※この作品はR-18です。

魔法少女まどか☆マギカR‐18   作:七音

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 かなりの粉砕力を自負しております。
 お読みになる前に、色んな物(スコップとか家の壁とか)の耐久力をご確認下さい。


【鹿目まどかは】後日譚その5【通い妻】・上

 

 

 見上げる夜空に浮かんだ月が、初秋の澄んだ空気に美しく映えている。

 自分は、休日出勤のせいで疲れ切った体を引き摺り、家への階段を上っていた。

 この仕事も大分板について、それなりに重要な事も任されるようになって来たが、それによるプレッシャーには未だに慣れない。

 数年前に入った後輩が色々と助けてくれているが、それにも限度はある。部長のようにワーカホリック気味でもない自分には、少々キツイ。

 だが、数ヵ月後には、人生で一番大きなイベントが予定されている。その為にも、自分はこの程度でへこたれている訳には行かないのだ。

 

 ……はぁ、でも疲れる……。

 

 しかしながら、本当であれば恋人といちゃつけた筈の日に仕事をしていたという事実は、何とも心と体を重くするもので。

 けれど、目の前にある扉を抜ければ、疲れた心身を癒してくれる存在が待ってくれている。会社を出る前にかけた電話によると、夕食も用意してくれているそうだ。

 自然と期待に胸が躍り、でも、それを表に出すほど子供でもなく、自分は努めて何時も通りに、ただいま、と玄関のドアを潜る。

 すると、部屋の奥からパタパタというスリッパの音が近づいて来た。

 

 

「お帰りなさい、あなたっ。ぉぉお、お風呂にする? ご飯にする? そ、それとも、わわゎわ・た・しっ☆」

 

 

 ……は?

 

 時が止まる。

 目の前には、近くの私立高校の制服に、上から黒猫プリントのフリルてんこ盛りエプロンを着け、ウィンクしながら妙なポーズを取っている、現在十八歳の我が恋人――鹿目まどかが立っていた。

 中学を卒業する前に頼んで伸ばして貰った髪は、今ではお尻に掛かるまで伸びていて、髪形もツインテールからツーサイドアップに変化している。

 交際を始めて、既に四年。

 色々と紆余曲折はあったものの、自分達の関係は非常に良好であり、週末は決まって家事のために来てくれるのである。

 そんな彼女の左手には何故かお玉が握られたままで、右手は綺○星っ(もしくはみ○るビーム)が如くに目の横で構えられていた。

 こういう表現がぱっと思い浮かぶ辺り、後輩に毒されている気がしないでもない。

 

 

「……っ」

 

 

 やったはいいが、やはり恥ずかしいのだろう。まどかの頬はどんどん紅潮して行き、構えた腕がプルプルと震え始めた。

 そんな様子も可愛いなぁ、なんて思いながらも、自分はこの事態を引き起こした原因を推察する――と言うか、ほぼ間違いなくあいつ等だ。

 数ヶ月おきに喧嘩して別れそうになっては、磁石みたいにまたくっ付くを繰り返す後輩バカップルの片割れで、まどかの親友でもある、美樹さやか。

 まどかが突飛な行動をする時は、大抵、いつも、絶対あの小娘の入れ知恵だ。

 一度喧嘩に巻き込まれてデートが台無しになった事もあり、その時は流石にまどかも怒りを隠さなかった。あの静かなる怒りっぷりと言ったら、それはもうあの親にしてこの子ありと言わざるを得なかった。

 

 しかし本当に、相変わらずいい仕事――じゃない、余計な事をしてくれる。

 何時ぞやの「押し倒されろ」と言うアドバイスから、制服・体操服・スクール水着、裸エプロンや妙に扇情的なピンクい下着、猫耳犬耳兎耳、その他諸々、さやかちゃんの思考回路はそん所そこ等の男子高校生よりもよっぽど酷い。

 ……まぁ、おかげで男としては助かっている所も多々あるのだけれど。

 そんな事を考えて時間を潰していると、やがて、沈黙に耐えられなくなったのか、赤くなった顔を両手で隠し、まどかは廊下にうずくまる。

 

 

「何か言ってよぉ……無視するなんて酷い……私、頑張ったのに……もうやだぁ、恥ずかしいぃ……」

 

 

 あ、ごめん。可愛いよまどか?

 

 

「取って着けたみたいに言わないでぇ」

 

 

 メソメソし始める彼女に、慌てた振りをして近づく。

 あえて放置した甲斐あって、その顔は羞恥に染まり、とても可愛らしい。

 最近はHな悪戯をしても余裕で返してくるようになったので、この表情は大変貴重なのである。可哀想かも知れないが、それを見れた事で、内心では満面の笑みを浮かべていた。

 そして、自分はそんな事をおくびにも出さず、またさやかちゃんの差し金か? と知らん振りをして問い掛ける。

 

 

「……うん。定番だけど、絶対に喜んでくれるからって。でも、やってみたら思ったより恥ずかしかったよぅ」

 

 

 そりゃあ、台詞だけならまだしも、ウィンクした上にポーズまで取っちゃなぁ。おまけに制服エプロンだし……。

 

 なんて言いながら、自分は苦笑い。しかし、絶対と言い切る辺り、あのバカップルは既に実行済みなのだろうか?

