ヴィニーは五つ下の妹だ。最後に会ったのは、S.T.A.R.S.の入隊が決まって引っ越す事になったあの日だろう。
「何故妹の名前を知っているの?」
ウェスカーについて行った先は、細い廊下を過ぎた見知らぬ執務室の様な広い部屋だった。入り口はひとつ。自動の頑丈なドア、正面には広いデスク、部屋中は黒一色。照明はいくつかあるのだけれど、淡い明るさに抑えられている。右側の壁いっぱいに大きな液晶モニターが備え付けられていて、そのモニターの光が部屋中を眩しいほど照らしていた。わたしは、デスクに腰をかけて腕を組むウェスカーを睨む。
「久しく家族に会ってないだろう?」
わたしの質問を無視し、ウェスカーはリモコンで画面を操作して何かを見せようとしている。わたしは映し出された映像を見た瞬間、心臓が止まりそうな程驚いた。何故なら──大切な両親に、大事な妹の映像だったからだ。
「パパ、ママ、ヴィニー!」
涙で目が滲む。少し老けた両親に、大人っぽく綺麗に成長した妹の姿を見つめ、わたしは両手で口を覆った。
「懐かしいか?」
映像を一時停止し、ウェスカーは言った。
「今現在のお前の家族の映像だ」
「何で! 家族には手を出さないって……!」
「嬉しくないのか? もっと喜べ、折角様子を知れたんだぞ」
身体中が怒りで震えた。これは更なる脅しだ。口だけじゃなく本気だと……。『いつでも狙える、身代わりにするぞ』わたしに忠誠心を見せろとでも言わんばかりのこの男に、わたしは無性に牙を向けてやりたくなった。
「卑怯だわ……」
わたしの言葉にウェスカーは鼻であしらった。
「お前の妹は17歳。S.T.A.R.S.にいた当時のお前を思い出すよ。頭も良いらしいし、優秀で美しい姉妹に両親はさぞや自慢だっただろう。──残念なのは、姉が死んでしまった事だが……」
「やめて! 何でこんな映像見せるの? わたし、わたしは……、ちゃんと従ってる」
「お前が作業員を逃がそうとしたあの場面はなかなか陳腐だった。くだらない映画のワンシーンの様でな」
……やはり知られていた。わたしの肝が一瞬で冷えた気がする。
「逃がした所で簡単に此処を出られると思っていたのか? 甘いな、考えが。お前はわかっていない、私が合図すれば──」
手に持つリモコンのある部分を押そうとするウェスカーに、わたしは急いでそれを取り上げようとして飛びかかった。──が、ウェスカーに瞬間的に避けられた。わたしはデスクに突進しそうになるのをなんとか防ぐと、再びわたしから避けようとするウェスカーからリモコンを狙った。
しかしそれも軽くあしらわれる。今度はウェスカーから脚をかけられて床へと転げ落ちそうになった。けれど、わたしも負けじと側転し、なんとか体勢を整えた。
「家族に手を出したら許さない!!」
きっとまた髪の毛が伸びたと思う。それぐらいわたしは怒りで興奮していた。
「どう許さない?」
挑発するように嘲笑うウェスカーが、わたしの足蹴りを難なく避けて背後に瞬時で回ると、容赦なく背中を蹴り飛ばしてきた。
「っあうっ!」
壁に激しく当たったわたしが床に転げ落ちれば、ウェスカーは見逃さずに近寄り、わたしの右腕に銃弾を撃ち込んだ
「ぅああ────!」
あまりの激痛に涙が出て来た。わたしは右腕を押さえて痛みに震える。撃たれた傷は徐々に回復し、痛みが薄れてきた。……けれどそれを待たずして、ウェスカーは更に左腕にも撃ち込んできた。
「ああ!!」
痛さに変わりはなく、わたしは体を震わしながらウェスカーを睨み上げる。
「家族に、……妹に手を出したら、殺してやる……!」
ウェスカーはわたしを見下ろしながら首を軽くクイッと捻り上げるような癖を見せた。
「いくらウィルスを取り込んだところで、俺には敵うまい」
そして、痛みで抵抗できないわたしの首を、いとも簡単に持ち上げた。
「うぐ、ぐ……っ」
「どうした? もう終わりか?」
薄く笑みを浮かべて、今度は首を片手で掴んだまま、デスク上にわたしを叩き付ける。
