一年と半年。ウロボロス・ウィルスの安定に向けての研究は、ウェスカーとエクセラの指示通り、研究員等によって着々と進められているようだった。
日常と化した"採取"の間隔は、二週間もしくは三週間だったり。わたしはアーヴィングとの取引を終わらせて以降、ウェスカーに呼ばれても頑なに拒んでいた。いつもの部屋には、アーヴィングが出入り出来る。必ず隠しカメラが仕掛けられているだろう。だから行かなかった。見張りの男に銃を向けられたけれど、少しも動じたりしない。
「撃たれたくなければ、言う通りにしろ!」
元々そう『指示』があったのか、他に二名現れて、今度は『わたし専用』の麻酔銃を向けて来た。
「あの部屋には行かないって言ったでしょ? 別の部屋にしてって伝えて」
「断る!」
これを何度か繰り返していたせいか、溜息を吐きたくなる。……いい加減うんざりだ。わたしはベッドに腰を下ろしたまま、銃を向ける三人を睨んでやった。
「簡単な融通も利かないのね。言えないならわたしから言うから、貸して」
持っているであろう携帯型トランシーバーか携帯電話を求めれば、三人はお互いの顔を見合わせ始めた。
「早く──」
口で急かすより先に、一人がわたしに麻酔銃を撃った。注射筒が左腕に刺さり、わたしはそれを外して足下に捨てると、撃った男の真後ろに素早く移動し、足払いで床に転ばせた。
後の二人が同時に麻酔銃を撃つ寸前を狙い、転ばせた男を起こして盾にすれば、二本の注射筒が盾に当たる。身体は直ぐに硬直。凄まじく痙攣し始めた姿を目の当たりにし、二人が怯んだ。その一瞬の隙を見て、盾に刺さった注射筒を投げ返してやった。一人は喉元、もう一人は額に。
「ぉぐうっ!」
呻きながら床に倒れて痙攣する二人のポケットを探ってトランシーバーを取り、先に倒れた方の分も手に取る。多分、これで繋がる筈。一つだけ特別仕様だった、トランシーバーの送信ボタンを押してみる。
「……聴こえるわよね?」
『何だ?』
数秒待って声が返って来た。……ウェスカーの声だ。
「その部屋は嫌。別の部屋にして。別の部屋が無理ならこの部屋でも良い」
『急に我儘か?』
「そうね。後、もっと融通の利く見張りにしたら?」
それだけを云って床にトランシーバーを放り、部屋の外に出たわたしは、壁にもたれる様にその場に座り込んだ。先程の麻酔が、今頃になって少しずつ効いてきているらしい。
「久しぶりに暴れて満足したようだな」
数分後、ウェスカーが四人程連れて現れた。部屋の中で倒れている三人に目をやりつつ、連れて来た二人に後始末を命令する。
「一人はもう使い物にもならん……。後は連れて行け」
四人は命令通りに従い、三人を部屋から出して何処かへと連れ去って行った。後に残るのは、部屋の中に入ったウェスカーと、廊下に座り込んでいるわたしだけ。
「もっと改良すべきか?」
「ご勝手に。……相手が死ぬだけよ」
僅かに残る麻酔の効果を感じながらゆっくりと立ち上がったわたしは、部屋の中に戻ると直ぐに拳銃を監視カメラに向けて一発撃ち込む。これは、元々見張りが隠し持っていた銃だ。撃ち終えれば用は無く、廊下に投げ捨ててドアを閉めた後、サングラス越しからわたしを見るウェスカーに向き直って服を脱いだ。
「よう、ダイアナ」
久しく見ていなかったアーヴィングに、渡り廊下で話しかけられた。敢えて死角には入らず、わたしは振り向いてやる。
「アンタだろ? オレのパソコン弄ったの?」
わたしの真横にまで近付き、挙動不審気味に辺りを伺いながら、アーヴィングは小声で問うた。例の『お返し』の事だろう。
「再生しようとしたら消えちまってさあ、全部。しかも、あいつらのも一緒に」
「何の事かわからないんだけど?」
シラを切ってやる。どうやらわたしのだけじゃなく、設定しておいた『バグ』は、ウェスカーとエクセラの映像も消してしまったらしい。
「しかもアンタ、あの部屋でもうヤらねぇつもりか?」
「そうね。誰かさんが仕掛けに入るから。……ああ、そうそう、仕掛けているなら早く外してきた方が良いと思うけど? バレちゃう前に」
