正面の広いガラス壁に置いてある大きなモニターは、わたしに見せる形でそこにあった。モニター画面に映し出されていたのは、わたしの血液。それを顕微鏡でアップし、Tーウィルスに支配されることなく包み込んで吸収していく様が見せられる。
『ウィルスの抗体を持つ人間はそういない。だがお前はその抗体を持つ者よりも、尚珍しい特殊な体質をしているらしい』
ウェスカーは続けた。通常、抗体持ちの血液中の細胞らはウィルスを取り囲み、ごく一部の害の無い部分だけを残して消し去るのだと。しかしわたしの細胞は、通常の細胞と同じく一度ウィルスに侵食された後、直ぐに中央からウィルスを食い破るかの様な働きを見せ、そのまま一気にウィルスを吸収してしまう。吸収した細胞はウィルスの一部を取り囲んだ状態として、一見して感染状態のまま正常化しているそうだ。
『お前には、暫く役に立ってもらおう』
マイクのスイッチを切り、研究員に何かを命令すると、ウェスカーはその場から去って行く。そんなウェスカーに苛立ちながら縛られている手を握り締めていると、カチャリと鍵の様な音と共に自動のドアが開かれた。入って来たのは、防護マスクと防護服を身に付けて武装した、先程わたしをこの場に無理矢理連れてきた三名だった。
「何よ」
一人が縛っていた縄を外し、残りの二人がわたしに銃を向ける。新たな拘束具でわたしの両手首を前にして縛った。
「歩け」
不服ながら従うしかないわたしは、一人に背後から銃を頭へと向けられ、一人はわたしの拘束具に鎖を通して引っ張り、もう一人は先頭を歩いた研究員と共に、何処かへと向かわされた。
少し長い廊下を経て、幾つかの角を曲がった先にある頑丈な扉の前に立つ。自動で開かれたドアの向こうは、長い長い通路を真ん中にして左右向き合う様に部屋があった。
──まるで実験を控えたマウスの檻じゃない……!
「入れ」
鎖を外されて、わたしは幾つもある部屋の1つの中へと無理矢理押し込まれる。外から鍵をかけられて、わたしはドアの上にある、小さめの鉄格子窓から叫んだ。
「出して! 此処から出してよ! ねえ!」
研究員達の去って行く足跡が響くだけで、答えは返ってはこない。腹が立ったわたしは、ドアを右手で力強く叩いた。
「っつ……」
ああ、右手首と人指し指を痛めてるのを忘れていたわ。わたしは溜め息を
「隣の部屋に通じてるのかしら……?」
通じているとして、隣部屋に行くのは不可能だろうと見てわかり、わたしは項垂れる様にしてベットに座った。今頃クリスやジルはどうしているのだろうか。ウェスカーが裏切り、壊滅状態のS.T.A.R.S.はどうなったのか。わたしは色々な事を思ったり考えたりした。ウェスカーが言ったラクーンシティの事も気にかかる。わたしが突然いなくなってどう思ったのだろうか。
──クリスは、わたしの事を心配してくれているのかしら?
それからまた、時間がどれくらいか経った。時折、足音やドアが開かれる音が何度かあるだけで、何も起こらない。少しして、隣の部屋に誰かが入れられた音が耳に入る。「出せ、ちくしょう!」と、若干興奮した女の声がした。ドアを何度も叩き、蹴る音が響く。
「貴女も連れてこられたの?」
わたしはドアの上の鉄格子に向かって、隣の女性に声をかけてみた。
「誰? ……あなたもって、アンタもなの?」
わたしに対して少し警戒している感じだけれど、隣の女性は応えてくれた。
「ええ。わたしはダイアナよ」
「……あたしはミランダ」
ミランダと名乗った彼女は、昨日友達とバーで呑んだ帰りに拉致されたと教えてくれた。
「気づいたらこんな所に閉じ込められちゃって……本当サイアクよ!」
ミランダは涙ながらに言う。
「独身最後の夜だったの、明日は、明日は結婚式で……」
「ミランダ……」
ミランダは嗚咽を漏らし、鼻をすすった。
──酷い……。
ウェスカーは何の為に私たちを監禁するのだと、不安と怒りの両方が込み上げる。ジャス。彼の事を思い出し、わたしは慌てて意識を現実へ戻す。
「ミランダ! 貴女何か注射を打たれなかった?」
「……注射? 打たれたけど」
「何も、何も起こらなかった?」
「何も無いわ。……どうしたの?」
「ううん、何もなければ良いの。わたしも何もなかったから」
わたしは安堵していた。隣のミランダも同じ異変は起こらず、ジャスの様にはならなかった事に。
「ダイアナ……。あたし達、此処から出られるのかな?」
力ないミランダにわたしは「きっと出られる。貴女も無事に結婚式上げられるわ」と励ました。本当は自分こそ励ましてもらいたい気分だけれど、わたしはS.T.A.R.S.の隊員。
──まだS.T.A.R.S.は存在しているのだろうか?
