進入したB.S.A.A.のサイトにメッセージを送り終えた後、痕跡を残さずに研究室からダクトを通って出たわたしは、足早に自分の部屋へと戻った。……いつもならいるのに、ドアの横に見張りがいないのが少し気になる。
「鼠の様に動き回るのは、あまり感心しないぞ」
警戒しながら中に入れば、ウェスカーが壁に寄りかかる様に立っていた。こそこそと動いている事は気付かれているようだったけど、何をしていたのかまでは知られていない筈だ。焦らなくても大丈夫。わたしはベッドに腰を下ろし、ウェスカーに目だけを向ける。
「何か用なの? "採取"はまだの筈よね?」
ウェスカーは薄く笑みながら、トランシーバーで『入れ』と誰かを呼んだ。廊下で待っていたのだろう、直ぐにドアを開けて誰かが入って来た。
──誰……?
足元までの長さのマントを羽織り、仮面を被ったその人物に心当たりなど勿論無い。
「どうだ? 会えて嬉しいだろ?」
ウェスカーは、わたしにではなく、その仮面の人物に問いかけている。
「……はい」
仮面のせいでくぐもってはいたけれど、声からして多分、女性であろう仮面の女は、ウェスカーに問われるままに返事をした。
「誰なの?」
正体は誰なのかを訊けば、「忠実なる『部下』だ」とウェスカーは言う。
「その『部下』をわたしに会わせて何だと言うの? 終わったのならもう良いでしょう? 出て行って」
「折角の再会を台無しにさせるな。今日はお前の為に来たんじゃない」
それはどういう意味か。歩み寄ったウェスカーに腕を掴まれ、わたしは強引にベッドから床へと突き飛ばされる。
「ダイアナを押さえろ」
立ち上がろうとした時、それは秒単位で阻止された。ウェスカーに命令された仮面の女によってうつ伏せにされ、上から押さえ込まれたのだ。
「どういうつもりよ!」
力強く床に押さえ付けられて、なかなか身動きが取れない。……だけど、逃れられない程の力ではなかった。
「どい、て!」
仮面の女を下から押し退けようと動けば、思い出したくもない痛みが襲う。
「ああ!」
掴まれた手の甲を床の上に押しつけられ、取り出した鋭いナイフで床にまで深く突き刺された。……刺したのはウェスカーだ。
「……ぐ、ううぅっ!」
刺さった部分からは少量の血が流れ、僅かな血溜まりが出来た。
──何よ、何なのよ!
痛みに歯を食いしばりながら、わたしの髪が怒りの感情に反応して伸びていく。
「刺しても」
刺したナイフを一気に抜かれれは、血が噴き出る。だけど傷口はみるみる癒えて閉じられ、痕も残らない。
「撃たれても……、死ぬ事は無い」
「まって──」
今度は左の肩に、銃で一発撃たれた。
「ぅああ!」
弾は貫通せず、わたしの身体から吐き出す様に、撃たれた傷口から外へと出されていく。その全ての様子をわざわざ仮面の女に見せたウェスカーは、くつくつとわたしを見下ろして笑っている。
「あれを打て」
「……はい」
命令を受けた仮面の女は、どこからか出したペン型の注射器を、わたしの首元に打った。……瞬間、全ての機能を停止させるかの様な痺れが襲い、硬直し、呼吸も出来ない程の熱が全身を覆った。
「……ぐううっ、はっ、は、うう、あ!」
「どうだ? 更に改良された薬の効き目は?」
