ウェスカーに言われるまま、わたしは人形の様に一日一日を過ごしていた。今の状態の全ての検査、数日間真っ白な部屋から出されずの日々。 この息苦しさは嫌でも直ぐに慣れてしまった。……デジャヴ。島での経験があるからだろう。
「一先ずこの部屋から解放だ」
久しぶりに顔を見せたウェスカーに告げられ、やっと白い部屋から出された。新しく用意された自分の部屋に入ると、中はベッド以外何も無く、奥にトイレとシャワー室が備えられた、窓一つ無い部屋だった。
「どうだ? 快適に過ごせる」
「……そうね」
「良い子にしていたからな。少しばかりの自由を与えよう」
少しばかりの自由……。わたしに与えられた自由は、この部屋以外に数部屋への出入りだけだそうだ。自由といっても制限はあるし、どうせカメラはある。──けれど逃げるなんて最早考えもしない。
──誰にも会いたくない。話したくもない。
此方に来てひと月経ったと思う。わたしは特に何もせず、何も考えずに部屋に籠った。
精神を殻に閉じ籠め、ベッドの隅にある隙間に座り込む。いっそ、自我が消えてしまえば楽にはなるだろうに。いつまで経っても、わたしの精神は崩壊する事なく正気でいる。普通なら狂ってる筈なのに、わたしって案外タフなのかも。……否、もしかしたら、もう狂っているのかもしれない。
──パパとママ、ヴィニーは今どうしてるの?
知る術が無い。でも無事ならそれで良い。じゃないなら、わたしが此処にいる理由が無い。この部屋を出る為のドアに目をやる。──見張りの気配。銃を装備した人間が一人。一応に置かれた、わたしの見張り役だ。
久しぶりにドアを開ければ、見張りは微動だにせずに立っているだけだった。わたしが何かを起こさない限り、『動くな』とでも命令されているのだろう。
カメラが作動する音が微かに耳に入り、わたしは迷わずカメラのある方へと顔を向けて睨んだ。監視の目は常に。籠っていた部屋にも当たり前の様にある。でも、死角を見つけるのは簡単。だってわたしには、カメラの正確な位置が完全にわかるのだから。勿論、仕掛けられている盗聴器も、だ。
──いつでも逃げ出せる。
……そう、逃げようと思えばね。別にこの場所のセキュリティが緩い訳でもないし、わたしがカメラや盗聴器の位置を把握出来る事を知っているだろうから、あの男がわざとそうさせているでもない。
脅しの材料さえなければ、わたしが非道になりさえすれば、こんな場所なんてさっさとさよなら出来るのに。こんなわたし、さぞかし滑稽だろうと思う。……本当に癪に触る。
──このままずっと、わたしはあの男の言いなりで生きていかなくてはならないの?
嫌、絶対に嫌だ。何かをしてやる方法はないのだろうか。大っぴらには出来ないけれど、この状況を徐々に壊してやる方法があれば……。
ある日の事だった。いつもの様にベッドの隅でもたれ掛かりながら膝を抱えていると、見張りから『出ろ』と、部屋から出された。ウェスカーだと思ったけれど、どうやら違うらしい。
──呼び出したのは誰よ?
