※この作品はR-18です。

魔法少女まどか☆マギカR‐18   作:七音

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【ふられ男と】番外編その2【面倒な女】

 

 

 初恋、だったかどうかは分からない。

 気が付いた時には、彼女を目で追うようになっていた。

 彼女を愛していたと理解したのは、彼女が居なくなってからだった。

 美しい人だった。

 彼女と幼馴染であった事は、思うに、例えようの無い幸運だったのだろう。

 

 そんな彼女は今日、とある男性と永遠の愛を誓った。引き会わせたのは……どうでもいいか。

 他にも、同じ日、なんと十以上年の差があるカップルまで式を挙げたらしい。

 そう言えば、昔となりの部屋に住んでいた男も、随分と若い女の子を連れ込んでいた。漂ってくるラブ臭に耐え切れず引っ越してしまったが、やっぱ通報しときゃ良かったか……。

 ともかく、目出度い日だ。

 こんな日には、似合わない。三十路過ぎな男の嘆きなど、似つかわしくない。

 だからこうして、喉を焼く酒で涙腺を誤魔化す。

 

 小洒落たバーで出されたウィスキーは、値段の割りに上物の筈なのだが、風味も何も感じない。

 喉が焼ければ焼けるほど、悲鳴を上げたくて堪らなくなった。

 年甲斐も無く泣き喚いて、十年前を呪いたくなった。

 けれど、彼女は幸せそうだった。確かに、幸せそうだったのだ。

 それがどうしようもなく悔しくて、でも、少しだけ安心して。

 ごちゃ混ぜになった感情をぶちまけたくて、空になったグラスをカウンターに叩き付ける。

 

 

 

 

 

 チクショオォオオっ!!!!!! どいつもこいつも末永く幸せになりやがれぇぇえええっ!!!!!! ………………はっ?

「うわぁぁあああんっ!!!!!! 皆私を置いて幸せになってればいいのよぉぉおおおっ!!!!!! ………………ふへ?」

 

 

 

 

 

 予期せず絶叫が重なり、左を向く。

 そこには、エメラルドグリーンのドレスの上にストールを羽織った、アルコールを嗜むには少々早くも見える童顔の女性が、カクテルを前にこちらを見つめていた。

 ハーフリム眼鏡越しの瞳は涙で濡れているのに、あまり悲壮な感じがしないのは何故だろう。

 

 

「あの、お客様。店内ではお静かに……」

 

 

 あ、すいませ……お。

「あ、すいませ……あ」

 

 

 またも声が重なった。

 静かに立ち去るウェイターを尻目に、三つ隣の席を観察すれば、その足元には白い紙袋があり、ドレスを着ている事から、なにかイベント事の帰りかと考えられた。

 にしては連れも居ないようだし、「すんっ」と鼻を鳴らす姿からは……なんと言うか、めんどっちい雰囲気が醸しだされている。

 ……が、どこか引っかかる。

 まるで、昔何処かで会った事があるような、友達の友達のそのまた友達で、微妙に顔の覚束無い知り合いのような……。

 それがどうにも気になってしまい、空いたグラスを片手に席を立つ。

 

 あの。隣、よろしいですか?

 

 

「え、あ、はい。どうぞ……」

 

 

 居住いを正す女性の声には、若干の警戒心が伺える。それも当然だ。

 場末のバー……なんて呼ぶには失礼な位にお洒落な店内といえど、偶然台詞が重なっただけの見知らぬ男に話し掛けられたのだから。

 本当に、吃驚だ。こんな行動を取れるだなんて。

 酒が入って気が大きくなっているのか、それとも、人恋しいだけ、か。

 まぁ、どうでもいい。今はとにかく、この奇妙な慨視感の原因を究明したい。

 

 何か、御ありに? 随分と……辛いご様子ですが。

 

 

「……いいえ、とんでもない。辛いだなんて、あり得ませんよ。……ええ、とても、お目出度い日なんです」

 

 

 お目出度い、ですか。

 失礼でなければ、お聞きしても……?

 

 

「……今日は、教え子の結婚式だったんです。思い出すだけで胸が一杯になるような、とても良い式でした……」

 

 

 それは……目出度い、ですね……。

 おめでとうございます。教え子という事は、御教職に?