島で打たれた時の、四肢の動きを奪う薬の改良版なのか、より強力に感じられる。手足に力は入らず、頭の中は真っ白だ。
「ただの人間ではなくなったダイアナを大人しくさせるには、これが一番手っ取り早い。暫くは自力で起き上がるのも無理だろう」
仮面の女を退かせたウェスカーに上半身を無理矢理起こされ、わたしは朦朧とする意識のまま、息を何度か吐いては吸ってを繰り返す。徐々に呼吸機能は正常を取り戻せているようだ。だけど、身体に自由は訪れない。
「さて、これで取り乱し暴れられる心配もなくなった。仮面を外して顔を見せてやれ」
背後から顎を押さえられて顔を仮面の女へと向けられたわたしは、その正体に言葉を失った。
──まさか。
はっきりとしない視界の中でも、彼女だけは強調されていた。フードを下ろして仮面を外し、此方を見るジル・バレンタインと目が合う。
「じ、……ジル……?」
間違いなく彼女の筈なのに、わたしを見る目はどこか冷たく、まるで知らない人を見る目だった。
「ジルに、な、何を?」
ジルの髪の色は金に、肌の色はより白い。ウイルスを打たれたわたしの様な見た目の変化に、とても嫌な予感がする。
「生きていた事の驚きが無いのは知っていたからか。だが、ジルがどうなっているかまでは、まだ調べられていなかったようだな」
捕らえられた後のジルについて、ウェスカーは語り出す。
「死にかけだったジルを回収し、実験に利用する為に暫く冷凍睡眠状態で生かしておいた。ウロボロス・ウィルスの事は調べたか?」
「……始祖花から生成、させた、新しい、ウィルス……」
「フン、欠点だらけの今までのウィルスとは違う。究極のウィルスだ。適合すれば、投与された者の精神や外観を損ねる事無く知性的、肉体的な超強化を及ぼし、劇的な進化をもたらすウイルス。しかし毒性が強過ぎて難航していた。……そんな時、ジルが役に立った」
ジルに、T-ウィルスの抗体が出来上がっていると言う。彼女はクーンシティでT-ウィルスに感染し、ワクチンで回復していた過去があるそうだ。
冷凍睡眠によって、数年間体内に潜伏していたT-ウィルスは完全に死滅。彼女の体は、非常に強力なウィルス抗体を生成するようになった。……その抗体を使用する事で、毒性を弱められたのだと。
「ウィルスの実験に使えなくなったのは残念だが、抗体以外はいくらでも他に使い道はある。お前を従わせるには家族を、ジルの場合は薬物"P30"だ」
「薬物……?」
ウェスカーはP30をジルに長期投薬し、実験台にしていたのだ。
【P30】とは、肉体を強化すると同時に、意識を奪う事なく精神を支配する薬物。強化する成分の一部には、わたしの中のウィルスも使用されていた。
「薬物による実験は成功。ジルはS.T.A.R.S.の隊員だった頃より、更に忠実な部下となった。今はジルの身をエクセラに預け、我々の
「そ、んな……、ジル……!」
生きていたジルが、薬物によって実験体となってウェスカーに操られていたなんて……。わたしがどんなにジルの名前を呼んでも、何も答えてはくれない。今すぐにでもジルの側に寄って彼女の肩を揺さぶりたい衝動に駆られながらも、わたしの身体は言う事を聞かなかった。
──あなたが生きている事を、伝えたばかりなのに……!
