『ピクニックですか。楽しそうで良いですね』
ええ。二人で簡単な弁当を作って。
実際、楽しかったですよ。意外とね。
受話器越しに聞こえる明るい声の主――石島さんへ、小さく笑みを浮かべてそう答える。
日曜の夜。
何度か繰り返し連絡を取り、だいぶ気心が知れた彼女に、オレはその日の出来事を語っていた。
『休日に家族サービスだなんて、お父さんぶりが板についてきたんじゃありません?』
そうでもないですよ。
ゆまにせがまれて仕方なく、ですから。
『ゆまさんに?』
意外そうな語尾上げに、そうなんです、と溜息混じりの返答。
本当の意味で、ゆまと一緒に暮らす決意をしたあの日から。不思議とあの子は、子供らしい一面を見せてくれるようになったのだ。
食べ物の好き嫌い(今まで出なかったのは好みが一緒だったからの様だ。子供舌も存外、役に立つ)や、一緒に遊んで欲しい、買い物に着いて行きたい、アレが欲しいコレが欲しい……。
大人しかった頃が懐かしくなる位に、困らせられた。タバコを吸う暇なんて無いほどだった。
『へぇ……。良い傾向じゃないですか。頼られてる証拠ですよ、きっと』
……ですかねぇ。
だが、何故なのだろう。
無邪気に笑って我侭を言ってくれるのが、嬉しくもあったのだ。
釣られて笑うことも多くなり、仕事場と家を往復するだけの生活は、随分と騒がしくなった気がする。
けど、悪くない。悪くは、なかった。
「ねー、オジさんまだー? ゆまもお話しーたーいー!」
ああこら、引っ張るな。ズボンが脱げる。
じゃあ、すみません。ゆまと話してあげてくれますか。
『はい、勿論』
交替をせがむゆまへと受話器を渡し、オレはちゃぶ台の近くに腰を下ろす。
「もしもし、ミサお姉ちゃん? ……うんっ。うん、そうだよっ。楽しかった!」
満面の笑みで喜びを表現しながら、ゆまは声を弾ませた。
その姿を眺めながら、もう一度、今日の出来事を振り返る。
まず、事の発端は昨晩のニュースだ。
異常気象の所為で、かなり早く開花を迎えてしまった桜の映像を伝えるそれは、おっとり刀で花見に駆けつける人々の姿も映していた。
ゆまはそれを見て「楽しそう」と呟き、まだこっちでは咲いてないよ、とオレは返した。
しかし、それでも画面を見続ける彼女に思う所があり、明日出かけてみるか? 弁当でも作って、などと冗談のつもりで言ってしまったのだ。
すると、「行きたい!」という大きな声が返され、その期待が込もった眼差しに、後へ引けなくなってしまったのである。
「……うん、サンドイッチ。タマゴと、ハムとチーズと、あとからあげ! ゆまも手伝ったの!」
そして次の日――というか今日の朝。
思い付きだったせいで大した材料も無く、料理経験も乏しいオレが作れる弁当と言えば、サンドイッチ程度だった。
ゆで卵を作って、ハムとチーズと運良く残っていたレタスに、昨日の晩飯の残りである唐揚げを半分に切ってケチャップと挟んだりする、誰にでも作れる内容だ。
ちなみに、ゆまが手伝ってくれたのは主に卵。潰したりマヨネーズと和えたり、刃物は使わない安全な作業である。
それでもボウルから卵が場外乱闘しそうだったので、結局はオレが手を取って、二人でやったようなものだが。
「でねでね、こーえん行って、お日様のとこにシートひいて食べたの。……うん、おいしかった~」
慣れない事をしたせいか、作り終える頃には昼になっていた。
ジタバタ、「おなかすいた~」と主張するゆまを宥めながら、サンドイッチを包んで近くの公園へと出立。
風も強くなく、絶好のピクニック日和だった。まぁ、おかげでちょっとイラッともさせられたのだが。
ったく真っ昼間から恋人と公園でデートとか見せ付けやがってあの小僧。ベンチで膝枕とかされた事ねぇわ。しかもあんな可愛い子に。
呪うぞ。全身全霊で呪うぞ。
……それはともかく。
公園に着いて早々、日当たりの良い芝生に陣取ったオレ達は、お手製の弁当で腹ごしらえをした。
なんて事は無い。誰もが想像できる味のサンドイッチだったが……自然と笑い合うことが多かった。
「それからね、オジさんといっしょにお昼寝して……うん……うん。ポカポカでキモチよかったよ~。ミサお姉ちゃんもくればよかったのに」
そして、空腹が満たされれば、子供は眠くなるのが当然。
うつらうつらと倒れそうになるゆまは、こちらの服を掴んで離さず、結局、腕枕を強要された。
二の腕に頬を擦り付け、満足そうな寝息を漏らす彼女の姿は、愛らしいの一言に尽きた。どうしてこんな存在を傷付けようと思えたのか、姉の気が知れん。
……つい一緒になって寝てしまい、起きた時には腕が痺れて動かなくなっていたのには、困ったけれど。
更に付け加えるなら、先程からゆまは石島さんの事を“お姉ちゃん”と呼んでいるが、別に矯正された訳ではない。
あの日以来、幾度かこの家にも訪れてくれた石島さんは、女同士という事もあってか、ゆまと瞬く間に仲良くなり、自然とそう呼ぶようになったのだ。
子供というのは本当に、無意識にあざとい生き物である。
「……? うん。ねぇオジさん、ミサお姉ちゃんが、『何か変なこと考えませんでしたか。妙にイラッとしたんですけど』、だって」
………………。
ヤバイ、刑事の勘――っていうか女の勘怖い。
ソンナコトアリマセンヨ、って言っておいてくれるか。
「んー。そんなことありません、だって。うん、ぼーよみ。後でじんもん? だねっ」
ゆーまー? ちょおっと電話代わってくれるかー?
