※この作品はR-18です。

魔法少女まどか☆マギカR‐18   作:七音

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 前日譚 鹿目まどか

 

 

「う~ん……うぇっひっひっひ……ひっく……」

 

 

 耳元に聞こえる、女性が発してるとは思いたくない呻き声を意識の外に追いやり、無言で脚を進める。

 腕時計を確かめてみれば、現在、午前0時を少し回ったところ。予定より少し遅い。

 自分は今、人通りなど全く無くなっている通い慣れた順路を、厄介で大きな荷物――直属の上司である鹿目詢子に肩を貸してひたすら進んでいた。

 

 

「うぇへへぇ……。な~あぁ、やっぱりもうちょっと飲もぉぜぇ~? せっかくのめでたい日なんだしよぉ~?」

 

 

 部長は、赤ら顔でそう言ってのける。短時間でアレだけ飲んだというのに、まだ足りないらしい。

 お酒が好きなのは結構だけど、ザルじゃないんだからもうちょっと気をつけて欲しいのだが……。

 言った所で聞きやしないだろうと、頭を振る。

 

 本当に、勘弁して下さい。あんまり遅くなると、自分が怒られるんですから。

 

 

「んだよぉ、連れないねぇ……。うぃっく、そんなんだから、いつまで経っても童貞なんらぞぉ?」

 

 

 関係なくないですか? あと、下品ですよ。

 

 相変わらず、酒に酔うと下ネタが多い……。まぁ、他の人が居る時は口に出さないし、気を許されている証拠なんだろうけど。

 ともかく、それを諌めながら視線を前に向ければ、少し先に目的の家が見えてきた。

 見えてきましたよ、と告げると、部長は片手を上げ、自宅に向かってブンブンと振り始める。

 

 

「ん~? おぉお、愛しの我が家ぁ~」

 

 

 バランスを崩しそうになる体を支えながら、安心感にほっと息をつく。

 ようやく、酔っ払いの介護から開放される。

 

 

「……おい、今なんか失礼なこと考えなかったか」

 

 

 ……気のせいですよ、きっと。

 

 下からねめつける様な視線に、思わず苦笑い。

 なんで酔ってても勘だけは鋭いんだ、この人は……。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「ただ~いまぁ……っとと」

 

 

 下ろしますよ、と断りを入れて、部長を玄関先に下ろす。

 すると、いつもの様に家の奥から、部長の旦那様――知久さんが、水の入ったコップを片手に姿を現した。

 

 

「お帰り、詢子さん。……いつもすまないね、家の詢子さんが迷惑を掛けて。事前に連絡までくれて、助かってるよ」

 

 

 態々頭を下げてくれる知久さんに、気にしないでください、と苦笑いしながら言葉を返す。

 

 もう馴れましたし、普段は逆にお世話になりっ放しですから。

 こうして少しでも恩返しが出来れば、自分も嬉しいです。

 

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ。ほら、お水。飲める?」

 

「う~ん……んくっ、ごくっ……ぷはぁっ……ん~」

 

 

 コップの水を一気飲みした部長は、そのまま知久さんに抱きつき、甘える様にして頬ずりしている。

 普段の姿からは想像もできない有様だ。社内にある部長のファンクラブの会員達にこれを見せたら、きっと鼻血を噴いて喜ぶ事だろう。

 その後すぐ、血涙を流して悔しがるだろうが。

 

 

「それじゃあ、僕は詢子さんを部屋に運ぶから。上がっていってくれるかい? コーヒーでも淹れるよ」

 

 

 知久さんの気遣いに、頂きます、と返事をして靴を脱ぐ。

 部長が酔い潰れる度にこうして家まで送っているため、最早、定例文となったやり取りだ。

 最初の頃は、部長の旦那さんだから失礼があってはいけないと緊張したりもしたのだが、知久さんの親しみ易い人柄のおかげで、今では見習うべき人生の先輩として頼りにしている。

 だからこそ、少し心苦しいと思う事もあったりするのだが……。

 そんな事を思いながら、勝手知ったる鹿目家へとお邪魔させてもらう為に靴を脱ぎ、向きを正していると――

 

 

「……あ」

 

 

 ――背後から小さな声が聞こえて、振り返る。

 階段を下りてくる少女。

 黄色のパジャマにカーディガンを羽織り、普段ツインテールに結んでいる髪は、ポニーテールへと変わっていた。

 

 

「こ、こんばんわ……」

 

 

 驚きつつも、その少女に対し、こんばんは、と挨拶を返す。

 

 鹿目まどか。

 

 市立見滝原中学校に通う中学生で、上司である鹿目詢子さんの長女。

 そして。

 自分にとっては、生まれて初めて出来た、可愛いらしい恋人でもあった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 きっかけは、今日と同じ様に、酷く酔っ払ってしまった部長の世話を、同期に押し付けられた事だった。

 同期と言っても、彼等は自分より年下だ。

 

