※この作品はR-18です。

MONSTER【完結】   作:あまてら

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※ 10. 深い闇へ

 

 このところウェスカーが忙しく動いているらしく、わたしは暫く訪れていなかった安堵な時間を過ごしていた。

 家族を思って死ぬことを諦め、ウェスカーにされるがまま犯され続けた日々は、わたしを深い暗闇に落としていった。犯される度に自分ではなくなりそうな恐怖を覚え、必死になって両親や妹の事を考えた。そうしていると、まだ正気でいられたからだ。

 何日か何処かへ出掛けていたらしいウェスカーは、自室に引きこもる様に何か作業に没頭していた様子だった。わたしの身体の様々な部分採取は変わらず続行されたけれど、あの男に会わなくても良いのならと考えれば、それすら楽に思えた。

 

「出ろ」

 

 数ヵ月ぶりに呼び出しが来た。ウェスカーの部屋を訪れるのは随分久しく、妙に薄暗い部屋の中や、あの男のパルファムの匂いがわたしを深く包む。けれど、ウェスカーの姿は無い。後ろに気配が──と思った瞬間、気づくのが遅かった。

 わたしはそのまま激しく壁に叩き付けられる。そう、ウェスカーが背後から現れたのだ。

 

「ううぅあ……!」

 

 腕をねじ上げ、壁に押し付けられた。ぎりぎりと骨の軋む音がする。 自分も力を出しきって押し退けようとはした。でも、ウェスカーが更に力を込めている為に、全然びくともしなかった。

 いつもは冷静を保ち、余裕綽々な筈の男なのに、今は全くの余裕さが感じられない。……何か焦っているのだろうか。腕を折られそうになったところで、必死に反対側の肘を背後へと動かすと、運良く当たったのか、一瞬ウェスカーが怯んだ。

 その隙を狙ってウェスカーから逃れようとはするも、今度は先程より密着した形で壁に押し付けられてしまった。わたしの右耳には、聴いたことの無いウェスカーの荒い息がかかる。今度は、わたしが履いていたジーンズを破る様に脱がしてきた。

 

──やっぱり。

 

  強引に、後ろから無理矢理だった。

 

「あっ! うぅっ!」

 

 いつもより乱暴に突かれ、痛みを伴う。それでもお構いなしに、激しい出し入れは繰り返された。

 

「ひっ、ア、ああぅっ!」

 

 電気が走る。擦れて痛かった場所には潤いがジワリと広がり、更に内奥へと誘った。徐々に快感が増してくると、やがて厭らしく水音が音を立てる。

 久しぶりに犯されたわたしの身体は、頭と切り離した別の生き物の様にウェスカーを受け入れている。初めは細胞が求め、そして身体が求めた。

 ……嫌よ、絶対に嫌。いくら身体を汚されようと、意識や心まで奪われ汚されてなるものか。わたしは頭の中で一生懸命両親や妹の事を考えた。 ……そうでもしないと、わたしの全てが壊れてしまう気がしたからだ。

 荒い行為がやっと終わり、砕ける様に床に座り込んだわたしの首に、いつもの注射器が当てられる。

 

「……ご苦労」

 

 わたしを一度も見ようともせずにそのまま背を向け、軽く身だしなみを整えたウェスカーは画面モニターの近くにあるボタンを押すと、作業員を呼び出した。

 激しく犯されて倦怠感にまみれたわたしは、乱れた衣服を半端に直し立ち上がる。破れたジーンズは最早意味をなしていない。上に着ていたシャツが長めであったし、 今更作業員に見られたところでどうにかなるものでもない。

 作業員が来る間、わたしは一度もウェスカーと目を合わせる事も口を利く事もしなかった。

 命令で現れた作業員は、一礼しながらチラリと此方に目を向けつつ、ウェスカーから命令を受けてわたしと部屋を出た。

 わたしを先頭にして後ろを歩く作業員は、弱冠の緊張感を毎度出しながらわたしの担当を任されている人物だ。ネイサンの一件は噂となって恐れられているのか、わたしに対しての警戒心は強く感じていた。

 ウェスカーとの異常な関係性も知っている彼は、今回のわたしの様子に不気味さや憐れみを持ったらしい。それを肌で感じ取ることが出来るわたしは、ふと移動中に振り返りながら立ち止まった。

 

「変な憐れみなんてしないで。どうせわたしは気味の悪いバケモノなんだから」

 

 そう言ってやると、作業員は驚きながらも図星であるかの様な表情をしていた。銃を持つ手が僅かに震えるのを視界に捉えつつ、わたしは前を向いて進む。

 両方の手を握り締め、怒りの感情を高ぶらせれば、ざわざわと静かに髪の毛が伸びた。

 

 

 

 

「お前ダイアナの事どう思ってるんだ?」

 

 警察署内の休憩室の扉の向こうで聴こえてきた声に、わたしの心臓は軽く跳ね上がった。少しだけ開いていた扉の隙間から、声が漏れていたのだ。

 

「どうって、何が?」

 

──クリスの声だ。

 

 どうやら話声はS.T.A.R.S.の何人かと、クリスらしい。立ち聞きのようで悪いとは思ったけれど、わたしの名前を出されて去るに去れず、入るに入れなかった。

 

