女神「突然ですが、貴方たちには対魔忍になってもらいます!!」「「「「「えっ!?」」」」」 作:ニゴリエース
関東某所、地図にも載っていない秘境の場所にそこは存在する。魔を滅し正道を歩む者たち対魔忍が住まう場所―――五車の里と呼ばれ密かに生活を営んでいる隠れ里である。そこは鬱蒼とした自然に囲まれ、どこか田舎に近い雰囲気を持っている。実際田舎なのだろう。地方都市として建てられ、対魔忍を育てるために作った場所であるためどうしても外界とは隔絶してしまうため田舎臭くなるのは当然である。そんな里の森の奥深くに位置する対魔忍の地下施設のさらに地下深くには、ごく一部を除き対魔忍さえも知らない施設が存在する。
隊長直属特務部隊『霧の部隊』総本部―――そこには対魔忍をまとめている井河家に仕え、他の対魔忍達が請け負えないような任務や政府の汚い裏仕事を行い、対魔忍であろうが魔族であろうが普通の人間であろうが自分達に仇名す者たちなら容赦なく狩り対魔忍を守る、表向きは死亡したか存在しないはずの者たちで構成された部隊の本部である。
そこにはまるでアクション映画やSF映画に出てきそうな近代的な設備や装備が処かしこに備え付けられており、未だ非合法組織なため予算が少ない従来の対魔忍と比べかなり充実している。これは新しく霧の部隊の隊長として就任した男が、予算も与えられていない部隊がより活動しやすいようにするため独自のルートから資金を集め、装備の近代化を進めていった恩恵である。
そしてその部隊を束ねる男の名は『井河カムイ』―――最強の対魔忍である井河アサギの実弟であり、井河家に生まれながらも自らの名と存在を消され、隊長として霧の部隊を率いている。カムイは装備もまともになく、資金もない部隊の存続を危惧し、大々的な改革を進めていった。その結果、数年前と比べて部隊の任務の生存率も装備も従来の対魔忍よりも格段に優れるようになった。綿密な改革と広い人脈、徹底した任務成功のための作戦、単体での戦闘力の高さなどから部隊の人間から絶大な信頼を寄せられているほど人望も厚い凄腕の男である。
そんな男は今どうしているかというと―――――――。
「「「…………」」」(ガリガリガリガリッ!!
「……あ~死にてぇなぁぁあ~~~…」
「隊長っ!!あと少し、あと少しですから頑張りましょう!!」
「もうゴールしていいよね…」
「隊長っ!しっかりしてください!!栄養ドリンクならまだありますよっ!!」
「死んだらもう仕事しなくて良いよね……」
「「隊長ぉぉおおおおおおおおおっ!!」」
完全に精神を破壊されて机に突っ伏していた。彼は二日前、元対魔忍であり姉である井河アサギと妹の井河さくらを悪夢と欲望の権化である非合法闘技場カオス・アリーナから救出するのに成功した。救出された二人は身体を魔界医療によって改造されたため現在療養中であるが、カムイ自体に大きな怪我はないため被害はそれほど大きくなかった。
しかし問題は救出までの過程とその後であった。彼は救出の準備をする際、カムイは情報収集に奔走し、妨害工作を行ってくる相手への根回しをしつつアミダハラへ向かい馴染みある人物から準備物を受け取ったりとかなり動き回っている。その直後、妹であるさくらがアサギ救出のために独断先行したためカムイは急ぎ本部に戻り、救出作戦を隠密から強襲に変更せざるをえなかった。