 就職活動に失敗し、他に遅れること数年。

 ようやっと取れた優良企業の内定に歓喜し、精一杯働こうとはしていたが、元より人付き合いが苦手な方だった為か、瞬く間に出来上がったグループに入り込む事が出来ず。

 結果、仕事以外では滅多に話す事も無く、飲み会にだって誘われた事が無かった。酒は嫌いだったが、それでも、誘われないのは寂しいもので。

 そんな自分を見かねたのか、色々と世話をしてくれるようになったのが、部長――当時は次長だった、鹿目詢子さんだった。

 仕事に引っ張りまわされ、無理矢理飲みに連れて行かれ。いつの間にか部署まで変わっていて。

 最初は迷惑にしか思えなかったが、しかし、その日々は充実していて。気が付けば、詢子さんの補佐をするのが当たり前のようになっていた。

 鹿目の腰巾着、と揶揄される事も多かったが、長い間、彼女に着いて仕事をする内に、その程度の陰口なら笑って流せる程、自分に自信も持てていた。

 

 そんなある日。

 次長から部長への昇進祝いの飲み会で、珍しく酔いつぶれた彼女の送迎を押し付けられた。

 そして、酔っ払いの口から零れる吐瀉物と道案内に苦労しながら辿り着いた家で、彼女――まどかと出会ったのだ。

 

 最初は、どう接して良いのか、戸惑って。

 次に会った時、笑顔が凄く可愛い事に気づいて。

 気がつけば、飲みに行った時に、部長が酔い潰れてくれる事を期待してしまう自分が居た。

 

 会えた時には、酒の勢いも借りて、色々な話をした。

 自分の事、彼女自身の事。

 会社での事や、学校で起きた事。

 不思議と何でも話す事が出来て、彼女も色んな事を話してくれた。

 話が弾んでしまい、翌日の学校に差し支えてしまった事もあり、その時は、部長と知久さんの両方に軽くお叱りも受けた。

 

 そして、短い逢瀬を重ねるうちに、ふと我慢できなくなり、デートに誘った。

 驚く彼女の顔を見て、後悔しそうになったが、彼女は赤い顔を俯かせながら、OKをしてくれて。

 そんなこんながあった末、ごく最近、晴れて恋人同士となったのである。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「今日は、何が原因だったんですか?」

 

 

 リビングで、向かい合って椅子に座りながらそんな事を思い返していると、彼女の方から話しかけてきてくれる。

 原因、というと、部長が羽目を外した原因だろうか……?

 

 それなら多分、部長なりにお祝いしてくれたんだと思う。

 酒は飲めるけど、好きなわけじゃないって知ってる筈なのに、こうやって飲みに誘われるのは少し困るけど。

 祝ってくれようとするのは、素直に嬉しい。

 

 

「お祝い? 何か、あったんですか?」

 

 

 不思議そうに首を傾げるまどかに、今日、昇格が決まった事を話す。

 

 

「しょうかく……? ……えぇ!? す、凄いじゃないですかっ、おめでとうございますっ」

 

 

 彼女は、まるで自分の事の様に喜んでくれている。

 その姿に少し気恥ずかしくなり、同期にはもっと上にいる奴も居るんだけど、と付け加えてしまう。

 

 

「それでも凄いよ――じゃなかった、凄いですよっ。よかったですねっ」

 

 

 それでも、と言って祝福してくれるまどかへ軽く笑い掛けながら、自分もお礼を返す。

 

 ……ありがとう。

 でも、二人きりなんだし、無理に敬語を使わなくても良いよ?

 

 

「……ぇはは、ごめんなさい……。なんか、あなたとお話してると、安心しちゃって……」

 

 

 まどかは、はにかみながら嬉しい事を言ってくれた。そんな彼女に悪戯したくなって、今度はちょっと軽口を叩いてみる。

 

 こっちは、結構ドキドキしてるんだけど。……可愛い女の子と二人っきりで。

 酒も入ってるし、変な気分になっちゃうかも……?

 

 

「ふぇっ!? ああああの、それはっ……」

 

 

 大いに慌てて、顔を真っ赤にするまどか。

 可愛らしい慌てっぷりを見れた事で満足し、冗談だよ……半分だけ、なんて、再び微笑む。

 

 

「あ……うぅ、酷いよぉ……」

 

 

 少し頬を膨らませ、彼女は不満げな表情を見せる。

 そんな表情すら可愛いのだから、女の子というのは反則だ。

 

 

「………………」

 

 

 くすぐったい様な、そんな沈黙が広がる中、知久さんが妙に遅い事に気付き、その疑問を口に出す。

 

 

「……確かに。着替えに手間取ってるのかも。私、ちょっと様子見てくる」

 

 

 流石にそれを手伝うわけにも行かず、頷いてそれを見送る。

 今日は疲れたし、酒のせいで少し眠くなってきているので、出来るだけ早く戻ってくれると助かるのだが……。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 ……遅い。

 

