──私達の任務は、いつも死と隣り合わせだ。
クイーン・ゼノビア事件後、NGO団体から国連直轄の機関として再編成されたB.S.A.A.での新たなる任務は、オズウェル・E・スペンサーの逮捕。
非常に困難だったスペンサーの居所を発見し、
あの洋館を彷彿とさせる邸宅には、スペンサーの護衛の死体。何者かに無残にも殺害されている。一体、誰がやったのか……。
「殺されてそう時間は経っていない様だ。まだ中にいるかもしれない」
「ええ。より警戒した方が良さそうね」
幾つかの仕掛けを
S.T.A.R.S.に所属していた頃の私とクリスの元上司でもあるウェスカーは、アンブレラと繋がりながら私達隊員を利用し、裏切った。
自ら放ったB.O.W.、タイラントによって死んだと思われていた筈のウェスカーは、実は生きて裏で暗躍していたのだ。……まさかこんな所で再会するとは思わなかったけれど。
「ウェスカー!」
クリスが銃を放つ。相棒の腕前は確かだ。私も同じくウェスカーに向けて何度か撃った。だけど一発も当たらない。何故ならウェスカーは、とても人間技とは思えない程の動きで全ての弾を避けているのだ。
そして瞬く間にクリスに近付いて手を押さえ、銃を奪い捨てて殴る。私がその背後を狙って撃てば、今度は此方へ。
──弾が当たらない!
首を掴まれながら高く持ち上げられ、大きな柱に押し当てられた。
「ぐうっ!」
締め上げの苦しさに顔を歪めて必死に逃れようとすると、クリスがウェスカーに体当たりをして助けてくれた。彼が接近戦に挑む中、私は急いで落とした銃を拾い、後ろから援護射撃をする。……だけど、それらも全て避けられてしまった。
──仕方ない、ならこれで。
銃を捨てて私も直接ナイフで向かえば、固定されている本棚に思い切り突き飛ばされて背中を強打した。
「ぅああ!」
その衝撃で息が出来ない。堪らずに床に両手をついて
「──クリス!!」
ウェスカーの拳がクリスの体を貫こうとするのが分かった瞬間、私は走った。ウェスカー目掛けて。……覚えてるのはここまで。だって無我夢中だったから。きっとウェスカーに組み付いて窓を突き破り、一緒に崖下に落ちたんだと思う。
今度こそ自分は死んだのだと。覚悟は常にあったし、これでクリスを救えたのだとしたら、私の死も意味のあるものになった筈。
「身を呈してクリスを救ったつもりのようだが、残念。心中は成功しなかったな」
暗闇の中でウェスカーの声がした。しかも、水の中にいる様な感覚が私を包む。
──何?
不思議に思って目を開けて見れば、目の前には透明の壁らしき物が。その向こう側にはウェスカーの姿もあった。
これは夢か現実なのか。……よくわからない。すると意識が徐々に遠退いて、私の視界は闇に染まる。再び目を開けると、今度は眩しい光に襲われた。多分、ベッドの上だと思われる。
「お目覚めのようね」
知らない女の声がして、自然とその方へと目をやる。一体誰なのだろうか。私を上から見下ろすその女は、いけ好かない笑みを浮かべながらこう言った。
「『ベッドから起き上がって』」
私は当たり前の様に上半身を起こす。──否、これは自分の意思で起きたんじゃない。
「『私の前に
そんなの断る。だけど私は女の言葉通り、ベッドから降りて震える脚で跪いた。
──何で?
私の体は一体どうしてしまったの。口も身体も全く言う事を聞いてくれない。何で見知らぬ女の言葉に従ってしまうのだろうか。
「どう? 初めてだけど、先ずは成功じゃないかしら?」
戸惑う私から視線を外し、別の方へと女はやる。すると背後から気配が。どうやらもう一人いるらしい。
「……そうだな」
私の背後からするこの声は、ウェスカーだ。
「彼女、私の好きにして良い?」
「ああ。ジルの事はお前に任せよう」
ウェスカーの言葉に満悦な女は、必ず使い物にするからと、得意気に微笑んで言った。
──これは一体何なの? 夢? 現実? 私、生きているの?
