──予期せぬ出来事は、ある日突然やってくる。
それは決して、他人事ではない。
わたしの名前は、ダイアナ・オブリー。半年前、得意分野だった電脳技術をかわれ、【S.T.A.R.S.】に所属する事となった。
少し不馴れな日々だったけれど、他の隊員のみんなはとても良くしてくれて……。時には危険と隣り合わせのこの毎日は、とても充実していたかに思えていた。
あの日、1998年の7月。多発していた猟奇事件を境に、わたしの日常は大きく変貌を遂げる事になる……。
その日は要請を受け、わたしはブラヴォーチームとして先に出動する予定だった。
「申し訳ありません……」
「仕方ない、その身体で出動されても邪魔になるだけだ」
帰れ。と冷たく言い放ったのは、S.T.A.R.S.の隊長、アルバート・ウェスカーだ。普段から気を付けてはいたのだけれど、その日に限って、わたしはヘマをやらかしてしまった。
警察署に向かう途中での出来事。街の通りにある階段で、走ってきた男が子供にぶつかり、そのまま逃走。弾みで転げ落ちそうになった子供を助ける為、わたしは庇って下敷きになった。しかも、庇った拍子に右手首を捻挫、プラス人指し指を骨折してしまうというアクシデントに見舞われてしまったのだ。
子供を助けたんだ、名誉の負傷だろう。……と、副隊長兼ブラヴォーチーム隊長のエンリコがフォローを入れてくれる。わたしはこの状態でも出るつもりだった。けれど、エンリコやバリーに『無理をするな』と止められてしまったのだ。
……そうだ。実地経験が殆ど無いわたしが、怪我をしたまま出たところで、一体何の役に立つと言うのだろうか。逆に足を引っ張るだけだ。
隊長らに軽く頭を下げ、隊員のみんなに迷惑をかけたと謝ると、みんな気にしなくて良いと慰めてくれた。でもそれが何だか辛くて、なんとも言えない気持ちになって、半分飛び出すように自宅へと帰った。
本当に自分に腹が立つ。大事な時にヘマをしてしまったわたしは、上司からなんらかの処遇を受けても仕方ないだろうと、そう覚悟をした。
何も出来ない不甲斐なさに落ち込んだりしながらも、みんなの無事を祈って眠れない時間を過ごした朝。
『落ちついて聞いてくれ、ダイアナ。S.T.A.R.S.が、ほぼ壊滅してしまった……』
早朝、クリスからかかってきた突然の電話に、わたしは言葉を失う。そんな、まさか、嘘だ。しかも隊長が裏切り者だと発覚し、直ぐに死亡した事もゆっくりとクリスは教えてくれた。
『大丈夫か……?』
全然大丈夫じゃないけれど、わたしは『大丈夫』と冷静を装って答えるしかない。本当は頭が真っ白で、それ以上は上手く言葉が出なかった。
ああ、S.T.A.R.S.が……、死んでいった仲間が。あまりのショックから涙を流すことも忘れて、わたしは簡単に身支度を済ませて自宅を出ようとした。生き残ったクリスやジルに一刻も早く会いたい。S.T.A.R.S.はこれからどうなるのだろうか……?
「ダイアナ」
背後から知った声に反応した瞬間、わたしは何者かによって腹部を殴られ、そのまま意識を手放した。
意識が薄れる瞬間思った。さっきの声は──、隊長の声だった。
──そう……、予期せぬ出来事は、ある日突然やってくるのだ。
私に待ち受けていたのは、残酷な運命だった。
一体どのくらい眠っていたのだろうか。ピッピッピッと、近くて電子音が聴こえた。──これは、心電図の音らしい。眩い明かりに目を細めれば、真っ白な世界が視界に入ってきた。身体の自由は上手いこと利かない。やっとなれてきた目だけで自分の身体を見れば、わたしは衣服をまともに着ていないとわかった。
……というかこれは、検査衣に似た何か。被った布を横で止める形で、細い紐で繋がれているだけなのだ。下着さえも着けてない。肌を露にし、あられもない格好をして病室のベッドらしき上で寝ている状態だった。
両腕には点滴の管が繋がれ、下半身にも管が繋がっている様な違和感がある。
──此処は何処? わたしの身に一体何が?
『随分と眠っていたよ眠り姫。やっとお目覚めかな?』
突然のマイク音声に少し驚いた。この男の声、わたしは聴いた事がある。誰? ……でも思い出せない。確かに知っている声だけれど。
『目覚めたばかりで頭が働いていない筈だ。お前は三年も眠っていたからな』
さ、三年? 信じられない。わたしが今置かれているこの状況は、三年も経過していたというのか。……ああ、頭が痛い。思い出したい筈なのに、何かが頭の中で立ち往生している。わたしは両目をぎゅっと瞑りながら、上手く動かせない上半身を必死に動かした。
「……う、く」
一人必死に奮闘しつつ、時間をかけて上半身を起こす。額に貼り付けられた電子機器の様な物や、両腕に刺さっていた点滴の針を無理矢理外した。起き上がってわかったのは、下腹部の違和感の正体だ。
どうやら尿道に細い管を入れられていた様で。羞恥から慌てて外す時に若干の痛みを伴い、思わず身体を反転させると、そのままベッドから転げるように落ちてしまった。
床に身体を打ち付けた多少の痛さもあったけれど、わたしはなんとか立ち上がろうと這いつくばってベッドの脚を掴む。
「……く、う」
生まれたての小鹿の様に震える脚で膝をついた時、背後から誰かに腕を掴まれた。わたしは咄嗟に振り向き、思わず目を見開いて驚いた。
「どうした? 幽霊でも見たかの様だな」
乱れの一つもない金髪のオールバックに漆黒のサングラス。その男はわたしをサングラスに映しながら、ニヒルな妖しい笑みを浮かべている。
「……そ、ど、どうして?」
時間にすれば数秒。わたしの思い出せなかった筈の全ての記憶は、脳天に深く突き刺さる様に直撃した。
「た、隊長……!」