いつの間にか半年以上も経っていた。自分が一体何者で、一体何をしているのかさえ分からなくなってしまう程、このおかしな時間を無駄に過ごしている。あの日を境に二、三度来た以来、このホテルにウェスカーは現れなくなった。
──またあの時のように、この島を消してしまうんじゃ……?
言い知れない不安が蘇る。此処はあの島と違って、普通の人がいるのだ。まさかだと思いたい。そんな不安を他所に、わたしの迎えがある日やって来た。
一見身なりの良さそうなスーツで現れた数人の男達は、わたしから見えないように密かに拳銃を隠し持っていたらしく、何人かがわたしに銃を向け、一人がわたしに近付いて来た。
「ダイアナ・オブリー、余計な行動は取らずに大人しく我々と共に来てもらおう」
「隠し持っているの……何?」
そう言ってやれば、男達はわたしに対して少し警戒心を示した。
「──逃げないし暴れないわ。大人しくしてる。だけど薬で眠らせて連れて行くのだけはやめて。……目が覚めて見知らぬ部屋っていうの、いい加減うんざりなのよ」
抵抗する意思がないことを告げると男達は、わたしに向けていた銃を一旦下げた。しかしいつでも撃つ用意はあるようだった。
彼等に従ってホテルを出た。従業員が何もされてないと知り、一先ず安心する。外には車が用意されていて、それに押し込まれる様に乗り込んだ。動き出した車の中で、わたしは久しぶりの外の景色に自然と目が行った。
「これから何処へ?」
誰も応えてはくれないらしい。近くのプライベート機専用滑走路に着くと、そこには中型のジェット機があった。外装には見たことの無い、【TRICELL】という名のロゴが目に入る。
──これに乗って今度は何処へ……?
ジェット機がリゾート地から離れ、段々と島の全貌が見えた頃だ。わたしの不安は的中していたのだろうか。島のあちらこちらから、上がっている煙がいくつも見えた。
「何で!」
見張りに問いただそうと立ち上がろうとすれば、周りが一斉に銃を向けて来る。わたしはそんなの気にもせずに、見張りの一人に詰め寄った。
「どういう事なのか言いなさいよ!」
「──ちょっと予定外の事を処理したらしい」
聞きなれない声に振り返れば、知らない男がわたしの前に現れる。
「あなた、……誰?」
「これは失礼。オレはリカルド・アーヴィング。少しばかりの用を頼まれてね……。いや、まあ、なるほど──」
アーヴィングと名のった男は、薄気味の悪い笑みを浮かべながら、わたしを品定めするかの様に見てきた。
「あぁ、用っていうのはつまり……Ms.オブリー、あんたを連れて来いっていう命令でね」
──こんな命令をしたのはきっと……。
「ウェスカー、なんでしょう?」
そう問えば、アーヴィングはニタリと戯け笑い、『ご名答!』と、答えた。
「……で、何処へ行くの?」
「アフリカ、とだけしか教えられないなぁ。それに、今更場所なんて気にしても意味ないんじゃないか?」
とても良識ある人物とは思えず、アーヴィングとこれ以上喋る気にもならなかったわたしは、『そうね』と流す様に返した後、降りるまで一度も彼と話さなかった。
アフリカの何処からしい場所に降り立ち、窓の外一切を、カーテンで隠して見えなくしたジープに乗せられ数時間。漸く車が停まり、ドアが開かれる。どうやら到着したようだ。
先にアーヴィングが前を行き、その後ろをわたしが。更にその後ろでは見張りが銃を向けて付いてくる。
周りに目を向ければ、目に入るのは異様な広さの研究施設。どこか古びている様子だけれど、新たに増築や修理をしている作業員が目立つ。暫く歩いたりエレベーターに乗ったりしてやっと、ある部屋の前でアーヴィングが足を止めた。
「さあ着いたぜ。頼まれ事はここまでだ。後は一人で入ってくれよ、ダイアナ・オブリー」
