※この作品はR-18です。

魔法少女まどか☆マギカR‐18   作:七音

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【呉】スピンアウト編・下の2【キリカ】

 

 

「第一回! 先生とキリカの仲を取り持とう! お互いを褒めちぎれ大会~!」

 

「……は?」

 

 

 何曲か既に歌い終え、空気の温まったカラオケボックスの一室。

 そこで唐突に響いた声を聞き、選曲していた呉は胡乱な顔をする。

 宣言した張本人といえば、俺と呉の視線を真っ向に受け、「わ~、ぱちぱち~」とマイクを持つ手を叩いていた。

 なぜ俺達がこんな場所に居るのか。

 それは、つい先日。見事に奈々瀬さんへタッチが叶った御褒美に、カラオケデートを楽しもうという事になったからである。

 ちなみにタッチした場所が悪かったため、俺の顎は未だグラついていた。具体的に言うとπだ。掴めるほどありませんでした。

 まぁそんな事はどうでも良いとして、織莉子ちゃんの提案は流石に唐突。疑問が口をつく。

 

 ……あの、ごめん。意味が分からない。何? どうしたの?

 

 

「意味も何も、言葉通りですよ先生。お二人に仲直りして頂こうと思いまして」

 

 

 仲直りって……え、なんで? 別に喧嘩も何もしてないんだけど。

 

 思い返してみても、彼女の言うような仲違いはした覚えが無い。

 いつも通り口頭でやり合ってはいるが、それだけだし。

 俺と同じ考えなのか、珍しく織莉子ちゃんから視線を逸らしたまま、呉が答える。

 

 

「そうだよ織莉子ー。そもそも、ワタシと先生君の間に友情なんて存在して無いし、発生する理由も必然性も無い。

 そんな事よりデュエットしようよー。時間が勿体無い。んで、先生君に部屋代だけ出して貰って先に帰らせよう」

 

 

 ――のだが、同意するだけでは飽き足らず、喧嘩まで売ってきやがった。本当にコイツは……!

 

 ふざけんなよおい。せっかくの御褒美タイムにまでついて来やがって。

 呉の方こそさっさと帰れ。俺と織莉子ちゃんを二人っきりにしろ!

 

 

「ざーんねーんでーしたー。ワタシは監視役としてここに居るんだよーだ。

 二人っきりなんかにしたら、監視カメラの映像がアダルトビデオに早変わりしちゃうじゃないか。

 そんなの絶対に許さないからね!」

 

 

 お前、他人の下ネタには過剰反応するのに、自分で言うのは平気なのな。

 っていうか、いくらなんでもこんなとこでしないっつーの!

 

 

「どーだか。じゃあ聞くけど、こんな狭苦しい部屋で織莉子と二人きり。天上の調べが如き美声に酔いしれ、あまつさえラヴソングなんかを歌われたりしたら、押し倒さずに居られる?」

 

 

 う。

 

 下から睨みあげる視線に口篭る。

 確かにそんな状況になったら、押し倒すとはいかないまでも、キスぐらいは良いかなーという気分になってしまうかも知れない。

 でも、奈々瀬さんから「外出中に粘膜接触は禁止です。破ったら削ぎます」って言われてるからなぁ……。

 それにしても、キスだと何も感じないのに、粘膜接触って言われると妙にエロいのはなぜだろう。

 

 

「ほぉら、だから信用できないんだ。織莉子の貞操はワタシが守る!」

 

 

 それはもうとっくに俺の物なんですが。

 恋人同士なんだからHしたって貞操を破ることにはならないんだけど?

 

 

「なっ、え、Hって――っ!? 年頃の女の子に向かってなんてこと言うのさー!?」

 

 

 いや、呉の方から貞操だのなんだの言い始めたんじゃないか。

 ちょっと訳が分からないぞ?

 

 

「うるっさぁい! とにかく先生君はもう喋っちゃダメ! ……あ、ほら織莉子。この曲なんか――」

 

「……すぅ……わーっ!!!!!!」

 

「ひぃい!?」

 

 

 うぐわ!?

 

 きぃーん、と音響兵器が響く。

 可愛らしい声がマイクを通じて爆音となり、鼓膜を突ん裂いた。

 くぅあぁぁ……っ、み、耳がぁあぁ……っ。

 

 

「ひぐぅう……お、織莉子? いきなり何をぉ……?」

 

「私を無視するからいけないのっ。全くもう、すぐそうやって喧嘩するんだから」

 

 

 腰に手を当て、プンプン叱りつけてくる織莉子ちゃん。

 彼女は一つ嘆息し、綺麗な眉を心配そうに歪める。

 

 

「やっぱりちょっと変よ? キリカ。貴方、先生の事を無理に嫌おうとしていない?」

 

「……んぇ? ごめん、聞こえなくて、少し時間を……。うん、よし。で、なに織莉子?」

 

「はぁ……。先生も、何だかキリカに対して壁を作っていませんか?」

 

 

 え? そんなことは……。

 

 呆れる織莉子ちゃんは、質問の対象を俺に変える。

 それに否定を返しながらも、内心で彼女の鋭さに舌を巻いていた。言われた通り、俺は呉と少し距離を置こうとしていたからだ。

 原因は、あの街中での遭遇。

 織莉子ちゃんという恋人が居るにも関わらず、不覚にも他の女の子にときめいてしまったのが理由である。

 と言っても、何か特別なことをしようとしていた訳じゃなく、あんまり砕けすぎた対応をしないよう、心に留めておく程度だったのだが。

 まさかそれを気付かれるとは……。俺の事、よく見てくれてるんだなぁ、織莉子ちゃん。

 

 

「私、寂しいです。二人は私の事を大切に想ってくれるのに、当の本人達は最近言い合いばかり。

 ですから、お互いの長所を見つめ直し、認め合って、関係を修復して頂こうかと。

 喧嘩するほど仲が良いとは言いますけれど、普通の仲良しさんにもなって欲しいんです」

 

 

 にっこり、和やかに褒めちぎれ大会の趣旨が説明される。

 友人同士に仲良くなって欲しい。

 その気持ちは理解できるものだったが、しかし、相手は女の子。

 恋人が居る身で、それはどうなんだろ?

