「皆、掴んだ?」
「はい」
「大丈夫ですよ」
「OKです」
「掴みました」
小さな箱から突き出た割り箸の先端を掴み、小さな円形のテーブルの周囲を、五人の男達が車座になって座っている。
むさ苦しい事この上無いが、彼等の表情は真剣そのもので、このくじ引きによって己の運命が決まるかのような、そんな雰囲気すら漂っていた。
「じゃ、行くよ。せーのっ!!」
この中で一番の年長であり、彼等が今居る部屋の主でもある青年の掛け声と共に、割り箸達が引き抜かれる。
その先端につけられていた札を目にした瞬間、彼等は悲喜交々、様々な表情を浮かべた。
「よしっ、自分は『自分』のままっ。いや~、助かった~」
喜んだのは、先程の掛け声の主である、駅前に集合する時に目印代わりに着た、背広姿の青年。
「『俺』……。一番年下なのに、いいのかな……?」
「こっちは『僕』か。なんか、すっごい違和感が……」
「『私』、ね……。変な感じだ。一人称に引っ張られそう……」
普段と特に変わらないのは、背広の青年の左側に順に座る、同じく目印代わりに、それぞれの通う学校の制服を着た二人の少年と、眼鏡を掛けた青年。
「……よりにもよって『あっし』ってなんだぁああ!? なんでこんなもん入れんだよさやかぁぁあああ!?」
そして悲しみに暮れるのは、眼鏡の青年の右に居る、この5人の中で中間あたりの年頃のラフな服装をした青年。
絶対に必要になるからと、恋人に渡された、一人称くじ引き(ハズレあり)。
特に中身を確認しなかったのも悪いのだろうが、まさか自分でハズレを引く事になるとは思っても居なかった彼は、そのショックにうな垂れる。
「ま、まぁまぁ、くじ引きだし、仕方ないよ。こうしないと、訳解んなくなっちゃうし」
「ですよね~。僕等、顔も名前も年齢も全然違うのに、一人称だけが同じ“自分”って、凄い確率っすよね」
「ホントに。自己紹介した時、俺も吃驚しました」
「うん、私も。事実は小説より奇なりって言うけど、実際に出くわすと反応に困るね」
「あっし……あっしって……どこの三下でやんすか……」
「……以外にノリノリじゃないっすか、『さや彼』さん」
年齢もバラバラで、一見、共通点が無さそうなこの五人だが、その実、共通点が二つある。
先に述べた一人称がその一つ。
そして、もう一つは。
「一人称もそうだけど、この場に居る全員の恋人が同じ学校っていうのも、結構凄いですよね。ほむらから色々聞いてはいましたけど、やっぱり驚きです」
「ですね……まぁ、俺とマミは卒業しちゃいましたけど」
「そう言えば、『杏彼』君の通う高校に、巴さんと一緒に合格したんだって? おめでとう、『マミ彼』君」
「あ、有り難う御座います。『まど彼』さん」
そう、彼等の恋人達は皆同じ、市立見滝原中学校の生徒なのである。
一部(と言うか半数以上)、犯罪染みた年齢差のカップルが居るのは気にしてはいけない。
「しかし、なんだって急にこんな、男ばかりの集まりを? 『さや彼』さんの企画なんですよね?」
「ふふふ。良くぞ聞いてくれました『ほむ彼』さんっ!!」
「お、復活した……。で、なんなんすか?」
眼鏡の青年が投げ掛けた疑問に、うな垂れていたラフな青年が起き上がり、胸を張って答える。
「ぶっちゃけ大した理由はありません!!」
「――って無いんかぁい!? 休みの日に呼び出しといてそれは無いでしょ!?」
「あっはっは、流石に冗談だよ『杏彼』くん。この間、じぶ――あっし等の彼女達がパーティーやったのは知ってるよね?」
「あ、ええ。友達の家でケーキ作るんだ~って、杏子が張り切ってましたから」
「んで、その話を聞いた時に思ったんだ。お互いの存在は彼女を通じて知ってたけど、一堂に会した事は無いなぁって」
「確かに……。普通に暮らしてたら、俺達、接点とか無さそうですし」
青年の言葉に、制服を着た少年の片方――見滝原中学校の制服である詰襟を着た少年が同意する。
企業勤めのサラリーマンに、中学生と高校生、フリーターにパン屋の店員。事実、恋人という接点が無ければ、彼等は互いの名も知らぬまま、人生を終えていただろう。
※ ちなみに、先程から彼等は互いの名前をちゃんと呼んでおりますが、諸事情により、皆様には音声を加工してお届けしています。ご了承下さい。
「さやか達の事を考えると、きっと長い付き合いになるだろうし、ここらで一度、面通ししておいてもいいんじゃないかな、と。
それで、『まど彼』先輩に連絡とって場所を提供して貰って、さやかを通じて皆さんを御呼びした訳です」
「……先輩? と言う事はもしかして、お二人は前からのお知り合いで?」
「はい。実際に会ったのは少し前なんですけど。実はこの秋、就職が決まりまして。そこがなんと、『まど彼』さんが勤める会社だったんですよ」
「お互い、さやかちゃん経由で前から顔は知ってたんだけどね。休みの日に、道に迷ってた『さや彼』君と偶然会って説明会に案内したんだけど、自分も吃驚したよ」
眼鏡の青年が尋ねると、二人は顔を見合わせながらしみじみと頷いて見せた。
美樹さやかという恋人が出来るまで、自由気ままなフリーター生活を続けていたラフな青年だったが、彼女と結ばれてからというもの、将来の事を真剣に考える様になり、今まで遊び半分だった就職活動にも熱が入った。
それが功を奏したのかどうかは分からないが、運良くとある会社の選考を通過し、見事内定を獲得する事が出来たのだ。
一次選考を通ったのは運が良かっただけとも取れるが、二次選考・面接と、こうも上手く事が運んだのには、その会社に実際に勤めている背広の青年のアドバイスに寄る所が大きい。
それ故か、ラフな青年は彼に多大な感謝の念を抱き、先輩と呼んで慕っているのである。
「へぇ、そうなんだ……。世の中って狭いですね。俺も、『杏彼』さんと同じ高校になったのはホントに偶然ですし」
「うん。私も、この集まりで常連さんに会うとは……。名前だけは知ってたから、もしかして、とは思ってたんだけど」
「あはは、何時もおまけして貰って、正直助かってます。杏子、『ほむ彼』さんとこのパンが好きですから」
「ありがとう。そう言って貰えると、私も嬉しいよ」
「意外に繋がってるもんなんですよね、人間関係って。で、ですね?
