二週間待った。連絡を取り合う手段なんて無いけれど、偶然にもアーヴィングと例の部屋の前で会えた。
「会いたかったぜダイアナ。『逢瀬』を愉しませてくれた礼を言いたいんだが、先にハグして良いか?」
「……ジルの事を早く教えて」
「そう急かすなよ。メインディシュは最後に残しとくもんだろ。オレはこれでも忙しい身なんだぜ? アンタとの大事な取引の為に、わざわざ時間作って来てるんだからな」
前回と同じく、アーヴィングに開かれたノート型パソコンで情報の続きを見る。ラクーンシティ消滅を皮切りに、アンブレラの生物兵器開発は世間に露呈。株価暴落で2004年に倒産。
政府との癒着の果てに多くの犠牲を出し、ラクーンシティを消滅させた罪は重い。過去のラクーンシティでの記憶が蘇り、心が痛んだ。
──こんな恐ろしい会社、無くなって当然だわ。
……だけど、何も終わってない。かつてアンブレラがT-ウィルスを用いて創り出した、【B.O.W.】や偶発的に生まれたクリーチャー。TやG以外のウィルス、【T-Veronica】。タイラントに寄生生物を宿らせている【ネメシス-T型】。
アンブレラが遺したものは、世界に流れている。奇しくも同じ2004年、テラグリジアという海上都市で、テロリストグループが【T-Abyss】を使ってバイオハザードを起こし、ラクーンシティと同じ最後を迎えたという。
何て酷い。未だ世界には、この様な事が後を絶たないのか。
見終わったページを閉じる前、【TRICELL】の文字が目に入る。確かエクセラがトライセル社のアフリカ支社長をしているんだった。
「トライセルも製薬部門のある大企業よね? まさかアンブレラと同じ事を?」
わたしは、椅子に深々と座っていたアーヴィングに問いかけた。
「アンブレラとは少々違う。この施設や計画は、エクセラ個人で秘密裏に動かしてる。アフリカ支社長の地位を使ってな。──否、実質操ってんのはウェスカーか」
ウェスカーは、手に入れていたいくつかのウィルスと、寄生型の【プラーガ】をエクセラに渡して地位を上げさせ、資金や人員、研究施設も思いのままにしていた。わたしは、ウェスカーにべったりだったエクセラを思い浮かべる。一体、アフリカで何をしようとしているのだろうか。
「それを知りたきゃ──」
「忘れてないわよね?」
重要だけれど、その前に彼女の事を知らなければ。アーヴィングに中断される前に、わたしはジルの事を訊いた。
「あー、そうだな。情報というか、アンタには残念な報らせさ」
「……どういう意味?」
「ジル・バレンタインは、死んだ」
わたしの思考が、一瞬止まった。
「な、何を……」
「"B.S.A.A."での任務中に、崖から落ちて死んじまったってよ」
「え……?」
アーヴィングが何を言っているのかわからないくらい、わたしは酷くショックを受けていた。こんな事ってあるのか。あのジルなら死なないと、当たり前の様に思っていた。何で、そんなの信じたくない。
「信じられないって顔だな。ならこれを見たら良いさ」
パソコンを操作し、わたしに何かの画像を見せる。……墓石だ。それにはジル・バレンタインの名と、2006年に亡くなったと刻まれていた。
「B.S.A.A.の公式でも発表されてるぐらいだからな」
「そんな……」
アーヴィングと取引で得たジルの情報が、【死】だったなんて……。
「可哀想になぁ。もっと早く知らせてやるべきだったか」
椅子から立ったアーヴィングは、厭らしげにわたしの肩に手を回してきた。
「彼女が死んだという情報を、取引に使うなんて……」
「合意しただろ? アンタは」
「死んだ情報だったなんて知らなかったからよ」
「そりゃあ取引だからな。タダで教えてたら、あんな愉しいのは見れねぇし。ウェスカーが羨ましいぜ」
「だったらシテみる? ……わたしと」
握り締める手を隠しながら視線だけを向けて問えば、わたしの唇を見つめるアーヴィングの喉から、ごくりと唾を飲む音が耳に入る。
「冗談に決まってるじゃない。本気にでもしたの?」
わたしから慌てる様にして、アーヴィングは笑いながら離れた。
「ハハ! 冗談? 良いね。ただオレはアンタがどういう奴なのか知ってるんだ。キスだけで殺されちゃあたまんねぇよ」
きっとウェスカーから情報を得て、ネイサンの実験の事を知らされているのだろう。彼の最期が頭の中で蘇り、とても複雑な気分に陥った。
「じゃあ今回の分の取引は終わり。また此処で、な」
この男は、まだ等価交換の取引を続けるつもりらしい。
「……ええ」
もう取引を終わりにしようと思った。完全とは言えないけれど、知れた情報もある。アーヴィングから無理矢理訊く方法もあった。でも、まだ重要な事を訊けては無いし、……それに、やりたい事も思いついた。だからわたしは、次の取引続行を受ける。
──次で終わりよ。
採取の日が来た。その間考える事と言ったら、アーヴィングから聞かされたジルの死だった。B.S.A.A.にはクリスもいる。きっとわたしより、何倍も信じたくないに違いない。だって……。
「今回は上の空か?」