 ……いや、間違いなく実行済みだ。

 一週間ぐらい前、後輩がにやけ顔でそんな事を惚気ていた。イラッとしたので、コピー頼むついでに書類を顔にブン投げたのを良く覚えている。

 こんなやり取りもまた、恒例になって来ているのが怖い。

 

 

「……う、嬉しく、ない?」

 

 

 しょんぼり、といった様子で、上目遣いに問い掛けるまどか。

 流石に同情してしまい、彼女を励まそうと、小さな体を抱き起こして笑いかける。

 

 そんな事無いよ。

 あの三択は、男にとっては夢みたいなものだからね。

 吃驚したけど、本当は凄く嬉しいよ。まどかは世界一可愛い。

 

 

「……良かったぁ」

 

 

 まどかはそのまま体を預け、胸に心地いい重みを感じる。

 丁度、胸板の上に置かれた頭を優しく撫で、しばらくそうしていると機嫌を直したのか、彼女は満面の笑みを浮かべてくれた。

 

 

「ぇへへ、今日はね? パパ直伝のクリームシチュー作ったの。ほむらちゃんからおすそ分けして貰った新作のパンもあるんだよ。直ぐに食べられるけど、どうする?」

 

 

 そっか。じゃ、腹も減ってるし、まずはご飯にしようかな。

 本当は、まどかを食べてもいいんだけど……?

 

 

「ぁん、だぁめっ! ちゃんと手を洗って、ウガイもして来てくださいっ。あ、背広と鞄、預かるね」

 

 

 抱きしめていた体に手を這わせようとしたが、まどかはするっとそれから逃げ出し、こちらにお玉を突きつける。その薬指には、自分が過去にプレゼントした婚約指輪が輝く。

 慣れた手付きで背広と鞄を回収し、パタパタと部屋の奥へと消えて行く後姿は、堂に入った若奥様だ。

 まだ結婚はしていないが、「何時かはそう呼ぶんだし」という理由で、既に「あなた」と呼ばれているのもあり、気分的にはもう、新婚生活は始まっている。

 

 けれど、もう直ぐそれも、本当になる。

 まどかの卒業を待って。

 自分と彼女は、恋人から夫婦へと、その関係を変えようとしていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「いただきま~す!」

 

 

 いただきます。

 

 テーブルを囲み、挨拶と共に、二人向かい合って手を合わせる。

 その間には、白い湯気が立ち上る具沢山のクリームシチュー。食欲を掻き立てる良い匂いが鼻をくすぐった。

 他にも、ブロッコリーなどの温野菜サラダ、切り分けられたバゲットなどが並べられている。

 一人暮しの頃からは考えられない、暖かな夕食。

 穏やかな時間に幸せを感じながら、早速、シチューを一口。

 

 

「……どう?」

 

 

 ……ん、美味しい。やっぱり、鹿目家のシチューは違うね。

 

 正直な感想を告げれば、彼女は「ぇへへ、やった」と、小さくガッツポーズ。自身もシチューを口に運ぶ。

 なんでも、色々と隠し味があるらしいのだが、知久さんとの約束で秘密なのだそうだ。

 まぁ、自分としては美味しい手料理が頂けるだけで十二分に在り難いのだが。

 

 それにしても、まどかも随分と料理が上手くなったなぁ。最初の頃は酷かったのに。

 

 

「あ、またその話。もぅ、忘れてって言ってるのにぃ」

 

 

 ごめんごめん。

 

 感慨深くて思わず呟いてしまうと、まどかはスプーンの先をこちらに向け、プンプンと怒り出す。

 一応、謝りはするのだが、それも仕方ないと本心では思う。何せ、最初に食べた彼女の手料理は、消し炭になりかけた目玉焼きだったのだから。

 せっかく作ってくれた初の手料理。根性で食べ切ったが、味がどんな物だったかは顔に出てしまっていたようで……。

 それ以来、彼女は専業主夫なお父さんの厳しい料理修行を受け、新しい料理を覚えるたび、この部屋で成果を披露してくれたのだ。

 と言っても、やはり最初の頃は中々上手く行かず、定番の失敗である人参の皮剥きを忘れたり、ロールキャベツが水っぽい肉野菜炒めになったり、鶏の唐揚げの筈が竜田揚げになったり……大変だった(最後のは美味しかったが)。

 だからか、危なっかしかった手付きが段々と淀み無く動くようになって、確実に上達するのを身を持って感じた男としては、嬉しくてつい思い返してしまうのだ。

 

 

「それより、パンも食べてみて? お兄さんの新作で、感想を聞かせて欲しいんだって」

 

 

 言われて、バゲットにも手を伸ばす。

 見た目は極普通のそれだが、口にしてみると大きな違いが分かった。

 改めてトーストしているわけでもないのに、芳ばしい香り。外側は程よくパリパリで、中はふんわりしっとり、柔らかいまま。

 普段はご飯食の人間なのでパンについては詳しくないが、それでもこのパンが美味しいのだけはよく分かる。

 素直にそれを伝えると、まどかも似たような感想なのか「うんうん」と頷く。

 

 

「最近、自分の味を探して色々と試してるんだって。悩んでるのに、すっごく楽しそうだって、ほむらちゃん笑ってた」

 

 

 なるほど、それで。

 

 まどかの言う『お兄さん』とは、自分にとって歳の近い友人でもあり、彼女の同級生である暁美ほむらという少女の恋人だ。最近人気の出始めたパン職人でもある。

 数年前からパン作りを学び始めた彼は、ここ数年でようやく店長さんに認められ、お店で出すパンも焼かせて貰えるようになったそうだ。

 腕前は上々で、丁寧な接客と柔らかな物腰のおかげか、近所の奥様方やOLにも地味に人気があり、何度かアプローチも受けたらしい。

 その都度、「将来を誓い合った人が居ますから」と断っているみたいだが、「それに嫉妬してくれるほむらがもう可愛くて仕方ないんですよっ」とも言っている。

 なんだか、後輩のバカップル菌がうつっているような気がする……が、本人達が幸せそうなのだから、野暮な事は言いっこ無しか。

 

 そう言えば、学校の方はどう? 暁美さんとか、さやかちゃんとか。皆、変わりは無い?