殲滅を目的とした装備を整え一人で乗り込んだカムイ。最初こそ警備システムや監視カメラを全て掌握し、楽に任務を進めていたがノマドの大幹部である魔界騎士と対峙することになり戦闘、人的損害は多大なものである。さらには妨害工作に対応するため別の任務への身代わりをお願いしたのは良いが、その内の一人が暴走し組織を壊滅させたが良いが任務自体は失敗扱いで被害は甚大である。
その結果、任務を終えた彼を待っていたのは始末書の山である。与えられた任務失敗の報告書、責任追及の事務処理、救出の際の事後報告書、損害の後処理、政府からの人的損害賠償請求書、資金を得るために部隊で起ち上げたゲーム企業からの重役案件、会計処理、次世代ゲーム開発のための案件など様々な書類が山積みであり、中には隊長直々が確認し書かなければならない書類も存在していた。
それにより任務を終えたカムイは休む間もなく事務処理に専念した。隊員達も何人か手伝ってはいるが彼らにもまた任務が控えていたりするため、適度に交代させて休息を取らせていた。しかし、隊長であるカムイはほとんど休憩することなく、栄養ドリンクで体力を整えタバコでストレスを緩和しつつ仕事をしていた。もはや任務よりも事務の方が多忙である。本人曰く―――『下忍達がするような殲滅任務の方が楽だったなぁ…なんにも考えないでただぶっ殺すだけで終わりなんだから……こんな立場に追いやったジジイはマジ殺す』とのことである。
その結果疲労はたまり、失明していない方の目は泥のように濁り、クマが大きく残っている。艶がかかった長髪はボサボサで、特徴的だった左右に伸びたアホ毛はネジ巻のようにとぐろを巻いている。口には火のついたタバコがほぼ灰となっても咥えており、もはや亡者とも区別がつかないほど酷い有様になっている。
「隊長、本当に休んでください!もう任務から二日も休んでないじゃないですか!!」
「正確にはその任務の前に色々あったからもう五日以上は休んでないなぁ~~……ケケケケっ」
「隊長、少しだけ仮眠しましょう!手足が痙攣して視線が明後日に向かってます!!」
「だいじょうぶだいじょうぶ、どうせあと少しだし~…」
対魔忍としてしばらく休息なしでも任務を続行できるように訓練を受けているが、カムイに関してはもはやキャパオーバーも良いとこであり、普段の凛とした姿の面影はなく、死体よりも死体らしい姿に変貌しかけて奇妙な薄ら笑いすら浮かべている彼を心配し、救出任務とは別の任務に参加していた部下二人は少しでも休息をとるように促す。しかし二日掛けてようやく終わり一歩手前になってきたのを見てカムイは自らを奮い立たせ、震える手でペンを持ちなおす。そして最後となった一枚を書きおえ、カムイはようやく仕事から解放されたことを実感した。
「終わった…やっと終わった……お゛わ゛ったよ゛ぉ゛~~~っ」
「隊長、お疲れ様です!!」
「お疲れ様でした!さっ、我々が運びますから仮眠室へ行きましょう!!」
「あ゛り゛がどっ、お゛ん゛どに゛あ゛り゛がどぉ゛」
仕事が終わり、子どものように泣きじゃくるカムイに部下は肩を貸し労いの言葉をかける。そしてようやくまともに休むことができることに感動すら覚えているカムイであった。だが――――。
「隊長、お客さんですよぉ。いやぁ~あんな美人な外人さんが二人も隊長を訪ねてくるなんて、隊長も隅におけないっすねぇ~」
「……」(ドシャァっ!!