「えー。もっとお話した……ぁ。ゆま、おトイレー」
早急に言い訳すべきと判断したオレは、床をカサカサ這って受話器を取り上げようとする。
すると、ちょうど尿意でも催してくれたのか、ゆまは素直にそれを渡し、トイレへと消えて行く。
はぁ……あのですね石島さん。今のは……。
『ふふっ、大丈夫ですよ、怒ってませんから。理由は分かりませんし、ちょっとしか』
ちょっとは怒ってるんですね。
まぁ、なんだ。すいませんでした。
『いえいえ。……でも、羨ましい。私も行きたかったなぁ、ピクニック』
吐息交じりの声には、僅かだが弱気な色を感じた。
お疲れ、みたいですね。
何かありました?
『ええ……。行方不明者、まだ増えてるんです。しかも、ここの所は女の子ばかり』
十代前半から半ば――第二次性徴期に差し掛かった少女の連続行方不明、ですか。
関連性が見えないとはいえ、どうして表沙汰にしないんでしょうね。
……いや、察しはつきますが。
『はい……。大方の理由は体面の問題です。
今まで動かなかった事への謝罪も必要ですし、これから動こうにも、手がかりは全く掴めていないまま。
だったら、市民の不安を煽らないよう公表はせず、水面下での調査を進めるしかない。
分かっているんです。でも、そうすると出来ない事が多過ぎて……。あのバーコードハゲェ……』
よっぽど腹に据えかねる事があったのだろう。
落ち着いて下さい、と石島さんへ呼びかけるが、殺気の所為か、それは引き攣ってしまった。
『……っと、すみません。聞かなかった事にして下さい。本当はこんな風に話しちゃいけないのに、どうにも貴方相手だと気が緩んで……』
そう、ですか。
お世辞という訳では、ないと思う。
ゆまを挟んでの交流で、石島さんの人柄はある程度、理解出来ている。
優しく生真面目で、時折、悪戯っぽい笑みを浮かべるこの人は、色んな事を一人で背負い込み過ぎなのだ。
そんな人が弱みを見せてくれるのは嬉しいし、気負ってしまう理由も分かるが、このまま行けばその重みに負けて、真っ直ぐな心根に歪みが生じるかも知れない。
……花見しませんか、石島さん。
『え?』
あと二~三週間もすれば、公園の桜も満開になるでしょう。
そうしたら、オレと、ゆまと、石島さんの三人で。
大したモノは作れませんけど、また弁当を用意しますから。
『……貴方は、もう』
唐突な提案に返ったのは、気の抜けたような声。
電話の向こうに、苦笑いを浮かべる姿が見えた気がした。
『お気持ちは嬉しいんですけど、それを私がどう思うかって、ちゃんと考えてくれてます? 勘違いで恥ずかしい思いするのは嫌ですよ』
……オレに出来るのは、この位ですから。
それに、こんな理由でも無いと部屋に篭もりっ放しだし。
たまには今日みたいに日の光を浴びて身体を干さなきゃ、カビが生えそうだ。
『ほら、そうやって直ぐ茶化すんだから。でも良いですね、お花見。
色んな事を忘れてのんびりするのも、久しぶりだし。
じゃあ、詳しい日程はまた後で連絡します。私もお弁当とか用意しますから。約束ですよ?』
ええ。あ、けど、こないだみたいな酒のつまみシリーズで固めるのは勘弁して下さいね。
流石にこの歳になると塩分過多が気になって。
『あ、あれは偶々ですっ、その日食べたいなぁと思った物を作ったらああなっちゃっただけなんですっ! 普通のお料理だって出来るんですからね!? 本当ですよ!?』
ははは、期待してます。
――なんて言うものの、別にそれでもいいかな、とかオレは思っていた。
数日前、平日の夜にも関わらずゆまに会いに来てくれた石島さんは、そのとき手料理を振舞ってくれたのだ。
まぁ、先に言った通り、メニューは鶏の唐揚げや酢の物など、酒のつまみになるような物ばかりで、普段の食生活が拝めてしまう感じだったのだが、味は格別だった。
あれなら是非、またご馳走になりたいもんだ。ゆまも気に入ってたし。
「オジ、さん」
――と、楽しく談笑している間に、ゆまが戻って来たらしい。
まだ話し足りないのだろうと、俺は背後に振り向きながら――
ああ、ゆま。電話代わる――ゆまっ!?
