通い慣れた朝の通学路。普段なら鼻歌交じりでも通えるその道を歩くのに、自分は今、かつて無いほどに緊張している。
それは何故かと言えば――
「………………」
――左隣を静々と歩く、見目麗しい少女。つい先日、正式に恋人同士となった、巴マミのせいだ。
チラ、と横目に様子を伺ってみれば、彼女もそうしていたのか、ばっちりと視線が重なり、慌てて視線を前に戻す。さっきからずっと、この繰り返しである。
その様子からは、先日の様な積極性は伺えず、まるで借りてきた猫の様に大人しい。
……と言うよりは、戸惑っている、のだろうか。正直に言えば、それは自分も同じ――いや、むしろ自分の方が戸惑いは大きいと思うのだけど。
それなりに良好な関係を築けているとは思っていたが、よもや恋愛相談をしていた後輩との関係を疑われた挙句に逆レイプなんて、それなんてエロゲ? って話だ。
まぁ、途中から自分も理性を失って、二発連続で膣内射精なんて危険な事をしてしまったのだから、こちらも悪いのだろうが……。
「………………」
直ぐ隣に感じるおどおどとした気配に、なんと話しかけていいのか、まるで分からない。
今朝だって、マンションの出口で待っていた彼女に、「い、一緒に、学校行かない……?」と誘われ、それに対して、はい、と一言しか答えられなかったのだ。
とても情けないけど、自分はまだ十五年しか生きていない子供――まぁ、一部大人には成ってしまったんですが。女の子を喜ばせる会話術なんて心得ている筈も無い。
ホントに、どうすりゃいいんだろう……。
と、頭を捻っていた時、ふと左手に、柔らかい感触が一瞬だけ擦れる。
「……っ!」
着かず離れずの距離で歩いていたせいか、歩くのに合わせてぶらぶらと揺れていた左手が、彼女の空いていた右手に擦れたのだ。
思わず、ピクッ、と体が反応し、距離を取ってしまいそうになったが――
「……あ、の……」
――彼女は、少しだけ頬を赤く染め、そわそわと右手を揺らめかしている。
それを見た瞬間、自分の脳裏には、彼女が望んでいるだろう事が簡単に浮かび上がった。
なぜならそれは、自分も望んでいた事で。
かつては、そんな事をしてみたいなぁ、などと妄想だってした事があったからだ。
しかし、いざそれを現実の物にしようとすると、緊張と恥ずかしさから、体が動かない。
「………………っ」
彼女も、同じ様に感じているのだろうか。何か言いたげに開きかけた唇は、やがて諦めたかのように閉じられてしまった。
しゅん、と肩が落ち、背負う雰囲気も少しだけ暗い物に変わっていく。そんな様子を見て、自分の心の中には、込み上げる物があった。
きっと、あの日。
彼女はありったけの勇気を振り絞って、あんな行動を取ってくれたのだろうと思う。
そのおかげで、自分達は互いを想う気持ちに気づけたのだから、手段の強引さは、まぁ、置いておこう。
とにかく、彼女も勇気を振り絞ってくれたんだから、今度は自分の番だ。
……嫌がられるかも、知れないけど。その時は、その時だ。
「……あ」
震えそうになる左手をなんとか制御し、自分は、彼女の手を握る。
柔らかく、ほっそりとした手。
その温度に、手の震えは収まるどころか、逆に激しくなっていく。
「――がとう」
風に溶けてしまう程、小さな声。キュッ、と手が握り返され、指と指が絡み合う。
手の震えは、何時の間にか止まっていた。
けれど、より一層近くなった彼女との距離に、今度は心臓が激しく高鳴り始めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おい、そこのリア充」
にやける顔を机に突っ伏して必死に隠し、全く頭に入ってこない授業を耐える事、数時間。
何時の間にか、教室は昼休みの喧騒に包まれていた。
だと言うのに、自分の手にはまだ彼女の温もりが残っている気がして、どうにも頬が緩んでしまう。
「おい、聞いてんのか」
しかし、何時までもこうしていては、昼飯を食べ損ねてしまう。早いとこ弁当を食べてしまわないと。
そう言えば、彼女を誘って一緒にお昼と言うのも悪くな――
「無視してんじゃねぇよ!? しまいにゃ泣くぞゴラァ!?」
――うるさいなぁもう。何、栄田?
「おぅっ、ようやく気づいたかっ」
隣の席から実にウザい友人の声が届き、あまりにもしつこいそれに仕方なく返事を返す。
そこに居たのは、なぜか椅子の上に立ち、腕組みをしながらこちらを見下ろしている騒がしい友人、栄田だった。
「ったく、今までの休み時間も尽く無視しおってからに。あまりの寂しさに見っとも無く泣き喚く所だったぞ親友?」
何の用かって聞いてるんだけど? 《ゲッシゲッシ》
「あっ、ちょっ、あぶっ、やめてくださいっ」
栄田は、非常にウザい笑顔を浮かべて、情けない事を偉そうに言い張る。
彼をジト眼で眺め、椅子をゲシゲシ蹴飛ばせば、瞬く間にその笑顔は剥がれて行った。
「はぁ……はぁ……危なかった。くっ、このリア充め、我等がアイドルを奪っただけでは飽き足らず、この俺の命までも奪おうと言うのか!? なんと罪深い……っ」
だが、何時もならこれで大人しくなる筈の栄田は、背もたれに縋り付きながらも芝居掛かった口調を崩さず、先程から人の事をリア充リア充と呼び続けている。
流石に変だと想い、なんで名前呼ばないんだ? と聞いてみると――
「うるさいっ! 裏切り者であるキサマなどリア充で十分だっ! もう名前なんて呼んでやらんっ!」
「そうだそうだっ!」
「このスケコマシがっ!」
――その問い掛けに、栄田はクラスの男子を伴って声を返してきた。
ちなみに二人目は備前君、三人目は椎名君という名前である。
この三人以外の男子達も、直接は何も言っては来なかったが、皆が皆、神妙な顔でその言葉に頷いていた。
「……キサマは今日、我等が巴嬢と一緒に登校して来たな? ――しかも、ラブラブ恋人繋ぎをしながらっ!?」
そして栄田は、全男子の代表を務めるかの様にして、こちらを指差しながら否定しようの無い事実を突きつけてくる。
誰がお前等のだ、とも思ったが、否定のしようが無いのでとりあえず、そ、そうだけど……と答えたら、彼等は凄まじい形相で絶望を表現し始めた。
「巴嬢と同じマンションに住んでいるだけでも羨ましかったというのに……。たった一日の間に何があったのだぁ!?」
「そうだ……なんでだぁ……」
「この……うぅぅっ……」
何があったと聞かれても、事実を包み隠さず言ったら自分は殺されるんじゃないだろうか。
もしも自分が逆の立場だったなら、多分そうするだろうし。
「……だが、それが巴嬢の選択だというのならば、我等は大人しく引き下がろう。彼女の幸せこそ、我等の望むものであるのだから――――――どぁがしくぁしっ!!」
「だがっ!!」
「しかぁしっ!!」
ともかく、栄田達はより勢いを増して詰め寄ってくる。目は血走り、息も荒く、往来でこんな様子だったら間違いなくしょっ引かれるだろう有様だ。
前々から騒がしかったが、自分が彼女と交流を持ち始めてからは特にうるさい気がする。
やっぱり、そう言う事なのだろうか……いや、単に面白がってるだけかもしれないし……。
「よもや、不埒な真似はしておらんだろうな? あのたわわに実ったスイカップを揉みしだいたりしておらんだろうなぁ!? もししていたら握手してください!! 間接パイタッチ万歳!!」
「間接ッ!!」
「パイタァッチ!!」
「うわぁ……」
「最っ低……」
……あぁ、うん。多分後者だ。なんで彼等はこうも残念なんだろうか。そんなんだから、『見滝原の口を開くと残念な美形』のトップⅢを独占してるのに。
今正に、その言動のせいでクラスの女子達が冷たい視線を向けているのにいい加減気づいて欲しい。正直、自分まで君等と一緒の枠には含まれたくない。
顔面偏差値的には含まれたくても無理だけど。……あれ? 何でだろう、泣きたくなって来た。
「お~い、リア充く~ん。お客さんだよ~。あとよっしー達うるさい。いい加減にしないと殴るよ?」
「なんだとこの貧乳が。お前に指図される謂れはな――」
「――せぃやっ!」
「ごっふぁあっ!?」
「あぁっ! リーダー!?」
「すげぇ! 昇○拳だ!?」
――と、背後からクラスメイトの堂本さんから声が掛かった。彼女は確か、栄田の幼馴染だったか。
……って言うか、もう自分の呼び名はリア充で固定? 三年のこの時期にあだ名変更?