 

 

「ええ。もう長い事やっています。特に、新婦さんのお母様とは、学生時代からの友人という事もあって、感慨深くて……」

 

 

 そうでしたか……。

 

 奇遇な事もある物だ。まさか、同じく結婚式の帰りとは。ひょっとしたら、例の歳の差婚な人達の式だったり……流石にないか。

 しかし、教え子の結婚式に呼ばれるだなんて、よっぽど慕われているのだろう。

 なのに、何故この人はこんなにもどんよりとした空気を背負っているのか……?

 

 

「ほら、見て下さい。ブーケまで貰っちゃったんですよ? ふふっ、気を遣わせちゃった。まぁ、もう直ぐ大台に乗る独り身が居るんですもの、当然ですよね……? ふっ」

 

 

 足元の紙袋から小さなブーケを取り出し、彼女は嗤った。

 ……うわぁ。なにこの暗黒微笑。顔が左右非対称になってる。怖ぇ。

 声掛けたの、失敗だったか? お近付きになりたくない類の笑顔だぞ今の。

 

 

「個人的には、お相手の男性はちょおっと問題がある気がするんですよ。初めて聞いた時なんて、本気で通報しようかどうか迷った位ですもの。

 でも私、《生徒を見る目》だけには物凄く自信があるんです。その自信が言うんですよね。

 あぁ、この人を愛してるんだな、この子が選んだ人なら、きっと幸せにしてくれるんだろうな、って。それが分かったら、もう何も言えませんでした……。

 先を越されちゃったのは凄――少しだけ悔しいですけど。

 それよりもですよ! 詢子ったら――あ、さっき言った友人の事なんですけどね? 『和子がそう思うなら一安心だね』なんて言うんですよ!? 酷いと思いません!?

 確かに《男を見る目》は無いかも知れないけど、私は駄目男検知器じゃないってぇのよぉ!!!!!!」

 

 

 途中からヒートアップしてしまったのか、女性は――和子、さん? は、カウンターをバンバン叩く。

 その音に釣られ、周囲の注目を集めると共に、鋭く光るウェイターの眼光。

 

 お、落ち着いて下さい、見られてますから、ね?

 

 

「あらやだ、私ったら……。こほん、まぁ、あの頃はちょっと大人気無かったし、私にも悪い所がちょっとはありましたから、それは良いんです。この話はここまでにしましょう」

 

 

 いや、ここまでも何もそちらが勝手に喋って――。

 

 

「何か問題でも?」

 

 

 いやー今日は晴れて良かったですねー折角のお目出度い日ですからねー。

 

 と言いながら、華麗に手の平を返す。だって怖かったから。今日は厄日だ。もしかして、女難の相も出ていたりするのだろうか。

 ……取り合えず、おべっかでも使って御機嫌とっておこう。

 身の安全のためにも。

 

 それにしたって、そんなに焦る事は無いんじゃないですか?

 もう直ぐ大台って事は、まだ二十代でしょう? こっちなんてもう三十過ぎ――。

 

 

「えっ!? 見えます!? そんな風に見えます!?」

 

 

 うぉあ、あ、はい、見えます、けど。え? 違――。

 

 

「やっだ、もう♪ そんなに煽てたって何にも出ませんよ♪ あ、何か飲みます?」

 

 

 痛、あの、痛いですから、叩かないで……後、気も遣わないで下さい……。

 

 途端、上機嫌になった和子さんは、こちらの背中をバシバシ叩く。この反応からして、大部若く見積もってしまったようだ。

 やっぱり、女難の相、出てるかなぁ。よく考えたら、あいつも年上だったもんなぁ。

 なんて思い、諦めたような心境で、店内上部にある絵画を無心に眺める。

 すると、彼女は唐突にカウンターへ頬杖を突き、顔だけをこちらに向けた。

 

 

「……どうしてかしら。お酒が入ってるとはいえ、初対面の人に、こんな……。

 貴方が悪い人には思えなくて……それに何だか、初めて会った気がしな――やだ、本当に酔ってるかな。忘れて下さい」

 