戯けながら言い残すと、アーヴィングは見張りと一緒に此処から去って行った。そして一人取り残されて何をするでもなく、わたしは小さな溜め息と共に扉を開ける。
「意識のある空の旅は気に入ったか?」
部屋の中心部の広いデスクに軽く腰を掛けていたのは、案の定のウェスカーだった。相変わらずの威圧的な態度は、以前より増した気がする。──ここまでは嫌なほど同じ流れだけれど、今回は少しだけ違っていた。
「……アルバート、これが例の重要なサンプルなの?」
少し訛りのある英語を話しながらウェスカーにそっと擦り寄った若い女は、わたしをそのキツそうな眼差しで訝しげに見つめてきた。長い黒髪を高く一つに纏め上げ、胸元を大胆に開けた黒のタイトワンピースを着た、とても身なりの良さそうな女だった。
「そうだ」
女はこちらに近付き、わたしの周りをゆっくりと回りながら『フンっ』と鼻で小馬鹿にするかの様に笑うと、わたしを少し見下ろしながらウェスカーに言った。
「このサンプルも、貴方の『部下』だったのかしら?」
「そうだ」
「女性ばかりなのね」
何やら意味を含んだ言い方が気になったけれど、わたしは何も口を挟まなかった。
「……じゃあ私、先に実験室に行くわ」
「ああ。もう一人の方の経過も事細かく頼む」
「ええ。勿論」
女が出ていくと、わたしはウェスカーと二人だけになった。
「エクセラ・ギオネ。トライセル社のアフリカ支社長をしている女だ。覚えておけ。これからはエクセラと顔を合わせる事も増える」
「……どうでもいい。それより、何でまたあんなことをしたのか教えて」
「あのリゾート地の事か? 気にしてもしょうがないぞ。必要だったとしか言いようがない」
毎度の事ながら、まともに教えてくれる気は無いらしい。
「それより、だ。お前の今後についてだが……」
「また別の部屋に閉じ込めて監視? 変わらない。いつも同じ。わかってるわよ。わたしは、『大人しく、待ってれば良い』これで良いんでしょ?」
言われる前に言ってやると、ウェスカーは一瞬でわたしに近付き、避けようとしたわたしを逃がさまいと、顎を強く掴まれた。
「離し……て」
「この施設の中でなら、多少の自由を認めてやらんでもない。ダイアナ、お前もやっと自覚して従うようになったからな」
わたしは睨みつけた。わたしの顎を掴むウェスカーの手を、払い除けようと力を込めて動く。──しかしウェスカーはお構いなしに、強引にわたしの唇を自らの口で塞いできた。
「んんっ!」
無理矢理開かされた中に舌を捩じ込まれ、ウェスカーに舌を強く吸われると、全身の力が一気に抜けてしまった。そのまま壁側に力付くで押し付けられて、余計身動きが取れない。わたしはされるがまま、唇を吸われ続けた。
やっと離された唇から息を吸い込もうとすると、今度はわたしをデスクの前に突き飛ばし、ウェスカーは言う。
「そこに手を付いて尻を突き出せ。お前に割く時間が勿体無い」
「今は嫌」
着いて早々になど、されたくもない。でも、そんな抵抗したって無理。
「そうか。……なら仕方ない」
……瞬く間だった。ウェスカーに髪を鷲掴みされ、デスクの上に叩きつける様に頭を押さえ付けられたのは。
「あっ……うっ!!」
頭に衝撃をうけたせいで、視界が少しだけ歪んで見える。
──嫌だ……!
変わらない、変えられない。わたしはこの男から逃れられず、片手で頭を押さえられ、もう一方の手でジーンズを脱がされてしまうのだ。
「っあぁ!」
怒張し切ったモノに無理矢理貫かれ、出し入れと共に押さえ付けられた頭の頭蓋骨が、ギシギシと軋んで痛む。
「うぐっ……ああっ!」
短くも長い時間が終われば、首にちくりと僅かな痛み。──採取だ。
「優しくして欲しいなら、もっと俺に素直になれば良い」
血液を採りながら、わたしの耳元でウェスカーが囁いた。
「……消えて」
──優しくなんてされたくない。
一人残されたわたしの