宙を舞う栄田(下の名前が義之なのでよっしー)を見上げ、そんな事を考えつつ、教室の入り口へ振り向くと――
「……あ。こ、こんにちは……」
――両手に小さな包みを提げ、小さく頭を下げる、今話題の彼女が居た。
突然のご本人登場に、栄田達は驚いて静かになってしまっている――いや、栄田は悶絶しているだけだ。
自分も、ついさっきまでお昼に誘おうとしていたその人が向こうからやって来て、少し驚いた。
衆人環視の中、少々気恥ずかしい気もしたが、態々出向いてくれたのだ。ともかく、声を掛けよう。そう思い、静かに席を立って彼女に近づき、用件を尋ねる。
……えっと、どうかした? 巴さん。
「え? ………………むぅっ」
だが、自分の問い掛けに対して、彼女は不満気に、頬を軽く膨らませる。
予想外の反応にしばらく呆気に取られたが、その原因には直ぐに気が付いた。多分だけど、苗字で呼ばれたのが気に入らないのかもしれない。
栄田達が巴嬢と呼ぶのに釣られて、つい何時もの様に呼んでしまったけど、失敗だったか……? しかし……。
「………………」
「………………」
「………………」
クラスメイト達の視線を一身に集める中で名前を呼ぶとか、羞恥プレイにも程がある。
いや、もっと恥ずかしい事を経験済みなのだから、大した事は無い、けど……あぁ、もう、埒が明かないっ。いずれは皆にバレるんだから、腹を括ろうっ。
う゛ぅんっ……ど、どうかした? ……む、マ……マミ……さん。
「……もう。さん、は要らないのに」
ぷく、と膨らませた頬をしぼめ、彼女は人差し指でこちらの胸を《つん》と突く。
恥ずかしさにつっかえながらも、ごめん……マミ、と小さく付け加えれば、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あ……うん。ふふっ」
『ざわ……ざわざわ……』
――が、そのやり取りを見て、顎が尖がりそうな気がする効果音と共に教室がざわつき始めた。
しかし、目の前に居る彼女はそんな事気にも留めず、手に提げていた包みをこちらに見せる。
「あ、あのね? アナタも確か、お弁当だったでしょ? 良かったら、お昼、一緒にどうかなって……」
……いいの?
「えぇ、勿論……あ、先約とかがあるなら、気にしないで? その、いきなりだし……」
ないっ、先約なんて無いからっ。と言うか、こっちから誘うつもりだったから……。
「そう、なの……? 良かった。一緒、ね……?」
マミは、安心したみたいに小さく微笑む。少し照れ臭かったが、顔は自然とそれに微笑み返し、うん、と頷く。
砂を吐いている様な「ぐふっ」という男達の声が聞こえた気がしたけど、ここはあえて無視しよう。
けれども、ガラス張りの教室で彼女とお弁当を食べたりすれば、客寄せパンダになる事は確実。早急に場所を変えるべきかも知れない。
むしろ、さっきから背中に突き刺さる女子達の生暖かい視線が、どうにも……。
耐え切れなくなった自分は、急いで自分の鞄から弁当の包みを取り出し、行こうっ、と一声掛けて、彼女の手を取り教室を走り去る。
「……え? あっ」
しかし、ガラス張りの壁達は、やはり視界を遮る事をしてくれず、他のクラスの男子達からも、力の篭もった視線が集まっているのを感じた。
どうしてこんなデザインなんだ、設計者は露出狂か!? と、頭の中で恨みを唱えながら、階段に足を掛ける所まで来ると、男子生徒の総意とも言える栄田の魂の叫びが、背後から響いた。
「……リア充爆発しろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおっ!!!!!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
所変わって、教室棟の屋上。高いフェンスに覆われ、生徒達に解放されているそこは、とても日当たりが良く、この時期は絶好の昼食ポイントだ。
――絶好の、ポイントなのだ。
「……ねぇ、あれあれ」
「うっそ、マジだったの……」
「なんであんな奴と……」
「釣り合わねー……」
「あ、マミさんだ。マミさ~……んん……?」
「おぉお? これは……!」
そう、注目の的である。
息を切らせ、勢い良く屋上に飛び込んできた自分とマミは、先客である生徒達の視線を嫌というほど集めてしまっていた。
何で逃げる先にこんな場所を選んだんだ自分はこの大馬鹿!? なんか見覚えのあるツインテールと斜めショートカットまでいるし!?
「えっと……とりあえず、座りましょう? こっち、空いてるみたいだから」
自分と同じく、マミも居心地が悪いのだろう。繋いだ手を引き、人目を避ける様にして屋上の片隅へ。しかし、それに合わせて、彼等の視線もついて来ている。
あぁ、ホントに失敗した……無意識とは言え、もうちょっと人気の無い場所を選べば良かった――訳知り顔でニヤニヤするなそこの斜めショートカット!!
好奇の視線に背を向けながら、自分とマミは隣り合って腰を下ろす。視線は感じるものの、話し声が気にならない程度には離れられて、ほっと一息。
……ごめん、勝手にこんなとこに連れて来た上に、変な注目集めて……。
「あ、いいの、私は平気だから。確かに、ちょっと恥ずかしかったけど、それ以上に嬉しいもの。さ、お弁当、食べましょう?」
無理矢理に連れて来た挙句、要らぬ注目を集めてしまった事を謝ると、彼女は首を振ってたおやかに微笑んでくれた。
それに一安心して、自分は頷き返す。
……うん。でも、その前に、手を離して貰えるとありがたい、かな……?
「……あっ、ご、ごめんなさいっ」
繋ぎっぱなしの手を示してそう言うと、マミは慌てて、バッ、と手を離す。自分から言った事ではあるけれど、なんだか少し寂しい気もする。
でも、それを気取られるのも情けない気がして、いそいそと弁当の包みを解く彼女に習う。
そう言えば、女の子と二人っきりで弁当を食べるなんて、記憶にある限りでは、生まれて初めてかも知れない。
昨日までは、相談ついでにさやか達と度々一緒に食べていたけど……ん? 彼女が出来たのに、他の子を呼び捨てって、良いのか? ……いや、良くない。
誤解は解けたといっても、必要以上に不安にはさせたくないし。うん、今度から呼び方を改めよう。
と、そんな事を考えていたら、マミがこちらの手元をじっと見ている事に気付く。
えっと、どうかした?
「……お弁当箱、大きいなって思って。男の子って、そんなに食べられるの?」
マミの問いに、普通だと思うけど、なんて答えながら彼女の持つ弁当と見比べれば、彼我の差は二倍近くあった。
中身を覗くと、ミニハンバーグ、ホワイトアスパラのベーコン巻き、コンニャクと野菜の炒め物、卵焼きにプチトマトと、中々に豪勢な気がする。
しかし、その量はどちらかと言えば少なく、ご飯も控えめだ。
自分としては、むしろマミのお弁当の少な過ぎる気が――もしや、無理をしてダイエットとかしてるんじゃ……?