 

 

「うん。みんな仲良しだし、とっても幸せそう。マミさんも、大学で一杯お友達が出来たって。織莉子さん達も同じ大学だし、何時も通りみたいだよ?

 あ、でも、彼氏が居るって分かってるのに声を掛けてくる男の人も居て、困ってるみたい。先輩も気が気じゃないみたいで……。ちょっと大変そうかも」

 

 

 あ~、それは確かに大変そうだ……。

 

 マミ――まどかの一つ年上の少女、巴マミは、現在、隣の県にある大学に通う現役女子大生だ。

 おそらく女性の視点から見ても、誰もが羨むスタイルを持つ彼女であれば、若い男の邪な視線を向けられてしまうのも頷ける。

 もっとも、そのお眼鏡に適った男はこの世に一人だけ。今後一切、他の男なんて歯牙にも掛けないだろう。

 しかし男としては、その恋人である彼の気持ちも理解できた。恋人が少々魅力的過ぎるというのは、何ともやきもきして、やはり心配なものである。

 

 そして、織莉子――美国さん達も何時も通りという事は………………うん、放っておこう。

 知り合って結構経つが、それでも変わらず関係を維持しているなら、外野が何か言うべきでは無い。

 幸せの形は、人それぞれだ。

 

 

「大変って言えば、ほむらちゃんも大変かも。ううん、ほむらちゃんだけじゃなくて、杏子ちゃんも」

 

 

 ん? 何かあったのか?

 

 

「……二人とも、また告白されてるみたいなの。合わせると、今週だけでもう……二十人、かな。卒業も近いし……」

 

 

 そっかぁ……。それはやっぱり、例によって?

 

 

「うん……。ほとんど女の子から。断るのも一苦労だって、最近は二人共、放課後になると何時の間にか消えてるの。もしかしたら、魔法でも使ってるのかも」

 

 

 いや、流石にそれは……無いとも言い切れない、か……。

 

 まどかの言う少女達――先にも上げた暁美ほむらと佐倉杏子の二人には、自分も面識があり、贔屓目に見てもかなりの美少女だ(自分にとっての一番は言うまでもない)。

 中学時代からモテていたらしいが、高校に入り、女性としての魅力が高まるにつれ、虜になる男子学生も増えたようで。

 結果として起こったのが、今尚、見滝原の伝説として語られる、累計三百人斬りの高校生コンビ誕生である。

 一時期は他の女子達との関係も危ぶまれたそうだが、その彼女達に詰め寄られた時、二人は胸を張って堂々とこう言い切ったそうだ。

 

 

『私には、愛する人が居るもの』

『アタシには……ぁ、あ、ぁい……愛してる奴が居るんだよっ!!』

 

 

 言った直後、佐倉さんは真っ赤な顔で壁に頭突きを始め、暁美さんは暁美さんで、右腕と右脚を同時に出しながら歩き去ったらしい。小っ恥ずかしい気持ちも分からなくない。

 だが、それをどう勘違いしたのか、彼女達は“この二人が”デキていると思ったようで、以来、まどかの通う高校では「あの二人はガチだ」という噂が流れたのだそうだ。

 さやかちゃん曰く、「別々の場所で同時に詰問されたのに、同じ様な答えして、よくお兄さんのパン屋で一緒になるのが原因じゃない?」との事。大体正解の気がする。

 幸い、三年には佐倉さんの恋人が居たため、誤解自体は早々に解けたのだが、彼はもう卒業しているし、一度売れてしまった名声は中々消えてくれないようだ。

 

 片や、クールな外見に反して世話焼きな美少女。

 片や、溌剌とした頼り甲斐の中に清純さを見せる美少女。

 

 妹にしたいと企む上級生が出たり、お姉様と慕う下級生が今なお居るのも、無理は無い。

 ちなみに、さやかちゃんには浮いた話なんて全く全然これっぽっちも無い模様。

 然もありなん、である。

 

 

「みんな酷いよね、勝手なイメージで決め付けて。ほむらちゃんは学校にバレたりすると大変だから、杏子ちゃんみたいに証明も出来ないし。……私もそうだけど」

 

 

 うぐ……ごめんね、なんか、色々と……。

 

 やはり、華の女子高生からすると、恋人と大手を振って出歩けないのは寂しいのだろう。スプーンを咥えたまま、まどかは悩ましげに天井を見上げていた。

 実際、彼女を隣に街を歩けば、半々の確立で家族連れと間違われるか、胡散臭い目で見られるかのどちらかだ。

 自分はどう思われたって構わないが、そのせいで彼女が如何わしい目で見られているかも知れないというのは特に耐え難く、心苦しい。

 けれど、謝罪の言葉を聞いたまどかは目を細め、首を横に振ってくれる。

 

 

「ううん、私は良いの。ちゃんと考えて選んだ事だし、大切にして貰ってるの、感じてるから。それにもう直ぐ……ね?」

 

 

 優しい眼差しに、ああ、と強く頷き返す。

 彼女が無事、高校を卒業したら、ようやく結婚に向けた本格的な準備が始まるのだ。

 とは言っても、なにぶん始めての事ばかり。素直に両親達の協力を得る手筈となっている。

 ……の、だが。

 

 なぁ、まどか。お義父さんは――知久さんは、大丈夫かな?