それだけじゃなくて、魔法少女の事を語り合う仲間も欲しいなぁって、ちょっと思いまして。
魔法少女が一つの街に4人も居て、しかも協力体制を取ってるなんて、滅多に無い事みたいだし」
「やっぱり、魔法少女の事を知っている人って少ないみたいだからね。外では話せない事だし、男同士でないと話し辛い事も多いだろうと思ったから」
「……なるほど、いいかも知れませんね。私も、ちょっと気になってる事があったし……」
「気になる事、ですか?」
「えぇ、まぁ……。そう言えば、まだちゃんと確認してませんでしたけど、全員“知ってる”って事でいいんですよね?」
ラフな青年と背広の青年がこの集まりの趣旨を説明する中、眼鏡を掛けた青年が“魔法少女”という単語に気づき、重ねて皆に問い掛ける。
何故ならその単語は、知る者にとってはとても意味深い物であり、逆に知らない者にとっては、日常で使用すると奇異の対象として見られるかもしれない言葉だったからだ。
いい年齢の男達が、日常的に魔法少女なんて単語を使えば、変な目で見られるのも当たり前だが。
ともあれ、皆はその質問に頷き、それぞれに答えを返す。
「はい、俺は知ってます」
「僕も聞きました。幸い、襲われた事とかは無いですけど」
「あっしも勿論。初めて聞いた時は、流石に頭抱えましたけどね」
「自分も、まどかと暁美さんから聞かせて貰ったよ。半年くらい前には、具体的に何とは言われなかったけど、色々と相談されたりしたから……」
背広の青年は、腕組みをしながら当時を思い出す。
相変わらず仕事に追われる日々ではあったが、その中で、彼の恋人である鹿目まどかは、何かに悩んだり、落ち込んだ様子を見せる事が多かった。
時には、「魔法でなんでも一つだけ願いが叶うとしたら」などという質問をされ、それに対し「中学生と付き合ってる事がばれても逮捕されない世界にして欲しい」と答えてちょっと引かれたり……。
勿論、真面目な相談もされたのだが、それを通じて、まどかが何か妙な事に関わっているのを悟り、その身を案じた彼は、どうにかして事実を聞き出す事に成功したのだ……と言っても、全ては終わった後だったが。
最初から全てを信じる、とは行かなかったものの、彼女の友人である暁美ほむらと、以前接触した時に得ていた断片的な情報も加味して判断し、真実であると確信するに至る。
この事を受け、彼はまどかに同席して貰い、現役の魔法少女であるほむらから、後にきちんと説明を受けた。
それを聞き、一歩間違えれば、まどかが戦いの運命に巻き込まれていたかもしれないと知った時には、随分と肝を冷やした。
今現在、魔法少女として現役で戦っている彼等の恋人達には申し訳ないが、彼女が魔法少女にならなくて良かったと、彼は思ってしまうのだった。
「……あの頃は、大変でしたね。ワルプルギスの夜とか、魔法少女の真実の事とか」
そして、詰襟の少年が、背広の青年に続く様に呟く。
半年程前に、見滝原市を襲ったスーパーセル。
何も知らない一般人にとって、正しく抵抗しようの無い天災とされていたその正体は、魔法少女の天敵――しかも、その中でも最大最強と伝えられてきた、ワルプルギスの夜と呼ばれる魔女だったのだ。
だが、真に驚くべき事は、魔女とは、魔法少女の魂が絶望に屈して生まれる、悲しい存在であった事。
希望を振り撒く魔法少女から、絶望を撒き散らす魔女へと生まれ変わり、望まぬままに命を奪う、呪われた存在。
過去に幾度と無く地上を蹂躙し、数多の被害者を生み出してきた彼の魔女は、この街に住む四人の魔法少女の手によって打ち倒され、その悲しい運命の輪は砕かれた。
しかし、それに至る過程で知らされた、魔女が魔法少女の成れの果てであるという事実は、彼等の恋人達の心を打ちのめし、決して浅くはない傷跡を残したのだった。
そして、恋人がその様な運命に巻き込まれていると知った時の彼等の心情は、語るべくも無い。
「本当に。全部終わった後に、話を聞かされただけだけど……。怒りで頭が真っ白になるなんて、初めての経験でしたよ、私」
「ホントですよね。あの時は、マミも酷く落ち込んじゃって、俺も辛かったです。精神的にも、肉体的にも。三日ぐらいは付きっ切りでしたし」
「やっぱり、相当堪えたんだろうね。肉体的にもって事は、寝ずに付き添ってたり……? 大変だったね」
「あ~、えっと……。そんなとこです、はい」
自らを労うラフな青年の言葉に、しかし、詰襟の少年は曖昧な笑顔を浮かべた。
それもその筈、確かに恋人である巴マミが立ち直ったのは、ひとえに彼の愛情によるものだったのだが、その過程はどうしようもなく桃色だったからである。
何をどうしたかを語ろうとすると非常に長くなるので割愛させて頂くが、一つだけ確かなのは、最高記録は大幅に更新した、という事実。若さ故なのだろうが、なんとも羨ましい限りである。
しかし、この真面目な空気の中、情事を思い出してニヤける訳にも行かず、彼は理性を総動員し、何とかそれを飲み下す事に成功した。
その間も話は続き、もう一人の男子学生――高校のブレザーを着た少年が疑問を挿む。
「僕はあんまり詳しくは聞いて無いんすけど、魂のある場所が変わっただけで、肉体そのものは変化してない、って認識で良いんですよね?」
「それで合ってると思うよ。私もほむらから聞いただけだけど、魔力で回復が出来るってだけで、普通に子供とかも産めるみたいだし」
魔法少女は、その契約の時に魂を抜き取られ、それをソウルジェムへと物質化される。
それは、肉体と精神を切り離し、戦闘による負荷――痛みや恐怖を軽減する為に行われる物であり、肉体を改造されたに等しい訳だが、如何な技術によるものか、肉体の機能そのものはさほど変化していない。
故に、事実に気付く事無く、戦いで命を散らす魔法少女が大多数だが、彼等の恋人達はその恐るべき真実を乗り越え、未来を歩もうとしている。
非日常に身を置くしかない彼女達にとって、愛する人との絆を生み出せるという事実は、僅かばかりではあろうが、きっと救いになる事だろう。
「子供、か……。まだ大分先の話っすけど、不幸中の幸いですね」
「うん……。まぁ、そうでなかったとしても、別れる気なんて、私には毛頭無いんだけどね。一緒に生きようって、決めてるから」
「……僕も。その程度で気持ちが変わるくらいなら、最初から杏子を選んでませんよ」
「ですね。俺も、マミと一緒に居たいって気持ちは変わらなかったし」
「勿論、じぶ――あっしも。今更、他の男になんか渡しませんぜ?」
「……皆、凄いね。まどかは魔法少女にはならなかったし、自分は殆ど部外者みたいなものだけど、尊敬するよ。本当に愛してるんだね」
魔法少女の恋人。
先に述べた事実を鑑みれば、このメルヘンチックな単語が、どれ程の重みを持つのか。
もし、自身がその立場になったとしても、彼等と同じく、変わらぬ想いを抱き続ける自信はある。
が、実際に目の前でこう言い切られてしまうと、背広の青年は敬意を抱かずにいられなかった。
彼にとってそれは、男として目指すべき、愛の形の一つだろうと思えたから。
「あ~、はは。なんか、そう直球で言われると、恥ずかしいでやんすね……。でも、『まど彼』先輩も凄いじゃないですか。聞きましたよ~あの話」
「え? 何の事……?」
「あ、俺も聞きましたよ。おめでとうございます」
「え? ありが、とう? え? 何?」
「恍けなくてもいいですよ? 杏子にこの話を聞くまではどんな人かと思ってましたけど、ちゃんと責任感のある人みたいで、安心しました」
「………………まさか」
背広の青年の言葉に、ラフな青年が照れた様に言葉を返すのだが、心当たりが無かった彼は首を傾げる。
しかし、それに続いて皆から掛けられた言葉によって段々と輪郭が浮かび始め、彼の口元がひくついていく。
「……あれ? プロポーズなされたんですよね? 鹿目さんに。ほむらからそう聞いたんですけど」
「……なんで、広まってるんだ……。色々と危ないからまだ秘密にしておいてって、あれだけ言ったのにぃ……」
眼鏡の青年の言葉を聞き、背広の青年はテーブルに肘を突き、頭を抱え込む。
女子中学生とサラリーマンが恋人関係にあるなんて、例え責任を取るつもりであっても、世間に知られればムショまっしぐらな事実。
だからこそ、まだ秘密にしておいて、とあれ程頼んだのに、どうしてこんな事に。
もう結婚してうん十年経つのに隣の県で未だにラブラブ生活を送っている父さんに母さん。息子はしょっ引かれるかも知れませんごめんなさい。
なんて彼が心で呟いていると、眼鏡の青年が慌てた様子で声を掛け、皆も再びそれに続く。
「だ、大丈夫ですよ。ここに居る皆、通報しようとか考えてませんからっ。ね?」
「勿論ですよ。ってか、あっし等も同じ穴の狢ですからね。条例怖い」
「僕等も黙認されてるってだけですから。応援しますよ。な、『マミ彼』君」