 あれからもう、十分程時間が経っている。家に上がらせて貰ってからも合わせれば、二十分くらいか。

 いつもなら、知久さんの淹れてくれた美味しいコーヒーを飲み終えている頃なのだが……。

 やっぱり、少し様子を見に行ってみようか……。ドア越しに声を掛けるくらいなら平気だろうし。

 そう思い立ち、リビングを出て部長の寝室へと向かう。

 ちなみに、帰りが遅くなる事が多いため、知久さんとは別室だそうだ。末っ子のタツヤ君も、知久さんの部屋で寝ているらしい。

 

 そんな事を思い出しながら廊下を歩いていると、ドアの前で立ちすくむまどかを見つける。

 声を掛けようと思ったのだが、彼女は身を屈ませながら、ドアの隙間を食い入るように覗き込んでいた。

 手が届く程に近づいても、まどかは気が付かない。そこまで来ると、ドアの向こうから微かな声が聞こえてくる事が分かった。

 興味を引かれ、まどかの後ろからそれを覗き込むと、広がっていた思いも寄らない光景に息を呑む。

 

 

 

 

 

「……はぁっ、あっ……もっと……もっと……」

 

「はぁ、はぁ……詢子……詢子っ……」

 

 

 

 

 

 そこには、あられもない姿で絡み合う、上司とその旦那さんが居た。声を押し殺し、気付かれない様にしている所が、また生々しい。

 確かに、あんな美人に甘えられれば、こうなっても仕方ないと思うけども。男としては、とても理解できるけども。

 自分の存在を忘れ去られてしまったようで、なんとも複雑である。

 

 というか、こんな声も出せるのか、部長……。

 まずい、ちょっと、興奮してきた……。

 

 なんだか気まずくなり、自分の下に居る恋人の様子をうかがってみれば――

 

 

「………………」

 

 

 ――彼女は、その光景に釘付けになっている様だった。

 心なしか、頬は上気しているように見え、体はもじもじと揺れている。

 

 ……まずい。なにがどうこうとは言わないけれどこれはマズイ。

 

 とにかく一旦ドアから離れようと、小さく声を掛けたのだが、まどかは気づいてくれない。

 仕方なく、驚かせないように、ゆっくりとその肩に手を置く。

 しかし――

 

 

 「っ……!! ○△□×~!?」

 

 

 ――よほど驚いたのか、まどかは大きく体を跳ねさせ、自分で自分の口を押さえながら振り向く。

 慌てて、しーっ、と合図をすると、まどかはカクカクと頷く。幸い、部長達には気づかれなかったようだが、いつばれるとも分からない。

 とりあえず、絵面はちょっと間抜けだが、このまま退散するとしよう。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「……はぁ、吃驚した……」

 

 

 再びリビングに戻ると、椅子に座り込み、二人で大きく息を吐く。まどかの言葉に、そうだね……ごめんね、と返しながら、自分はテーブルに肘をついて頭を抱える。

 よりにもよって、上司とその旦那さんの絡みを娘さんと一緒に目撃するとか、想像もしてなかった。

 男の視点から考えるに、多分、知久さんが我慢できなくなったんだろうけど、普段から穏やかな人だった分、余計に衝撃が大きい。

 眠気も吹っ飛んでしまったし、生でSEXを見たのも初めてだったせいか、むしろ目が冴えてしまった気がする。

 部長とも、明日からどんな顔して会えば良いんだろうか……。

 

 

「……どうしよう。私、初めて、見ちゃった……」

 

 

 動揺の感じられる声に顔を上げると、まどかはまた顔を真っ赤にして、同じく俯いていたようだった。

 予想外のタイミングで、両親の濡れ場を目撃してしまった彼女のショックの大きさたるや、想像に硬くない。やはり、取れる手段は限られるだろう。

 

 ……気づかなかった振りを、するしかない。

 

 

「……うぅぅ、でも……」

 

 

 未だにもじもじとしている彼女にそう声を掛けたものの、やはり、すぐに忘れるのは無理だろうと思う。

 なにしろ自分だって、こうして話している間にも、瞼の裏にさっき見たものがチラつくのだから。

 

 

「………………」

 

 

 なんとなく、視線が絡む。

 自分もいつかは、彼女と、ああいう事が出来るのだろうか。

 正直に言えば、今すぐにだってしたいくらいに大好きなのだが、それをしたら社会的にも物理的にも死ぬ。

 

 主に部長の拳のせいで。

 棘付きのメリケンサックとか、超似合いそうだ。

 そして、血の海に沈む自分と、返り血を浴びてニヤリと笑う部長……。

 

 嫌な未来予想図に悪寒が走り、頭を振って考えを振り払う。

 アルコールも抜け切っていないし、このままここに居たら、ホントに変な気分になりそうだ。

 

 ……今日はもう、さっさと家に帰って寝るよ。

 

 

「あ……もう、帰っちゃうの……?」

 

 

 そうまどかに告げ席を立つと、彼女は少し寂しげな表情を見せ、そんな表情に後ろ髪を引かれて、脚が止まってしまう。

 いつの間にか、距離が近づいていた。身長差があるせいか、自然とまどかは上目遣いになっている。

 

