風が吹いている。空には分厚く、暗い雲。
今にも雨粒を落としそうなそれが孕むのは、しかし、天の恵みではない。
数分としないうちに、この星の天上からは――悪意が降って来る。
「……そろそろね」
巨大な鉄塔の上に、二人の少女。
その片方――重厚な白のドレスを纏い、帽子を押さえる少女が呟く。
「確認するわ。私達がすべき事は何かしら、キリカ」
「しろまるの言ってた例の巨大魔女――ワルプルギスの夜に対抗する魔法少女達の支援。ただし、それと知られること無く、だよね。織莉子」
答えるのは、身体のラインを隠さないタイトな黒装束に、右眼を覆う眼帯の少女――呉キリカ。
期待した答えを得た白い少女――美国織莉子は満足そうに、だが、決して雲から目を離さずに頷いた。
「具体的な方法は?」
「織莉子の固有魔法――《事象否定》で存在感を薄くして、基本は様子見。
出番がなければそれで良し。ヤバげになったら隠れて支援。イザとなったら美味しいところをまるっと頂き」
にぃ、と笑って調子づくキリカを「こら」と叱りつけながら、織莉子はその頭を撫でる。
叱ると表現はしたが、二人の顔付きや声は楽しそうでもあり、彼女達の周りだけ日の光が差しているような、温かい感情が行き来していた。
「えっへへ。ま、織莉子の魔法は変則・特化型だから、実働はワタシだねっ。
といっても、ワタシだって支援魔法は《速度低下》しかないわけだけど。最後の最後まで手は出せそうもないかなー」
「そうね……。私達の姿は出来るだけ見せない方が良いのだし、見極めましょう。じゃあ次は、隠れなければいけない理由」
尻尾があれば千切れんばかりに振りまくるだろう顔で、キリカは続けた。
笑みを深くする織莉子も更に質問を重ね、絶好調なワンコが胸を張る。
「一つ。ワタシ達は彼女達を知らず、彼女達もワタシ達を知らない」
「はい、正解。協力を申し出たところで連携を乱すだけだし、受けて貰えるかも分からない。
ここは先生のご家族が住む街。黙って見ているなんて出来ない。なら、隠れて支援させてもらうしかないわね。
もちろん、邪魔にならない程度に、だけれど」
「だね。んで、二つ。純粋な実力不足。か・な・り、シャクだけど」
「……その通り。キリカの攻撃は、見た限り鋭さは一級品だけど重さが足りない。そして私は契約して日が浅く、攻撃方法が確立していない。
使い魔の迎撃にも苦労するだろうから、そもそも発見されないようにするしかないわ。今後の課題ね」
「ふふふ。ま、重さを解決する術はもう見つけてあるんだけどねっ。でもすっごくハデだし、今回は出番無しだよ。……そして、三つ」
どこか和やかだった空気が、キリカの表情と共に引き締まる。合わせて織莉子も。
これから口にすることは、この二人にとってそれだけ重大なことでもあった。
「先生君の存在は、外部に漏らせない」
「えぇ……。制限付きとはいえ、魔力を行使できる男性。詳細も分からない今、私達を通じて存在を広めるわけには行かないわ」
頷き合う二人。視線には、確固たる意志が見えていた。
彼女達が「先生」と呼ぶ若者は、とある理由から、本来魔法少女にしか扱えない魔力を宿すに至った。
といっても戦闘能力は皆無。魔力の引き出しも安定せず、唯一のスキルといえば、自らの体力を補う程度なのだが。
しかし、これから先は未知数。
専門家であるキュゥべえをして、《仕様外》と称させる存在。新たなる可能性が発見され、それが魔法少女にとって有益な物であったなら。
これから知り合うかもしれない魔法少女達に、それを知られたなら。
――悪意をもって、利用される可能性もある。
口は災いの元。
あえて言葉にはしなかったが、織莉子もキリカも、それを危惧しているのだ。