「はい。色々大変でしょうけど、頑張って下さい」
「……ありがとう、皆……(部長には、ばれてないよな……? いや、どちらにしても、とうとう正式な御挨殺の時が来たのか……)」
皆の応援を一身に受け、背広の青年はほっとすると同時に、ある種の諦観を抱く。
プロポーズをした事を後悔してではなく、もしばれていたと仮定した場合、まだ中学生の娘に手を出された彼女の御両親の心中を察すると、それはもう煮え滾る様な怒りに満ちているだろうと想像出来るからだ。
仕事では勿論の事、私生活でもかなり逞しい事が伺える、彼の上司にして、まどかの母親である鹿目詢子(夜の主導権は流石に旦那さんにありそうだが)。
殺されるまでは行かないにしろ、半分~五分の四殺し位は覚悟しておいた方が良いのではないかと、彼は思うのだった。
後日、懸念通りに体をくの字に曲げる事になるのだから、それはあまり間違っていなかったりもする。
「さてさて、お目出度い話題も出た事ですし、何時までこうしててもアレですから、そろそろあっし等も交友を深めるとしましょうか?」
「でも、何話します? 僕等、共通点なんてそれこそ、一人称と彼女の学校ぐらいしか……」
「ふふふふふ、抜かりは無いよ『杏彼』くん」
ブレザーの少年のもっともな質問に、発言主であるラフな青年は不敵に笑いながら、後ろ手に荷物を漁る。
「はいっ、さやか謹製トークダイス!! これがあれば何とかなるでしょ?」
「……用意がいいですね。態々作ったんですか?」
「ええ。さやかが一晩でやってくれました」
掲げられた彼の手には、いかにもお手製らしい手の平サイズのサイコロがあった。直前までお題が分からないよう、それぞれの出目には丁寧にシールまで張られている。
それを見て眼鏡の青年が呟くと、ラフな服装の青年がそれに胸を張り、一緒に取り出したメモを読み上げ始めた。
「そいじゃ、ルール説明を。ダイスを振った人は、その出目に書かれたお題に沿ったトークをする事。
パスは一人一回まで。パスをする場合は、その質問を投げる先を指名する事。パスをパスする事も可能。
次に振る人は、お題に答えた人が指名する事。ただし、集中攻撃は厳禁ですよ? 出来るだけ皆に回るようにお願いします。
お題に答えられず、パスも出来ない場合は罰ゲーム用のダイスを振ってもらいますので、ご注意を」
「……結構ちゃんとしてますね」
「相変わらず、そういった事にはまめだね、あの子は。物事を楽しもうとする姿勢に余念が無いというか……」
「はい、おかげで色々と楽しませて貰ってます。そういや、『まど彼』さんは、あっしよりも前からさやかと知り合いなんですよね」
「うん、まぁ。まどかと付き合い始める前後に、何度か遊びに来たから。その前からも話には出てきてたし。
今思うと、まどかに相応しいかどうかって、見定めるつもりだったんじゃないかな。その割りにゲームばっかりしてたけど」
「……目に浮かぶわぁ。本来の目的そっちのけで遊びまくるさやかの姿」
瞼に浮かんだのは、何事にも全力で、真っ直ぐに向き合う反面、一度道を逸れるとしばらく帰って来ようとしない恋人の姿。
この部屋にお邪魔した際も、きっと最初は背広の青年が言った通り、彼を見定めるつもりだったのだろう。
しかし、一旦遊び始めるとそれに夢中になって、日暮れ近くまで粘って遊ぼうとする姿が容易に想像出来るのだった。
「あはは……まぁ、まどかを案じてくれてた訳だし、いい子だと思うよ?」
「そう言って貰えると、助かります……ん? よく考えたら、ここにいる皆は、さやかに会った事あるんでしたっけ?」
背広の青年の慰めを受けて、ラフな青年は恐縮しながら右手で頭を掻いていたが、ふと思い付いた疑問を口にする。
「僕はありますよ。杏子に会いによく来てくれますし。鹿目さんや巴さんが一緒に遊びに来る事も結構あって。でも、暁美さんにはまだ会った事が無いかな」
「ん、そうなのかい? ほむらも結構お店にも来てくれるんだけど……擦れ違ってるのかな。
とりあえず、美樹さんには私も会った事があるよ。最近では、よくベーグルを買いに来てくれるから。
でも、『杏彼』君と違って、巴さんには会った事が無いかな。鹿目さんも、写真で見た事があるだけだし」
顎に手を当てながら「一回だけですけど」と眼鏡の青年は付け加える。
前に一度、恋人であるほむらに多大な影響を与えたというその少女を見てみたくて、写真を見せて貰った事があった。
携帯で撮られたそれに写っていたのは、どんな表情を取ればいいのか分からない、といった様子で目を泳がせているほむらと、彼女と腕を組み、満面の笑顔を浮かべるツインテールの少女。
その微笑ましさに、思わず「可愛いなぁ」と彼は呟いてしまったのだが、ほむらはそれを悪い方に捉えたらしく、以来、写真は見せて貰えなくなってしまったのだ。
興味本位だったし、誤解も直ぐに解けたのでそれは構わなかったのだけれど、以降、写真を見せて、と頼むと、むすっとしながら「や」と拒否するほむらが可愛らしく、ほくほく顔をしていたりする。
「自分は、暁美さんにはまどかと一緒に何回か会った事があるけど、巴さんには会う機会が……。巴さんだけじゃなくて、佐倉さんにも、か」
「俺は皆と会った事ある、かな。マミの家によく集まってるからっていうのもあるんでしょうけど」
「なるほど、結構ばらついてますね~。あっしはさやかと遊ぶついでに皆と会った事あるんですけど……っと、話が逸れちゃいましたね。言い出しっぺですし、最初はあっしが振ろうと思うんですけど、いいですよね?」
「自分はそれでいいよ」
「僕もいいっすよ」
「はい、お願いします」
「私もそれで。無茶なお題が無いと良いんですけど……」
「あはは。流石にそんな事は………………ほいっと」
「何で答えないんすか『さや彼』さん!?」
眼鏡の青年の懸念を否定できる要素を見つける事が出来ず、ラフな青年はとりあえずサイコロをテーブルに投げた。
ブレザーの少年の突込みが響く中、それはコロコロと転がり、ある一面を上にして動きを止める。
その面に張られたシールをラフな青年が捲ってみると、女の子らしい、丸みを帯びたカラフルな一文が書かれていた。
それを見て、剥がしたシールを丸めながら彼は頭を悩ませる。
「『恋人とのデートでの失敗談』って……いきなりハードル高くないか、さやか……」
「失敗談、ねぇ。どうする、言い辛いならパスする?」
「う~ん……。いえ、なんか負けた様な気になるんで、行きます」
口篭るラフな青年に、背広の青年が気を遣って声を掛けるが、彼は首を振り、右手で頬を掻きながら、思い返す様に話し出す。
「一番失敗しちゃったのは、やっぱり、さやかと付き合い始めて最初のデートの時かなぁ……」
「最初のデートすか。ちなみに何処に行ったんですか?」
「隣街の水族館。情けないんだけど、さやか以外の女の子と付き合った事って無くて……。
でも、付き合う前から色々と遊びには行ってたから、とりあえず、まだ行った事が無くて、それでいて定番っぽい場所を選んだんだ。けど……」
「……けど?」
「付き合う前は平気だったのに、恋人同士ってのを意識しちゃうと、なんかこう、緊張しちゃって。上手く話せなくなっちゃって……」
「あ、分かります。俺もそうだったし……。変にかしこまっちゃうんですよね」
「そっか。やっぱり、そういうもんだよね? さやかもそうだったみたいで、借りて来た猫みたいに大人しくなっちゃって。
何か話しても反応が無かったり、逆に変な反応されたり、近寄っても逃げられちゃったりして、色々と大変だったよ……。今となっては、良い想い出なんだけどさ」
当時を思い出したのか、ラフな青年はふっと笑い、目を細める。
待ち合わせよりも三十分早く来たのに、さやかはそれよりも先に来て待っていた事。
普段よりもお洒落をした彼女が可愛すぎて、直視出来ず、チラ見しか出来なかった事。
こちらから近寄ると逃げてしまうのに、歩幅のせいで少しでも距離が離れそうになると、小走りで寄って来るさやかが、なんだか可笑しかった事。
そんな彼女に、帰り際、イルカの形をした髪留めをプレゼントして。
さっそく身に着け、「似合う、かな……」と言いながら、頬を染めてはにかむ姿に、思わず抱き締めてしまった事。
自身の失敗を差し引いたとしても、どれもこれもが、彼にとっては何より大切な想い出だった。
「……なんか、失敗談て言う割りに、最後に盛大に惚気られた気がするんですけど、私」
「なはは、すいません。でも、これ以外に失敗って思い付かなくて……。何だかんだで、かなり上手く行ってますから。この間だって――」
「あぁうん『さや彼』君達は凄く仲がいいからねぇ羨ましいよそれじゃあ次自分で良いよね? ほぃっと」
「――む、語りたかったのに……。まぁ、次の機会でいいか」