 

 

「……前から思っていたんだけど。織莉子はさ、それで良いの?」

 

「どういうこと?」

 

「こう見えてもワタシは女だ。

 先生君とそんな関係になるなんて万に一つ――いや、億、兆、京に一つも無いけど、織莉子を不愉快な気持ちにさせるのはイヤだし。

 なら、最初から距離を取っておいた方が良いと思うんだけど」

 

 

 俺と同意見だったのか、胸の内を代弁してくれる呉。

 そこまで徹底的に否定されると悲しいけど、とにかく頷いて肯定を投げる。

 

 なんかムカつくけど、俺も呉と同意見だよ。

 俺の気持ちは織莉子ちゃんに向いてるし、他の子と浮気するつもりなんてこれっぽっちも無いけど。

 勘違いされるようなことを敢えてしたいとは思わないかな。

 

 

「あら。それなら大丈夫ですよ、先生」

 

 

 けれど、織莉子ちゃんは自信満々。

 二人の間に腰を下ろし、俺と呉の手を取って言う。

 

 

「だって、二人の一番は私なんでしょう? なら、何も問題はありません。私が独り占めしているわけですし。

 もし万が一、先生がキリカとそういう関係になったとしても、必ず奪い返して見せます。先生の恋人は、私だけ。私は先生の物で、先生は私の物、ですよ?」

 

 

 織莉子ちゃん……。

 

 

「流石のワタシもこれには突っ込まざるを得ない。の・ろ・け・かっ! 頭が痛くなって来た……」

 

 

 絶対無敵な愛の宣言に、胸が温かくなった。

 同時に呉は、おかしなテンションで監視カメラに唾を吐く。

 好かれている自信はあったけど、こうやって直に言われると安心できる。

 まぁ、だからって浮気なんてしないが。むしろ気が引き締まった。

 

 

「うーん、でもやっぱり、そんな事する必要は無いと思うんだけどなー。

 せめて普通に歌おうよー。先生君の良い所を探すなんてメンドクサ――」

 

「御褒美は私のキスよ?」

 

「――イ良し、やろう先生君! これでもかっていうくらい褒めちぎるよー!」

 

 

 はやっ! 変わり身はやっ!

 

 よっぽど俺を褒めるのが嫌なのか、呉は尚も食い下がったのだが、優勝商品の存在に態度を五百四十度転換。

 そりゃあ彼女の唇にはそれだけの価値があるけど……しかしっ!

 

 織莉子ちゃんのキスが景品と言われちゃ、黙ってられないな。その唇は俺のものだ!

 

 

「ふんっ、言うね先生君。だけど、今回ばかりは負けないよ! 目指せ初キッス!」

 

「やる気になってくれたみたいで、何よりです。それじゃあ、まずは先生からどうぞ。

 褒められているか私が判定して、最終的に有効の多い方が勝ちです。頑張って下さいっ」

 

 

 織莉子ちゃんの言葉と同時に、BGM代わりのオフヴォーカルが流れ出す。

 軽快なテンポに助けられ、俺は早速、呉の長所を挙げ始める。

 

 じゃあ、一つ目は……。ファッションセンスが良いよな。

 読者モデルとして雑誌に載っててもおかしくないんじゃないか?

 織莉子ちゃんほどじゃないけど。

 

 

「え。そう、かな。単に他の人と同じじゃイヤだから、ちょっと捻ってるだけなんだけど」

 

「有効です。私では思い付かない組み合わせの時もあって、素敵だなって思うわ」

 

「そ、そうっ? いやぁ、織莉子に褒められるなんて、嬉しいなぁ。

 でも、君の方こそ素敵だよ! スタンダードな着こなしは、素材が良くないと映えないからね!」

 

「ありがとう、キリカ。でも、褒めたのは先生で、褒めるもの先生。はい、貴方の番よ」

 

「あ~、そうだった……え~と……」

 

 

 褒めそやされてご満悦な呉だったが、自分の番になると悩みだす。

 散々、「う~ん」だの「むぅ~」だの唸り続け、答えが出たのは五分後。

 

 

「……それなりに勉強できるよね。前に課題を手伝って貰ったこともあるし。ま、織莉子ほどじゃないけど?」

 

「有効。先生は謙遜されますけど、とても聡明でいらっしゃいますよ。継続して勉強を続けられるのも、凄いことです」

 

 

 あ、ありがとう。

 

 後ろ髪を撫で付けながら、そう返す。なんだか、妙に照れ臭い。

 呉に褒められるのもそうだが、平均水準より遥かに顔面偏差値が高い美少女達にこう言って貰えるのは、何かのプレイじゃないかと勘違いしてしまいそうだ。

 

 次はまた俺か。ん~、運動神経も良いよな?

 奈々瀬さんとも軽く手合わせ出来るみたいだし。

 こればっかりは、勝てる自信が無いよ。

 

 

「はい、有効です。とても真似できないし、本当に羨ましいわ……」

 

 

 心底羨ましそうに、織莉子ちゃんは頬へ手を置く。

 なんでも彼女自身、身体を動かすのは苦手だそうだ。

 運動そのものは出来るのだが、その際、おっぱいがバインバイン跳ね回って痛いのが嫌らしい。

 そういった意味では呉もなかなかの物である訳だが、しかし、痛がるような素振りは見たことが無い。もしかしてパッド戦士だったりするのだろうか。

 と、口に出したら五寸刻みで解体されそうな疑念を知らず、難しい顔で頭をかく呉。

 

 

「むーん。個人的にはあんまり自慢できるとは思ってないんだけどねー。裏技使ってるだけだし……」

 

「裏技?」

 

「やーやー、なんでもないよ。ま、そんな気にすること無いさ、織莉子。いざという時にはワタシがキッチリ守ってあげるからね!」

 

「うふふ、お願いするわ。さ、またキリカの番よ」

 

「うぇーい、そうでした……。んー、何かあるかなぁ……あ、そうだ」

 

 

 またしても悩みだす彼女だが、今度はパッと思いついたらしく、早々に口を開く。

 

 

「さっきの勉強繋がりだけでなんだけど、先生君の字ってすごい達筆だよね。イメージと全然違って」

 

「有効。確かに上手です。何かコツとかあるんですか?」

 

 

 コツかぁ。バランスに気をつけること、ぐらいかな。一方に偏ったりしないようにしたり、時々あえて崩したり。

 後はひたすら書き続けるしかないよ。俺も小さい頃、爺ちゃんに無理やり書かされて矯正されただけだから。

 字が汚いと言葉の内容まで汚くなる、って言われてさ。

 

 

「練習あるのみ、ですか。基本が大事なんですね」

 

「ふぅーん。そう言えばさ、先生君ってお爺ちゃんっ子だよね。どんな人だったのさ?」

 

「あ、私も知りたいです。よく例えとしてお爺様の言葉をお話されていますけど、人柄についてはあまり聞いた事が……」

 

 

 あれ、そうだっけ?

 

 思い出してみると、家庭教育や遊んでいる時、爺ちゃんの言葉を引き合いに出すことはあったが、爺ちゃんについて語ったことは無いような。

 とっくに話した気になってた。

 しかし、あんまり自分語りするような人じゃなかったから、俺もちょっとしか知らないんだよなー。

 

 なんか、戦闘機乗りだったんだってさ。

 三回くらい撃墜されたんだけど、致命傷だけは負わないで帰ってくるもんだから、不死身なんじゃないかって噂されてたらしい。

 

 

「戦争に……。どうりで言葉に重みがあった訳ですね。……あら? でも、それだと年齢の計算が……?」

 

 

 親父は遅くに出来た子供なんだ。

 戦争へ出る前、結婚を約束した人が居たんだけど、戦争中の混乱で行方不明になってさ。

 その人に操を立ててたんだけど、婆ちゃんに押し倒されて、なし崩し的に結婚しちゃったんだって。

 このお守りは、その約束の人に貰った奴なんだよ。

 

 

「そうだったんですか……古そうなストラップでしたけど、そんな逸話が……」

 

「アグレッシブなお婆ちゃんだね……。でも、そうやって自分の家族との想い出を大切に出来るのって、先生君の数少ない、本当に良い所かもしれないね」

 

「あ、有効。キリカ、一歩リードよ」

 

「ほんと!? やった、そんなつもりなかったけどラッキー! キース、キース!」

 

 

 なっ、くそ、先越されたか……!