「ぐ、が……!!」
両手でウェスカーの左腕を離そうとはしてみるものの、何故かびくともしない。
「余程素直になりたいらしい」
右手から何かの注射器を取り出すのを見て、わたしは苦しいながらも必死に抵抗した。でも、ウェスカーはお構い無しに注射器をわたしの首に射した。
「────っ!」
全身が一瞬で溶ける程熱くなり、わたしは体を硬直させると、離された首を押さえながら激しく咳き込んだ。
──熱い。
焼けるような熱さが身体中を駆け巡る。呼吸も出来ずに辛く、頭が朦朧とした。
「ッハア……! く、あぁ!」
無理矢理起き上がろうとしたけれど、力が入らずにわたしは、そのまま床に倒れてしまった。
「辛いか?」
「わ、わた、わたしに、なに……を……!」
床を這いつくばり、近くにあったデスクを支えにして、震える足でわたしはなんとか立ち上がった。
「普通の人間なら起き上がることさえ無理だろうに……。さっき打ったのは、四肢の動きを奪う薬だ。お前用に強力に改良している筈だが……、今の状態を保つに必死かな?」
焼けるような熱さは大部引いたけれど、わたしの手足はもう限界だ。
「く、う……、あ」
支えにしていたデスクから少し手がずれてしまって、わたしは再び床に倒れた。
──駄目だ、力が全然入らない。
もう起き上がる事さえ無理だった。唯一、目と口だけは動かせるようで、僅かに痙攣するわたしを見下したウェスカーと目が合う。
「もう降参か?」
「妹や両親に……、手を、出したら、ゆ、ゆるさないっ」
「ダイアナ、お前は何も理解出来ていないらしい。お前の全ては私の手の中だと言っただろ? 死にたければ殺してやる。だが、死体だけでは意味がない。その代わりに妹を使う事になるぞ? ──まあ、お前の様に使い物になるかはわからないが」
──悔しい悔しい悔しい……!
わたしは本当に何も出来ない。逆らうことも、死ぬことも………。言い返す事が出来ないもどかしさに唇を噛んだ。
「家族という脆い存在程、煩わしく邪魔なものはない。こうやって、脅しの材料になるのだからな」
わたしの顔を覗き込むようにしゃがんだウェスカーは、皮肉な笑みを見せながら、体の自由がきかないわたしを両手で抱き上げた。勿論不愉快きわまりなく、抵抗しようと試みるも、今の状態ではどうしようもなかった。
「やめ……っ、降ろして」
そう訴えれば、ウェスカーは乱暴にわたしをデスクの上に乗せる。そのせいで背中を打ったので、わたしは軽く呻く声を漏らした。デスクの上にあった書類などは全て、辺りに散らばりながら落ちていった。
「お前に実験を施してロボットの様に従わす事もいずれ可能だろう。……だが、それではつまらない」
わたしを覆うようにして、ウェスカーは顔を近付けてくる。
「……私を殺したいか?」
サングラス越しのウェスカーと、時間にして三秒、見つめ合った。「ええ」と答えてやろうかと思った瞬間、ウェスカーはわたしの顎を持ち上げる様に右手で押さえながら、消えた笑みのその口で、わたしの唇を奪ったのだ。
「んむっんん──!」
わたしは目を剥いて驚いた。あまりにも突然で、何故わたしがこの男に唇を奪われなければならないのだろうかと……。体は動かせず、されるがままのわたしの唇を何度も吸い上げるウェスカーは、舌を強引にねじ入れてくる。
「ん、むぅ、んんん!」
思わず目をぎゅっと瞑った。──息が苦しい。
逃れたいのに阻止されたわたしの口の中は、ウェスカーの舌とわたしの舌が絡まり合ってぐちゃぐちゃだった。
酸素が行き届かずクラクラと頭がしてくるのと、変にビリビリとした電気が全身を巡って、わたしは急に恐ろしくなってきた。
すると……、突然の行為はゆっくりと解放された。怒りと恐怖心、やっと回ってきた酸素にぼうっとした思考でウェスカーを見る。
「──な、何で?」
その問いには二重の意味を含んだ。何故わたしの唇を奪ったのか? 何故、ウェスカーは何も起こらないのか?