 

 

「もぅ、怖がり過ぎだよぉ。最近、よくお酒飲んでるみたいだけど、ママが言うには『寂しがってるだけさ』だって。安心して? パパもちゃんと、あなたの事を信じてくれてるはずだから」

 

 

 だと、嬉しいんだけどな……。

 

 まどかの実父――知久さんは、自分にとって見習いたい人生の先輩であると同時に、とある事情から、とっっっっっても怖い人物になってしまっていた。

 原因は、当時、まだ中学生だった彼女に手を出してしまう自分の堪え性の無さと、そのけじめとして贈ったプロポーズに、シルバーの婚約指輪である。

 それを部長に――母親である詢子さんに気取られたのを知った自分は、勢い余って、ご両親に交際の告白と、結婚を前提とした今後のお付き合いの許可を貰うため、家庭訪問を敢行したのだ。

 

 門前払いを喰らった上で五分の四――いや、十分の九殺しにされ、通報されてお縄に付くのも覚悟していたのだが、以外にもすんなり家に通され、二人を前に彼女への想いを語らされた。

 それ自体は恥ずかしいながらも平気だったのだが、問題は、「コーヒーを用意するから」と知久さんがキッチンに消えてから。

 自分は、リビングのソファにまどかと隣り合って座っていて、途切れた会話の気まずさを紛らわすため、家庭菜園を眺めていたのだが、視界の外からはコーヒー豆をミルで挽く音と全く違う、まるでエッジをシャープニングしているような音が聞こえて来たのだ。

 

 額に手を当て、「男って奴は……」と一人ごちる部長に、「ぁわぁわ」と狼狽えるまどか。少し首を捻れば確認できよう物を、勇気のなかった自分はそれも出来ず。

 コーヒー淹れてる音じゃありませんよね? なんて問い掛けても、「全く新しい手法だからね」と朗らかに笑みでも浮かべていそうな一言。

 刃物を首筋にでも突きつけられたようなプレッシャーをひしひしと感じながら、しかし、自分はそれに負けず、なんとか交際の許しを勝ち取ったのだ。

 最後に、覚悟していた通り、部長の豪腕によって体をくの字に曲げさせられ、体力をごっそり持っていかれるという代償はあったのだが。

 

 ……あ、思い出した。そう言えばあいつ、さやかちゃんのお父さんとも仲良くなったって言ってたな。

 

 

「え? それって、後輩さんの事、だよね? ……うそ、私、さやかちゃんからまだ何も惚気られてないよ?」

 

 

 信じられない、と目を丸くするまどかに、自分は今日聞いたばかりの――休日出勤だと知ってる筈なのに態々昼休みに電話してきたバカから聞かされてイラッとした話を披露する。

 

 いや、まださやかちゃんには秘密なんだって。

 なんでも、昨日のさやかちゃんとのデートを尾行されて、その帰りに飛び掛られたらしいんだ。

 で、『落ち着いてお義父さんっ!?』とか、『貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはなぁいっ!!』とか言いながら取っ組み合ったみたいなんだけど……。

 そのうち、『当たらなければどうという事は無い!』とか、『年齢の差が戦闘力の差ではない事を教えてやる!』とか、ガン○ムネタで盛り上がって、最後は打ち解けて一緒にガード下で焼き鳥食べたんだってさ。

 

 

「……なんでかなぁ。喜んで良いはずなのに、ちょっと釈然としないよ……」

 

 

 だよなぁ……。

 

 複雑な表情でブロッコリーを齧る彼女に、うんうん、と頷く。

 正直、それで良いのかお前等と、小一時間ほど問い質したい。自分の苦労はなんだったというのか。

 まぁ、それが彼の持ち味だとも言えるのだが……。

 相対した人間の“素の部分”を引き出す事に関して、彼は特に抜きん出ている。本人がその能力をあまり認識していないのが残念な所だが、これを伸ばしていく事が出来れば、今後の仕事にも人生にも、大いに役立つ事だろう。

 部長もそれを考えた今後を見据えると言ってくれたし……楽しみでもある。

 

 

「あ、お皿、空っぽだね。お代わりする?」

 

 

 話をしている間にもスプーンは動き、シチューの盛られた耐熱皿は、何時の間にか空になっていた。

 まだ腹八分目にもほど足りなかったので、まどかの気配りに甘え、頼むよ、とお願いする。

 立ち上がり、笑顔でキッチンに向かう後姿を見ながら、自分は思う。

 

 今感じている喜びが、日常になって。

 それに慣れてしまうのは、とても贅沢な事で。

 でも。

 

 

「はいっ、お待たせしました~」

 

 

 この笑顔は、多分。

 いつまでも曇りなく在ってくれる。

 そう、信じられた。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 まどかの手料理を堪能し、狭いキッチンに並んで洗い物を済ませた後のまったりタイム。

 手ずから淹れた二人分のコーヒーが、ソファ前のガラステーブルに乗っていた。

 側に座る彼女は、ブライダル雑誌――間違った使い方をすれば、鈍器や防弾チョッキの役割も果たすであろう分厚さのそれを、熱心に捲っている。

 しかし、その指は先程から一定範囲を行ったり来たり。捲られた紙も、同じ所が繰り返し開かれているようだった。

 不思議に思った自分は、コーヒーのお代わりに立ったついでに彼女の背後へ回り、ソファの背もたれに手を突いて、何見てるの? と頭の上から覗き込む。

 

 

「うん? ウェディングドレス。こういう本は初めて買ったんだけど、凄いんだよ。こんなに一杯種類があるなんて、私、知らなかった」

 

 

 ふ~ん、どれどれ?