「意識はあるが、何度呼んでも無駄だぞ。もうジルは俺に逆らう事も出来んのだからな」
ウェスカーは嘲笑う。家族の為に逆らえないわたしと、意識がありながらも、薬物による支配で歯向かう事の出来ないジルを。
「ジル、ダイアナとの再会は満足したか?」
「はい……」
「なら、これで終わりだ。後は俺の指示があるまで部屋の外で待っていろ」
「わかりました」
ジルは仮面を再び被ると、此方を一度も振り返る事なく部屋から出てしまった。
「お前が何も知らなければ、もっと感動的な再会だったな」
掴んでいた顎から手を離したウェスカーは、わたしの体を起こす様に持ち上げてベッドの上に落とした。
「与えてやった自由は暫くお預けだ。完成目前に余計な事をされては困るからな」
「ジルを……どうするつもりなの?」
「それはエクセラ次第。これからの為に存分に働いてくれるだろう」
ぎしりとベッドの音が鳴った。サングラスを外し、ウェスカーがわたしの上に覆い被さったからだ。
「出て行って」
自由の利く目を逸らして言えば、ウェスカーが嗤った。……今日はやけによく笑う。余程この状況が愉快らしい。
「お前が俺の下で善がっていると知れば、ジルはどう思うだろうな?」
「……あっ」
力の入らないわたしには、ウェスカーのされるがままだった。シャツを捲り上げ、露わになった胸の突起を舌で転がされる。
「んあっ、ん」
我慢する為に下唇を噛んだのに、思わず声が出てしまった。それは打たれた薬のせい。ウェスカーは部屋の外にいるジルに気付かせようと、わざと執拗に攻めてくる。
胸から臍の辺りへと舌が移動し、下着ごと脱がされたジーンズはベッドの下へ。
「……い、あ、や、あぁっ」
どんなに心が否定しても、ウェスカーの声で、舌で、指で、わたしの躰はもう、悦びに溢れて濡らすのだ。
「っ……く、ぅうう、あっ!」
秘部を強く吸われれば、頭が真っ白になった。仰け反る力も出せず、苦しくて目から涙が流れる。
──ジルには聞かれたくない。
だけど、声は抑える事が出来ない。ウェスカーがわたしの腰を押し広げ、自らをあてがい沈めてくれば、眩暈がする程の快感が押し寄せた。
「ひ、あ────っ」
旋律に痺れ、震えて涙を流すわたしを可笑しく見つめながら、ウェスカーは更に深く突き上げてくる。
「ジルに聞かせてやれ。俺に屈したお前の声をな」
「あっ! あっ、あっ、んあ、は、ぅああ────」
ウェスカーの微かな唸り声を耳にしながら、わたしは半ば泣き叫ぶ様に達した。ずるりと引き抜かれて直ぐ、採取の為に首に注射器を当てられる。……まだ、体は言う事を聞いてくれなかった。
「ジル! 入れ」
身だしなみを整えたウェスカーは、部屋の外の方を向いてジルを呼んだ。わたしはまだ、ベッドの上で乱れた姿のままなのに。……でも、隠す気力は無い。
呼ばれたジルが部屋に入る。わたしは目を閉じた。意識のある彼女に、こんな姿を見られたくなかった。
「これを研究室へ。エクセラに渡せ」
「わかりました」
命令を受けたジルが去り、ウェスカーも同じく部屋から出ようとする。去り際、この部屋から許可無く出る事を禁じられた。
「ダクトを使うのもな。聞き分けの無い場合は……わかっているだろ? 薬も打たれたくなければ、大人しくしていれば良い」
部屋の中で自分一人になり、静寂が訪れた瞬間、わたしは眠る様にそのまま意識を失ってしまった。
数時間後に目を覚ませば、体にはやっと自由が。上半身をゆっくり起こすと、軽い眩暈がして気持ち悪い。
──シャワーを浴びたい……。
ベッドからゆっくりと立ち上がり、多少ふらつく足でシャワールームに入ったわたしは、シャワーのレバーを捻ってお湯を出す。お湯が出るのは嬉しいけれど、時々水も混じって寒い時がある。
頭からシャワーを浴びて身体を流せば、太ももを伝ってどろりと何かが垂れ落ちた。……わたしの中に吐き出された、ウェスカーのだ。
「……!」
排水口に流れていく様を見つめていると、突然、ぐうっと胃液が上がった。わたしは慌てて口を手で押さえ、トイレに走る。
「……はァ、はぁっ、はあ」
胃の中のを全て吐き出し終えれば、吐き気は嘘の様に止まった。わたしを抑える薬が、如何に強力なものであったか身をもって知る。
壁にもたれて項垂れる。冷めた頭の中で何度も繰り返されるのは、仮面を外したジルの顔だった。
──2009年。ウロボロス・ウィルスは、遂に完成した。