「「空気を読めサスケぇぇぇぇええええええええっ!!!」」
「えぇぇぇえええ俺がなにかしたんすか先輩方ぁっ!!?」
仮眠室へ向かおうとした彼らの目の前の扉を開けてサスケが中に入ってきた。そしてニヤニヤした顔で客人がカムイを訪ねてきたのを伝えてきた。ニヤニヤしているのは言葉通り相手が美人な客人であったため、ちょっとした役得だと感じたためである。しかしそれはカムイにとって自らを死に追いやる死神の笑顔のように思え、その場に崩れ落ちた。彼を支えていた部下達はサスケを怒鳴りつけるが、なんのことかさっぱりのサスケは困惑するばかりであった。
結局仕事を終えた後も客が訪ねてきたため、カムイはそのまま客人が待っている部屋へ移動した。そこにいたのは一人がソファに座り、もう一人がその後ろで控えるように立っている一人の女性―――ちなみに二人とも人間ではなく、魔族の中でもかなり上位の存在である。カムイはこの二人とは面識があり、何度か仕事をしたこともあるため特に警戒も抱かず彼らの正面にあるソファにどかりと音を立てて座る。
「で、なんの用すか…このタイミングに来るとかマジ悪意感じたんすけど」
そしてタバコを咥えたままやや棘のある口調で二人に向かって要件を尋ねる。ほとんど休みも取らず事務処理と任務に身を費やし、ようやく終わって休めると思った矢先に訪ねてくるのだから彼のストレスは最早限界に近かった。しかし訪ねてきた二人―――その内の一人で金髪に褐色の肌を持ち、黒いマントを羽織り胸元を大きく開けている服装をした青色の瞳を持つ女性が眉をムッと顰める。
「無礼極まりない挨拶ですね。それが吸血鬼の女王への態度ですか」
「俺の休息を奪い取る奴は誰だろうが関係ねぇ」
「貴様―――」
「マリカ、やめなさい。彼は私の友人でもあるの、その対応こそ無礼だとは思わないの?」
金髪の女性の言葉に対し特に態度を変えることもなく言い返すカムイに対し、女性はますます眉をひそめるが彼女の前に座っていたもう一人の女性―――白髪に黒を強調した服装、金の腕輪と頭飾りをした血のように紅い瞳をもつ女性が金髪の女性をたしなめた。
「そんな、カーラ様!悪いのは絶対に井河カムイです!!」
「ギャーギャー喧しいよこっちは多忙で疲れてるのに…発情期ですかコノヤロー」
「なっ!?だっ、誰が発情期ですか!!いい加減なこと言うのも大概にしなさい!!」
「あらっ、マリカったらそうだったの?駄目よ無理して溜め込んでちゃ。しっかりと発散できる内にしなければ仕事にも集中できないわ」
「カーラ様も真に受けないでください!!」
普段なら無駄な挑発はしないのだが余程ストレスが溜まっていたのかカムイは金髪の女性に対して下世話なジョークを口にし、女性はそれに対して過剰に反応してしまう。そして白髪の女性もつい冗談に乗ってしまうため金髪の女性は少し涙目になりながら抗議してしまう。
この二人の人物はカムイが他方に友人関係を築いている勢力のうちの一つ―――吸血女王『カーラ・クロムウェル』とその従者である『マリカ・クリシュナ』である。カーラは血を統べるもの―――ブラッド・ロードという異名を持つ吸血鬼の女王であり、最強の吸血鬼の一角と目されている。しかし強い力を持ち長い時を生きる魔の者特有の傲慢さや威圧などはまったくなく、高貴な雰囲気を持ち合わせながらも人とも気さくに話している。彼女は人間と吸血鬼の融和を望んでおり、人間に仇名す闇の住人と敵対関係にある。そこにカムイは目をつけ、噂に聞くノマドの創始者であり吸血鬼の王であるエドウィン・ブラックを斃すために独自に彼女と接触している内に、何度か彼女の仕事を手伝い友人関係を築くことになったのである。ちなみにカムイが作ったゲーム企業の表向きの会長を任せているのがカーラなのである。どうせ仕事ないんだからフラフラしないで手伝ってほしいと無理やり押し付けたため、若干嫌がってはいたが変装のため伊達メガネをつけ、スーツを着ている姿は割とノリノリだったとか……。