 

 今度は肘を突き、見上げていた彼女と顔の高さを合わせる。

 ふわり、と薫る花のような香りを感じながら視線を落とすと、様々な種類の純白のドレス達が紙面に踊っていた。

 純白と言っても白一色ではなく、青み掛かっていたり、レモン色だったり。

 スカートも、フリルで飾られた物、膝丈の短い物。ビスチェのように体のラインをハッキリさせるものなど、本当に色々だ。

 それ等を着てくれるまどかを脳内で妄想し、何か気に入ったのはある? なんて尋ねてみれば、彼女は紙面に顔を落とし、ドッグイヤーの付けられたページを捲る。

 

 

「えっとね……。これなんか着てみたいなぁ、なんて思うんだけど」

 

 

 指し示されたのは、デザイナーズドレスのコーナー。

 外国人モデルの着る、白を基調としたドレスが映っていた。

 胸元には幾つかのルビーを思わせる宝石があしらわれ、肘上の袖からはピンク色の生地が覗いている。

 スカート部分は、前面は膝上と短めだが、後ろはウェディングドレスらしくとても長く、パニエでも使っているのか、ふんわりと広がっていた。こちらも、裾の部分からはピンク色の生地が。

 脚を覆うオーバーニーも同じ色で、真っ白なヒールには羽根飾り。花弁のような手袋と白いチョーカーもセットのようだ。

 男の視点から見ても、とても可愛らしく、華やかなドレスに思える。

 

 これを、まどかが着てくれたなら。

 きっと天使の様に愛らしく、女神の様に美しいのだろう。

 ……んが。

 

 ちょっと、胸元が開き過ぎじゃない? このドレス。

 

 

「え? そうかな。可愛いのに」

 

 

 まどかはそう言うが、このドレス、胸の中央辺りがひし形にざっくりと刳り貫かれているのだ。

 こんなに開いていると、普通にしていても横乳が拝めてしまう。それどころか、手を突っ込んでこねこね出来そうだ。

 自分だけが見るならまだしも、こんな破廉恥なドレス、結婚式には、ちょっと……。

 などと密かに考え、難しい顔をしていたら、彼女はそれを見透かしたのか、「大丈夫だよ?」と笑みを浮かべて見せた。

 

 

「ほら、よく見て。この部分フェイクみたい。ちゃんと布が張ってあるみたいだよ?」

 

 

 ……あ、ホントだ。

 

 言いながら、まどかが雑誌を顔に寄せてくれたので、目を凝らしてみれば、確かに地肌が露出しているわけではないようだ。

 こんな手間を掛けるなら、いっそ刳り貫いたりしなければ良いのに、とも思ってしまうが、それもデザイナーズ所以なのだろう。

 値段を確かめてみれば、その割りに値段は二桁に行っていない。胸元の宝石も、イミテーションなのかも。

 それでも普通のドレスに比べればお高いが、部長に散々振り回されたおかげで分不相応に給料は多いし、貯金もそれなりにあるから、これなら自分が買ってあげる事も出来る。

 しかし、冠婚葬祭にはとにかくお金が掛かる物。レンタルもやっているみたいだし、節約した方が良いだろうか……?

 結婚したとして、二人で住むのに、この部屋は少し手狭だ。引越しも視野に入れておかねば。

 

 まぁ、二人だけで決めるのは寂しいし、今度お邪魔する時にでも、部長達に相談してみようか。

 

 

「うんっ。……ねぇ、あなた?」

 

 

 頷き、雑誌を閉じた彼女は、躊躇いがちに問いかけて来た。

 隣に座り直しながら、なんだ? と問い返すと、少し俯きながら、顔の前で指を軽く組み合わせ、頬を染める。

 

 

「ん、とね。あの時の言葉、もう一度、聞きたいなって」

 

 

 ……あの時? 何だっけ。

 

 

「ほら、お家に挨拶しに来た時に、『幸せにする自信があるのか』ってママに言われて、その時の言葉。……だめ?」

 

 

 あぁ……。え? 今、ここで?

 

 まどかは、瞳に期待を満天に乗せて、こくこく、何度も頷く。

 そんな彼女に対して自分は、参ったな、と頭を掻いた。ここ最近、何かにつけて言わされている気がする。

 あの時口にした言葉は、紛れも無い真実の気持ちであると同時に、自分にとっては誓いにも等しい言葉なのだが、それ故に、何度も要求されるのは恥ずかしいのだ。

 けれど、目をキラキラさせて待つ彼女を裏切るのも……あ、そうだ。

 ふと思いつき、それなら自分も納得できると、彼女に向き直る。

 

 言っても良いけど、その前に。

 まどかが、どうやって十二も年上な男に興味を持って、どんな風に好きになってくれたのかを語ってくれたら。

 それなら良いよ?

 

 

「……ふぁへ!? な、なんで!?」

 

 

 相変わらず、時々変な驚き方するね。

 とにかく、いっつも自分ばっかり語らされてるような気がしてさ?

 それに、まどかの方からそういうの聞いたことって、あんまり無いし。好きとは言ってくれるけど。

 

 

「それは、うぅ……だって、恥ずかしい、し……」

 

 

 それは自分も同じだってば。

 駄目なら言ってあげないよ?

 

 

「……お、怒らない?」

 

 

 え? 怒るような過程があるの……?