ラフな青年の言葉を遮る様にして、背広の青年はサイコロを手に取る。何故なら、これから始まるであろう彼の惚気話は、非常に、とぉっても長くなる事が分かっていたからだ。
産まれて初めて恋人が出来る喜びは、同じ境遇だった事もあり、とてもよく理解出来るのだが、それにしたっていい加減にウザイのである。
会う度に恋人をお姫様抱っこした時の感想や、彼女に言われて嬉しかった事などの惚気話を聞かされるなんて、何の拷問だ。
そんな事もあって強引に割り込んだ訳だが、前日の打ち合わせの電話で背広の青年がウンザリした甲斐もあってか、ラフな青年は大人しくサイコロの行方を見守った。
動きを止めたサイコロの上面に張られたシールを剥がすと、新たなお題が目に入った。
「『恋人と初めて手を繋いだ時の思い出』ね……手、か……」
呟き、背広の青年は思い返す様に視線を上に向けるのだが、やがて口元を覆う様に手で隠し、視線をテーブルに落とす。
「どうかしました、『まど彼』先輩?」
「いや、ちょっと、思い出したら恥ずかしくなって来て……。こんな事、誰かに話すとは思ってなかったから……」
「……下手に誰かに話したら即通報ですもんね、私達……」
「まぁ、しょうがないんだけどね。その分幸せだし……。ゴホン、それじゃあ……」
咳払いをし、にやけた口元を誤魔化す彼は、それでも上がってしまいそうな口角を必死に下げつつ、口を開く。
「さ、三度目のデートの時に。夕暮れの、観覧車の中で……。まどかに告白したのも、その時だったかな……」
当時、まだ交際はしていないものの、互いに意識し始めていた彼等は、上司兼母親には秘密で、幾度かデートを重ねていた。
その中で、まどかという少女の心に触れ、柔らかな笑顔に魅了されていった彼は、年齢的な障害を考え抜いた上で、想いを告げようと決める。
そして、気心が知れ始め、少し遠出をした三度目のデート場所である遊園地にて、日が暮れ始めた頃、話したい事があると理由をつけて観覧車に乗り、告白した。
告白を聞いた途端、まどかは夕日に照らされていても分かる程に顔を真っ赤にしながらも、しばらくして小さく頷き、OKの返事をしてくれたのだった。
観覧車から降り、帰宅の途へ着く二人の手は、ぎこちなくも、しっかりと握られていた。
夕日に照らされる二人がやたらと唇を気にしていたのには、また別の理由があったのだけれど。
「……凄いっすね。少女漫画みたいで……」
「い、いいじゃないかっ。自分でも似合わないって分かってるんだから、勘弁してくれ……」
二十代半ばにして、中学生でも恥ずかしさに悶死しそうな恋愛を経験した彼は、それを十分に理解しているのか、赤くなった顔を片手で隠す。
しかし、それを見ても尚、ブレザーの少年は羨ましそうな視線を向ける。
「あ、いや、そういうつもりじゃ。むしろ羨ましい位で……」
「ん? 『杏彼』君だって、手を繋いだりとかはした事あるんじゃない? 佐倉さんとかなり仲が良いって、さやかから聞いてるけど?」
「あ、えっと、そっちじゃなくて……ま、まぁ、いいじゃないすか。次、どうしますか? 『まど彼』さん」
「……? そうだね……。じゃあ、折角だし、『杏彼』君、お願い出来るかい?」
「はい、大丈夫っす」
言葉を濁しつつも、指名を受けた彼はサイコロを手に取った。彼が羨ましいと言ったのは、おそらく、告白のシチュエーションの事なのだろうと思われる。
人の恋路は千差万別、それこそ十人十色であろうが、彼が恋人である佐倉杏子に想いを告げたのは、なんと風呂場なのである。更に付け加えるなら、初めてキスをした場所でもあり、始めて彼女と結ばれた場所でもあった。
場所によって想いに貴賎がある訳では無いと思っていても、もうちょっとムードのある場所で告白したかったなぁ、とも彼は思っていた。
ぶっちゃけてしまうと、風呂に入る度にそれを思い出して、『辛抱堪らん!!』状態になってしまい、割と大変なのだ。
そうこうしている内にサイコロは少年の手から離れ、テーブルを転がる。動きを止め、天井を見上げる面に張られたシールを剥がすと、次のお題が開示された。
「『恋人が出来て変化した事』……もしかして、このサイコロのお題って恋人縛りだったりするんじゃ……?」
「かも知れないねぇ。でも、丁度良いんじゃない? 面識無い人も居るみたいだし、彼女紹介も兼ねてさ?」
「まぁ、それもそうですね。にしても、変化した事かぁ……」
ラフな青年の言葉に頷いた後、少年は少し考え、自身の思い出を振り返る。
「……やっぱり、家の中が賑やかになりましたね。それまでは殆ど、一人暮らしのようなもんでしたから」
「そういや、これもさやかから聞いたんけど、今は佐倉さんと同棲してるんだっけ? 親御さん公認なの?」
「はい。色々あって、夏頃から。と言うか、親の方が乗り気だったりして……嬉しい事なんですけど。
うち、小学校の頃から両親が共働きで。親といるよりもメロゥ――あ、飼ってる犬なんですけど、その子と居る時間の方が長い位だったんです。
でも、メロゥが杏子と引き合わせてくれて、一緒に住むようになってからは、随分と賑やかになって。……食費が大変っすけど」
「あはは、やっぱりそうなんだ。いつも沢山買って行ってくれるしね」
「はい……。でも、僕が作った料理を、美味しいって言って食べてくれる人が出来たのが、一番嬉しい変化っすね。メロゥが居てくれはしましたけど、やっぱり、一人ぼっちは寂しいですから……」
必要に迫られて習得した筈の家事技能。成長するにつれ、それは次第に、彼にとっての趣味にもなりつつあったが、一人で摂る食事は、やはり味気なかった。
どれだけ上達しても、それを食べるのは彼一人で、誰も、褒めてはくれなくて。三人で暮らせば丁度いい筈の広さの家も、一人と一匹には広すぎた。
その事を強く感じるようになったのは杏子と出会ってからで、だからこそ、誰かが側に居てくれるという幸せを、彼女とめぐり合えた奇蹟を、感謝せずには居られなかった。
とは言いつつ、裏では、同棲一週間にして隠し持っていたエロ本を全て焚書されるという、男にとって辛すぎる試練もあったりしたのだが、その分彼女がサービスしてくれるのだから、差し引きはむしろプラスだろう。
「……うん。マミも、同じ様な事を言ってました。誰かが側に居てくれるって、それだけで心の支えになるって」
「……その通りだと思う。人の温もりって、ただ側に在るってだけで、随分と安心させてくれる物だから。それが大好きな人なら、なおさら。
僕にとって杏子がそうだったみたいに、巴さんにとっては、『マミ彼』君がそういう存在なんだよ、きっと。という訳で、次は『マミ彼』君にお願いしようかな?」
「どんな訳ですかっ。……まぁ、だと、嬉しいんですけど。えっと、それじゃあ、行きます」
ブレザーの少年の言葉に、詰襟の少年は照れた様に鼻を掻き、サイコロを握る。
内心、そうあって欲しいと思っていたけれど、誰かから実際にそう言われると、どこかくすぐったくて、それを誤魔化そうとして、彼は手に取ったサイコロをテーブルに投げる。
また新しい面を向けて動きを止めたそれのシールを剥がすと、また次のお題が。
「『恋人に直して欲しい所』ねぇ。『マミ彼』君にはなさそうかな? ラブラブみたいだし」
「いえ……。実は、一つだけ」
「あ、そうなんだ? 意外……。で、どんな?」
一番に反応したのはブレザーの少年で、先の口振りから、お題にある様な不満を持って居なさそうだと感じてそう言ったのだが、詰襟の少年は意外にも難しい顔をして見せる。
再び彼が問い掛けると、少年は重々しく口を開き始めた。
「………………甘いんです」
「……ん?」
「お弁当に入ってる卵焼きが甘いんですよっ!!」
「……は? 卵焼き?」
「はいっ。大分前から作ってくれてるんですけど、なんか違うんですよっ」
半眼になるブレザーの少年を余所に、詰襟の少年は握り拳を作って力説する。
「しょっぱいおかずの中に一つだけ甘いのが入ってるのって、どうしても、ハンバーグの隣にリンゴを入れられた様な違和感があって。言い合いになった事も何度か……」
「へ、へぇ……本当に意外だ……なんかこだわりでもあんのかな……?」
「みたいです。珍しくマミが強く主張して来て。で、食べられないほど嫌いでもないから俺が折れたんですけど、最近甘いのに慣れつつあるのがちょっと悔しくて……」
卵焼きの味以外にも、き○こ・たけ○こ戦争、コアラ○マーチVSア○フォート、カントリーマァ○のチョコかバニラかなど、結構どうでもいい事で彼等は喧嘩していた。
それもまた仲が良い証なのだろうが、傍から見れば、やはりバカップルのじゃれ合いにしか見えなかったりする。
ラフな青年との付き合いで、その気配を敏感に感じ取る事が可能になっていた背広の青年は、少々呆れ気味に呟く。
「別にいいと思うけどなぁ、好みが変化するくらい……。というか、彼女にお弁当作って貰って学校でイチャイチャ出来るだけ十分恵まれてるじゃないか……自分は学生時代にそんな思い出無いよ……羨ましい……」