心配になり、マミの方こそ、その量で平気なの? と聞いてみたら――
「ええ。私、ゆっくりと食べる方だから、少しの量でも大丈夫なの。それに、お茶会とかでケーキとか食べるし……ちょっと少なめにしておかないと……」
――という、少し恥ずかしそうな答えが返って来た。
……女の子って、大変だ。しみじみとそう思う。
大して気にせずに済む男に生まれて、良かったのかも知れない。きっと、世の女の子達は皆、マミの様に涙ぐましい努力をして体型を維持したりしているのだろう。
そんな彼女の気苦労を労りつつ、無理しない様にね、と言いながら、自分の弁当の蓋を開ける。
すると、目に飛び込んできたその中身に思わず、え゛、と声を漏らしてしまった。
「……どうしたの? ……あ」
そこには、ご飯+ご飯の上の海苔+昨夜の残りである鶏の唐揚げだけという、白・黒・茶の侘しい三色弁当があった。
しかもご丁寧に、海苔は文字の形に整えられていて――
『おそくなった バツです れんらく しなさい!』
――などと書かれていた。
おそらく、母はこの為だけに早起きして、チマチマとハサミで海苔を刻んでたりしたのだろう。
確かに、慣れない後始末とかで手間取って帰るのが遅くなってしまい、心配させてしまったのは悪かったけど。
よりにもよって恋人との初お弁当の日に、こんなに手の込んだ手抜きをしなくても……。よく蓋にくっ付かなかったな、この海苔。
「ごめんなさい……。やっぱり、小母様にも心配かけちゃってたのね……」
あ、いや、そんなに気にしないで。
色々と急ではあったけど、でも、マミとこういう関係になれて、その……幸せ……だから。
そっちの方が、自分にとっては大事な事だから。
「そ、そう……ありがとう……」
申し訳無さそうにするマミに、慌てて言葉を返すと、彼女は目を細め、再び頬を染める。
その表情が妙に色っぽく感じて、昨日のアレを思い出してしまった自分は、ニヤけそうになる口元を硬く引き締める。
必然的に沈黙が生まれ、気恥ずかしい様な空気が漂った。
「あ、で、でも……」
思い付いた様に、マミが声を上げる。
見ると彼女は、小さな弁当箱から、アスパラのベーコン巻きを箸で摘み上げていた。
「お肉だけじゃバランスが悪いし……少し、食べない? はい、アーンして?」
え、あ、でもそれじゃ、マミの分が……。
「いいから。ね? アーン♪」
恥ずかしさから一度は遠慮してみたのだが、マミは微笑みながらこちらに箸を寄せる。
同時に、背後から重苦しいプレッシャーも感じたのだが、目の前で笑みを浮かべる彼女からの誘惑には抗えず、おずおずと口を開いて、ベーコン巻きを口にする。
「……どう?」
……おいしい。
なんか、今まで食べて来た物の中で、一番美味しい気がする。
「それは、ちょっと褒め過ぎじゃない?」
いや、ホントにっ。
何でこんなに美味しいんだろう……とにかく、凄く美味しい!
「もぅ……大袈裟なんだから……」
苦笑する様に呟くマミだったが、その表情は満面の笑みで。
その笑顔からにじみ出る嬉しさが自分にも伝わり、釣られて笑顔が浮かぶ。
もう、周囲の視線は気にならなかった。
そんな物が気にならない位、自分の頭の中は、幸せで満ち満ちているのだった。
「マミさん、凄く幸せそう。邪魔しちゃ悪いよね?」
「だね~。見てるこっちが恥ずかしいったら……ほんと、羨ましい。いつかは、あたしも……」
「……さやかちゃん」
「……さぁて、あたし達は行こっか。偵察任務はミッションコンプリート! 速やかにその場を撤退せよ~!」
「あっ、もう、さやかちゃん! 待ってよぉ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ……ごめんなさい! 待たせちゃった?」
ううん。今来たとこだから。
「そう……良かった」
小走りに駆け寄ってくるマミに向き直りつつ、自分は笑いかける。
まるでデートの待ち合わせの様な会話をしているが、別にそういう訳ではない。単に、昼休みの終わりに今日は一緒に帰ろうと約束をして、それの待ち合わせだ。
……だと言うのに、妙に心がうきうきするのは、やっぱり浮かれているんだろうか。
「えっと、それじゃあ、帰りましょうか?」
そう言うマミに、うん、と頷き、歩き出す。
彼女は今朝と同じく、自分の左側を、半歩ほど遅れて着いて来ていた。
「……♪」
マミは無言だったが、その顔はどこか楽しげで、心なしか、足取りも軽い様に感じた。
一緒に帰るというだけでこれだけ楽しそうにしてくれるなんて、正直予想外だ。とか言いつつ、自分自身も、想像していた以上に楽しかったりする。
もう、なんと言えばいいんだろう。ちょっと古い表現だが、人生バラ色とは、こういう事なのかもしれない。
これで――
「おのれ……おのぉぉれぇえぇ……」
「くそ……くそっ……くそぉお……」
「チクショウ……ちくしょぉお……」
――背後から聞こえてくる、纏わり付くような怨霊の声さえ無ければ、もっとこの状況を楽しめるのに。
「……あの……お友達……?」
多分、そうなんじゃない、かな……?
「疑問系なんだ……?」
困り気味の笑みを浮かべるマミにはそう答えたものの、正直に言えば、今の彼等とは関わりを持ちたくない。
だからこそ、昇降口でマミを待っている間からひしひしと感じる視線を無視していたのだ。
が、まさか着いて来られようとは思わなかった――しかも、付かず離れず、声を掛けるには微妙な距離を保っている為、注意する事も出来ないし。
逃げようにも、実は彼等、身体能力だけは異様に高いので、逃げたら逃げたでデッドヒートが繰り広げられる事になるだろう。
あぁ、ホントに面倒臭い……。
「やっぱり私、迷惑、掛けてる……?」
溜息をつき、頭を抱えていたら、隣に居たマミが申し訳なさそうに呟く。
そんな事、と首を振って否定しても、綺麗に整えられた眉は歪められてしまう。
「なんだか、今日はやけに注目されちゃってるみたいだし……。
やっぱり、普段一人ぼっちの子がいきなりこうゆう事しちゃったから、悪目立ちしてるんじゃないかって、心配で……。
私自身、こんな事が出来るなんて想像もしてなかったから、つい浮かれちゃって……」
悪目立ち、はしてるかも知れない。なにせ、男子生徒の穢れた憧れの的であるマミと、こうしてイチャイチャしているのだから。
今まで魔法少女としての活動に専念して来たせいもあってか、彼女は自分自身の交友関係や噂などに無頓着な所があった――内心は違っただろうけど。
それこそ、学校中の男子のアイドル的存在である、と自分が言っても、お世辞としか受け取ってくれなかった程だ。
こうしてみると、彼女は自分自身に――“魔法少女ではない巴マミ”という存在に、自信を持っていない様にも感じる。
しかし、今日一日で学校中の男子を敵に回してしまった事を考えれば、彼女が非常に魅力的な女の子である事は明白。
それを知って欲しくて。
自分が大好きな女の子に、もっと自信を持って欲しくて、自分は、半歩後ろを歩く彼女に振り向きながら言う――
確かに目立ってはいるかも知れないけど、でも、好きな子と一緒に居られるんだから、全然平気。
むしろ、こんなに可愛い彼女が居るんだから、もっと見せびらかしてもいい位……って、えぇ!?
――のだが、しかし、口から出していた台詞は、途中で驚きに途切れてしまった。
「……っ……」
何故なら、マミは大粒の涙を目尻に浮かべ、堪えきれないといった様子で肩を震わせていたからだ。
その様子に、自分は慌てふためいてしまう。
えっ、えっ、何っ!? 自分、なんか変な事言った!?
