、もう一度味わってみたかった。

 

「もっと、やってみたい。」

 

 そう言うと、董卓は笑みで返してきた。

 

 陰茎が露出された。下腹に宛がってくる。何故か、自分が緊張していることに李儒は気が付いた。

 

 董卓の大きな体が、包み込むように寄せられてきた。また、鼓動が激しくなった。

 

 肌と肌が触れ合った。大きくて、固い身体だった。

 

 陰茎が、入ってくるのを感じた。ゆっくりと、まるで李儒の様子を窺うように、優しく中を押し広げてきた。その感覚に、目を強く瞑って耐えた。

 

「痛いか?」

 

 董卓が声をかけてきた。その声音は優しいもので、董卓には似合わなくて、思わず笑ってしまった。

 

「何が可笑しい。」

 

「だって、らしくないよ。あんたが、他人に気を遣うなんて、思わなくてさ。」

 

「そうでも無い。俺は優しいぞ。身内には、な。」

 

 では、私は董卓の身内だと認められたということか。どこか、誇らしかった。

 

「もうちょっと、奥まで入れてよ。痛かったら言うよ。」

 

「お前の身体は小さい。無理はするなよ。」

 

 また、優しい言葉だ。歯痒さと嬉しさを同時に感じた。

 

 董卓が、腰を近づけてきた。ゆっくりと、だが確実に入って来ている。中ほどまで来ると、一度引き抜く。完全に外に出てしまう前に、また中に入ってくる。抽送が始まった。

 

 これが、快楽か。そう思った。頭が痺れ、だんだんと思考が弱くなっていく。自制が薄れ、嬌声が止められなくなる。その沼の様な堕落が、心地よかった。

 

 水音がしているのに、初めて気が付いた。それに、どうしようもないほどの陶酔を感じた。

 

 抽送が、少しずつ奥まで来ていた。そして、腰同士が触れ合った。

 

「全部、入った?」

 

 聞くと、頷きで返された。抽送が早くなってきた。嬌声が部屋の中に響いた。

 

 また、昇ってきた。それを抑え込んだが、激しい抽送にすぐ限界が訪れた。

 

 一際強く入ってきた。それで、また堰が切れた。

 

 達した。だが、董卓は抽送を止めなかった。絶頂が止まらない。止めて、待って。なんとか言葉を紡いだが、より一層激しくされるだけだった。頭がおかしくなりそうだ。

 

 激しい抽送。止まらない絶頂。真っ白な頭が、そのまま焼き切れ、視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 頭が痛かった。水が欲しい。辺りを見回すと、畳まれた服があった。黒を基調にした、女物の服だ。董卓が李儒の部屋に来た時、黒い物を持っていたのを思い出した。寝台から降り、着物に袖を通した。

 

 窓には、布に遮られた光が映っていた。眩しさに目を細めた。外は晴れているようだ。このままでは、屋敷の中も満足に歩けないだろう。

 

 ふと、服が置いてあった場所に、もう一枚何かがあるのに気が付いた。手に取ると、それは布で作られた、顔を総て覆う兜のような物だった。目の部分は薄布になっていて、視界が遮られることはなさそうだ。それを被り、部屋から出た。

 

 侍男に水のある場所を聞こうと近寄ると、不審者扱いされた。こんな黒一色の恰好をしていれば当たり前か。顔を見せると納得して、水瓶がある場所を教えてくれた。

 

 水を飲み、一息吐くと、李儒は董卓を探し始めた。恐らく一番大きな部屋に居るだろう。

 

 また、侍男を捕まえて道案内を頼む。曰く、董卓の部屋は一番奥にあるらしい。暫く歩くと、大きな戸を見つけた。断りを入れてから開けるべきか迷ったが、それは私らしくないと思い、問答せずに開けた。

 

「入るよ。」

 

 董卓は、身軽な格好で剣を拭いていた。

 

「入ってから言うな。」

 

「別に良いでしょ。あんただって、私の部屋に入って来たんだから。」

 

 言い返すと、董卓が少し不満そうな顔をした。それが、また少し可笑しかった。最初はただただ恐ろしかった男だが、以外にも内面は人間臭くて面白いのだ。

 

