※この作品はR-18です。

MONSTER【完結】   作:あまてら

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Epilogue

 

 

 

 真っ白な服を着せられたわたしは、真っ白な廊下を一人で歩く。

 太腿まで伸びた金色の髪が、わたしが歩く度にゆらゆらと揺れている。

 ──わたしは、確かに死んだ筈だった。

 

 

 心電図の音に重たい瞼を上げれば、防護マスクをしている知らない男と目が合った。

 

「ダイアナ・オブリーが目を覚ましました」

 

 冷静に誰かへと連絡をした男は、わたしの目にライトを当てて瞳孔を確認し、近くにあったモニターを見つめてメモを取る。……白衣を着ているから医者なのだろうか。

 

「……此処は?」

 

 警戒しつつ少し枯れかけた声を出せば、医者らしき男はモニターからわたしへと目を向けた。

 

「合衆国政府の管理下にある施設だよ」

「政府……?」

 

 政府と聞いて驚いた。何故わたしの身が合衆国政府に。それに何でわたしは死んでいないのか。

 ベッドに寝かされたままの状態で数時間、やっと全ての管や拘束具を外される。完全に力は入らないけれど、自力で立つ事が出来た。

 

──無い。

 

 胸元を確認してみても、わたしが刺した傷口はどこにもない。どうして……。

 

「君がダイアナ・オブリーか?」

 

 連れて行かれた部屋の真ん中には白い机が置かれ、身なりの良い、知らない中年の男が座ってわたしを待っていた。

 

「此方に座ってくれたまえ」

 

 男と向き合う形で座らされたわたしは、隅にいる一人と、四方で監視するカメラの存在に目をやると、訝しく男を見つめた。

 

「目覚めたばかりで警戒するのは無理もないだろうが、どうかそれを解いてほしい。私は合衆国の政府高官を務めているディレック・C・シモンズだ。隅にいる彼は私の専属秘書でね、立っているだけだからあまり気にしないでくれ」

 

 シモンズと名乗る政府高官の男は、わたしの警戒心を解こうと、柔らかな笑みを向けて話を始めた。

 先ずはこの場所。医者に聞いたのと同じように、此処が米国内にある政府の極秘施設であるのと、シモンズがこの施設で管理を任されているという事を教えられた。そして次に、わたしが此処へ連れて来られるまでの経緯。

 

「海上に残された船を捜索したB.S.A.A.の部隊が君の遺体を発見したんだが──」

「再生したんでしょう?」

 

 遮る様に先に言ってしまえば、シモンズは少し困った顔をして『回収後のヘリの中で突然再生し、蘇生したそうだ』と、続ける。

 

「全ての機能を驚異のスピードで回復させたダイアナ・オブリー(女性)の事を知った我々は、B.S.A.A.の協力を得て、意識の戻らない君を引き受けた。その間に此方で情報を調べて色々と検査をしながら、目覚めるまでひと月待ったよ」

 

──目覚めなければ良かったのに。

 

 あの時傷口が再生しなかったのは、打たれた薬による一時的なものだった。あの行動は無意味に終わり、わたしは死ぬ事も出来なかった。この施設で調べられた血液や細胞の結果は、人間ではなくなった時のまま、何も変わってない。

 

「折角生き返ったというのに、少しも嬉しそうじゃないじゃないか」

 

 表情は一向に優れない。それを気にしたシモンズが、伏せがちなわたしの顔を覗き込む様に言った。受け入れた死が叶わなかったのだ。嬉しいという気持ちになんてなれなかった。

 

「家族は……、わたしの両親や妹は? 家族が無事なのか教えて」

 

 敢えて話を切り替え、脅しの材料にされていた家族の安否を伺う。

 

「家族を脅しに使われるなんてさぞ辛かっただろう。だが安心してくれ、君の家族は無事が確認されているよ」

 

 良かった。家族の無事がわかった途端、わたしは何年振りかの安堵のため息を吐いた。

 

「君に起きた境遇はとても不幸だった。しかし、それももう終わりを告げた。悪は必ず滅びる、脅威は去ったからね」

「……去った?」

 

 それはつまり──。安堵のため息から一転。シモンズに目を移し、息を飲んで次の言葉を待つ。

 

「アルバート・ウェスカーは死んだ。世界に放たれようとしたウイルスは、未然に防がれたんだよ」

 

 瞬間、癒えた胸の傷口が開いた様な痛みと、頭から冷水を浴びせられた様な気分になった。

 

──死んだ? ウェスカーが?