「あ、ううん、違うの……私、嬉しくて……」
……嬉しい?
どう言う事だろう、そんなに特別な事を言ったつもりは無かったのだけど……。
「だって、初めてちゃんと、好き、って言ってくれたから……」
………………え? い、言ってなかった?
いや、そんな事は………………………………………………あった。
思い出してみると、初Hの後、両想いだ、とは言った事があったけど、まだきちんと好きだと言ってなかった。
ホントに、何をしてるんだろう自分は。こんな大事な事を忘れるだなんて。
あまりにもうっかりな自分の頭を小突きつつ、言葉一つに、こんな風に喜んでくれるマミの目元を指で拭いながら、自分は改めて宣言する。
安心して? これから先、何十回でも、何百回でも言ってあげるから。自分は、マミの事が大好きだって。
「……うん……うんっ」
マミの目元から涙が消え、代わりに零れたのは、喜びの薫る笑顔。
自然と見つめ合い、二人の距離が狭まっていく。
そして、マミの顔が少し上を向き、自分は体を屈めて。
もう直ぐ唇が触れるという、その瞬間――
「きゃおらぁぁあああ!!!!!!」
「モルスァッ!!!!!!」
「まそっぷ!!!!!!」
「きゃっ!?」
――至近距離から突如として発せられた奇声三重奏に、ビクッ、とそちらを振り向く。
しまった……雰囲気に流されて尾けられている事をすっかり忘れてた……!
見れば、栄田・備前君・椎名君の三人は、荒い息をつき、血の涙を流して立っていた。あ、いや、良く見ると目の下から赤いマジックで線が引いてあるだけだった。
どこまでも手の込んだ事を……。一体何が彼等をここまで駆り立てるのか。
「裏切った……」
「裏切ったな……」
「僕達の気持ちを裏切ったんだ!!」
「えっ、な、なにっ……?」
いつもと違い、椎名君、備前君、栄田の順に恨み言を連ねる三人。
余程驚いているのか、マミはうろたえながらこちらの背中に体を隠してしまう。
「あの日、誓ったじゃないか!? 生まれた時は違えども、童貞を卒業する時は同じ年、同じ月、同じ日、同じ店でって!?」
「それでもまだ!」
「素人童貞だがな!」
「……お店?」
そんなイカ臭い誓いをした覚えは無いっ!!
あまりにも酷い物言いに思わず突っ込んでしまったが、栄田達はそれを意に介さず恨み節を炸裂させる。
「っていうか、何さりげなくキスしようとしてんだよぉ!? さてはあれか!? もう経験済みなのか!?」
「正直に言ぇえ!! 何処まで行ったぁ!?」
「何回しやがったぁ!? 教えてエロい人!!」
な、何でそんな事言わなきゃいけないんだっ。
と反論しつつも、実際何回したんだろうと考えてみたが思い出せず、何回だっけ? と小声でマミに聞いてみる。
「ご、ごめんなさい。私もあんまり覚えてなくて……その、十回以上からは数えてなかったし……」
「じゅっか……!? そ、そん、な………………ん? んんん?」
「むっ?」
「どうしたリーダー?」
マミの声が聞こえてしまったのか、ショックに膝を折りかけた栄田だったが、ふと首を傾げ、それに続くはずだった備前君と椎名君が彼に問い掛ける。
すると栄田は、とても重大な事を思案している顔で呟く。
「もう経験済みと言う事は、だ。つまり、お前とキッスすれば、巴嬢との間接キッス成立という事に……」
「なん……」
「だと……」
「………………え」
………………え゛?
「ふ、ふふ、ふふふのふ……漲ってキタァ!!」
「え、ちょ、マジで?」
「流石にそれはちょっと」
眼を爛々と輝かせる栄田に着いて行けないのか、備前君と椎名君は顔を引きつらせていた。
それに気づいていないのか、栄田は鼻息荒くにじり寄って来る。
「ふっひぇっひぇっひぇ……さぁ、あっついベーゼを交わそうではないか親友ぅ……」
「リーダー……」
「そこまで飢えて……」
………………マミ。
「………………ええ」
自分とマミは顔を見合わせ、静かに頷き合う。
この瞬間、間違いなく、二人の心はシンクロした。
………………さよならっ!
「ごめんなさい、失礼しますっ!」
「ぬぁ!? 逃げたぁ!?」
「そりゃあ逃げるわなぁ」
「誰でもそうする。俺でもそうする」
栄田に背を向け、自分達は手を取り合って脱兎の如く逃走を開始した。
友達に、しかも男に唇を狙われるとか、悪夢以外の何物でもない。
どうしてこうなった……ホントにどうしてこうなった!?
「ふひっ、逃がすかぁ!! 巴嬢と間接キッスじゃああ!!」
「あっ……。あ~、行っちゃったよ。ここまで暴走するのも珍しいなぁ、どうすんべ」
「ま、気持ちは分かるけどな。しゃーない、追うべ。流石に御友達から御ホモ達にランクUPはまずいだろ」
追い縋ってくる、魔女の使い魔とも遜色の無い禍々しい気配に鳥肌を立てながら、自分とマミは走り続ける。
しかし、それでも何処か楽しかったのは、この日常がいつか、かけがえの無い想い出になると、知っていたからだろうか。
片手に在る感触に、嬉しさを感じながら。
きっとこれから、こんな馬鹿騒ぎが何時までも続くのだと、そう思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
はぁ、と溜息をつきながら、屋上のフェンスに寄りかかる。今は丁度、昼休みの時間帯だ。
教室棟と違い、自分が今居る特別棟の屋上は、普段は施錠されて立ち入り禁止なのだが、抜け道というのはどんな物にも存在するのである。
マミと正式に恋人関係になってから、一週間ほど経ったある日。
何時もなら彼女と一緒に弁当を食べているはずの時間に、自分は一人で、人気の無い特別棟の屋上で黄昏ていた。
「よう。どうしたリア充? 巴嬢に浮気でもばれたか?」
突然の闖入者に驚きもせず、そんな事しないよ、と声を返す。
何時の間にか、ここへ立ち入る抜け道を伝授した張本人である栄田が、側に立っていた。
「……本当に元気が無いな。何時もなら『そんな事する訳ないだろ僻むなこの童貞が』とか言いそうなのにって誰が童貞だぃっ!?」
一人騒がしく、栄田は喋り続ける。
しかし、それに答えられる気分ではなかった自分は、うん、と適当に相槌を打つだけだった。
そんな自分を見て、彼は溜息を一つこぼし、近くのフェンスに寄りかかる。
「……突っ込みも無しか。寂しいのぅ……本当にどうした? 巴嬢と何かあったのか? 何時もなら一緒に弁当食ってるだろうに」
あったと言えば、あったんだけど……。理由が、分からないんだ。
それに、会おうとしてもすれ違って。まるで、避けられてるみたいで……。
「ふむ……喧嘩でもしたか? いや、昨日の今日でそれは無いか。殺意が湧く位ベッタリだったもんなぁ」
そう、ベッタリだった。より正確に言うなら、一昨日の夜――マミが街の巡回から帰って来た時から、様子がおかしかった。
何時もの様に、見回りに行く彼女を見送って。
しかし、帰って来た時の彼女は、出迎える自分に何も返さず、そのまま抱きついて来た。
何かあったのかと聞いても、マミは「なんでも無いから」と言うばかりで、でも、背中に回した腕を解いてくれそうも無くて。