「……! 始まったみたいね」
「おー、ほんとだ。でもケッバケバ。エレガントさの欠片も無いねー」
遥か眼下に、不自然な霧。
まばたきの一瞬で、使い魔達の百鬼夜行が顕現した。
迎撃の雷火も見える。
「
「
織莉子がしなやかに手を差し出し、キリカが恭しくそれを受ける。
戯れのようなやり取りは、稀に見る美少女達によって、一つの歌劇へ。
手と手を取り合い、微笑み合い、二人は――
「
「
――ダンスホールへ足を踏み入れた。
《それは、とある街に災厄が訪れてから、数ヵ月後の物語》
「アーティファクト、かぁ……」
美国邸の一室。高級なベッドの上で仰向けになる若者が呟く。
かざされる左手には携帯電話が乗せられており、それに付けられたストラップ――木製のお守りが揺れていた。
「アーティファクト。魔道具、霊器、宝具、
何らかの理由で消滅に至らず存在を維持した、魔法少女の“遺品”ですね。魔力を残している物はほとんど現存していないようですが……」
「ワタシ達には無用の長物だねー。そんなもの使わなくても、新しく魔法を組めばいいだけだし。にしたって、先生君のお爺ちゃんの形見はチートだよ。
肉体的状態異常の無効化、回避への大幅な補正、おまけに週三回までの“幸運”とか。そのおかげでワタシも助かったんだから、お爺ちゃん様々だけどさ」
彼の言葉には、二人の少女が続く。
すぐ側へ腰を下ろす美国織莉子と、隣でうつ伏せになる呉キリカだ。
三人の距離感は非常に近く、彼等が親密な――特別な関係性であることが見て取れる。
「そうだね。実に幸運だった。
あの時点で君がアーティファクトの加護を引き出せたのは、結界の崩壊魔力、長年身に着けたことによる波長の同期、極限状態における精神昂揚など、偶然が幾つか重なったおかげに過ぎない。
過充電による暴走もあったかな。……終わったよ」
そして、寝転ぶ若者の頭上に位置する小動物――キュゥべえが詳しい補足を行う。耳から伸びる可動部が若者の頭部から離れた。
彼(?)が行っていたのは、ありていに言えば身体検査である。
織莉子の祈りによって蘇生した際、発生したソウルジェムに仕様外の機能を追加させた存在。
過去にも例が少ない、“魔法少女の使い魔”とでも呼ぶべきこの若者を調べ、原因を追究することで、キュゥべえは揺らぎを生み出す例外を減らそうと考えていた。
若者も、己が身に起きた変化を調査してもらう事で、自分の状態の把握に務めようとそれを受け入れている。
「ソウルジェムとのリンクは安定しているようだ。織莉子の魔力変圧器としての機能も、それなりに果たせるんじゃないかな」
「そうか……。それは有り難いんだけど、人の事を部品扱いするな。そこそこ不愉快だ」
「的を射た表現だと思うんだけど。
織莉子は固有魔法が特殊過ぎる上、君へ特性を付与したせいで他の魔法を覚えるリソースが限定されている。
君はそれを補うために闘いたいんだろう。呼び方なんて些細な問題じゃないか」
「……はぁ。そーですねー」
――のだが、この二人……一人と一体の関係は中々に険悪であり、売り言葉に買い言葉というほどでは無いが、辛辣な物言いが飛び交う。
もっとも、キュゥべえに悪意が微塵もないのは短い付き合いで把握済み。
若者は軽く溜め息をつき、身体を起こす。
「キュゥべえ。次に先生を変な呼び方したら、貴方の喋る機能を《否定》するわよ」
「やめて欲しいな……。君の魔法は“僕全体”に影響しかねないんだから……。まぁ、本当に使ったら、その時点で君は魔女化するだろうけど」
しかし、悪いムードは周囲に伝染してしまったようで、今度は織莉子がキュゥべえにキツい視線を向ける。
大切な恋人を自分の付属品扱いされれば、黙っていられるものは少ないだろう。