「分かりますっ。分かりますよ『まど彼』先輩っ。あっしも出来ればさやかと同じ年頃に生まれて、学校でイチャつきたかった……!! 恥ずかしいのを我慢しながら手を繋いで学校とか行きたかった……!!」
「……そうだよね。クラスの皆から冷やかされたり、一緒に屋上でお弁当食べて『はいアーン』とかされたり、一緒に寄り道しながら帰ったりしたかった……!!」
「『まど彼』先輩……!!」
「『さや彼』君……!!」
「あ、あはは……つ、次は、『ほむ彼』さん、頼みます……(全部経験があるって言ったらこの人達面倒臭い事になりそうだから黙ってよう……)」
がっちりと手を握り合う二人を見ながら、少年は苦笑いを浮かべた。
恵まれた学生生活を現在進行形で送っている彼には分からない事だろうが、灰色と言うよりはねずみ色な青春時代を送っていた彼等にとって、そういった行為は羨望の的なのだ。
勿論、今現在はとても幸せなのだが、それはそれこれはこれ、羨ましいもんは羨ましいのである。何だかんだでこの二人の馬が合っているのは、こういう所が似通っているからかも知れない。
「盛り上がってますね……。まぁ、私も分からなくも無いですけど。じゃあ次、振りますね」
自身も彼等と同じ様な青春時代を送っていた眼鏡の青年は、一応の理解は示すものの、ちょっと付いて行けないなぁ、とも思い、そそくさとサイコロを振る。
未だに手を握り合っている彼等を横目に新しいシールを捲ると、そこには『本日のスルメ!!(もう一枚捲ってみよう!!)』という意味不明な単語が。
「……するめ? あぁ、あの番組か。一瞬分からなかった……洗剤とか貰えるのかな?」
「いやいやいや、流石に用意してませんって。変なネタ仕込むなよ、さやか……。おはようからおやすみまで暮らしをストーキングするつもりか」
「あはは……。まぁ、とりあえずもう一枚捲ってみますか」
眼鏡の青年は、中学生なのによく知ってるなぁ、なんて思いながらも、自らのお題を確かめる為に再びシールを捲る。
しかし、そこに書かれていたのは、『良い子の何でも相談室!! 振った人の心配事を皆で解決してあげましょう!!』という、なんとも適当なお題だった。
「………………これ、手抜きじゃない?」
「すいません本当にすいません。後で叱っておきますから」
「はぁ……。丁度、相談したい事はあったし、いいタイミングではあるんだけど……」
「相談事、ですか。俺達で役に立てます?」
「勿論。というより、事情を分かってる人にしか相談できない事だから」
「それって、魔法少女関係って事すか……?」
「うん。さっき言った気になる事って言うのは、この事なんだよ……」
苦言は呈したものの、実はある悩み事を抱えていた彼は、背筋を正し、真剣な表情で胸の内を語りだす。
「ワルプルギスの夜のグリーフシードの存在は、皆さん、知ってます?」
「……マミの家に置いてある、あのでかい奴ですよね。ソウルジェムの穢れを取る……。
確か、凄い穢れの許容量が高くて、アレのおかげで、マミ達は魔法少女同士で争わず、魔女にもならずに済んでるって……。それが?」
「……まだ大分先の話だけど、それが回収される時、インキュベーターのエネルギー回収ノルマが達成されるって、ほむらから聞いて。
もし、インキュベーターがノルマを達成したら、奴等はどうするんだろうと思って……」
「どうって……うーん……」
「……さっさと地球から撤退するんじゃないかな。魔女とか使い魔とか、ほったらかしにして」
「『まど彼』さん? いくらなんでも、それは……」
眼鏡の青年が投げた質問に、詰襟の少年が口篭ると、険しい顔をした背広の青年が、代わりに答える。
その口から出た意見に、少年は思わず反論しそうになるが、彼は眉間に皺を寄せながら言葉を重ねた。
「詳細を説明する事も無く、最後には絶望に落とす為に女の子に奇蹟を売り歩き、挙句、『譲歩している』と言い切る奴等だよ。
目的を達成したら、何のアフターケアもしないで、自分の星に帰ると思う。そんな事をしても、奴等には何の利益にもならないだろうしね」
「そんな事……。あいつ等にとっても人間は……こんな言い方ヤだけど、貴重なエネルギー源なんすよね?」
「確かに、効率を考えるなら、人類が滅亡しない様に、魔女の発生数とかを密かに管理している可能性もあるけど……。でも、奴等がそれをするとしたら、“地球”にしか人類が居ない場合、じゃないかな」
「……それって、地球以外にも、俺達みたいな人類が居る星があるかもしれないって事ですか……?」
「人型じゃないけど、知的生物ならインキュベーターっていう前例があるからね。可能性は低くないと思うよ。他の星にも人類が存在するって考えれば、奴等にノルマが設けられているのも、納得出来る」
ノルマとは、一定時間内の労働の基準量を表す言葉。
もしも、感情エネルギーを回収できる対象が人類のみで、それも地球にしか存在しないなら、そんな物を設けたりせず、末長くエネルギーを回収する事だろう。
勝手に滅びたりしない様に積極的に介入し、管理しようとすらするかもしれない。
が、インキュベーターはそれをしようとせず、人類への干渉も行ってはこなかった――魔法少女への勧誘以外には。
それはすなわち、人類の行く末に頓着していないという事――他にもエネルギー回収の当てが在るという可能性に繋がる。
種族的な倫理観により介入が出来ない可能性もあるかも知れないが、どちらにせよ、積極的な介入はこれからも為されないのではないだろうかと、彼は考えていた。
「……実はあっしも、前々から考えていた事が。あいつ等、人類に悪意を持ってる訳じゃないって言ってるみたいですけど、本当なんですかね」
背広の青年の言葉の同調する様に、今度はラフな青年が自らの考えを述べ始める。
「このままだと、何時か地球が魔女や使い魔で埋め尽くされそうな、そんな気がして……。
だって、魔法少女はあいつ等との契約でしか生まれないのに、魔女や使い魔が増えるルートは二通り在る。現に、魔法少女が4人居るこの街でも、未だに魔女は発生し続けてる。……完全ないたちごっこですよね?
更に言うなら、魔法少女として活動すると言う事は、魔女になる可能性を孕む事でもあるからして……。あいつ等が始めた事なのに、まるで事態を収拾する気が無い様に感じるんですよ」
そう、末永く人類と付き合おうと考えているのならば、現状での魔女と使い魔の発生率は高すぎるのだ。
魔法少女から魔女が、魔女から使い魔が、そして、使い魔から再び魔女が。
それ等を魔法少女が打ち倒すよりも、このサイクルは早く輪環してしまう。
もしかすれば、彼等には解決する術があるのかもしれないし、未だ人類が増え続けている事を考えれば、相対的な釣り合いは取れているのかもしれない。
しかし、それはあくまでインキュベーターの考え方であり、一人一人が感情を持つ人からして見れば、あまりに非情な、受け入れ難い考え方でもある。
「私も、お二人と同じ考えなんです。もしもインキュベーターが地球を去れば、新たな魔法少女は生まれなくなり、それなのに魔女は生まれ続ける。
いや、逆に、使用済みのグリーフシードを回収出来なくなるから、魔女が加速度的に増える事になる。
ワルプルギスの夜のグリーフシードが、穢れで充填されるまでの数百年。……これが、人類に残された猶予。
それまでに、この歪な魔法少女システムを壊す方法を、考えなきゃいけないと思うんです。私達には、それ位しか出来ないから……」
「魔法少女システム、か……。やっぱり、まだ全部終わったわけじゃないんすね……」
「と言っても、まだ具体的なプランがあるわけじゃないんだよ。私は、ただのパン屋の店員だから。頭を捻る事は出来ても、限度が……」
「そうですね……。何か特別な力や才能がある訳でも、ましてや、エントロピーの法則を覆す様な新しいテクノロジーを開発出来る程、頭も良くない。どう逆立ちしても、あっし等は凡人ですもんね……」
「それ、なんですけど……」
「……? なんだい?」
おずおず、といった様子で手を上げたのは、詰襟の少年。
それを見た眼鏡の青年に促されると、彼は意見を口にし始める。
「魔法少女の事を広く知って貰う事って出来ないんですか? ソウルジェムの事とか、魔法の事とか研究して貰ったりとか。国を挙げてそういう事をして貰えれば、きっと直ぐに……」
「……確かに、誰かに知恵を借りるっていうのは間違ってないと思う。この集まりだって、そんな意味合いもあるんだろうし。でも、直ぐにって言うのは、ちょっと無理かも知れないよ」
少年の意見に、眼鏡の青年は一部同意するものの、それに対し、彼もまた自論を呈す。
「インキュベーターがどれ程の時間を掛けてこの技術を完成させたのかは分からないし、それを模倣出来る程、まだ人類の技術力は高くないと思う。