「しっかり躾けてあげる」
女の高笑いが上から私を包んだ。自分の体なのに自分ではない誰かが私を操作している。……怖い。全く意味がわからない。ねえ、説明して。誰か、誰か──。
私の意識は、そこで暗転した。
「ぐっうあ!」
何度目だろう。びりびりと電気ショックの様な痛みが全身に走り、私は床にうつ伏せに倒れて悶えた。想像を絶する程の痛みだ。この痛みを受ける度、これが夢ではなく現実だと知らされる。
「言う事をきかないからよ」
女……、エクセラは蔑んだ笑みで私に言った。
混乱も過ぎ去り、私の中で冷静が取り戻されて数日。自分に起きた状況が徐々にわかってきた。
崖から落ちた私は、息も絶え絶えになっていたこの身を、道連れにした筈のウェスカーに回収され、暫くこの施設で冷凍睡眠状態にされていた。
目覚めるまでの間、身体の中の細胞や血液は実験に使われ、目覚めれば今度は新たな実験をさせられようとしていた。私の体には、蜘蛛の形をした装置が肌に食い込む様に取り付けられている。この装置のせいで、私は私でいられない。
「P30の量をもう少し増やそうかしら」
P30……、肉体を強化し、精神をも支配する薬物だとエクセラから聞かされた。まだ完全な実用には至らず、私が実験体となっているのだ。数時間分の薬が装置の中にあり、食い込んだ先から体の中へと定期的に投与される仕組みだそうだ。薬の量は安定量を測る為に、常態を観て減したり増やしたり。薬が入れば精神は常に支配されるけど、切れる寸前や効き目が薄い場合に、僅かでも抵抗が可能だった。だけど──。
「ほうら、もう自分の意思じゃ何も出来ないんだから」
そう。この投薬装置は、抵抗した際に電気ショックが起こる様に仕組まれている。特殊な小型無線機を使って操作をすれば、いつでも好きに私を抑え込んで制御出来るのだ。
──悔しい……!
意識だけはまともな分、他人に体を好き勝手操作されるのが悔しくて堪らない。
「言う事を聞かない悪い子には、お仕置きを与えなきゃいけないわね」
僅かに痛む胸の中心。膝をついてエクセラを見上げれば、派手な赤いルージュの唇が妖しく弧を描く。
「入って来て」
エクセラは、持っていた無線機で誰かを呼び出した。すると、二人だけだった室内に見知らぬ男達が数名入って来た。一見、ただの荒くれ者にしか見えない連中は、いやらし気な表情を浮かべながら私を中心にして囲み出す。
「私の為によく働いてくれてるの。だからご褒美あげるのよ」
嫌な予感がする。
「『さあ"ジル"、彼等に優しくご奉仕してあげて』」
予感的中。私を囲む男達が一斉にベルトを緩め、チャックを下ろし始めた。
──嫌、絶対に嫌。
私は必死に抵抗しようと試みる。でも、床についた膝を震わせて唇を噛もうとすれば、再びの電気ショック。
「あうっ!」
反動でうつ伏せに倒れると、エクセラはゆっくりと男達の間を割って私の前に立つ。
「聞こえなかったかしら? 『彼等に優しくご奉仕するのよ、ジル』」
全身が痺れ、別の誰かによって私の体が動かされる感覚。酷く眩暈がした。
──嫌、嫌だ……!