マリカは純血種の吸血鬼であり、代々王家に仕える家系の生まれである。カーラの腹心でもあり、直属の暗殺騎士団に属している為ついたあだ名が死神である。カムイと共に闇組織に属する吸血鬼の粛清を行った。ただカムイからしてみれば彼女もまた話を聞かないバカ女なので仕事は極力組みたくないとのことだ。マリカもカムイと仕事で少々人には言えない事情が発生してしまったため、カーラが傍にいるときはできるだけ接触は避けたいらしい。
「それで、本当に何の用すか女王様…俺は今ようやく仕事が終わって休むところだったんですけど」
「―――今日来たのは他でもありません。会ったのでしょう、エドウィン・ブラックに」
「……」
「あの男はなにか人界を支配する目的を言っていたのですか…貴方から見て、エドウィン・ブラックはどんな男だった?」
先ほどまでのふざけた雰囲気はどこかへ行き、真剣な眼差しでカムイを見るカーラ。それを見たカムイもまたため息を吐きタバコの火を消して座りなおす。
カーラとブラックはまだ実際に接触したことはないが、明確な敵対関係にある。方やノマドを作り、人間を支配する典型的ではあるが絶対の支配者―――一方は人間との融和を望んで友好関係を築き、共に平和な世界を作ろうとする者。これで敵対しない方が可笑しいであろう。カムイもそこに目をつけてカーラと接触しようとしたのだから。
「はっきり言って、女王様とは真逆でありながら似てましたねあの人外は」
「―――井河カムイ、どういう意味ですか。あんな男とカーラ様が似ているなど…カーラ様を侮辱するつもりですか」
「落ち着きなさいマリカ……でも私も気になるわ。似ているとはどういう意味?」
カムイの言葉にマリカはまた不機嫌になるがそれをカーラがたしなめる。そしてカムイの言葉の真意を聞こうと向き直すとカムイはうんざりした顔でため息をついた。
「女王様って退屈が嫌いでしょ?あの男もそうなんですよ」
「退屈が嫌い?どうして一度会っただけで分かったのかしら」
「簡単ですよ……永劫の時を生きるあいつは、退屈で仕方ないから人界を支配してるんですよ」
原作を知っているからこそ知っているエドウィン・ブラックの真の目的―――その根底にある感情をカムイはブラックから感じ取っていた。本当に目的があるのなら、さっさと計画を進めるなどで達成してしまえばいい。余計に時間をかければそれだけ失敗する可能性があるのだから。
だがカオス・アリーナから帰還したアサギから朧を殺した直後にブラックと接触した話を聞き、ブラックがその後自分とも接触をしてきたのを見てある一説が浮かび、それを二人に打ち明けた。
曰く、エドウィン・ブラックは目的がありながらもそれが悲願などではなく単純に自分の退屈を満たす何かを探している―――それが井河アサギであり、井河カムイのような人間である。あの化け物にはカーラのように自らの根底に触れ合うことのできる仲間や友人はおらず、魔界で永劫に続くであろう敵と戦い勢力を広げることに退屈し、それを続けながら生きるのに疲れて新しいおもちゃを探すために人間界にやってきたのだ。欲にまみれた人間なんかには絶対にない気高い魂を持つ井河アサギや稀有な能力を持つ八津紫、そしてどこか歪みを持った井河カムイのような人物が自らの退屈を癒す素晴らしい
「―――っとまぁ、俺の考えはこんな感じすかね」
「…随分な考えね」
「それだとエドウィン・ブラックがまるで子供みたいな言い方です」
「大概の化け物はそうだろさ。化け物ってのは女王様のような例外を除いて二通り存在する。女王様の伯父さんみたいに人間を見下して支配するのが当然と思っているカス同然の小物か―――もしくはブラックのように自分の決められた運命を退屈し愉悦を探すかですよ」
はた迷惑も良い所だとカムイはつぶやいた。以前敵対した吸血鬼は支配者気取りで人間を見下し、奴隷売買などを平然とやってのける畜生だった。カムイからしてみればこちらはいつも通りのなんら変わらないゴミの一つである。力がある分偉いと思ってる勘違い野郎だから簡単に殺せる。しかしエドウィン・ブラックのような人外に興味本位で目をつけられ、悪ければ飽きられてゴミのように捨てられるのだから。
「あぁ~、本当になんでこんな二種類の奴らばっかりなんだろう俺の敵って…全員タンスの角に小指ぶつけて死なねぇかなぁ~…」