『……え。ど、どうかしたんですか?』
――悲鳴に近い声を上げてしまった。
何故なら、目の前に顔を涙で濡らしてスカートの端を握り締め、しゃくり上げるゆまが居たからだ。
どうした、何があった!?
「ひっく、ゆ、ゆま……し、死んじゃう、かもぉ……うっく」
死……どうしたんだよいきなり?
何処か痛いのか? それとも、ぶつけたりしたのか?
その位で人は――。
「だって……だってぇ……お……」
……お?
「おまたから、血が、ドバッって……ふいても、止まらなく、てぇ……」
へ。
『あの、もしもしっ! どうしたんですかっ?
返事をして――《pipipi、pipipi……》――あぁもぅ何でこんな時に!』
ぐしぐしと鼻を啜りながら、ゆまはスカートをたくし上げる。
眼前に晒されたのは、何も身に着けていない少女の下半身と、内股を伝う真っ赤な鮮血。
酷く慌てる石島さんの声を耳に、オレはそれを凝視してしまった。
ああ神様。アンタ、何か恨みでもあんのか。
『もしもし、聞こえてますか! お願い、返事を……!』
………………石島さん。
『ああ、良かった。大丈夫ですかっ? 何かあったのなら、直ぐに人を――』
赤飯って、どう炊けばいいんでしたっけ。
『――はい?』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『……ええと。とりあえず、綺麗にしてあげて下さい。とっても気持ち悪いでしょうから。それから生理用品ですけど、売ってるヤツを全種類一個ずつ買って下さい。
かなり個人差がありますし、何がいいかは使ってみないと。本当は私が行ってあげられれば良いんですけど、これからまた仕事に出なくちゃ……。
とにかく、今のゆまさんは凄く不安な気持ちで一杯ですから、出来るだけ側に居てあげて下さい。良いですね?』
――というのが、説明を受けた石島さんのお達しだった。
安心したのか、呆れ果てているのか。なんとも判別のつかない声だったが、気が動転していたオレにとっては正に天の声。
一も二も無くご指示に従い、まずは――
「……また、出たりしないかな……」
……出ないといいなぁ。お湯が汚れるし。
――風呂場で経血を洗い流した後、湯船に浸かっていた。
いや、オレが入る必要が無いのは分かっている。別に石島さんの指示を免罪符に一緒に入ろうと言った訳でもない。そんな事をする奴は変態だ。
本当は、ゆまの身体を洗ってあげたらお湯に入れて、その間に大急ぎでアレを買いに行こうと思っていたのだ。
が、石島さんの言った通り、ゆまはとても不安になっているらしく、離れようとしてくれなかった。
だから仕方なく、 仕 方 な く 、一緒に風呂へ入っているのだ。勿論、初めてである。
流石に泣く子にゃ勝てん。不可抗力なのだ。オレは悪くない……はず。
「ゆま、ほんとにびょーきじゃないの?」
――と、誰に向けるでもなく言い訳染みた事を考えていたら、ゆまは湯船の淵に頬をつけ、斜めになって問い掛けて来た。
羞恥心という物が無いのか、幼い身体は色んな意味で全開となっている。
そっちの趣味がある人間なら大喜びでガン見するだろうが、生憎オレの趣味ではなく、むしろ罪悪感で胸が痛い。
病気じゃないよ。というか、健康に成長出来てる証、だな。
「でも、あんなに血がドバーって。なのに?」
両腕を広げ、大げさに表現する彼女。その身体は、痣だらけなのだ。
間違い無く姉が付けた物であり、それは全身に及んでいる。
打撲自体は直っているのだろう。身体を洗ってやっている時も、痛みは訴えなかった。
けれど、見ているだけで痛々しくて、どうしても直視出来ない。直視して良いものではないのだが。
そんな気持ちを悟られぬよう、オレは意識して彼女からの質問の答えを考える。
……というか、こっちに集中しないとどう答えていいものか分からん。とりあえず、真面目に答えるか。
平気だ。それは初潮って言ってな。大人になり始めた証明みたいなものなんだ。
「……オトナ? ゆま、オトナ?」
大人という表現が嬉しかったのか、ゆまは身体を上下させてジャブジャブお湯を波立てた。
微笑ましいのはそうなのだが、あんまり騒がれると説明も出来ないので、コラ、と叱りつける。
大人はそんな風にお湯の中ではしゃいだりしないぞ。落ち着け。
「う。わ、分かったっ」
途端、身体を縮込め、少なめなお湯の中で正座してみせる。
なるほど……。こう言えば大人しくなるのか。活用しよう。
ともあれ、説明の続きだ。
ゆまは、『妊娠』って言葉の意味、分かるか?