言葉に言い表せないぐらい、とても屈辱的な時間だった。
逆らえない命令によって、私は男達の性の捌け口にされたのだ。
不快感。口の中や身体中が気持ち悪い。やっと自分の意思と体が一致し、飲み込んでいたものを全て吐いた。
「お仕置きにならなかったかしら?」
エクセラの高笑いは
「休んでる暇なんて与えてやらないんだから」
2ヶ月ぐらい経っただろうか。P30による効き目も良好。エクセラを睨みつける事さえ不可能になっていた私は、完全な操り人形になっていた。
「私の命令にはもう忠実よ。指示通りに何でも動いてくれるわ」
「流石だエクセラ。お前に任せて正解だった」
久々にウェスカーを間近で見た気がする。あの洋館以来だ。特殊仕様のスーツを身に纏い、姿勢良く立つ私の姿を愉快気に見つめながら、ウェスカーは鼻を鳴らして笑っている。
「これから存分に役に立ってもらいましょう」
その隣でべったりと寄り添う様に立っていたエクセラが、満悦な表情を浮かべて言った。
「……私達の為に。そして貴方の世界の為に」
「フ、そうだな」
この二人は、ウェスカーは何かを企んでいる。アンブレラが無くなった今、何をしようとしているのか。
「ジルには教えてやったか?」
「いいえ。まだ何も」
「そうか……。なら俺から告げてやろう」
話を切り替えたウェスカーは、黒いソファーに深く腰をかけて、『ダイアナを覚えているか』と私に問うた。
忘れる筈なんてない。彼女の事はちゃんと覚えてる。そう返したい私の口は、感情の込もっていない『はい』という言葉しか出せなかった。
──でも何で、突然ダイアナの事を?
「ラクーンシティで死んだ筈のダイアナは生きている」
……生きている。彼女が、ダイアナが生きているなんて。
「崩壊する前に俺がダイアナを連れ去った。一人だけ使ってやれないのは不公平だからな……」
──嘘よ……!
ウェスカーからダイアナのこれまでを聞かされ、私は言い表せない程のショックを受けたし、とても信じられなかった。でも、今は生きていた事を喜ぶべきだろう。
「信じ難い、か? なら会わせてやろう」
ダイアナに会える。まさかの再会は、嬉しくない筈がない。
普段から施設内でも全身を隠すようなマントを羽織り、仮面を被らされている私は、ウェスカーに付いてダイアナのいる部屋に向かった。
「これを持っていろ」
途中、理由なくウェスカーにペン型の注射器を渡された。まさかダイアナに使うのだろうか。中身は何だ。
「ここで待て」
薄い笑み。命令通りに従う私を見ての笑みか。ウェスカーは狭い廊下の真ん中で私を一人で待機させると、奥の自動扉の向う側へと先に行ってしまった。待っていたのは数秒後。トランシーバーに連絡が入った。
──ダイアナ、あなたに会えるのね。
少しの期待と不安を持って、私はダイアナのいる部屋へと進んだ。
「どうだ? 会えて嬉しいだろ?」
ダイアナを介する様に問われ、抑揚の無い声で『はい』と答える。私の目の前には、最後に見た時と変わらないダイアナがそこにいた。
……否、違う。以前よりも少しほっそりとし、髪の色が金に変わって、この前エクセラに鏡の前に立たされて見せられた、私の様だった。
「誰なの?」
私を訝しく見やりながら、ダイアナはウェスカーに問う。姿をマントで覆い、仮面を被る私が誰だかわからないからだ。
「今日はお前の為に来たんじゃない」
勿体ぶるウェスカーはダイアナの腕を強引に引っ張り、床へと倒す。
「ダイアナを押さえろ」
従う私は、ダイアナが逃れようとする力に驚いた。薬物によって得ていた高い身体能力が無ければ、彼女を押さえ込めやしなかっただろう。
「ああ!」
私に知らしめる為か、ウェスカーがダイアナの手を突き刺し、そして引き抜いて見せる。
──何てことなの……!
