※この作品はR-18です。

MONSTER【完結】   作:あまてら

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8. 異変

 

 

 

 暫く立ち尽くしていたわたしが、新しい作業員によって自分の部屋に戻された瞬間。風を切る様にシャワー室へとそのまま駆け込んだ。無我夢中、いや、流せるものなら全てを流したい。着ている服は投げ捨てた。顔からシャワーをかけて全身を荒々しく流す。

 あの男の独特なパルファムの匂いや汗、全部流れてしまえばいい。下腹部に残る違和感も、全部全部全部全部全部。

 

 暫く篭っていたシャワー室から出ると、新しい服が用意されていた。わたしはそれに手を伸ばして着替える。怒りはちっとも収まらない。わたしを監視するカメラの向こうに、ウェスカーを感じとったからだろう。

 わたしは、側に置かれてあった食事の入ったトレーをカメラに投げつけた後、手当たり次第数少ない家具を壁に投げ飛ばした。何もかもメチャクチャにして……。

 壊れた家具で散乱する部屋の隅で、割れた照明器具が目に入った。ガラス製だったのかとそっと手に取った。割れたそれをぎゅっと握り締めれば、僅かな痛みと共に血が流れる。

 再び握り締め、今度は左手の甲を何度も、何度も刺した。勿論痛みはあって、刺した傷口からは大量の血が流れ出ている。だけど何度も刺した傷は、あっという間に塞がっていくのだ。その様(さま)に怒りと悲しみが沸いてくる。でも、涙を流したいのに、わたしの目からは一滴も出なかった。

 

──死にたい……、死んでしまいたい。

 

 でも死んだら駄目だ。家族の事を考えると、わたしは生きていなくてはならない。わたしが我慢さえすれば……。

 悔しくて、怒りまかせに握っていた破片を壁に投げ付ける。えぐれ切れた掌からの出血した飛沫も壁に飛び散った。──すると、だ。飛び散った血飛沫が一瞬にして火を上げて燃えたのである。

 

「……なっ!?」

 

 驚いて凝視したわたしは、右手にある違和感に気付いて目をそちらへと向けた。

 

「きゃあ!!」

 

 松明に火をつけた様に、わたしの右手が炎に包まれている。わたしは大慌てで右手の炎を消そうと、軽くパニックに陥ったまま、床に叩き付けたり腕を振ったりした。

 消えない。焦るわたしを余所に、炎となった血飛沫が燃え広がっていたようで、感知した火災センサーが激しく音を立て始めた。そして消火する為の火災スプリンクラーが発動し、壁の炎や、わたしの右手の炎を消し流した。

 

「はぁ……はぁ、な、何なの?」

 

 スプリンクラーによって全身を濡らしたわたしは、炎が消えた後の右手をくまなく調べた。破片の傷はとうに無い。火傷の痕さえも無い。……というか、あれほど燃え上がった右手に熱さは一切感じなかった。

 不思議に思いながら止まらない火災スプリンクラーの水を浴び続けていると、入り口の自動ドアが開く音がした。……作業員だ。一瞬部屋中の様子にギョッとしつつ、わたしにこの部屋を出るよう声をかけられた。わたしは黙って静かに部屋を出る。

 

「随分暴れたな」

 

 その声にわたしの体はビクリと反応した。二人の作業員と共にいたのは、今一番会いたくないウェスカー(男)だった。わたしは目を合わせないように顔を俯ける。

 

「この部屋を封鎖しろ。もう使い物にならない」

 

 一人の作業員に命令させたウェスカーは、今度は別の作業員にわたしの新しい服を用意させるように命令する。一気に二人の作業員がいなくなり、わたしとウェスカーだけになった。

 

「来い」

 

 先を行くウェスカーの背中を睨んだ。仕方なくついて行くと、今までいた部屋と似ている部屋に入らされた。違いは、家具が一切ない、ただの空間の様な部屋だ。

 

「残念だな、投げ付けたい家具は一切置いてない」

 

 入り口を背にし、わたしの後ろにいるウェスカーの皮肉のような言葉に対して返す気はない。早く去ってほしいからだ。

 

「ああ、そうだ。あの時取ったお前の血液を調べた」

 

 思い出したくもない。無理矢理犯された後、この男はわたしの血液を抽出していたらしい。

 

「面白いデータが取れてな、今の俺はすこぶる気分が良い」

 

 そう言うとウェスカーは、わたしを強引に自らの方へと向けてきた。

 

「お前の両親や妹を完全に解放してやろう」

「……え?」

「監視を外してやる」

「な、……何で?」

「そのままの意味だ。ただし──」

 

 わたしの腕を引き、耳元に顔を近付ける。

 

「お前には特別な価値が出来た。ダイアナ、お前のその価値を、私が存分に利用してやる。お前はただ、私の要求に素直に従い続ければ良い。……どうだ、簡単だろう?」

 

 可笑しくて吹き出しそうなった。どちらにせよ、家族は盾にされている。

 

「断る事が出来ないと知っているくせに……!」

 

 声を荒げると、ウェスカーはわたしの肩を掴んで、壁に体を押し付けた。

 

「そうだ。どのみちお前に選択肢は無い。……だが、約束してやろう」

 

 信じられない。ウェスカーを見上げて思う。わたしの中の色々な葛藤の末、悔しさに唇を噛み締めながら顔をしかめる。

 

「……わかった」

 

 わたしがそう答えを出した時、ウェスカーの口元は弧を描いた。

 

「利口な選択だ」

 

 押し付けた体に自身の体を密着させてきたウェスカーにわたしは怯え、顔を背ける。

 

「ダイアナ」

 

 名を呼ばれて、わたしは数秒考える。とてつもない威圧感に苛まれ、耐えきれずに顔を上げれば、そのままウェスカーの唇がわたしの唇を塞いできた。

 

「んん!」

 

 押し退けようとはしたけれど、少しもこの男は動じない。わたしが力を入れれば入れる程、強引なキスは乱暴に口内を暴れまわるのだ。

 

「んん……んっ!」

 

 電気が全身を走る。身体の力が一瞬抜けたその隙を狙い、わたしの両太股の間に、ウェスカーは脚を割り入れた。そしてゆっくりとわたしの唇から離れると、耳元で囁かれた。

 

「今日はここまで、……だ」

 

「……うっ!」

 

 首筋に僅かな痛みがある。わたしの血液を採取しているのだろう。……あの時と同じだ。ウェスカーは、わたしから血液を採取し終わると、何もなかったかのように離れた。

 

「この部屋ではお行儀良くしていろ。守れたら、ご褒美だ」

 

 まるで飼い犬に躾をする様な言い方だ。ウェスカーはそれだけを言い残すと、部屋から出て行った。わたしは、この胸の奥から沸き上がる抑え切れない怒りをどこにぶつけて良いかわからずに、ただ、拳を握り締めるしかなかった。

 そして思う。わたしの手が燃えたあれは、一体何だったのだろうかと。

 

 

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