 

 ウイルスを積んだ爆撃機は火山に墜落。ウェスカーは、クリス・レッドフィールドとシェバ・アローマによって敗れたのだ。そう、シモンズがはっきりとした口調で告げる。

 

「ほ、……本当に、死んだの?」

「死体は溶岩流の中に消えた」

「しん、だ? ウェスカーが、あの男が、死んだ……」

 

 震える唇を噛み締めれば、自然に涙が頬を伝って流れた。この涙は何だ。何故わたしは泣いているのか。

 

「辛い日々は終わったんだよ、Ms.オブリー」

 

──終わった? 何が終わったの?

 

 頭の中で色々と整理がつかない。ついていけない。目の前がぐにゃりと歪んで見える。

 

「……お願い、ひとりにして」

「まだ話は──」

「ひとりにして!!」

 

 声を荒げて叩いた白い机は、真ん中から簡単にひしゃげてしまった。

 

「君にとって良い報せだと思ったんだが……。落ち着くまで待っているよ」

 

 顔を完全に伏せていたせいで、シモンズがどんな表情をしていたのかは知らない。わたしを一人残し、秘書と部屋から出て行った。

 監視カメラの作動音を耳にしつつ、椅子の上で暫く膝を抱えていたわたしは、整理しきれない全ての事を振り返る。

 

──死んだ。

 

 わたしを苦しめる元凶のウェスカーは死んだ。もう、いない。あの男は……。

 握り締めた両手を広げれば、爪が食い込んだせいで血が滲んでいる。それが瞬く間に癒えていくのを見つめ、わたしはまた泣いた。哀しみと怒りが混ざった感情が溢れ出し、止まらなかった。

 

──これが、終わったと言えるの?

 

 気付けば、鎖骨辺りまでだった長さの髪が腰まで伸びていた。

 

「気分はどうだい?」

 

 数時間は経ったかもしれない。シモンズが秘書を連れてまた戻って来た。泣き終えて虚ろ気だったわたしは、ひしゃげてしまった机に目線を向けて首を横に振る。

 

「すまないね。本当なら家族のもとに直ぐにでも帰りたいだろう。だが、そんな体の状態ではとても無理だ」

 

 それはそうだ。わたしは普通ではないのだから、家族のもとに帰るだなんて……。

 

「それに君の様な存在は大変に珍しいし、悪用する者達に狙われる可能性だってある」

 

 わたしの肩に優しく手を置いたシモンズは、『この施設なら安全だよ』と、まるで小さな子供でもあやす様に柔和な笑顔を向けてくる。わたしに対しての警戒を、秘書とは違って一切見せない。

 

「先ずは状態をもっと詳しく調べてみよう。何か治療法が見つかるかもしれない。それとカウンセリングも受けると良い。心が楽になるぞ。勿論、家族との面会も出来るように取り計らうつもりだ」

 

 わたしは顔を上げでシモンズを見る。

 

「我々は君を、君の様な存在を救いたいと考えている。助けになりたいんだよ。今直ぐに信じてくれとは言わない。まだ心の整理が追い付かないだろう事は理解しているから、徐々にで良いんだ」

 

 シモンズは言葉が上手い。聞いているだけなのに、『信用したい、しても良い』という気持ちに不思議となってくる。だけどわたしには利かなかった。表情は穏やかなのに、何故か違和感を感じたからだ。でも、その事をわざわざ指摘したり抵抗して暴れたりする気も起きない。

 だって本当に何も考えたくなかったし、何もしたくないのだ。だから今は暫く、ただ静かに眠りたい。それだけだった。

 だからわたしは、全く気持ちの込もってない作り笑いをシモンズに向けてからこう答える。

 

「……ありがとう。努力してみる」

 この言葉を言い終えて直ぐ、わたしの意識は途切れた。三日間眠って目覚めれば再びベッドの上。初めてこの施設で目覚めた時とは違う部屋だった。

 

──殺風景ね。

 

 真っ白な部屋の中は窓一つ無い。監視カメラはあるけど、死角を見つけるのは簡単だった。右側の壁に沿って、ベッドとサイドテーブルだけが置かれている。左側の隅にはもう一つ扉があって、そこにはシャワーとトイレが備え付けられていた。