酷い傷口はあっという間に癒えて閉じられ、更にウェスカーは続けて肩を銃で撃ち抜いたのだ。
彼女の呻く様な悲痛な声と共に、貫通していなかった弾が傷口からゆっくりと這い出される。
「あれを打て」
先程渡された注射器を、操作されたこの身のせいで躊躇いもなくダイアナに打った。……ただの人間ではなくなったダイアナを大人しくさせる為の薬らしい。
──ごめんなさい。
苦しんで荒い息を吐くダイアナから離れた私は、命令によってフードを下ろし、それから仮面を外して顔を見せた。ここでやっとの『対面』。
「じ、……ジル……?」
朦朧としたダイアナが私を見つめている。お互い生きていた事の再会を喜び合いたいのに。それは不可能。
今の私の状態をダイアナに告げたウェスカーは、私とダイアナの今を嘲笑う。
「後は俺の指示があるまで部屋の外で待っていろ」
終わりだと言って、部屋の外で待機の命令。ダイアナを気にかけながら自由は利かず、私はひとり待機した。
待っている間に考えていたのは、再会前に知った今のダイアナの事。ある程度は聞かされたけど、細かくまでは知らない。ウイルスを取り入れての進化。治癒、再生能力の異常な高さ。体内で作られる細胞、血液の高い価値。私の肉体強化の成分の一部にも、ダイアナの中のウイルスが使われているというくらいだけ。
──"採取"……?
此処へ来る前、『採取なのね』と、少し不満気にウェスカーを見送った時のエクセラの言い方が妙に気になる。
その時、部屋の中からくぐもった声が聞こえてきた。ダイアナだ。泣いている様な苦しみの声。だけど……、それはまるで、情事に喘ぐ女の様だった。
──ダイアナ!
耳を塞ぎたかった。鼓膜を破ってしまいたいくらい、私には身に染みて辛い時間が流れる。
「ジル! 入れ」
こんなの、酷い。
中に再び入れば、簡素なベッドの上でうつ伏せになっているダイアナの姿が強烈に視界に入った。ぐったりとしたまま裸体を晒し、動かない。何があったかなんて嫌でもわかってしまった。
「これを研究室へ。エクセラに渡せ」
採取したであろう血液の入った注射器を渡された。何故、どうして。
「あの人の為だってわかってても、やっぱり嫌!」
エクセラのもとへ単身戻れば、私の手から捥ぎ取った注射器を睨み付けて『アルバートを安定させる為よ』や、『あんな事をしなくても済む様にもっと研究しなくちゃ』などの独り言を呟き出した。
──ウェスカーを、安定?
後になって答えを知った時、悲しみよりも怒りが増した。エクセラの命令を直ぐに受ける為、いつも近くにいた私はそれを知る事が出来たのだ。
死んだとされていた洋館事件で、ウェスカーは試作段階のウイルスを自ら注入、現在のような超人的能力を得る。だけど所詮、試作段階。ウェスカーの中のウイルスは不安を起こしていた。そして偶然にもダイアナの中で安定を発見。
──だからってあんな!
今の段階では、ダイアナの中で作られる成分に頼り切るしかない。方法があの行為しかないなんて……。
ウェスカーは、私やダイアナの精神をより深く落とす。採取目的の行為をただの嫌がらせの様に聞かせるのが滑稽なのだろう。私が受け取るだけの為に現れると、ダイアナの表情は強張る。嫌だと拒否すれば『打て』と命令され、歯向かえずに私はダイアナを苦しませた。
唇を嚙むのも拳を握り締めるのも出来ず、部屋の外でウェスカーに犯されるダイアナの悲鳴を何度も聞かされる時間は、辛いなんてものじゃなかった。
──ごめんなさい、ごめんなさいダイアナ。
妹の様に思っていたダイアナの苦しみを救えず、何も出来ない無力な自分が歯痒い。
この苦痛の中、私は更に地に落とされる。
ウェスカーが目指す、これからやろうとしている事。完成したウロボロス・ウィルスを世界にばら撒く、バイオテロだ。
どこからか拉致した人間にウロボロスを使った実験、生物兵器の使用……それらの数々の事を、ウェスカーはエクセラに指示し、私にも加担させたのだ。
「何だよ、仕事は真面目にやってるぜ」