 

「……ん……」

 

 

 肩に手を置くと、瞼が閉じられた。

 引き寄せられるようにして、彼女の唇を奪う。

 もう何度か、同じ様にキスをしていたが、鼓動が早まるのは止められない。

 

 

「……はぁ……ちょっと、お酒の匂いがする……」

 

 

 そう言われて慌てて口に手をやり、ごめん、と謝る。

 考えれば、ついさっきまで飲み歩いていたのだから、酒臭いに決まってるじゃないか。こういう所に気が回らない自分が、少し情けない。

 だが、彼女は首を振りながら言葉を重ねた。

 

 

「あ、えと、嫌って訳じゃなくて……やっぱり、大人なんだなって、思って……」

 

 

 まどかの小さな手が、スーツの裾を摘んでいた。

 十以上歳が離れているのだから、小さく感じるのは当然で。

 信頼してくれる上司に内緒で、その娘に手を出している自分は、きっと、間違いなく、ろくでもない人間なのだ。

 だけど――

 

 

「……あっ……ん……」

 

 

 ――この、小さな手を離す事は。

 自分には、出来そうもなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「はぁ、はぁ……。さやかちゃん、おっはよ~」

 

「お? おはよ、まどか。でも遅いよー、もう先に行っちゃおうかと……」

 

「ご、ごめんね」

 

 

 弾む息が、白く煙らない程度には暖かくなった、三月の朝。

 通学路を小走りに駆け寄るまどかへ、彼女の友人である美樹さやかは、挨拶を返しながら腰に手を当てる。

 何時もの待ち合わせ時間より十分ほど遅れて来たまどかは、それに謝りつつも、もう一人の友人の姿が無い事に気づく。

 

 

「あれ、仁美ちゃんは?」

 

「ん? 明日は日直ですからお気になさらず、って昨日言ってたじゃない。あたし達もとりあえず歩こ、あんま余裕無いし」

 

「そう、だっけ? すっかり忘れちゃってた。本当にごめんね」

 

「はいはい、いちいち謝らない。いつもの事なんだし。ほら、行こ?」

 

「それはそれで酷いよぅ……」

 

 

 小学生からの付き合いの長さ故か、歯に衣着せぬさやかの物言いに、まどかはちょっと落ち込んでしまう。

 確かに寝坊は少しだけ……。本当に少しだけ、普通の人に比べれば多いかもしれないけれど、それが原因で遅刻した事だけは無い。

 だから、そんな風に言わなくても……なんて、思ってしまうのだ。

 

 

「ん、ふぁあぁぁ……あぅ」

 

「お~、大っきなあくび。夜更かしでもした?」

 

「うん、ちょっと。なんだか寝付けなくて」

 

「ありゃ、めっずらしー。悩み事? 何だったら、このさやかちゃんに相談してくれても良いのだぞぉ?」

 

 

 純粋に心配し、さやかは言う。

 彼女からすれば、まどかという少女は、どこか「ぽややん」とした印象の、危なっかしい子だった。

 時々、何もない所で転んだりするし、お昼を食べた後の授業なんか、しょっちゅう幸せそうに舟を漕いでいる。

 けれど、最近の女子中学生には珍しく、殆ど夜更かしなんてせず、先に上げた様に寝付きも良いまどかが朝から大あくびを見せるなんて、本当に珍しいのだ。

 

 

「ううん、違うの。悩み事とかじゃなくて……。どっちかっていうと、凄く、嬉しい事で……」

 

「あ、やべ」

 

 

 ――が、頬に手を当て、うっとりと目を閉じる彼女の姿に、さやかは自らの失策を悟る。

 ああ、スイッチが入っちゃった、と。

 

 

「昨日ね、ママから『今日は飲んで帰るから』って連絡があって、もしかしたらと思って課題をやりながら待ってたら、やっぱり、ママを送ってあの人が来てくれたんだぁ」

 

「あー、そーなんだー」

 

「それでね、話し声に気付いて下に降りてみたら、階段の所でばったり会っちゃって。

 心の準備が出来て無くって、とりあえずこんばんわって挨拶したら、あの人も『こんばんは』って、優しく笑ってくれて……」

 

「へぇー……それって普通の事なんじゃ……?」

 

「それからリビングでちょっとお話したんだけど、なんと! お仕事で昇格したんだって! これって凄いよね? やっぱり、お仕事をちゃんと頑張ってるんだなぁ」

 

「そりゃーお仕事ですからねー………………るねるねーるね」

 

「だけど私、それにビックリしちゃって、つい敬語を忘れちゃったの。そしたらね、『二人っきりなんだから気にしなくても良いよ』って、言ってくれて……」

 

「ほぉー………………ほけきょ」

 

「でもねでもね? それに安心してたら、今度は『可愛い女の子と一緒で変な気分になっちゃうかも』、なんて言うんだよ? 私もぅ、恥ずかしくって、顔が熱くなっちゃった」

 