わたしの問いに妖しく口角を上げ、かけていたサングラスをゆっくりと外す。 爬虫類の様に鋭く、赤く冷たい眼差しを見せられた。こんな近くで初めて見た気がして、わたしはぞっと背筋を凍らせる。
「忘れたか? 私はもう人間を止めている。……しかも元からウィルスには強い耐性がある」
もはや人間の眼では無いウェスカーの眼差しは、突き刺さる様にわたしを見つめている。
「ダイアナ、ビリビリと痺れた感覚があっただろ? 私にもあった。……何故か? それはな、ウイルスの共鳴だ。共に存在するウィルス同士が細胞を犯すことなく入り交じっては歓喜にうち震え、共鳴し合ったせいで電気が走った様に感じたのだ……」
何か新しい発見を見出だせた喜びがあるのか、ウェスカーの口元は終始笑みがあった。
「舌を出せ。逆らう選択肢は無い、出さなければ無理矢理出させる」
拒否権は与えられなかった。わたしは嫌々ながら、恐る恐る舌を出す。するとウェスカーは、わたしの舌先からゆっくりと自らの舌で撫で始めた。わたしは撫でられながらビクリと体を震わせ、恐怖に押し潰されそうになるのを必死に堪える。
撫でる様にわたしの舌を弄び、舐めを何度か繰り返された。そして再び舌を絡めると、わたしの口内を乱暴に犯す。
「んんんっ、むっ……あ!」
また電気が走る。しかも今度は妙な感覚が襲って来た。
──何? 恐い、嫌! 嫌やよ、クリス……助けて!
頭の中に浮かぶクリスに、わたしは何度も助けを求める。求めたって、彼は来やしないのに……。
「は、……ん、んん、ん」
ウェスカーの右手がわたしのタイトジーンズに手をかけた時、その後起こるであろう行為が頭を過った。
「……い、いや! やめっ」
……わたしには経験がなかった。周りの環境のせいもあったかもしれないけれど、恋人がいたことなど一度もない。それなのに、それなのにこんな場所で、しかもこの男に。
いうことをきかないわたしの四肢。悔しさや怒り、恐怖に涙を流すしか出来ないもどかしさ。そんなことなどお構い無く、ウェスカーは脱がし終えたわたしの左太股を片手で持ち上げる体勢になった。
また、解放された口から「止めて」と悲願すると、ウェスカーはわたしを見つめて薄笑いをした。
「ダイアナ、私ではなくクリスが良かったか?」
この男からクリスの名が出て、きっとわたしの瞳の奥は揺らぎを見せただろう。
「お前の純真な想いは皆気付いていたさ。──クリスを除いてな」
そうだったのか。皆、この男でさえも気付いていたのかと、今更ながら羞恥で顔が熱くなる。
「奴はお前の気持ちがわかるほど繊細じゃない、とてつもなく鈍い男だ。毎度お前を憐れに思ったよ」
「やめて……!」
目を背けたわたしの顎を押さえ、首筋に顔を埋める。
「アイツはお前の事などとうに過去。死んだと思っている」
「やめて………」
「仮に生きていると教えたところで、受け入れてもらいたいか? 今のお前自身を?」
「……わたしをバケモノにしたのはあなたよ!!」
睨み上げるわたしに、ウェスカーは動じる事はない。もう一度わたしの唇に食らい付いたウェスカーの口元を強く噛んで抵抗すれば、少しだけ怯んで離れた。わたしが噛んだ場所からは血が出ていたけれど、この男は気にもせず、逆に笑いもしなかった。
「お前の全てを受け入れる事が出来るのは、俺だけだ!」
ギラリと目の奥が赤く光る。この男の中の恐ろしい何かが、わたしを更なる恐怖へと突き落とした。何の準備もなく、秘部に何かがぐっと押し当てられる。「やめて!」と声を漏らしたわたしの口を塞ぐ様に、また無理矢理唇を吸われた。押し入られる熱い何かは、わたしに激しい痛みを与える。
「う────!!」
砦を奪われない為に固く閉じられた扉は、容赦なくこじ開けられようとしていた。酷く強引であればある程、わたしに熱い痛みが襲い掛かった。
「いっ、やめて……っ! い、嫌ぁ!」
再度口を塞がれ、ウェスカーの長い舌先が口内へと執拗に侵入した。ビリビリと全身を巡って電気が走ると今度は、わたしのもう片方の太股を広げる様に持ち上げられる。
──クリス……!!
彼のあの笑顔が、わたしの涙で滲んで歪んだ。
「あ……ぅ!!」
わたしの全てが砕け割れる音がした。何度も、何度も……。
どれくらいの時間が流れたのだろうか。わたしの涙はとっくに渇れ果てていて、いつの間にか四肢は動きを取り戻していた。ゆっくりと体を起こす。あの男はいつの間にかこの部屋を出て行ったらしい。散乱した書類に混じった衣服を、震える手で拾い上げる。
……もう、痛くは無い。でも、わたしの心はとても痛かった。大きな液晶モニターには、両親と妹のヴィニーが映ったまま、停止状態だった。その画面に向かってわたしは手を伸ばす。
悲しいのに、とても悲しいのに。涙は、もう出なかった。