エクセラの命令でリカルド・アーヴィングのもとへ。この男の表向きは、トライセル社のアフリカ支社所有の油田の所長。裏の顔は
「追加分のB.O.W.リストだ」
用意されたリストを渡せば、アーヴィングは気怠げな態度でリストに目を通す。
私はこの男を好かない。初めて会った時の、私を値踏みする様ないやらしい視線。『王様の女の趣味は悪くない』という発言や、金にがめつい横柄な態度は癪に触る。
「ほらよ」
チェックを入れたリストをアーヴィングから受け取り、用も無いので去ろうとすれば、『そういえば』と呼び止められた。
「もう一人、アンタと同じ元部下の女に会って久々に思い出したぞ」
もう一人……。もしかしてダイアナに会ったのか。
「ラクーンシティ崩壊の少し前、オレはビジネスでラクーンシティにいたんだよ。ま、裏の仕事のおかげで得た情報に、あの時のオレも流石に焦ったね。もう必死。無くなっちまう前に大金持って逃げたのは正解だった」
ラクーンシティでは稼がせてもらった、良い思い出だったぞ。アーヴィングはケタケタと壊れた玩具の様に笑う。その声を不愉快に思いながら、私は無言のまま去った。
もう二度と会いたくない。だけどそうはいかない。資金源はアーヴィングにある。私は拒否なんて出来る筈のない操り人形なのだ。
バイオテロの加担、いくら私の意志じゃなくとも罪は罪。私のせいでどれだけの命が失われただろうか。
走狗となって使われる毎日、嫌がるダイアナの採取の同行、嫉妬したエクセラによって玩具にされる日々……。私の苦しみも限界寸前だった。
──私の意識も消えれば楽になるのに。
遂にそんな事を思ってしまうようになったある日、この暗い闇に一筋の光が見えた。
「B.S.A.A.が動いてる」
どうやらアーヴィングがヘマをやらかした。そのせいでだと、エクセラが酷く憤慨していた。B.S.A.A.と聞いて、私は完全なる深い闇から、僅かにも這い出せた気持ちになった。
「B.S.A.A.など、恐れる事もない」
焦るエクセラに対し、ウェスカーは余裕の表情だ。ウロボロス完成の今、B.S.A.A.は脅威にもならないと言う。
ウェスカーの言葉を聞いて安心したらしいエクセラも自信を取り戻したようで、『そうね、何も恐れなくて良いわ』と、何か策を考え始めた。
「アーヴィングには足止めをさせるように指示を出しておくわ」
アーヴィングを追ってB.S.A.A.が乗り込んで来るであろうキジュジュ自治区に先手を打たせる為、エクセラはアーヴィングに指示を出す。そして私にも命令が下った。
同じくキジュジュ自治区へ、ウロボロス・ウィルスを投与した人間を放てというもの。遺伝子が適合するのは難しく、ウロボロスを投与されて無事だった者は未だいない。明らかにそれを狙ってB.S.A.A.を食い止めるつもりらしい。
──B.S.A.A.に私がしようとしている事は……。
B.S.A.A.が動き出したのを喜ぶ反面、気分は最悪だった。私がやろうとしているのは、彼等を殺す事。
──嫌、嫌よ!
どうしても駄目だった。
私は操られるまま、キジュジュ自治区の住民の一人にウロボロス・ウィルスを投与し、異形の怪物と成り果てたその人を放置した。
「ジル、クリスが今回のB.S.A.A.のチームに加わったぞ」
大した反応も返せない私にウェスカーから聞かされたクリスの事。
「お前の事を捜しに来たのかもな」
クリス……。彼がアフリカのこの地に来た。
私は不安に駆られたが、ウェスカーは『放っておけ』とあまり気にしてない様子。
──大丈夫、彼なら大丈夫よ。いくつもの困難に立ち向かってきたんだから。
ウロボロスによって変異してしまった怪物は、予想通りに現れたB.S.A.A.のアルファチームを全滅させたが、クリスともう一人、新しい相棒らしき女性によって倒された。
エクセラはアーヴィングや私に対して腹いせの様な怒りをぶつけてきたけれど、ウェスカーは変わらず淡々と準備を進めていた。