その迫力に、キュゥべえもたじろいだような既定反応を見せたが、モノマネにも劣る反射行動はすぐにかき消え、火花が散った。
「はいはい、そこまで。本気で怒ってるわけじゃないんだから、大丈夫だよ。
これから先も活動するにはキュゥべえの支援が絶対に必要なんだし、うまく付き合っていこう」
「……はい……」
「賢明な判断だ。他の魔法少女も、君達ほど物分りが良いと助かるんだけど。それが出来ないからこその魔法少女でもあるし、難しいね」
場を収めたのは、発端である若者。
ぶつかり合う視線を身体でさえぎり、硬い表情をほぐすように織莉子の頬をつつく。
単に、キュゥべえはビジネスライクなだけなのである。
過度な善意を期待せず、「こういうものだ」と割り切ってさえいれば、むしろ積極的に活用すべき相手。
腹の底に隔意は抱き続けているが、それを置いても、自分達のために信用すると決めているのだ。
信頼だけは、絶対にしないが。
「いくら織莉子の意識がある間は絶対に“死なない”とはいえ、本当なら先生君に危険な真似させたくないんだけど……」
――と、柔らかい頬をプニプニ楽しんでいた若者の膝へ倒れこむ影。
仰向けになって膝枕を強要したのはもちろん、もう一人の恋人、キリカ。
「織莉子の魔法は一つで大抵のことが出来ちゃう代わりに燃費が最悪だし、節約のためには出てもらうしか……。ホントはワタシ一人でグリーフシードを集めてもいいのに――」
「駄目よキリカ。そんな危ない事、貴方一人に任せるわけにはいかないわ」
「そうだぞ? お前だけを危険に晒して織莉子と二人イチャイチャするなんて、後味悪いからゴメンだ」
「――こうなっちゃうし。あぁ、愛されちゃって困っちゃうよ。嬉しいけど。んふー」
「こぉの。……ま、良いんだよ。俺はこれで良いんだ」
余は満足じゃー、なんて声が聞こえそうなキリカの喉を猫にするよう撫でながら、若者が二人を見る。
返されるのは、頬に手をすり寄せる綺麗な笑みと、喉を鳴らして安心している笑み。
「もしこの身体になっていなかったら、俺は何も知ることが出来なかった。知らないままにキリカを追い詰めて、いつの間にか失ってたかもしれない。
キリカだけじゃなくて、織莉子までそうなっていた可能性もある。そうならずに済んだんだ。これでも感謝してるんだぞ?
それに、愛している女のために身体を張れる。男にとって、これ以上の幸せは無いよ」
二人分の幸せを両手に確かめ、強く微笑む。
まだ防護服すら作成できず、リンク圏外に出れば魔力も使えない。それこそ、死を否定されたことによる不死性を活かして盾になるくらいしか、役に立てないけれど。
彼女達が一緒なら、どんな痛みでも耐え、どんな恐怖にでも立ち向かえると、若者は信じていた。
そんな彼の微笑みに、織莉子とキリカも大きく破顔し、己に触れてくれた手を握る。
「本当は魔力を精力に変換できるようになったのが一番嬉しいくせにー。先生君のエッチー」
「一日最低でも二回ずつだものね……。嬉しいけど、むしろこっちが魔力消費の主な原因かしら?」
「魔法で一〇〇%避妊できるからって必ず膣内射精ねだってくるお前らが言うか。このエロ魔法少女どもが」
「相変わらず爛れた性生活を送ってるね、三人とも。キチンと活動してくれるなら特に言う事は無いんだけどさ」
《それは、追い求める
「きゃああぁぁあああっ!! いやあぁぁあああっ!!!!!!」
十四畳のワンルームに、絹を裂くような悲鳴が轟いた。
「あ、あの、落ち着いて下さい石島さんっ、と、隣に聞こえる……っ」
「いや、いやっ、なに、なんなのよこれぇ!?」
声の主をなだめるのは、この部屋の住人であるギリギリ二十代の男性。