 董卓を見ると、昨日の交合を思い出した。そういえば、最後の方の記憶がなかった。気を失ったのだろうか。

 

「ねえ、昨夜はどうだった?」

 

「悪くなかった。また機会があれば抱きたいな。お前は?」

 

「私も、悪くなかったよ。」

 

「だがお前、最後まで持たなかっただろ。」

 

「そうなんだよね。でさ、私が倒れた後も、やっぱり抱いてたの?」

 

「当たり前だろ。途中で止めるつもりは無かった。」

 

「済ませた後は?」

 

「お前の身体を拭いて、寝台に寝かせ、それで終わりさ。」

 

「へえ、関心関心。女の身体は丁寧に扱うんだね。」

 

「お前は女というより子供だがな。」

 

 殴りたくなった。だがこの言葉で怒れば、それこそ子供だ。湧いてくる怒りを鎮めながら、言葉を発した。

 

「この服、あんたが用意したの?」

 

「それがどうかしたか?」

 

「なんであんたがこんな子供用の服を持ってるわけ?」

 

「娘の古着だ。寸法も丁度良いようだな。」

 

「はあ?娘がいるの?意外。」

 

「悪かったな。」

 

 拗ねたように返してくる董卓に、また笑ってしまいそうになった。

 

「この頭巾は?誰かが作ったんでしょ?まさか、あんたが?」

 

「張済だ。」

 

「ま、そうだよね。あんたに縫物なんて似合わな過ぎて笑える。」

 

 董卓相手に、多弁になっている自分に気が付いた。親しい人と話すとは、やはり楽しいものだ。

 

 侍女の声が、戸越に聞こえた。来客が来たようだ。

 

「誰が来た。」

 

「賈詡様です。」

 

「通せ。それから、茶と飯の支度をしろ。」

 

 返事の後、すぐに賈詡が入ってきた。男を一人連れていた。知らない男だ。

 

「そいつは?」

 

 男に目もくれず、董卓が賈詡に聞いた。

 

「車児といいます。胡の人間ですよ。」

 

 胡。今夜、我々が殺戮する予定の連中だった。

 

「で、何故連れてきた。」

 

「彼を使って胡軍に探りを入れました。面白いことが分かりましたよ。」

 

「もったいつけるな。早く言え。」

 

 董卓が楽しそうに笑みを浮かべた。戦を有利に動かすのが、楽しくてしょうがないのだろう。

 

「奴ら、まるで戦意がありませぬ。所詮は流れて落ち延びた連中ですな。粋がっているのは、頭領とその取り巻きのみで、あとは無理やり使われているようです。」

 

「じゃあ、飯が食えるから従っているだけってこと?」

 

「大方、そんなところだろう。だが李儒殿、太平道黄巾党を知っているか?」

 

 なんだそれは。聞いたこともなかった。というか、名前が長すぎだ。どんなものか想像もつかない。

 

「なにそれ?」

 

「私も全容は掴めていないが、漢に反抗する勢力である、というのは確かだ。」

 

「成程な。それなら漢への貢物が襲われる理由に合点がいくな。」

 

「はい。しかし今重要なのはそこではありませぬ。」

 

「奴らが一枚岩じゃない、ってところだね。上手くいけば、かなり楽に勝てる。」

 

 賈詡が此方を見て笑った。瞳には、関心のような色が映っていた。

 

「最初は華雄殿を囮に、李儒殿が言っていたように穴でも掘ろうか、と考えていましたが、それは止めましょう。」

 

 賈詡が何を考えているか、おぼろげながら掴めてきた。私や董卓好みの、良い策だ。

 

「馬車を襲ってきた連中を極力殺さず捕える。それで良い?」

 

「見事。その通りだよ、李儒殿。」

 

「おい、待て。俺を置いていくなよ。ちゃんと説明しろ。」

 

 董卓が間に入ってきた。賈詡と李儒で策を話すと、董卓は狂喜の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「しかし、漢は終わりだね。」

 