 

 細かいところも拾ってくれる審判により、早くも差が開いてしまう。

 だが、こんな序盤で躓いてはいられない。

 一つでも多く呉の長所を褒め称え、織莉子ちゃんの唇を守らなくては!

 決意も新たに、じゃあ次は、と、俺は勢い込んで捲し立て――

 

 

 

 

 

《数十分後》

 

 

 

 

 

 ――たのは良かったのだが。

 

 あ~、う~ん……。

 つ、爪がちゃんと切られてる?

 

 

「却下です。それは身嗜みの範囲ですよ、先生。はい、キリカ」

 

「うぇ、もう!? う゛~……。ね、寝癖が凄い!」

 

「却下。私にとっては可愛らしくても、それはだらしない所。はい、先生。……先生?」

 

 

 ………………くっ。

 

 次々にバトンを渡す織莉子ちゃんに、しかし残念ながら、俺は答えることが出来なかった。ネタが尽きたからだ。

 意外と純情な所や、織莉子ちゃんとは違ったベクトルで綺麗な声、ノリの良さ。他にも一杯、一杯褒めた。

 が、そこから先が怪しくなり、身に着けている服やアクセ、キューティクルの保護具合、果ては今日の運勢まで出したのだが駄目だった。当たり前か。

 何とかイーブンに持ち込んであるが、これ以上となると、認めたくない部分――譲れない部分まで褒めなければいけなくなる。

 どうしよう……。

 

 

「もうありませんか? キリカの良い所はまだまだ沢山……あら」

 

 

 沈黙を破る、《プルルル》という音。

 悩み続ける俺達に代わって織莉子ちゃんが立ち上がり、受話器を取る。

 何度か「はい」と頷き、最後に「いいえ、結構です」と付け加え、感謝を述べてそれを戻す。

 

 

「時間だそうです。門限も近いですし、延長はしませんでしたけど、どうしましょう。このままだと御褒美はお預けに……」

 

「えええ!? そんなっ、せっかくの公認キッス・チャンスなのにぃ!?

 先生君さっさと言いなよ! さもなきゃ辞退してよぉ! ワタシは君と違ってまだ一回もしたこと無いんだぞぉ!」

 

 

 回数の問題じゃないだろ! ちょっと待って! 言う、言うから!

 

 残念そうな呟きと、急き立てるライバルに焦り出す。

 時間を確かめれば、確かに帰る約束の時間が迫っていた。

 呉の言う通り、せっかくのオフィシャル接吻を頂けるチャンス、ふいにするのだけは避けたい。

 ……背に腹は替えられない、か。

 爺ちゃん曰く、『本当に欲しいものがあるなら、矜持は捨てろ』、だ。

 

 ごほん。……認めたくは、ないけど。心の底から不本意だけどっ。

 呉の、織莉子ちゃんへの想いは、本物……だと思う。

 

 

「……へっ」

 

「まぁ」

 

 

 素っ頓狂な声を発し、鳩が豆鉄砲を食らったような表情。

 反対に、驚いてはいるが、微笑ましく見守るような表情。

 二組の双眸に見つめられているのが恥ずかしく、俺は背を向けて続ける。

 

 色々とやり合って来たけど、だからこそ分かるっていうか……。

 呉は本当に、織莉子ちゃんの事を大切だと思ってるんだな、って。

 俺だって負けないつもりだけど、そんな風に一途に想えるのは、凄いと思うよ。

 

 

「……なにさ、それ」

 

 

 俺にとって最大限の賛辞だったが、何故か呉は困惑顔。

 次いで、何かを我慢するみたいに足元へ眼を落とす。

 

 

「どうして、急にそんなこと言うんだよ……。そんな風に言われたら、ワタシは……」

 

「……キリカ? どうしたの?」

 

 

 お、おい、何だよ?

 

 予想外の暗い声が届き、腰を浮かさずには居られなかった。

 織莉子ちゃんも同じなのか、心配そうにそれを覗き込み――

 

 

「……んんぁあっ! 分かったよ、認めるよ!」

 

「きゃっ」

 

 

 ――バネの如く伸びた身体に驚き、可愛い悲鳴を上げる。

 呉はといえば、いじけるように膝を抱えて(ちゃんと靴も脱いでる。いつの間に)ブー垂れ始めた。

 

 

「先生君こそ、本物だよ。……わ、ワタシ程じゃないにしても、織莉子の事を愛してるのは伝わってくる。とっくに、理解してるさ。

 織莉子と結ばれるための努力だってちゃんとしてるし、そこいらの男なんかよりはよっぽどシャンとしてる。……認めるよ。先生君は、凄い」

 

 

 呉、お前……。

 

 これまた予想外の展開に、胸が詰まってしまう。

 てっきり、「そんなの当然じゃないか。何を当たり前の事を言ってるんだい?」とか言われて、一笑に伏されると思っていた。

 それがまさか、不貞腐れながらも認めて貰えるとは……。結構、嬉しい。

 

 

「……くすっ。これ以上は、もう出なさそうですね? ここは、私の独断と偏見で勝者を決めようと思います。さ、二人とも目を閉じて下さい」

 

 

 喜びを噛み締めていると、織莉子ちゃんはそう言ってポンと手を合わせた。

 何となく呉と視線が合い、居住いを正して目を閉じる彼女に続き、俺も瞼を下ろす。

 いつの間にか途切れていたBGM。

 壁越しに聞こえる遠い歌声に混じり、衣擦れの音。

 

 

《ちゅっ》

 

 

 頬へ柔らかく、覚えのある感触が。

 口にして貰えるかと思ってたからちょっと残念だけど、これは間違いない。

 と、いう事は……!

 いや、いや駄目だ、堪えろ俺! まだだ、まだ笑うな……!

 

 

「……はい、終わりましたよ」

 

 

 厳かに、商品授与の完了が告げられた。

 それが起爆剤となって、我慢していた歓喜を爆発させる。

 

 

 

 

 

 いよっしゃあぁああ! 勝ったぁあぁああっっれぇえ!?

「いよっしゃあぁああ! 勝ったぁあぁああっっれぇえ!?」

 

 

 

 

 

 俺は勢い良く両手を突き上げ、ソファから立ち上がる。

 が、すぐ側で鏡合せの様に全く同じ動作をする奴が居た。

 呉だ。

 ……え? 何? どういうこと?

 

 

「っぷ、ふふふっ、ぁ、あはっ、凄い、二人ともおんなじ……あははっ」

 

「え? や、え? お、織莉子はワタシを選んだんだよねっ? だって、ほっぺに《ちゅっ》て」

 

 

 いやいや俺だろっ。俺だって《ちゅっ》て――まさか!?