「はぁー、さようでー………………モン○暮閣下」

 

 

 逐一入れられるちゃちゃに気付こうともせず、まどかは昨晩の出来事を語り続け、隣を歩くさやかはうんざり顔。

 小学五年生の頃からの、長い付き合い。それなりに彼女の事を理解しているつもりではあったが、まさか、恋愛関係で先を越されるなどとは、露にも思っていなかった。

 

 

(それが、この様だもんなぁ……)

 

 

 彼女との出会いの当初から、さやかには幼馴染である想い人が居り、今も片想いを続けている事は知っているだろうに、この親友は自分だけさっさか恋人を作りやがったのである。

 おまけに、事ある毎に起こったイベントを語りながら、周囲に糖分を撒き散らす。それを間近で浴びるさやかの体重が、ここの所、微妙に増え続けているのは、おそらくこいつのせいだ。

 まぁ、「やってらんねぇ」的な感じで食べるお菓子のせいも、少しはあるだろうが。

 しかし、悪気無く惚気まくるまどかにうんざりはするものの、幸せそうである事に変わりはなく、直接見定めもした結果(まどかを介してさやかが画策した)、大分年上なのが気に掛かるけれども、彼にならこの子を任せていいと思えた事もまた事実。

 さやか自身、先の想い人が事故に遭って酷く落ち込んでしまった時には、このカップルにとても励まされたのだ。

 だから、出来る限り応援したい気持ちも、勿論あるのだが――

 

 

「それから……ち、ちょっと飛ばして、また二人っきりになって……」

 

「ふーん、飛びます飛びまース○シウム光線」

 

「もう遅いから、あの人は帰るって言ったんだけど、私はなんだか寂しくなっちゃって……。

 でも、私は何も言ってないのに、それを分かってくれて、それで、優しく……ぇへへ♪」

 

「あーそーですかーグラ○ム・カー」

 

 

 いい加減ひっぱたいてやろうかこの全自動お惚気娘が。

 羨ましいんじゃ見せ付けおってからに。通報したんぞ?

 

 ――と、内心で、冗談ながらに辟易するさやか。

 頬を両手で覆い、顔を真っ赤にする彼女の姿はとっても可愛らしく、クラスに居る隠れファン(小動物みたいでぐっと来るらしい。さやかも激しく同意した)が見たら、きっと身悶えして大喜びすることだろう。

 が、辛い。辛いもんは辛い。辛いったら辛い。

 

 

(まぁ、あいつ等はあくまで愛でる事が目的みたいだし、変な事にはならないだろうから安心……してたのがこの様なんだってば。いい加減学べー、あたし)

 

 

 もう勘弁して欲しいのが本音だけれども、彼女が恋愛に関して一歩先んじているのは確か。

 どうにも羨ましくて、さやかは、口元を妙に色っぽく感じる笑みで飾るまどかを観察し、想いを馳せる。

 もし、彼と――幼馴染のあいつと、こんな関係になれたなら。

 それはさやかにとって、幼い頃から夢見ていた、最良の未来予想図に他ならない。

 彼女は相手の方から告白されたらしいのだが、ヴァイオリン一直線な彼の事。それを期待するのは無理っぽい。

 ならば、自分の方から想いを告げる事になるが――

 

 

(いやいやいや無理無理無理。んな事が出来るならとっくに彼氏彼女になってるよ……)

 

 

 ――溜息をつきながら、きっと無理だと諦める。

 いや、諦めきれないからこそ、この想いは燻るのだが、やはり、女子としては気付いて欲しいのだ。

 こんなにも、焦がれているのだという事に。

 ついでに、まどかから聞かされた告白のシチュエーションは、夕暮れの観覧車の中で、ちょっと強引に奪われたファーストキッス付き。

 恋に恋する乙女にとって垂涎の的。超羨ましいのである。何度、脳内で自分と彼に置き換えて妄想したことか。

 

 

(けど、今の恭介に、そんな余裕無いもんね……)

 

 

 さやかの幼馴染――上条恭介は、今も尚入院しており、毎日を苦しいリハビリに費やしている。

 そんな状態の彼に想いを伝えたとして、きっと、重荷になってしまう。きっと、今以上に苦しめてしまう。

 

 

(そんなの、嫌だもん)

 

 

 ――だから、今はこれでいい。このままが、良いんだ。

 

 それが最善のはずだと、また自分へ言い訳をして、さやかは思考を切り上げる。

 けれど、胸に込み上げる苦さは誤魔化し様が無く、隣で未だモジモジする親友の幸せぶりが、なんだか、嫉妬させる。

 ごちゃ混ぜになった気持ちが、普段なら余裕で聞き流せる惚気を耐えがたく感じさせ、さやかは、投げやりな気持ちのまま口を開く。

 

 

「……はぁ。ねぇ、まどか。そんなに好きなら、もういっそのこと押し倒して貰えば?