わたしがあの部屋で採取したがらなかったのを察知して、ウェスカーが盗撮カメラや盗聴器を探るかもしれない。そう遠回しに伝えてあげれば、アーヴィングは慌てて走って行った。
アーヴィングには構ってられない。わたしはわたしで、密かに行動しているからだ。それは一週間前、わたしはある事を耳にする。
「ジル・バレンタインの様子はどうだ?」
わたしの姿に気付かなかったのか、偶然通りかかった研究員達の会話の中で、突然ジルの名前が出された。聴力が上がっている耳で確かに聞いたのだから、決して聞き間違いなどではない。
「その名前を出すな。"被験体J-α"、だろ。"被験体J-α"は今も正常、実験も順調さ」
「わ、悪い。そうだったな」
研究員が言った【被験体J-α】とは、一体何なのか。……もしかしたら、ジルも実験体にされてしまったのだろうか。
その日を境に、監視を避けて死角を見つけながら、何とか研究室内に入れないものかと探っているのである。
試しに、今は壊れて監視の目が無い自分の部屋から。天井にある点検口を見つけ、勢いをつけてジャンプをし、蓋を開けて駆け上る様にダクトの中へ。……まさか入れるとは思わなかった。
──まるで映画だわ。
こんな現実になる前、妹と観に行った映画を思い出した。人ひとり通れるくらいの広さのダクトを這う様に進み、突き当たりを左に。下から漏れる光を見つけて近付いて見れば、二つ隣の部屋だった。
──なるほどね。
自分の部屋に引き返してダクトを出る。此処のダクトが繋がっているならば、目的の部屋に入れるかもしれない。
翌日。許された他の部屋の中や、廊下を歩きながら死角に隠れつつ、天井の点検口を確認したりした。わたしはこれを繰り返し、やっと研究室内に繋がっているルートを見つけ出したのだった。
いつもの様に部屋を出ると、新しい見張り役の男を横切る。普段から行っている渡り廊下とは反対方向の廊下を通り、扉が死角になっている部屋の中に入った。この部屋は昔、アンブレラの研究員が使っていた休憩室だ。今は物置にしか使われていないようで、全ての物が埃をかぶっていた。
積み上げられた棚や椅子の上に音を立てずに乗り、点検口を開けてダクトへ。此処から入れば研究室に行ける事も把握済みだし、何度も下からルートをシミュレートしていたお陰で、ダクトの中で迷う心配は特になかった。
「ライアン、そろそろ休憩しとけよ」
点検口から漏れる光に進めば、人の声がした。僅かな隙間から下を覗くと、予想通りの研究室だった。研究員の数は今のところこの部屋に二人。一人は研究室から出ようとし、ライアンと呼ばれた方はパソコンを操作している。
「もう終わるから行くよ。これ終わらせておかなきゃ煩いんでね。先に行ってコーヒーでも淹れておいてくれ」
「オーケー」
先に一人が出て行き、残るはライアンのみ。研究室内にカタカタとキーボードを打つ音だけが響く。……あまり長居は出来ない。この状況をもどかしく思いながら、わたしは息を殺して待った。
「……よし、終わった」
5分程待つと、やっとライアンが室内から出て行った。耳を澄ませ、周辺の音に集中して辺りを伺う。どうやら監視カメラは作動していないようだ。
──今なら。
点検口の蓋をゆっくりと開いて室内に降りたわたしは、監視カメラの位置を把握しつつ、目的のパソコンに向かった。他に目を向ける暇は無い。研究員が戻ってくる前に、ジルの事を調べなければならないからだ。
ライアンが使っていたパソコンは、直ぐに操作出来た。ウィルスの研究のフォルダ以外に、被験体への実験や被験体リストを発見し、ジルの名前を探す。――無い。何処だ、何処にあるのか。
──もしかして……。
前にジルの名前を耳にした時、"被験体J-α"と言い直していたのを思い出した。
「……あった!」
被験体リストの中に"被験体J-α"というデータを見つけ、それをクリックしてみる。
内容には、ジルと同じ特徴に、『長期間にわたり薬剤による保存状態にある』とあった。しかも血圧、体温などのバイタルサインは全て正常だと記されている。……これはどういう事なのか。
──ジル……!