背中を撫でたりしながら何とか宥め、しばらくすると、彼女も少しは落ち着いた。けれど、彼女は服の袖を掴んで離してくれず、そのまま初のお泊りとなったのだ。
自分としてもマミの事が心配だったし、それ自体は問題なかったのだが……。
彼女の家に泊まる事を告げた電話口の向こうで、母はこうのたもうた。
『あらあらあらあらあら。避妊はしっかりね? お財布の中に仕込んであるから。しっかりと物にして来なさい。娘が出来るわ! やったね私!』
家の母はもうどうしようもないと思う――ホントに入ってたし。しかも二つづりほど。何で気づかなかったんだ自分は? 財布パンパンだったよ……。
それは置いておくとして、まだ不安そうな表情をするマミにそんな事するのも気が引けて、初めて見るパジャマ姿や、湯上りの良い匂いに悶々とする一夜を過ごす事になった。
離れてくれなかったので、勿論添い寝である。当然、眠れなかった。
……実は、彼女が寝ている間に、つい胸を触ってしまったりもしたのだが、天使の様な寝顔を見せるマミに罪悪感を覚え、それ以上の行為に踏み込む事は出来ず、余計悶々した。
そして次の日も、彼女は自分から離れようとしなかった。登校中は勿論、授業の合間の休み時間も、その度に顔を見せに来たりして。
おかげで、早乙女先生に授業中ずっと指名され続けたり、全方位から男子達の殺意の波動を感じたりと、徹夜明けの身には、ホントに辛かった。
この日は見回りも休むことにしたのか、家に帰ってからも長く一緒に過ごして……。
嬉しいと言えば嬉しいんだけれども、四六時中ベッタリというのは、思いの他、体力を要するものだった。
流石に一日経って落ち着いたのか、二日連続でお泊りするような事は無かったけれど……。
更に次の日――つまりは今日になると、今度は逆に、全く顔を見れなくなってしまった。
朝は先に出てしまっていたし、メールで何か用事があったのかと聞いても、返事はそっけない。
おまけに、昼休みにマミのクラスに顔を出してみれば、後輩の女の子と教室を出た後らしかった――おそらくは、あの三人の内の誰かだろう。
そんな日もあるだろう、とは思うけど。
一昨日からの彼女の態度を知っている自分には、それがどうにも腑に落ちなかった。
「巴嬢からは、何も聞いてないのか? 単に用事が重なってるだけ、とか」
……なんにも。だから困ってるんだ。
「そうか……何か、心当たりはないのか? 心配事や、悩み事とか……」
普段はあれこれとうるさい栄田だったが、自分達を心配してくれているのか、頼んでもいないのに話を聞いてくれる。
こういう所があるから、なんだかんだで、彼と友達で居られるんだろうと、自分は思う。
……そして。
実を言うと、栄田の言う心当たりには、既に目星を付けてあった。
自分に対してマミが口篭る事といえば、それは、余計な心配をかけてしまう様な事――つまりは、魔法少女関連。
ここ一~二週間で、マミを取り巻く環境は大きく変化していた。
まず、さやか……ちゃんが、好きな男子の腕を治す為に、魔法少女になった。
自分にとって、それはなかなかに喜ばしい出来事だった。ずっと一人ぼっちで戦っていたマミに、ようやく仲間が出来たのだから。
少し前に転校してきた暁美さんとも、命を助けられて以来、そこそこ良好な関係を築いているみたいだったし、これからはマミの負担も少なくなると、純粋に喜んでいた。
しかしそこへ、また新たな魔法少女が――マミの元パートナーだったという、佐倉杏子が現れ、さやかちゃんと反目し合う仲となってしまった。もしかしたら、その事が原因かもしれない。
佐倉杏子は、さやかちゃんが使い魔を倒そうとしていたという理由で攻撃を仕掛けて来たらしい。人を食い、グリーフシードを孕む前に倒しては、意味が無い、と。
マミも詳しくは話したがらなかったのでよくは知らないが、随分と利己的で、好戦的な考えを持っている魔法少女の様に思える。
もしもそんな彼女に、マミと一緒に居る所を見られでもしたら……最悪、魔法少女同士の戦いに巻き込まれるかもしれない。
元々、魔法少女としての活動には関わらない様にと、マミは自分に強く言い聞かせて来ていた――必ず護れる訳ではないから、と。
だからこそ、不用意に接触したりしないように、こうして避けられているのかも知れない。
でも、そうすると昨日までの行動が説明できないのだ。
頭が良いマミの事だから、避けようとするなら、まず誤解されないように説明してからそうするだろうし、もっと早くにそれを思い付いてもいい筈。
……結局の所、心当たりはあっても、全く確証が無かった。その事実が、どうしようもなく気分を重くする。
「……あるのか? 心当たり」
栄田の言葉に、うん、と頷いたものの、でもさ、と口は勝手に言葉を続ける。
どうして、マミは話してくれないんだろう。
確かに、自分じゃ力になれない事かも知れないんだけど……話を聞いてあげる位は、出来るのに。
でも、無理に聞き出したりしたら、マミに辛い思いをさせるかも知れないし、もしかしたら、余計なお世話になるかも知れない。
……そう思うと、踏ん切りがつかなくて……どうしたらいいのか……。
「……ふむ」
自分が口にした情けない言葉に、栄田は少し考え込んでからフェンスを離れ、こちらに向き直る。
「なぁ、知ってたか? 実は俺、結構お前の事、尊敬してたんだぞ?」
唐突にそんな事を言い出した彼の顔には、普段の飄々とした物の中に、整った顔立ちに見合う真剣さが滲み出ていた。
「なんせ、俺達、巴嬢非公式ファンクラブ、T・K・Mがやりたくても出来なかった事を、一人でやって見せたんだからな」
……TKM? 何それ?
聞いた事の無い略称に首を捻ると、栄田は土曜の夜にフィーバーっぽいポーズで説明し始める。
「(T)巴嬢を・(K)影ながら見守りつつも・(M)マミマミし隊の略だ!! 代表は俺!! メンバーは俺と備前と椎名の三人!!」
思っていた以上に人数は少なかった。
が、その途中で聞こえた妙な単語が引っかかり、半眼になって自分は尋ねる。
少な……っていうかマミマミって何? 変な事とかしてないだろうな?
「紳士に向かって何を言うかっ。精々ちょっと際どい盗撮写真を売り捌いていた位だ!!」
うん。死ね。
「うぐぅっ!? じょ、冗談だヨ!? 逆に盗撮野郎とかから護った影の実績があるんだってバ!?」
恋人として看過すべきでない事実を胸を張って言う栄田の首に、思わず手が伸びた。
その腕をタップしながら言い訳染みたうめきを発する彼に、自分で分かる程に黒い笑みを零しながら詰問する。
……ホントに? もしも嘘だったら……。
「マジマジ大マジ!! だからこの手をヘァンズフルィして!? ニェックがツウィスツしちゃうから!? トゥルスツミィ!?」
相変わらず、栄田の英語は激しくウザい。
が、言ってる事がホントなら恩人でもある訳だし……仕方ない、ここは開放しよう。
……ふぅ。ごめん、悪かった。
「はぁ、はぁ、いや、俺もちょっとふざけ過ぎたな……あ~、何処まで話したっけ……?