「そんなので吸血鬼が死んだら笑いものね」
「馬鹿馬鹿しいです。大体そうやって嘆いておいて、貴方自身が敵を作りにいっているようなものじゃないですか」
エドウィン・ブラックに対する自分の考察を話しおえ、それが自分に標的を向けていることに対してため息を吐くカムイ。そんな姿に思わず笑ってしまうカーラと情けないと言わんばかりに首を振るマリカであった。
「さて、それでは私達はこれで失礼するわ」
「もう帰るんすか、せめてお茶でも飲んでいけば―――」
「これでも会長は忙しないの。この後も退屈な会議がいくつも入っているの」
「…そりゃすいませんでした」
「ふふっ、気にしなくて良いわ。最近は私も楽しくなってきたのだから―――マリカ、先に行っててもらえる?」
「分かりましたカーラ様」
カーラは話が終わるとマリカに先に戻るよう指示をする。マリカはそれに対し頷きそのばから姿を消した。
「でも大変ねカムイも。そんな相手に目を付けられてしまうなんて」
「…どうせブラックは戦わなくちゃいけない敵だし、倒す方法ならあるはずですから」
「あらっ、不老不死の相手を前にして倒せる自信があるのかしら」
カーラは面白そうに笑いながらカムイに問を投げつける。そしてカムイはその言葉に対して首を振るう。
「不老不死なんてこの世には存在しない、吸血鬼はただ死ににくいだけの生き物です。死ぬ気になりゃなんとかなりますよ」
「そこまで言うのなら安心ね。それに―――」
カーラはそこで言葉をきりカムイの首に腕を絡ませ、自分の体を押し付けてくる。それは最早友人としてのスキンシップの範囲を超えている。カムイもまたそれに対し抵抗はしなかった。
「死んでしまっても、絶対に離さないって約束もしたのだから」
「そりゃまた重いことで……んっ」
二人はほぼ同時に首を動かして唇を合わせた。やがて舌を絡ませ、お互いの唾液を交換し合っていく。
「んっ、ちゅっ…じゅるっ……重いのは、嫌いかしら♡」
「――…嫌いだったら、こんなことしないっすよ」
「なら良かった…れるぅ…ちゅぷっ……んむっ…♡」
二人はそのまま両手を握り合い、より深くつながり合うように唇を合わせて舌を絡ませ合う。しかしお互いに忙しい身分なためすぐに唇を離す。するとカムイの口にはなにやら紋章のようなものが浮かんでいるのが見られた。
「―――ふふっ、ちゃんと消していないみたいね」
「これを消したら怒るでしょ貴方は」
「当然…これは貴方が私の所有物である証でもあるのだから」
これは契約の証である。カムイはエドウィン・ブラックとの対立を想定してより良い関係を気づこうとカーラと交友を深めていったが、それはもはや単なる友人で終わることはなかった。カーラに暇が出来れば会いに行き、情熱的な夜を過ごすようになっていた。
また、意外と嫉妬深い一面もあったのかカーラはカムイに他の女の影があることを知ると半ば強引に吸血鬼の力を使い契約を結ばせたのである。内容は『力を貸す代償として死後、吸血鬼となりその魂を永遠に差し出すこと』である。契約させられたカムイにしてみれば迷惑この上ないが、複数の女性と関係を持ってしまった彼は何も言えなかった。
「んっ…それじゃあ本当に行くわね、次はちゃんと貴方と楽しみたいわ」
「暇ができればすけどね…それじゃあまた、女王様」
「えぇ、また会いましょうカムイ」
二人は別れを告げると、カーラの姿が掻き消える。吸血鬼―――それも上位の者であればその身を霧に変えることだってできることをカムイは知っているのだからなんら不思議に思っていない。
「さて、ようやく休めるなぁ~…久しぶりの休みだし、今日はもう24時間ずっと寝るとするかぁ~」
カーラが帰ったのを見届けると首を曲げて音を鳴らし、背伸びして仮眠室へ向かおうとする。しかしまるでタイミングを見計らったように懐に入れてある通信機の音が聞こえ、その顔をうんざりとさせる。
「…誰だよまじでふざけんなよどいつもこいつも俺の邪魔ばっかり―――っ!?」