 夜、華雄と共に囮の準備を李儒は進めていた。荷馬車に、捕えるための網や縄を満載する。

 

 昨晩、李儒の酒を飲んだ大男が華雄だった。大きな体に似合う、長い槍を獲物にしていた。

 

「どういう意味だ?」

 

 華雄が李儒の言葉に問いを投げてきた。

 

「言ったでしょ、これには黄巾と呼ばれる奴らが関わっている。そんなのが湧くほど、漢は堕落したってことだよ。」

 

「悪いが、よく解らん。俺は西の生まれでな、漢とか、そういうのはあまり興味が無いんだ。」

 

「私も興味ないよ。正直、無くなったって変わんないと思ってる。でも、賈詡や董卓は楽しそうに今後の漢について話してた。」

 

「なら、それでいいじゃないか。難しいことを考えるのは、賈詡や殿に任せておこうぜ。あと、これからは李儒もいるしな。」

 

 褒められて悪い気はしないが、私も国家を語るのは苦手だった。自分は関係無い。そう思ってしまうのだ。

 

「ほら李儒、今は目の前の戦に集中しようぜ。もうすぐ、月が頂点に着く。俺は暴れるしか能がないから、細かいことは頼むからな。」

 

「任せてよ。」

 

 次々と兵が騎乗する。李儒は馬車の中に入った。馬には乗れないので兵に引いてもらうのだ。

 

 華雄の大音声で、囮の行軍が始まった。少し、緊張していた。戦は、初めての経験だ。

 

 揺れる馬車の中、李儒は短刀を抜き、心を落ち着けた。大丈夫だ、何ほどの事もない。今まで、何人も殺してきた。大丈夫、私は死なない。そう念じていると、心が落ち着いた。

 

 不意に、左側から叫び声が聞こえた。華雄の叫び声も聞こえる。武器を構えろ。そう叫んでいた。

 

 馬車の小窓から、外を窺った。遠くに、砂煙が上がっている。あれが、胡軍だろう。

 

 砂煙は凄まじい速さで此方に近寄り、すぐに人が視認できる程の距離に詰められた。奴らは、馬上で弓を構えていた。

 

 いきなり、行軍が止まった。立ち上がっていた李儒は、馬車の中で転びそうになった。

 

 雨のような音が聞こえた。空気を切り裂き、矢が降ってきたのだ。次いで、馬蹄の響きが近づいてきた。

 

 来る。奴らが、我等を殺しに。

 

 殺すな、捕えろ。その命は兵たちに徹底していた。だが、二百と五十だ。数だけで考えると、勝てるかどうかも怪しいのだ。下手を打てば、李儒は此処で死ぬことになる。

 

 馬車の扉を蹴破った。此方の横っ腹に突っ込んで来る胡軍がよく見えた。李儒が居るのは、その横っ腹だった。

 

 耐えた。必ず、華雄が動く。信じて、耐えた。

 

 突如、二つの杭が胡軍に刺さった。最後尾と先頭が、胡軍の横っ腹を逆に抉ったのだ。

 

 華雄が見えた。先頭で、槍を振るっていた。瞬く間に、腕を飛ばし、足を落としていた。鮮血が舞う。華雄の笑い声が響いた。また、腕が飛んだ。槍が三つ、同時に華雄を襲った。それを一振りですべて叩き落すと、返す一振りで、馬の首を三つ飛ばしていた。凄まじい男だった。華雄一人が、この戦場を支配していた。

 

 二人の胡人が、味方を突破して、李儒に襲い掛かってきた。待った。胡人の表情が見えた。殺意に満ちた表情だった。

 

 跳躍した。両手には、剣を握っていた。胡人の表情が、驚愕に変わっているのが、良く見えた。

 

 手に、重い感触が伝わった。人の命の感触だ。それを、すぐに手放した。

 

 地面を転がった。立ち上がり、振り返ると、襲ってきた二人は剣を突き立てられ、苦しみ悶えていた。

 

「やるじゃねえか。いい度胸だぜ。」

 

 頭の上から、声をかけられた。見上げると、帰り血に塗れた華雄が笑っていた。この男に言われても、あまり褒められている気がしなかった。武では、どう足掻いても勝てないだろう。