あぁ、TKMのとこだっけか……この集まりはな、まだお前と知り合う前に……一年の頃に作ったんだ。
その頃はメンバーも沢山居たんだぜ? 備前と椎名はその頃からの付き合いだし」
そうだったんだ……。
しかし、一年の頃からファンクラブって、凄いなぁ、マミ。
「それだけ巴嬢が人気だったって事さ。まぁ、非公式の集まりだったし、本人は知らないだろうけどな。
俺達も、本当に影から見守って揺れる乳にハァハァしてるだけだったし……あ、ごめん、拳を振りかぶらないで? ……でも、そんな時に、あの事故が起こった。お前も知ってるだろ」
……うん。マミから、聞いたから……。
酷いよな。あんなに大きな事故だったのに、マミから話を聞くまで、自分はそんな事があったなんて、忘れてた。
「仕方ねぇって。俺だって巴嬢が関わってなきゃ、『ふーん』の一言で済ませちまうかも知れない。そんなもんさ」
自嘲気味に言う自分を、栄田は慰めてくれる。
マミが両親を失った交通事故。
殆どの車が、交通管制によって制御されるようになった今の時代には珍しい、多くの死傷者を出した高速道路での事故は、自分にとってあまり印象強いものではなかった。
精々、運転好きな父さんがしかめっ面をしていた位の印象で、彼女に直接話を聞いた時に、ようやく思い出した位だった。
そうして、いかに他人の命に無関心だったのかを、自分は思い知らされたのだ。
「あの事件以来、巴嬢は笑わなくなった。当たり前だよな、両親を失ったんだから……。
皆、彼女を腫れ物に触るみたいに接したよ。勿論、俺達も。
どうしたらいいか、わかんなかったからさ。ま、元々接触なんて殆どした事無かったけどな」
………………。
「何とかしてあげたいと思ってても、結局何にも出来なくて……時間が経つに連れ、巴嬢はまた笑う様になったけど。
でもそれは、無理をして気丈に振舞ってる様にしか見えなかった。……見るに耐えなかったよ。
そんな彼女を追い回すのも不謹慎だってんで、集まりも自然消滅。
反動か、俺達は色々と馬鹿をやらかすようになって……。お前とつるむ様になったのは、その頃かなぁ」
……つるむと言うか、絡まれてただけだと思うんだけど。
「あれ? そうだっけか?」
確か、栄田と直接関わるようになったのは、三年に上がって直ぐの頃。
二年から三年へは、そのまま繰り越しで上がるため、元々同じクラスではあったのだが、二年の頃はまだ大人しく、ただのクラスメイトでしかなかった。
しかし、それは嵐の前の静けさの様な物で、三年になってからというもの、色々と騒がしくなった栄田・備前君・椎名君の三馬鹿トリオの行動に突っ込んでしまったのが切っ掛けで、纏わり付かれる様になったのだ。
まぁ、大変ではあったけれど、基本的には善人だし、とても楽しい日々だった。
二年のクラス替えで友人とは疎遠になってしまっていたし、栄田達と出会わなければ、中学生最後の一年間は、受験勉強に追われるだけのつまらない物になっていたと思う。
そうか、今と比べて、あの頃妙に大人しかったのは、そんな理由があったのか。……全然知らなかった。てっきり、悩みとは無縁の人生を送っていると思っていたのに……。
内心、栄田の事を誤解していた事に気まずさを感じたが、それに気づく事無く、彼は楽しげに笑って見せる。
「まぁ、細かい事言うなよ。今じゃ俺達、見滝原のおバカルテットとして有名だろ?」
え? ちょ、なにそれ? 自分達そんな風に呼ばれてたの!?
「うんにゃ、今考えた」
うぉいっ。
思わず脱力しそうになった体を、フェンスに縋り付く事でなんとか耐えた。
そんな自分を見てからからと笑いながら、栄田は語り続ける。
「……んで、こんな風に馬鹿やってる内に、また時間が過ぎて。誰も彼もが彼女に気を遣う内に、巴嬢の側には、誰も居なくなっちまった。
高嶺の花とはよく言ったもんだよ。見つめる事は出来ても、誰も手に取る事は出来やしない――とか思ってたら、今年に入っていきなりお前と急接近じゃん? 吃驚したぞ?」
いや、本格的に仲良くなったのは、結構最近なんだけど……。
同じマンションに住んでるのに気づいたのも、栄田の言うように今年になってからだし……。
更に付け加えるなら、それはマミに命を助けられた時期でもあるのだが――流石にこれは秘密にしておこう。
「ほんと、もったいないよなぁ……。まぁ、さっき自分で言ったけど、興味が無い人間の扱いなんて、そんなもんかもな。
でも、そんなお前が。あの事故以来、すっかり人を寄せ付けなくなっちまった巴嬢に、あっという間に近づいて、友達になっちまった。
そして、俺達が……いや、誤魔化してもしょうがないな。俺が見たくて堪らなかった、心からの笑顔を、お前は彼女から引き出した。正直、羨ましくて仕方なかったよ」
栄田は目を伏して、小さく笑う。
その姿を見て、自分は確信した。
やはり栄田は、マミの事を……。
「おぉっと、勘違いすんなよ? 俺はもう、自分の気持ちには決着はつけてある。元々、半分諦めてたけどもさ……」
しかし、彼はその確信を、こちらに向けて人差し指を立て、真っ直ぐに顔を見据えて、あっさりと否定する。
「お前の隣に居る巴嬢を見て、これでもかっ、て位に分かっちまったからな。俺は、彼女の一部分しか見てなかった――見ようともしてなかったんだって。
変な事して嫌われるかもしれない、余計なお世話かもしれないって、色んな理由をつけて、理論武装して。結局、何もしなかった。
なっさけないよな? 今なら幾らでもおちゃらけて、話しかける事だって出来るのに。辛そうにしてる女の子に、慰めの言葉一つ掛けられなかったんだから」
栄田は空を見上げ、眩しそうに目を細める。
その口元からは、先程の小さな笑みは消えていた。
「だけど、お前は違った。何の気負いも無く彼女に接して、話をして、笑い合って。俺がしたくて、でも諦めちまった事を、やってのけた。
巴嬢の過去を殆ど知らなかったってのも、確かに理由の一つだろうけど。でも、そんなの関係無い。
お前は行動して、俺は行動出来なかった――いや、しなかったんだ。それが、俺とお前の差。
だから俺は、お前の事、凄い奴だって思うんだよ。目の前でイチャコラ見せられると、流石に殺したくなったけどな?」
最後にわざと、茶化す様にそう言って。
何時もの様に彼は笑う。
「だからさ? こんなとこで油売ってないで、巴嬢の側に居てやれよ。避けられてるなら、いっそ待ち伏せでもしちまえ。
彼氏彼女だからって油断してると、昔の俺みたいにタイミングを失って、ただ見つめる事しか出来なくなっちまうかも知れないぞ」
……マミの力に、なれるかな、自分は。
「大丈夫だって、お前なら。
巴嬢がなんに悩んでるのかは知らんが、お前ならきっと、何かの形で助けになれるさ。
お前で駄目なら、きっと他の誰にも出来やしない。自信持てよ? お前は俺の、親友なんだからさ?」
栄田は臆する事無くこちらを見つめて、そう言ってくれた。
彼は一体、どれほど悩んだのだろう。
自分よりも早くからマミを見つめ、彼女が苦しむ姿を見て、どんな思いで、自らの想いを諦めたのだろうか。
とても、苦しかったと思う。大好きな人が思い詰めているのを、ただ見つめ続けるのは。
だから彼は、そんな事にならないようにと忠告してくれて。
そして、彼に辛い思い出話をさせてしまった自分の事を指して、親友と言ってくれる。
この事実が嬉しくて。でも、彼の心中を思うと、切なくて。
それを隠そうと、自分も小さく笑う。
「ん? どうした?」
いや、いつもそうやって真面目にしてれば、さぞかしモテるだろうになぁ、と思って。
自分が女だったら、今ので惚れてたかも。
「……気持ち悪い事言うなよ。ってか、俺はいつでも大真面目だぜぃ?」
真面目にふざけるから駄目なんだよ、この残念美形……ん。
「……お?」
おもむろに、右手を差し出す。
栄田はそれを見て、少し戸惑う様な顔をしたが、ん! と更に主張すると、やがて、照れ臭そうに右手を差し出す。
その手を握り、彼に負けない様に、臆する事無く笑顔を浮かべた。
どうなるかは分からないけど……自分なりに、やってみる。ありがとう、親友。
「……へへっ。おうよ!」
力強く手を握り返す栄田は、何時もの調子で笑い、白い歯を見せながら、それに答えてくれた。
「しっかし、男と握手なんかしてもなぁ? どうせなら、女の子の柔らかい肌にタッチしてぇよぉ……」
なんだよ? 栄田が握手して欲しいっていったんだぞ? この間。
「へ? ……んな事言った……あ!? まさかっ!?」
栄田が驚愕に顔を歪める直前、自分は手を離してその場から逃げ出す。
己の言った言葉を思い出した彼は、両の拳を振り上げながらそれを追いかけて来た。
「キサマ、まさか揉んだのか!? 揉みやがったのか!? マジかよぉぉおおお!?」
さぁ、どうだろうね?