既に研究施設からダイアナを連れ出し、ミサイル施設内の用意した部屋に彼女は閉じ込められているのだが、今の様子はどうなんだろうか。抵抗する度に打たれていた薬のせいで、随分と具合が悪そうだったのが気にかかる。
自分の安定剤の為に、ウェスカーはこれからもダイアナを連れて行くつもりだろう。その都度心を苦しめ、身体を蝕み続けていけば、やがてダイアナはどうなるのか。
今の私じゃ彼女を救ってあげれない。クリス、あなたに希望を託すしか……。
「アーヴィングはことごとく失敗してるわね。逃げられる前に捕まえるのよ」
アーヴィングの足止めは全て失敗に終わった。クリスともう一人、シェバ・アローマは次々と難題をクリアしていく。
研究施設に辿り着くのも時間の問題。エクセラはアーヴィングが逃げ出す前に捕まえる事と、アーヴィング自らを使って後始末をさせるよう私に命令した。
「後始末をどうするの?」
まさに金を持って逃げ出そうとするアーヴィングを、私はぎりぎりのところで捕まえた。
「エクセラの玩具が!」
悪態を吐くアーヴィングの言葉に怒りが湧く。首を掴んで壁に押し上げて力を込めれば、アーヴィングは苦しみの表情を浮かべた。私の精神と身体が久しぶりに一致した様だった。
「連中がまだいるのはオレのせいじゃ……!」
「後始末はどうする!」
「わかった、わかったよ! ケリはつける!」
首が絞まる苦しみを逃れたかったのか。
私はアーヴィングの首から手を放し、支配種プラーガの改良型プラーガが入った注射器を差し出した。この男はもう、後にも先にも行けない。この注射器を受け取る他に道はないのだ。
そして、クリス達を前にクリーチャー化したアーヴィングは、あっけなく敗れた。
「B.S.A.A.が侵入しました」
侵入した事を報告しに向かえば、ウェスカーが安定剤を打たれ終えたところだった。
「計画は最終段階だ。遅れるな」
ウェスカーの言葉に笑みを浮かべるエクセラに私も同行する。ウロボロス・ウィルスを乗せた荷は順調に船へと積み込まれ、後は船に乗り込むだけ。その前にエクセラは、対クリス用に新たにウロボロス・ウィルスによって変異した被験者を用意した。
──クリス。
彼はマントを羽織り、仮面を被る私には気付いていない。
──私はここよ、クリス。
ウロボロスに取り込まれた被験者と戦うクリスを置いて行く。だけどきっとクリスなら。ここまで来た彼だもの。簡単にやられはしない。
「お待たせアルバート」
王の間と言われる遺跡で先に進んで待っていたウェスカーと合流したエクセラと私は、共にこの場所から去る寸前だった。
──ダイアナは、何処に?
ダイアナの姿が見えずに不安に思っていれば、『もう船の中だ』と僅かに口角を上げてウェスカーが言った。
──もう船の中だなんて……!
このままじゃウイルスは世界に、ダイアナも助からない。その時だ──。
「あいつもしぶとい……」
不機嫌に、そして憎悪を滲ませた様なウェスカーの声。
──やっぱり!
クリスとシェバが、私達にやっと追いついて来たのだ。
──クリス、あなたを信じてた!
喜ぶのは早い。私はまだ操り人形のまま。二人に狙われたエクセラを守る為、体は二人に向かった。シェバを狙えばクリスから銃弾が放たれる。それを避けた時、仮面が当たって外れてしまった。だけど、まだ気付かない。フードのせいで顔半分が隠れているからだ。
「相変わらずだな」
ゆっくりとウェスカーが階段を降りて来る。
「ウェスカー! やはり生きてたのか!」
クリスの銃口はウェスカーに。会うのはスペンサー邸以来らしい。ウェスカーは更に一人可笑しく笑いながら言った。
「あの時の三人が再開したんだ、もう少し嬉しそうな顔をしろ」
その意味をクリスは理解出来ない。
「やれやれ……。鈍い男は嫌われるぞ」
私の顔は、ウェスカーによって晒された。
「ジル!?」
クリスが私を見つめる。唖然としても、やはり生きていたという安堵な表情だった。私の名を呼ぶ彼にどれだけ反応したかった事か。
──クリス、私は操られているの!