入った事の無い部屋に入らされ、ドアに鍵までされた。
明かりは古い豆電球のみで薄暗い。多分、物置部屋にでも使われているのだろう。そんなに広くはない部屋には、壊れた懐中電灯や使われなくなった椅子などが乱雑に置かれている。
一体この部屋にわたしを閉じ込めて何をしたいのか。わたしは小さな溜息を吐いて、この中では唯一使えそうな椅子に腰を下ろした。すると──。
「……早く、私もう待てない」
「そう急かすな……」
隣から声がする。間違いない、あの男とエクセラの声だ。壁は薄い訳では無いのに。周りを見渡せば、隣に繋がっているらしい通気口から声が聴こえていたようだった。
「ダイアナ・オブリーにも、こういう事させているの?」
……物凄く嫌な予感がした。当たってほしくはない。だけど、確実にそうだ。
「妬くなエクセラ。ただの"サンプル"だ。……お前は賢いからわかるだろう?」
「あっん……、欲しい。早く、入れてぇ」
──最悪。
予感は的中だった。鍵なんて壊して出てやろう。思わずドアに手を伸ばそうとしたけど、向こうに音がバレる。わたしがこの部屋にいるのを知られたら、あの男にどんな屈辱的な事を言われるのやら。
「ひァあっ! あ、凄くイイ……んあ!!」
わたしは両手で耳を塞いだ。二人の内のどちらかが、こういうのを聴かせる為だけにわざわざ呼んだのか。……苦痛以外の何ものでもない。
塞いだ筈の耳に、エクセラの『もっともっと』と喘ぐ声が入る。良過ぎる耳も難有りで、思わず鼓膜を指で突き破ろうかと考えてしまう程だった。わたしは二人の行為が終わりを迎えるまで、じっとこの場で堪えるしかない。
「──あら? もしかして盗み聴きかしら?」
暫くしてやっと開けられたドアから、少し髪の乱れたエクセラが現れた。ウェスカーの姿は見えない。……エクセラだけのようだ。
──わたしを呼び出したのは、
深い溜息と共に、わたしは鼻で笑って返した。
「誰かさんに呼ばれて閉じ込められたの」
「まあ。それはお気の毒」
「あんなに主張してたら嫌でも耳に入るわよ」
「やだわ……。アルバートったら、とても激しいから」
何が言いたいんだろうか。自信たっぷりでわたしを見下しながら高笑いするエクセラは、きっと知ってるのだ。わたしとウェスカーの……。だから聴かせた。『アンタは、ただのサンプル。彼に心から必要とされているのは私よ』と、誇示していきたいのだ。
そんなに自信あるなら放って置いて。このやり取りに意味はあるのか。わたしには無い。
──二人で勝手に盛り上がってれば良いじゃない。
あんた達の関係にわたしを巻き込まないでほしい。何度目かの溜息を吐いて、半分開けられたドアからすり抜ける様に、わたしはエクセラの横を通った。
数日後。血液採取を目的に、今度はウェスカーから呼び出しがあった。抵抗はしていないけれど、乱暴にわたしの頭をデスクの上に押さえ付け、無理矢理後ろからの出し入れが始められる。
「ぅうっ! あ!」
本格的に作業らしい行為だ。何も感じなければ、痛みだけなら良いのに。どんなに強引で乱暴に犯されても、快感はいつまで経っても無くなってくれない。
「はぁっ……あ、うぅ!」
悔しい、駄目だ。頭が真っ白になりかけたその時だった。わたしの全身が、マイナスの世界に入り込んでしまったかの様に一気に冷めたのは。
──見られてる……!?
今頃になって気づいた。この部屋にはカメラや盗聴器は仕掛けられていなかった筈なのに、作動しているのだ。
いつからなのか。作動中なら入って直ぐにわかる。なら、この『作業』が始められてからだろう。誰だ、誰が見ているのか。ウェスカーの命令……じゃない。この男は知らないのだ。カメラがある事を。
わたしはカメラのある方へと意識を集中させ、目だけをそちらに向けた。
──あった……。あそこだ。
隠しカメラは二つ。全体を映しやすい角度を考えて、右の棚の上。もう一つは部屋の左角。デスクを横から狙っている。大きさは小型タイプ。
──これもエクセラの仕業なの?
握り締めた手に爪が食い込む痛みなどわからない。わたしは下唇を噛み、突かれる度に声を出すのを我慢する。
「うぐっ、……うっ! ふぅっ、ううぅ!」
早く終わって。わたしは激しい快楽に堪え、怒りの感情を溢れ出させるかの様に、伸びていく髪の毛を見つめていた。