 

 もしかして、藪をつついて蛇を出したのだろうか。彼女はそんな風に言う。

 が、言っているうちに覚悟も決まったのか、一度、自身で確かめるようにハッキリと首を縦に振ると、記憶を辿るように、想い出を語り出す。

 

 

「初めて会った時は、ちょっと――ううん、すっごくビックリしたの。

 ママが一人で歩けなくなる位に酔うのも珍しかったけど、男の人に送られてくるなんて、初めてだったから。

 それと、ちょっとだけ怖かったかも。不機嫌そうな雰囲気だったし」

 

 

 釣られて自分も思い返してみたが、確かにそうだったかも知れない。

 元々、賑やか過ぎる飲み会に連れ出されて辟易としていたし、部長の扱い方も知らず、本当に厄介だったのだ。今も酔うと面倒臭いけど。

 それに、お家に上がらせて貰った時、知久さんにちょっと胡乱な目で見られたのもあって、少しイライラしてたかも……。

 

 

「でもね、その次に来てくれた時は時間も早くて、ママもまだちゃんとしてたし、色々とお話もしたでしょ。

 怖いなぁ、って思ってた人が、ママをたくさん褒めてくれて、それからパパにも、これでもかって位に畏まったり……。なんだか、おかしくて」

 

 

 はは、そうだったね。

 

 思い出し笑いをするまどかに合わせ、同じ様に笑顔を浮かべる。

 あの頃は、一人でもなんとか仕事をこなせる様になったばかりで、自分が四苦八苦する仕事でも、片手間にきっちり片付ける部長へ、憧れにも似た想いを抱いていたのだ。

 今となっては、絡み上戸・笑い上戸・駄洒落のち下ネタ上戸を併発する酒癖のせいで、憧れなんて純な感情は粉微塵に砕かれているが、それでも。

 部長の仕事に対する情熱は、誰に劣らぬ輝きで自分を照らしてくれていた。

 そんな人の家へ正式に招かれては――知久さんにも、先日の態度を謝られてしまって、酷く落ち着かず、緊張甚だしかったのを覚えている。

 そして、恐縮しきりだった自分の気持ちを解してくれたのは、今も隣にある、この笑顔だった。

 

 

「ママはあんまり自分の自慢話とかしないから、お仕事で頑張ってるママの話を聞くのは楽しかったし、パパ以外の大人の男の人と話すのも、学校以外では殆ど無かったから。

 時々、ママを送ってお家に来たあなたとお話しするのが、段々と楽しみになったの。

 ……でも、デートに誘われた時は本当にビックリしちゃった。私の事、そんな風に見てたなんて、思っても見なかったから。

 顔が熱くて、気が動転して、ついOKしちゃったけど、本当は後悔してたんだよ?

 ママのお仕事関係の人だから、今更断れないし……。危ない人だったらどうしよう、エッチな事されちゃったりしたらどうしよう、って」

 

 

 ……あ、そう、だったん、です、か……。

 

 数ヵ月後には交際五年目に突入。結婚まで視野に入れているというのに、ここに来て衝撃の新事実。なんと、最初はヘンタイ扱いされていました。

 そりゃあ普通に考えればそれが当然なんですけども。

 ショックです。

 これが、マリッジブルーか……っ。

 なんて項垂れていると、それに気づいたまどかは慌ててこちらの手を取り、にぎにぎと慰めてくれる。

 

 

「……ぁっ……で、でもね? 今は勿論そんな事無いよ? それに、お誘いを受けてよかったって、デートしたその日の内に思えたもん。だから落ち込まないで、ね?」

 

 

 いいよいいよ、どうせ自分はロリコンですよ。

 中学生に恋して手を出してプロポーズまでした三重苦の筋金入りですよ。

 でも、好きになっちゃったんだ。

 惚れちゃったんだからしょうがないじゃないかぁ、うぅぅ。

 

 

「うん、うん、分かってるから。自分の事、そんな風に言っちゃダメだよ? 他の女の子に目移りもしないで、私一筋で居てくれたの、ちゃんと知ってるから。あなたに好きになって貰って、私はすごく幸せ。信じて?」

 

 

 慣れた様子で、彼女は優しく頭を撫でてくれる。

 このやり取りも、ここ数年で最早定番。つまりは、慰めて欲しい時のポーズ。

 いい歳したおっさんがこんな事をしても気持ち悪いだろうに、嫌な顔一つせず受け止めてくれる。

 そんな寛容さに益々惚れてしまうのだから、悪循環もいい所だ。

 

 

「初めてのデートも、最後はこんな感じだったよね。私は意外と楽しかったのに、あなたは失敗ばかりって落ち込んじゃって。

 私は、そんな事ないです、って、こんな風に。それからなんだよ? あなたの事が気になりだしたの」

 

 

 まどかとの、初めてのデート。

 自分も楽しかった事は楽しかったのだが、やはり、男としては失敗としか言えない内容だった。

 

 まず、酒の勢いを借りて誘うなんてのが論外だし、素面に戻った自分は焦りに焦って、無難に映画でも見ようと思ったら劇場で目当てのチケットが売り切れ。

 代わりに見た子供向けのアニメは意外と感動色が強く、二人揃ってボロ泣きして……。どちらかと言えば、自分の方が泣いていた。動物ものは反則だ。

 その後のランチも、行くはずだったお店は身内に不幸があったらしく臨時休業。

 仕方なく近所に出来たばかりのイタリアンレストランに入って、先程見た映画の話や、どんな動物が好きかなど、他愛のない話で急場は凌いだものの、思い通りに行かない焦りは更に募り。

 何とか点を稼ごうと、部長にも褒められた事のある喉を披露するため、ちょっと強引にカラオケへも誘ったが、ネタ的に入れた演歌を辛口評価され、逆に指導を受けた挙句、最後は二人で熱唱する始末。楽しかったのがまた悔しい。

 

