何も無いこの部屋で何日か──多分、過ごし、血液採取に唾液や爪、髪の毛の一部を採られた。伸び過ぎて邪魔だった髪をその際に、『ついでに短くバッサリと切ってちょうだい』と、採取に来た研究員に初めてお願いした。そのお陰で耳まで出るくらいの短いショートヘアーになって、ほんの少しだけでもさっぱりとした気分になれた。
鬱陶しいのもあったけれど、気に入らない金髪が視界に入らないのが、何よりも良かったからだと思う。この数日、カメラからあの男の支線を感じる事はなく、僅かな時間だけでも心を落ち着かせられた。
目立った実験はされずに、体の一部の採取だけで時間が過ぎていく。まだ知られていないのか。……いや、知られてはいるだろう。でも、あの燃えた現象については一度も調べられてはいない。
「出ろ」
隅にもたれ掛かって座っていたある日、作業員に部屋から出された。わたしは心の中できっと『ウェスカーだ』と思った。案の定ウェスカーに呼ばれたようで、作業員と共にあのウェスカーのいる部屋へと向かって行った。
「ご苦労。下がって良い」
出入り口の自動ドアが開かれると、薄暗い室内の大きな液晶モニターの前で何かを操作するウェスカーがいた。下がれと言われた作業員は軽く頭を下げると、わたしを置いて出て行ってしまう。
「脱げ」
「……何を?」
あまりにも唐突な言葉だ。ウェスカーは眉間に皺を寄せるわたしにやっと向き直ると、威圧を持ってデスクの真ん中に腰をかけた。
「聞こえなかったのならもう一度言う。脱ぐんだ」
──ああ、嫌だ。
どれだけ嫌だとはっきり言いたかった事か。……でも、わたしには家族を思えばこそ、拒否する選択以外は無い。僅かに震える両手で、着ている服を一枚脱いだ。わたしを見る男は笑うでもなく、無表情でただじっと見つめるだけ。
S.T.A.R.S.にいた頃から何となく思っていた。この男は人を愛した事があるのか。正しくは、人を想う感情。恋や愛という、そういう一般的な感情があるのかと。前に一度、クリス達がこっそりそういう話をしていて、ジルに『くだらない』と言われていた事があった。
もしかしたらアルバート・ウェスカーという人物は、本当に恋愛とかいう感情には一切興味ないんじゃないか。ジルの言う通り、本当にくだらない話だったけれど、恋愛に疎いわたしでも、クリス達の話に同調出来る。
だって一度も皆、この男からまともに浮わついた話を聞いたことも見たこともなかったのだから。
人を心から想う感情が、ウェスカーには存在すら感じられない。失礼ながら酷く不気味な程、無機質に感じた事もあった。
今この時も思う。一枚一枚脱いでいくわたしに向ける眼差しからは、そういう欲求の感情が一切見えない。
「来い」
全て脱ぎ終えた全裸のわたしは、不服にも歩み寄った。羞恥は大いにある。ただ、この男の前ではそれも意味の無いものだと思った。目の前に来たわたしを見つめるウェスカーは、ただの被験体を見る研究者の様だったからだ。
「お前のような存在は貴重だ。喉から手が出る程欲しがられる……。実に素晴らしく、美しいぞダイアナ。まさかお前がこんなにも役に立つ存在になるとは思わなかった」
無から薄い笑みを静かに出して、ウェスカーがわたしの左腕を掴んで引き込んだ。デスクの上に押し倒されながら、わたしは身構える。かけているサングラスを外した時、赤く発光する黄色い眼と合う前に、わたしは目を反らした。この状況だと、否が応にも犯されてしまうのだろう。
わたしがずっと憧れ、大事にしてきたこの身は、この男に無惨に奪われて壊された。肉体の交わりというものは、愛があるものだと信じていたのに……。
泣きたいのに涙も出ないわたしの瞳の奥に映るのは、大切な家族。幼なじみ達に、S.T.A.R.S.の皆、そして──クリス。彼の顔が浮かんで直ぐ、ウェスカーに唇を吸われて我に返った。
押し入る舌が、淫らに絡み付く度電気が走った。身体が小さく跳ねる様に痙攣する。太股にウェスカーの熱を感じて、わたしは酷く嫌悪した。これは、感情に溢れる想いの契りでは決して無い。この行為は、この男にとってただの実験作業なのだ。
「んっ、はぁ、んん!」
それなのにわたしの身体は、電気が走る度に妙な感覚に陥った。それはおぞましい事に、異常なまでの快感を得た。
「ぁあ! む、んんっ!」
恐ろしくも、そのような気持ちになる自分に対して虫唾が走る。躰の奥底から這い上がって来る様な快感は、段々と増していくばかり。大人しくされるがままのわたしの様子に気づいたらしいウェスカーは、一旦唇を離し、わたしの太股割って入ると、片足を自身の肩に持ち上げた。
「……や、いや!」
思わず仰け反ってみるのに、ウェスカーは、お構い無しに怒張するそれをあてがって来る。
「い、いや──」
抵抗する間もなく、ウェスカーは二度目を貫いた。
「ぅあ! はぁんん、んっ!」
わたしの中に侵入してくる大きな異物は、熱を持ってゆっくりと出し入れされる。慣れない大きさには弱冠の痛みを感じ、わたしは行く場のない両手を、血が出る程握り締めていた。今まで出した事がない声が漏れ、恥ずかしで自己嫌悪に陥り、両目を瞑って下唇を噛んだ。
「ふっ、……ん、んんっ」
自分の体を守る為だと思いたい程に、わたしの秘所は潤いを増し、滑りを良くしていく。突発的に起きる痺れた感覚に痙攣を繰り返して、ウェスカーは更に深く奥へと侵入して来る。初めての時は痛みしかなかったのに……。今のわたしは、屈辱感と共に快感を得ているのだ。
──嫌だ。嫌だ嫌だ!