……凄かった、とだけ言っとくよ。
「てんめぇふざけんなこの裏切り者!! お前なんか親友じゃねぇ!! 今この場で成敗してくれるわぁ!!」
はははっ、遅い、遅いよ栄田!
「んがぁぁあああ!! モゲろやこのリア充がぁぁあああ!!!!!!」
広い屋上を、鬼ごっこをしているように逃げ回る。
そんな風に親友とふざけながら、ふと見上げた視界に映ったのは。
雲一つ無い、澄み切った青空だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コツ、コツ、と、靴音が近づいてくる。
既に日は完全に落ちていて、代わりに月が昇っていた。
足音の主も、その姿を影に隠していたが、自分にとってその気配は、とても簡単に判別できた。
「……え? どう、して……」
何時ぞやと同じ様に、マミは驚いた表情を見せる。そんな彼女に、おかえり、と声を掛けながら、マンションの手すりに寄りかかっていた体を起こす。
昼休みが終わった後、栄田に発破を掛けられた自分は、さっそく彼女に連絡を取った。
だが、一緒に帰ろうと誘っても、街の見回りがあるからと断られ――「昨日はサボってしまったから」と言われては、無理も言えず、仕方なく、彼女の自宅の前で帰宅を待つ事にしたのだ。
まさか、九時を過ぎるとは思っていなかったが。前もって母に許可を貰っておいて良かった。
しかし、心底驚いているその顔を見ると、やはり嫌がられてしまったのかと感じ、軽く頭を下げる。
ごめん。どうしても、会って話がしたかったから……迷惑だった?
「……ううん、そんな、事……上がって? 今、紅茶を淹れるから」
マミは、そう言ってドアを開ける。
すれ違う際、一瞬だけ合った視線は、気まずそうに逸らされた。
胸がざわついたが、ここで逃げるような真似は、したくなかった。
彼女と交際を始めてから、ほぼ毎日上がらせて貰っている家だったが、気のせいか、少しだけ雰囲気が違うようにも感じる。
自分の定位置――三角テーブルの短い辺の直ぐ隣に陣取り大人しく待っていると、茶器の載ったトレイを持つマミが姿を現す。
「……お待たせ」
何時もの様に、慣れた手付きで紅茶を注ぐ。
しかし、何時もの静かな微笑みは無く、彼女は無表情に手を動かしている。
「……どうぞ」
勧められるまま、紅茶に口をつける。
やっぱり、美味しかった。普段と様子は違っても、染み付いた長年の習慣は健在らしい。
どこかほっとするその味に、美味しいよ、と素直に伝えれば、彼女はようやく無表情を崩す。
「良かった……ちょっと、自信なかったから」
そう言って、マミは苦笑する。
……おかしい。
事、紅茶やお菓子に関しては揺ぎ無いこだわりを持っていた彼女が、こんな事を言うなんて。余程参っているのか、それとも、体調が悪かったり……?
そんな心配が形となって、勝手に口をつく。
やっぱり、一昨日から様子が変だ。ホントは何かあったんじゃ……?
「……っ、それは……」
だが、それを聞くとマミは再び表情を硬くする――所か、今までに見た事が無いほど、苦しげに顔を歪めてしまう。
……何をしているんだ自分は。自分が不安だからって、今現在、悩みに直面してるだろうマミを追い詰めてどうする……っ。
こんな顔をさせたかったんじゃない。
こんな事が言いたいんじゃない。
ちゃんと伝えなきゃ、今の自分の気持ちを、ちゃんと。
決意を新たに、自分は、硬く握り締められた彼女の手に、そっと手を添える。
「……っ」
ぴくん、と体を揺らし、今度は驚きに目を見開くマミの手を優しく包みながら、自分は言葉を重ねる。
ごめん、無理に聞きだそうとするつもりは無かったんだ。
マミが言いよどむ位なんだから、とても重要な事なんだろうし、言えない事だって判断したなら、自分はそれを信じるから。
でも……。
「……ぁ」
どんな事があっても、自分はマミの側に居るから。自分は、マミの味方だから。
それだけは、知っていて欲しかったんだ………………信じて、欲しいんだ。
「………………」
マミは、何を言うでもなく、ただじっと、こちらを見つめていた。その視線が妙に気恥ずかしく感じて、自分は今思い付いた様に付け加える。
そ、それと、もし大丈夫なら、一日に一回は、こうしてちゃんと会って、話をしたい、かな……。
折角恋人同士になれたのに、会えないのは寂しいし……あはは……。
「………………私、も」
何を情けない事を言っているんだ、と笑って誤魔化そうとしていると、握られていた拳が解かれ、指が絡められる。
「私も、ね。今日一日、アナタと離れていて、凄く、寂しくて……胸がきゅうって、痛くなった。
だから、こんな風にアナタの温もりを感じられるだけで、凄く嬉しいの……でも、ね……?」
そこで一旦言葉を区切り、マミは、絡めた指を力無く弄ぶ。
「この温かさを感じてる手も、寂しさに痛くなる胸も。全部、ニセモノ……作り物だったの」
ニセモノ……? 何を言って……。
「この体は、ただの操り人形で、ソウルジェムから距離を離されるだけで死んでしまう、魂の抜け殻なんですって……。
暁美さんの言う通りだった……キュゥべえは私達の事を、利用しているだけだったの。
キュゥべえたちの役目はね……? 私達の体から魂を抜き取って、ソウルジェムに、変える事なんだ、って……」
マミは、崩れ落ちる様に床に片手を突き、体を震わせる。
その顔は伏せられていて、どんな表情が浮かんでいるのか、窺い知る事は出来なかった。
「その事を知って、どうしようもなく怖くなって……だから、アナタの優しさに縋って……。
けど、そうしたら今度は、アナタに知られたらどうしようって、作り物の体だって知られたらどうしようって、もっと怖くなって……。
だから、離れようとしたの。嫌われたく無かったから、先に、嫌いになってしまおう、って……。
でも、無理……どうしても、アナタの事が頭から離れない……こんな風に気にかけてくれるアナタを、嫌いになんてなれない……っ。
この大きな手も、少し癖っ毛な所も、考え事をする時に耳たぶを触る癖も、全部、大好きなの……っ」
嗚咽を漏らすマミの手の震えを感じながら。
空いた手で自分の膝に爪を立て、思う。
どうして、彼女がこんな目に遭わなければいけない。どうして、彼女ばかりが泣かなきゃいけない。
驚きのあまり、言われた事の半分も理解できているか怪しかったが、彼女がどれほど心を痛めているのかは、その姿を見て感じられた。
事故で両親を失い、生き延びるために魔法少女になったマミ。
自分だけが生き残ってしまった事にすら悩み、しかしそれでも、必死にその勤めを果たそうと頑張ってきた。
なのに、この仕打ちは何だ。どうしてマミばかりが、辛い思いをしなくてはいけないんだ……っ。
「だけど、私もう、分からなくなっちゃった……こんな体で、どう生きていけばいいの……? 私は、何の為に戦ってたの……?
痛いのも、辛いのも、寂しいのも我慢して。お父さんとお母さんの分まで、立派に生きるんだって、そう思って、頑張ってきたのに……。
それなのに、勝手に、こんな体にされてるなんて……こんなの……っ……あんまりよ……っ……挙句、美樹さんまで巻き込んで……っ」
パタ、パタ、と雫が落ちる。
若草色のカーペットに、小さな染みがいくつも作られては、瞬く間に吸い込まれて消えていく。
「罰なの……? あの時、自分だけ助かろうとしたから、こんな目に遭うの……?