「あー、オジさんゆまのことバカにしてるでしょー? そのくらい知ってるもん! おなかの中に赤ちゃんがいることでしょ?」
コラ、立つんじゃないってば。色々と見えるから。でも、よく知ってたな。偉いぞ。
「えへへー」
全く無い胸――いや、ちょっと膨らみ始めてるか? ……とにかく胸を張るゆまの頭を撫でてやると、得意気に顔を崩してより近くへ座り込む。
微妙に居心地が悪いが、どんな風に情報を伝えるかを整理する事で、そんな感想も頭から追い出す。
ええと……。女の人のお腹の中には、赤ちゃんを宿す――育てる為の場所があってな。
さっきの血は、その場所が成長して赤ちゃんを妊娠出来るようになったから出たんだ。
「そうなんだ……。でも、なんで血がオシッコのとこから出るの?」
いや、オシッコの所じゃなくてだな。
その下にもう一つ穴があって……って、何言ってんだオレ。
「ふーん。……えっと……」
コラコラ触るんじゃない! 大事な所なんだから!
「ぶー、なんでー」
駄目な物は駄目! ……とにかく、そういう物なんだ。
風呂から出たら、パンツが汚れないようにする道具とか買ってくるから、今日からそれを着けるんだぞ。
詳しい事は後でミサお姉ちゃんに聞きなさい。
「はーい」
返って来る素直な声に安堵しながら、オレは溜息をつく。
なんなんだ、この疲労感。
つい肝心な部分は石島さんに丸投げしちまったけど、そうしなかったら茹で上がってしまいそうだった。
母さんもこんな苦労したんだろうか……。まぁ、これで質問タイムは終わったはず。もう安心――。
「ねぇオジさん」
――あ、なんか嫌な予感。
「赤ちゃんって、どうすればできるの?」
思わず両手で顔を覆い、oh...とアメリカンな反応をしてしまった。
来たよ。来やがったよ。世界中の大人が子供にされて一番困る質問が。
上手く説明しきる自信がねぇ……。
適当に誤魔化したら知らん内に妖精さんが性教育とかしといてくんないかなぁ……。
「ねぇー、オージーさーん。どーすればいーのー?」
こちらの苦悩を露知らず、ゆまは腕を掴んでガクガク揺さぶって来る。
どうする。コウノトリか。キャベツ畑か。それともAV見せるか。アホか見せてどうするそんなもん。
ううむ……。この年頃ならまだ嘘でも納得してくれそうだが、しかし、子供というのは新しく得た知識をひけらかすもの。
間違いを教えたら、それが原因で友達に馬鹿にされたりとかも有り得る。
ここは正しい知識を身に付けさせるべきか?
え、えっとだな……。ぼ、勃起した男性器を、膣液を分泌した女性器に挿入して、陰茎に摩擦刺激を――。
「んー! むずかしいコトバじゃ分かんないー! もっと分かりやすくー!」
――ぁああ注文が多いなメンド臭ぇ! チ○コをマ○コに突っ込んで腰カクカク振って
「あ、そうだったんだ。へー」
おいちょっと待て。
何でそれで分かる。
「ん? パパとママが前にやってたよ?
それでママが、(年齢一桁には)に(とても言わせられない)で(卑猥な言葉)してーって」
小学生がヤケクソ気味な説明を理解できたのは、親による英才教育の賜物だった。
本っ当にロクな事しねぇなあの女。地獄に落ちろ。マジで。
「ふしぎなんだ~。いつもはケンカしてるのに、そのときだけはパパとママ仲良しなんだよ?
ほかにもね、(自主規制)とか(表現管理)とか(言論統制)とか……」
もういい、もう分かったからそういう言葉を使っちゃ駄目だ!
「え? だってさっきオジさんも……」
それはおじさんが悪かったからっ。女の子がそんなこと口にしちゃ駄目なんだっ。
特に人前で使うのは絶対に駄目! とっても恥ずかしい事なんだからな、分かったか?
「んん……分かった」
不承不承といった様子の返事。頭ごなしに注意されればそりゃあ不満だろうが、他に言い様が無い。
勿論、現実の女なんて普通に猥談もするし、汚い言葉なんて男よりも使うものだと知っているが、せめて子供の頃だけでも純粋でいて欲しいと願ってしまうのは、やはりオレが男だからなのだろうか。
(じー)
はぁぁ……それにしても疲れた。一日仕事するよりも疲れた気がする……。
風呂場で性教育とか、血の繋がった親子なら微笑ましいだろう光景なのに、叔父と姪っ子というだけで犯罪チックになるのはなんでだ。
そういう事をするつもりなんて毛頭無いが、誰かに知られたら間違い無く誤解されるだろう。
後で口酸っぱく、誰にも言わないように言い含めておかねば。
「えぃ」《むにゅ》
おふっ――てコラコラコラ何やってんだ!?