カムイはそうつぶやいて携帯機器を確認すると、そこには山本長官の名前があり内容はこちらが提示した件が了承されたという報告であった。それを見たカムイは密かに笑った―――…それはひどく冷たい、酷薄な笑みであった。
「―――なぜなの部長!!」
五車の里の地下施設にて、井河アサギは目の前にいる平凡な仕立てのスーツを纏い、厳格な顔をした初老の男性に怒鳴りつけていた。男性の名は山本信繁―――対魔忍部隊を直接指揮する、いわば前線指揮官である。
アサギはカオス・アリーナからの脱出後に療養し、ある程度回復してから対魔忍として復帰を決意し、そのためのけじめとして自らの婚約者を死に追いやる原因となった対魔忍の最高幹部である祖父を粛清することを政府に申し出た。
沢木恭介がアサギと別れる前、先代が世話になったという人物に会いに行くと伝えたことから彼の祖父について調べ、井河アサギが対魔忍であることを知っている人物ということを照らし合わせ、祖父である長老が情報を渡したのだということに行きついた。
最初にそれを確信した時アサギは激しい怒りを覚えた。妹と同じくらい愛していた弟を対魔忍にするためと言われて奪われ、揚句には殺された。そして今度は最愛の恋人まで死に追いやられたのだから。
しかしその怒りも次第に彼女の中で萎んでいった。沢木恭介が死んだのは自分の業であり、そして彼を殺したのも自分である。死んだ弟だって対魔忍の家系に産まれたのだ、それもまた一つの結末である。だからこそ、私怨によるものではなく伊賀の頭領として、味方を売った禁忌を犯した長老を粛清する決意をした。
たとえ何を敵にまわることになっても、自身のために対魔忍に復帰することにしたのである。もう二度と自分のような者を作らないために―――そのために自らの対魔忍復帰と、心苦しくはあるが妹であるさくらを対魔忍にすることを条件に長老抹殺の許可を貰おうとした。もちろんこれは長老の行動が適当でないと判断されたこともある。
本来ならすでに話をつけているためすぐに行動を開始することにしたのだが、それは山本長官によって止められたのだ。
「政府との話はもうついているはずよ、止める要素なんかどこにもないわ」
「…彼の直轄部隊の隊長のことは知っているか」
「―――ウツロのことかしら」
山本信繁はやや重たい口調でアサギに訪ねると、アサギは少しイラついた様子で返事を返し、口にした人物について思いをはせる。
『ウツロ』―――長老に従う謎多い部隊である霧を率いている男。仮面と外套で姿を隠し、決して自分のことを話さない少々不気味な人物。本来の対魔忍のように行動することはなく、まるで人間を同属とも思っていないような残虐な手段で、それも作業のように簡単に殺すことができる冷徹な人間―――それがアサギによるウツロの評価であった。
現役時代は激情家に近かったアサギは何度も任務を共にしたことがあった。祖父の件もありかなり辛い当たり方をしてしまったが、不満を漏らすこともなくこちらに頭を伏せただただ恭順を示していた。今考えれば、他人に対してあそこまで当たってしまったのだから少し負い目を感じてしまう。
「ウツロがどうかしたのかしら、今は彼のことは関係ないでしょ」
「…長老の抹殺を申し出てきたのだ、隊長自らがな」
「っ!?」
山本の言葉にアサギは驚きを隠せない。ウツロは長老の直轄―――つまりは彼直属の部下なのだ。その部下が自ら上官の抹殺を申し出るなど普通は考えられない。
「どういうことなのかしら」
「……」
アサギは納得がいかない様子であり、山本へ詰め寄る。そしてそんな彼女を見た山本は―――
「ここにおられましたか、長老」
「っ!?う、ウツロか…なぜここに」
俺はいつものように仮面をかぶって外套を羽織り、都心の一角に降り立った。そこにいたのは一人の老人―――俺や姉さんの祖父であり、対魔忍の最高幹部、そして俺の上官でもある。祖父は俺が現れたことに驚きを隠せていない様子である。当然だ、霧の部隊に入ってからは、祖父は要件はほとんど精神感応・テレパシーによってすべて伝え、その姿を決して見せなかったのだから。
「アサギ様は来られません。私が政府にお願いしたので」
「……っ」