 

 事の原因に思い至り、お腹を抱えて笑い転げる恋人を見やる。

 すると彼女は、「はい」と涙を拭いながら頷いて――

 

 

「今回は引き分けですっ。だから、御褒美も二人分。こんな素敵な二人に……大切な恋人と、大切なお友達に愛されて。私は幸せです!」

 

 

 ――立ち竦む俺達の手を取り、満開の花を咲かせて見せた。

 あまりの美しさに、しばらく茫然。

 

 

「……あはは」

 

 

 ははっ。

 

 やがて、三人で大きく笑い合う。

 全く、この子には敵わない。

 幸せなのはこちらの方だ。

 

 君と出会って、俺の世界は広がった。

 そこで見つけたものは、大きな喜びと、大きな苦悩をもたらしたけれど。

 乗り越えた先には、もっと広い――途方も無い未来が待っている。

 だから、君よりも俺の方が、ずっと幸せだ。

 

 そんな事を思い、俺は笑い続ける。

 この時間が、いつまでも続かないことを知っていながら。

 いつまでも続いて欲しいと、そう願って。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 痛い、いたい、イタイ。

 

 頭が痛い。

 胸が痛い。

 心が痛い。

 

 どうしてこんなに痛いんだ。

 どうして、こんな風に感じてしまうんだ。

 

 分からない、ワカラナイ、わからない。

 

 こんな気持ち、ワタシは知らない。

 こんな苦しさ、ワタシは知らない。

 こんな切なさ、ワタシは知らない。

 

 ああ、そうだ。

 全ては、君と出会って始まった。

 君に出会って、ワタシは変わった。

 君が居たから、ワタシは変わってしまった。

 

 だから、この苦しみも、痛みも。

 きっと、全部。

 

 

 

 

 

『――奴の、せいだ』

「――君の、せいだ」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

《ジャラリ》

 

 

 

 

 

 ……ん?

 

 日が落ち、闇へと呑まれかけた鉄門をくぐって、美国邸を出てからしばらく。

 何かが聞こえた気がした。

 

 今日も今日とて、肉体改造と知識の吸収に励んでいた俺。

 少し前まで、帰る頃には疲労困憊。奈々瀬さんの運転する車に送って貰わなければいけなかったのだが、ここ数日でようやく、自分の足で帰れるくらいになった。

 相変わらずタッチは難しいものの、息が上がる事は少なくなったし、勉強中も居眠りは一桁に留まっている。

 住めば都……とは違うけど、人間、なんにでも慣れる事は出来るらしい。

 

 とりわけ、今回はうるさいお邪魔虫が居なかったのも良かった。

 おかげで織莉子ちゃんの膝枕もゆっくり堪能できたし。疲労を感じないのはこのせいだろうか?

 ま、ちょっとだけ寂しい気もするけれど。織莉子ちゃんだけでなく、奈々瀬さんも物足りないような顔をしていたし。

 体調を崩しているらしいが、大丈夫なのだろうか。

 気が向いたら、織莉子ちゃんと一緒にお見舞いに行くのも良いかも知れない。

 もっとも、「先生君と一緒じゃなくて織莉子オンリーの方が嬉しかったのにぃ」とか言われそうだけども。

 

 と、苦笑いをしながら歩き続けていた時、何かが聞こえたのだ。

 それは、何か重いものを――鎖でも引き摺っている音にも聞こえた。

 だが、辺りを見渡してもそんな物は何処にも無い。

 

 

「――――――」

 

 

 ……あ。

 

 ――が、代わりに人影。

 赤いランドセルを背負う、小学生らしき女の子。半袖のTシャツを着ている。

 後姿だから顔は見えないが、身長から考えて中学年~高学年。どうしてこんな時間にあんな子供が……。

 そう思っている間に、ボブカットの少女は路地裏へと消えて行く。

 ここは丁度、高級住宅街との境目。治安的な意味でも境界線だ。

 さっきの子が向かったのは、その向こう側――治安が悪くなっていく方。

 ちょっと前に、見滝原に通う男子生徒が集団暴行を受けた場所への道でもある。

 

 後を追って、声をかけた方が良いだろうか。

 良識的に考えれば勿論そうだ。

 世の中には、年端もいかない少女を組み伏せて喜ぶ外道(俺の事ではありません)も居る。

 そんな連中の毒牙にかかるのを見逃したとあっては、爺ちゃんに、そして織莉子ちゃんに顔向けできない。

 

 んがしかし。

 問題なのはこれが余計なお世話だった場合。

 見知らぬ少女が路地裏に入っていくのを追いかけ、「君、こんな所に居ちゃいけないよ」と声をかける。

 どこからどう見ても言い訳のしようが無い、完全無欠な変質者だ。

 正直、関わらない方が身の為に思えた。

 

 きっとこの先に彼女の家があるんだ。もしくはその近道とか。

 迷いなく入って行ったし、歩き慣れている感じがした。

 なら、変なオジサンに襲われることも無いだろう。

 そんな言い訳を捻り出し、俺は自分の未来のため、路地裏に背を向けた。

 

 

『こ――にき――い』

 

 

 ……あれ?

 

 ――筈なのに、脚が勝手に少女を追い始めた。まるで誰かに“誘導”されているみたいに。

 どうして。

 慣れたとはいえ、疲れているのに変わりはない。

 余計な事なんかしてないで、早く帰ってごろ寝したいんだ。

 なのに、脚は一向に止まってくれず……織莉子ちゃんの善人っぷりに影響でもされたのか。

 

 そうこうしている間に、少女の消えた曲がり角へ。

 ……ちょっと、確認するだけ。

 後姿を確認したら、きっとこの脚もいう事を聞くだろう。

 自分の行動にそんな理由をつけて、俺は路地裏を覗き込む。

 

 居ない……。

 

 けれど、夜闇でも目立つはずの赤いランドセルは、そこに無かった。

 どこからか入り込む薄明かりに目を凝らし、少し先へ進んでみても、全く気配が無かった。

 おかしい。

 さっきの子がここを曲がってからそんなに時間は経っていないはず。

 俺に気付いて全力疾走したなら納得できるが、だったら「痴漢ー!」とか「助けてー!」だの叫ぶだろう。さもなきゃ防犯ブザーだ。

 それが無いという事は……まさか、本当に攫われた?

 周囲を確認すれば、場違いな物が――暗闇に落ちる、ビニール製のリコーダーケース。

 

 ドクン、と大きく心臓が脈打ち始める。同時に、奇妙な高揚感。

 不謹慎にも、目の前で起きたかもしれない非日常の出来事に、俺は心を揺り動かされていた。

 警察に連絡すべき……いや、誤報になったら不味いし、むしろ俺が捕まるかも知れない。もっと確かめてからの方が……?

 

 

『ば――』

 

 

 ――うぉっと……え?

 

 そんな風に、携帯片手に悩んで歩いていた時だった。

 突然、階段を踏み外したような、肝の冷える感覚を覚え、つんのめる。

 何とか転ばすに済んだが、溜め息をついて周囲を確認すると、我が目を疑いたくなった。

 影に落ちていた壁は白く輝き、剥き出しの配管がまっさらな平面に。

 建物に削られた夜空も、圧迫感をもたらす低い天井に隠れる。

 周りから注意を逸らしたほんの一瞬の間に、世界が一変していた。

 

 迷路、か、これ……?