顔面は蒼白で、壁の向こうに居るはずのお隣さんをしきりに気にしている。
真っ昼間から女の悲鳴が発生したら、そりゃあ挙動不審にもなろうものだが。
「凄い、若い、若返ってる! お肌ピチピチ、目元の小じわが無い、法令線が目立たない! きゃー♪」
まぁ、その悲鳴にしても発生原因はアレなのである。
鏡を手に自分の顔を様々な角度から確認する、十代前半と思しき少女――石島美佐子。
彼女は本来、男性と同じ年齢の三十路目前なワーキングウーマンだったのだから。
「ああもうっ、とにかく服を直して下さい、いろいろ見えてるんですからっ」
「ミサお姉ちゃん、パンツ丸見えだよ?」
「え? ………………ひゃ!? や、やだっ」
微妙に顔を背ける男性と、その隣に座る彼の姪、千歳ゆま(大人モード)の指摘で、ようやく自分の身体が縮んでいることに気付いた美佐子は、慌ててしゃがみ込む。
一回り小さくなった彼女には、ぴったりサイズだったスーツもダボダボ。スカートは落ち、緩くなったタイツとショーツ(紫色)が絶妙な角度で引っ掛かって、大事な所を隠していた。
当然シャツもずれ、鎖骨から胸元のラインが露わに。本当に紙一重である。
「えっと、これで信じてくれた? ゆまが魔法少女だって」
「……そうね。信じるわ。信じるけど、ゆまさん。これってちゃんと元に戻せるの?」
「うん、出来る! ミサお姉ちゃんにかけたのは、ゆまの成長魔法をひっくり返した魔法だから、簡単に元に戻せるよっ」
胸を張ってゆまが言う。子供っぽい印象の猫耳付き防護服。その胸元が、ぽゆん、と揺れた。
彼女もまた、本来は九歳児。十代半ばから後半に見える今の姿は、魔法によって維持されているものである。
なかなかの才能を有していたらしいゆまは、魔法少女としての“成長”が著しく、契約して数週間足らずで、固有魔法の特性反転までも習得したのだった。
しかし喜びはしたものの、姿形が変えられれば不安を覚えてしまうのも当然。それが解消され、美佐子は安堵に胸を撫で下ろす。
「そう、良かった……。でも、どうせだからもうちょっとこのままで……」
「別に構わないと思いますけど、元に戻る時は着替えを持って風呂場へどうぞ。目の前で裸になられたら、なんだ。困るんで」
「分かってますっ。もう……本当は見たいくせに」
「う゛」
「……む」
胸元を隠し、恥らう少女の流し目で、図星を突かれた男性が呻く。
なんと言っても、美少女なのだ。元が美人だったせいか、多少――いや、だいぶ幼くなっても、可愛らしさが増大しただけで減った部分は何一つ無い。
とある理由から性的嗜好に偏りが出始めていた彼にとっては、非常に眼の毒であった。
そして、そんな彼等を見てちょっと不機嫌になったゆまが、男性との距離をさりげなく縮めた。
美佐子も気付いていたのだが、理由はきっと微笑ましいものであろうと勘違いし、頭に浮かんだ疑問を優先する。
「それにしても、どうしてゆまさんは魔法少女に? さっきの話では、何か願い事を叶えるために契約を交わすんでしょう?」
「あ、それはね。ゆま、大人になってオジさ――」
「……ぉ! 大人になってオレの役に立ちたいって、それでゆまは契約しちゃったんですよ! なっ?」
「――んに? う、うん、そうだけど……」
「……んん?」
ゆまの返答に男性が割って入り、さえぎられた当人は首をかしげ、美佐子が怪訝な顔をする。
つい焦って代わりに答えてしまった彼だが、美佐子の反応に「しまった」と脳内で呟き、背中で冷や汗をかき始めた。
何故ならば、役に立ちたいとは言っても、立ってもらったと言うか勃たせてもらったのは性的な意味であり、現役警察官である彼女にそれを知られれば網走送り確定なのだから。