服を脱ぐ途中で思考を停止してしまっていたわたしは、ウェスカーの声に我に返った。
「しおらしいフリはもう止めたようだな」
「フリ、じゃないわ」
床に服を脱ぎ捨ててウェスカーの前に立てば、腕を引かれてソファーの上に押し倒される。前回わたしが取引の為に、悔しくも『優しく』とねだった事を後悔しそうになるくらいの戯れが始まった。
全身を舌で這われ、乳房の先端を口や舌先で執拗に責められ、唇を噛んで堪える。ウェスカーが首筋に向かって来たその時を狙って、わたしは囁く様に問う。
「……ジルは、本当に死んだの?」
ウェスカーの動きが僅かに止まり、サングラスを外した眼でわたしを見つめる。
「上の空の理由はそれか。話したのはアーヴィングだろうな」
「偶然よ。わたしの事、よく知ってるみたいだったし」
前に渡り廊下でたまたま一緒になった所も知られているだろうし、その部分を隠す必要はない。
「フン……、ジルか。今更気になるのか?」
「当たり前でしょう。だってわたしは──」
「元同僚? 仲間? 友人か? ……否、恋敵だろ?」
「違うわ。仲間、友人よ、ジルは」
ウェスカーの口角が上がる。何を言うつもりか。
「ジルはクリスの相棒、良きパートナー。B.S.A.A.でも二人は常に一緒だった。さぞ、ジルの死をクリスは悲しんだだろうな」
本当に、アーヴィングの言う通りだったのか。ジルは……。
「だがお前に入る隙は無い。クリスはお前を見てない、知らない。今もこれからも」
「だからわたしは──!」
「まだ否定か? 違わないだろ? お前はクリスを想い、二人の絆に嫉妬した筈だ」
……嫉妬。そんなのは無い。だってわたしは、二人とも好きなんだ。クリスが笑ってジルも笑う。息の合った二人の姿がわたしの憧れだった。だから……、だから嫉妬なんてしてない。
断片的な記憶がわたしの中で巡る。クリスに勝手に失恋した翌日、クリスとジルが二人で行きつけのバーに入っていく所を偶然目撃した時の記憶。わたしの胸が、針に刺された様に痛んだ。
何の痛みなのか。あれが、嫉妬だったのだろうか。
押し黙るわたしの表情に、ウェスカーは嘲笑った。
「報われないな、ダイアナ」
この部屋から消えてしまいたい。……でも、この男の眼差しからは、どうしても逃れられなかった。顎を掴まれ唇を吸われ、口内を犯される。
「むぅ、ん、んんっ」
熱いモノに貫かれると、新しい化学反応の様に電気が走り。わたしは仰け反って反応した。
「あ、っあん! は、ああ!」
わたしは恐れる。今まで必死に堪えてきたこの行為に。当たり前の女の様に抱かれ、憎い男に直ぐにでも溺れてしまいそうになる自分に。……それだけは嫌だ。絶対に。体は全て奪われようと、最後の心だけは──。
「……取引は、もう終わり」
「何だよダイアナ、もう情報は良いのか? それに何でウェスカーにジルの事を訊いちまったんだよ」
「別にバレても平気なんでしょう? 仕事が出来るんだろうし。余裕じゃない? わたしは本当にもう
取引で得た最後の情報は、ウェスカーがこの施設で行っている事。【ウロボロス計画】というものだった。この計画を進める為に、わざわざエクセラをアフリカ支社長の座につかせ、アフリカ奥地のこの施設を選んだ。
それは、かつてこの施設をアンブレラが研究施設とし、始祖ウィルスの源泉である植物、【始祖花】を研究していたからだった。
ウェスカーは、他のウィルスの欠点を克服して強制的な進化を起こさせ、始祖花から生成させた完全な新種のウィルスを生み出した。これが【ウロボロス・ウィルス】。
まだ若干の不安定さがあるらしいけれど、それも時間の問題らしい。
今までのとは違うとアーヴィングは言っていた。だけど、決して良い事をする為につくられたんじゃない。これだけは確実にわかる。
「もっと楽しい取引出来ると思ってたんだがなぁ。まあ、オレ様は寛大だ。取引にはいつでも応じるぜ」
「一つ訊きたいんだけど。採取のデータ、まさか残してはないわよね?」
「まさか! オレの頭の中には永久に保存するけどなぁ。信じろよオレをさぁ、アンタとオレの仲だろ?」
ケタケタと馬鹿笑いをするアーヴィングの携帯電話が鳴った。
「おっと……、ちょっと待ってくれ」
携帯電話を耳に当てながらわたしを会議室に残し、アーヴィングが慌てて出て行った。仕事の話だろう。わたしは、マヌケな男が置いて行ったノートパソコンに手を伸ばす。
──無用心ね。
アーヴィングのパソコンの中身を瞬時で確認すれば、やはり採取のデータは隠しフォルダの中にあった。……ご丁寧に名前もつけられている。
「……これで良いわ」
このパソコン以外にも保存している可能性を見越し、わたしは簡単なバグをセットしておいた。アーヴィングが隠しフォルダの中をクリックした瞬間、『採取』データが吹っ飛ぶように。また別のコピーデータを開く、または接続すれば、連動してデータを壊すように。下衆な取引のお返しだった。
「待たせたな」
何も知らないアーヴィングはジュラルミンケースにノートパソコンを仕舞い、去ろうとする。
「待って、忘れ物よ」
わたしも去り際、アーヴィングの手のひらに、隠しカメラと盗聴器の残骸を渡してやった。