 試しに外へ出る為の自動扉の前に立ったけど、ロック済みで開きもしない。結局、狭い部屋の中で閉じ込められる事に変わりはないようだ。

 出された食事には手を付けず、コップに入った水だけを飲む。それを続けていると、やがて栄養剤と水だけがのったトレーが運ばれるようになった。その際、運んで来る施設のスタッフは防護服を来て現れる。大袈裟な防塵マスクまでして。

 シモンズが言っていた検査は、ほぼ毎日行われた。聴覚に視覚、体の中の細かいところまで全部。ついでに体力測定もやった。その間、定期的にカウンセリングも受けさせられた。S.T.A.R.S.に入るまでの話と、入ってからの話。そして、ウェスカーに拉致されてからの話も……。平気だと思ってたのに。でも、この話は思っていた以上にわたしを苦しめる事になった。

 1998年のあの日から先を話したくはない。言葉に詰まり、恐怖、悲しみ、怒りで発狂しそうになって、何度も中断してしまったのだ。

 それから数日経って、シモンズと再び会う事になった。

 

「顔色が優れないようだね。ちゃんと食事と睡眠は取れているかい?」

「……ええ」

 

 気怠げに椅子に座るわたしを心配する様に、シモンズは語りかける。

 

「検査の結果なんだが──」

 

 島の研究施設で知らされたのとあまり変わらない結果だった。正常な人間の数値ではない事を聞かされたところで、あの時以上の衝撃は受けない。

 細胞の中に閉じ込められたウイルス達については『支配』を現状維持。わたしの中で生まれたウイルスの方は不明な部分も多く、今後も詳しく検査をして調べていくそうだ。

 

「もう、部屋に戻っても?」

「そうそう、Ms.オブリー」

 

 話が終わったのならと、席を立ったわたしをシモンズが呼び止める。まだ何かあるのか。

 

「君との面会を希望する者がいるんだが……」

 

 わたしに面会なんて、一体誰が。それに此処は極秘の施設、外部との面会なんて許されていないのでは。

 

「本来なら許可は出せない。だが、どうしてもキミに会いたいときかなくてね」

「……誰なの?」

「君の知っている人物だよ。B.S.A.A.のクリス・レッドフィールドだ」

 

 ──五日後。わたしは、クリスがいる面会室までの長い廊下を一人で歩いていた。

 もう二度と会えないと思っていたし、正直、彼に会うのは凄い恐くて悩んだ。だって、今のわたしの状態をある程度は知っているだろうから。

 足取りは物凄く重い。でも、わたしはクリスとの面会を決めたのだ。彼に……告げる為に。

 真っ白な廊下の突き当たりを曲がれば、直ぐに面会室の扉が目に入った。会いたくて、でも会いたくない彼がこの中にいる。

 扉を前にして、躊躇いながら何度もドアノブに手を伸ばしては引っ込めるを繰り返す。面会室の扉が、他の部屋と同じ自動扉じゃなくて本当に良かった。色々と心構えが出来るもの。

 

──クリス……。

 

 軽く深呼吸をしたわたしは、諦めた様にドアノブを回して扉を開けた。やっぱり面会室も真っ白だ。監視カメラは四方に。この部屋の真ん中を仕切る頑丈そうなガラスの壁、その向こうには、入って来たわたしに少し驚いているクリスが座って待っていた。

 

「ダイアナ……!」

 

 ガラスの壁のせいで直接からじゃなく、天井にあったスピーカーから声が伝わった。

 

「クリス……」

 

 向き合う様に置かれた椅子に座り、ぎこちない表情のクリスと目を合わせる。

 

「元気だったか?」

「ええ」

「会えて良かった」

 

 何年振りだろうか、彼の顔を見れたのは。随分と風貌が変わった気がする。最後に見た時には、無精髭なんて生やしていなかったし。

 

「少し痩せたな。ちゃんと食ってないんじゃないか? 食わなきゃ体がもたないぞ」

 

 昔と同じ、兄の様にわたしを心配して言う。それがなんだか哀しくて、懐かしい。

 

「見た目は老けたのに、言う事は変わらないのね。髭も生やしちゃって」

「老けたは酷いな。髭は、まあ、自然に生えてくるもんだから仕方ないだろ」

「剃るのが面倒なだけなんでしょう?」

「それもある」

 

 会うまでは物凄く恐かったのに。クリスの変わらない笑顔を見て、わたしの口元は自然と緩んでいた。一瞬、昔に戻った様な気になったからだ。此処が政府の極秘施設で、ガラスの壁を挟んで向き合っていなければ、どんなに良かっただろう。

 