もし、まだそうであるなら、こんな事で挫けていたら駄目だ。なんとか、なんとか此処から脱出出来れば良いのに……。弱い心を奮い立たせ、逃げ出せるチャンスは無いものかと考えながら、わたしはただ、待つだけの長い時間を耐えるのだった。
暫くの間、寝らないでベットに座っていたわたしの扉がゆっくりと開き、防護マスクを着けた研究員が二名現れた。
「被検者25、今から第二実験投与を行う」
"被検者25"とは、わたしの事なのか。それに第二実験投与とは何なのだろう。
「嫌よ、止めて!」
わたしは隅へと逃げながら体勢を構えた。
「大人しくしろ!」
──落ち着け、考えろわたし!
わたしは深呼吸をする。S.T.A.R.S.に入る前、色々と体術の訓練を習った。あまり得意じゃなかったけれど、これから先も必要だろうと、スパルタで教え込まれた。
──大丈夫、出来る。
目の前の研究員二人が迫って来る。……先ずはみぞおちに入り込むようにして怯ませよう。両手を使えないわたしは低い体勢になって、一人の研究員のみぞおちに向けて突進した。
「うぐっ……!?」
上手くみぞおち辺りに入った研究員は腹を押さえて膝を付いた。よし、次はこっちだ。唖然とするもう一人に向けてわたしは直ぐ様振り返ると、回し蹴りを喰らわしてやった。喰らった研究員は見事ヒットして気絶。膝を付いて苦しんでいた方の研究員の顔面を蹴り上げ、二人目も気絶させる事に成功したわたしは、気を失っている二人の内の一人のベルトに付いていた鍵を盗んで、急いで部屋から出た。
「ダイアナ! どうしたの?」
心配したミランダがわたしを呼ぶ。
「待っててミランダ! 今出してあげるから!」
拘束具の鍵は見つからなくて外せなかった。仕方無く両手で鍵を使い、わたしはミランダの扉を開けた。
「ダイアナ……!」
ミランダはわたしを見て涙を流し、喜びながら出て来る。わたしは自分がいた部屋で気絶する二人を閉じ込める為、扉を閉めて鍵を掛けた。
「此処から脱出するわ。行きましょう」
早くしなければ誰かがやって来る。その前にこの場所から出ようと、わたしとミランダは走った。前方には仕切ってあるドアだ。ついでに持ってきた研究員のカードを認識画面に向ければ、ドアは音を立てて開く。
「ダイアナ!!」
わたしは見た。開ききる前に銃を向けるウェスカーを。
「ミランダ危ない!」
わたしは咄嗟の判断でミランダを庇うように突進し、二人で床に倒れた。同時に銃声も鳴るが、弾はわたしたちには当たらなかった。
「……流石S.T.A.R.S.の隊員をやっていただけの事はある。──だが、残念だ。お前の行動は監視カメラで見えていたからな」
銃を此方へと向けたウェスカーから目を離す事なく、わたしはミランダの前に立った。
「言っただろうダイアナ。役に立ってもらうと」
「お断りよ!」
わたしは全力で拒否した。これ以上得体の知れない注射をされたくない。ウェスカーの後ろには新たに何人かの研究員や、武装した防護マスクの者達が集まって来る。額から冷や汗が流れ落ちた。静かな沈黙の中、わたしにはこの状況をクリア出来る自信がなかった。
「……フン、ならば仕方ない」
その瞬間、ウェスカーは銃をミランダの足元へ向けて一発撃ち込んだ。
「ぎ、あああ!!」
「ミランダ!」
左の脹ら脛を撃たれたミランダは、苦痛の表情を浮かべて床へ倒れ込む。わたしは、急いでミランダに向き直った。
「ダイアナ。お前が大人しく部屋に戻り、実験を受けるならば、その女を逃してやろう」
わたしはウェスカーを睨みつける。なんて卑劣な交渉だ。わたしが人の為に自分を犠牲にしてしまう性分を知ってて言うのだから。
「それでも、NO……と言えるのか?」
ウェスカーは、再び銃口をミランダに向ける。
「ま、待って! 大人しく、実験を受けるわ。だから、ミランダは解放して!」
わたしは悔しさに唇を噛み締めながら、「お願いします」と俯いて頭を下げた。
「お利口だな」
ウェスカーは満足気に薄い笑みを浮かべると、ミランダに向けた銃口を外した。
「被検者25を部屋に戻し、実験を再開しろ」
命令された武装マスク達に両腕を持ち上げられたわたしは、倒れたまま痛みに苦しむミランダに目を遣る。
「心配するな。この女は無事に解放してやる」
その言葉を信じて良いのだろうか。けれど、わたしにはどう対応し、どう判断するべきかわからなかった。もし否定すれば、間違いなく今この場でミランダは殺されるだろう。
──クリス、あなたならどう行動したの?
逃げてきた部屋に再び戻されてしまったわたしは、一抹の不安を抱えながら研究員に注射を打たれるのをじっと我慢した。
ウェスカーに冷たく見下ろされた彼女が、この後どうなったのかを知らずに。
「この被検体を別の場所に移せ。──実験は、このまま実行するんだ」