 

「終わった?」

 

「ああ。息があるのは捕まえたし、残りは董卓殿と賈詡が上手くやるだろ。まだ抵抗してくる奴もいるが、そいつは俺が潰しておく。」

 

「そう。」

 

 初めての戦の感覚。悪くなかった。勝って、気分が高揚しているのか、身体が熱かった。

 

 

 

 

 

 手を、天に向けた。そして、下ろした。それを合図に、兵が駆けだした。

 

 闇に浮かぶ土煙を、取り囲むように騎馬が疾駆する。まるで翼を広げた鶴だ。

 

 右翼では李傕が走り、左翼では郭汜が雄たけびを上げた。董卓自身も馬を走らせ、鶴翼の中心を成した。

 

 土煙が近づいてくる。乱れながら逃げる胡軍は、此方の姿を認めると、武器を捨て、馬を降り、次々に降伏してきた。呆気ないものだ。華雄に散々痛めつけられたのだろう、誰も彼も外傷を負っていた。

 

 もう戦は嫌だ。その感情がありありと顔に移っていた。やはり胡は一枚岩ではないようだ。

 

「捕えろ。」

 

 そう兵に命じ、董卓は李儒の元へと向かった。

 

 

 

 

 

「ねえ、私にやらせてよ、賈詡。」

 

 董卓らと合流した後、捕虜を並べて李儒は言った。

 

 総勢百五十程の捕虜は、腕が無い者、足が無い者など、様々な者がいた。誰もが呻き声をあげ、これから起きる事を悲観して、絶望している。それを、さらなる絶望にこれから叩き落とすのだ。

 

「いいのか?」

 

「やりたいって言ってるの。気分が高揚しててね、血が湧いてるってやつ。だから、鎮めないと。」

 

 頷いた賈詡が身を引いた。李儒は兵を二人伴なって、捕虜の前に立った。

 

「其処の。」

 

 剣で指し示す。いつもの短剣ではなく、董卓の剣を借りていた。

 

 兵が指した男を連れてくる。目を潰されていた。その男を地面に転がし、頭を踏みつぶした。呻き声が上がる。

 

「いい?あんたらは、董仲穎に逆らった。これは、その罰。」

 

 言いながら、剣を振るった。鮮血を上げ、右腕が落ちた。次に、左腕。大きな叫び声が上がった。

 

「私の裁きは、董仲穎の裁き。なぜなら、これは董仲穎の剣だから。」

 

 右足を切り落とし、左足を落とした。喉が潰れたのか、声がか細くなっていた。

 

「この罰を、この場全員に処す。」

 

 最後に、首を切り落とした。あたりが、血に染まった。

 

 捕虜たちが、口々に許しを請ってきた。

 

「次、其処の。」

 

 また、剣で指した。示された男が悲鳴を上げ、泣きはらした。

 

 嫌だ、嫌だ、許してくれ。そんな声ばかりが聞こえた。総て無視して、また四肢を切り、首を落とした。

 

 次、次。四肢を切り、首を落とす。辺りに、残骸が転がった。

 

 次、次、次、次、次。また首が落ちた。血の匂いが充満していた。これは、死の匂いだ。

 

「あんたで、十人目。」

 

 もはや泣いてない奴はいなかった。絶望して、狂ったように泣き叫んでいた。

 

「そんなに嫌?」

 

 十人目を殺した後、そう聞いた。

 

 頼む、許して、なんでもするから。そんな声が響き渡った。

 

「じゃあ、許してあげる。ただし、条件がある。」

 

 なんでも、なんでもする。だから、見逃してくれと、絶叫が聞こえた。

 

「あんたら全員、降伏すること。もちろん、首領も含めて。降伏しなければ、全員、こうする。逆らう奴は、縛ってでも連れてきな。解った?」

 

 捕虜の顔に希望が浮かんでいる。本当に、許してくれるのか。

 

「本当だよ。降伏したら、許してあげる。」

 

 そう言い、兵に命じて縄を解いた。誰も彼も、泣いて礼を言ってきた。

 