 

 なぜかそう直感した。

 壁に手を付けば、プラスチックとも石膏ともつかない冷たさ。

 訳が分からない。

 奈々瀬さんに転がされ過ぎて、頭がおかしくなったのか? それにしたってこの状況……幻覚……?

 もしかして拉致られているのは俺で、変な薬を打たれちゃったとか……。洒落にならんぞおぃ……。

 

 試しに歩き出してみたが、迷路は何処までも続く。

 曲がり角、分かれ道、開けた広場、行き止まり。

 とりあえず右手法を使って迷わないようにしているが、終わりが見えない。

 しかも、どこを見ても壁、壁、壁。窓なんて一切無く、光源すら見当たらなかった。

 

 静寂。

 音が無くなり過ぎて、逆に音叉が鳴り響いているのだと勘違いしてしまう、静寂。

 この空間で生きているのは――音を発しているのは、俺だけ。

 ……息苦しい。

 正気が、削られていく。

 

 

『ほ――ら――ち』

 

 

 っ……ん? ……あっ!?

 

 ようやく視界に変化が起こった。

 扉だ。

 飾り気の無い、取っ手と蝶番を足しただけの簡易な扉。

 しかし、今の俺にとってはやっと見つけた大きな変化。

 藁にも縋る思いで駆け寄り、それを開け放つ。

 

 ――うぉおぉったぁ!? あ、危なっ!

 

 

『ちっ』

 

 

 しかし、先に広がっていたのは闇。

 底無しの穴が広がっていた。

 地面だけではない、扉の向こう側にあったのは、“無”だった。

 まるで、そこから世界が切り替わっているよう。

 ゲームの裏側に飛び込んで、ワイヤーフレームすら作られていない、未設定領域を覗いている感覚。

 俺は、白と黒の境目に座り込み、顔を覆って悩み出す。

 ようやく出口かと思ったらこれかよ……。

 それこそ、ゲームとかならここに落ちて先に進むんだろうけど、現実にそんな事したら……。

 いや、そもそもこれが現実かどうかも怪しいんだけど。

 どうすりゃいいんだよ……。こんな事なら、変な良心に従うんじゃ――

 

 

 

 

 

《ドンッ》

 

 

 

 

 

 おわ――あっ!?

 

 次の瞬間、背中に衝撃。

 咄嗟に受身を取ろうとして、空振る。落ちていた。

 重力にしたがってグルリと一回転する視界に残ったのは、少女の姿。

 黒いゴスロリ風の衣装を着て、薄いヴェールに顔を隠す、軽薄な笑み。

 グングン遠ざかり、その小さな姿は見えなくなって行く。

 

 ……って落ち着いて観察してる場合じゃない!

 何なんだこの状況!? 何でいきなり蹴落とされてんだぁ!?

 もう十秒以上落ちてる……このまま地面にぶつかったら、間違い無く潰れたトマトに……!

 血の気はとっくに引いている。

 全身に鳥肌が立ち、感じる速度は鼓動も加速した。

 風の音がうるさく喚き、目に映るものは、ただ影のみ。

 

 どうする、どうする、どうする、どうする、どうする……どうしようもない……っ!?

 

 急に視界が開けた。

 極彩色の世界。

 迫る“何か”。

 絶叫。

 

 

《ブニョン》

 

 

 ――ぬわぁ!?

 

 柔らかいものに包まれて、トランポリンの如く跳ねた。

 ベチンと、今度は硬い物へうつ伏せに叩き付けられる。

 痛いことは痛いが、どうやら死は免れた、らしい。

 ちっくしょう、わけ分からん……。

 なんなんだよこれ……。なんだったんだよ、あのゴスロリ(くまパン)少女……。

 

 

「……先生、君……?」

 

 

 は?

 

 不意に、聞きなれた声がした。

 痛みを堪えて顔を上げれば、そこには変な物体に上半身を預ける見知った少女――呉キリカが。

 しかし、その格好は奇妙なもの。

 女性用の改造タキシードにタイトスカート。そこへ給仕服のエッセンスを一滴。

 変な表現だが、そんな印象の服装に、何故か右眼を隠す眼帯。おまけに全身傷だらけ。頭がパンクしそうだ。

 

 呉? お前、どうして――。

 

 

「先生君、飛び込み前転」

 

 

 ――へ? 何を言ってるぅおうっ!!

 

 気配。

 反射的に身体が動く。

 ずどん、と、一秒前に居た空間が圧縮された。

 無我夢中でそのまま走り、横たわる呉を抱っこして逃げる。

 後を追うように、何度も何度も衝撃が。

 

 あぁぁもう何だよこれぇえっ!? おい呉、何がどうなってるんだぁ!?

 

 

「それは、こっちの台詞、だよ、先生君……。何でこんなとこ、に……。

 っていうか、気安くお姫様抱っこ、しないでくれない……? セクハラ、だよ」

 

 

 んなこと言ってる場合か!? つーかオマエ重い! ちったぁダイエットしろ!

 

 

「相変わらずデリカシーの無い男だね。死ね。今すぐ死んでしまえ」

 

 

 何も分からないまま死んでたまるかぁ!

 

 言い合いながら横目で確かめれば、俺達目掛けて何かを――腕? を振り下ろす、世界中の色を集めたような、カラフルな巨体。

 複合獣(キメラ)――といっても、神話に出てくる定形ではない。

 常に変化し、スライムの様に百獣へ姿を変える。いや、あれは……人形の塊、なのか?

 とにかく異質。三次元に二次元存在が滲み出たかの様な、存在の“ずれ”。

 あり得なさ過ぎて生理的嫌悪を飛び越し、前衛芸術にも見えた。

 

 

「手短に言うと、だね。ワタシは、魔法少女をやっていて、あれはワタシの敵――魔女って、いうんだよ……」

 

 

 はっ? 魔法少女って柄か? その歳で痛々しくない?

 

 

「よりにもよって最初の感想がそれ……? 全く君は――左」

 

 

 言われた通り左へ。

 大質量が掠め、心臓が凍る。

 くそ、織莉子ちゃん家帰りで疲れてるってのに、このままじゃ体力が……。

 

 

「先生君……。ワタシを捨てて、逃げなよ」

 

 

 力無い呟きに、あぁ? とキツい声が出た。

 しかしそれを気にも留めず、呉は苦しげな吐息を零す。

 

 

「今なら、まだ間に合う。そんな、気分じゃない、から……見逃してあげ、よう。だからさっさと、離して……」

 

 

 アホ抜かせ、オマエどう見ても絶不調だろ! 俺が居なきゃ死んでるぞ!

 

 

「そんなこと、無い。この不調は、君のせいだ。ワタシの魔法と奴の相性は、抜群。……すぐに逆転、できる」

 

 

 嘘だ。抱える手には血のぬめりを感じる上、顔色も最悪。

 呉は明らかに強がっている。なんでこんな時まで素直じゃないんだっ。

 

 体調不良まで俺のせいにすんなよ――っとぉ! 例え本当だとしても、このまま置いてけるか!

 

 

「だから――先生君!」

 

 

 っ!? ヤベッ!