「ダイアナは全然変わらないな。あの時のままだ」

 

 その言葉が、わたしの胸に深く突き刺さる。

 

「──ねえ、わたしとの面会を取り付けるの、大変だったでしょう?」

「そこはまあ……、色々使ったというか、最後の特権みたいなもんだ。気にするな」

「ありがとう……」

「礼なんていい。お前が受けてくれたおかげでこうやって会えたんだ」

 

 泣きだしてしまいそうになった。彼の前で涙なんか見せたくなくて、下唇を噛んで堪える。泣いては駄目。何か話さなければ……。咄嗟に浮かんだのはジルの事。

 

「ジルはどうしてる?」

「まだ体が本調子じゃなくてな、一緒には来れなかったよ」

「そう……」

 

 まだP30がジルを苦しめているのか。彼女が無事であるとわかったのは、クリスとの面会をシモンズから聞く少し前だった。

 

「トライセルの施設からB.S.A.A.に、『ジルは生きてる』とメッセージを残したのはダイアナ、お前だろ? そのメッセージのおかげで俺は、ジルやお前と生きて再会する事が出来たんだ」

「あなたに伝わってたのね。わたしにはそれだけしか出来なかったから……」

「メッセージは俺にとっての希望になったよ。ありがとう、ダイアナ」

 

 クリスにメッセージが伝わって本当に良かった。でも、彼の眩しい笑顔を見ていると、わたしの心臓が押し潰される様に痛む。あの男の嘲る顔を思い出したからだ。

 

「どうした?」

 

 表情を曇らせてしまったその一瞬を、クリスは見逃さなかったらしい。鈍感な癖にこういうのだけは気付いてしまうのね。

 

「気にしないで」

「気になるだろ」

「本当に何でもないのよ、だから……」

「嘘だ。お前は顔に出るから直ぐにわかるぞ。あの頃と同じで何も変わって――」

「何でもないったら!!」

 

 声を荒げて椅子から立ち上がったわたしの髪の毛が、さわさわと音を立てて伸びていく。しまったと我に返るけど、もう遅かった。

 

「……か、感情が高ぶるとね、主に怒りだけど、伸びてしまうの」

 

 クリスに向けてその髪をひと握りすくい上げて見せたわたしは、目線を床へ移し、自嘲しながら椅子に腰を下ろした。

 

「声を荒げたりして本当にごめんなさい、クリス」

「ダイアナ……」

 

 顔を見れない。恐い。『まともではない』という目でクリスがわたしを見ていたらと思うと、恐ろしくて堪らない。

 

「謝るのは俺の方だ。あの日別れたきりのお前が生きていた事が嬉しくて、懐かしくてつい俺は……、あの頃に戻った様な気になっていた」

 

 何もかも変わってしまったのだ。あの日々も、世界も、わたし自身、そしてきっとクリスも。

 

「変わったのよ。アンブレラと、あの男のせいで……!」

 

 ウイルスを打たれ、犯された日々がフラッシュバック。わたしは瞳を閉じ、拳をきつく握り締めた。

 

「……クリス。本当に、本当にウェスカーは死んだの?」

「ああ、死んだ。俺の目の前で。お前を苦しめる奴はもういない」

 

 閉じた目を開き、恐る恐るクリスを視界に入れれば、わたしを真っ直ぐに見つめる彼と目が合った。

 

「此処を出られる日も必ずやって来る。これから訪れるのは平穏だ」

「平穏……?」

「お前には穏やかな人生を送ってほしい」

 

 その言葉の思いに偽りは感じられなかった。だけど──。

 

「無理よ。穏やかな人生なんてもう送れないから」

 

 わたしに平穏なんてものは来ない。

 

「わたしが何故この施設にいるのかわかっているんでしょう? わたしはもう普通の人間じゃないの。人間の姿をした化け物なのよ」

 

 自分で言ってて物凄く悲しくなった。

 

「お前は化け物なんかじゃない」

「いいえ! 爪で引っ掻いた相手は動く屍の様になったし、わたしにキスをした人は原型も留めずに溶けた。頭を撃ち抜いても、心臓を刺しても死ねなかったのよ。こんなのが人間だって言える? 信じられないなら見せてあげるわ」

 

 自棄になり、自分の手首を噛み千切って再生する様子を見せようと噛み付いた。

 

「止めろダイアナ!!」

 