 そんなわけで、裏目裏目のデートの帰り道、自分は項垂れて歩いていたのだが、彼女はそれを慰めてくれたのだ。

 丁度、こんな風に。

 

 

「あの日、帰ってからママに聞いたあなたは、難しい仕事に付き合わせてもめげないで、ぶつくさ言いながらでも、最後までしっかりやり遂げようと努力する、有望な人。

 でも、私の前に居たあなたは、感動屋さんで、猫が好きで、歌が上手くて。でも、誤算も多くて落ち込みやすい、ちょっと困った人。

 どっちが本当のあなたなんだろう。何であなたは、私なんかをデートに誘ってくれたんだろう、って、すごく気になったの。

 そして、気が付いたら……あなたの事ばかり、考えるようになってた」

 

 

 頭を撫でてくれていた手が滑り、頬を下って、首筋から胸板へ。

 くすぐられるような感覚に、しかし、身悶えも出来ない。

 乗せられた手を通して伝わってしまいそうなほど、胸が高鳴っていた。

 まるで、まどかに初めて告白した時の様に。

 

 

「だから、二度目のデートは、胸が痛くなるくらい、ドキドキして。……三度目のデートの時にはもう、あなたに惹かれてた。

 この気持ちを知らなかったら、私はきっと、信じられなかったと思う。

 あなたが、私なんかの事を大好きだって言ってくれたから、私は変われた……信じ抜く事が出来たの。

 私自身の事。私が、信じたいと思った人達の事。人の心の、綺麗な部分を。

 このあったかい気持ちのおかげで、私は強くなれた。だから……」

 

 

 目を弓なりに細め、内から滲み出るような微笑みを零し。

 彼女は、トン、と胸に額を押し付けて。

 何度かそれを擦り付けた後、微かに囁いた。

 

 

 

 

 

「私は……。鹿目まどかは。あなたの事が、大好きです」

 

 

 

 

 

 胸に溢れた気持ちが、まどかを抱き締めさせる。

 この、歓喜にも似た気持ちを、彼女にも感じて欲しくて。独り占めするなんて、勿体無さ過ぎて。

 けれど、言葉にすると、きっと陳腐な物になってしまうだろうから。

 一切を誤解無く、余す所無く伝えるために――

 

 まどか。

 

 ――と、ただ、名前を呼ぶ。

 

 

「……ん……」

 

 

 返って来たのは、満足そうな吐息。

 堪らなく、キスをしたくなった。

 背中を二度、ぽんぽん、と叩けば、それを察知した彼女は体を起こしてくれる。

 そのまま、確かめる事も無く顔を寄せると――

 

 

「……待って?」

 

 

 ――唇に、人差し指が押し当てられた。

 お預けをくらい、戸惑いに目を瞬いていると、まどかは得意気に笑って一歩身を引く。

 

 

「さ、私はちゃんと言えたんだから、次はあなたの番だよ? それまでキスはお預け!」

 

 

 ……ちっ、駄目か。

 良い雰囲気になれば誤魔化せるかと思ったのに。

 

 

「ダメですっ! 本当に恥ずかしかったんだからっ! ……こほん、じゃあ聞くね?」

 

 

 咳払いをしながらソファに正座し、居住いを正して、彼女はこちらに向き直る。

 しょうがなく、自分も彼女を真似て足を上げ、胡坐をかいて言葉を待つ。

 

 

「『まぁ、(トモ)の事は置いとくとして……。お前のまどかへの気持ちは分かった。

  気は早すぎるにしろ、責任を取ろうっていう覚悟も理解した。

  ならお前には、この子を絶対に幸せに出来る、その自信があると思って良いんだな?』」

 

 

 ……っ、ふ、くくっ、に、似てない……っ。

 

 

「~っ! 『い、い、ん、だ、な、!?』」

 

 

 全然迫力が無く、むしろ似合わない口調が可愛くて吹き出してしまったが、まどかはぷく~っと頬を膨らませ、ソファに両手を突いて詰め寄って来た。

 その勢いに、仰け反りながらも自分は謝り、なんとか当時を再現しようと気持ちを切り替える。

 

 ご、ごめんごめん……。ごっほん、あ~と……ふぅ……。

 自分は……それは、少し違うと思います。

 

 

「『……なんだとぉ?』」

 

 

 ……駄目だ、やっぱり似てない。

 さっきの言葉を口にした時なんて、本当なら空気が軋むほどのプレッシャーを感じた上に、刃の擦れ合う甲高い音まで聴こえてきて、恐れ慄いたというのに。

 目の前の彼女からは、愛くるしさしか見て取れない。

 そんな気持ちが自然と頬を緩ませ、微笑みを浮かべながら、自分は誓いの言葉を続ける。

 

 上手く言えないんですけど、自分は、こう思うんです。

 幸せにするとか、してあげるとか、なんか、その……。おこがましいかな、って。

 だって、この子が側に居てくれるだけで、笑い掛けてくれるだけで、自分は幸せです。

 それに報いたいと思うのは当然で……それをまどかが、幸せと思ってくれたなら。それすら、自分には幸せで……また、この気持ちを返したくなって。

 そんな風に、幸せを返しあっていけたらと、思うんです。

 

 

「……それで?」

 

 

 口調の真似も忘れ、詰め寄った時の姿勢のまま、彼女は先を求める。

 間にあった距離は、少しずつ失われていた。

 

 自分が、まどかを幸せにしたり、まどかに幸せにして貰うだけじゃなくて。

 二人で一緒に。

 もっと、ずっと、幸せになって行けたら。幸せの環を、作って行けたら。

 ……いえ。自分のこれからの人生を賭けて、作って行きたいんです。

 