感情からエネルギーを取り出したり、魂を――精神を物質化したり。明らかにオーバーテクノロジーだからね……。
それに、広く知られるって言うのも、あまり良くないんじゃないかな。考えたくは無いけど、魔法の力を人間同士の争いに利用されたりなんかしたら……」
目も当てられない事になる、と、彼は首を振る。
彼が知る限りでも、魔法とは著しく条理を覆す力。その存在を多くの人々が知ったとして、平和的に利用されると言い切れるだろうか。
アルフレッド・ノーベルが発明したダイナマイトが、本来の目的とは違う、戦争に利用されたように。
誰かの為に祈る事が出来る少女達の心を、利用されたりしたら。
一部の人間の繁栄と引き換えに、多くの少女が魂を犠牲にさせられる――そんな事も、あり得るかも知れない。
「……そう、ですよね。やっぱり、甘いですよね……すいません……」
「……いや、私の方こそ、ごめん。折角言ってくれたのに、こんな言い方しちゃって……」
「でも、このまま何もしないで居たら、それこそ何も変わらないっすよ? 何か、行動しないと……」
「……だからって、何の準備も無しに魔法少女の事を広めたりしたら、最悪、魔女狩りならぬ、魔法少女狩りみたいな事も起こるかも知れない。慎重にならないと……。
それに、ソウルジェムの問題もある。さやかだって、体の事を受け入れるのに大分時間がかかったんだ。他の魔法少女達が、それを受け入れられるかどうか……いや、そもそも、信じて貰えるかどうかも……」
彼等は忘れがちだが、この街に居る魔法少女達の様に、己の体の真実を知って尚、立ち上がる事の出来る者は少ない。
殆どの場合、魔法少女は単独で行動し、他の魔法少女とは縄張りを争う競争関係にある。……ましてや、それが魔女と戦い、生き延びる為に必要なグリーフシードを集める為なのだから、譲れる筈も無い。
そんな境遇に居る魔法少女が真実を知れば、例えその場を持ち堪える事が出来たとしても、孤独に魂を濁らせ、いつか魔女へと堕ちる事だろう。もしくは、単なる戯言と一蹴されるか、悪意ある虚言とみなされ、排除されるか。
そして、もしも具体的な解決策が無いまま、魔法少女の全貌が知れてしまったら。
街中でふとすれ違う少女が異能の力を持ち、その果てに、人の命を狙う存在に変化する可能性があると、知られてしまったら。
きっと、彼が危惧した事は、現実となる。
暗闇にすら鬼を見る様に、誰かを疑う心の暗がりにこそ、本当の鬼は住むのだから。
「……結局、俺達に出来る事って、殆ど無いんですね……」
詰襟の少年の一言を境に、部屋に重苦しい静寂が広がる。愛する人の未来を真剣に憂い、その助けになりたいと思うからこそ、彼等は悩む。
完全無欠のハッピーエンドを迎えるために、越えなければならない壁の高さを感じ、深く思い悩む。
共に戦う力も無ければ、知恵も高が知れている。
他人の助けを借りようにも、きちんと理解し、真摯に協力して貰えるかが分からない。
諦めろ、と言わんばかりに突きつけられる現実に対抗策を見出せず、彼等は押し黙る。
「……暗くなっちゃ駄目だよ」
その沈黙を破ったのは、小さな笑みを浮かべる、背広の青年の声だった。
「確かに、難しい問題だけど。だからって暗い顔してたんじゃ、いい案も浮かばないよ。笑う門には福来たるってね?」
「でも……」
「不安になる気持ちは分かるけど、だからって焦ってもしょうがないよ。まだ猶予はあるんだから、じっくり考えればいい。
それに皆、諦めるつもりなんてないんだろう? だって、大切な人の未来が掛かってるんだ。
……まどかだって、魔法少女になる可能性がゼロになった訳じゃない。あの子の未来が掛かってるんだとしたら。諦められない。……諦められる筈が無い」
不安げに顔を歪める詰襟の少年に笑い掛けた後、背広の青年は、テーブルに乗せていた手を握り締める。
鹿目まどかという少女は、極普通の、何処にでも居る少女だ。
ぬいぐるみが好きで、ちょっと運動が苦手で、でも、思い込んだら少し頑固になる。……時には、どちらがより互いを想っているか、なんて事で痴話喧嘩をしたりもする、可愛らしく、優しい少女だ。
しかし、その優しさは、大切な人に理不尽な不幸が襲い掛かったりすれば、自らを犠牲にする事を厭わないであろう、危うい一面も持ち合わせている。
魔法少女の真実を全て知った今、安易に契約をする事は無い筈だが、それでも。
目に見える形で選択肢が残されているという事実が。いざという時に縋る事の出来る、確実な奇蹟の存在が、一抹の不安を呼び起こす。
「魔法少女達が、何千年も抱えてきた命題。ひょっとしたら、自分達が生きている間には、解決出来ないかも知れない」
一度、悔しげに瞼を閉じ。
しかし、再び開かれたその目には、柔らかな光が宿っていた。
「でも、それならそれで、未来に想いを託すっていう事だって、立派な選択肢だと思うんだ。自分達の、子や孫に。そして、これから先も生まれるだろう魔法少女と、彼女達を愛する人達に。
諦めないで欲しいっていう想いを。奴等には――インキュベーターには絶対に理解できないだろう、想いをね。きっと、そうやって伝えられて来た想いが、今の世界を形作ってるんだから」
彼は言う。
だからこそ、今まで誰も倒す事の出来なかったワルプルギスの夜を、倒す事が出来たんだから、と。
だからこそ、諦めない限り、いつかきっと道は拓ける、と。
「それに、何も出来ないなんて事は無いよ。少なくとも、君達にしか出来ない事が、確実に一つある」
「俺達にだけ……?」
問い返す少年に微笑みながら、彼は胸を張ってそれに答える。
「笑顔で居る事。笑顔で、彼女達を迎えてあげる事。
こうして自分達が生きていられるのも、こんな風に悩んだり出来るのも、魔法少女達が命を賭けてくれているからなんだ。だから、それに報いる為にも、せめて笑っていようよ。
大切な人が笑ってくれている日常がある。……そこに、帰る事が出来る。きっとそれは、彼女達にとって、何よりの希望になると思うんだ」
「希望、ですか……」
何処にでも転がっている様な、当たり前の光景。
多くの人が無意識の内に享受する、極普通の幸せ。
しかし、そんな些細な幸せこそが、日々を生きる糧になる事を知っていた彼は、確信を持ってそう言い切る。
「なんて、偉そうな事言ってるけど、自分が勝手にそう想ってるだけなんだけどね? 仕事に疲れた時、まどかの笑顔を思い浮かべたり、電話で声を聞けたりするだけで、また頑張ろうって思えるからさ」
「……なるほど。一理ありますね」
「本当に、そうっすね。僕等が暗くなってちゃ、いけないですよね?」
しかし、真面目に語ってしまったのが照れ臭いのか、誤魔化す様な微笑を浮かべる背広の青年。その言葉に眼鏡の青年が頷き、ブレザーの少年もそれに続く。
青年は、彼と同じく仕事を持つ者としての共感から。少年は、誰も居ない家に帰る寂しさを知っていたから。
大切な人から貰った温かさを思い出せたからか、部屋に漂っていた重苦しい空気は、段々と霧散していく。そして、この流れを途切らせない様にと、ラフな青年も少しふざけて、サムズアップして見せる。
「さっすが『まど彼』先輩、いい事言いますねっ。一回り年下の女の子を口説いただけの事はありますっ」
「褒めてんのか、それ? ……まぁ、事実だけどさ。さ、とりあえず、今日はここまでにしよう。課題があるって分かっただけでも十分な成果だよ。折角の集まりなんだから、暗いまま終わるのはあれだしね?」
「……そうですね。必要なら、また集まれば良いんですしね? だったら、もう一回行かせて貰います。私も一度くらい、人前で惚気話とかしてみたいですから」
「あ、だったら、ちょっと待って下さい。確か……あった」
頷き、笑顔でサイコロを振ろうとする眼鏡の青年だったが、それをラフな青年が止め、再び背後の荷物を漁り始める。
振り返った彼の手には、また別のサイコロが乗せられていた。
「二週目からは、もうちょっと踏み込んだお題が書かれたLvⅡトークダイスを使うようにって、さやかからの指示が。なんで、これ使って下さい」
「LvⅡ? ……なんだか、そこはかとなく不安なってきたんだけど……?」
「大丈夫ですって、まだLvⅡですから。もっと上がありますし」
「……余計に不安になる情報を有り難う……」
先程までとは別のベクトルで不安そうな表情をしながらも、眼鏡の青年は新しいサイコロを受け取り、少し躊躇いがちにそれを振る。
彼の心情とは裏腹に、軽快にテーブルの上を転がるそれは、ある面を上にして停止する。
その面に張られたシールを不安に揺れる指が捲り、提示された新たなお題は。
「『恋人の体の中で、一番好きな部分』……? ほ、ほんとに露骨になって来たね……むぅ……」
今までと違い、かなり直接的なお題に面食らうものの、惚気たいと言うだけあってか、彼は割合直ぐにその答えを見つける。