 

 長い腕――違う、象の鼻による横薙ぎ。

 走る方向を変えるが、これじゃあ間に合わない……!

 

 

「右向けぇ右っ!」

 

 

 なん、どおっ。

 

 顔へ手がかけられ、身体が強引に右回転。

 同時に呉は逆手を――

 

 

「ステッピングファング!」

 

 

 ――振り上げる。

 黒い爪……じゃなくて牙? が打ち出され、長っ鼻を半分に。相性が良いというのは本当だったらしい。

 けれども、断面から撒き散らされた綿の勢いまでは殺せず、それにまかれて倒れこむ。

 呉と離れてしまわないように抱き締めるのが精一杯だった。

 化け物は――魔女は痛がっているみたいで、血の変わりに真綿を垂らしながら踊り狂う。

 

 

「……どうして」

 

 

 息を整え、しなびていく綿を唖然と見守っていると、腕の中から声が。

 感じる柔らかさに今更ながらドキッとしてしまい、慌てて離す。

 すると、彼女はよろめきながらも立ち上がろうとし、俺はそれを支えようとしたが、指を突きつけられて拒まれる。

 

 

「どうして、ワタシなんかに構う。守ろうとする。こんな事してないで、早く行くんだ。

 あっちに行けば多分、出口がある。早く行かないと、手遅れに、なる……。君を殺すのは、このワタシなんだ。こんな所で死なれたら、困るんだ」

 

 

 なんだよ、そのツンデレったライバルキャラみたいな台詞……。

 

 普段の呉らしくない、弱弱しい拒絶。

 しかし、肩で息をしながら血塗れで強がるその姿は、あまりに気高くて。逆に決意を固くしてくれた。

 

 ……俺が邪魔だって言うんなら、この場から離れる。でも、呉を見捨てて逃げろっていうんなら、お断りだ。

 

 

「だからっ、何でそこまで――」

 

 

 友達だろ、俺達。

 

 

「――っ」

 

 

 信じられないものを見たような、一瞬の空白。

 息を飲んだ呉は、だらん、と腕を落とし、そのままこちらを見つめた。

 俺は真っ向からそれを受け止め、自分を奮い立たせるために大きく息を吸って、宣言する。

 

 それに、友達を見捨てて逃げるような男が、織莉子ちゃんに相応しいとは思えない。

 俺はそんな男になりたくない。絶対に。

 

 

「………………」

 

 

 呉は沈黙を守る。

 彼女の背後で魔女が暴れる騒音が響いていたが、俺達の間では意味を為さない。

 この瞬間。世界には俺と呉しか居なかった。

 

 

「――っふ、くく、あっははははは!! よく吼えたねっ、膝を震わせてる癖に!」

 

 

 唐突に吹き出し、腹を抱えて大笑いを始める呉。

 隠そうとしていた震えを見咎められ、恥ずかしくなった俺も大声に。

 

 うぅうるさいっ、こんな状況で怖がらない方がおかしいだろ! 邪魔なら向こう行くって! だから邪魔って言え!!

 

 

「あぁ、全くもって君はどうしようもない!

 そうやっていつもワタシの思惑を無視して、邪魔をして!

 本当に、ほんっとうに、最悪で、最低で……」

 

 

 うっかり漏れた本音に、彼女は肩をすくめる。

 そして、これでもかと人を馬鹿にしながら――

 

 

「最高の、バカだ」

 

 

 ――楽しげに、笑った。

 心の底から、嬉しそうに。

 不覚にも……可愛いと、思ってしまった。

 

 

「言っておくけど、ワタシは君の事を友達だなんて思ったことは一度も無いからね。初めて会った時から、君はワタシの怨敵だ」

 

 

 けれど、付け加えられるのは、そう思ってしまったのが哀しくなる嫌味。

 なのにどうして、嬉しいのだろう。

 呉がいつも通り笑ってくれるだけで、安心できるんだろう。

 

 ……お前、相変わらず酷いこと言うな。

 

 

「事実なんだからしょうがないじゃないか。まぁ、とにかくそこで見てなよ。チャチャッと終わらせて、次は君の番だからさ?」

 

 

 そう言うと呉は、いつの間にか再生を終えたらしい魔女へ向き直る。

 怒り故か、見るも恐ろしい――色がごちゃ混ぜになった悪魔。

 立ち向かう彼女は、それに比べてあまりに小さい。

 しかし、その背中は頼もしかった。

 先程までの不調が嘘の様に、足取り軽く、彼女は走る。

 

 

「シッ」

 

 

 悪魔の豪爪が振るわれた。

 軽やかな跳躍、回避した呉が黒い牙で地面に縫いつけ、哀しげな――その姿に似つかわしくない、悲鳴が轟く。

 纏わりつく羽虫を嫌がる腕が、また。

 

 

「逃がさない、よっ」

 

 

 四肢を千切ってまでも逃げ出そうとする魔女を、容赦なく攻め立てる。

 瞬く間に悪魔は大地へと磔に処され、もはや断罪を待つのみ。

 その背に降り立った呉は、胸の前で両腕を交差させ、一瞬の溜め。

 再び開かれた腕の先に、合わせて十本の牙。

 

 

「アリゲーター、ファング――!」

 

 

 独楽の様に回転、柔らかい綿を抉り出す。

 哀れにすら思える絶叫の中。魔女の体積がどんどん小さくなり、やがて、綿に混じって小さな人形――ビスクドールが舞い上がる。

 着地し、振り上げられた呉の腕から牙が飛び、それは真っ二つに。

 瞬間、未だ形を保っていた悪魔が弾け、飛び散った綿が雪の様に舞う。

 そんな中、一粒の黒い点が落ちてきて、彼女はそれを手に納める。

 現実離れしていて、それでいて……美しい光景だった。

 

 凄いな、呉って。

 

 

「言ったろ? ワタシは魔法少女。とっても強いんだよ。……さて」

 

 

 手をヒラヒラさせ、ゆっくりと歩み寄る彼女に、こちらも近づいていく。

 が、手が届くまであと二~三歩といった所で、足がもつれて体勢を崩す。

 あっけらかんとした姿に、全てが終わったのだと確信できて、力が抜けてしまったらしい。

 

 

《シュン》

「――チッ」

 

 

 そして、それが紛れもない幸運だったと気付いたのは、後頭部を掠める、鋭い音があったから。

 首筋で感じたギロチンの気配に、力を振り絞って飛び込み前転。

 もう一度繰り返して距離を取ると、地面に黒い牙を突き立てる呉が、眼帯に隠れた瞳で俺を見ていた。

 今のは、俺を狙っていた。

 一度だけなら、仕留めそこなった魔女の……分身とか何かへの追撃に思える。

 だが、あの位置は。

 数秒前にあの位置に存在したのは、俺の、首だ。

 

 ……く、呉? なに、すんだよ。

 

 

「あーあ、まさか連続で回避されるなんてね。本当に君は、予想外、だよ。……忌々しい」

 

 

 ふ、ふざけんなよ!? お前、なんで、なんで、俺を……!