女の勘というものは、えてして男の秘密を暴くために使われるもの。
最近、美佐子にプレゼントしてもらった電子タバコをプルプル震える指で燻らせながら、彼はこの場をどう切り抜けるか必死に考える。
《それは、目覚めるはずのない血脈の物語》
「――後ろだ痴女っ娘!」
「だ、誰が痴女――きゃ」
若者の切迫した声にサキが正しく反応し、みらいを抱えて飛びずさる。コンマの差で、彼女達の居た場所を“何か”が通り過ぎた。
無言のまま織莉子とキリカが遠距離攻撃を放ち、穿たれたコンクリートと廃材から舞い上がった噴煙が、フロアの一角を満たす。
「やったわ……!」
「ちょ、織莉子それフラグ! ほら駄目だったじゃんかぁ!」
しかし、そこから逃れる影に仕損じたのを悟る五人は、油断無く暗い壁に注意を注ぐ。
「……どういう事だ、何で……っ」
――が、判然とした影の正体に、サキだけでなく全員が戦慄する。
あまりに非常識。
魔法少女であればまだ納得のしようはあるが、それはあり得ない。何で彼は、胸板に斧を突き立てたまま、平然としているのか。
「チッ……邪魔、だな」
サキが死体と断じ、若者達との諍いを招いた元凶。
若者と同年代くらいの長髪の青年が、血みどろで立っていた。
「ねぇ、そこの眼鏡っ娘。彼は死んでいたはずじゃなかったのかい?」
「そのはずだっ! 呼吸も脈も止まっていたし、あの出血量で生きているはずが無い、なのに……!?」
狼狽えながらもサキは戦闘態勢に移行、打鞭を構え、みらいが倣って杖を構える。
若者が左腕を前にかざし、織莉子、キリカもそれぞれの武器を。
「私達をここに集めたのはお前だな……。何が目的だ」
「……目、的……はっ」
指を突きつける詰問を青年は無表情に鼻で嗤い、緩やかな動きで天井を見上げ、そして、視線だけで自分以外の全てを見下す。
「そんなの、決まってる――ぐゅぎあっ」
「ひっ……!」
言いながら突然、胸に刺さった斧を抉る。
奇声と共に、どこに残っていたのかというほどの出血。肉と骨を削る不快な音。鬼のような形相にみらいが目を背けた。
が、残る四人は目を離せない。この異常から意識を逸らせば、その瞬間に“やられる”と、理解していたから。
「いもう、と、の……ソウ、ル、ジェムを……返せ……っ」
「――何!?」
それを証明するかのように勢い良く斧が引き抜かれ、サキがまたも驚愕。
妹、ソウルジェム、返せ。
これ等の単語から導き出される事柄だけが理由ではない。
噴き出した鮮血が、焔に転じた。壁一面を覆っていた黒い“何か”までもが発火し、結界の如く逃げ道を絶つ。
「熱っ!? な、にさこれ!?」
「まさかアレ全部、血だったのかっ?」
「なるほど……。不自然に多い鉄の廃材は、臭いを誤魔化すため……!」
若者達が騒ぐ中、青年の姿もまた転じる。
血塗れの衣服は、燃え盛る焔がそのまま形となったコートに。黒髪、黒い瞳も焔色へ。
それを見て、サキはある事を思い出していた。
「赤髪、赤眼、踊る焔血……。間違いない……」
いつか友人が言っていた、最新の都市伝説。妹を返せと叫ぶ、火達磨の男。
狙われるのは、直近に不可思議な奇蹟を見た、もしくは体験した少女――魔法少女のみ。
これだけなら新手の魔女か、その使い魔と真剣に受け取れたのに、もしかしたらと付け加えられた可能性で、一笑に伏してしまった存在。
「あいつは、
「え!? で、でも、こっちは、“遺品使い”と“ジェーン・ザ・リッパー”はどうするの!?」
眉唾の“魔法使い”を目前にし、みらいは困惑する。
そんな二人を置き、赤帽子と呼ばれた青年を厳しい目で警戒していた若者達は、示し合わせたように口を開いた。
「お願いだから人のこと変な呼び方しないでくんない? 背中がムズムズするからさ」