突如、下半身に柔らかさを感じ、その気持ち良さで変な声が出た。
慌てて確かめればゆまが、その、あれだ。ナニをフニフニ触っていた。勿論慌てて身を捩る。
本当に何してんだコイツは……!
「だってオジさんの、パパのよりちっちゃくてフニャフニャなんだもん。ほんとに入るのかなーって」
ちっちゃ――!? こ、これは縮んでる状態なんだ! 必要な時はもっとデッカくなるんだよ!
「そうなんだー。じゃあ大きくして? ゆま、きょーみある!」
う、ぐ……。だ、駄目。
「えー、またー? さっきからダメばっかりー! つまんなーい!」
もう勘弁してくれっ! 後でアイス買ってやるから、クッキーで挟んであるヤツ! ほら、もう出るぞっ!
「ほんと!? やったー!」
花より団子、ご飯よりお菓子が好きな子供らしく、万歳してゆまは喜ぶ。
どうやら気を逸らす事には成功したようだ。
危なかった。マジで危なかった。一瞬だけだけど、ナニが反応しかけちまった……。
よく考えたら、この子と一緒に暮らすようになってから、あんまり自分でしてないんだよなぁ。
……興味があるって言うんだからいっその事――いやいやいや駄目に決まってんだろう! 何を考えてるんだオレはぁ!?
そうだ。京都――じゃなくて風俗行こう。
これは性欲が溜まっているからいけないんだ。決して異常性癖を持ち合わせている訳じゃない。魔が差しただけ。オレは至って正常だ。
だから明日、風俗に行って乳のデカイ女に抜いて貰おう。
そんなアホらしい事を真剣に、硬く心に決意して。
俺は急いで湯船から逃げ出すのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うーん……むーん……」
西日が差し込む、十四畳のワンルームにて。
千歳ゆまは、悩んでいた。
「んむー……むにー」
とても、とても悩んでいた。
その悩みっぷりと言えば、いつもは必ず子供用の茶碗に二杯は食べる朝御飯が大盛り一杯しか喉を通らず、考え事をし過ぎて疲れた頭は午後の授業を子守唄に変えて。
そして、学校から帰ってきた今も、こうして腕に抱いたぬいぐるみのような物体を弄んで、ウサを晴らさなければいけない程。
傍から見れば極めて健康的な食生活を送り、給食を食べて眠くなった言い訳に苦心し、可愛らしい一人遊びをしているようにしか見えないのだが、彼女は本気で悩んでいるのだ。
「願い事は決まったかい、ゆま。それと、出来れば耳を引っ張らないでくれるかな。あんまり強くされると千切れてしまうよ」
「あ、ゴメンねキュゥべえ」
腕の中からの声に謝りつつ、ゆまは“それ”をいじくる手を緩めない。
彼女が悩む原因を作ったのは、奇しくもその声の主であった。
「ねぇキュゥべえ。ほんとうにどんな願いごとでも叶えてくれるの?」
「勿論さ。僕は嘘はつかないよ」
外見的には猫に似たシルエットを持つ、真っ白な生物――キュゥべえは、無機質な赤い瞳でゆまを見上げる。
それを受け止める彼女は、彼(?)が常識的な生き物でない証明である、耳の辺りから伸びる可動部をモニモニしていた。
「どんな事でも構わない。君が魔法少女として契約してくれるのなら、その対価として、君の願い事を一つだけ叶えてあげられる」
「どんなことでも、かぁ……」
どんな望みでも叶えられるチャンス。
しかし、その数はたったの一つだけ。
これがゆまを悩ませている原因だった。
「でも、まほーしょーじょのケーヤクしたら、アブないことしなきゃいけないんでしょ?」
「そうなるね。僕と契約を交わした少女には、ソウルジェムという物が発生する。
それを得た者は魔法の力を手に入れ、世界に不幸を撒き散らす魔女と闘う使命も背負うんだ。危険はあるよ」
「……んー」
ぎゅう、と、ゆまはキュゥべえを抱き締める。
まだ年端の行かない彼女でも、彼の言う危険がどんな物であるかは想像がつく。
むしろ、一ヶ月ほど前まで日常的に暴力や誹りに晒されていた彼女だからこそ、それが“ただ危険なだけ”では無い事を、敏感に感じ取っていた。
「あのさ。まほーしょーじょって、たくさん居るんでしょ。その人達はどんな願いごとしたのかな」
「うーん……。例を挙げる事も出来なくは無いんだけど、あまり具体的な事は言えないんだ。
僕の方から『何を、どんな風に願えば良いのか』助言するのはルール違反なんだよ」
「ぶー、けちー」
望む答えを得られず、膨れっ面を見せるゆま。
そんな彼女を見て、キュゥべえは「やれやれ」と呟く。