「良い?約束を違えたら、許さないからね?」

 

 念を押すと、また恐怖に顔を歪めた。恐怖を植え付けたまま、捕虜を開放した。

 

「なかなか、上手い物だな、李儒殿。」

 

「賈詡、見てたの?」

 

「一部な。良い悪逆っぷりだ。」

 

「お褒めの言葉、どうも。」

 

「これで奴らは雁首揃えてくるだろう。」

 

 辺りは真っ赤に染まっていた。やりすぎた、とは思わない。恐怖こそが、人を動かし、縛るのだ。

 

 

 

 

 

「ねえ董卓、この肉は何?」

 

 一夜明けた後、戦勝祝いの宴会で、厚い肉に食らい付きながら、李儒は董卓に聞いた。

 

「これは牛だ。旨いだろう?」

 

「いいね、好き。」

 

 周りでは、兵たちが飲んで、歌って、騒いでいた。騒がしい気もしたが、悪くは無かった。

 

 遠くで、賈詡が手招きしているのが見えた。董卓と二人で、賈詡の方へと向かった。

 

 喧騒から離れ、三人で暗がりへと歩く。町の外れに、それはあった。

 

 数え切れないほどの胡人が、それを、賈詡の私兵が後手に縛っていた。誰もが伏し目がちだったが、集団の先頭にいる男だけは、眉間に皺を寄せ、此方を睨んでいた。

 

「卑怯で、暴虐で、浅ましい男が。天は決して貴様を許さない。」

 

 目が合うなり、そう凄まれた。この男が、胡人を率いていたのだろう。

 

「貴様の言う、天とは何だ。」

 

 董卓が男を見下し、天意を問いた。

 

 天。私にとってそれは、手の届かない物。でも、董卓が見せてくれると言ってくれた。だから私にとっての天は董卓だ。そう思った。

 

「天とは即ち、我らが教祖張角様と、太平道の神秘なり。」

 

「道教、か。有りもしない夢に己を捧げる。愚かな男だ。貴様の様な男は要らん。」

 

 言うと、董卓は手で合図した。刀が振り下ろされ、首が飛んだ。主を失った身体は、まるで人形のように力なく項垂れている。

 

「残りも、総て殺せ。所詮、この愚か者に従った負け犬だ。生かしても価値は無いが、殺せば価値が生まれる。俺の名、という価値がな。」

 

 悲鳴が上がった。当然だろう。許され、解放されると信じて降って来たのだ。それを、一人残さず殺す。董仲穎の名は響き渡るだろう。義に背き、理を取る、無道の男として。そして、その名は何時しか恐怖を孕み、董仲穎の絶対的な力となるのだ。恐怖という、力となるのだ。

 

 虐殺に目もくれず、董卓はその場を後にした。李儒もそれに従う。

 

「血の匂いがするね。」

 

 咽返るような死の匂いを纏い、董仲穎は無道の道を往く。天への階を昇る。私も、一緒にその覇道を見たかった。

 

「ねえ董卓、また抱いてよ。」

 

「いいだろう。血の匂いがするお前を、俺も抱いてみたい。」

 

 董卓の腕に身体を絡ませた。暴虐を纏う大きな身体に死の匂い。それが、何故かとても心地よかった。

 




おかしい、おかしいぞ!当初、李儒ちゃんは大人しい娘のはずだったのに!なんか極道になってしまった!なんでこうなったか自分でもわかんねえ!

はい、そんなわけで二話終わりんぐで御座います。せっくるせっくる!

ど頭から人が死にましたが、今後も何回かあるはずです。しょうがないね。

そういえば、董卓の配下で名前が出てないのが一人いますね。樊稠です。知ってる人は知ってるかな。

ちなみに、超備考ですが李儒ちゃんはまじぺどで御座います。孫静より幼い感じ。そしてアルビノ。それが董卓とするんだからもーびっくり!

さあさあ、次回はまた一か月くらい後にあげられたらいいな!ちょっと時間かかるかも。黄巾うんぬんで構成が難しいからね。

気長に待ってほしいよー。
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