「何で私だけ二つ名が無いんですか!? こんなの不公平ですっ、私にも是非つけて下さい!」
「シリアスなムードが台無しだよ二人とも。――来るぞ!」
《それは、望まれたはずの命の物語》
「んぎゃっぷ!?」
人気の無い路地裏へ墜落したかずみが、女の子らしからぬ悲鳴を上げる。
うつ伏せでお尻を高くしているせいか、パンツも丸見え。この場に男子が居ないのが、せめてもの救いだろう。
「ぃぃいったぁああっ! 何するの!? 膝すり剥いちゃったぁ!」
「あーもー、ギャアギャア騒がないでよ。ほら、オロナイ○軟膏ー。これでも塗っときゃ治るでしょ?」
「ひどいっ!? 見た目がマジカルナースさんなのに治療法が現実的かつ雑っ!?」
彼女に続いて――というには優雅すぎる動きで降り立ったユウリが、茶色いキャップの小瓶を投げる。
文句を言いながらも患部に軟膏をヌリヌリ。かずみは服の汚れを払いながら立ち上がった。
「それで、私に何の話があるの? こんな風に誘拐しなくたってちゃんと聞くのに。カオル達、絶対に勘違いしちゃってるよ?」
「こっちだって好きでこんな事してる訳じゃないの。アイツ等がいっつも口先で誤魔化すから仕方なくなんだってば。分かんない? ……にしても」
「な、なに?」
ずい、とかずみに顔を寄せ、ユウリはしかめっ面。
今日初めて出会った少女。しかも、半ば強引に自分を連れ去った相手。
かずみにしては珍しく、本気で警戒し始めた。
「ホントにソックリだこと。気持ちは分かるけど、さ……」
「……え?」
――ところへ、気になるフレーズが。
当のユウリは、しかめっ面から生のゴーヤでも丸かじりした苦い顔に。
そっくり。誰かに似ている、という意味の言葉。
“自分”を知らないかずみにとって、それは喉から手が出るほどに欲しい情報だった。
「ま、アタシにゃ関係ないけど。さして仲良くもなかったし。アタシが知りたいのは一つだけ。駄目元だけど、どうしても聞いておきたい」
――が、「何か教えて貰えるかも」という期待を、ユウリは切って捨てる。
辛うじて拾えたのは、かずみが似ているという誰かと彼女は、あまり友好的な関係ではなかったらしい、ということ。
まぁそれも、出会った当初から嫌というほど見せつけられた純度一〇〇%なツンデレっぷりを鑑みるに、怪しいのだが。
と、記憶が無いはずなのに、妙な事だけは覚えているかずみの穿った見方を露知らず、ユウリは真剣な表情で問う。
「ねぇかずみ。アンタのはとこ――カナミのこと、アイツ等から何か聞いてない?」
《それは、継ぎ接ぎされた怪物の物語》
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!? くひっ、ひひっぐ、がっ、あ゛、ぎぃいいっ!?」
気が狂う白さに囲まれた部屋で、およそ人間とは思えない怪音を発し、
意思に反して暴れる手足は、正しく怪異と呼ぶに相応しい異形。
魔法で幾重にも封された四方を、それでも深く抉りながら、
「随分と荒れているね。何かあったのかい?」
そこへ、まるで今日の天気でも尋ねるような、気楽な声。
ピタリと狂乱が治まり、
「やぁ、マイちゃん……。実はね、今日は調子が良かったから、久しぶりに遠出“させて”みたんだけど……。
そしたらなんと! 初恋の女の子に出くわしたんだよ! 十年ぶりだったけど間違いない! 凄い偶然だよね?」
「それはそれは。今日は君の方が“濃い”んだね。とにかく、良かったじゃな――」
「でもその子、倍近い歳の男と楽しそうに腕組んでてさ! 明らかに援交だよ援交! ショックで思わず自殺しちゃったよ一回! あはっ」