「それでも言うとするなら、願い事は自分の為だけに使わなくちゃいけない、という訳じゃないって事かな」
「……? ほかの人の願いごとを叶えてもいいってこと?」
「そういう事さ」
「……そうなんだ」
ほへぇー、と感心した息を漏らし、ゆまは考える。
自分以外の人間と言われて真っ先に浮かべられるのは二人。
母の弟である叔父と、その知り合いである石島美佐子だ。
(オジさんとミサお姉ちゃんなら、どんなお願いするのかな)
まず思いつくのは、姉と慕う美佐子の願い。
ゆまは詳しく知らないのだが、彼女は大切な友人を探しているらしかった。
それを見つけてあげられたなら、喜んでくれるかも――
(でも……)
――という気は、するのだが。
それを願ってしまっても良いものか、という気もするのだ。
美佐子は、「どんなに時間が掛かっても、この手で見つけてあげたい」と、「そのために刑事になったのよ」と、ゆまに語った事があった。
誇らしげなその姿は、子供ながらに格好良いと思えるもので。
そんな人の願いを、勝手に叶えてしまったら。
(よけいな事するな、って、怒られるかも……)
――と、こんな不安が頭を過ぎるのだ。
かつて、善かれと思ってした悉くを、母に否定された経験があったから。
美佐子がそんな人間でない事は――母とは比べるべくも無い人である事は知っていても、やはり。
(……っ、やめたっ。ミサお姉ちゃんじゃなくて、オジさんなら……)
万が一の可能性に怯え、ゆまは思考を切り替える。
次は勿論、叔父の事。
「ん~、でも~」
しかし今度は、叔父の願いそうな事が思いつかない。
何故なら、既に叶ってしまっている願いがあるからだ。
ゆまに向かって、「側に居て欲しい」と言ってくれた叔父。
自分が側に居るのだから、その願いは既に果たされているという事になる。
喜んでくれている自信があった。
(オジさん、笑ってくれるようになったもん)
そうでなければ、あんな風に優しい笑顔を浮かべてくれるようになる筈がないのだから。
釣られて笑ってしまうゆまの胸の内が、温かくもならない筈だから。
であれば、他に叔父が望む事を探すしかないのだが、それがよく分からない。
何か欲しい物はあるか、何かしたい事はあるか、と聞かれた事はあれど、何が欲しい、何をしたい、というのはまるで聞いた覚えが無い。
だから、必死に頭を捻って想像するしかないのだが――
(ゆまなら、おいしいもの食べたり、遊んでもらったり、またいっしょにお昼寝したり……)
――自分が望む事はポンポン出てくるのに、そこから先へ進まない。
しかもこれ等の望みは、直接ゆまが叔父にお願いしてしまえば直ぐにでも叶ってしまう。
危険と引き換えになどしなくても、我侭を聞いて貰える。
この堪らない事実が、ゆまが魔法少女になるのを躊躇わせる大きな理由だった。
(……あっ、ゆまのことはいいんだってばっ。いまはオジさんのこと! こんどはゆまがオジさんを幸せにするんだ!)
「ん、どうしたんだい、ゆま」
「なんでもないっ」
唐突に首をプルプル振り、それを疑問に思ったキュゥべえが問い掛けるが、ゆまはまた思考に埋没する。
我侭を言っても怒られないという、彼女にとっては奇蹟に等しい、ありふれた幸せをもたらしてくれた人。
もっと笑顔になって欲しい。もっと喜んで欲しいと思えるのは、不思議と心が弾む、悩ましい時間だった。
美佐子には悪い気もするが、一緒に暮らしているとどうしても比重は傾く。
心の中で「ごめんなさい」をして、ゆまは叔父を優先にしようと決める。
とは言え、一人で考えていても手詰まりなのは代わらず、結局助けを求める事に。
「キュゥべえ、やっぱりしつもんっ。オトナのおとこの人って、どんなことが嬉しいのかな? どんなことすれば、喜んでくれるかな?」
「それは、一般論としての質問かい。もしそうなら答えてあげられるんだけど」
「え、えと、そう! イッパンロンとしてのしつもんっ!」
「分かった。願いを決めるために情報を得ようとするのは、正常な判断をするという意味で推奨出来る。協力するよ」
「うん。ありがとキュゥべえ」
よじよじ、キュゥべえが腕の中から抜け出そうとし、ゆまは名残惜しくも解放する。
ちゃぶ台の上に陣取った彼は、床にペタンと座り込むゆまと対面。語り始めた。
「一般的に、人間の成人男性が求める物と言えば、経済力・社会的地位・理想的な交配対象かな」
「……? け、けいざ……こうは……?」
「……分かりやすく言うと、お金・偉さ・お嫁さんだね」
「おー、なるほどー」