 なんだったら口裏あわせぐらいするから、お泊りでもしてさー。きっとあの人も大喜びでルパンダイブしてくれると思うよー」

 

「え? 押し倒………………っ!! そ、そんなっ、私まだっ……さ、さやかちゃんのエッチィイッ!!!!!!」

 

「あだぁ!?」

 

「あっ、ご、ごめん、ごめんねっ」

 

 

 しぱぁん、と小気味良い音が通学路に響き、さやかの背中に紅葉が咲く。

 予想外の反撃を受けて涙目になり、まだって事はいつかはいいんかい、とか思いつつ、彼女はひぃひぃ背筋を逸らす。

 そんな背中を優しく撫でながら、今度はまどかが考えを巡らせる。

 

 

(やっぱり、したいのかな。……えっちな、事……)

 

 

 ここまで過剰に反応してしまったのは、やはり、昨夜目撃してしまった情事が原因だろう。

 初めて見る、両親の――男女の睦み合い。

 目に焼きついた艶かしさは一晩経っても頭から離れず、今朝は随分とぎこちなく食卓を囲むことになってしまった(程よく炒まったウィンナーも残してしまった)。

 けれど、忘れられなかったのは、それだけではない。

 

 

(パパも、ママも、凄く幸せそうだった)

 

 

 その行為が性的な快感を伴う事を、知識としては知っていたが、それだけでは説明できないものを感じたのだ。

 言葉で言い表そうとしても、それは上手く形にならない。自分の頭の残念さが、少し嫌になってしまうけれど、それでも、考えるのを止められない。

 

 もし。

 もしも、あの人に求められたりしたら。

 

 

(私、断れる自信なんて……。ううん、もし、本当にそんな事を言われたりしたら……)

 

 

 ――むしろ、嬉しい、かも。

 

 まどかは、そんな風に思ってしまう。

 十歳以上年上の、母の部下である男性。

 今ではなりを潜めているが、彼とこんな関係になるまで、まどかの心はある種の諦観で占められていた。

 

 どんくさくて、何の取り得も無くて。誰かの役に立ちたいと思っていても、そのビジョンはあまりに漠然で、行動にも移せない。

 きっと、成長してもこれは変わらず、普通に学校を出て、就職して、結婚して……。

 ありふれた、つまらない人生を送るのだと、思い込んでいた。

 そんな諦観を呆気なくぶち壊したのは、それこそありふれた、誰にでも起こりうる出来事。

 

 恋、だった。

 

 最初はこんな関係になるだなんて、予想もしていなかった。

 けれど、いつのまにか、彼の事を考える時間が増えていて、些細な仕草が気になったり、次会った時に何を話そうか、なんて考えるようにもなり。

 気がつけば、漠然とした将来への不安は、胸を焦がす想いに。自信の無さは、変わりたいという渇望になっていた。

 そしてそれ等は、恋の成就によって、またしても簡単に解決してしまう。

 大好きだ、と言われるだけで、胸が一杯になった。家族や友達から言われるのとは、また違う感触が、心を震わせた。

 誰かに好きだと言って貰えて、誰かを好きだと言えるのは誇らしい事なのだと、教えて貰った。

 

 

(私は、いつも貰ってばっかり。こんなんじゃ、恋人失格だよね)

 

 

 だから、少しでも何かを返したくて、そういう事を勉強しようと、女の子向けの雑誌――ちょっと過激な内容の物も買ってみたのだが……。

 それは目が眩むような内容ばかりで、一冊読むのに二週間もかけてしまった。

 

 曰く、「キス以上を求められないのは気持ちが冷め始めてる証拠かも?」とか。

 曰く、「初エッチを許す平均的な交際期間は、ズバリ二ヶ月♪」とか。

 曰く、「年上の彼に飽きられないためには、彼の色に染まるしかないっ☆」とか。

 

 ぶっちゃけ、あんまり参考にしたくなかった。二ヶ月とか短すぎる。無理です。……けど、実録・体験談と銘打ってあったのだし、あながち嘘ばかりでもないはず。

 彼はかなり年上だし、本当は、キスをしたり手を握ったりだけじゃなくて、もっと恋人らしい事も、したいのかも知れない。

 もし、自分が子供なせいで、我慢させてしまっていたら。それが原因で、あの人が、遠くに行ってしまったら。

 ……考えただけで、目の奥がじんわりしてしまう。

 

 

(そんなの、絶対やだ。やっと胸を張って、好きだって思えるようになったのに)

 

 

 唇を指で触って、昨日のキスを確かめる。

 少し大きな、男の人の唇。

 重なった時の柔らかさ。

 僅かに香ったアルコールの匂い。

 抱き締められ、包まれた時の体温。

 

 ――それを知っているのは、私だけが、いい。

 

 

「……ねぇ、さやかちゃん。さっき言ってた事、今度の週末に、お願いしてもいい?」

 

「ぅおおぉ、ヒリヒリするうぅう……ぅえ? 良いけど……あれ、あたし何て言ったっけ?」

 

「だ、だから、その……あ」

 

 