リストの他に画像ファイルが目に入り、これをクリックして更に驚いた。その画像には、何かの容器の中なのか、その中に入れられて目を閉じているジルの姿が写し出されていたのだ。
ジルは死んだと聞かされたけど、でもこのデータ通り、生きているとしたら……。
見ていたファイルを全て閉じ、再びダクトの中に入ったわたしは、何ら変わらない様子で部屋に戻った。
二日後、またアーヴィングがわたしに話しかけて来た。消えたデータの事は、もう水に流したらしい。『取引』を持ち掛けてくるけど、もうしたいとは思わない。
「……取引はしないわ。だって、わたしに嘘を教えたからよ」
「嘘を? オレは事実しか教えてない」
「じゃあ、何でジルが『死んだ』なんて嘘を? 彼女は死んでなかった」
僅かに出した焦りの表情を、わたしは見逃さなかった。アーヴィングは、カマをかけられているのにも気付いてない様子。
「しかも被験体になって……」
「な、何だ、それももう聞いちまったのか。……ハハ、別に嘘でもないだろ? ジル・バレンタインは公には死んでるんだから」
どうして死んだとされるジルが、この施設にいるのか。彼女の任務の場所は、オズウェル・E・スペンサー邸だった。拘束任務受けていたジルは、同じく一緒に行動していたクリスを庇って崖から落ちたという。……ウェスカーを道連れにして。
けれどウェスカーを道連れにするどころか、逆にその身を回収されてこの施設に。アーヴィングは、それを吐き出す様にわたしに言った。
「今は保存液の中でおねんね中さ」
──ジルは、彼女は生きていたんだ。
「……なあ、悪かったって。考え直せよ。オレは情報通なんだから、これからも仲良く行こうぜ」
「お喋りな男は嫌いなの」
アーヴィングの呼び止める声を無視し、わたしは研究室に向かう事にした。すんなりとダクトの中に入り、様子を伺いつつ研究室内へ。都合良く、パソコンはネットも繋がっている。B.S.A.A.には、パスがかけられている専用のホームページがあった。
……これだ。これで伝わるのかどうか、正直わからない。わたしには何も出来ないけれど、今出来るのはこれくらいしか──。
『元同僚? 仲間? 友人か? ……否、恋敵だろ?』
ジルは良き先輩であり、友人でもあり、憧れでもあった。わたしはクリスの隣にいつもいる彼女を羨ましく思い、時には幼稚な嫉妬心を持っていたのだ。どんなに頑張ったって、彼女の様になれないのはわかってる。でも壊したいなんて思ったり、憎いなんてのは一度も考えた事はない。
わたしはクリスが好き……だった。それと同じ位、尊敬するジルの事も好きだ。二人が一緒に仕事する姿。ジルを心から信頼し、背中を預けるクリス。強く結ばれた二人の強い絆。
きっとクリスは悲しんでいる。ジルを亡くした事を。わたし以上に。
──でも、生きてる。ジルは生きているわ、クリス。
少しでも希望を知らせたい。この行動は、果たして良い方へ向かうのだろうか。
わたしはB.S.A.A.のサイトに進入し、メッセージを残した。どうか、クリスに伝わりますように……。
〈ジル・バレンタインは、生きている〉