 

「……うん……」

 

 

 また、近くなっていく。

 瞳は潤いを湛え、瑞々しい唇が緩やかに開かれていた。

 

 ……彼女がこれから経験する、沢山の苦労や悲しみも。

 その中で分け合って、いつか、笑って話せる想い出に出来るように。

 一番近くに――いつも隣に、居たいんです。

 だから。

 まどかと、結婚させて下さい。

 今すぐは無理でも、この先の未来で、この子の隣に立つ事を許し――んっ。

 

 

「ん、む」

 

 

 全てを言い終える前に、唇は塞がれてしまった。

 一度、触れるだけのキスを交わし、また直ぐに、甘く、深く、舌先を重ねる。

 

 

「ぅ……っは……ん」

 

 

 眼前に愛する人の顔があり、薄目を開けてそれを眺める。

 安心しきっているのか、瞼を閉じ、完全に身を委ねる彼女。

 甘え合うように、深みに嵌るように、絡め合う。

 

 

「っ……はぁ……ぁ」

 

 

 やがて、躊躇いつつ、唇が離れる。

 お預けじゃなかったの? と囁くと、まどかはこちらの首筋に顔を埋め、同じ様に囁く。

 

 

「……いじわる。分かってるくせに……」

 

 

 鼓膜をくすぐる吐息に何が込められているかは、考えるまでも無い。

 何故なら、自分も全く同じ事を、思っているだろうからで。

 だからこそ――

 

 はい、今日はここまでっ。続きはまた今度。風呂入ってくる。

 

 

「え………………ぇええっ!?」

 

 

 ――だからこそ、自分は理性を振り絞って欲望を押さえつける。

 そんな事を言われるとは思っていなかったのか、まどかは一瞬、ぽけぇ、とした後、ソファを立つ自分の後に慌てて続く。

 

 

「あ、あの、今度って、もう明日は学校だし、一週間始まっちゃうし、その、昨日はデートだけだったし、あの……」

 

 

 だからだよ。自分も仕事があるし、明日に疲れを残すような事は駄目です。

 ……そりゃあ、自分だってしたいけど、それと同じくらい仕事も大事だからね。

 

 

「そ、そうだけど、でも……うぅぅ、でもぉ……」

 

 

 泣きそうな顔で体をもじもじとさせる彼女からは、匂い立つような艶めきが感じ取れるのだが、あえてそれから視線を逸らし、脱衣所に向かう。

 正直に言えば、今すぐこの場で押し倒したい。明日の事なんて考えずに滅茶苦茶にしてしまいたい。

 が、部長達からも、婚前交渉は可能な限り避けるようにと、先の挨拶の時にきっっっっっつく言い聞かされている――というか、抉るように叩き込まれたのだ。逆らったら今度こそ、全身の骨という骨を砕かれた上で隈なくブッ刺される。

 ……まぁ、それでも我慢できない時だってあったのだが。バレていないと信じたい。

 

 それに、自分はもう若くない。

 休日出勤に加えて夜もハッスルしたとなれば、間違い無く明日に響く。ここはじっと、我慢の子である。

 そう心に決めて、脱衣所の扉に手を掛けた時――

 

 

「………………」

 

 

 ――小さな手に袖を摘まれ、それは阻まれる。

 振り返ると、頬を朱に染め、上目遣いにじっとこちらを見つめるまどかの姿が視界に入った。

 ……しまった。これは、マズイ。

 彼女にこんな風に見つめられると、なんだかんだで断れないのだ、自分は。

 押し切られる前に、どうにか説得しないと……。

 

 

「……ゃ、なの?」

 

 

 ……っ、いや、そうじゃないけど……むしろ、こっちからお願いしたい位なんですけど、日が悪いと言うか……ね?

 

 クリティカルに男心を刺激する猫撫で声に、自分は背筋を震わせながらも必死に抵抗を示す。

 しかし、彼女もまた言葉を重ね、畳み掛けてくる。

 

 

「……もう、飽きちゃった?」

 

 

 んなっ!? そ、そんな訳がある筈っ!?

 

 ――と、強く反応してしまったのが悪かった。

 自分達は完全に向き合う形となってしまい、これでは、まどかの精神攻撃を全身で浴びてしまう。

 それに気づいた時には、彼女は素早く懐に踏み込み、避わす間も無く内臓へ向けてジャブを打って(改めてシャツの裾を掴んで)来た。

 

 

「よかった……。私も、あなたとするの……好き、だから……」

 

 

 ぐふっ。

 あ、え、あ、うん、ぁの、うん。

 それは、自分も同じなんだけど、今日はちょっと疲れててね? だから――。

 

 

「……私じゃ、癒せない? ……好きにして、良いんだよ?」

 

 

 げふっ。

 ……ぅ゛……ぁ゛、あ~、あの、まどか? あのな――。

 

 続け様のボディブローにむせ、ともすれば崩れそうになる口元を拳で隠し、KO寸前のふらつく理性を最後の力で奮い立たせて、何とか反撃しようとした、その時――

 

 

「……その、ね……。今日、大丈夫な日、だから……だから……ね?」

 

 

 ――まどかは、カウンター気味にハートブレイクショットを叩き込んで来たのだった。

 

 ……あぁぁ。

 十八になった彼女を紹介しに行った時、見た事も無い俊敏な動きでシャイニングウィザードをかまして来た同類(母さんとは十五歳差)な父さん。

 バトる父と子そっちのけで、まどかと氷川き○し談義で盛り上がってた母さん。

 

 貴方達の未来の娘がエロ可愛くて、息子の理性はボロボロです。

 

 

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