「ダイアナの事だって。お前達仲良いだろ?」

「ああ。みんなにも、だろ?」

「おいおい、本気で言ってんのか? デキてんのかって話してんだよ」

「はぁ?」

 

 聞きたいようで聞きたくない。クリスがどう答えるのか、わたしの心臓は今にも爆発しそうな程だった。

 

「ダイアナは妹にしか思えない! デキてなんかいないし、俺達の仲は、つまり兄妹愛みたいなもんさ」

 

「……待ってくれクリス。ジョークで言ってるんじゃなくて?」

「当たり前だろ。俺には妹がいるんだけどさ、なんとダイアナと同い年なんだ。身長も同じくらいだし、性格は違うけど、なんかほっとけないっていうか……、兄貴として見守ってやりたいって気持ちで──」

「ストップ! オーケイオーケイわかった。お前がシスコンだっつーのはな」

「……は?」

 

 解散解散と、隊員達の声に我に返ったわたしは、慌ててその場から駆け出していた。何も考えずに走った曲がり角で誰かにぶつかってしまったけど、とりあえずは謝るしかない。

 

「す、すいません……!」

 

 でも、結局誰にぶつかったのかは、今でも思い出せない。わたしは直ぐに走り去ってしまったからだ。軽く息を切らして漸く立ち止まった場所は、外に面している休憩場所だった。

 近くにあったベンチに腰を深く掛けると、自然と溜め息をつく。周りには誰もいない。先程の会話が、勝手に頭の中で思い出された。

 

『ダイアナは妹にしか思えない!』

 

 紛れもなく、クリスが言った。

 

「い、妹……かぁ」

 

 唇が震える。寒くもないのに。クリスの笑顔や、わたしを呼んでくれる彼の声が過る。

 前に一度、クリスから妹の話をしてくれたことがあった。その時見たクリスの笑顔が、わたしに向けてくれる笑顔と同じだということに気付いた瞬間、わたしの目からは涙が溢れて止まらなかった。

 クリスの全ての優しさは、兄として妹を想う優しさだったのだ。

 その優しさをわたしは愚かにも真に受け、自分を女として見てくれているのではないかという、淡い期待までした大馬鹿者だった。勝手に好きになって、馬鹿みたいに胸がときめいて、そして勝手に失恋をした。

 

「わたしなんか、今すぐ消えてしまいたい……」

 

 これからもクリスは心の底からわたしを妹の様に接し、兄の様に手助けしてくれるだろう。わたしの馬鹿で幼稚な恋には決して気づく事もなく、いつもと変わらないあの笑顔を向けてくれる。

 普通なら妹としてじゃなく、女として見てもらえるように頑張ると意気込むのかもしれない。でも、今まで勉強しか考えてこなかったわたしには無理で、全く自信がない。

 だからと言って、好きだという気持ちを無くす事も出来やしない。人を想う事がこんなにも難しく、辛いものだと初めて知らされたわたしは、 ただ報われない恋をどうすれば良いのか、誰にも相談出来ずに苦しんだ。

 

「大丈夫、いつも通りでいれば良いの」

 

 少し時間を置いてから洗面所で顔を洗った。目の前にある、鏡の中のわたしに言い聞かせる。悩みに悩んだわたしは、今までとなんら変わりのない二人でいよう。そう決めたから。

 距離を置いて敬遠される事も、気持ちを伝えて嫌われてしまう事も、わたしは恐れている。

 

 

──報われなくても、クリスの傍にいられるのなら……。

 

「例え妹にしか思われなくても……」

 

 わたしは、今でも彼を想っている。普通ではいられなくなっても、この身がどんなに汚されても、彼を忘れる日はなかった。

 あの男に犯されながら壊れてしまいそうな自分自身を、正気でいさせてくれるのは最早両親や妹だけでは無理だ。だけど貴方を思えば、わたしは堪える事が出来る。

 

──クリス、貴方はわたしの心の拠り所だ。

 

「クリスは元気だったぞ」

 

 淡々と終わらされた行為の後、ウェスカーが言った。

 

「会ったの……?」

「偶然、な」

 

 この時、久しぶりにウェスカーと言葉を交わしたと思う。顔を合わすのも話すのも嫌で、 わたしは人形の様に意識を別へと向けていたからだった。

  しかしこの男は、そんなわたしの意識をわざと引きずり出すのだ。時には知り尽くしたわたしの身体を弄び、または両親と妹を話に出して意識を自分へと向けさせる。……そして今度は『クリス』を、だ。

 

「今はB.S.A.A.という私設部隊で目まぐるしい日々を送っている。──ジルも一緒だ」

「……そう」

 

 この男からの情報というのが気にくわないけれど、クリスやジルが今でも無事にいる事が何よりも嬉しかった。

 

「会いたいだろ?」

 

 わたしは一度ウェスカーを見た後、そっと目を伏せる。

 

「いいえ、……会いたくないわ」

 

 本当は違う。本当は、とても会いたいのだ。でもそれを口にはしたくない。だってわたしは……。

 それにきっとクリスは、わたしが生きてるとは思っていないだろう。

 

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