 勇気を振り絞るまどかの言葉に、さやかはとりあえず頷くのだが、痛みで混乱しているのか、自身の発言を思い出せずにいた。

 説明しようとしたけれど、気恥ずかしくてまどかが口篭ってしまったその時、丁度、校舎から予鈴のチャイムが響いてくる。

 

 

「うわっ、まずいよまどかっ!? 走ろっ!!」

 

「あ、う、うんっ!」

 

 

 詳細を有耶無耶にしたまま、二人は遅刻を免れるために走り出す。

 だが、走っているだけにしては、奇妙な鼓動の跳ね方に、まどかは困惑し、そして――

 

 

(お願いしちゃったんだから、もう、後には引けない、よね。……うん、後は、私が勇気を出すだけ。……頑張れ、私っ!)

 

 

 ――不思議と、不快ではない高揚感に、決意を新たにするのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 大きな満月が、夜空に浮かんでいる。

 辺りに暗がりが広がる中、要所要所に点けられた電灯の下に、靴音が響く。

 自分は今、疲れた体を引きずり、溜息をつきながら、住み慣れた1LDKの部屋に向かってアパートの階段を登っている。

 部長を家に送り届けた日から、既に数日が経っていた。

 

 まどかとキスをした、あの後すぐ。

 ひょっこり戻ってきた知久さんに驚き、色々誤魔化しつつも、素知らぬ振りをしてコーヒーを一杯頂いてから帰宅した。

 一晩寝て起きてショックも抜けたのか、部長ともいつも通りに仕事は出来たのだが、あの日以降、やけに頼まれる仕事が増えた上に、微妙に面倒くさいと言うか、チマチマしている。

 昇格したのだから当たり前といえばそうだし、いつもの事でもあるのだが、何か妙だ。

 ふと気付くと、部長が何かを考える様な顔で、こちらを見ているも多くて。

 まるで何かを探られている様な、そんな気がしている。

 もしかしてあの日、覗いていたのがばれているのだろうか。それとも、娘に手を出されている事に気付いたとか。

 

 ……両方とも、ありそうで怖い。

 

 一応、本気で責任を取りたいと思っているが、やはりまだ部長に認めてもらえる自信は無い。少なくとも、今のままでは門前払いが関の山だろうし……。

 いや、そもそもあんな可愛い子と恋人で居られる時点で、奇蹟のようなものだ。

 当たり前の話だが、まどかがずっと自分の事を好きで居てくれる保障なんか無い。

 

 このままでいたら、いつかきっと、愛想を尽かされてしまうんじゃないだろうか。

 自分なんかよりも若くて、良い男を見つけた方のが、彼女の幸せに繋がるんじゃないのか。

 自分は、どうするべきなのか。

 どうしたら、あの子と幸せになれるのか。

 

 そんな不安を抱えながら歩いていると、自分の部屋に繋がるドアが見えてくる。

 だが、その前に小さな人影が立っているのに気づき、暗がりに目を凝らす。

 

 

「……あ、お帰りなさい」

 

 

 言いながら、人影はこちらに向き直る。

 立っていたのは、大き目のバックを手に提げ、制服の上に薄手のスプリングコートを羽織るまどかだった。

 

 た、ただいま……。あ、とりあえず、上がって?

 

 

「うん。お邪魔します」

 

 

 困惑しながらも彼女に返事をし、その手を引いて家の中に招き入れる。どれ程待っていたのか、小さな手は少し冷たくなっていた。

 電気を点けると、割と綺麗に片付いたリビングが目に入る。恋人が出来てからというもの、小まめに掃除を続けておいて本当によかった。

 まどかをソファに座らせた後、自室に戻り、部屋着へと着替えてから、二人分のコーヒーを淹れる為にキッチンへ。知久さんの影響で淹れ始めたものだが、最近ではすっかり趣味の一つになっている。

 彼女の分を少し甘めにして、それを手渡す。

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 律儀に御礼をするまどかに、どういたしまして、と返しながら彼女の隣に座り、何かあったのか、と事情を尋ねる。

 まだ恋人関係になる前に二~三回程、友達連れで遊びに来た事はあったが、今日のように帰宅待ちをされたのは初めてで、少し心配になった。

 

 

「あ……えっと……」

 

 

 その問いに、まどかは顔を俯かせ、コーヒーカップを握り締める。彼女の表情は、真剣そのものだ。

 よほど重要な事なのかと自分も緊張し始め、口を湿らせるためにコーヒーを啜り――

 

 

 

 

「……じ、実は……今日は……ぉぉお、お泊りに来ましたっ!!」

 

 ごふぅっ!? げっほ、ごほっ……!!

 

「きゃっ!? だ、大丈夫っ!?」

 

 

 

 

 

 ――予想していたのとは違うベクトルの驚きにコーヒーを噴出し、噎せ返る。

 まどかが背中を摩ってくれていたが、それに何も返せない程に驚いた。

 自分は思わず、ぬなな何を言ってるんだ、と噛みまくりながら聞き返す。

 

 

「……だめ……?」

 

 

 間近で首を傾げる彼女に不覚にもキュンとしてしまったが、とりあえず、頭に浮かんだ疑問をそのままぶつける。

 

 何でいきなりこんな事を?