「長老…あなた様の思惑通りに事は進みました。沢木恭介は死に、アサギ様は対魔忍に復帰するようです」
俺は事の顛末を伝えた。そしてそれを仕組んだのが長老であることを確信したことも…すると先ほどまで動揺していた様子は影をひそめ、こちらを見つめてくる。
「長老…いや、我らが頭領よ……お前は禁忌を犯した、仲間の情報を売り死に追いやったお前を―――霧である私が粛清する」
「そうか…恨んでいるか、ワシを。お前の全てを奪い、姉の婚約者を死に追いやったことについて」
ジジイは自分を抹殺するということを伝えられても動じず、こちらを見つめて恨んでいるかと尋ねてくる。姉さんはここでは首を横に振った。姉さんはあくまで対魔忍の長として、伊賀の頭領として粛清を行おうとしたのだ。
だが俺は違う―――俺はこのジジイが憎かった。感情のまま殺せるこの日を俺はずっと待っていたのだ。
「もちろん恨んでいる…俺から姉さんを…さくらを…父を、母を……俺が望んだ全てを奪ったお前を……だが一番許せないのは、お前が姉さんの幸せを奪ったことだっ!!」
沢木恭介と面と向かって会ったことは一度だけ…それも身分を隠し、姉さんの弟ではなくウツロとして会った時だけだ。それでも、彼と話したときに確信した。あぁ、この人ならきっと姉さんを幸せにできる、と。
だが俺は無力だった…結局彼を助けることができず、姉さんに彼を殺す業を背負わせてしまったのだ。そしてそれを望んでやらせたこの老害を、俺は決して許さない。
「ワシを殺せば、お前は政府を敵に回すことになるぞ」
「それなら心配いらない、全部話をつけたさ。あんたがあのゴミ屑共の汚れ仕事をさせてくれたおかげでな」
政府の連中―――山本長官を除いて対魔忍を組織する連中は大半がどうしようもない屑だった。政敵の排除や汚職のもみ消しに対魔忍を使い、はたまた対魔忍を性処理の道具にしようとしたこともあるのだ。かつて伊賀が要職に就く前に対魔忍として雇われていたふうま一族のくノ一がその犠牲になったらしい。調べればどんどん出てきた。連中は俺らを体の良い道具にしていたみたいだが、馬鹿な連中だ。俺らにとって脅しの材料になるのをわざわざ差し出してくれたのだから。
当然山本長官は良い顔はしなかったが、それでも俺は押し切った。山本長官や姉さんは対魔忍を引っ張っていく理想なのだ。それを邪魔するというなら、どんな手を使っても排除する―――そう決めたのだ。
「あんたの抹殺の許可は下りた。対魔忍はあんたの道具にはならない」
「……良い目をするようになったなカムイ。ワシが思った通りだ」
「……なにっ?」
思った通り―――ジジイはそう言って距離を取ろうとするが俺はすぐに刀剣を射出して両足を貫く。所詮は老人、これだけでもう動けなくなった。
「ぐっ…!?」
「思った通りとはどういうことだ」
「……お前は情が深い、アサギよりもずっと…だからこそ、お前は非情になれる。対魔忍のために、アサギのために、伊賀のために」
「……」
「アサギは伊賀を引っ張る光だ……お前はその影…光を害そうとする物を、お前は決して許さない………アサギが取りこぼしたものを、お前なら拾える……アサギが出来ないことを…お前ならできる…自分のためではなく、誰かのために戦うお前なら…」
「……そうか」
結局俺は、最初から最後までこのジジイに踊らされていたというわけだ。とんだ道化だ……この力の元となった黄金に輝く王様がいれば、さぞかし手を叩いて大笑いしたところだろう。なら、道化は道化らしく舞台から降りるまで演じさせてもらうことにしよう。この老人が望んだとおりに…。
「カムイ…強くなれ……伊賀を…アサギを頼んだぞ……」
かすれた声になっていく老人を見つめ、俺は新しく西洋剣を取り出してそれを構える。
「今までのこと、感謝していますよ…おじいちゃん」
俺はそう言って一振り―――老人の首は胴体から離れ、宙を舞った。
「―――ウツロ」
「うっ君」
「……アサギ様、それにさくら様まで」
ジジイを殺した後、その場に現れたのは対魔忍スーツを纏った姉さんとさくらであった。姉さんについこの間まであった棘が感じられず、逆にどこか申し訳なさを感じているように思えた。