まだ二桁に一年ほど足りない少女には難しいのかと判断し、キュゥべえは彼女が理解出来るであろう単語で表現し直す。
「現代社会において貨幣が重要――生活するのにお金が掛かるのは言うまでも無いね。
持ち過ぎれば災難を呼び寄せる事もあるけれど、足りなければ生きて行けないんだから」
「うん、分かる。パパとママ、いっつもお金のことでケンカしてたから」
「そうだったね。次に偉さだけど、社会的な地位が高まれば、それだけ周囲の人間から丁重に扱われる――優しくして貰えるんだ。
未だに年功序列なんていう粗悪なシステムが機能している部分があるし、そういった意味では長生きするというのも重要な事だよ。
まぁ、これ等もあまりに過ぎれば問題を引き起こすけれど」
「そうなんだ~。よく分かんないけど、優しくしてもらいたいっていうのは、ゆま分かる。けど……」
「なんだい」
「……おヨメさんって、ほんとうに皆、ほしいのかな」
幾分、落ち込んだ表情でゆまは言う。その原因は勿論、彼女の両親である。
ほぼ毎日、下らない理由で夫婦喧嘩を繰り返し、罵りあう二人を見てきたゆまにとって、結婚とは――旦那様とお嫁さんという関係は、不和の象徴として刻まれてしまっているのだ。
その中で、自分達の関係を否定する言葉も飛び交っていたのだから、無理もない。
「確かに、一概にそうだと言い切るのも語弊があるかも知れないね。
深く愛し合う夫婦も居れば、君の両親の様にいがみ合う夫婦も居る。
はたまた、結婚を嫌がり一人で居たいという人も少なからず居る。
感情という物は、本当に複雑怪奇だ」
「ん……」
他人事のような――いや、実際に他人事なのだろう。
無味乾燥な同意に、ゆまはカーペットを見つめる。
「でも、生物としての本能的に考えれば、パートナーを求めるのは間違いでは無いよ。命を持つ者は皆、自己保存の性質を持つからね。
ましてや人間は、子孫を残す行為に強い性的快感を得られるように出来てる。性交渉そのものへ重きを置く人も居るんじゃないかな」
「せーこーしょー?」
「セックス……じゃ分からないかな。ええと、子供を妊娠するために行う行為なんだけど……」
「あ、それなら分かるよ! ママ達がしてるの見たことあるから」
「なら話が早いね」
「でもキュゥべえ。そういうエッチな事はあんまり話しちゃいけないんだよ? ミサお姉ちゃんが
「聞いてきた君が言うのかい……。確かに常識的にはそうかも知れないけれど」
むっふん、ドヤ顔のゆまだった。
数日前に初潮を迎えた彼女は、その時こそ大きな衝撃を受けたものの、女としての先輩である美佐子の助けがあり、無事に身体の事を受け入れた。
もっともその最中、うっかり風呂場で叔父に言ってしまった事をまた口走ってしまい、何故か叔父も一緒に正座させられ、烈火の如く怒られたのだが。
今まで笑顔しか見た事が無かったせいか、ゆまは怖くて大泣きしてしまった(叔父は別の意味で泣いていた)。
しかし、怖いとは言っても、嫌ではなかった。母に殴られる時とは全然違う、柔らかい何かが伝わってくる感覚。
それは奇妙な事に、怒られているのに嬉しいなんていう矛盾を生むが、これまた奇妙な事に、それすらも。
ゆまはこの時、この世界には温かい怖さと冷たい怖さがあるのだと、初めて知ったのだ。
ともあれ、今問題なのは身体の事ではない。
微妙に耳の可動部をグッタリさせるキュゥべえへ、彼女は更に質問を重ねる。
「それで、その“せっくす”ってキモチいいの? かいかんって、キモチいいって事だよね?」
「さっき話しちゃいけないって自分で言っていなかったかい」
「いいから答えてよー! ほんとうにキモチいいのー?」
「やれやれ……。気持ち良い筈だよ。中には罪を犯してまでセックスしたがる男性も居るし、お金を貰って行為をさせる職業の女性も居るんだ」
「へぇー」
キュゥべえの言葉を聞き、ゆまはある事を思い出す。
(オジさんもあのとき、キモチよさそうだった……)
それは、あの風呂場での一件。
好奇心が勝って、いきなり叔父の竿を揉みしだくという暴挙に出てしまった訳だが、その瞬間の叔父の表情は、今までに見た事の無い種類の物だったのだ。
それがまた見てみたくて、また、手に残るグニグニした感触も忘れられず、ゆまは毎日の様に「いっしょにお風呂はいろー」とアプローチを掛けている。
当然、結構な確率で突っぱねられ、根負けした叔父が渋々一緒に入ってくれたとしてもガードは固く、「こんどこそは……!」と変な決意を固めていたりもした。