「――ご愁傷様。それで痛みを誤魔化すのにテンション上げてるんだ……。近所迷惑にならない場所で良かったね」
床にばらける非常に長い髪を揺らす
そんな彼女(?)もまた、人とは言い難い容姿をしていた。
白髪に赤い瞳。ここまでなら、色んな理由を探せば有り得なくもないだろう。
しかし、その頭部には人間には不必要な部位――いわゆる猫耳が生えており、その中からは長い可動部が伸びていた。ついでに臀部の辺りからもフワフワな尻尾が。
動きの端々から感じ取れるあざとさは、男が見れば一瞬で虜になっていただろう。
「でも、そう命を粗末にされると困るんだけどなぁ。O'zもいい所で負けちゃったみたいだし、手駒が減るのはマズイんだよね~」
「O'z? ……ああ、例の赤鬼さんかぁ。妹さんから押し付けられたっていう“全能”も大したことないのかな? それにO'zだとイニシャル逆だし」
「ワザとさ。それ、彼の前で口に出さない方がいいよ。いくら君でも十四回目は無いんだから……って、最大の場合は、か。さっき自殺したって言ってたけど、今はどのくらいだい?」
「七つ――いや、六つかな……? あぁ、もっと集めないと……。もっと食べないと……。早く会いたいなぁ、カ■ミぃ……」
愛おしい名をひび割れた声で呼びながら、
まるで、そこに命が宿っているかのように。そこに居る“何か”が、空腹を訴えているとでもいうように。
よくよく見れば、その下腹部には生殖器が存在しない。胸の膨らみも女性らしさは乏しく、顔立ちは中性的というより、男女に分化する前の幼い印象。
少なくとも、この場に正しい意味での“人間”は居ないようだった。
「……の割りに自殺して消費しちゃう辺り、一貫してないよね。もっと強い意思を持つべきなんじゃないかな?」
「うるさいなぁ、分かってるよぅ。心を求めるブリキ人形のくせして、偉そうに」
不機嫌そうに
が、実質お前には心が無いと言われたにも関わらず、マイはむしろ嬉しそうにニッコリ笑う。
「言い得て妙、だね。なら君は、そうだなー。……トランプ。別の物語だけど、首を狩ろうと寄ってたかる、ぼくの頼もしい兵隊さん。……なんてどうだい?」
嫌味の無い、可愛らしい笑顔。
しかし、致命的に“人間らしさ”を欠いた、作り物のそれへ。
怪物としか呼べない
「残念だけど、
《それは、交錯する想いの物語》
「――魔法少女」
「……はぁ?」
「……は、ぁ」
喫茶店に響いた美佐子の呟きに、青年と少女が“同時に”首をかしげた。
普通ならそうなってもおかしくない場違いな単語であったが、美佐子にとっては待ち望んだ反応を引き出す会心の一言だった。
今まで、あの青年は少女の反応を確かめるように、ワザとテンポをずらして返答していたように感じた。
が、この単語に関しては全くの同時。
少女の顔にも、「何を言ってるんだろうこのオバサン」という明確な感情が見て取れた。さっきまでは、どんな些細な質問に対しても煙に巻いた態度をしていたというのに。
間違いなく、このカップルは何かを知っている。テーブルの下で硬く拳を握り、美佐子はそう確信した。
別に、オバサン扱いされているのを察知して怒っている訳ではない。
「三日前に起きた廃ビルの炎上・倒壊事件。その現場から、ある物が検出されたわ」
「あるもの、ですか。それは何ですか? と聞いても?」
少女の問いに、美佐子は笑う。
「――人間の血液。同一人物の物が、三回は死ねるだけの面積に渡って、ね」
「……血、ですかー。怖いね」
「そうだ、ね」
制服の袖で口を隠し、少女が青年を見る。
今までと打って変わり、彼は口元をモニョモニョさせ、一筋の脂汗を流す。
まるで、痛みにでも耐えているかのように。
「あのビル、床材に問題があったらしくてね?