「山本長官から聞いたわ…あなたや霧にいる対魔忍のことを」
「……」
「―――ごめんなさい。伊賀の頭領として…長老の血縁として、あなたに何度詫びても足らないわ」
姉さんはそう言ってこちらに頭を下げてきた。山本長官、気を使って俺のことを話さなかったのはうれしいんですけど、マジで心労半端ねぇ…姉さんに八つ当たりされるのもあれだけど、頭下げられるのも辛いところあるんすけど。
「……」
「……お顔をお上げくださいアサギ様」
「…っ!」
俺は姉さんの肩を持ち頭を上げさせる。彼女は目じりを下げ、本当に申しわけないと思っているためかその表情はやや弱弱しく感じる。それでは駄目だ、彼女はいつだって気高くいてくれなければ。俺はそう思い膝を折って姉さんとさくらに跪いた。
「貴方様がお気に病む必要はございません。全ては長老による独断―――貴方様に責任はございません」
「でも―――」
「―――…ならば一つだけ、お願いがございます」
尚も食い下がってくる姉さんに俺は少しだけ顔を上げて見つめる。そして俺は自分にも言い聞かせるように宣言した。
「井河アサギ様…いや、我らが新しき主君よ。我らは井河家に仕える者、これからは我ら霧の部隊はあなたの手となり足となり、貴方様方の刀となり鎧となりましょう。どうか主君の理想のために、我らをお使い潰し下さい。そのために我らはいるのですから」
「ウツロ…」
そう、これで良いのだ。もうただの姉弟に戻ることもできない。なら俺ができるのは、彼女達をただ影から守ることだ。『井河カムイ』ではなく『ウツロ』として、彼女たちを支える。それが俺の選択だ。
「…分かったわ。貴方の忠義、しっかりと受け取ったわ。ウツロ、これからよろしくお願いするわ」
「はっ…」
「……え~っと、それじゃあもうお話は終わり、でいいんだよね?」
俺と姉さんの重い話が終わったのを見計らって、さくらは恐る恐るこちらに声をかけてきた。
「ねぇねぇうっ君、うっ君はさっき井河家に仕えるって言ったから私もうっ君の主君ってことでいいのかなぁ~?」
「えぇ、その通りでございますさくら様」
「よぉし、じゃあ早速命令!うっ君、今すぐコンビニに行って限定スイーツを私に献上するように!!」
「ちょっ、ちょっとさくらいきなりなにを言ってるの!!」
「はっ!今すぐにでも部隊に指示して買占めに向かわせます!!」
「ウツロも本気にしないの!二人ともふざけない!!」
「「はい……」」
「まったくもう…それじゃあ今日はもう遅いから、そろそろ帰りましょう」
姉さんは俺とさくらのやり取りによってか僅かに頬を緩ませている。それを見た俺とさくらは互いに顔を見合わせ、密かに笑ってピースし合う。
そう、これで良いのだ。もう家族には戻れない…。それでも俺はこの二人を守っていく。たとえどれだけの心労が俺に振りかかろうと、エドウィン・ブラックが襲い掛かってこようと、俺は絶対に守る。
―――それが
というわけでアサギ1編終了で~す。まぁまだ続くんですけどね。
今回は対魔忍シリーズとは別に【カーラTHE BLOOD LOAD】のヒロインであるカーラとマリカを登場させました。しかもすでにフラグ確立済み…Lilithシリーズではかなり好きなキャラですこの二人。まぁ決戦アリーナではチケット20枚以上つぎ込んだのにでなくて枕を濡らしましたけど……それと割とこんなのカーラじゃない!!ってお思いの方は申し訳ございません。和姦がないキャラを書くのって難しい…。ちなみに井河弟君の舌にある刻印はゆきかぜちゃん達のあれと思ってくれれば大丈夫です。舌に入れ墨とか残滓だよねぇ~絶対味覚なくなると思うけど。
ジジイは予定通り処刑できて割と満足です。なんとか主人公とアサギ様の確執もいくらか修正できたので、今後はもっと優しい態度にしていく予定です。まぁエロはどうなるか分かりませんが。
エロは未だに不知火さんのみと、本当に申し訳ないです。近いうちに一つ、またカーラとの情事も書ければ投稿していきたいと思っています。
感想は気軽にしてもらって大丈夫です。
次回も暇があれば読んでください。