けれど、あの行為が気持ち良いものなら、納得が行かない部分もある。
(キモチいいなら、なんでイヤがるんだろ)
普通なら拒んだりしないはず。
彼女自身、叔父に頭を撫でられるのが大好きであり、もっと触って欲しいと思うから。
ならばどうして、とゆまは思うのである。
「やっぱり、キライなのかな」
「どうしたんだい、いきなり」
「……あのね。おとこの人が“せっくす”をイヤがるのって、どういうとき?」
「うーん……。僕は人間じゃないから推測でしかないけど、個人的な性的嗜好の問題じゃないかな」
「せーてきしこー?」
「要するに好みの問題だよ。外見・体付き、服装や体臭、髪の長さや年齢。かなり細かく拘る人も居るみたいだよ。僕には理解出来ないけど」
「じゃあ、やっぱり……」
「……もしかしなくても、君が言っているのは君の叔父の事だよね。なら、嫌われているという事は無いんじゃないかな」
「ほんと?」
不安そうに、ゆまは首を傾げる。
それを受けて、キュゥべえは確かに頷く。
「ここしばらく、君達の暮らしを観察させて貰っていたけど、極普通の、仲の良い家庭そのものだったよ。
あれで嫌われているとしたら、この世界の家庭は何処も憎み合っている事になりかねない」
「そっか。よかったぁ~。でも、それならなんでオジさんはイヤがるんだろ?」
「おそらく、倫理的な問題だろうね」
「りんりてき? ……んにゃ」
更に首を傾げ、ほぼ真横になってしまうゆま。
バランスを崩し倒れそうになる彼女を、可動部を伸ばして支えながら、キュゥべえは続ける。
「道徳的と言い換えても良いかもね。法律で定められていたり、社会通念的に“してはならない”とされているからしない、というのはあると思う。
例えば、ゆま。君と君の叔父がもしセックスしたりすれば、君の叔父は性犯罪者として逮捕されてしまうんだ。年齢的な問題でね」
「えっ!? そ、そうなのっ!?」
意外な事実(あくまでゆまにとって)を突き付けられ、ゆまは慌てふためく。
子供ではあるが、流石に逮捕という言葉の意味は知っていた。
ついでに言えば、直ぐ側にそれを行使出来る職業の女性が居るのだから、焦ってしまうのも道理である。
「そうなんだよ。それ以前に、君の成長しきっていない身体はきっと耐えられない。
年齢的に考えれば、彼に相応しいのは同年代の女性――石島美佐子だったよね。彼女が良いんじゃないかな」
「……ミサお姉ちゃん?」
言われて思い浮かべる、二人の姿。
確かに彼等は仲が良い。もしも彼等が自分の両親だったら、と夢想してしまう位に。
優しくて逞しい父と、厳しくも思い遣り溢れる母。
それは、ゆまが夢にすら見れなかった、理想の家族像。
……なのだけれど。
(なんか、ヤだ)
胸に湧いた気持ち悪さに、ゆまは顔をしかめる。
仲が良いのだから、何も悪い事は無い。あの二人が笑い合ってくれるのは純粋に嬉しい。
だが、その時だけ、ゆまは一人になる。
三人で一緒に居る筈なのに、一人ぼっちにされてしまった様な感覚を覚えるのだ。
ふとした瞬間、笑い合う彼等の間に、自分が居ない。
「うぅ……」
急に世界が歪んだ気がして、ゆまは顔を拭う。
少しだけ、服の袖が湿り気を帯びた。
(もし、オジさん達が“ふーふ”になったら……)
自分はここに居て良いのだろうか。
二人の邪魔にはならないだろうか。
また、お前なんか要らないと、言われないだろうか。
(ううん、ちがうっ。オジさん達がそんなこと
必死に髪を振り乱し、不安を追い出そうとする。
けれど、一度考え始めてしまえば止まれなかった。
今、自分を優しく見つめてくれる瞳が変わり。
笑顔と喜びに満ちた暮らしが、溜め息と気怠さに支配されてしまう未来を、想像してしまう。
(……ゆまが“こども”だから、いけないの?)
かつて、彼女の母は言った。
子供なんて産まなければ良かった。
お前なんか何も出来ない役立たずだ、と。
(ゆまが、“こども”じゃなかったら)
きっと色んな事が出来る。
きっと今より役に立つ事が出来る。
――きっと、もう、捨てられない。
「あ、そっか」
そうして、ゆまは気付いてしまう。
自信の胸中にある願いに。
この祈るような想いを叶えてくれる存在が、居る事に。
「……どうやら、願い事は決まったみたいだね」
今まで、数多の少女の願いを叶えてきた彼は、目敏く気配を察知する。
赤い瞳が瞬き。
純真ゆえに心を歪めた幼子は、それがどんな意味を持つのか知らぬまま、祈りを捧げてしまうのだった。
「うん。決めたよキュゥべえ。ゆまね――」