「……一番好きなのは、髪、かな。なんか、癖になりません? 女の子の髪を触るのって。細くて、柔らかくて、サラサラしてて……。
ほむらの髪って、凄く手触りが良くて。指で梳いてると、妙に落ち着くというか……。気がつくと、つい触っちゃってるんですよね」
「あ、分かります。杏子も髪長いですから。男と女で、髪質って全然違うんですよね~。長いと髪形変えたりも出来ますし」
普段から、読書デートなどで二人の時間を静かに過ごす事の多い彼だが、そんな中、ふと一息ついた時に、静かにページを捲るほむらの髪を指で掬い、悪戯してしまう事がある。
彼女は、それを嫌がるポーズはするものの、積極的に止めようとせず、結果、読書をほったらかして、いちゃいちゃいちゃいちゃするのがお決まりのパターンだ。
と言っても、それで済んでいたのはつい最近までで、二人の想いが通じ合い、男女の関係になった今では、そんな事したらわっふるわっふるな展開が繰り広げられるのだろう。
そんな眼鏡の青年の言葉にブレザーの少年が同意し、彼もまた思いを馳せる。
同じ家に住んでいるだけあって、お風呂の後に杏子の髪を乾かすのを手伝ったりするわけだが、最近では、髪形をいじって遊んでいたりするのだ。
一回、アゲアゲ風に盛ってみた事もあり、その時は流石に怒られたが、ああでもない、こうでもないと言いながら彼女と触れ合う時間は、彼にとって、とても心が安らぐ時間だったりする。
「髪型かぁ。まどかも時々変えてるけど、ロングも良いかも知れない……。頼んで伸ばして貰おうかな……」
「あっしはショートのが好きだけどなぁ。でも、ロングのさやかも一辺見てみたい気はしますね~」
「俺はセミロングくらいが一番良いと思いますけど。結ってる時と下ろしてる時で、全然雰囲気も変わるし。変化があって、見てて楽しいですよ?」
「ま、人それぞれだね。でも、そこまで言うなら、次は『マミ彼』君に語って貰おうかな?」
「うわ、薮蛇だった……。うーん、簡単なお題だと良いんですけど……」
唐突な二度目の指名に、詰襟の少年は苦笑いを浮かべるものの、気を取り直してサイコロを振る。
そして、動きを止めたサイコロから慣れた手付きでシールを剥がすのだが、その下に隠されていた文を読み、彼は目を丸くした。
「……『初めてのキスの思い出』……?」
「……うーん。やっぱり、こういう流れになって来たか。もうそろそろパスを考えるべきかも……」
「パスします『杏彼』さんお願いしますっ」
「……って早っ!? え? どうかしたの?」
「アハハハハ。ナンデモナイデスヨ? エエ、ナンデモ……(魔法で拘束されて無理矢理されたなんて言える訳が無い……。そんな事言ったらマミが誤解される……!)」
眼前で手を振りながら、詰襟の少年は引きつった笑いを浮かべ、そんな事を思った。
まだ、彼が恋人と交際を始める前。自分が片想いをしていると思っていた彼は、その想いが、後輩である美樹さやかにバレたのを切っ掛けに、彼女へ恋の相談をした。
この時、その気の置けない人柄と、打てば響くノリの良さに直ぐ親しくなり、名前で呼ぶようになったのだが、実はこれ、さやかの作戦でもあった。
彼女からして見れば、後輩にすら「さん」付けで接する彼の硬さを無くせば、この二人は上手く行くんじゃないかと考えたからで、事実、それは上手く行く。
出会って直ぐに名前で呼ぶほどに仲良くなる事で、マミの嫉妬心と危機感を煽るという、想定の斜め上な過程を経てだったが。
その結果、彼に対しての好意が暴走したマミの手によって、既成事実は成立したのである。初めてのキスも、その時に交わした。
美少女に無理矢理犯されるという稀有な経験をした彼だが、それ故に、初めてのキスと初めての逆レイプ(別に複数回されるつもりもないだろうが)の思い出がセットになってしまっているのだ。
羨ま――もとい、可哀想――いや、やっぱり羨ましい事実だが、彼にとっては嬉しくも恥ずかし過ぎる思い出。初対面の人物も居る中で、まだ中学生の彼に、そんな事を言える度胸がある筈も無かった。
「……なんか、怪しいなぁ……? でも、僕もちょっと遠慮したいかなぁ……って訳で、『まど彼』さん、お願いします」
「えっ? 自分は、その、だね……大体さっき言っちゃったと言うか、大して面白くもならないだろうし……『さや彼』君、どう?」
「あ、あっしですか? いや、吝かではないんですけども………………あ~、やっぱあっしもパス! 『ほむ彼』さんどうぞ!」
「……あれ? 何時もだったらノリノリで話し出すのに……?」
「あ、あはは。あっしにだって恥ずかしい事ぐらいありますよ、流石に……」
そして、恋人とのファーストキスと初体験を風呂場で済ませてしまったブレザーの少年も、詰襟の少年と同じくパスをし、背広の青年にお題を投げる。
しかし、少女漫画みたいという評価を地味に気にしていた彼もまた、お題をラフな青年に投げた。
先程、惚気話を妨害された彼なら快く話してくれるだろうと思っての事だったが、しかしまたしてもお題はパスされてしまう。
魔法少女である事を知られ、別れを告げるさやかを抱き留めながら、思いの丈をぶつけて、やや強引に。
彼にとっての初めてのキスの記憶は、そんな、少々ドラマチックな物だった。
彼自身、よくそんな事が出来たものだと思うし、自分を褒めてやりたいとも思うのだが、その時さやかに掛けた言葉は、素面で口にするにはかなり恥ずかしい台詞でもあったのだ。
それを言わなくても想い出は語れるのだろうが、今回は恥ずかしさが勝ったのか、胸に秘める事にしたようだ。
別に、直後、彼女と魔法少女コスでいたした初体験は関係無い……かもしれない。
そんな訳で彼も質問を投げた訳だが、投げられた眼鏡の青年もまた難しい顔をする。
「あ~、実は、『後で皆にからかわれるから、直接的な事は言っちゃ駄目』って、ほむらから口止めされてて。だから、ごめん。『マミ彼』君、犠牲になってくれ」
「戻って来たぁ!? なんでそんなに息ぴったりなんですかぁ!?」
眼鏡の青年にとっては非常に微笑ましい思い出だったのだが、その恋人にとっては、兎にも角にも、そういった事は秘密にしておきたい様だった。
まぁ、疲れて居眠りをしている彼にキスしようとしたのに、直前で目を覚まされ、慌てて離れようとしたら後ろに転んで、挙句スカートが捲りあがってしまったなんて、赤っ恥でしかないのだろう。
普段は冷静沈着、しかし日常的な場面で見せるこういった隙に、彼は魅力を感じていたりもするのだけれど。
そんなこんなで、廻り廻ってお題が帰って来てしまい、詰襟の少年は頭を抱えるのだが、ふと気づいたように顔を上げる。
「そ、そう言えば、罰ゲーム用のサイコロ振れば、お題は変わるんですよね? だったら俺そっち振ります!」
「ん? まぁ、そうなるけど……どうなっても知らないよ? かなりはっちゃけたって言ってたから……はい、罰ゲーム用のLvⅣダイス」
「LvⅣ……っ……いや、行きますっ!!」
LvⅣ。
ただの数字である筈のそれに、少年は奇妙な圧力すら感じたが、それでも、恋人の秘すべき事実を守らんと、己を奮い立たせ、震える手でそれを転がす。
軽快に転がる筈のそれは、やけにゆっくりと動きを止める。緊張した面持ちで詰襟の少年がお題を隠しているシールを捲ると、それは彼だけでなく、他の四人の表情をも変化させた。
「『恋人との……』」
「『初体験の……』」
「『思い出を……』」
「『語りなさい!!』……!?」
「………………終わった(……こうなったら、嘘でもついて誤魔化すしか……!)」
少年は、諦めた様に天を仰ぎ見た後、テーブルに突っ伏す。真実を隠そうとしてより困難な道を選んだら、逆に核心を突かれてしまったのだから、それも仕方ない。
そして、この状況をなんとか切り抜けるため、咄嗟に嘘をつこうと頭を回転させる彼だったが――
「さやか……流石にこれは引くって……あいつ、夜中に変なテンションで作ったな、これ……」
「うーん、と言うか、『マミ彼』君は真面目そうだし、まだそういった事をした事ないんじゃ……?」
「私も、そんな気が……ここは振り直すか、いっそのこと前のお題に戻してあげた方のが……」
「そっちの方が良いかも知れないっすね。また変なお題になったら可哀相ですし」
「う、ぬ、ぐ……や、優しさが痛い……」
――そんな彼を庇おうとする周囲の優しい気遣いが、逆に追い詰める。
この場を嘘で乗り切る事は出来る。しかし、折角の交流の場でそう言う事をしてしまったら、その因果は後々自分に返ってくるのではないだろうか。
なにより、どんな形であれ、大切な思い出である事も確か。嘘なんかで誤魔化したくないというのも、本当の気持ち。
だがしかし、本当の事を話したらまず間違いなく引かれる……。自分だってそうする、多分。
どうする……!? どうすればいい……!? 助けてマミ○もん!!