だったら、魔法少女になんて、ならなければ良かった……契約して、生き延びなければ……。
あ……違うか……私、抜け殻だもの、ね……ニセモノ、だもの……」
何かに気づいた様に、マミは顔を上げる。
涙で濡れた顔には、怯えにも似た表情が浮かんでいた。
「本当の私は、キュゥべえと契約したあの日に、死んじゃってたんだ……。
だったら、ニセモノの私が頑張ったって、何の意味も無い……。
私が魔法少女になった事に、最初から意味なんて無かったのよっ……!!」
違う!! 意味が無いなんて、そんなの、絶対に違う!!
「あ……っ」
自分でも驚くほど、大きな声が出ていた。
握り合っていた手を解き、彼女の両肩を掴んで、叫ぶ様にして声を上げていた。
マミが魔法少女になった事に意味が無いなら、今までマミに助けられた命はどうなるんだ? 今、目の前に居る自分はどうなるんだ!?
「それは……っ、で、でも、きっと私なんか居なくても……私以外にも、魔法少女になれる子が、アナタを……」
……確かに、そうかも知れない。でも自分は、マミに助けられたんだ。
この命はマミがくれたんだ。何があっても、それは変わらない。
いや、命だけじゃない。他にもいろんな物を、自分はマミから貰ったんだ。
「……え?」
誰かを好きになる優しい気持ちも。
好きになって貰えるかっていう不安も。
想いが通じ合う喜びも。
全部、マミがくれた物なんだ。もし他の魔法少女が助けてくれたとしても、こんなに沢山の物をくれるのは、きっとマミだけだ。
「……私、だけ……?」
ニセモノなんかじゃない。マミがそう思っていても、自分にとってのマミは。
魔法少女で、命の恩人で、凄く可愛くて、焼きもち焼きで、お菓子作りが得意で。
……たったひとりの、愛する人なんだ。
「……あ」
マミが魔法少女になった事に――生きてる事に意味が無いのなら、この気持ちまで無意味だって事になる。
だから、意味が無いなんて、言わせない。
マミを想うこの気持ちに意味が無いなんて、マミにだって絶対に言わせない!!
「……アナタは……」
無我夢中で叫び続け、息が切れてしまっていた。
息が苦しくて、なんだか呼吸がし辛くて、渇いた喉に何とか唾液を送り込もうとするが、上手く行かない。
そんな時、ふと、マミの手がこちらに伸ばされた。
「私の為に、泣いてくれるの……? こんな、私の為に……」
そっと、触れられて。
自分の頬を流れるものに、ようやく気づいた。
息苦しい筈だ。自分は見っとも無く、涙と一緒に鼻水まで垂らしていたのだから。
途端に恥ずかしくなり、それを拭おうとするのだが、自分の手よりも早く、マミの手に握られたハンカチによって顔が拭われる。
「……いいの……?」
怯えていた瞳に、小さな輝きを取り戻して。
マミは、確かめる様に問い掛けて来る。
「私は、アナタを、生きる意味にして、いいの……? アナタを護る為に、生きて、いいの……?」
その問い掛けに、勿論、と強く頷き返す。
すると彼女は、緩やかに目を細め、その眦から一筋、雫を零す。
「そっか……私、もう一人ぼっちじゃ、ないんだよね……? アナタが、居てくれるんだよね……?」
そして、マミはそのまま体を寄せ、首筋に顔を埋めながら、背中に細い腕を回し、自分もそれを強く抱き返す。
シャンプーの微かな甘い匂いが鼻をくすぐり、彼女の体の小ささに心が震える。
側に居よう。
彼女に守られる事しか出来ない、弱い自分だけど。
そんな自分でも、彼女の生きる意味になれるのなら、ずっと、側に居よう。
心の中で、静かにそう誓い。
その証を刻みたくて。
この絆を、より深く結びたくて、目の前にあるマミの首に口付ける。
「……んっ、あ……」
恥ずかしげな声を聞きながら、今度は、まだ乾かない涙の跡を唇でなぞる。
「や、ん」
くすぐったいのか、体を悶えさせるマミをそっと押し倒す。
視線を重ね、精一杯の愛しさを込めて、マミ、と名前を呼ぶ。
「……うん」
すっ、と瞼が閉じられる。吸い寄せられる様に彼女の顔に影を落とし、深く口付ける。
「んん……ん……っ……」
マミの手が、掻き抱くように背中を蠢く。
それを通して、自分が彼女に強く求められているのを感じた。
けれど。
もう、キスだけでは止まれないほどに、互いの鼓動は高まっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
通い慣れた通学路。
普段なら鼻歌交じりにスキップしてでも通えるその道を、自分はえっちらおっちらとお年寄りの様に歩いている。
その隣には勿論、彼女が居てくれた。
「……本当に、大丈夫? やっぱり、魔法を使って回復した方が……」
い、いや、グリーフ、シードにも、限りが、あるし……自業自得、だから……うぐっ。
「あっ、無理しないで? ほら……」
腰を押さえて呻くと、マミが駆け寄り、体を支えてくれる。
それが嬉しいのと同時に、彼女の温もりが昨晩の事を思い出させ、顔が熱くなった。
結局あの後、大いに盛り上がってしまった自分達は、そのまんまイタしてしまったのだ。なんと言うか、歯止めが効かなかった。
初体験以来していなかったり、前日に散々我慢させられたのもあったのだろうけど、まさかあんな事になるとは。
母に持たされたアレが無ければ、ホントに危なかったかもしれない。二桁なんて初めてだ――最後の方なんか、何も出てなかった気がする。
そんなこんなで、自分の腰周りは洩れなく筋肉痛である。ついでに言えば寝不足だ。
彼女の方は全くなんともなさそうで、少々不公平さも感じたが、彼女の背負った運命からして考えれば、その位の役得はあるべきだろう。
「……ふふっ」
――と、マミの顔が小さく綻ぶ。
無言で首を捻っていると、彼女は笑みを浮かべたまま語りだす。
「なんだか、不思議なの。こんな気持ち、生まれて初めてで、なんて言っていいのか分からなくて」
少しだけ、困った様に。
けれども、マミはとても嬉しそうだった。
「きっと、これから先、色んな事があると思うの。嬉しい事や、楽しい事。それだけじゃなくて、辛い事も、悲しい事も……」
彼女にそう言われ、自分も思いを馳せる。
マミと共に歩む未来。
きっとそれは、とても幸せで。
しかし、彼女が魔法少女であるが故の波乱も、待ち受けているのだろうと思う。
魔法少女としての戦いは、何時まで続くのか。今回の件で明らかになった、キュゥべえの役割と、それに伴う彼等への不信。
そして、個人的に気になっている、ソウルジェムと穢れの問題。穢れを放置すると一体どうなるのか――明言がされていない事に、より強く疑問を抱くようになった。
解決の糸口は、キュゥべえの姿と一緒で全く見えないし、どんな結末になるかなんて、想像もつかない。
――いや、例え、どんな結末になろうとも。
自分は、マミの側に居よう。
彼女に貰った気持ちが、大切だから。あの誓いを、嘘にはしたくないから。
自分の誓いを知らない筈のマミは、しかし、弾むようにステップを踏み、自分の前へと回り込んで、そっと手を包み込む。
「でも、アナタの温もりを側に感じていれば。どんなに辛く、悲しい事でも、耐えられる気がする。そう思うと、なんだか、すっごく体が軽いの!」
そうして、マミは。
今、自分達の上に広がっている青空と同じ、晴々とした笑顔を浮かべるのだった。
「アナタが側に居てくれるなら。未来にどんな困難が待ち受けていたとしても、私、もう何も怖くないわ!」
フラグが立ったよ! やったねマミちゃん!