特に炎上が酷かった――というか、ワンフロアしか燃えてなかったんだけど。
その下階の天上との間に、ベッタリと。瓦礫の中から検出できたのは奇跡的ね」
美佐子がコーヒーを一口。
それを真似て、二人もそれぞれの飲み物を口にする。
「そこで、ちょっとしたお願いがあるの。……貴方の毛髪、提供してくれないかしら」
「……おれの、ですか」
「世の中、不思議な趣味を持っている人が居るのよ。その人、肝試しついでに廃墟を巡るのが好きらしくて、あの夜もあの地区に居たらしいの。そしてビデオにも撮っていた。
ワンフロアだけにしか広がらない火災。工作機械でも使っているような騒音。崩壊するビルの五階から飛び降り、無事に着地する髪の長い男性の後姿を。……丁度、貴方くらいだったかしら。背格好は」
「………………」
不意に提案された青年が、続けられた言葉に押し黙る。
美佐子はハッキリ提示したのだ。
貴方を疑っていると。貴方があの事件を引き起こしたのではないかと。
が、それに答えたのは隣の少女。
「刑事さん。私は昔、海外に住んでいてね。そのせいか、今でも向こうのドラマをよく見るんだ」
「あら、そうなの。帰国子女なのね」
「ええまぁ。向こうって勧善懲悪が推奨されてるから、やっぱり刑事物が多くて。
それで知ってるんだけど……。令状も無いのにこういうことするのって、違法なんじゃない……?」
気圧が異常に高まったような感覚。
見た目は笑顔を浮かべる少女だが、少女らしからぬ迫力が備わっていた。
上司に叱責されるのにも引けをとらないそれに、しかし美佐子は負けることなく、テーブルへ両肘をつき、同じく笑顔を見せる。
「ええ。その通りよ。よく勉強してるわね」
「だったら、答えはわかりますよね? 私達、そろそろ失礼します。さ、行くよ」
「あ、ああ」
「――でも」
話を強引に切り上げ席を立つ少女と、手を引かれて立ち上がる青年を、たった二音が引き止める。
そうさせるだけの重みが、その声にはあった。
「それでも諦めるわけにはいかないのよ。
上層部は浮浪者の侵入による事故で片付けようとしている。さっき言った映像だって、オリジナルはもう握り潰されているでしょう。
だけど、もう諦められない。ようやく手が届いたの。……あの人達のおかげで、ようやく確信できた」
誰もが思わず眼を奪われるほどの、魅力に満ちた表情。
何かを強く信じ、何かを心から求める、生きた想いを見せつけられ、二人は動けなくなる。
彼女の輝く瞳が、焼き付けられてしまう。
「恋人を庇いたい気持ちは分かるけど、私は彼を罰したいわけじゃないの。
ただこの街で、この世界の裏側で今、何が起こっているのかを知りたいだけなのよ。私に出来る事を見つめるために。
何か知っているのなら、お願い、何でもいいから教えてちょうだい。――聖カンナさん」
「だから。彼氏じゃないって何度言えば分かるのかな……?」
「……おれは、嬉しいんだけどな……」
「
《それは、魔法少女達の物語》
『三人寄ればなんとやら――かずみ、御崎海香、牧カオル』
「ぎゃー!! イニシャルGがーっ!!!!!!」
「ちょっとかずみ、落ち着きなさ……ひやぁあ飛んだぁああ!!」
「げっ、ちょ、アタシの方に来るなっ……きゃあああああっ!?」
『合わせ鏡の裏と裏――若葉みらい、浅海サキ』
「むっ。なんかボクとキャラ被ってるヤツが複数居る気がする! 一人称的な意味で!」
「みらい、誰に向かって喋ってるんだ?」
『恋敵――宇佐木里美、神那ニコ』
「う、薄くない! ちゃんと存在感あるもの! ……そ、そうだ。脱げば、脱ぎさえすれば皆の中で一番凄いんだからぁ!」
「そりゃあごもっともだけど、カナミが見てるぞー?」
『《検■■れま■た》――■■■ナ』
「Hocus-Pocus、消されて泣くな――ってね」
『不治の病のナイチンゲール――飛鳥ユウリ』
「……はぁ!? そんな訳ないでしょ!? アタシは単に借りを返したいだけっ。精神衛生上の問題で……す、好きとか嫌いとか、そんなんじゃないんだからっ!!」
『ジェーン・ザ・リッパー――呉キリカ』
「はっ、舐めてくれるなド三流! ワタシの愛は! 先生君と織莉子が居てくれる限り……。無量・大・数、だぁああぁぁあああっ!!!!!!」
『傾国――美国織莉子』
「あら、大丈夫ですよ。霊威兵装の一つや二つ、お父様におねだりすれば、すぐにご用意できますから♪」
『マギカ・カルテット――巴マミ、佐倉杏子、美樹さやか、暁美ほむら』
「何なの、一体……っ」
「ボサッとすんなマミ! アイツ、マジでヤベェぞっ!!」
「で、でも、あれって、あれも魔女でしょっ? だったら何で……」
「……魔女が、魔女を――食ってる」
《――変革の、物語》
「“僕達”の理論にはまだ発展の余地がある。それを他ならぬ、この“ぼく”が証明しよう。とくと見ているがいい。多き者達よ」
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