 部長が許可するわけが……。

 

 

「あ、それは平気。さやかちゃんに口裏合わせてもらうから」

 

 

 さやか、というと、あのどっちが名前だか分からなくなりそうな元気娘の事か……。随分と手回しの良い事で……。

 というかあの子、この家に来た時は物凄く警戒してなかったか? 釘も刺された気がするのに、それが一体どうして……う~ん……。

 

 それは分かったけど、でも、どうしてお泊りなんて……?

 

 

「……そ、その、あれから、色々、調べたんだけど……。お、男の人って、その……え、Hな事、しないと、辛いんだよね……?」

 

 

 男としては否定し辛いその言葉に、まぁ、そうだねぇ……と、視線を逸らしながら頷く。

 あれ……? なんでこんな問答してるんだ……?

 

 

「もう、付き合い始めて、結構経つし……雑誌とかだと、このくらいでするのが、普通だって……。

 そ、それに、その……この間の、ママ達のを見ちゃってから、その……意識、しちゃって……」

 

 

 まどかは、両の指を突き合わせながら、頬を赤くし、上目遣いにこちらの様子をうかがっている。

 そんな様子も可愛いと思ったのだが、ここは心を鬼にして、雑誌の情報なんて鵜呑みにしない方がいい、と諭す。

 本当に、最近の女の子向けの雑誌は載ってる内容が異常だと思う。

 

 

「で、でも……は、初めては……す、好きな人が、いいって、言うか……。さやかちゃんにも、『そんなに好きなら押し倒してもらえば?』って、言われちゃって……」

 

 

 あんの小娘まどかに何吹き込んでやがんだ適当な事言いやがって今度会ったら覚えてろよ吠え面かかせてやる。

 

 

「……わ、私じゃ……だめ、ですか……?」

 

 

 潤んだ瞳で見つめながら、まどかは返事を待っている。

 本当なら、二つ返事で受け入れたい。だが、社会人としての理性がそれを押し留めた。

 

 やっぱり、まだ早すぎる。

 

 

「でも……!」

 

 

 言い縋ろうとする彼女の肩に手を置きながら、自分はゆっくりと話しかける。

 

 自分だって、したくない訳じゃない。

 むしろ、誰かの手に渡る前に、全部自分の物にしたい位だ。

 

 

「それなら……っ」

 

 

 だけど。

 今、そんな事をしたら、まどかの人生の選択肢が狭まる事になる。

 こんなに早くそういう事を経験してしまったら、後で後悔するかもしれない。

 まだ中学生なんだから、焦る必要なんて――

 

 

「……いやっ!!」

 

 

 ――と、そこまで口に出した所で、突然、体に衝撃が走る。

 まどかが、まるで体当たりするかのように飛びついて来ていた。

 

 

「あなたから見れば、私は子供かもしれないけど……それでも、ちゃんと本気なのっ。

 今は側に居てくれても、いつか離れて行っちゃいそうで、怖くて……ずっと、ずっと好きで居て欲しいから……だから……私……っ」

 

 

 彼女は、縋りつくようにして声を絞り出している。その、泣きそうな声を聞いて、ようやく理解した。

 

 不安なのは自分だけじゃ無かったんだ、と。

 

 彼女よりもそこそこ長く生きている自分ですら不安に悩まされているのだから、当の本人だって、不安を感じていて当然だ。

 そんな時に、深く絆で結びついている両親の姿を見て。きっと、それを真似ればあんな風になれると思って、こうして必死に繋ぎ止めようとしてくれているのだろう。

 いつも、一緒に居る時は、笑顔で居てくれたから。それを見ていれば、自分は幸せだったから。その裏に隠してあった不安に、気付けなかった。

 自分の不甲斐無さが嫌になるのと同時に、そんな自分をこれ程まで想ってくれるまどかに、胸が熱くなる。

 

 

「あっ……」

 

 

 気が付けば、きつく、彼女を抱きしめていた。

 その温もりが、どうしようもなく嬉しくて。

 自分も、まどかを欲している事を自覚した。

 

 

「………………」

 

 

 腕の中で、彼女は瞑目している。

 それに顔を寄せて、静かに囁く。

 

 本当に、いいんだな。

 

 

「……っ……」

 

 

 まどかは、無言で頷く。

 そんな彼女に、言い訳がましくも言葉を続ける。

 

 ……は、初めてだから、上手くできないぞ?

 

 

「……! 本当っ? ……嬉しい、かも……」

 

 

 もう、絶対手放さないからな。

 一生、逃がさないぞ?

 

 

「……うん……」

 

 

 その言葉を聴くと、まどかはゆっくりと体を起こし。

 大きな瞳で、上目遣いに見つめながら、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

「……私を、あなたの物にして下さい……」

 

 

 

 

 

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