年齢の割りに生真面目な少年の頭に、「誰が狸よ!?」という幻聴が響く中、追い詰められてしまった彼が選んだ答えは――
「初めてのキスは……ベッドに拘束されて無理矢理されました……(もうどうにでもなぁれ~)」
「え……?」
「は……?」
「ベッド……?」
「拘束……?」
――いっそ全部ぶちまけて楽になろうという、やけくそ気味なものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『巴マミの黒歴史公開中……』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……凄いね、色んな意味で(まどかから聞いてた話と二百七十度くらい印象が違う……)」
「家に遊びに来た時には、そんな人に見えなかったんだけどな……(……緊縛プレイか……)」
「人は見かけによらないねぇ……(こういうのも怪我の功名っていうのか……? にしたって、一歩間違えたら修羅場じゃん……綱渡り過ぎだろ……)」
「……なんか、ごめんね? 無理に話させちゃって……(逆レイプとか予想外過ぎる……。随分アグレッシブな子なんだなぁ……)」
「ハハハ……気にしないで下さい……なんだか、体が軽いんです……ふ、ふふ、ふ……もう何も怖……」
「『マミ彼』君それ以上はいけないよ? 正気に戻ろう? 私が悪かったから、ね?」
詰襟の少年の話を聞き終えた皆の反応は、上記の様な物だった。しかもそれぞれが、憐れみとも、慈しみとも取れる微妙な表情をしてしまっている(約一名、不埒な事を考えている奴もいるが)。
直接会った事がある者は、その時の印象から。話に聞いていただけの者も、彼女の人柄が伺えていただけに、ギャップは大きいのだろう。
まぁ、普通の男性にとって、逆レイプなんてエロ漫画の中の出来事なのだから、仕方ないかも知れない。当の被害者ですら、経験するまではそう思っていたのだから。
そして、そんな被害者の男子中学生を追い詰めてしまった負い目もあるのか、彼等は場の空気を換えようと、やや強引に話題を作る。
「で、でも、美樹さんてそう言う事、得意みたいですね? うちの杏子もアドバイス貰ったらしいですし」
「あ、あぁ、そう言えば。まどかも、最後の一押しはさやかちゃんから貰ったんだっけ……。
あの時は余計なお世話とも思ったけど、あれがなかったら、まどかともこんなに上手く行ってなかったかも知れないなぁ……」
「そ、そうなんですかぁ。美樹さん、大活躍してますね」
「……そうですね……俺も、結局はさやかちゃん――じゃない、美樹さんのおかげでマミと恋人になれた訳ですし……感謝はしてます……」
「あはは、褒めすぎですよ、皆さん。っと、『マミ彼』君、無理に苗字呼びしなくてもいいよ? 友達同士なんでしょ? 流石に呼び捨ては許さんでやんすが」
「あ、すいません……。でも、嫌じゃないですか? 恋人がそんな風に呼ばれるの……?」
「……自分も、勝手にさやかちゃんって呼んじゃってたけど、本当に良いの?」
「勿論ですよ。男女問わず友達が多いのも、さやかの良い所ですから。さやかも、いきなり苗字で呼ばれたりしたら傷つきそうですしね。これからも仲良くして貰えると、あっしも嬉しいです」
「……はい。有り難う御座います」
鬱々としていた少年の顔に笑顔が戻り、ようやく部屋の空気は軽くなる。
それにほっと息をつき、背広の青年は彼に声を掛ける。
「さて、じゃあ、次はどうしようか。誰が振る?」
「あ、そうですね……。じゃあ、『まど彼』さん、お願い出来ます?」
「ん、了解。優しいお題だと良いんだけど……」
前もって犠牲者が出てくれたおかげで傾向は分かったものの、何か対策がある訳でもなく、背広の青年は苦笑しながらサイコロを振る。
そして、祈る様な気持ちで新しいシールを捲れば――
「『自分の恋人に一番似合う表情』かぁ……なんか拍子抜けだけど、助かったかな」
――そこに書かれていたのは、LvⅡという割には、予想外に甘いお題だった。
安堵に再びほっと息をつくと、彼は殆ど考える事無く、お題に答え始める。
「まどかに似合うのは、やっぱり笑顔、かな。なんか、こう、見てると優しい気持ちになれるというか、自然に笑い返せる様な……」
「あ、僕、ちょっと分かります。釣られて笑顔になっちゃう様な、そんな柔らかい雰囲気なんですよね」
「俺も分かるかも……。マミとの事、親身になって応援してくれましたし。良い子だと思います」
「そういや、さやかも言ってましたね。色々とすれ違う事もあったけど、今のさやかがあるのは鹿目さんのおかげだ、って」
まどかとさやかの二人は、まどかがこの街に越してきた、小学校の頃からの友人である。
その関係性は、引っ込み思案だったまどかを、快活なさやかが引っ張るというものだったが、まどかはその事に悩んでいた時期もあった。
一方的に守られて、その隣で笑っているだけの自分は、さやかになにも返せていないのではないか、と。
しかし、人の気持ちが完全な一方通行になる事は滅多に無い。
まどかがそう思っていたとしても、さやかは確かに、彼女の笑顔に励まされ、支えられていた。それこそ、その笑顔を曇らせてしまった自分を、呪いたくなるほどに。
しかし、そんな彼女も、今では立派な魔法少女となり、大切な人達の笑顔を護る為に戦っている。
例え、魔法少女にならなくとも、まどかの抱え込んだ途方も無い因果は、多くの人と結ばれる強い絆として、様々な影響を及ぼすのかもしれない。
「きっと、そんな子だからこそ、ほむらも頑張れたんでしょうね。やっぱり、私も一度ちゃんと会ってみたいなぁ」
「……あはは、嬉しいけど、やっぱり照れるね。まぁ、まどか以上に笑顔の似合う子は居ない、って感じかな?」
ただの惚気話に、意外にも多くの賛同を得られた事で、背広の青年は照れ臭そうな笑みを浮かべるのだが、やはり、恋人を褒められたのが嬉しかったのだろう。
少々大げさな事を言いながら、彼は胸を張る。
んが――
「そいつは」
「ちょっと」
「納得」
「出来ませんね」
「……へ?」
――彼が最後に付け加えた「まどかが一番!」的な発言に、他の四人が大いに釣られる。
自分の恋人こそが最高の女性だと信じて疑わない彼等は、それを主張する為、我先にと発言を開始した。
結局の所、どいつもこいつもバカップルなのである。
「『まど彼』さんの気持ちは分かりますけど、笑顔だったら杏子にこそ似合いますって。いつも屈託の無い笑顔を見せてくれますし、他にも、明るくて活動的で、健康的な魅力だって溢れてるしっ」
「健康的な魅力だったらさやかが一番でしょ、常識的に考えて。それに、笑顔が可愛いだけじゃなくて、苛めて困らせたりしても可愛いんだからっ」
「マミだって可愛らしさでは負けてないですっ。色々言いましたけど、ちょっと寂しがり屋なだけで、包容力もあるのに、ちゃんと甘えたりもしてくれるんだから。甘え上手なマミこそ一番だっ」
「聞き捨てなら無いね。甘えてくる女の子が可愛いのは認めるけど、甘えたいのに素直に甘えられなくてもじもじする女の子だって可愛いはずっ。と言う訳でやっぱりほむらが一番だよっ」
「………………」
各々が主張するうちに、どんどんと論点がずれていくのだが、それに気が付かないほど、彼等は本気で語り続ける。
そして、そんな彼等の熱気に飲まれ、口を噤んでいた背広の青年だったが――
「……皆、言ってくれるね。だが、負けんぞっ。まどかの魅力は笑顔だけじゃない! ちょっとしたスキンシップの時に見せる照れた様な上目遣いこそ最高に可愛い!!」
――熱に当たり過ぎてのぼせてしまったのか、彼もまた恋人自慢に参加を表明してしまった。
こうして、ストッパーの居なくなった彼等の論争は加速していく。
「確かに照れ顔の女の子は可愛い……。けど、そういった初々しさでもやっぱり杏子がっ。なんせ、未だに人前で手を握ったりするだけで顔真っ赤にするんだから!!」
「いや、初々しいのも良いけど、ベタベタしまくるのだっていいじゃないかっ。最近じゃあ、さやかの方からスキンシップしてくれるし……。ちょっと積極的な彼女だって、男としては嬉しい筈!!」
「確かに、否定出来ない……。マミも最近、妙に色っぽくなったしなぁ……。でも、そういった意味ではマミが一番セクシーですよね。なにより大きいし!!」
「君とはとことん分かり合えないみたいだね。あえて主張せず、控えめである事の良さが理解出来ないとは……。スレンダー美人なほむらこそ最高だ!!」
対抗する様に、競う様に、彼等は自らの恋人の魅力を語る。
ワーワーギャーギャーと、語り口もどんどんヒートアップし、ついにはテーブルに乗り出し、顔を突き合わせながら己が主張を繰り返す。
「まどかは――!」
「杏子が――!」
「さやかの――!」
「マミを――!」
「ほむらと――!」
彼等は知らない。
隣の部屋に住む、もう直ぐ魔法が使えるようになるかもしれない年頃の男性が、今まさに壁殴り代行業者に電話しようとしている事を。
彼等は、知らない。
「まどか!!」
「杏子!!」
「さやか!!」
「マミ!!」
「ほむら!!」