 立ち上がったクリスが、目の前のガラスの壁を大きく叩いた。表情を苦痛に歪ませたクリスは怒っている。こんな顔、今まで見た事があっただろうか。胸が更に痛む。噛み千切る寸前だった左手首から口を離したわたしは、歯で抉れてしまった手首をクリスに向けて見せた。

 

「……ね?」

 

 あっという間に癒えていく傷口。唇についた自分の血をその腕で拭い、わたしは微笑んだまま椅子から腰を上げた。

 これ以上はクリスの前で笑顔でいられそうにない。早く切り出さなければ。面会に応じたのは、クリスに直接さよならを告げる為なのだから。

 

「お前にも平穏は来るんだ」

 

 クリスに先程の怒りはもう無くて、わたしより辛そうで悲しい表情をしている。

 

「わたしに会いに来てくれて、本当に嬉しかった。ありがとうクリス。でも、もう二度と来ないで」

 

 彼に背を向けると、引き止める為に名を呼ばれた。

 

「ダイアナ!」

「……ダイアナ・オブリーも死んだわ」

「お前は死んでない」

「もうあなたの知ってるダイアナは死んだの。今のわたしは、あの男の為に生かされた存在(化け物)でしかない。この先も、ずっと……!」

「ウェスカーは死んだんだ! 奴に縛られるな!」

 

 ドアノブに手をかけ、扉を半分開けて足を止めれば、『俺はまた会いに来る』とクリスは言う。

 

「S.T.A.R.S.にいた頃の必死だったあの時のダイアナとして、もう一度クリスに会いたかった。……さようなら」

「ダイアナ!」

 

 最後に一度も振り向く事なく、わたしは面会室を後にした。それから何度か、クリスが面会を求めに来ていたらしい。わたしは会う事を完全に拒み続け、彼の対応をシモンズに頼んだ。そのうち諦めてくれる事を願って……。

 

 

 

 空虚な毎日が過ぎ、一年が経った。

 久しぶりに施設へ顔を見せたシモンズに、わたしはある頼み事をした。それは──。

 

「本当に?」

「ええ。わたしを正式に殺してくれれば、それで」

 

 ダイアナ・オ(わたし)ブリーの『死』だ。

 

「ウェスカーから解放されたというのに、"君"は死を選ぶと言う……。 両親や妹さんには一生会わなくても良いと?」

 

 シモンズは溜息混じりに言葉を投げて来る。

 

「わたしはラクーンシティで既に死んでいるのよ。両親も妹も長年そう思って過ごして来た。今更人間じゃなくなったわたしが現れたって困るだけだし、迷惑をかけたくないわ。だからこのまま、家族には何も知らせないで」

 

 それにあの行動を選んだわたしには、今まで通り家族としていられると思ってない。

 

「後悔は?」

「……無いわ」

 

 それから二週間後、わたしの『死』が一部の人間に伝えられた。救出の際でわたしを知ったB.S.A.A.の隊員の一部と、バイオテロの捜査をしていたその他の少数のみに。きっとクリスやジルの耳にも入った筈だろう。

 事実を知るのは、シモンズを含めた関わりのある施設の職員達だけ。

 

「君の頼み通り、ダイアナ・オブリーは死んだよ」

「これで、もうわたしはただのサンプルになった。後は貴方のお好きに」

 

 本当に死ねるなら、煮るなり焼くなりされても良い。

 

「実験に協力的なのは大変に有難い事だ。だが私は言った。君の様な存在を救いたい、助けになりたいと。このまま君を、ただの実験体にだけはしないよ」

 

 項垂れで椅子に座るわたしの肩を、シモンズはゆっくりと抱きながら言う。

 

「君が消してしまいたいと思っているその命、この私が貰おう。君のこれからをアメリカ合衆国の為に使ってほしいからね」

 

 顔を上げてシモンズを見つめれば、瞳の奥のドス黒い闇が私を写す。もう捨てた身だ。拒否する意思は、今のわたしにはもう無い。

 

「……ええ。どうぞ」

 

 渇いた声で答えれば、作られた笑顔でシモンズがわたしの髪を優しく撫でた。

 

「生まれ変わった君には、新しい名前(プレゼント)をあげよう」

「プレゼント……?」

「今日から君は────」

 

 

 

 

 

──予期せぬ出来事は、ある日突然やって来た。

 その根源はわたしの全てを奪い、バケモノにし、深い苦しみだけを残していった。

 偽りの死で救われはしない。わたしに纏わりつく残酷な運命は、これから先も続いていくのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




end.....?
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