心の声は届きはしない。私はマントを脱ぎ捨て、クリスやシェバへ攻撃を向けた。P30のせいで身体能力が上がっている今、二人を相手してもまだ余裕がある。この隙にエクセラは一人で先へ。野望まであと少し、高みの見物だったウェスカーは、光景を嗤いながら参戦。2対2、シェバが私を相手し、クリスはウェスカーを。
「7分だけ相手をしてやる」
気持ちが高ぶったらしい。私にはこの男の最後の戯れの様に思える。
ウェスカーは愉しんでいた。敵となってしまっている私を殺す事も出来ず、手を拱いているだけのクリスを相手して。
クリスのもとへ向かわせない様に私を足止めするシェバと応戦していれば、直ぐ近くでウェスカーがクリスに銃を放つ。勿論クリスはそれを避けて撃ち返した。
「俺は手加減をしてやっている。それで本気か?」
全て当たらない。7分という短い時間は、あっという間に経過していった。
「──所詮はこんなものか。今のお前を見れば……、さぞがっかりするだろうな」
意味深な言葉にクリスは引っかかっただろう。銃口を向けて『何を』と問うた。
しかしそれは、ウェスカーへかかってきた電話の着信音に邪魔をされる。
「……直ぐに行く」
背を向けてこの王の間から去ろうとするウェスカーを、クリスとシェバが慌てて追った。私の体は、その背後を狙う。先ずは僅かに反応の遅れたシェバを遠くへ引き離す様に壁へと蹴り飛ばす。そしてクリスを。腕を取って床に倒し、上に乗ってへし折る寸前まで捻れば、その手から銃が離れた。
──嫌、止めて! 私はクリスにこんな事をしたくない!
苦痛に歪むクリスの表情に私は焦る。このままじゃ彼を──。
「……っ、しっかりしろ、ジル・バレンタイン!」
彼の声に光を感じる。『しっかりしろ』という言葉に勇気付けられ、もがきながら必死に手を伸ばす。
「……クリス……!」
これは私の体だ。返せ、返して。
薬によって囚われた体と戦う。クリスの腕を離し、胸の真ん中に付けられた装置を外そうとした。
「この状態でまだ抵抗する力があるとはな……」
ウェスカーが小型無線機を取り出したのが視界に入る。──その瞬間、装置から全身に電気が回り、凄まじい痛みが私を襲った。そして意識がプツリと切れてしまった。気絶をしたのか、否、意識までも完全にのまれたのかもしれない。途切れ途切れで自分の意識を戻すけれど、直ぐにまた闇に染まる。
どうしたら良いのだろう。今私は何をやっているのか。これ以上の罪を重ねてしまいたくない。いっそ、クリスに私を──。
再び強い痛みが私を包む。クリスが、私を呼んでいる声が聴こえた。
「……ジル! 大丈夫か?」
夢じゃない、現実。私を抱き抱え、私を心配そうに見つめるクリスの顔が目の前に。私を操っていた糸は、クリスとシェバによって断ち切られたのだ。
「ごめんなさい……」
「もういい」
その一言に、スペンサー邸からの様々な日々が頭の中を駆け巡る。私はクリスからその後ろにいたシェバに目を移し、彼女を攻撃した事を謝った。クリス同様に私を責めるでもなく、『気にしてない』とまで言ってくれた。二人が返してくれた言葉に、今は素直に救われよう。
それよりもウェスカーだ。姿が見えない。早くしなければ世界が終わってしまう。クリスの肩を借りて立ち上がった私は、一刻も早くウェスカーを追う事を促した。クリスは私を放っておけはしないと拒んだけど、装置が外れてまだ不完全な私では、一緒に止めに行くのも出来ない。
「私は大丈夫。だからウェスカーを止めて! あなたしかいないの!」
私は何も出来なかった。薬から立ち向かう事も、救う事も……。
「聞いてクリス」
クリスに彼女の事を伝えなきゃ、ダイアナは生きてたって。知れば酷くショックを受ける筈。でもその事実を受け入れて、お願い。
「彼女は、ダイアナは生きていたのよ。ウェスカーを止めなければ、ダイアナも終わる」