 

 

「何でって、さっき言ったじゃないか。次は君の番だからさ……って」

 

 

 深く食い込んでいた牙を掻き消し、ゆらり、その女は背筋を伸ばす。

 振り返る顔には、いつも通り。変わらない笑みが乗っている。

 それが本気である事を教えて、逆に恐ろしく――いや、違う。

 呉はあんな風に笑わない。

 あんな、貼り付けた仮面のような笑い方、絶対にしない。

 何かが、変だ。

 

 

「頭が、痛いんだ」

 

 

 首を傾げて、彼女は言う。

 

 

「とっても、とっても、トッテモ、痛いんだ。織莉子の事を考えられなくなるくらい、イタイんだ。

 これは君のせいなんだ。ああそうだ。君のせいだ。全部、全て、何もかも、一切合財、君のせいだ」

 

 

 ゆらり、ゆらり。

 左右へ身体を揺らし、近付いてくる。

 俺のせいだと責める声は、なぜか、助けて欲しいと言っているようにも聞こえた。

 それは、女の手が、何かを求めるが如くに差し伸べられていたから。

 

 

「だからね、先生君」

 

 

 しかし、ある一点でその手が翻り、握られる。

 袖口から、黒い何かで塗り固められた牙が、出現した。

 

 

 

 

 

『あんたが、奴を――殺せ』

「ワタシは、君を――殺す」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「ぐぁ、ああっ!?」

 

 

 浅く、肉を引き裂く感触と共に、悲鳴が響く。

 魔力牙から滴る鮮血を確認しながら、キリカは不愉快そうに顔を歪めた。

 

 

(気持ち、悪い)

 

 

 別に、初めての経験ではない。

 人の形をした使い魔を切り裂いた事もあるし、赤い体液を撒き散らす魔女と戦った事もある。

 しかし、そんな積み重ねが何の意味も持たないほど強烈な、生理的な嫌悪感を感じた。

 それに――

 

 

(頭が、痛い……)

 

 

 ――頭に巣食い続ける鈍痛が、彼女の動きを緩慢な物とさせていた。

 そのせいで、簡単に勝てるはずの魔女にまで苦戦し、腱を断つはずの一撃は僅かにふくらはぎを抉る程度。

 だが、それにしてもおかしいのだ。

 

 

(攻撃が、全然当たらない)

 

 

 右脚を庇い、体中に浅い傷を負う若者を追いながら、キリカは思考する。

 既に“陣”は敷いた。固有魔法である速度低下も発動中。結界は崩壊を始めていて、壁が崩れて行き止まるのは期待できないが、まだしばらくはもつだろう。

 なのに、彼の動きは一切の遅延を見せなかった。

 それどころか、最初のアレから一度たりとも致命傷を受けていない。

 一度だけなら幸運。けれど、二度三度と続けば自分の力を疑いたくなる。

 体調、体力共に万全とは言えないにしても、間違いなく行動不能に出来ると確信した一撃すら回避したのだ。

 

 

(――いや、外された?)

 

 

 ふと、そう思い至る。

 彼が回避したのではなく、自身の攻撃が外れているのでは、と。

 ならば彼が特別な能力を持っている?

 ――違う。彼からは何の魔力も感じなかった。ただの一般人に回避できるほど、魔法の力は甘くない。

 それなら、やはり魔法が発動していない?

 ――違う。ソウルジェムから間違いなく魔力は流れているし、感覚として発動しているのが分かる。

 であれば――

 

 

「う、ぅっ」

 

 

 ――ズキン、と、鈍痛。

 まただ。脳髄から魂の奥底まで響く、痛み。彼の事を考えている時に、決まって感じる、痛みだ。

 いつから始まったのかは思い出せない。

 でも、最初は指先を針で突いたような、小さなものだった気がする。

 織莉子の事を想うついでに彼を思い出して、その度に痛みを感じて。

 今ではもう、織莉子の事を想うから彼を思い出すのか、彼を頭から追い出すために織莉子を想うのか。

 どちらが正しいのかも、分からなくなっていた。

 

 

「痛、ぃ……」

 

 

 じく、じく、じく――と、思考を直接、虫に食われる。

 耐えられなかった。恐ろしかった。訳が分からなかった。

 どうしてこんなに痛いのか、苦しいのか……切ないのか。

 全然、全く、理解できない。

 それでもたった一つ、分かっているのは――

 

 

「君の、せい、だ……!」

 

 

 ――これが、目の前を逃げる若者のもたらした物であるという事。

 彼のせいで、キリカは織莉子の事を考えられなくなった。

 彼女が知る唯一の、己を示す行為を――愛を妨げる、不届きモノ。

 この愛を知らしめなきゃいけない。切り裂かなきゃいけない。殺さなきゃいけない。

 

 

(そうしなければ、ワタシには、生きている意味が無い……っ)

 

 

 ――誰も、ワタシに、気付いてくれないんだ。

 

 不安が先回りをし、キリカの焦燥を煽る。

 愛さなければ意味が無いと。

 愛せなければ生きていけないと。

 だからそれを邪魔する者は、すべからく排除するのだ。

 痛みを憎しみへと置き換え、彼を睨む。そして今一度、魔力牙を投擲。

 

 

「ひ、っ」

 

 

 耳元を掠め、それは脆くなった壁に突き刺さった。

 が、外れた攻撃にキリカは確信を得る。

 

 

(やっぱり、先生君にだけ当たらないんだ)

 

 

 先のアレは、ギリギリ当たらないようワザと外したのだった。

 彼以外の対象に対しては、一分のズレも無く狙い通りの軌道を描いた。

 即ち、彼さえ狙わなければ良い、という事。

 

 

(それさえ分かれば……)

 

 

 濁った瞳で、歪に嗤うキリカ。

 渾身の力を込めた魔力牙が、若者の通る壁近くに投げ込まれた。

 

 

「――がっ!?」

 

 

 破砕音。打ち砕かれた壁面が身体を打つ。

 若者は対面の壁へ吹き飛ばされ、壁に赤い花が描かれた。

 おびただしい出血。

 全身が打撲傷で埋め尽くされ、破片による裂傷は更に数多く、大きな塊の直撃を受けたらしい一方の足は、あらぬ方向へ折れ曲がっていた。

 

 

「あ――ご――はっ――」

 

 

 背中を強打したせいか、呼吸は途切れ途切れ。

 四肢が細かく痙攣し、傷の深さを物語る。

 

 

「終わり、だ。先生、君」

 

 

 同じく、荒い息のキリカが歩み寄る。

 その顔は、まるで自分が傷を負ってしまったかのように、酷く苦しげだった。

 

 

「……なん、で……だ……んで、だよ……ぉ……」

 

「聞いた、所で、意味なんか無い、じゃないか。どうせ、死ぬんだ……ぐぅ、う」

 

 

 何種類もの体液と一緒に、若者がうわ言を零す。

 一層激しくなる頭痛。

 悲鳴を上げたくなるそれに、不思議と身体は平静を取り戻していく。

 まるで、心と身体が分離でもしているみたいに。

 

 

「最後に一度だけ、彼女の名を呼ぶことを許そう」

 

 

 キリカが腕を振り上げる。

 袖口から一本の牙。

 鎌の如く背中を丸めるそれは、確実に首を刈り取るだろう鋭利な光を放つ。

 若者は震える首を上げ、処刑人の姿を視界に納め、唇を震わせた。

 