 

 再び一転、寂しさに彩られる横顔。放たれるのは、酸いも甘いも噛み分けた女の色気。

 ちょっと躁鬱が激しいのが難点だが、その婀娜(あだ)な様に、釘付けにされてしまった。

 ……何故だ。どうしてこんなに気になる。妙な慨視感もそうだが、この人には、こんな表情をして欲しくない。

 この人に似合うのは、もっと――

 

 

「そう言えば。そちらはどうなさったんですか? 私が言うのもあれですけど、妙な事を口走っていらして……何か御ありに?」

 

 

 ――などと、妙な事を考え込んでいた時、今度は彼女の方から質問が投げられる。

 それでようやく、ついさっきまでクダを撒き散らしていたのを思い出す。人生の一大事とばかりに嘆いていたものを、すっかり忘れ去っていた。

 本当に、今日は可笑しい。

 そんな気持ちが口元を苦笑に象らせ、大した事では無いと己に言い聞かせるように、口を開く――

 

 いえ、こちらもお目出度い事なんですよ。

 子供の頃から惚れていた幼馴染が結婚して、今まで見た事の無い笑顔を向けられて、「彼と出逢わせてくれてありがとう」なんて……。

 御礼を……言われた、だけ……で、ぇ……。

 

 

「……うわあ……」

 

 

 ――が、実際口にすると意外にダメージを負ってしまった。思っていたよりも傷は深かったらしい。塩を塗りこまれたような痛みに、涙が零れた。

 和子さんもなんと言って良いのか分からないのか、こちらに向けて手を差し出そうとしては引っ込めるを繰り返す。

 その顔には、労りの念の様な物が込められている気がして、勝手に言葉が引き出されていく。

 

 何が、いけなかったんだ……。

 照れ臭くて想いを伝えなかったから? いつも肝心な事は誤魔化してたから? あの二人を、引き合わせたから?

 どうして、こうなったんだよ……何で……こんな筈じゃなかったのに……。

 若い頃はもっと、思い通りに生きられると思っていたのに……上手くいかない事、ばっかりだ……。

 

 

「………………」

 

 

 見苦しい言い訳に、彼女は何も返さない。

 当たり前だ。

 こんな事ばかりを言って、未練タラタラな男になんて、掛ける言葉は――

 

 

「……飲みましょう!」

 

 

 はへ?

 

 

「辛い事は飲んで忘れるに限ります!

 まぁ、忘れられない事だってあるでしょうけど、誰かと共有できれば、その重みは半分になるでしょう?

 今夜は私がお付き合いします! 派手に行きましょう!」

 

 

 ――無いと思っていたのに、和子さんはこちらの肩をガッシと掴み、声高に宣言した。

 その瞳には、隠さない親しみが込められている。

 一瞬シンパシーを感じ、直後、同類と見做された事で心の一部がずっしり重くなったが、その反対の部分は、本当に軽くなった気がした。

 取り合えず、飲もう。うん、飲んで騒いで忘れよう。色々とあれだけど、女の人が隣に居てくれるだけで大分違う。

 ハズ。

 

 ……よしっ、今日は飲みましょう! とことん飲みましょう! 明日も休みだし!

 

 

「その意気ですよ! よぉし、私も一番高いの注文しちゃいますよ~!」

 

 

 負けませんよ? 独身貴族、万歳!!

 

 

「ばんざーい!! でもいいお話が会ったら即結婚した~い!!」

 

 

 ちょっと、早速裏切らないで下さ――。

 

 

「……お客様」

 

 

 あ、すんません。

「あ、すみません」

 

 

 

 

 

 こうして、幼馴染に振られた男と、《男を見る目》の無い女による酒盛りは開幕し、それは夜半過ぎまで続く事になる。

 早乙女和子という女に出会った事が、己の人生を大きく左右する事を、彼はまだ知らない。

 そして、彼女が自身の《生徒を見る目》が確かである事を実感するのは、古いアルバムの中にあった、とある高校生と教育実習生の写真を見つけた時となるのだが……。

 それも、まだ見ぬ未来の話である。

 

 

 

 

 

 To Be Continued……?

 

 

 

 

 

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