何故この男に犯されているというのに、死んでしまいたい程悔しい筈のわたしの身体は、こんなにも悦んでいるのだろうか。
「っも、うや、やめ……てっ」
必死に懇願すれば、わたしの唇はまた塞がれた。今度は体重をかけて奥まで突かれ、一気に引き抜く動作をされたわたしは、思わず大きな声を上げた。
「ああぅ!」
反応を見て繰り返される動きは、頭がおかしくなりそうなぐらい続けられる。結合された部分から厭らしい音が耳に入り、わたしは咄嗟に耳を引き千切りたくなった。
「……そんなにイイか?」
わたしの反応を見て嘲笑うウェスカーを睨む。ただの作業としての行為なら、早く済ませてくれれば良いのに。一向に終わりが見えない精神的な苦痛と異常な快楽は、わたしを深い暗闇へと誘った。
「ひゔあ、あぁあっ、ああ!!」
経験した事のない沸き上がる感覚に頭の中が真っ白になって、 わたしはそのまま果ててしまった。朦朧とする意識。身体を軽く痙攣させるわたしの首に、注射が当てられる。
「……も、もういいでしょ?」
終わったんなら早く今の状態から解放して欲しかった。
けれどウェスカーは、わたしから血液を採取したのに退こうとはしない。
「まだだ……」
──その言葉に絶望した。そこからの記憶は曖昧だった。ただ無意味に行為は続けられ、わたしは何度も絶頂の波に飲まれて苦しんだ。
この日を境に、わたしは幾度となくこの部屋でウェスカーに抱かれる事となった。勿論、わたしの身体を目的とした行為ではなく、わたしの中で生成されるウイルス細胞が必要だったからだ。
きっかけは、不安定なわたしの中に存在した、特殊なウィルスを使った実験段階途中での事らしい。ウィルスによって異形の存在となった被験体に、わたしのウィルスを投与したところ、一時的だが能力を上げる結果を出したと言うのだ。
ひたすら実験を繰り返した後、ウェスカーは自らを使って実験を試した。──すると、同じく能力上昇の結果が出た。しかもここで、新たな発見があった。ウェスカーの体内に入ったわたしのウィルスが、新しい変化を見せたという。
それを求めて再度試すも、不安定な為に上手くはいかなかったそうだ。そこで漸く、ある仮説に辿り着いたらしい。ウェスカーの体内にわたしのウィルスを投与した際、微かな刺激を感じ取ることが出来たと。刺激をヒントに、逆のパターンでわたしに試すが、これも不発状態。刺激と、ウェスカーの細胞を投与以外にわたしの体内浸入させる方法、これが仮説案の一つだった。──要は試しの性行為だったのだ。
その案で、結局は良質を得る結果になったらしい。わたしの特殊な細胞は一部のウィルスを取り込む形の性質で、唾液や粘膜からウェスカーの中のウィルスの良質な部分だけを自身に取り込む。この話は後になって、ある日ウェスカー本人から告げられた。
この特殊なウィルス細胞がどう役に立つのかなんて、わたしは知らないし知りたくもない。精神的な苦痛を味わうのはとても辛く、生き地獄なのだ。
わたしの体内でしか生まれることのないそれを作り出す事はそれ以外不可能で、最早手段が性行為のみ。採取した血液から細胞を取り出すのも一苦労あるらしく、『お前には価値があるが、時間と金がかかり過ぎるな』と嫌味を言われた。──悔しい。
そうまでして、手間のかかる細胞が欲しいのだろうか。
ただ作業的な行為が今日もまた行われるだろう。わたしの中で変化し生まれる僅かなウィルス細胞を求めて、何度も、何度も………。
この頃、自分自身を恐ろしく思う事がある。それは、憎い男との性行為に強い快感を得て、それを求めている自分がいる事だ。おぞましい嫌悪感、それはある。なのに、何故抱かれる事を求める必要があるのか。
「──あ、はぁ、あぁ」
わたしの口からは厭らしげな吐息や声が漏れ、快楽に酔いしれてしまっている瞬間があった。そんなわたしの様子を見つめているウェスカーと目が合えば、怒りと恥ずかしさで我に返って死にたくなったりした。
──んなのわたしじゃない! わたしが求めているんじゃない! わたしは、わたしは……!
きっとわたしの中に存在するウィルスが求めている。そう思いたかったのだ………。