 

 

 

 

「なんでだ――キリ、カ」

 

「……っ!」

 

 

 

 

 

 ガキン、と、硬いものに刃が食い込んだ。

 

 

「ふっ――は――へ」

 

「何で……?」

 

 

 首の皮一枚を裂くだけに留まった凶刃に、彼は目を白黒。世界もコントラストを入れ替えた。

 手元を狂わせた処刑人は、己の失態にうつむき、全身を大きくわななかせ――

 

 

「何で君は、いつもそうやってワタシの心を乱すんだっ!? ワタシの愛を奪おうとするんだっ!?」

 

 

 ――若者の胸倉へ掴みかかった。

 

 

「いつも、いつも、いつだってそうやって変な事ばっかり言って! ワタシを玩んで愉しんでるんだろ、この……っ!!」

 

「う、ぐ、っ」

 

 

 喉元を締め上げられ、彼は呻く。

 何度も何度も揺さぶられ、瞳が朦朧と。

 しかし、そんな中で見つけた一筋の光に、閉じかけた瞼を大きく開いた。

 

 

「君さえ、君さえ居なければ、ワタシは愛されたいと願う事もなかった! 羨ましいと思う事もなかった! 知りたいなんて思わずに済んだんだ!」

 

 

 心を掻きむしる絶叫に散るのは、涙。

 穢れない雫が裸の言葉をつまびらかにし、素直さを溢れ出させる。

 宝石のような嘘で身を飾り、愛を高らかに謳っていた少女。

 その奥底で震えていたのは、あまりに初心で、どうしようもなく不器用な――

 

 

 

 

 

「愛は無限に有限なんだ! だからこれ以上、ワタシの――織莉子への愛を奪うなぁ!!」

 

 

 

 

 

 ――恋心。

 

 

「おま、え……それ……」

 

「はあ……はぁ……う、っくぅ……」

 

 

 キリカは分かっていない。

 それが愛の告白に等しいことを。

 貴方に心を奪われているのだと、宣言していることを。

 

 

「……ごめ……な……。気付いて、やれ……なくて……」

 

 

 若者は、それに気付かぬほど愚かではなかった。

 例え身体が冷たくなっていこうとも、胸に灯る温かさを知っている彼は、見てみぬふりなんて出来なかった。

 

 

「……なんで、怒らない。なんで憎まない!? ワタシは君を殺そうとしているんだぞ!? どうして君は、そんなに……」

 

 

 ――優しいのさ。

 

 頬を撫でる震えた指。

 それがうつったのか、キリカの身体もまた震える。

 

 

「どんなに、罵られ、ても。殴られて、も。泣いてる女の子には、優しくするもんだ。……爺ちゃんが、そう言ってた。それに……またお前と、喧嘩……たら、織莉……が、悲し――ごぼっ」

 

「あっ、せ、先生く……ワタシ、なんで、こんな――っ」

 

 

 肺も傷付けていたのか、若者は言葉と共に血を吐く。

 思わず手を差し伸べるが、そうしたのは自分であることを思い出し、キリカの手は触れる直前で握られた。

 けれど、そんな彼女に彼は笑いかける。

 

 

「はっ、あ゛……大丈夫、痛く、なくなってきたから……。それにな、お前、間違ってるよ……」

 

「……え?」

 

 

 いつもなら、「はぁ? ワタシの何が間違ってるって言うのさ!」とか。

 もしくは、「中学生に手を出した淫行教師が他人に間違いを説くのかい?」とか。

 そんな嫌味を返すだろう、珍しく素直な少女に向けて、若者は深呼吸。

 

 

 

 

 

「愛ってのはな。本当に大切な人へ向けている限り、無限大、だ」

 

 

 

 

 

 血と、涙と、鼻水。

 おまけに汗と涎で汚れきった、みっともない有様の、男の妄言。

 なのに、それは。

 キリカにとって、その姿は。

 

 

「……それも、お爺さんの言葉かい」

 

「俺の、だよ。今、思いついた」

 

「どうりで重みが無いわけだ。先生君の言葉は軽々しいよ。まるで君の頭みたいだ」

 

「言ったな、この」

 

「痛っ……。なに、するのさ」

 

 

 普段通りで……比べ物にならないほど静かな、口喧嘩。

 頬を優しく抓られたキリカは、無理やり上げられた口端に、三角の目をして抗議する。

 それを見ながら、若者は最後に一つ、大きく笑った。

 

 

「泣いてる顔も、意外と、可愛いけど……やっぱり……。

 怒ってたり、笑って、たり、する方、が……似合ってる――ぞ――」

 

「……なっ!? 何を言ってるんだよ君はっ!? そんな風に君が惑わすから、私は――」

 

「ご――な、――、こ」

 

 

 トサリ。

 キリカの頬へに添えられていた手が、地面に落ちる。

 目の前にある顔は、瞼を閉じ、哀しげな笑顔を浮かべたまま。

 けれど、確かに命の輝きが抜け落ちていた。

 

 

「……先生君?」

 

 

 キリカが呼ぶ。

 けれど、答えない。

 

 

「……先生君っ」

 

 

 肩を掴む。

 首が、かくん、と揺れた。

 

 

「先生、君」

 

 

 再び、呼ぶ。

 動かない。

 

 

 

 

 

(……うごかない?)

 

 

 

 

 

 だれが。

 ――せんせいくん、が。

 どうして。

 ――しんだ、から。

 なんで。

 ――ころした、から。

 

 

『呉はそのままでいいんじゃないか』

 

 

 だれが。

 ――ワタシ、が。

 どうして。

 ――うばわれそうだったから。

 なんで。

 ――くるしかったから。

 

 

『調子に乗るなよ呉』

 

 

 だれが。

 ――ワタシが。

 どうして。

 ――わからない。

 なんで。

 ――わからない。

 

 

『な、なんか、急激に仲良くなってるな、二人とも』

 

 

 だれが。

 ――ワタシが。

 だれに。

 ――先生君に。

 なにをした。

 ――危害を加えた。

 

 

『あれ、君、もしかしてあの時の……。ほら、コンビニでお金落としちゃってた……』

 

 

 だれを。

 ――織莉子の、想い人を。

 だれを。

 ――ワタシの、友達を。

 だれを。

 ――変わらないワタシを、それでも、見つけてくれるかも知れなかった、人を。

 

 

 

 

 

『なんでだ――キリ、カ』

 

 

 

 

 

「……殺し、た?」

 

 

 生温い、真紅の顔料が手に纏わり着いていた。

 赤錆びた鉄の匂いが、鼻につく。

 

 

「あ」

 

 

 殺した。

 

 

「ああ」

 

 

 殺した。

 殺した。殺した。

 

 

「あああ」

 

 

 殺した。

 殺した。殺した。

 殺した。殺した。殺した。

 

 

 

『――あんたが殺したのよ』

 ――ワタシガ、コロシタ!

 

 

 ジャラリ。

 何か、鎖を引きずるような音と、聞き覚えのない少女の哄笑が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

《パシン》

 

 

 

 

 

「――あ」

 

 

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